人文学言語学(地名学)

公園の名前——命名のパターン・地名の継承・呼び名の言語学

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:言語学(地名学) 公開・更新 2026-08-17 本文 約21,712字 読了目安 39分

要旨

本稿の目的は、都市公園の名称を言語学と地名学の対象として取り上げ、その内部構造・由来・表記の三つの側面を整理することである。公園の名前は日常的に使われながら、まとまって分析されることの少ない言語資料である。本稿は柳田國男『地名の研究』(1936)および鏡味完二らの日本地名学の枠組み、固有名をめぐる言語哲学(ミル、クリプキ)、日本語の複合語論(右側主要部の原則)を援用し、磐田市の都市公園100園の名称(当サイトのデータベースに登録された名称と読み)を素材として分析する。

分析の結果、第一に、公園名は「地域接頭辞(豊田・竜洋など)+固有部(塚・浦・新田などの地名)+修飾部(東西南北・第1・農村・記念など)+総称部(公園・緑地・ポケットパークなど)」という四層の構造をもち、総称部の語と都市公園法上の種別とは必ずしも一致しないことを示す。第二に、固有部には大字・小字に由来すると考えられる地形語(塚・山・谷・浦・堀・原・新田)や、遺跡・古墳・社寺・渡し場に由来する語が多く、公園名が消えゆく小地名を保存する「地名の器」となっている可能性を論じる。第三に、番号・方位・旧町名の接頭辞という行政的命名の論理と、ひらがな・外来語による愛称的命名の論理が併存していることを指摘する。第四に、連濁(かぶと塚=かぶとづか)、難読(福田=ふくで、熊野=ゆや)、助詞「の」の四通りの表記、全角と半角の数字といった、読みの推定と表記ゆれの問題を整理する。

結論として、公園名は「行政が付けた符号」であると同時に「土地の記憶を運ぶ言葉」であり、その二重性を理解することが、公園データベースの設計(読み・別名欄の整備)や、住民が使う呼び名の記録にとって実用的な意味をもつと論じる。磐田市の各園の看板表記や住民の呼び名の実態は、当サイトの今後の踏査で確かめる課題として残す。

キーワード公園名地名学固有名詞複合語連濁表記ゆれ磐田市

1. はじめに——問題の所在

公園には必ず名前がある。子どもは「かぶと塚に行こう」と言い、保護者は「ららシティの公園で待ち合わせ」と伝える。名前がなければ、公園は地図上の緑の四角にすぎず、人と人のあいだで指し示すことも、思い出として語ることもできない。しかし、公園の名前がどのような言葉でできていて、どこから来て、どのように読まれ、書かれているのかを、まとまって考える機会は少ない。名前は空気のように使われ、空気のように意識されない。

本稿は、この「意識されない言葉」を言語学と地名学の対象として取り上げる。言語学(linguistics)は言葉の音・形・意味・使われ方を体系的に扱う学問であり、地名学(toponymy)はそのうち土地の名前——地名——を専門に扱う分野である。日本では柳田國男が『地名の研究』(1936)で地名を民俗と結びつけて論じ、鏡味完二が地名を構成する語を集めて全国分布を地図に描く方法を確立した。公園名はこの地名学の周辺に位置する。公園名は行政が定めた施設名であって、山や川の名のように自然に生まれたものではないが、その中身の多くは古くからの地名を借りており、地名学の道具で読み解くことができる。

本稿の問いは四つである。第一に、公園名はどのような部品からできているのか。「豊田加茂公園」「二之宮東第1緑地」「磐田ららシティ西ポケットパーク」といった名前を並べると、そこには一定の組み立て方が見えてくるはずである。第二に、名前の中心となる部分——本稿で固有部と呼ぶ部分——はどこから来たのか。塚・浦・堀・新田といった語は、その土地の古い呼び名を今に伝えているのではないか。第三に、番号や方位や旧町名を用いる行政的な命名と、ひらがなや外来語を用いる愛称的な命名は、どのような論理で使い分けられているのか。第四に、名前の読み(よみ)はどこまで文字から推定でき、表記のゆれはどのような場面で問題になるのか。

園名四つの問い地名学
図1公園の名前は日常的に使われながら分析されることの少ない言語資料である。本稿は構造・由来・命名の論理・読みと表記の四点から園名を読み解く。

方法は文献整理と資料分析である。理論的な枠組みとして、地名学の古典(柳田・鏡味・吉田東伍)と、固有名をめぐる言語哲学(ミル、クリプキ)、日本語の複合語の研究(右側主要部の原則)を用いる。分析の素材は、磐田市の都市公園100園の名称とその読みである。これは当サイト ATAWI PARK が磐田市のオープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドをもとに整理したデータベースに登録されたものであり、本稿が扱う園名・読み・種別・地区・面積はすべてこの資料の範囲にとどめる。当サイトの現地踏査はまだ始まっておらず、園内の看板の表記や住民が実際に使う呼び名については、本稿は推測を述べるにとどめ、確認は今後の踏査に委ねる。

なぜ100園という単位で見ることに意味があるのか。一つの園名だけを眺めても、それが偶然そう付けられたのか、何かの規則に従っているのかは分からない。しかし同じ市の100園を並べると、「豊田」で始まる名が24園ある、「第1」「1号」のような番号を含む名が8園ある、「塚」を含む名が6園ある、といった偏りが見え、その偏りの背後にある命名の論理が推し量れる。地名学が個々の地名の語源当てではなく、地名の分布と類型を扱う学問へと発展したのと同じ理由で、本稿も個々の由来の詮索よりも、100園にわたるパターンの記述を優先する。

この問いは、学問上の関心にとどまらない。子育て世代にとって、公園名は待ち合わせと道案内の言葉であり、読めない名や似た名は日常の小さな不便になる。行政にとって、公園名は台帳・看板・地図・オープンデータに繰り返し書き込まれる文字列であり、読み仮名や表記の揺れは情報の整合性にかかわる。地域にとって、公園名は町名整理の後にも小さな地名が残る数少ない場所であり、地域の記憶の器である。言語学と地名学の視点は、この三者がそれぞれ別々に感じている「名前の問題」を、一つの枠組みで見通すことを可能にする。

本稿の構成は次のとおりである。第2節で先行研究と概念を整理し、本稿が使う用語(総称部・固有部・修飾部・接頭辞)を定める。第3節で公園名の構造を分析し、総称部の語と法律上の種別とのずれを示す。第4節で固有部の来歴を検討し、公園名が小地名を保存する働きをもつことを論じる。第5節で番号・方位・旧町名接頭辞という行政的命名を、第6節でひらがな・外来語・愛称という親しみの命名を扱う。第7節で読みの推定と表記ゆれの問題を整理し、「名前などどうでもよい」という反論に応答する。第8節で磐田市の公園への示唆を、第9節で結論と今後の課題を述べる。

2. 先行研究と概念の整理

2.1 日本の地名学——柳田・鏡味・吉田

日本の地名学の出発点としてしばしば挙げられるのが柳田國男『地名の研究』(1936)である。柳田は地名を、二人以上の人のあいだで共同に使われる符号として捉えた。地名は学者が付けるものではなく、その土地で暮らし、田を分け、道を教え合う人々が「呼び分ける必要」から生み出したものであり、したがって地名にはその必要——地形の区別、耕地の区画、水利の管理——が刻まれている、というのが柳田の基本的な見方である。とりわけ柳田は、村の中の細かな区画を指す小字(こあざ)に注目し、そこに古い言葉と暮らしの痕跡が残ることを強調した。

鏡味完二は、柳田の民俗学的な地名論を、より体系的な方法へと発展させた。鏡味は地名を構成する語(たとえば「〜ヤマ」「〜タニ」「〜ハラ」)を全国から集め、その分布を地図に描くことで、地名が偶然の産物ではなく、地形や生業や言語圏に対応した規則的な分布をもつことを示そうとした(『日本地名学』1957〜58、鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』1977)。個々の地名の語源を当てることよりも、多数の地名を並べて型を見いだすという鏡味の姿勢は、本稿が100園の名称をまとめて扱う方法の直接の手本である。

これらに先立つ吉田東伍『大日本地名辞書』(1900〜1907)は、全国の地名を歴史資料に照らして解説した大部の辞書であり、地名を歴史・地誌の証拠として扱う伝統を確立した。また谷川健一は『日本の地名』(1997)などで、住居表示に関する法律(1962)以降の町名整理によって古い地名が急速に失われたことを批判し、地名を文化財として守るべきだと論じた。本稿が「公園名は消えゆく小地名の器になりうる」と論じるとき、念頭にあるのはこの谷川の問題意識である。

2.2 固有名をめぐる言語学と哲学

地名は言語学的には固有名詞(proper noun)の一種である。固有名詞がふつうの名詞とどう違うかは古くからの論点であり、J・S・ミルは『論理学体系』(1843)で、固有名は対象を指し示す(denotation)だけで、意味内容(connotation)をもたない、と論じた。「兎山公園」という名は、その公園に兎がいることを意味しない。名前は札のように対象に貼り付けられているだけだ、というのがミルの見方である。これに対してソール・クリプキ『名指しと必然性』(1980)は、固有名は最初の「命名の儀式」で対象に結び付けられ、その後は人から人へと伝えられる因果の連鎖によって同じ対象を指し続ける固定指示子である、と論じた。公園名の場合、この「命名の儀式」にあたるのは、都市公園法にもとづく供用開始の公告や告示である。名前は行政文書によって対象に固定され、その後は看板・地図・会話を通じて受け渡されていく。

一方、ソシュール『一般言語学講義』(1916)が説いた「言語記号の恣意性」——音と意味のあいだに必然の結び付きはないという原則——は、地名にはそのままは当てはまらない。地名の多くは有縁的、すなわち「なぜその名か」に理由がある。「水堀」は水と堀に、「丸山」は丸い山に由来すると誰もが感じる。地名学が語源を問えるのは、地名がふつうの語よりも有縁性を強く保っているからである。ただし有縁性は時間とともに薄れる。「福田」を「ふくで」と読む理由、「只来」を「ただらい」と読む理由は、いまや多くの人には見えない。この「有縁性の摩耗」が、第7節で扱う読みの問題につながる。

柳田・鏡味分布を描く型を見る
図2柳田は地名を人々が共有する符号と見、鏡味は地名語の分布を地図に描いた。本稿も個々の語源当てではなく100園にわたる型の記述を目指す。

2.3 複合語としての公園名——本稿の用語

日本語の複合語には「右側の要素が全体の種類を決める」という規則がある。「梅の木」は木であり、「公園法」は法である。影山太郎『文法と語形成』(1993)などで右側主要部の原則と呼ばれるこの規則を公園名に当てはめると、「豊田加茂公園」は加茂でも豊田でもなく公園であり、「権現緑地」は緑地である。すなわち公園名の最も右にある語が、その施設が何であるかを言い表す。本稿はこの最右部を総称部と呼ぶ。地名学ではこれを類別語や通名と呼ぶこともあり、国際的な地名標準化の実務でも「総称要素(generic element)」と「固有要素(specific element)」の区別が用いられる。

総称部の左には、その公園を他から区別する部分がある。本稿はこれを固有部と呼ぶ。「加茂」「権現」「かぶと塚」がそれである。固有部と総称部のあいだには、しばしば「東」「第1」「農村」「記念」のような語が挟まる。本稿はこれを修飾部と呼ぶ。さらに固有部の左に、「豊田」「竜洋」「磐田」のように、より広い地域を示す語が付くことがある。本稿はこれを地域接頭辞と呼ぶ。以上の四つの用語を表1にまとめる。これらは本稿の分析のための便宜的な区分であり、境界が曖昧な例(「南御厨」の「南」は方位か地名の一部か)については、その都度述べる。

用語定義例(磐田市の園名から)
総称部名前の最右部。施設が何であるかを言う語公園・緑地・広場・ポケットパーク・遊園地・霊園・球場
固有部その園を他から区別する中心の語。多くは地名かぶと塚・水堀・加茂・権現・葦間・ららシティ
修飾部固有部と総称部の間に入り、位置・番号・性格を示す語東・西・北・第1・第2・農村・記念・史跡・河川敷
地域接頭辞固有部の左に付き、より広い地域を示す語豊田・竜洋・福田・磐田・いわた・県営磐田団地

3. 公園名の構造——四つの層と総称部の分布

3.1 最も単純な型から最も複雑な型へ

磐田市の100園の名称を第2節の四層(地域接頭辞・固有部・修飾部・総称部)で分解すると、最も単純な型は「固有部+総称部」の二層である。「泉公園」「久保公園」「中原公園」「丸山公園」「谷口公園」「権現緑地」がこれにあたり、100園の中で最も多い型である。次に多いのが「固有部+修飾部+総称部」の三層で、「水堀東公園」「富士見北公園」「西山第1公園」「御殿遺跡公園」「東大久保運動公園」がそうである。ただし「東大久保」「北川瀬」「西貝塚」のように、方位が固有部の一部として固着している例と、「水堀東」「富士見北」のように既存の園名に方位を後から足したと見られる例とは区別が必要で、この点は第5節で扱う。

地域接頭辞を伴う型は「地域接頭辞+固有部+総称部」(豊田加茂公園、竜洋袖浦公園、福田ふるさと公園)と、四層すべてを備えた「地域接頭辞+固有部+修飾部+総称部」(豊田海老塚農村公園、竜洋西堀河川敷公園、磐田ららシティ西ポケットパーク、県営磐田団地第2緑地)に分かれる。最も長い名は「磐田スポーツ交流の里ゆめりあ」「竜洋昆虫自然観察公園」「新平山工業団地1号公園」で、いずれも施設の性格を説明する語が名前の中に入り込んでいる。名前が長くなるのは、区別すべき対象が増え、かつ名前だけで内容を伝えようとするときである。

ここで注意したいのは、名前の層の数と園の規模とが対応しないことである。最も広い竜洋海洋公園(221,722㎡)は三層、二番目のかぶと塚公園(106,982㎡)は二層であり、最も狭い二之宮東第2緑地(17㎡)は三層である。名前は施設の大きさを反映するのではなく、命名時に「何と区別する必要があったか」を反映する。柳田が地名を「呼び分ける必要」から説明したことは、公園名にもそのまま当てはまる。

3.2 総称部の分布——「公園」以外の語

総称部を数えると、100園のうち末尾が「公園」で終わる名は79園である。「農村公園」「運動公園」「記念公園」「史跡公園」「海洋公園」「自然観察公園」「スポーツ公園」「河川敷公園」「緑地公園」「広場公園」のように修飾部を伴うものを含めての数である。残る21園の総称部は、ポケットパーク(7園)、緑地(6園)、広場(2園)、グリーンパーク・エコパーク・遊園地・霊園・球場(各1園)、そして総称部にあたる語をもたない「磐田スポーツ交流の里ゆめりあ」(1園)である。

この21園は、都市公園の名称が「公園」という語に一元化されていないことを示す。「緑地」は都市計画の用語として戦前から使われた語で、公園より小さく、遊具よりも植栽が主体の空間を指す傾向がある。「広場」は建物に囲まれた開けた空間を指す古い日本語であり、「ポケットパーク」は1960年代以降に欧米の都市計画から入った外来語で、建物の隙間のような小さな空間を指すとされる。「遊園地」は現在では遊戯施設の集まる有料の場所を連想させるが、かつては児童向けの小さな公園を指す語としても使われたとされる。「竜洋すみれ遊園地」(街区公園・913㎡)は、その古い用法を名前に残していると考えられる。

四つの層総称部79対21
図3園名は接頭辞・固有部・修飾部・総称部の四層で組み立てられる。総称部は「公園」が79園、それ以外(ポケットパーク・緑地・広場など)が21園である。

3.3 総称部と法律上の種別のずれ

都市公園法は都市公園を街区公園・近隣公園・地区公園・総合公園・運動公園・特殊公園(風致公園・歴史公園・墓園)・都市緑地・緑道・広場公園などに分類する。この法律上の種別と、名前の総称部とを突き合わせると、両者は一致することもあれば、ずれることもある。一致の例は「権現緑地」「二之宮東第1緑地」(いずれも都市緑地)、「緑ヶ丘霊園」(墓園)、「東大久保運動公園」(運動公園)である。ずれの例を表2に示す。

名前の総称部園名の例法律上の種別(オープンデータ)
ポケットパークアミューズ豊田ポケットパーク街区公園
ポケットパーク磐田ららシティ西・東ポケットパーク広場公園
ポケットパーク豊田上新屋・加茂・立野・森下ポケットパーク都市緑地
緑地公園竜洋南部緑地公園・竜洋西堀緑地公園緑道
広場公園見付本通広場公園街区公園
広場さわやか広場/豊田天竜川わんぱく広場街区公園/近隣公園
遊園地竜洋すみれ遊園地街区公園
球場城山球場運動公園
史跡公園遠江国分寺史跡公園歴史公園
エコパークいわたエコパーク風致公園

表2から読み取れることは二つある。第一に、同じ「ポケットパーク」という総称部が、街区公園・広場公園・都市緑地という三つの種別にまたがっている。名前の語は「小さな公園」という印象を伝えるが、法律上の位置づけを伝えてはいない。第二に、「見付本通広場公園」は総称部に「広場公園」という法律上の種別名そのものを含みながら、種別としては街区公園である。名前の語と法律の語が同じ形をしていても、指すものが違う。これは言語学でいう同形異義の一種であり、公園の一覧表を作る側にとっては注意を要する点である。

このずれは欠陥ではない。名前は住民に向けた言葉であり、種別は行政の内部で面積や配置の基準を運用するための分類である。二つの言葉が別々の目的をもつ以上、一致しなくて当然である。ただし、当サイトのように名前と種別の両方を扱うデータベースでは、「ポケットパーク」と書いてあるから都市緑地だろう、と名前から種別を推測してはならない、という教訓が得られる。名前は種別の証拠にならない。

4. 固有部の来歴——公園名に残る地名

4.1 地形を言う語——塚・山・谷・浦・堀・原・新田

固有部の中で最も目立つのは、地形を表す語である。鏡味完二が地名語と呼んだこの種の語は、その土地がどのような形をしていたか、水がどう流れていたかを直接に伝える。磐田市の100園の名を見ると、「塚」を含む名が6園(かぶと塚・経塚・京見塚・西貝塚・二子塚・豊田海老塚)、「山」を含む名が5園(城山・兎山・丸山・西山・新平山)、「谷」を含む名が2園(一ノ谷・谷口)、「浦」を含む名が2園(今之浦・竜洋袖浦)、「堀」を含む名が4園(水堀・水堀東・竜洋西堀河川敷・竜洋西堀緑地)ある。ほかに「原」(中原・豊田原新田・豊田東原梅ノ木)、「野」(上野・豊田立野・豊田中野戸)、「島」(竜洋中島)、「泉」(泉)、「久保」(久保。窪地を表す「くぼ」の当て字とされることが多い語)、「袋」(竜洋川袋。川の湾曲に囲まれた土地を指すとされる語)、「鼻」(獅子ヶ鼻。突き出た地形を指す語)などがある。

これらの語は、公園ができるはるか前からその土地を呼ぶために使われていたと考えるのが自然である。「塚」は人の手で築かれた高まりを指し、「貝塚」「経塚」はそれぞれ貝殻や経典が埋められた塚という具体的な意味をもつ。「新田」は江戸時代を中心に新しく開かれた耕地を指す語であり、「豊田池田上新田」「豊田原新田」という名は、その一帯が開発地であった記憶を運んでいる。「新屋」(豊田上新屋)も新しくできた集落を指す語である。公園名は、こうした地形と開発の履歴を、意図せずして保存している。

4.2 遺跡・古墳・社寺・渡し場に由来する語

第二の系統は、土地にあった(あるいは今もある)具体的な事物に由来する語である。市の施設ガイドには、一ノ谷公園に「一ノ谷遺跡」、京見塚公園に「京見塚古墳」、豊田熊野記念公園に「熊野の長藤」があると記されており、御殿遺跡公園と遠江国分寺史跡公園はその名自体が遺跡と史跡を指している。「権現」「水神」「加茂」「熊野」「二之宮」は神仏や神社にかかわる語であり、「御厨」は一般に神社へ供物を納める領地を指す語である。「豊田池田の渡し公園」の「渡し」は川の渡船場を意味し、天竜川に近い土地の交通の記憶を伝える。「城山」「城之崎」「塔之壇」「的場」は、城郭や寺塔や武芸の場を連想させる語であるが、その当否は考古学・歴史学の領域であり、本稿は名前にそうした語が含まれるという事実の指摘にとどめる。

ここで言語学的に興味深いのは、名前が「もの」の名から「場所」の名へと転用される過程である。もともと「京見塚」は塚の名であり、「一ノ谷」は谷の名であった。それが周辺一帯を指す地名となり、さらにそこに設けられた公園の名となる。名前は、指し示す対象を少しずつずらしながら受け継がれる。クリプキのいう因果の連鎖は、公園名の場合、単に同じ対象を指し続けるのではなく、対象を塚から地域へ、地域から公園へと乗り換えながら続いている。

塚・山浦・堀・渡し社寺・遺跡原・新田
図4園名の固有部には、地形(塚・山・谷・浦・堀)、水辺と交通(渡し)、信仰と遺跡(権現・水神・国分寺)、開発(原・新田・新屋)を語る言葉が残っている。

4.3 大字・小字と公園名——消えゆく地名の器

日本の地名には階層がある。明治22年(1889年)の町村制施行に伴う合併で、それまでの村の名は新しい町村の中の大字(おおあざ)となり、その中の細かな区画名は小字(こあざ)として残った。柳田が『地名の研究』で最も価値を認めたのはこの小字であり、そこには「呼び分ける必要」から生まれた古い言葉が凝縮している。しかし昭和37年(1962年)の住居表示に関する法律以降、市街地では「〇〇一丁目」のような整理された町名が広まり、谷川健一らが指摘したように、多くの小字が日常の住所表記から姿を消したとされる。

この文脈で公園名を見直すと、公園名は小字を含む小地名が生き延びる数少ない場所の一つになりうる。街区公園は国の標準で誘致距離250mというごく小さな範囲を対象にする施設であり、その名を付けるとき、行政は「その場所を最も細かく呼び分けている名前」を探す。それはしばしば小字か、通り名か、かつての集落名である。「只来下」「向荒子」「的場」「葦間」「久保」といった短い名は、住所表記が整理された後でも、公園名として看板に残り続ける可能性がある。実際にこれらの名が小字に由来するかどうかは、地籍図や旧村絵図との照合が必要であり、本稿の範囲を超える。しかし公園名という制度が、意図せずして地名の保存装置として働きうることは、言語学的に指摘しておく価値がある。

「葦間」(よしま)には、もう一つ言語学的な見どころがある。植物のアシは「悪し」に通じるとして忌避され、「良し」に通じるヨシと言い換えられた、という忌み言葉の慣行が広く知られている。「葦」を「よし」と読む地名は、この言い換えの痕跡である。名前は地形だけでなく、その土地の人々が言葉に対してもっていた感覚——縁起を担ぎ、悪い響きを避ける態度——まで保存している。柳田が地名を民俗の資料と見なした理由はここにある。

最後に、地域名の文字数についても触れておく。磐田・見付・中泉・御厨・豊田・竜洋・福田・豊岡・南部・向陽という9地区の名はすべて漢字二字である。和銅6年(713年)に諸国の郡や郷の名を好字二字で表すよう定めた、いわゆる好字二字令以来、日本の行政地名は二字を基本としてきた。「遠江」(とおとうみ)が「遠つ淡海」を二字に縮めた形であるとされるのはその代表例で、遠江国分寺史跡公園の名にその古い国名が残る。二字の地名が公園名の固有部や接頭辞として再利用されることで、千年以上前の命名の規範が、今日の公園の看板にまで届いている。

5. 行政的命名の論理——番号・方位・地域接頭辞

前節で見た地名の継承とは対照的に、公園名には「意味をもたない符号」として付けられた部分がある。番号、方位、そして地域接頭辞である。これらはミルのいう意味内容(connotation)をほとんどもたず、ただ区別のためにある。ヤコブソンが「言語学と詩学」(1960)で整理した言語の諸機能でいえば、対象を指し示す指示的機能に特化した命名である。本節ではこの三つを順に見る。

5.1 番号——「第1」「第2」「1号」

100園のうち番号を含む名は8園ある。二之宮東第1緑地(299㎡)と二之宮東第2緑地(17㎡)、県営磐田団地第1緑地(980㎡)と県営磐田団地第2緑地(314㎡)は対をなし、西山第1公園、豊田第1緑地、福田第1公園、新平山工業団地1号公園は当サイトのデータベースの中では単独である。番号は最も純粋な符号である。「第2」は「第1」の次に数えられたということ以外を語らず、面積の大小も設置の順序も保証しない。ただし番号は「同じ系列にほかにもある」ことを暗示する。「西山第1公園」という名を見た人は、第2があるはずだと考える。データベースに第2がないとき、それは廃止されたのか、別の名になったのか、当初から予定だけだったのかは、名前からは分からない。

番号は書き方にゆれが出やすい部分でもある。「第1」「第2」は全角の数字で、「福田第1公園」「新平山工業団地1号公園」は半角の数字で登録されている。読み上げれば同じ「だいいち」であり、意味の違いはない。しかし機械で文字列として検索するとき、全角の「1」と半角の「1」は別の文字である。番号による命名は、人間には最も単純で、機械には最も注意を要する命名だといえる。この点は第7節で改めて扱う。

5.2 方位——修飾部としての東西南北と、固有部に固着した東西南北

東・西・南・北のいずれかを含む名は18園ある。ただしその働きは二通りに分かれる。一つは、既にある名前に方位を足して新しい園を区別する使い方で、水堀公園に対する水堀東公園、富士見公園に対する富士見北公園、豊田高見丘公園に対する豊田高見丘北公園、磐田ららシティ西ポケットパークと東ポケットパーク、南御厨西公園と南御厨東公園がそれである。この場合、方位は本稿の用語で修飾部にあたる。もう一つは、東大久保・北川瀬・西貝塚・西山・西堀のように、方位が地名の一部として固着し、切り離すと地名として成り立たなくなる使い方である。この場合、方位は固有部の一部である。

両者を見分ける簡単な検査は、方位を取り除いた形が単独の名として存在するかどうかである。「水堀公園」は存在するので「水堀東公園」の「東」は修飾部であり、「大久保運動公園」は存在しないので「東大久保」の「東」は固有部の一部である、と判定できる。ただしこの検査は完全ではない。「国府台西公園」の「西」は修飾部の形をしているが、当サイトのデータベースに「国府台公園」も「国府台東公園」もなく、判定は保留となる。「南御厨」の「南」も、御厨という地区名に対する方位なのか、南御厨という一続きの地名なのかは、名前だけからは決められない。

方位が地区名と重なることによる混同にも注意がいる。「竜洋南部緑地公園」は竜洋地区にある園だが、当サイトの地区区分には「南部」という地区が別にある。名前の「南部」は竜洋の南のほうという意味であって、南部地区を指すのではない。同様に「竜洋豊岡公園」は竜洋地区にあり、豊岡地区にはない。同じ形の語が別の階層の地名として現れる——「豊岡」が旧村名(地区名)でもあり、竜洋の中の一地名でもある——のは、地名の世界ではごく普通のことであり、だからこそ次に述べる地域接頭辞が必要になる。

第1・第2東西南北豊田・竜洋
図5番号・方位・地域接頭辞は意味を持たない区別の符号である。豊田で始まる名は24園、竜洋で始まる名は12園あり、旧町名が接頭辞として働いている。

5.3 地域接頭辞——旧町名が名前に付く

100園の名を地区別に眺めると、はっきりした偏りがある。豊田地区の28園のうち24園が「豊田」で始まり(残りは「アミューズ豊田ポケットパーク」と「磐田ららシティ」の3園)、竜洋地区の13園のうち12園が「竜洋」で始まり(残りは「いわたエコパーク」)、福田地区の4園のうち3園が「福田」で始まる(残りは「はまぼう公園」)。これに対し見付地区の21園で「見付」を含むのは見付本通広場公園の1園、中泉地区の14園で「中泉」を含むのは中泉グリーンパークの1園、御厨地区の13園で「御厨」を含むのは南御厨西・東公園の2園にとどまり、豊岡地区の3園に「豊岡」を冠する名はない。

豊田・竜洋・福田・豊岡は、いずれも2005年の市町村合併以前の町村名に由来する地区区分である。合併によって、それまで別々の町で付けられていた公園名が一つの市の一覧に並ぶことになる。そのとき「加茂公園」「袖浦公園」といった名は、市内の他の地名と重なる恐れ、あるいは単に市のどこにあるか分からないという不便を生む。旧町名を接頭辞として冠するのは、この問題への最も単純な解決である。豊田と竜洋にはこの接頭辞がほぼ例外なく付き、旧磐田市域の見付・中泉・御厨には付かない、という分布は、接頭辞が合併後の一覧の中で「区別する必要」に応じて付けられたことを示唆する。ただし、実際に合併時に改称されたのか、それ以前から冠していたのかは、市の告示や旧町の資料に当たらなければ確定できず、本稿は名前の分布から推測を述べるにとどめる。

地域接頭辞に近い働きをする語として、「県営磐田団地」「新平山工業団地」「クリーンセンター」のように、公園が付属する団地や施設の名を冠する例がある。これらは行政の管理単位や事業の枠組みをそのまま名前にしたもので、住民が呼び分けるために生まれた地名とは出自が異なる。「農村公園」という修飾部も、農林行政の事業名に由来するとされる語であり、公園の性格というより整備の枠組みを示している。行政的命名は、こうして事業や管理の都合を名前に刻む。それは無味乾燥に見えるが、後世から見れば「いつ、どの制度のもとで作られた公園か」を語る資料になる。番号や接頭辞もまた、別の種類の記憶を運んでいるのである。

6. 愛称的命名の論理——ひらがな・植物名・外来語

番号や接頭辞が「区別のための符号」であるのに対し、公園名にはもう一つ、「親しみを込めた言葉」としての側面がある。ひらがなの名、花や木の名、外来語、公募で選ばれたような造語がそれである。ヤコブソンの言語機能論でいえば、対象を指す指示的機能に加えて、話し手の気持ちを表す情動的機能や、言葉の響きそのものを味わう詩的機能が前面に出た命名である。100園の中でこの型に属する名は少数だが、公園という施設が誰に向けて語りかけようとしているかを、最もよく示している。

6.1 ひらがなの名——「かぶと塚」「めがねばし」「おおぞら」

名の中にひらがなを含む園は16園ある。ひらがなの使われ方には少なくとも三通りがある。第一は、漢字で書ける語をあえてひらがなにした例で、「かぶと塚公園」(兜塚と書きうる)、「めがねばし公園」(眼鏡橋と書きうる)、「おおぞら公園」(大空)、「さわやか広場」(爽やか)、「福田ふるさと公園」(故郷)、「豊田天竜川わんぱく広場」(腕白)などがそれである。第二は、植物名をひらがなで書いた例で、「つつじ公園」「竜洋すみれ遊園地」「はまぼう公園」がそれにあたる。第三は、市名や地区名そのものをひらがなにした例で、「いわたエコパーク」の「いわた」がそうである。

ひらがなにする理由は一つではない。「兜」や「眼鏡」のように、常用漢字の範囲外であったり画数が多かったりする漢字を避けるという実用的な理由がある。同時に、ひらがなは漢字より柔らかく、幼い印象を与えるとされ、子どもや家族に向けた施設にふさわしいという感覚的な理由がある。さらに、ひらがなの名は就学前の子どもにも読めるという、識字の観点からの意味がある。「只来下公園」や「城之崎公園」の看板は大人にも読みにくいが、「おおぞら公園」の看板は五歳の子どもが自分で読める。誰が読むことを想定しているかが、文字種の選択に現れている。

6.2 花と木の名、そして瑞祥の語

植物名を含む名は、つつじ・すみれ・はまぼう・梅ノ木(豊田東原梅ノ木公園)・香り(豊田香りの公園)・長藤(豊田熊野記念公園の園内施設として市の施設ガイドに記載)などがある。ここで第2節のミルの議論を思い出す必要がある。名前は対象を指し示すだけで、内容を保証しない。「つつじ公園」という名は、その園にツツジが植えられていることを論理的には約束しない。しかし人はそう期待する。植物名の公園名は、名前が「描写」として読まれやすいという意味で、番号による命名とは対極にある。実際にそれぞれの園にその植物があるかどうかは、当サイトの今後の踏査で確かめる事項である。

植物名と並んで多いのが、めでたい意味や明るい印象をもつ語である。地名学ではこれを瑞祥地名(ずいしょうちめい)と呼ぶ。「富士見」「旭ヶ丘」「緑ヶ丘」「高見丘」「おおぞら」「さわやか」「ふるさと」「香り」がそれにあたり、地区名の「向陽」「豊田」「豊岡」「福田」もこの系統に属する。瑞祥地名は第4節で触れた好字二字の伝統の延長にあり、土地の実態よりも土地に寄せる願いを名にする。富士見公園から富士山が見えるかどうかは、名前からは分からない。名前は事実の記録であると同時に、命名者の希望の記録でもある。

つつじ・すみれさわやか・ふるさとゆめりあ・らら
図6植物名・瑞祥語・造語の愛称は、区別のためではなく親しみのために選ばれる。名前は事実の記録であると同時に、命名者の願いの記録でもある。

6.3 外来語と造語——パーク・シティ・ゆめりあ

外来語(カタカナ語)を含む名は、ポケットパーク(7園)、グリーンパーク、エコパーク、ラブリバー(豊田ラブリバー公園・天竜川ラブリバー公園)、スポーツ(竜洋スポーツ公園・磐田スポーツ交流の里ゆめりあ)、ららシティ、アミューズ、クリーンセンターなどである。ここで興味深いのは「公園」と「パーク」の関係である。「公園」という語自体、明治6年(1873年)の太政官布達によって制度が始まった際に、英語の public park などの訳語として広まった比較的新しい漢語である。それから約150年を経て、今度は「パーク」というカタカナ語が「公園」と並んで総称部の座に入ってきた。同じ概念が漢語と外来語の二つの層で名付けられている。

「ゆめりあ」「ららシティ」「ラブリバー」は、辞書にない造語である。「ゆめりあ」は「夢」を含む語に柔らかな語尾を付けた形、「らら」は音の繰り返し、「ラブリバー」は英語の語を組み合わせた和製の複合語と見られる。こうした造語は、公募や設計段階で「愛称」として選ばれることが多いとされ、母音のアやラ行の音が多く、口に出したときに軽く明るく響く。音そのものが好ましさを伝えるという音象徴の働きが意識されているといえる。「磐田スポーツ交流の里ゆめりあ」は、施設の性格を説明する部分(磐田スポーツ交流の里)と愛称(ゆめりあ)が一つの正式名称の中に同居した形であり、行政的命名と愛称的命名が一語の中で手を結んだ例として注目される。

愛称的命名には弱点もある。造語や外来語は、地名のように土地の履歴を運ばない。「ららシティ」という名が百年後にどのような意味を運ぶかは予測しがたい。また外来語は世代によって親しみの度合いが違い、高齢の利用者には読みにくい場合がある。しかし他方で、愛称は「この場所を大切にしてほしい」という命名者の呼びかけであり、地名が過去に向かうのに対して、愛称は未来に向かう。公園名の中で地名と愛称が併存しているのは、公園が過去の土地の上に、これからの利用者のために作られる施設だからである。

6.4 正式名称と呼び名——名前は短くなる

行政が定めた正式名称と、住民が日常に使う呼び名とは、しばしば一致しない。言語には、頻繁に使う語ほど短くなるという一般的な傾向があり、公園名も例外ではないと考えられる。短くなり方には三通りが予想される。第一は総称部を落とす形で、「かぶと塚公園」が「かぶと塚」、「ゆめりあ」がそのまま「ゆめりあ」と呼ばれるような場合である。第二は地域接頭辞を落とす形で、「豊田加茂公園」が地元では「加茂公園」と呼ばれるような場合である。第5節で見たように接頭辞は市全体の一覧の中で区別するために付いたものであり、その園の近所に住む人にとっては不要な情報である。だから接頭辞は、正式文書には残り、日常の会話からは落ちる、という分布をとりやすい。

第三は、正式名称とは別の通称が生まれる形である。各地で、特徴的な遊具の形から「タコ公園」「ロケット公園」といった通称が子どもたちのあいだで使われることが報告されている。磐田市でも、市の施設ガイドに竜洋川袋公園の「ジャンボ滑り台」、兎山公園や豊田原新田公園の「ローラー滑り台」が記されており、こうした目立つ遊具が呼び名の核になっている可能性がある。通称は、正式名称が地名を継承するのに対して、利用者自身が公園に対して行う新しい命名であり、クリプキのいう命名の儀式が、行政の告示とは別に、遊び場の中でもう一度行われているといえる。正式名称・略称・通称の三つがどのように使い分けられているかは、当サイトの今後の踏査で聞き取り、記録したい事項である。

7. 読みと表記——推定の難しさと表記ゆれ

名前は文字として書かれ、音として読まれる。書かれた形と読まれる音とのあいだには、日本語の場合とりわけ大きな隙間がある。同じ漢字が複数の読みをもち、複合語では音が変わり、助詞の書き方は幾通りもある。本節では、磐田市の100園の名を素材に、読みの推定がどこで難しくなるか、表記のゆれがどこで生じるかを整理し、最後に「名前の細部などどうでもよい」という反論に応答する。

7.1 連濁——「かぶと塚」は「かぶとづか」

日本語では、二つの語が結び付いて一語になるとき、後ろの語の最初の清音が濁音に変わることがある。「山+寺」が「やまでら」になる現象で、連濁(れんだく)と呼ばれる。公園名でも連濁は頻繁に起きる。「塚」を含む6園のうち、かぶと塚(かぶとづか)・経塚(きょうづか)・京見塚(きょうみづか)・西貝塚(にしかいづか)・二子塚(ふたごづか)の5園で「つか」が「づか」に濁り、豊田海老塚(えびつか)だけが濁らない。「丘」は旭ヶ丘(がおか)・緑ヶ丘(がおか)・高見丘(がおか)で「おか」が「がおか」となり、ここでは「ヶ」の有無にかかわらず読みに「が」が入る。

連濁が起きるかどうかには規則性と例外がある。後ろの語にすでに濁音が含まれていると連濁が起きにくいというライマンの法則と呼ばれる傾向が知られており、また固有名詞では慣用が優先されて規則が当てはまらないことも多い。「海老塚」が「えびつか」であるのは慣用によるものであろう。重要なのは、連濁の有無は文字からは分からないという点である。「塚」の字は「つか」とも「づか」とも読め、どちらであるかは、その名を実際に使っている人々の発音か、行政が定めた読み仮名を確かめるほかない。読みの推定には限界がある。

7.2 難読——福田・熊野・只来・御厨

文字から読みを推定できない例は連濁にとどまらない。当サイトのデータベースに登録された読みによれば、「福田」は「ふくで」、「熊野」は「ゆや」(謡曲『熊野』で知られる読み)、「只来」は「ただらい」、「城之崎」は「きのさき」、「谷口」は「やぐち」、「葦間」は「よしま」、「十束」は「とつか」、「川袋」は「かわぶくろ」、「国府台」は「こうのだい」、「遠江」は「とおとうみ」である。さらに「御厨」は地区名としては「みくりや」だが、「南御厨西公園」「南御厨東公園」の読みは「みなみみくり」であり、複合語の中では「や」が落ちている。同じ漢字列が文脈によって読みを変えるこの現象は、地名では珍しくないが、データベースにとっては、地区名の読みを園名の読みに機械的に流用できないことを意味する。

難読地名は、第2節で述べた有縁性の摩耗の産物である。かつては「ふくで」「ゆや」という音とその意味の結び付きが人々に共有されていた。時代が下り、意味が忘れられ、文字だけが残ると、その文字を一般的な読みで読む人が現れ、「ふくだ」「くまの」という読みが並び立つようになる。地名の読みは、記録し続けなければ失われる種類の知識である。公園名に読み仮名を添えることは、単なる親切ではなく、地名の音を保存する作業だといえる。

読み書き方ゆれ
図7「塚」は「つか」か「づか」か、「福田」は「ふくで」、「熊野」は「ゆや」。読みは文字から推定しきれず、書き方には数字・仮名・助詞のゆれがある。

7.3 表記のゆれ——「の」の四つの書き方と数字の全角半角

読みが同じでも書き方が違う、という表記ゆれも公園名には多い。最も分かりやすいのが助詞「の」である。100園の名の中で「の」の音は、平仮名の「の」(豊田池田の渡し公園・豊田香りの公園・磐田スポーツ交流の里ゆめりあ)、片仮名の「ノ」(一ノ谷公園・豊田東原梅ノ木公園)、漢字の「之」(今之浦公園・塔之壇公園・城之崎公園・二之宮東第1緑地)、そして文字として書かれない形(国府台=こうのだい)の四通りで現れる。同じ助詞が四通りに書かれるのは、それぞれの地名が固定された時代と経緯が違うからであり、ゆれというより地層の違いである。

「ヶ」も同様である。「旭ヶ丘」「緑ヶ丘」「獅子ヶ鼻」では小さな「ヶ」が書かれ、「高見丘」では書かれないが、読みはいずれも「が」を含む。数字については前節で触れたとおり、「第1」「第2」の全角と「第1」「1号」の半角が混在する。さらに、同じ園が市の施設ガイドとオープンデータとで微妙に異なる表記で載っている可能性や、看板の表記が登録名と違う可能性もあり、これらは踏査と資料の突合で確かめるべき事項である。表3に表記ゆれの類型をまとめる。

類型読みへの影響
助詞「の」の文字種の/ノ/之/表記なし(国府台)読みは同じ「の」。検索文字列は異なる
「ヶ」の有無旭ヶ丘・緑ヶ丘/高見丘いずれも「が」を含んで読む
数字の全角・半角第1・第2/第1・1号読みは同じ。文字コードは異なる
漢字と仮名の選択かぶと塚(兜)・めがねばし(眼鏡橋)読みは同じ。印象と読みやすさが異なる
連濁の有無京見塚(づか)/海老塚(つか)文字は同じ「塚」。読みが異なる

7.4 反論への応答——名前の細部は些事か

ここまでの議論に対して、「読み方や全角半角など些細な問題であり、公園の価値は遊具や緑にあって名前にはない」という反論が予想される。この反論には三点で応答したい。第一に、名前は人が公園を探し、伝え、待ち合わせるための唯一の共通の符号であり、名前が通じなければ公園はその人にとって存在しないに等しい。第二に、公園名は防災や緊急時に場所を伝える言葉としても使われ、そのとき読みが共有されているかどうかは実用上の意味をもつ。判断や運用は関係機関の領域であるが、言語の側から言えることは、読みが一つに定まっている名は伝わりやすいということである。第三に、当サイトのように100園を一覧するデータベースでは、表記の一文字の違いが「同じ園が二つある」「探している園が見つからない」という結果を生む。些事に見える差が、情報の側では大きな差になる。

他方で、表記ゆれをすべて「統一」すべきだという結論には慎重でありたい。「之」と「ノ」と「の」の違いは、それぞれの地名が固定された時代の証言であり、機械の都合で一つに揃えれば、その証言が消える。望ましいのは、正式な表記はそのまま保ち、読み仮名と、検索のための正規化した文字列と、住民が使う略称や通称を、別の欄として並べて持つことである。これは名前を「一つの正しい文字列」としてではなく、「複数の層をもつ言語資料」として扱うということであり、本稿の言語学的な立場からの実務的な提案である。

8. 磐田市の公園への示唆

8.1 地区ごとの「命名の景観」

ここまでの分析を、磐田市の9地区に沿って読み直してみる。見付地区(21園)は、一ノ谷・経塚・かぶと塚・塔之壇・水堀・的場・葦間・只来下・向荒子など、遺跡や古い地形語を固有部にもつ名が多く、地域接頭辞はほとんど付かない。中泉地区(14園)には遠江国分寺史跡公園・二之宮東第1緑地・国府台西公園・御殿遺跡公園と、律令時代の国府や国分寺を思わせる語が並ぶ。御厨地区(13園)は二子塚・西貝塚と「塚」の名が目立ち、地区名そのものが神社の領地を意味する語である。旧磐田市域のこの三地区では、公園名が土地の古い層を色濃く映している。

豊田地区(28園)は「豊田」の接頭辞がほぼ全園に付き、農村公園が4園、ポケットパークが7園と、行政的な修飾部と総称部が集中する。同時に、新田・新屋・本郷・森下・加茂・熊野といった集落や信仰の名が固有部として保たれている。竜洋地区(13園)も「竜洋」の接頭辞が付き、袖浦・川袋・西堀・中島と水辺の地形語が多く、海洋公園・昆虫自然観察公園・スポーツ公園という説明的な名が並ぶ。「竜洋」という語自体、天竜川の「竜」と海を表す「洋」を合わせた造語とされ、旧町名の段階ですでに合成地名であった。福田地区(4園)にはふるさと公園、豊岡地区(3園)には獅子ヶ鼻公園・新平山工業団地1号公園・天竜川ラブリバー公園と、地形語・事業名・造語が一つずつ揃う。向陽・南部の両地区は2園ずつで、向陽はおおぞら公園と磐田スポーツ交流の里ゆめりあ、南部はクリーンセンター公園と浜部農村公園という組み合わせである。

この地区ごとの違いは、公園の名前を通して市の成り立ちを読む手がかりになる。名前の中の古い地名は旧市域の中心部に厚く、行政的な接頭辞は合併で加わった地区に集中し、愛称や造語は市域全体に薄く散る。名前は、それ自体が一枚の歴史地図である。ただし本稿の地区区分は当サイトが磐田物語と共通で用いる便宜的な9区分であり、行政区画と完全には一致しない可能性があることを付記する。

8.2 名前から分かること、分からないこと

利用者にとって実用的な示唆は、「名前から何を読み取ってよいか」の線引きである。名前から分かるのは、おおよその場所(接頭辞と固有部)と、対をなす園の存在(方位・番号)である。名前から分からないのは、法律上の種別(表2で見たように「ポケットパーク」も「広場公園」も種別を保証しない)、面積(二層の名の中に106,982㎡のかぶと塚公園と556㎡の久保公園が並ぶ)、そして遊具や設備の有無である。「運動公園」「スポーツ公園」「農村公園」といった修飾部は施設の性格をある程度示唆するが、市の施設ガイドに載る園内施設の記載と突き合わせなければ確かなことは言えない。名前は入口であって、内容の証明ではない。

読み・別名欄分解して持つ看板を確かめる
図8園名は正式表記・読み・正規化文字列・通称を別の欄で持ち、四層に分解して検索と並べ替えに使う。看板の表記と住民の呼び名は今後の踏査で確かめる。

8.3 データベースへの提案——名前を層として持つ

当サイト ATAWI PARK は磐田市の公園100園のデータベースであり、各園に正式名称と読みと英字の識別子(slug)を持たせている。本稿の分析からは、名前の扱いについて次の提案が導かれる。第一に、正式表記(之・ノ・の、全角と半角、ヶの有無をそのまま保つ)とは別に、検索用に正規化した文字列(数字を半角に、仮名を統一)を持つこと。第二に、読み仮名を必須の欄とし、「みくりや」と「みなみみくり」のように、地区名の読みを機械的に流用しないこと。第三に、住民が使う略称や通称(たとえば「かぶと塚」「ららシティ」といった短い呼び方が使われているかどうか)を、踏査で聞き取り、別名の欄として記録すること。第四に、名前を地域接頭辞・固有部・修飾部・総称部に分解した欄を持ち、「豊田で始まる園」「緑地で終わる園」「第1と第2が対になる園」といった問いに答えられるようにすること。

英字の識別子にも言語学的な選択が潜んでいる。当サイトの slug は、かぶと塚公園を kabutozuka-park、豊田熊野記念公園を toyoda-yuya-kinen-park、塔之壇公園を tonodan-park、竜洋海洋公園を ryuyo-kaiyo-park と表す。ここでは連濁(zuka)と難読(yuya)が反映され、長音(とうのだん・りゅうよう・かいよう)は省かれ、「し」は shi、「つ」は tsu と書くヘボン式に近い方式がとられている。ローマ字表記は日本語話者以外にも名前を届ける手段であると同時に、読みをどう定めたかの記録でもある。読みが未確定のまま slug を決めれば、誤った読みが識別子として固定される。読みの確認は、識別子の設計と切り離せない。

8.4 踏査で確かめること

当サイトの現地踏査はこれからである。本稿の観点から踏査で確かめたい事項を挙げておく。園名の看板がどのように表記されているか(登録名と同じか、読み仮名やローマ字が添えられているか)。「第1」の名をもつ園に対応する「第2」が現地にあるか、あるいは名だけが残っているか。「つつじ公園」「豊田香りの公園」「豊田東原梅ノ木公園」の名が指す植物が園内にあるか。住民や子どもがその園を何と呼んでいるか——正式名称か、短い略称か、あるいは名前とは別の通称か。これらは一つ一つは小さな観察だが、積み重ねれば「磐田市の公園は何と呼ばれているか」という、行政の一覧表には載らない言語資料になる。

最後に、行政と地域への示唆を一つだけ述べる。新しい公園に名を付ける機会、あるいは古い園の看板を更新する機会があれば、その場所の小字や通称を固有部として活かし、読み仮名を添えることを検討してほしい。番号や方位による命名は区別のために必要であるが、それだけの名は土地の記憶を運ばない。逆に、愛称だけの名は場所を示さない。地名と愛称、区別と親しみを一つの名の中に同居させた「磐田スポーツ交流の里ゆめりあ」のような名は、その意味で一つの参照点になる。名前は付けた瞬間に完成するのではなく、使われ、読まれ、書かれ続けることで名前になる。その過程を記録するのが、当サイトの役割の一つである。

9. 結論と今後の課題

本稿は、公園の名前を言語学と地名学の対象として取り上げ、磐田市の都市公園100園の名称を素材に、その構造・由来・命名の論理・読みと表記を検討した。得られた知見は四つにまとめられる。第一に、公園名は「地域接頭辞+固有部+修飾部+総称部」という四層の構造をもち、日本語の複合語の右側主要部の原則に従って、最右の総称部が施設の種類を言い表す。ただし総称部の語(ポケットパーク・広場公園・緑地公園など)は都市公園法上の種別と一致するとは限らず、名前から種別を推測してはならない。

第二に、固有部には塚・山・谷・浦・堀・原・新田といった地形と開発の語、遺跡・古墳・社寺・渡し場に由来する語が多く含まれ、公園名は住居表示の整理の後も小地名が生き延びる器となりうる。「葦間」に残る忌み言葉の痕跡や、二字地名の再利用に見える好字二字の伝統は、名前が地形だけでなく言葉への態度と命名の規範までも保存していることを示している。第三に、番号・方位・旧町名の接頭辞という行政的命名は、意味をもたない区別の符号でありながら、合併や事業の枠組みという別種の記憶を運んでいる。他方、ひらがな・植物名・瑞祥語・造語による愛称的命名は、区別ではなく親しみのために選ばれ、事実の記録というより命名者の願いの記録である。第四に、連濁(かぶと塚=かぶとづか、海老塚=えびつか)、難読(福田=ふくで、熊野=ゆや、南御厨=みなみみくり)、助詞「の」の四通りの表記、数字の全角と半角といった読みと表記の問題は、些事に見えて、名前が人から人へ、また機械から機械へと受け渡されるときの障害になりうる。

行政の符号呼び名土地の記憶
図9公園名は行政が付けた区別の符号であると同時に、土地の記憶を運び、人々の呼び名の中で生き続ける言葉である。その二重性を理解することが本稿の結論である。

これらを貫く結論は、公園名が「行政が付けた符号」と「土地の記憶を運ぶ言葉」という二重の性格をもつ、ということである。ミルが言うように名前は対象を指し示すだけで内容を保証しない。しかし柳田や鏡味が示したように、地名は人々の必要と感覚と歴史を凝縮した資料である。公園名はこの二つの性格を、一つの短い語句の中に同居させている。「二之宮東第2緑地」という17㎡の緑地の名には、律令時代を思わせる二之宮という地名と、方位と番号という純粋な符号とが、隣り合って並んでいる。この同居を理解することが、名前を正しく扱う出発点である。

この結論は、名前をめぐる二つの極端な態度をともに退ける。一方の極端は、名前を単なるラベルとみなし、区別さえつけば何でもよいとする態度である。この態度のもとでは、小地名は番号に置き換えられ、読みは記録されず、名前がもっていた記憶は失われる。他方の極端は、名前を由来の詮索の対象としてのみ扱い、語源が分からなければ意味がないとする態度である。この態度は、番号や造語といった「由来のない名」を軽んじ、それらが運ぶ制度と時代の記憶を見落とす。言語学の立場から見れば、どちらの名も等しく資料であり、記述されるべき対象である。

本稿の限界と今後の課題を記す。第一に、本稿の分析は当サイトのデータベースに登録された名称と読みにもとづくものであり、市の告示原本や旧町村の資料、地籍図や小字一覧との照合は行っていない。固有部が実際に小字に由来するか、接頭辞が合併時に付けられたのかといった仮説は、資料調査によって検証される必要がある。第二に、現地踏査が始まっていないため、看板の表記、読み仮名やローマ字の有無、住民や子どもが使う呼び名については推測にとどまった。これらは今後の踏査の中で記録し、本稿の仮説を確かめたい。第三に、本稿は磐田市の100園に限った記述であり、他の自治体の公園名と比較していない。鏡味が地名語の全国分布を描いたように、公園名の総称部や接頭辞の使い方を複数の市で比べれば、命名の型がどこまで一般的で、どこからが磐田市に固有かが見えてくるはずである。

最後に、本稿が公園を利用する人々に伝えたいことを一つだけ述べる。公園の看板に書かれた名前を、一度立ち止まって読んでみてほしい。「塚」の字があれば、そこにかつて高まりがあった。「新田」とあれば、そこは開かれた土地であった。「第2」とあれば、どこかに「第1」がある。名前は、公園がその土地に建てられる前から続いていた言葉の一部であり、公園を使う人々がこれから作っていく呼び名の一部でもある。名前を読むことは、公園の時間を読むことである。当サイトはその読み方を、データと踏査の両面から支えていきたい。

参考文献

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  2. 鏡味完二(1957・1958)『日本地名学 科学篇・地図篇』(日本地名学研究所)
  3. 鏡味完二・鏡味明克(1977)『地名の語源』(角川小辞典、角川書店)
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  5. 谷川健一(1997)『日本の地名』(岩波新書)
  6. フェルディナン・ド・ソシュール(1916)『一般言語学講義』(小林英夫訳、岩波書店、1940/改版1972)
  7. J・S・ミル(1843)『論理学体系(A System of Logic)』
  8. ソール・クリプキ(1980)『名指しと必然性』(八木沢敬・野家啓一訳、産業図書、1985)
  9. ロマン・ヤコブソン(1960)「言語学と詩学」(『一般言語学』川本茂雄監修、みすず書房、1973 所収)
  10. 影山太郎(1993)『文法と語形成』(ひつじ書房)
  11. 住居表示に関する法律(昭和37年法律第119号)
  12. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
  13. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  14. 磐田市 施設ガイド(公園)
  15. 磐田物語(地区ページ・地名と歴史の読みもの)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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