人文学口述史
「昔はここで遊んだ」を記録する——口述史の方法と公園の記憶
要旨
本稿の目的は、公園と遊び場の来歴を住民の語りから復元するための方法——オーラルヒストリー(口述史)の手続き——を整理し、当サイト(ATAWI PARK)が今後の踏査にあわせて聞き取りを行う場合に守るべき段取りとして提示することである。公園について公的に残る記録は、名称・種別・面積・設備の有無といった現在の断面が中心であり、その公園がいつ、どのような経緯で置かれ、これまで誰にどう使われてきたかは文書にほとんど残らない。一方で地域の人が最もよく覚えているのはその部分であり、語りはこの空白を埋めうる数少ない情報源である。
方法は文献整理と手続き設計である。ポール・トンプソンに始まる口述史の系譜、桜井厚らのライフストーリー研究、モーリス・アルヴァックスの集合的記憶論、ピエール・ノラの記憶の場、そして柳田國男・宮本常一らの聞き書きの伝統を参照し、①語りは過去の事実の再生ではなく現在からの意味づけであるという前提、②聞き取りの設計(誰に・何を・どう聞くか)、③同意と匿名化を中心とする倫理、④他資料との突き合わせによる裏づけ、⑤逐語録・メタデータ・保存の設計、という五つの論点を順に検討する。
検討の結果、語りの「事実としての弱さ」は欠点ではなく、出来事の層・意味づけの層・聞き手との相互行為の層を分けて記録すれば、いずれの層も資料として扱えることを示した。第8節では想起の偏りやノスタルジーをめぐる批判に応答し、第9節では磐田市の公園100園・9地区という条件のもとで、どの園から、どのような順序で聞き取りを設計しうるかを述べる。なお当サイトの現地踏査はこれからであり、本稿は聞き取りの実施報告ではない。実際の語りは一切掲載せず、方法の検討にとどめる。
キーワードオーラルヒストリーライフストーリー集合的記憶聞き取りの倫理逐語録公園の来歴
1. はじめに——問題の所在
磐田市の都市公園について当サイト(ATAWI PARK)が現在持っている情報は、市のオープンデータ「都市公園一覧」に記載された名称・種別・面積・設備の有無と、市の施設ガイドに載る園内施設の記述である。これらは公園を「いま何があるか」という断面でとらえた記録であり、その公園がいつ、どのような経緯でそこに置かれ、これまで誰にどう使われてきたかについては、ほとんど何も語らない。ところが、公園について地域の人がもっともよく覚えているのは、まさにその部分である。ここには前に池があった、あの滑り台は途中でなくなった、盆踊りはこの広場でやっていた——こうした事柄は、公的な記録の網の目から抜け落ちながら、人々の記憶の中には比較的よく残っている。
本稿が扱うのは、この記憶を資料として扱うための方法、すなわちオーラルヒストリー(口述史)である。オーラルヒストリーとは、書かれた記録の少ない領域について、当事者や同時代を生きた人の語りを、聞き手が意図をもって聞き取り、録音・記録し、他の資料と突き合わせて歴史の記述に用いる方法をいう。日本語では「口述史」「口述記録」「聞き書き」などと呼ばれ、それぞれ強調点は異なるが、文字資料に頼りきらずに過去へ近づこうとする点は共通する。
公園はこの方法が有効に働きうる対象である。第一に、街区公園のような小さな公園は、設置の経緯が地元の土地提供や区画整理と結びついていることが多く、その事情は文書よりも人の記憶に残りやすい。第二に、遊具の入れ替えや樹木の生長、周辺の宅地化といった変化は、点検記録や台帳には残っても、利用者から見た変化としては記録されない。第三に、公園の使われ方——誰が何時ごろ来て、どこに座り、何をして帰るか——は、そもそも文書化される機会がほとんどない。いずれも、そこにいた人に聞く以外に近づく手立てが乏しい領域である。
本稿の問いは三つある。第一に、公園について語られる「昔はここで遊んだ」という言葉は、いったい何の記録なのか。過去の出来事の記録なのか、語り手のいまの気持ちの表現なのか、それとも聞き手との共同作業の産物なのか。第二に、その語りを資料として扱うためには、どのような手続き——聞き取りの設計、同意の取得、匿名化、他資料との突き合わせ、記録と保存——が必要か。第三に、磐田市の公園100園という具体的な対象に対して、この手続きをどのような順序で適用しうるか。
方法は文献整理と手続き設計である。オーラルヒストリーの方法論、ライフストーリー研究、集合的記憶論、民俗学の聞き書きの伝統を参照し、そこから公園という対象に合わせた手順を組み立てる。あわせて、聞き取りにともなう倫理上の論点——説明と同意、匿名化、第三者のプライバシー、記録の保管と公開——を整理する。統計的な代表性を主張する調査法ではないため、標本設計や有意差の検定といった枠組みは用いない。
註:本稿は方法論の検討であり、聞き取りの実施報告ではない。当サイトの現地踏査はこれから始まる段階にあり、住民への聞き取りはまだ一件も行っていない。したがって本稿には具体的な語りを一切掲載しない。例として挙げる語りの形式はすべて、手続きを説明するために組み立てた架空の形式例であり、実在の発言ではないことを本文中でも明示する。
構成は次のとおりである。第2節でオーラルヒストリーの先行研究と主要概念を整理し、第3節で語りの再構成性——記憶は現在から編み直されるという前提——を検討する。第4節で聞き取りの設計、第5節で同意と匿名化を中心とする倫理、第6節で他資料との突き合わせ、第7節で記録・整理・保存の設計を扱う。第8節で「思い出話に資料価値はない」という批判をはじめとする反論に応答し、第9節で磐田市の公園への示唆を述べ、第10節で結論と今後の課題をまとめる。
最後に、本稿の立場をあらかじめ示しておく。語りは、文書資料が欠けているときの代用品ではない。文書が記録しないことを記録するという点で、それ自体に固有の価値をもつ資料である。ただしその価値は、どのような条件のもとで、誰が誰に、いつ語ったのかを記録して初めて生きる。語りを「そのまま真実として載せる」のでも「主観だから使えないと退ける」のでもなく、条件つきの資料として扱う——それが本稿の基本的な構えである。
2. 先行研究と概念の整理
オーラルヒストリーが学問的な方法として広がったのは、録音機が持ち運べるようになった二十世紀半ば以降である。イギリスの社会史家ポール・トンプソンは『記憶から歴史へ』(1978年)で、文字を残さなかった人々——労働者、女性、移民、子ども——の経験を歴史記述に含めるための方法として口述史を位置づけた。歴史が文書に依拠するかぎり、文書を作る立場にあった人々の歴史に偏るという批判が、その出発点にあった。アメリカではスタッズ・ターケルが働く人々への聞き取りを集成し(『仕事!』1974年)、語りを読み物として提示する形式を広めた。
2.1 三つの流れ——政策史型・生活史型・聞き書き型
日本語圏でオーラルヒストリーと呼ばれるものには、少なくとも三つの流れがある。第一は政策史型で、政治学者の御厨貴が『オーラル・ヒストリー』(2002年)で体系化した、政策決定に関わった人物への聞き取りである。目的は文書に残らない決定過程の復元にあり、話者は基本的に実名で、記録は公開を前提とする。第二は生活史型で、社会学者の桜井厚らが展開したライフストーリー研究がこれにあたる。関心は出来事の復元よりも、語り手が自分の人生をどう意味づけているか、その語りが聞き手との間でどう作られるかに向かう。
第三は民俗学の聞き書きである。柳田國男は『郷土生活の研究法』(1935年)で、土地の古老から慣行や言い伝えを聞き取る手続きを論じ、『こども風土記』(1942年)では各地の子どもの遊びを言葉として集めた。宮本常一が『忘れられた日本人』(1960年)で描いた村の寄り合いの記述も、長期の滞在と聞き取りに支えられている。この流れは、個人の人生よりも土地に伝わる型に関心を置く点で、生活史型とは軸が異なる。
| 流れ | 主な関心 | 話者の選び方 | 公園に用いる場合 |
|---|---|---|---|
| 政策史型 | 決定・経緯の復元 | 関与した人物を特定して依頼 | 設置・改修の経緯、用地の由来 |
| 生活史型 | 語り手による意味づけ | 人生の幅が異なる人を複数 | 通い方、家族の時間、居場所の感覚 |
| 聞き書き型 | 土地に伝わる慣行・型 | その土地に長く住む人 | 遊びの名称、行事、呼び名 |
公園を対象にする場合、この三つはいずれも必要になる。いつ誰の土地がどのように公園になったかは政策史型の問いであり、そこで過ごした時間がその人にとって何であったかは生活史型の問いであり、その公園で行われた遊びが何と呼ばれ、どんな行事に使われたかは聞き書き型の問いである。三つを一人の話者に一度に投げれば話は散らかる。何を聞きたいのかを聞き手の側で分けておくことが、設計の前提になる。
なお、公園そのものを主題とした口述史の蓄積は、公園史や造園史の文献に比べて厚いとはいえない。理由は推測の域を出ないが、公園が誰の所有物でもない分、その記憶を語る当事者が定まりにくいことが関係していよう。工場や学校や商店街であれば、働いた人・通った人・営んだ人という明確な当事者がいる。公園の当事者は「近所に住んでいた人」という緩い集合であり、聞き取りの対象として構成しにくい。この構成のしにくさ自体が、公園という場の性格を示している。
2.2 集合的記憶と記憶の場
個人の記憶は、その人だけのものではない。社会学者モーリス・アルヴァックスは『記憶の社会的枠組み』(1925年)および『集合的記憶』(1950年)で、人が何かを思い出すとき、家族・地域・職場といった集団が用意する枠組みに支えられていることを論じた。ある公園の記憶がはっきり残っているのは、その公園について家族や同級生と繰り返し話す機会があったからかもしれない。逆に、誰とも話題にしてこなかった公園の記憶は、たとえ何度も通っていても薄れやすい。聞き取りで得られる記憶の濃淡は、その人の記憶力の差というより、思い出す枠組みの有無の差である場合がある。
歴史学者ピエール・ノラが編んだ『記憶の場』(1984年から1992年)は、記念碑や祝祭や地名など、集団の記憶が結晶する場所や事物に注目した。公園はこの意味での記憶の場になりうる。名前に古墳や遺跡や渡しを含む公園は、その土地の来歴を名前として保持しており、名前そのものが記憶を呼び起こす手がかりになる。聞き取りの場に地図や公園名の一覧を持ち込むことに意味があるのは、この働きを利用できるからである。
以上を整理すると、本稿が用いる概念は次の三つである。第一に、語りは出来事の再生ではなく、現在から意味づけられた構成物であるという再構成性。第二に、記憶は個人の内側だけでなく集団の枠組みに支えられているという集合性。第三に、語りは聞き手が居合わせることによって形を与えられるという相互行為性。第3節ではこの三つを、公園の語りに即して具体化する。
3. 語りは何の記録か——記憶の再構成性
「昔はここで遊んだ」という一文は、一見すると過去の出来事の報告に見える。しかし記憶研究の蓄積が繰り返し示してきたのは、想起が録音の再生とは違うということである。人は記憶をそのまま取り出すのではなく、そのつど手元にある材料——語彙、他人から聞いた話、写真、いまの立場や気分——を使って組み立て直す。年代は前後し、複数の日が一日に圧縮され、人から聞いた話がいつのまにか自分の体験として語られることもある。これは語り手の誠実さの問題ではなく、記憶という働きの性質である。
この事実は二通りに受け取られてきた。ひとつは、だから語りは資料として弱い、という受け取り方である。もうひとつは、だからこそ語りは別の事柄の資料になる、という受け取り方である。オーラルヒストリー研究者のアレッサンドロ・ポルテッリは、事実として誤っている語りが、なぜその形で語られるのかを問うことで、出来事そのものより深い理解に至る場合があると論じた。誤りは雑音ではなく、意味づけの痕跡だという見方である。
3.1 語りを三つの層に分ける
この立場を実務に落とすために、本稿では語りを三つの層に分けて記録することを提案する。第一は出来事の層である。いつ、どこに、何があったか。他の資料と突き合わせて真偽を検討しうる部分であり、公園の来歴の復元に直接使える。第二は意味づけの層である。それが語り手にとって何であったか。楽しかったのか、居心地が悪かったのか、いまの子どもと比べてどう思うか。ここは真偽を問う対象ではなく、語り手の経験の記述として扱う。第三は相互行為の層である。誰がどのような聞き方をしたときにその語りが出たか。聞き手が公園の運営に関わる立場だと知られている場合、語りは要望や遠慮を含みうる。
三層に分けることの利点は、資料としての扱いを層ごとに変えられる点にある。出来事の層は他資料で検証し、一致しなければ両論を併記する。意味づけの層は検証せず、語られたままを記述として残す。相互行為の層は、聞き手が自分の立場と問いかけを記録に含めることで確保する。逆に、これらを混ぜたまま「証言」として提示すると、意味づけまで事実として読まれたり、事実の部分まで主観として切り捨てられたりする。
3.2 公園の語りに特有の癖
公園についての語りには、いくつか繰り返し現れやすい型がある。ひとつは縮小の型で、子どものころに広く感じた公園を大人になって訪れると小さく見えるという語りである。これは面積が変わったのではなく、身長と行動範囲が変わったことの反映であることが多い。台帳上の面積と語りが食い違うとき、まず疑うべきはこの型である。もうひとつは消失の型で、「あの遊具はもうない」という語りである。遊具の撤去は点検や更新の判断によるもので、公的な記録に残っている場合もあるため、突き合わせの対象になる。
第三に、混同の型がある。近接する複数の公園、あるいは公園と学校の校庭、寺社の境内、空き地が、記憶の中で一つの場所に融合していることは珍しくない。地区内に同種の街区公園が並ぶ地域では特に起きやすい。地図を示して場所を指してもらう手続きが有効なのはこのためである。第四に、時期の基準点の型がある。人は西暦や元号ではなく、自分の学年、きょうだいの誕生、引っ越し、学校行事、大きな災害などを基準に時期を語る。年代を確定したい場合は、この基準点を丁寧に聞き出すほうが早い。
これらの型を知っておくことは、語りを疑うためではなく、聞き方を工夫するためである。縮小の型が出たときに「面積は変わっていないはずですが」と返せば、語りは止まる。「そのころはどのあたりまで行っていましたか」と行動範囲を聞けば、語りは続き、しかも当時の生活圏という別の情報が得られる。語りの癖に応じて次の問いを用意することが、聞き手の技能の中身である。
語られなかったことをどう扱うかも、この節に属する問題である。ある話題に触れると話が急に短くなる、別の話へ移る、笑ってやり過ごす——こうした反応は、記録の上では空白になりやすいが、それ自体が情報でありうる。事故や近隣との揉め事、亡くなった人にまつわる出来事など、語りにくい事柄は公園についても存在する。聞き手がすべきなのは、空白を埋めようと押すことではなく、そこに空白があったことを記録に残すことである。踏み込むかどうかの判断は、関係の深まりに応じて改めればよい。
註:本節で挙げた語りの型は、記憶と想起に関する研究群および口述史の方法論で繰り返し指摘されてきた傾向をまとめたものであり、特定の調査結果の数値を示すものではない。磐田市で同じ型が現れるかどうかは、今後の聞き取りで確かめるべき事柄である。
4. 聞き取りの設計——誰に、何を、どう聞くか
聞き取りは、思いつきで人に話しかけることではない。誰に聞くか、何を聞くか、どう聞くかを事前に決め、その決め方を記録しておくことで初めて資料になる。ここでいう「決めておく」とは、質問文を一言一句固定することではない。むしろ逆で、話の流れに応じて順序を変えられるように、聞きたい論点の一覧と、それを引き出す入口の問いを用意しておくことを指す。この形式を半構造化面接という。
4.1 誰に聞くか——代表性ではなく幅
オーラルヒストリーは統計調査ではないため、無作為抽出による代表性を目指さない。代わりに求められるのは、立場の幅である。同じ公園について、そこで遊んだ子ども時代をもつ人、子どもを連れて通った保護者、清掃や草刈りに関わってきた地域の人、近隣に住み利用しない人、公園に隣接して暮らす人では、見えているものが異なる。利用者だけに聞くと、公園は好意的にしか語られない。使わない人・使えない人に聞いて初めて、その公園の届く範囲が見える。
世代の幅も必要である。同じ公園でも、開設直後に子どもだった世代、遊具が更新されたあとの世代、いま通っている世代とでは、記憶の中の公園が別物になる。世代ごとの語りを並べると、公園そのものの変化と、遊びの変化と、社会の変化が重なって見えてくる。ただし高齢の語り手に偏ると、いま地域に残っている人の語りに寄る。転出した人の語りは得にくく、その偏りは補正できない。できるのは、偏りを記録に明示することだけである。
4.2 何を聞くか——公園を人生の中に置く
「この公園の思い出を教えてください」といきなり問うと、多くの場合は短い答えで終わる。記憶は場所単体ではなく、生活の流れの中に埋まっているからである。ライフストーリー法の要領で、まず住んできた場所と時期、家族の構成、通った学校、仕事の変化といった生活の骨格を聞き、そのうえで各時期にどこで遊び、どこへ子どもを連れて行ったかを尋ねると、公園の話は生活の一部として出てくる。公園を主題にしながら、公園から入らないという設計である。
聞くべき論点は、あらかじめ次のように分けておくとよい。第一に場所——どこに何があったか、境界や出入口はどうだったか。第二に時間——何時ごろ、どの季節に、どのくらいの頻度で行ったか。第三に人——誰と行ったか、そこで誰と会ったか、見守っていたのは誰か。第四に行為——何をして遊んだか、その遊びを何と呼んだか。第五に変化——いつ何が変わったか、なぜ行かなくなったか。第六に評価——いまの公園をどう見るか。前の五つが出来事の層に、最後が意味づけの層に対応する。
4.3 どう聞くか——道具と作法
聞き取りの精度を上げる道具は三つある。ひとつは地図である。現在の地図と、可能であれば古い地形図や住宅地図を並べ、指で示してもらう。第二は写真や図版で、遊具の形式や街並みの写真を見せて記憶を呼び起こす方法がある(写真喚起法と呼ばれる)。第三は年表で、語り手の年齢と学年を軸にした空欄の年表を用意し、話に出た出来事を書き込みながら進めると、時期の推定が容易になる。ただしいずれも、見せることで聞き手の想定に語りを引き寄せてしまう危険を伴うため、最初は何も見せずに聞き、途中から補助として出すのが安全である。
作法として重要なのは、誘導しないことと、沈黙を急がないことである。「昔は子どもがたくさんいて賑やかでしたよね」と問えば、そうだという答えが返る確率は高いが、それは聞き手の想定を確認しただけである。「そのころ、この公園にはどのくらい人がいましたか」と開いた形で聞く。相手が黙ったときは、次の質問を重ねずに待つ。思い出すには時間がかかる。一回の面接は一時間から一時間半を目安とし、疲れる前に切り上げ、続きは日を改める。
- 入口の問い:住んできた場所と時期、家族、学校、仕事の骨格から始める
- 本題の問い:場所・時間・人・行為・変化を分けて聞き、最後に評価を聞く
- 補助の道具:地図、写真、空欄の年表。出すのは語りが一巡してから
- 避けること:同意を求める形の質問、断定的な言い換え、沈黙の埋め合わせ
- 終わりの問い:ほかに聞いておくべき人、見せられる資料の有無を尋ねる
最後の項目は軽く見られがちだが重要である。地域の記憶は人づてに広がっており、一人の語り手が次の語り手を紹介してくれることが多い。同時に、この方法で話者を増やすと、同じ人間関係の中にいる人ばかりが集まる偏りが生じる。紹介の連鎖は記録し、途中で別の入口——地区の集まり、施設、公共の場での呼びかけ——から話者を加えることで、偏りを部分的に緩めることができる。
4.4 場所で聞く——歩きながらの面接
公園を対象にする場合に有効なのが、その公園に一緒に行って聞く方法である。質的調査では、対象者に同行しながら話を聞く形式として位置づけられる。室内で「あの公園には何がありましたか」と問うよりも、その場に立って「このあたりには何がありましたか」と問うほうが、記憶は具体的に出てくる。地面の起伏、木の位置、隣家との距離、道からの見え方といった手がかりが、その場にはすべて揃っているからである。語り手が歩く経路そのものも情報になる。どの出入口から入り、どこを通り、どこで立ち止まるかは、かつての使い方の名残であることがある。
歩きながらの面接には固有の注意もある。第一に、録音が風や周囲の音に妨げられやすく、機材と立ち位置の工夫が要る。第二に、公共の場での会話であるため、周囲の人に聞かれる前提で話題を選ぶ必要がある。第三に、高齢の語り手には身体的な負担があり、暑い時期や足元の悪い日は避け、休める場所を確かめておく。第四に、写真を撮る場合は、公園にいる他の利用者が写り込むことへの配慮が要る。室内での面接で全体の骨格を聞き、後日その公園を一緒に歩いて細部を確かめる、という二段構えが扱いやすい。
5. 同意と匿名化——聞き取りの倫理
聞き取りは、相手の時間と記憶を受け取る行為である。受け取ったものをどう扱うかを、受け取る前に相手と取り決めておくことが倫理の中心にある。医学・生命科学の分野では研究倫理指針が整備され、説明と同意の手続きが定式化されている。人文社会科学の聞き取りはその指針の直接の適用対象ではないが、説明すべき事項の考え方は共通する。当サイトのような、行政機関でも大学でもない主体が聞き取りを行う場合は、審査の仕組みを外から与えられない分、自分で手続きを定めて公開する責任が重くなる。
5.1 説明と同意で確認する項目
同意は、書面に署名をもらえば済むものではない。何に同意したのかが語り手に伝わっていなければ、形式だけの同意になる。最低限、次の項目を口頭で説明し、その説明自体を録音の冒頭に含めておくのが確実である。書面が負担になる相手の場合は、録音による口頭同意でも構わないが、いずれの形式でも、後から確認できる形で残すことが要点である。
| 確認する項目 | 説明の内容 |
|---|---|
| 目的 | 公園の来歴を記録するためであり、商業的な勧誘には用いない |
| 公開の範囲 | 実名か匿名か、全文か要約か、掲載する媒体はどこか |
| 匿名化の程度 | 氏名・住所・勤務先・家族構成をどこまで伏せるか |
| 録音・録画 | 録音するか、写真を撮るか、それらを公開するか |
| 撤回 | 後から一部または全部の公開停止を求められること |
| 保管 | 誰が、どこに、いつまで保管し、誰が閲覧できるか |
| 第三者 | 他人の話が含まれる場合の扱い |
5.2 匿名化の限界
匿名化は氏名を伏せれば完了する作業ではない。小さな地域では、年齢・性別・住んでいた地区・職業・きょうだいの数といった断片の組み合わせで個人が特定されうる。磐田市の9地区のうち、南部と向陽は当サイトの集計で公園が2園ずつしかない。こうした地区で「近所の公園に毎日通っていた昭和の子ども」と書けば、対象は大きく絞られる。匿名化を徹底しようとすれば情報が痩せ、情報を残そうとすれば特定に近づくという緊張は、原理的に解消できない。
実務上は、次の三段階で管理するのが現実的である。第一に、原資料(録音と完全な逐語録)は非公開とし、限定された担当者だけが扱う。第二に、公開用の記録では、氏名を仮名または記号に置き換え、生年は年代に、住所は地区名までに丸める。第三に、公開前に語り手本人に該当箇所を見せ、特定されうると本人が感じた記述は削る。第三段階を省くと、書き手の想像で「これなら大丈夫」と判断することになり、当事者の感覚とずれる。
個人情報の保護に関する法律は、氏名などにより特定の個人を識別できる情報の取扱いについて、利用目的の特定と通知、安全管理措置、第三者提供の制限などを定めている。聞き取りで得た記録もこの枠組みの外にはない。加えて、語られた内容には語り手以外の人——家族、近隣、亡くなった人——の情報が含まれる。その人たちは同意する機会を持たない。第三者に関する記述は、公開の必要性が明確でないかぎり削るか、個人が特定されない形に一般化するのが原則である。
子どもへの聞き取りは、さらに別の枠組みを要する。いま公園を使っている子どもの語りは、現在の使われ方を知るうえで貴重だが、同意の主体をどう考えるかという問題がある。保護者の同意だけでは足りず、子ども本人に、年齢に応じた言葉で目的と公開範囲を説明し、断ってよいことを伝える必要がある。また、公園で見知らぬ大人が子どもに話しかけて記録をとる行為は、それ自体が周囲の不安を招きうる。子どもを対象にする場合は、保護者の同席を前提とし、学校や地域の団体を通じて場を設けるなど、経路を整えてから行うべきである。
5.3 権利と敬意
語りの権利関係は単純ではない。著作権法は思想または感情を創作的に表現したものを著作物と定めており、聞き取りの記録がこれに当たるかどうか、当たるとして誰の権利かは、記録の性質によって判断が分かれうる。当サイトの立場としては、法的な結論を自分で断ずるのではなく、公開・二次利用の範囲を同意の段階で語り手と明示的に取り決め、疑義が生じた場合は専門家や関係機関に確認するという運用をとる。取り決めのない利用はしない、という原則を守るほうが、権利論を精密に組み立てるよりも実効性が高い。
手続きの外側にある事柄も書き添えておきたい。聞き取りは、高齢の語り手にとっては体力を使う行為であり、記憶をたどる過程で、亡くなった家族や辛い時期に触れることもある。話したくない話題は聞かない、途中でやめられることを最初に伝える、聞いた話を土産話として他所で語らない——こうした当たり前の配慮は、どの指針にも書ききれないが、実際には手続き以上に信頼を左右する。記録が地域に返る形をつくることも含めて、聞き取りは一回の面接では終わらない関係である。
6. 裏づけ——他資料との突き合わせ
語りを資料として扱うとは、語りだけで結論を出さないということでもある。質的調査では、複数の異なる種類の資料を突き合わせて確からしさを高める手続きをトライアンギュレーション(三角測量)と呼ぶ。語りと語り、語りと文書、語りと現地の状態を照らし合わせ、一致する部分と食い違う部分を明らかにする。目的は語り手の誤りを指摘することではなく、どの記述がどこまで支えられているかを読者に示すことにある。
6.1 突き合わせに使える資料
公園の来歴について照合できる資料には、公的なものと地域のものがある。公的なものとしては、市のオープンデータ「都市公園一覧」に載る名称・種別・面積・設備の有無、市の施設ガイドに載る園内施設の記述、都市計画や公園台帳に関する行政の記録がある。地域のものとしては、自治会や子ども会の記録、学校や公民館の記念誌、地区の広報、古い写真、そして地域史をまとめた出版物や地域史サイトがある。当サイトは磐田物語の地区ページを地域史の参照先として用いている。
地図と空中写真は、公園の語りにとって特に有効な照合資料である。異なる年代の地図を並べると、公園の輪郭がいつ現れたか、周囲が田畑だったのか住宅地だったのか、川や水路がどこを流れていたかが読める。語り手が「ここには水路があった」と言うとき、その水路が地図に描かれていれば、語りは一気に確かなものになる。描かれていない場合も、語りが誤りだと決まるわけではない。小さな用水は地図に載らないことが多いからである。
見落とされやすいのが、現地そのものを照合資料として使うことである。公園には、過去の使い方の痕跡が残っていることがある。撤去された遊具の基礎が地面に残る、以前の園路の位置に草の生え方の差が出る、植えられた時期の異なる樹木が幹の太さの差として並ぶ、古い門柱や記念の石が隅に寄せられている——こうした痕跡は、語りと突き合わせて初めて意味を持つ。逆に、語りを聞いた後で現地を見ると、それまで目に入らなかったものが見えることもある。踏査と聞き取りを別々の作業と考えず、往復させる設計が望ましい。
6.2 食い違いをどう扱うか
語りと資料が食い違ったとき、資料を自動的に優先するのは短絡である。行政の記録は、記録された時点の制度上の区分を反映しており、住民の使い方と一致するとは限らない。たとえば法の種別としては都市緑地であっても、地元では長らく「広場」と呼ばれ、子どもの遊び場として使われてきた、ということは十分にありうる。制度上の分類と生活上の分類は別の体系であり、両者のずれ自体が記録すべき情報である。
したがって、食い違いは次の三つに分けて処理する。第一は、年代や名称の単純な取り違えとみられるもの。この場合は資料に基づく記述を本文に置き、語りの内容を註に残す。第二は、資料が記録していない事柄。ここは語りが唯一の情報源であり、語りに基づくことを明示したうえで記述する。第三は、制度と生活のずれ。この場合はどちらも正しい記述として併記し、ずれていること自体を論点にする。三つのどれに当たるかを判断できるよう、原資料の該当箇所を記録に残しておく必要がある。
6.3 年代を推定する
語りの中で最も揺れやすいのが年代である。西暦や元号で正確に答えられる人は少なく、多くは生活の出来事を基準に語る。そこで、語り手自身の年齢や学年、子どもの入学、引っ越し、勤め先の変化、地域の大きな出来事といった基準点を聞き出し、そこから逆算する。「上の子が小学校に上がった年の春」と分かれば、他の情報と合わせて年代の幅を絞れる。推定した年代は、確定値としてではなく幅として記録する。「昭和40年代後半か」と記すほうが、根拠のない一年を書くより誠実である。
複数の語り手の証言を並べることも、年代推定に役立つ。同じ遊具の撤去について三人がそれぞれ別の基準点から語り、その幅が重なれば、重なった範囲がもっともらしい時期になる。逆に幅が重ならなければ、複数の出来事が語られている可能性がある。遊具の入れ替えは一度とは限らず、語り手ごとに別の入れ替えを指していることもある。同じ話をしていると決めてかからないことが、この作業の要点である。
註:本節で述べた照合の手続きは、当サイトが今後の踏査とあわせて実施する場合の設計であり、現時点で実施した結果を述べたものではない。市の記録に関する事項は、必要に応じて磐田市の担当課に確認したうえで記述する方針である。
7. 記録・整理・保存の設計
聞き取りは、記録として残らなければ資料にならない。そして記録は、後から探せる形に整理されなければ使われない。この節では、録音から逐語録、メタデータ、保存、公開までの設計を述べる。ここでの判断はすべて、十年後・二十年後に別の人がこの記録を使う場面を想定して行う。聞いた本人の記憶が補える間は雑な記録でも回るが、それは長くは続かない。
7.1 録音と逐語録
録音は、同意を得たうえで必ず行う。手書きのメモだけでは、語の選び方や言いよどみが失われ、後から検証できない。録音の冒頭には、日付・場所・聞き手・話者の識別記号・同意の確認を口頭で吹き込んでおく。ファイル名と保存先は最初に決めた規則に従い、面接が終わったその日のうちに複製を作る。機材の故障や取り違えは、記録が失われる原因として最も多い部類に入る。
逐語録は、どこまで整えるかを決めておく必要がある。完全な逐語録は、言いよどみや相づち、沈黙の長さまで記す。読みやすさを優先する整文では、これらを削って文章の形に整える。前者は分析に耐えるが読みにくく、後者は読みやすいが、語り手の言い方という情報を捨てる。実務的には、原資料としては完全な逐語録を作り、公開用には整文を用意して、整文であることを明示する二段構えが扱いやすい。
方言や地域特有の言い回しの扱いも決めておく。標準語に直せば読みやすいが、遊びの名称や場所の呼び名は、その言い方自体が資料である。原則として原文のまま残し、必要に応じて括弧で説明を添える。特に、地元での公園の呼び名——正式名称とは別の通称——は、聞き取りでしか得られない情報であり、優先して記録する価値がある。
7.2 メタデータ——後から探せる形にする
記録には、内容とは別に、その記録自体を説明する情報を付ける。これをメタデータという。図書館や博物館の分野では記述項目の標準が整備されており、その考え方は聞き取りの記録にもそのまま応用できる。要点は、誰が・いつ・どこで・誰に・何について聞き、その記録がいまどの公開段階にあるかを、一定の形式で書き残すことである。項目が揃っていれば、後から地区別・年代別・公園別に記録を集めることができる。
| 項目 | 内容の例 |
|---|---|
| 記録ID | 聞き取りごとの一意の記号 |
| 日時・場所 | 面接の年月日、実施場所の種別 |
| 話者情報 | 識別記号、年代、居住地区、公園との関わり |
| 聞き手 | 担当者名または記号 |
| 対象公園 | 当サイトの公園ページの識別子(複数可) |
| 主題 | 設置経緯・遊具・行事・見守り・変化など |
| 公開段階 | 非公開/要約のみ公開/整文公開/全文公開 |
| 同意条件 | 実名可否、撤回の有無、二次利用の範囲 |
対象公園の項目を、当サイトが各公園に与えている識別子と一致させておく点は実務上の要である。これにより、ある公園のページから、その公園について語られた記録へ、また逆にたどることができる。オープンデータ由来の面積や設備の情報と、語り由来の来歴の情報が、同じ識別子のもとで結びつく。ただし語りは複数の公園にまたがることが多いため、一対一ではなく複数の対応を持てる設計にしておく必要がある。
7.3 保存と公開
保存で注意すべきは、媒体とファイル形式の寿命である。記録媒体は十年単位で読めなくなり、独自形式の音声は再生手段が失われうる。広く使われている形式を選び、複数の場所に複製を置き、定期的に読めるかどうかを確かめる——この三点は、規模の大小にかかわらず必要である。加えて、担当者が交代しても運用が続くよう、規則を文書にしておく。個人の記憶に依存した運用は、その人がいなくなった時点で止まる。
公開と並んで考えるべきなのが、記録を地域に返す形である。聞き取りは地域から情報を持ち出す行為であり、返す道筋がなければ、次の協力は得にくくなる。返し方には、逐語録や整文を語り手本人に渡す、公園ごとの記録をまとめて地区の集まりで示す、公園のページに掲載して誰でも読めるようにする、といった段階がある。返した先で「それは違う」「別の話もある」という反応が出ることも多く、その反応自体が次の記録になる。一方向の採集ではなく往復にすることが、記録の質を上げる。
公開は、一度に全部か非公開かの二択ではない。要約だけを公開する、地区名までに丸めた形で公開する、一定年数の後に公開する、閲覧を申請制にするなど、段階を設けられる。段階を設けることで、いま公開できない語りも、失わずに残せる。語り手が存命のうちは公開しないという条件を受け入れることも、記録を得るためには必要な譲歩である。記録の目的は公開そのものではなく、公園の来歴を将来に渡すことにある。
8. 反論への応答——語りは資料になるか
ここまでの手続きに対しては、いくつかの批判がありうる。本節では主な反論を五つ取り上げ、それぞれに応答する。応答といっても、批判を退けることが目的ではない。どこまでが妥当な批判で、どこからが方法の設計で対処できる範囲かを切り分けることが目的である。
8.1 「思い出話に資料価値はない」
最も素朴な反論は、記憶は当てにならないのだから、文書資料だけを使えばよいというものである。この批判は、文書資料が十分に存在する領域では正しい。設置年や面積のように台帳に記載がある事柄について、記憶を根拠に書く理由はない。しかし公園に関する記述のうち、文書が答えられる範囲は限られている。誰がどの時間帯に来ていたか、どの遊具が人気で、どの一角が敬遠されていたか、遊びは何と呼ばれていたか——これらを記録した文書は、そもそも作られていない。文書がない領域で「文書だけを使え」と言うことは、その領域を記述しないという選択に等しい。
加えて、文書資料もまた誰かが特定の目的で書いたものである点は見落とされやすい。台帳は管理のために、広報は周知のために、記念誌は顕彰のために作られる。それぞれに書かれないことがある。語りが選択的であることを理由に退けるなら、同じ理由で文書も退けなければならない。実際に必要なのは、資料の種類ごとに何を書き、何を書かないかを見極めて使うことである。
8.2 想起の偏りと、語れる人の偏り
第二の反論は、想起には偏りがあるというものである。強い感情を伴う出来事は記憶に残りやすく、日常の反復は残りにくい。したがって語りから復元される公園像は、事件と行事に偏り、何も起きなかった大多数の日々を落とす可能性がある。これは方法の設計である程度対処できる。特定の出来事ではなく「ふだんの一日」を順を追って語ってもらう、季節ごとの過ごし方を尋ねる、といった問いを組み込むことで、反復的な日常に近づける。
対処が難しいのは、語れる人の偏りである。聞き取りに応じられるのは、いまその地域に住み、健康で、話すことに抵抗がない人である。転出した人、亡くなった人、公園に関わらなかった人、話す立場にないと感じている人の語りは集まらない。これは補正のできない偏りであり、統計的な代表性を主張しない以上、認めるほかない。方法として可能なのは、どのような経路で誰に依頼し、誰から断られたかを記録し、集まった語りがどの範囲を代表しているのかを読者に示すことである。
8.3 ノスタルジーの問題
第三の反論は、公園の語りは「昔はよかった」という懐旧に流れやすく、それを記録すれば現在の公園を不当に貶める記述になるというものである。実際、子どもの遊びをめぐる語りは、しばしば現在との対比の形をとる。だが、この対比は分析の対象にできる。懐旧が語られるとき、何と何が対比されているのか——子どもの数か、遊具の種類か、大人の目の届き方か、時間の使い方か。対比の中身を取り出せば、それは現在の公園について語り手が感じている不足の指摘に翻訳できる。
重要なのは、懐旧の語りを「主観だから」と切り捨てず、さりとて「昔の公園は優れていた」という結論に直結させないことである。かつての公園には、いまなら安全上の見直しが行われる遊具もあり、遊びの機会が均等だったわけでもない。過去の美化は、当時そこに入れなかった人の存在を見えなくする。語りの中の対比を、事実の比較ではなく、価値の表明として記述するのが妥当な扱いである。
8.4 聞き手が誰かという問題
第四の反論は、聞き手の立場が語りを歪めるというものである。当サイトを運営するのは富士ヶ丘サービス株式会社という民間の会社であり、公園の管理者でも研究機関でもない。語り手がその立場をどう理解するかによって、語られる内容は変わる。行政に近い立場だと受け取られれば要望が語られ、無関係だと受け取られれば率直な話が出るかもしれない。この作用は消せない。消せない以上、聞き手が誰であり、どう名乗り、どう受け取られたと考えるかを記録に含める——第3節で述べた相互行為の層の記録が、ここで効いてくる。
8.5 「記録して何になるのか」
実務の側からは、来歴を記録しても公園の管理は変わらない、という反論もありうる。遊具の更新や樹木の手入れは、点検と予算で決まるのであって、昔の記憶で決まるわけではないという指摘である。この指摘は、記録が管理の代わりになると考えるなら正しい。しかし記録が寄与しうる場面はある。ある一角がなぜ使われないのかを考えるとき、以前そこに何があったかを知っていれば、原因の見当がつくことがある。改修の合意形成の場で、その公園がどう使われてきたかの記述が共有されていれば、議論の出発点が揃う。記録は判断そのものではなく、判断の材料である。
以上をまとめると、取り上げた反論のうち、想起の偏りと懐旧の扱いは設計と分析で相当程度対処でき、記録の使いどころも示しうるが、語れる人の偏りと聞き手の作用は原理的に残る。残る限界に対して取りうる態度は一つで、限界を隠さずに記録し、記述の根拠がどこまで及ぶかを読者が判断できるようにすることである。語りを万能の資料として扱わないことが、語りを資料として使える条件になる。
9. 磐田市の公園への示唆
当サイトは磐田市の公園100園を収録している。内訳は市のオープンデータ「都市公園一覧」の94行に、市の施設ガイドにのみ掲載されている6園を加えたものである。このうち市の施設ガイドに個別ページがあるのは77園で、残りについては名称・種別・面積といった一覧の情報しか手元にない。そして踏査済みの園は0園、すなわち現地調査はまだ始まっていない。この条件は、聞き取りを設計するうえで重要な意味をもつ。語りを照合すべき現地の状態を、当サイトはまだ自分の目で確かめていないのである。
したがって順序としては、踏査が先である。園の現況を記録し、遊具や設備、出入口や周辺の道路の状態を把握したうえで、その公園について聞くべき問いを立てる。現況を知らないまま聞けば、語られた変化が変化なのかどうかも判定できない。踏査と聞き取りを同じ日に組むこともできるが、その場合でも、まず歩き、次に聞くという順は変えないほうがよい。
9.1 どの園から始めるか
100園すべてに聞き取りを行うことは現実的でない。優先順位を立てる必要がある。手がかりの一つは名称である。磐田市の公園には、来歴を名称として保持しているものがある。京見塚公園は市の施設ガイドに京見塚古墳が園内施設として記載され、一ノ谷公園には一ノ谷遺跡の記載がある。遠江国分寺史跡公園は歴史公園として区分され、豊田池田の渡し公園の名は渡しに由来する語を含む。豊田森下水神公園、権現緑地といった名も同様である。名称が過去を指す園は、その過去について語られてきた蓄積がある可能性が高い。
第二の手がかりは、名称が用途の変化を示している園である。竜洋すみれ遊園地は種別としては街区公園だが、名称に遊園地の語を残している。豊田天竜川わんぱく広場、さわやか広場、見付本通広場公園のように広場を名に持つ園もある。豊田富里農村公園、豊田森本農村公園、豊田中野戸農村公園、豊田海老塚農村公園、浜部農村公園のように農村公園を名乗る園は5園を数える。これらの名称は、その場所がどのような文脈で整備されたかを示唆しており、経緯を知る人が地域にいる可能性がある。
第三の手がかりは、いま変化が進行している園である。市の施設ガイドの今之浦公園の記載には、令和8年7月17日から令和8年9月23日まで噴水を運転する旨のお知らせが載っている。現在進行中の使われ方は、時間が経てば記憶になる。変化の最中に記録しておくことには、過去を遡って聞くのとは別の価値がある。当サイトの分類では、今之浦公園は見付地区の近隣公園で、面積は13,675平方メートルである。
9.2 地区による条件の違い
9地区の園数は一様ではない。豊田が28園と最も多く、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園と続き、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園と少ない地区がある。園数の多い地区では、どの園について聞いているのかを地図で確定する手続きが特に重要になる。第3節で述べた混同の型——近接する複数の公園が記憶の中で融合する——が起きやすいためである。地区ごとの来歴については、当サイトが参照している地域史サイト・磐田物語の地区ページが手がかりになる。地区の歴史をあらかじめ把握してから聞くことで、語られた地名や行事の位置づけを、その場で理解できる。逆に園数の少ない地区では、第5節で述べた匿名化の困難が強く出る。語り手が特定されやすいため、公開の粒度をあらかじめ粗くしておく必要がある。
種別による違いもある。当サイトの集計では、街区公園が51園と過半を占め、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園、法の対象外6園という構成である。街区公園は都市公園法施行令などの標準で0.25ヘクタール・誘致距離250メートルが目安とされる小さな公園であり、日常の生活圏に密着している。この規模の公園こそ、公的な記録が薄く、住民の記憶が相対的に厚い領域である。
規模の両端も示唆的である。当サイトのデータでは、最も大きいのは竜洋海洋公園の221,722平方メートル、最も小さいのは二之宮東第2緑地の17平方メートルである。大規模な園については施設の記録が比較的残るが、17平方メートルや156平方メートル(豊田上新屋ポケットパーク)といった小さな緑地について、その成り立ちを記した文書を探すのは容易でない。小さな場所ほど、聞き取り以外の手立てが乏しくなる。
9.3 当サイトが守るべき手順
以上を踏まえ、当サイトが今後の踏査にあわせて聞き取りを行う場合の手順を、次のように定める。これは実施済みの手続きの報告ではなく、実施する場合に守る約束として示すものである。
- 踏査を先に行い、園の現況を記録してから聞くべき問いを立てる
- 話者の立場と世代に幅をもたせ、その公園を使わない人にも聞く
- 目的・公開範囲・匿名化・撤回・保管を説明し、説明ごと録音に残す
- 語りは出来事・意味づけ・聞き手との関係の三層に分けて記録する
- オープンデータ・施設ガイド・地図・地域史と突き合わせ、食い違いは併記する
- 地区名までに丸めた公開を基本とし、公開前に本人に該当箇所を確認してもらう
- 行政の記録に関わる事項は必要に応じて市の担当課(都市整備課)に確認する
- 聞き取りの結果は、各公園のページに識別子で結びつけ、根拠を明示して掲載する
註:本節で用いた磐田市の園数・種別・地区・面積・施設の記載は、市のオープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドをもとに当サイトが整理した範囲のものである。園内の現況、地元での呼び名、行事での使われ方については、当サイトはまだ確かめていない。これらは今後の踏査と聞き取りで確かめる事柄である。
10. 結論と今後の課題
本稿は、公園の来歴を住民の語りから復元するための方法を整理し、当サイトが今後の踏査にあわせて聞き取りを行う場合の手続きとして提示した。得られた結論は三点である。第一に、公園について公的に残る記録は現在の断面が中心であり、使われ方や来歴という領域では、語りが唯一に近い情報源となる。第二に、語りは過去の再生ではなく現在からの再構成であるが、出来事・意味づけ・聞き手との関係という三つの層に分けて記録すれば、いずれの層も資料として扱える。第三に、その扱いを支えるのは、同意・匿名化・照合・保存という手続きの明示であり、手続きを公開することが記録の信頼性を担保する。
この結論は、語りを特別扱いするものではない。文書も語りも、誰かが何かの目的でつくった痕跡であり、それぞれ書かないことをもつ。違いは、文書がすでに存在するのに対し、語りは聞かなければ存在しないという点にある。聞かれなかった記憶は、資料として残らないまま失われる。方法論の整備が急がれる理由は、この非対称性にある。
今後の課題を五つ挙げる。第一に、試行的な聞き取りの設計である。いきなり多数の園を対象にするのではなく、名称が来歴を示す少数の園から始め、質問項目と面接の長さ、記録の作り方を実地で調整する必要がある。第二に、同意の様式である。本稿の第5節で挙げた確認項目を、口頭で説明できる長さの文言にまとめ、書面と口頭の両方の形式を用意しなければならない。
第三に、公開の粒度の決定である。全文・整文・要約のどれを標準とするか、地区名までの丸めで十分か、公開を保留する条件は何かを、事前に定めておく必要がある。とりわけ南部・向陽のように園数の少ない地区では、標準の粒度をより粗く設定する必要がある。第四に、当サイトのデータ構造への接続である。第7節で述べたメタデータの項目を、各公園のページの識別子と結びつく形で実装し、語り由来の記述とオープンデータ由来の記述が区別して読める表示を設計しなければならない。
第五に、他分野との接続である。公園の名称に残る語の分析は地名研究の領域と重なり、行事や遊びの型は民俗学の聞き書きの蓄積に接続する。制度としての公園の成立過程は公園史の研究に、語り手が高齢者である場合の面接の配慮は老年学の知見に、それぞれ学ぶところがある。当サイトの論文シリーズがこれらの領域を並行して扱っているのは、こうした接続を前提としているためである。
最後に、本稿の限界を確認しておく。本稿は文献整理と手続き設計にとどまり、実際の聞き取りを行っていない。したがって、ここで提案した手順が磐田市の現場で機能するかどうかは検証されていない。話者に会えるか、依頼をどう伝えるか、記録をどう地域に返すかといった実践的な問いは、始めてみなければ分からない部分が大きい。手続きは実施の中で改訂されるべきものであり、本稿はその出発点として位置づけられる。
「昔はここで遊んだ」という一文は、それだけでは何も証明しない。しかし、誰が、いつ、どこで、どのような問いに答えてそう言ったのかを添えれば、それは公園の来歴に関する一次の記録になる。添えるべき情報を定め、添える手間を惜しまないこと——本稿が方法として述べてきたのは、突き詰めればそれだけのことである。その手間を引き受ける主体が地域に一つ増えることが、失われつつある記憶を残す最短の道であると考える。
参考文献
- ポール・トンプソン(1978)『記憶から歴史へ——オーラル・ヒストリーの世界』(酒井順子訳、青木書店、2002)
- アレッサンドロ・ポルテッリ(1991)『オーラルヒストリーとは何か』(朴沙羅訳、水声社、2016)
- モーリス・アルヴァックス(1925)『記憶の社会的枠組み』(鈴木智之訳、青弓社、2018)
- モーリス・アルヴァックス(1950)『集合的記憶』(小関藤一郎訳、行路社、1989)
- ピエール・ノラ編(1984–1992)『記憶の場——フランス国民意識の文化=社会史』(谷川稔監訳、岩波書店、2002–2003)
- 御厨貴(2002)『オーラル・ヒストリー——現代史のための口述記録』(中公新書)
- 桜井厚(2002)『インタビューの社会学——ライフストーリーの聞き方』(せりか書房)
- 桜井厚・小林多寿子編(2005)『ライフストーリー・インタビュー——質的研究入門』(せりか書房)
- 中野卓・桜井厚編(1995)『ライフヒストリーの社会学』(弘文堂)
- 岸政彦・石岡丈昇・丸山里美(2016)『質的社会調査の方法——他者の合理性の理解社会学』(有斐閣ストゥディア)
- 小田博志(2010)『エスノグラフィー入門——〈現場〉を質的研究する』(春秋社)
- 柳田國男(1935)『郷土生活の研究法』(刀江書院。ちくま文庫『柳田國男全集』所収)
- 柳田國男(1942)『こども風土記』(朝日新聞社。角川ソフィア文庫『こども風土記・母の手毬歌』所収)
- 宮本常一(1960)『忘れられた日本人』(未来社。岩波文庫、1984)
- スタッズ・ターケル(1974)『仕事!』(晶文社、1983)
- 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)
- 著作権法(昭和45年法律第48号)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
- 磐田物語(地区ページ・地域史)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。