人文学歴史学・考古学・哲学・倫理学・美学・宗教学・言語学・デザイン史。公園という場所の意味と来歴を問う。
- 歴史学日本の公園史——1873年太政官布達から都市公園法(1956年)、そして児童公園の時代へ明治6年(1873年)の太政官布達第16号に始まる日本の公園制度を、日比谷公園、関東大震災後の復興小公園、都市公園法(1956年)、高度成長期の児童公園、1993年の街区公園への改称、2017年改正まで通史として整理し、磐田市の公園100園の成り立ちを読み解く歴史学の論考。
- 考古学史跡と公園——遺跡保存と公園化の関係を遠江国分寺史跡公園から考える遺跡が公園として整備されることの意味を、文化財保護(保存)と公開活用(利用)の緊張関係から論じる考古学の論考。国分寺という奈良時代の国家事業の一般論、歴史公園という都市公園の種別、遺構表示・復元・芝生保護の方法論を整理し、磐田市の遠江国分寺史跡公園と遺跡を園内にもつ公園への示唆を述べる。
- 哲学公共空間とは何か——アーレント「現れの空間」とハーバーマス公共圏から公園を問うアーレントの「現れの空間」、ハーバーマスの公共圏、ルフェーヴルの「都市への権利」、フーコーのヘテロトピアを手がかりに、公園が「公共の空間」であるとは何かを検討する哲学の論考。だれでも入れることと市のものであることの緊張、禁止看板と公共性の縮減を論じ、磐田市の公園100園に当てる。
- 倫理学子どものリスクと自由——パターナリズム・リスキープレイ・親の責任の倫理学ミルの危害原理とパターナリズム、サンドセターのリスキープレイ研究、国の遊具安全指針が示す「リスク」と「ハザード」の区別を倫理学の枠組みで整理し、遊具撤去の是非・親の見守り責任・社会が引き受けるリスクの範囲を検討する。磐田市の公園100園への示唆を添える。
- 美学公園の美と風景——ピクチャレスクから日常の景観へ、そして「何もない広場」の美18世紀英国の風景式庭園とピクチャレスク美学、19世紀の公共公園、日本庭園の借景・見立て、日常美学・環境美学の視点から、公園の「きれい」「気持ちいい」を美学的に分析し、何もない芝生広場の美的価値を論じる。磐田市の公園100園への示唆も示す。
- 宗教学神社境内と公園——聖なる場所の世俗化と共存の宗教学デュルケムの「聖と俗」、エリアーデの聖なる空間論を手がかりに、明治6年に社寺境内が公園に転用された経緯、鎮守の森と公園の重なり、祭礼と日常利用の共存、「なんとなく手を合わせる」慣習を宗教学から読み解き、磐田市の公園100園に照らして考える論考。
- 言語学(地名学)公園の名前——命名のパターン・地名の継承・呼び名の言語学公園名を「接頭辞+固有部+修飾部+総称部」の構造で読み解き、小字・古墳・社寺に由来する地名の継承、番号や方位による行政的命名、ひらがな愛称、連濁と難読・表記ゆれの問題を地名学と言語学の視点から論じる。素材は磐田市の都市公園100園の名称である。
- デザイン史遊具のデザイン史——鉄棒とジャングルジムからイサム・ノグチ、複合遊具、インクルーシブ遊具へ鉄棒・ジャングルジム・ブランコ・複合遊具・インクルーシブ遊具は、いつ、誰が、なぜその形にしたのか。19世紀ドイツの体操器具から冒険遊び場、安全基準、近年のインクルーシブ遊具までをデザイン史として辿り、磐田市の公園にある遊具を系譜で読み解く。
- 日本文学近代日本文学のなかの公園——散歩者・ベンチ・都市の余白永井荷風『日和下駄』や夏目漱石・森鷗外の小説を手がかりに、近代日本文学が公園という新しい都市装置をどう言葉にしてきたかを追い、散歩者・ベンチ・原っぱという三つの鍵語から磐田市の公園100園を読み直す日本文学の論考。
- 西洋古典学アゴラとアカデメイアの森——古代ギリシア・ローマの公共空間と樹木古代ギリシアのアゴラとアカデメイアの木立、ローマのフォルムとポルティクスを手がかりに公共空間の原型を検討する西洋古典学の論考。政治と商いと運動と思索が同じ場所で重なり、樹木が日陰を超えた意味をもっていたことを論じ、磐田市の公園100園に当てる。
- 日本庭園史作庭記から公園へ——日本庭園の系譜と公共化されなかった風景『作庭記』の石組から浄土式庭園・枯山水・露地・回遊式大名庭園までの系譜を整理し、見る位置と歩く順序が定められた私的な庭が明治以降に公園として開かれるとき何がずれたのかを論じ、磐田市の公園100園を読み直す日本庭園史の論考。
- 欧米公園史王の狩場から市民の公園へ——欧米における公園の誕生と、慈善・衛生・秩序という三つの動機王室の狩場の開放から、1833年の公共の散歩道報告と公衆衛生運動、1847年開園のバーケンヘッド公園、オルムステッドのセントラルパークまでを追い、公園を生んだ慈善・衛生・秩序の三つの動機が設計に残した痕跡を、磐田市の公園100園に照らして読む。
- 近世史火除地・広小路・寺社境内——近世日本の都市に空地があった理由明暦の大火(1657年)後の江戸に生まれた火除地と広小路、盛り場となった両国、開帳や勧進相撲の舞台となった寺社境内地、街道の宿駅と一里塚をたどり、近世の空地が防火・信仰・交通の副産物であったことを示して、磐田市の公園100園を読み直す近世史の論考。
- 戦時期史畑になった公園——戦時下の緑地・防空空地・戦後の再開1937年の防空法から1939年の東京緑地計画、食糧増産で畑となった公園、1943年の都市疎開実施要綱、戦後の住宅難と1956年の都市公園法まで、戦時期に公園がどう扱われたかを制度史として整理し、磐田市の公園100園を読み直す戦時期史の論考。
- 現代史高度成長と公園——都市公園法(1956年)から Park-PFI(2017年)までの制度史1956年の都市公園法から、1972年の都市公園等整備緊急措置法と五箇年計画、1993年の街区公園への改称、2003年の指定管理者制度、2017年のPark-PFIまでを年表として整理し、人口減少下でも公園が減りにくい理由を考える現代史の論考。磐田市の100園をその帰結として読む。
- 口述史「昔はここで遊んだ」を記録する——口述史の方法と公園の記憶公園の来歴を住民の語りから復元するために、オーラルヒストリーの方法——ライフストーリー・インタビュー、記憶の再構成性、同意と匿名化、資料との突き合わせ——を整理し、磐田市の公園で当サイトが今後の聞き取りを行う場合に守るべき手続きとして提示する。
- 記憶研究場所は覚えている——集合的記憶・記憶の場・慰霊と公園アルヴァックスの集合的記憶、ノラの記憶の場という枠組みを整理し、記念碑や記念植樹という記憶の物質化と、公園が記念の場所に選ばれる理由を検討する。遊ぶ場所と悼む場所が重なることの意味を断定を避けて論じ、磐田市100園の園名に残る記憶の痕跡を読む。
- 教育思想史遊びを発見した思想——ルソーからフレーベル、倉橋惣三へルソーの消極教育、ペスタロッチの直観、フレーベルの「子どもの庭」と恩物、モンテッソーリの整えられた環境、倉橋惣三の誘導保育をたどり、公園と遊具を教育思想史の延長で読み直す。磐田市の公園100園への示唆も示す。
- 現象学からだで測る公園——メルロ=ポンティの身体空間と場所の経験メルロ=ポンティの身体図式、ボルノウの体験空間、ハイデガーの住まうこと、バシュラールの親密な空間を手がかりに、公園の広さが面積ではなく歩数と視線で経験されることを論じる現象学の論考。測量的空間と生きられた空間のずれを主題化し、磐田市の公園100園に当てる。
- 人文地理学空間が場所になるとき——トゥアンのトポフィリアと愛着の地理学イーフー・トゥアンの空間と場所、レルフの没場所性、マッシーの関係論的な場所感覚を手がかりに、規格化された公園がそれでも固有の場所になる経路を論じる。磐田市100園の種別と面積の幅、地区名や園名という言葉が場所を立ち上げる力を素材に検討する。
- 記号論公園の記号を読む——看板・ピクトグラム・柵が語ることソシュールの記号概念、パースの図像・指標・象徴、バルトの共示を手がかりに、公園の看板・ピクトグラム・柵・段差が何を意味し何を含意するかを読み解く記号論の論考。表示が増えるほど読まれなくなる記号の飽和を論じ、磐田市の公園100園に照らす。
- 修辞学「みどり」「ふれあい」「憩い」——公園をめぐる言葉の修辞学公園を語る言葉には決まった型がある。アリストテレスの弁論術、隠喩と換喩の区別、常套句が意味を摩耗させる過程という修辞学の道具立てで、みどり・ふれあい・憩い・にぎわいという語が何を語り何を語らずに済ませているかを、磐田市100園の記述に即して検討する。
- 民族植物学その木は何のために植えられたか——民族植物学からみた公園の植物と暮らしの関係史公園の木は何のために植えられたのか。民族植物学の視点から、名づけ・食・薬・儀礼・遊びという人と植物の関係史を整理し、実のなる木をめぐる設計判断を論じる。磐田市の都市公園100園の植栽をこれからどう記録するかを考える。
- 比較宗教学聖なる森——鎮守の杜・聖樹・アジールとしての緑地を比べるエリアーデの聖なる空間論を軸に、日本の鎮守の杜、南アジアやアフリカの聖なる森、ヨーロッパ村落の菩提樹広場を比べ、緑地が聖性を帯びる構造を検討する比較宗教学の論考。禁忌が残した樹林とアジールの機能を論じ、磐田市の公園100園に照らす。
- 神話学遊びと祭りの起源——ホイジンガ・カイヨワ・儀礼としての鬼ごっこホイジンガの遊びの形式論とカイヨワの分類、ファン・ヘネップとターナーの儀礼論、レヴィ=ストロースの遊びと儀礼の対比から、鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんに残る構造と、神話と遊びが共有する別の世界の設営を検討し、磐田市の公園100園への示唆を示す。
- 美術史公園に置かれた彫刻——記念像・野外彫刻展・作品と場所の関係近代日本の銅像建立から1960年代以降の野外彫刻展、パブリックアートの場所固有性論までを整理し、公園の彫刻が背景となり子どもに登られ、修景施設として管理される構造を論じる。磐田市の公園100園への示唆も示す。
- 建築史東屋・便所・時計台——公園建築という小さな建築の系譜屋根だけの東屋、公衆便所、水飲み、時計、掲示板。設計者の名も建設年も語られない公園の小建築を、亭・フォリー・四阿の系譜と近代の衛生・法制度から読み解き、磐田市の公園100園に照らす建築史の論考。
- 子ども史子どもはいつから遊び場を必要としたか——子ども史と都市の変化子ども期そのものが歴史のなかで形づくられたというアリエス以降の子ども史を出発点に、労働からの分離、学校の普及、街路の自動車化を経て遊び場が制度になった経緯を辿り、磐田市の公園100園への示唆を示す。
本シリーズは ATAWI PARK 編集部が執筆する総説的な論考です。学会誌等の査読を経た論文ではありません。引用する先行研究は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。