人文学哲学

公共空間とは何か——アーレント「現れの空間」とハーバーマス公共圏から公園を問う

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:哲学 公開・更新 2026-08-17 本文 約21,760字 読了目安 40分

要旨

本稿の目的は、公園が「公共の空間」であるとはどういうことかを、哲学の概念を手がかりに明らかにすることである。公園は公共空間の代表例として当然のように語られるが、「公共」という語には、公的主体が管理するという意味、すべての人に共通するという意味、だれに対しても開かれているという意味が重なっており、三つは同じではない。本稿は、ハンナ・アーレント『人間の条件』(1958)の「現れの空間」、ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』(1962)の公共圏、アンリ・ルフェーヴル『都市への権利』(1968)の所有と専有の区別、ミシェル・フーコーの講演「他なる空間」(1967)のヘテロトピアという四つの概念を、公園という小さな場所に順に当てて検討する。方法は文献整理と概念分析であり、事例参照は磐田市の都市公園100園を収録した当サイトのデータベースに基づく。

検討の結果、次の見通しが得られた。公園は住宅地に置かれた小さな「テーブル」として人びとを結びつけかつ隔てる介在物であり(アーレント)、政治的な論議の場ではないが公共の事柄を自分の言葉で語る練習の場となりうる(ハーバーマス)。公園の公共性は市が所有することによってではなく、人びとが専有することによって成り立ち(ルフェーヴル)、公園は日常の外にある「他なる場所」であって、その異質さこそが価値である(フーコー)。「だれでも入れること」と「だれかのものであること」は矛盾ではなく公共空間の二重の条件であり、矛盾が生じるのは一方が他方を上書きするときである。禁止看板の増殖はその典型であり、個々の看板の合理性とは別に、看板が減る仕組みの不在という構造から生じる公共性の縮減として理解できる。

最後に、磐田市の公園100園を種別・面積・地区の事実に照らして読み直し、史跡や墓園を含む園をヘテロトピアとして、市の施設ガイドの「ご遠慮ください」という記載を開閉のシステムの手がかりとして位置づける。ただし当サイトの現地踏査は始まっていないため、看板の文言と利用の実態にかかわる論点はすべて今後の踏査課題として残す。

キーワード公共空間現れの空間公共圏都市への権利ヘテロトピア禁止看板磐田市

1. はじめに——問題の所在

公園は「公共空間」の代表例として語られる。都市計画の教科書でも、日常の会話でも、公園はだれのものでもなく、だれでも使える場所として当然のように扱われる。しかし「公共」という言葉が何を意味しているのかは、それほど自明ではない。市が所有し管理しているという意味での公共と、だれでも入れるという意味での公共と、そこに居合わせた人びとが何かを共有しているという意味での公共とは、同じ言葉で呼ばれながら、実は別のことを指している。本稿は、この三つの意味がひとつの場所に重なるとき何が起こるかを、哲学の道具を使って考える。

なぜ哲学なのか。公園については、法学が管理の仕組みを、社会学が利用者どうしの関係を、都市計画学が配置の基準を、それぞれ十分に論じてきた。しかしそれらの学問は「公園は公共の空間である」という前提を出発点として共有しており、前提そのものを問い直すことは少ない。哲学の仕事は、当たり前に使われている言葉を立ち止まって検討することにある。「公共」という言葉に何が含まれ、何が含まれていないかを明らかにすることは、看板一枚をめぐる小さな判断から、公園をどう設計し管理するかという大きな判断まで、実務の手前にある考え方の枠を整えることにつながる。

1.1 二つの直感のあいだで

公園について、私たちはふたつの相反する直感をもっている。ひとつは「公園はだれでも入れる場所だ」という直感である。門も入場料もなく、住民であるかどうかも問われない。もうひとつは「公園はだれかのものだ」という直感である。公園には管理者があり、開園時間や禁止事項が定められ、看板が立てられる。ボール遊び禁止、犬の放し飼い禁止、火気厳禁、夜間立入禁止。ふたつの直感はふだん衝突しないが、看板が一枚また一枚と増えていくとき、私たちはある違和感を覚える。だれでも入れるが、入ったところで何もできない場所は、まだ「公共の空間」と呼べるのだろうか。

この違和感を言葉にするために、本稿は四人の思想家を手がかりとする。ハンナ・アーレントは『人間の条件』(1958)で、人びとが言葉と行為によって互いに現れ合う場を「現れの空間」と呼んだ。ユルゲン・ハーバーマスは『公共性の構造転換』(1962)で、私人が集まって公共の事柄を論じ合う「公共圏」の成立と変質を描いた。アンリ・ルフェーヴルは『都市への権利』(1968)で、都市を所有物としてではなく、使い手が専有すべき作品として捉えた。ミシェル・フーコーは講演「他なる空間」(1967)で、社会の中にありながら社会の他の場所とは異なる規則で動く「ヘテロトピア」を論じた。四人はいずれも公園を主題にしたわけではない。しかし四人の概念は、公園という小さな場所に当てたとき、それぞれ違う面を照らし出す。

だれでも入れる公共とは何か禁止看板四つの古典
図1本稿の問い。門のない公園に看板が増えていくとき、そこはまだ公共の空間か。四人の思想家の概念を手がかりに、この違和感を言葉にする。

1.2 方法と立場

本稿の方法は文献整理と概念分析である。新しい実証データを示すものではなく、古典的な概念を公園という対象に適用し、その概念が公園のどの側面を説明でき、どこで限界に達するかを検討する。事例として参照するのは、磐田市の都市公園100園を収録した当サイトのデータベースであり、市のオープンデータと施設ガイドに基づく園数・種別・面積・地区の事実のみを用いる。当サイトの現地踏査は始まっていないため、看板の文言や利用の実態にかかわる論点は、すべて今後の踏査の課題として明示する。

読者として想定するのは、磐田市周辺で子どもを公園に連れて行く保護者、公園を管理する行政の担当者、地域で公園に関わる人びと、そして公共哲学を学ぶ学生である。哲学の用語は初出で説明し、結論を急がず、概念が何を見せてくれるかを丁寧に追う。なお本稿は、公園の管理のあり方について特定の処方を示すものではない。管理者の判断を批判することが目的ではなく、判断の背後にある考え方の枠を明らかにし、その判断がより説明可能になることを目指す。

1.3 本稿の構成

第2節で「公共」の三つの意味と四人の思想家の概念を整理する。第3節から第6節では、アーレント、ハーバーマス、ルフェーヴル、フーコーの順に、それぞれの概念を公園に当てて検討する。第7節では「だれでも入れること」と「だれかのものであること」の緊張を正面から扱い、第8節では禁止看板の増殖という現象を公共性の縮減として分析し、想定される反論にも応える。第9節で磐田市の公園100園に照らして示唆を述べ、第10節で結論と今後の課題を示す。各節はそれぞれ独立した論点をもち、その節だけを読んでも一つの議論が完結するように書かれている。

2. 先行研究と概念の整理

本節では、以下の議論で使う概念を整理する。まず日本語の「公共性」がもつ三つの意味を確認し、次に四人の思想家の鍵概念を対比し、最後に日本の公園制度が「公共」をどのように定めているかを確認する。ここで整理した枠組みは、第3節以降で公園に概念を当てるときの共通の物差しとなる。

2.1 「公共性」の三つの意味

政治学者の齋藤純一は『公共性』(2000)の冒頭で、日本語の「公共性」という語が少なくとも三つの意味で使われていることを整理している。第一は、国家に関係する公的なものという意味(オフィシャル)であり、公共事業、公共投資、公教育などの用法がこれにあたる。第二は、特定のだれかにではなく、すべての人びとに関係する共通のものという意味(コモン)であり、公共の福祉、公共の秩序などの用法である。第三は、だれに対しても開かれているという意味(オープン)であり、公開、公然、情報公開などの用法である。この三つは重なり合うが、同じではない。国家が管理していても閉じられている場所はあり、開かれていても共通の関心事にならない場所はある。

公園は、この三つがひとつの場所に同時に成り立つ稀な例である。都市公園は地方公共団体が設置し管理する(オフィシャル)。公園は住民に共通の利益のために置かれる(コモン)。公園はだれでも入れる(オープン)。しかし本稿が注目するのは、三つの意味が重なるからこそ、三つが互いに衝突する場面が生まれるということである。管理者が秩序(コモン)のために禁止事項を増やせば、開かれ(オープン)は狭まる。開かれを最大にすれば、共通の秩序が保ちにくくなる。公的主体(オフィシャル)の管理責任は、開かれと秩序のどちらを優先するかの判断を管理者に迫る。公園をめぐる哲学的な問いの多くは、この三者の調停の問題として整理できる。

註:齋藤の三分類は日本語の用法の整理であって、どの意味が正しいかを決める規範理論ではない。本稿はこれを、公園について「公共」と言うとき自分がどの意味で言っているかを自覚するための道具として用いる。

2.2 四人の思想家と鍵概念

四人の思想家について、著作と鍵概念、公共空間の捉え方、そして本稿が公園に当てる問いを表1にまとめる。四人はそれぞれ異なる関心から公共空間を論じている。アーレントは政治的行為の場として、ハーバーマスは討議と世論形成の場として、ルフェーヴルは資本主義都市における使用と専有の場として、フーコーは社会の規範を映し出しかつ反転させる場として、公共の空間を捉えた。四つの視点はどれかひとつが正しいというものではなく、公園の異なる側面を照らす四つの光源として用いる。

思想家(著作・年)鍵概念公共空間の捉え方公園に当てる問い
ハンナ・アーレント『人間の条件』(1958)現れの空間・複数性・活動人びとが言葉と行為で互いに現れ合う場公園で人は互いに「現れて」いるか
ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』(1962)公共圏・論議する公衆・構造転換私人が集まり公共の事柄を論じ合う領域公園は論議の場か、消費の場か
アンリ・ルフェーヴル『都市への権利』(1968)都市への権利・専有・作品としての都市使い手が専有し、作品としてつくり直す場公園はだれのものか、だれが使い方を決めるか
ミシェル・フーコー「他なる空間」(1967年講演)ヘテロトピア・開閉のシステム・異なる時間社会の中にあって他の規則で動く現実の場所公園は日常の外にある「他なる場所」か
公共の三つの意味四つの視点制度の前提
図2分析の物差し。オフィシャル・コモン・オープンという公共の三つの意味と、四人の思想家の視点、そして日本の公園制度の前提を重ねて公園を読む。

2.3 日本の公園制度における「公共」

日本で公園が制度として始まったのは明治6年(1873)の太政官布達によるとされ、現在の都市公園は都市公園法(昭和31年法律第79号)によって定められている。同法は第1条で、都市公園の設置と管理の基準を定めることによって都市公園の健全な発達を図り、「公共の福祉の増進」に資することを目的とする。ここでの「公共」は、齋藤の整理でいえば第一と第二の意味、すなわち公的主体が管理し、すべての人の利益に資する、という意味が中心である。第三の意味である「開かれ」は、法律の目的規定には明示されず、むしろ公園が公園であることの前提として、あるいは条例や管理者の運用によって具体化されている。

このことは本稿の議論にとって重要である。「だれでも入れる」という公園の性格は、法律が積極的に保障しているというより、公園という施設の性質から慣習的に導かれてきたものである。一般に、公園内で禁じられる行為の多くは、法律そのものではなく各自治体の条例や管理者の定めによる。したがって「開かれ」は、管理上の必要があれば条例や運用によって狭められうる。禁止看板の増殖という現象を法制度の側から見れば、それは違法でも異常でもなく、法が管理者に委ねた裁量の行使である。哲学が問うべきは、その裁量が何を基準に行使されるべきか、そして「開かれ」を狭めることが公園から何を奪うのか、である。

以上を踏まえ、次節から四人の概念を順に公園に当てる。順序は、公園の内側で人と人のあいだに何が起こるか(アーレント)、そこでの会話が公共の事柄とどうつながるか(ハーバーマス)、公園はだれのものか(ルフェーヴル)、公園は都市のなかでどのような場所か(フーコー)という、内側から外側へ向かう順序である。

3. 現れの空間としての公園——アーレント

アーレントは『人間の条件』で、人間の活動的生活(ヴィタ・アクティーヴァ)を「労働」「仕事」「活動」の三つに分けた。労働は生命を維持するための営み、仕事は耐久的な人工物をつくる営み、活動は人びとのあいだで言葉と行為によってなされる営みである。活動は他者の現前を必要とする。人が言葉を発し行為をするとき、その人は他者の前に「現れる」。アーレントはこの現れが成り立つ場を「現れの空間」と呼び、それは特定の建物や土地ではなく、人びとが言葉と行為をもって共に在るところに、そのつど生まれ、人びとが散ればそのつど消えるものだと述べた。都市国家(ポリス)とは物理的な場所ではなく、共に行為し語る人びとの組織そのものである、というのが彼女の有名な定式である。

3.1 公的領域の二つの意味とテーブルの比喩

アーレントは「公的」という語に二つの意味を認めている。第一に、公的とは、公に現れるものがすべての人によって見られ聞かれ、可能なかぎり広く公開されることである。第二に、公的とは、世界そのもの、すなわち私たちすべてに共通の、私的に所有された場所とは区別された場所を指す。この第二の意味を説明するために、彼女はテーブルの比喩を用いた。テーブルはその周りに座る人びとを結びつけると同時に隔てている。共通世界とは、人びとのあいだにあって、人びとを関係づけかつ分離するもの、すなわち「介在するもの」である。公的領域が失われるとは、テーブルが取り去られ、人びとが向かい合って座っていながらもはや何ものによっても結ばれていない状態になることである。

このテーブルの比喩を公園に当ててみよう。公園は、その周りに住む人びとの「あいだ」にある。人びとは公園を通じて互いに関係づけられ、同時に、それぞれの私的な住まいへと隔てられている。公園という共通の場所があることで、隣人は隣人として現れる。逆に公園がなければ、同じ町内に住む人びとは、互いに現れる場をもたない。アーレントの言葉を借りれば、公園は住宅地に置かれた小さなテーブルである。テーブルの上に何が載っているか(遊具、ベンチ、木陰)よりも、テーブルがあること自体が、人びとを結びつけかつ隔てる働きをする。この観点は、公園の価値を設備の充実度だけで測る見方に対する、哲学からの最初の留保である。

3.2 複数性と「見られること」

アーレントにとって公的領域の核心は複数性である。「人間」ではなく「人びと」が地上に生きているという事実、すなわち互いに異なる者たちが共に在るという条件が、政治の条件である。現れの空間は、この差異ある者たちが互いに見られ聞かれることで成り立つ。ここで公園を見ると、公園は住宅地において、見知らぬ者同士が互いの姿を見る数少ない場所である。年齢も家族構成も違う人びとが、同じ場所に居合わせる。だれかがそこで何かをすれば、それは見られる。この「見られる」という条件は、公園がしばしば「見守り」の場と言われることの哲学的な根拠でもある。見守りは監視ではなく、互いに現れ合っているという事実の別名である。

現れる言葉複数性テーブル
図3アーレントの現れの空間。公園は住宅地の小さなテーブルであり、異なる人びとが互いに見られ聞かれることで、人びとを結びつけかつ隔てる。

3.3 子どもと現れの空間——アーレントの留保

しかしアーレントの理論を公園にそのまま当てはめることには、彼女自身の議論の中に留保がある。アーレントは『過去と未来の間』(1961)所収の「教育の危機」で、成長するものは光ではなく暗がりの安全を必要とすると述べ、子どもを公的領域の光にさらすことを戒めた。公的領域は言葉と行為によって自らを賭ける成人の空間であり、子どもをそこに直接置くことは、子どもを守るのではなく無防備にする、というのが彼女の見方である。この見方に従えば、子どもの遊び場としての公園は、アーレントの意味での現れの空間そのものではない。

では公園はアーレントの理論の外にあるのか。本稿はそうは考えない。公園において「現れる」のは、第一義的には子どもではなく、子どもに付き添う保護者、散歩する高齢者、ベンチに座る人びとである。子どもは遊びに没頭し、大人は互いを見る。公園は、子どもという「守られるべき者」を中心に置きつつ、その周囲に大人たちの現れの空間が薄く成り立つ、二重構造の場所として理解できる。アーレントが公的領域から区別した「社会的なるもの」——生活の必要が公的空間にあふれ出した状態——を、公園はある程度含んでいる。子育てという生活の必要が、公園という場所で他者の目に触れる。しかしそのことは、公園が現れの空間としての性格をまったくもたないことを意味しない。テーブルは小さくても、テーブルである。

アーレントの概念から公園について言えることをまとめれば、次のようになる。第一に、公園の公共性の核心は設備ではなく、そこに人びとが居合わせて互いに現れるという事実にある。第二に、公園における現れの主体は子どもではなく大人であり、子どもは現れの空間の中心にありながらそこから守られている。第三に、現れの空間は人びとが散れば消えるものであるから、公園の公共性もまた、建物のように恒常的にそこにあるのではなく、人びとが集まるたびに生まれ直すものである。看板がどれだけ立とうと、人が来て互いに現れれば、そこは公共の空間である。逆に、看板が一枚もなくても、人が来なければ現れの空間は生まれない。

4. 公共圏としての公園——ハーバーマス

ハーバーマスの『公共性の構造転換』は、18世紀の西欧に成立した「市民的公共圏」の歴史を描く。それは、私人たちが集まって、公権力の事柄について理性的に論議し、世論を形成する領域であった。コーヒーハウス、サロン、読書会がその舞台となり、そこでは身分ではなく議論の質が重んじられ、議題は原則として万人に開かれ、論議は公開性の原理に従うとされた。ハーバーマスはこの公共圏の成立を描いた後、19世紀以降にそれが変質していく過程を「構造転換」と呼んだ。本節では、公園がこの意味での公共圏とどのような関係にあるかを検討する。

4.1 論議する公衆から消費する公衆へ

構造転換の中心は、「文化を論議する公衆」が「文化を消費する公衆」へと変わっていくことである。マスメディアの発達と福祉国家の拡大のなかで、公共性は私人たちが議論を通じてつくり出すものではなく、上から演出され提示されるものになった。ハーバーマスはこれを「再封建化」と呼ぶ。中世の宮廷が権威を人びとの前で示した「代表的具現の公共性」が、広告と広報の形で回帰したというのである。公衆は論じ合う主体から、提示されたものを受け取る観客になる。

この枠組みで公園を見ると、公園は二つの顔をもつ。ひとつは、私人たちがたまたま居合わせ、言葉を交わし、ときに公園そのものの使い方や町内の事柄について話し合う場としての顔である。もうひとつは、管理者が整備し、提示し、利用者がそれを受け取って消費する場としての顔である。遊具、花壇、季節の催しは、後者の顔において「提示されるもの」である。ハーバーマスの用語を借りれば、公園は論議の場から消費の場へと傾きうる。禁止看板は、この傾きを可視化する。看板は管理者の声で語り、利用者はそれを読むだけである。そこには論議がない。

4.2 公園は公共圏の「前段階」か

ただし、公園を公共圏そのものと呼ぶことには無理がある。ハーバーマスの公共圏は、明確な議題と理性的な論議を核とする。公園での会話は、天気や子どもの年齢についての雑談であって、公権力についての論議ではない。しかしハーバーマス自身が、公共圏の成立の前段階として、家族という私的領域の内部で育まれた親密さの主観性が、文芸を論じる公共圏を経て政治的な公共圏へと接続していく過程を描いていることは注目に値する。人が公共の事柄について語る能力は、いきなり政治の場で発揮されるのではなく、私的な会話のなかで育つ。

この観点からすれば、公園は政治的公共圏ではないが、それを支える土壌の一部である。見知らぬ人と挨拶を交わし、子どもの遊びについて言葉を交わし、ときに「この公園のあそこが危ない」「あの看板はやりすぎではないか」と話す経験は、公共の事柄を自分たちの言葉で語る練習である。公園にそのような会話が生まれる余地があるか、それとも管理者の一方的な提示だけがあるかは、公園がハーバーマス的な意味での公共性にどれだけ寄与するかを分ける。

コーヒーハウス論議する公衆消費する公衆構造転換
図4ハーバーマスの公共圏。論議する公衆が消費する公衆へと変わる構造転換の図式で見ると、公園には話し合う場と提示を受け取る場の二つの顔がある。

4.3 排除の問題——公共圏批判から

ハーバーマスの公共圏論には、成立当初から強い批判がある。市民的公共圏は「万人に開かれている」と称しながら、実際には財産と教養をもつ男性に限られていた。ナンシー・フレイザーは論文「公共圏の再考」(1990)で、単一の公共圏という想定そのものが排除を隠すと批判し、周縁化された集団が独自に形成する対抗的な公共圏の重要性を論じた。ハーバーマス自身も1990年の新版序文でこの種の批判を受け止めている。

公園に引き寄せて言えば、公園が「だれでも入れる」と称していても、実際にだれが快適に居られるかは一様ではない。子ども連れが中心の時間帯には、子どものいない大人が居づらいと感じることがあり、逆に高齢者の運動の場になっている公園には子ども連れが入りにくいこともある、とされる。フレイザーの議論は、公園の公共性を「入れるかどうか」ではなく「そこで自分の言葉で語れるかどうか」「自分たちの使い方を持ち込めるかどうか」で測るべきことを示唆する。ある集団にとっての公園が、別の集団にとっては入りにくい場所であるとき、単一の「公園の公共性」を語ることはできない。

ハーバーマスの公共圏論は、公園を論議の場として理想化するためではなく、公園における提示と論議、包摂と排除の配分を見る目を与えるものとして用いるのが適切である。本節の結論はこうである。公園は公共圏ではない。しかし公園は、公共圏を成り立たせる能力——見知らぬ人と公共の事柄について語る能力——が日常のなかで育つ場所のひとつであり、その働きは、公園が提示と消費の場に傾くほど弱まる。禁止看板を公共性の問題として論じる意味は、看板が公園の開かれを狭めるからだけでなく、看板という形式が論議の不在を告げているからである。

5. 都市への権利——ルフェーヴルと「所有」「専有」の区別

アンリ・ルフェーヴルの『都市への権利』は、1968年のパリで書かれた。ルフェーヴルは、産業化と都市計画によって都市が「作品」から「製品」へと変質したと診断した。作品としての都市とは、住民が日々の使用のなかでつくり上げ、祝祭と出会いの場として享受する都市である。製品としての都市とは、機能ごとに分割され、交換価値の論理で計画され、住民が消費者として配置される都市である。「都市への権利」とは、この作品としての都市を取り戻す権利、すなわち都市生活への権利、中心性への権利、そして専有への権利である。ルフェーヴルはのちに『空間の生産』(1974)で、空間は与えられた容器ではなく社会的に生産されるものだという見方をさらに展開した。

5.1 所有と専有

ルフェーヴルの議論で本稿にとって最も重要なのは、「所有」と「専有」の区別である。所有とは、法的な帰属であり、だれのものかという問いへの答えである。専有とは、実際に使い、自分たちのものとして生きることであり、だれが使っているかという問いへの答えである。ルフェーヴルは、都市への権利を所有権として理解することを退けた。都市は市民に所有されるべきなのではなく、市民によって専有されるべきなのである。両者は一致するとは限らない。法的には公有でありながらだれにも専有されていない空間もあれば、法的には私有でありながら人びとに専有されている空間もある。

公園に当てはめれば、公園は市の所有物であり、その意味で「だれかのもの」である。しかし公園の公共性は所有によっては保証されない。公園が公共の空間であるのは、それが人びとによって専有されているとき、すなわち人びとがそこを自分たちの場所として使い、使い方を工夫し、季節ごとの習慣をつくり、他の人と使い方を調整しているときである。所有だけがあって専有がない公園は、緑地として存在していても、公共空間としては眠っている。逆に、専有が過剰になれば、特定の集団が公園を占有し、他の人びとの専有を排除する。公園の公共性とは、複数の集団による専有が共存している状態だと定式化できる。

5.2 使用価値と交換価値

ルフェーヴルはまた、都市空間が使用価値(実際に使うことの価値)ではなく交換価値(売買される価値)によって組織されることを批判した。公園は、この批判が最もあてはまりにくい都市施設である。公園は売買されず、入場料もなく、そこでの時間は商品にならない。この意味で公園は、交換価値の論理が支配する都市のなかに残された使用価値の島である。しかしルフェーヴルの後継者たち、たとえばデヴィッド・ハーヴェイが『反乱する都市』(2012)で論じたように、公園は周辺の住宅地の魅力を高める要因として交換価値の回路に取り込まれる面ももつ。公園が「近くにあると価値が上がる」ものとして語られるとき、公園の使用価値は交換価値の手段になっている。本稿はこの点を批判するのではなく、公園の公共性を考えるとき、使用価値と交換価値のどちらの言葉で語っているかを自覚する必要がある、と指摘するにとどめる。

所有(市のもの)専有(使う)作品としての都市使い手
図5ルフェーヴルの区別。公園は市が所有するが、公共性を成り立たせるのは人びとの専有である。所有だけがあって専有のない公園は眠っている。

5.3 参加の権利と「だれが使い方を決めるか」

都市への権利は、専有の権利とともに「参加の権利」を含む。都市の決定に住民が関与する権利である。公園に即して言えば、公園の使い方——何をしてよく何をしてはいけないか——をだれが決めるかという問いになる。管理者が一方的に決めて看板を立てるのか、利用者が話し合いに加わるのか。ルフェーヴルの立場からは、後者こそが公園を作品として保つ道である。ただしここでも留保がある。参加は万能ではなく、参加の場に来られる人と来られない人のあいだに新たな偏りを生む。子育て中の保護者や働く世代は、公園の使い方を話し合う場に出席する時間をもちにくい。参加の権利は、参加の形を工夫すること——たとえば公園の現場で意見を集めること——と対で考える必要がある。

もうひとつの留保は、専有という語の危うさである。専有は「自分たちのものとして使う」ことであるが、これは容易に「自分たちだけのもの」へと滑る。ルフェーヴル自身は、専有を私的な独占ではなく、集合的で祝祭的な使用として考えていた。公園における専有が公共性を支えるのは、それが他者の専有と並び立つ限りにおいてである。ある集団の専有が排他的になったとき、それはもはや都市への権利の行使ではなく、都市の私物化である。

ルフェーヴルの概念は、公園をめぐる議論を「所有者は市だから市が決める」という単純な図式から引き離す。公園の公共性は所有によってではなく専有によって、管理によってではなく使用によって、成り立つ。禁止看板の問題を彼の言葉で言い換えれば、それは所有が専有を上書きする現象である。ただし同時に、専有が所有を無視して暴走することも公共性を損なう。公園の公共性は、所有と専有のどちらか一方ではなく、両者が互いを制約し合う関係のなかにある。

6. ヘテロトピア——フーコーと「他なる場所」としての公園

ミシェル・フーコーは1967年の建築家向けの講演「他なる空間」(1984年に公刊)で、ユートピアと対比して「ヘテロトピア」という概念を提示した。ユートピアが現実に場所をもたない理想の空間であるのに対し、ヘテロトピアは現実に存在する場所でありながら、社会の他のすべての場所と関係しつつ、それらを映し出し、異議を唱え、反転させるような「他なる場所」である。フーコーは例として、寄宿学校、療養所、墓地、劇場、庭園、博物館、図書館、祝祭の場、植民地、そして船を挙げた。本節では、この概念が公園について何を見せてくれるかを検討する。

6.1 六つの原理と公園

フーコーはヘテロトピアの特徴を六つの原理として述べた。第一に、あらゆる文化がヘテロトピアをもつ。第二に、同じヘテロトピアが時代によって異なる機能をもちうる。第三に、ヘテロトピアは、本来なら両立しない複数の空間をひとつの現実の場所に並置する。第四に、ヘテロトピアは通常の時間から切り離された「異なる時間」と結びついている。第五に、ヘテロトピアは、それを孤立させると同時に侵入可能にする「開閉のシステム」をもつ。第六に、ヘテロトピアは、残りのすべての空間に対して、幻想を暴くか、あるいは補償するという機能をもつ。

このうち第三の原理を説明する際に、フーコーはヘテロトピアの最古の例として庭園を挙げた。ペルシャの庭園は世界の四つの部分を象徴的に集めた聖なる空間であり、庭園は世界の最小の断片であると同時に世界の全体である、と彼は述べた。近代の公園が庭園の系譜に連なることを思えば、公園はフーコーの意味でのヘテロトピアの正統な子孫である。公園は、都市の中にあって都市ではない場所、住宅と道路と店舗のあいだに置かれた「自然」の断片であり、その内部に芝生と樹木と遊具と、ときには古墳や史跡とを並置する。

6.2 異なる時間——史跡のある公園、墓地のある公園

第四の原理、異なる時間との結びつきは、公園について二つの形をとる。ひとつは、時間を蓄積するヘテロトピア(博物館・図書館)の系列であり、史跡や古墳を園内に含む公園がこれにあたる。そこでは、日常の時間のすぐ隣に千年以上前の時間が置かれている。もうひとつは、一時的で祝祭的なヘテロトピア(縁日・祭りの広場)の系列であり、季節の行事や噴水の運転期間など、期間を限って別の顔をもつ公園がこれにあたる。さらにフーコーが例に挙げた墓地は、近代都市が死者を都市の外縁へ移した結果として成立した「他なる場所」であるが、日本の墓園が都市公園法上の公園の一種別であることは、この観点から見て興味深い。死者の場所と子どもの遊びの場所が、同じ制度の名のもとに置かれている。

古墳・史跡庭園の系譜開閉のシステム異なる時間
図6フーコーのヘテロトピア。公園は庭園の子孫であり、日常の隣に千年前の時間を並置し、門がなくても開閉のシステムをもつ他なる場所である。

6.3 開閉のシステム——公園はどう開き、どう閉じるか

第五の原理は本稿の主題に直結する。フーコーによれば、ヘテロトピアは自由に出入りできる公共の場所ではなく、そこに入るには強制されるか(兵舎・監獄)、儀礼や浄めを経るか(浴場・サウナ)、あるいは一見開かれていながら実は入っていない、という「見せかけの開放」の形をとる。公園はどれにあたるか。門も入場料もない公園は、一見すると開閉のシステムをもたないように見える。しかしよく見れば、開園時間、禁止事項、暗黙の作法、看板の文言、そして「ここは子ども連れの場所だ」という空気は、すべて開閉のシステムである。だれでも入れるが、入った者は公園の規則に従うことになる。フーコーの言う見せかけの開放は、公園にもあてはまりうる。だれもが入れるのに、入った瞬間に「ここは自分の場所ではない」と感じさせる公園は、開かれているようで閉じている。

フーコーの概念は、公園を「開かれた公共空間」として理想化することにも、「管理された空間」として断罪することにも与しない。公園はそもそも、社会の他の場所とは異なる規則で動く場所であり、その異質さこそが公園の価値である。子どもが道路では許されない全力疾走をし、大人が仕事場では許されない無為の時間を過ごせるのは、公園が「他なる場所」だからである。第六の原理でいえば、公園は、効率と目的に組織された都市の残りの空間に対して、それを補償する場所として機能している。問題は開閉のシステムがあることではなく、それがどのように定められ、どの程度まで公園の異質さ——日常の外にあること——を許すか、である。

ここから禁止看板について、フーコー的な診断が導かれる。禁止看板が公園を日常の延長、すなわち道路や住宅地と同じ規則の場所にしてしまうとき、公園はヘテロトピアとしての機能を失う。走ってはいけない、声を出してはいけない、ボールを使ってはいけない、長く居てはいけない、という規則の集合は、公園を「他なる場所」から「同じ場所」へと引き戻す。公園の開閉のシステムが守るべきものは、公園の中の秩序だけでなく、公園が都市の他の場所と違うという事実そのものである。看板の一枚一枚が、公園の異質さを守る方向に働いているのか、それとも消す方向に働いているのかを問うことが、フーコーの概念から得られる視点である。

7. 「だれでも入れる」と「だれかのもの」——開放と所有の調停

前節までに四つの概念を公園に当てた。本節では、本稿の中心にある緊張——公園はだれでも入れる場所であると同時に、だれかのものである——を正面から扱う。第2節の三分類でいえば、オープン(開かれ)とオフィシャル(公的主体の管理)のあいだ、そしてその両者とコモン(共通の秩序)のあいだの調停である。本節ではこの緊張が矛盾ではないこと、しかし一方が他方を上書きするときに矛盾へと転じることを示す。

7.1 開かれの三つの水準

「だれでも入れる」は一枚岩ではない。第一の水準は物理的な開放である。柵がなく、門がなく、入場料がない。第二の水準は法的・制度的な開放である。住民でなくても、年齢や属性を問わず、利用資格がない。第三の水準は実質的な開放である。実際にその場に居ることができ、自分の使い方を持ち込め、居心地の悪さを感じずにすむ。第一と第二の水準は多くの公園で満たされているが、第三の水準は一様ではない。車いすで入れるか、犬を連れて入れるか、ひとりの大人が座っていられるか、ボールを持って入れるか。開かれの実質は、だれにとって開かれているかという問いに分解される。

開放を最大化しようとすると、ある人の開放が別の人の開放を狭めるという問題に直面する。ボール遊びの自由は、幼児の安全な遊びの自由と衝突しうる。犬を連れて入る自由は、犬が苦手な人の自由と衝突しうる。夜間に利用する自由は、近隣の静けさと衝突しうる。この衝突は「開かれ」を否定する理由にはならないが、開かれが調停を必要とすることを示す。ジョン・スチュアート・ミルは『自由論』(1859)で、個人の自由が制限されうる唯一の目的は他者への危害の防止であるという原理を示した。公園の規則がこの原理に従うなら、禁止は他者に危害や実害を及ぼす行為に限られ、単に管理者にとって面倒な行為や、一部の人が不快に感じるだけの行為は、それだけでは禁止の十分な根拠にならない。もっとも、何が「危害」にあたるかの線引き自体が議論の対象であり、ミルの原理は答えではなく問いの立て方を与えるものである。

7.2 「だれかのもの」の二つの顔

公園が「だれかのもの」であることも一枚岩ではない。第一に、公園は市の所有物であり、市が管理責任を負う。この意味での「だれかのもの」は、公園が公園として維持されるための条件である。所有者のいない土地は、だれも手入れせず、事故が起きても責任の所在がなく、やがて荒れる。第二に、公園は利用者たちに専有されている。この意味での「だれかのもの」は、前々節で見たルフェーヴルの意味であり、公園を生きた場所にする条件である。二つの「だれかのもの」は、対立するものではなく、公園が公共空間であるための二重の条件である。

問題は、第一の「だれかのもの」(管理者の所有)が第二の「だれかのもの」(利用者の専有)を押しのけるときに生じる。管理者は責任を負うがゆえに慎重になり、事故の可能性のある行為を禁じ、苦情のある行為を禁じる。それぞれの判断は合理的でも、積み重なると公園は「管理者のもの」であって「利用者のもの」ではなくなる。逆の問題もある。特定の利用者集団が公園を専有しすぎ、他の利用者を締め出すとき、公園は「その集団のもの」になり、開かれを失う。調停とは、この両方向の偏りを避けることである。

車いすで高齢者も犬を連れて調停
図7開かれの実質は「だれにとって開かれているか」に分解される。ある人の開放が別の人の開放と衝突するとき、開かれは調停を必要とする。

7.3 消極的自由と積極的自由

アイザイア・バーリンは「二つの自由概念」(1958)で、干渉されないことという意味の消極的自由と、自分の生を自分で決めるという意味の積極的自由を区別した。公園に当てはめると、消極的自由は「禁じられていないこと」であり、積極的自由は「実際にできること」である。禁止事項が少ない公園は消極的自由が大きい。しかし、遊具がなく、木陰がなく、座る場所がなく、水道もない公園では、禁じられていなくても実際にできることは少ない。逆に、多少の規則があっても、設備と手入れが行き届いた公園では、実際にできることが多い。公園の公共性を消極的自由だけで測ると、何もない空き地が最も公共的だという奇妙な結論になる。開かれの実質は、消極的自由と積極的自由の両方によって測られるべきである。

この区別は、管理と開かれの関係を単純な対立から救い出す。管理は開かれを狭めるだけのものではない。遊具を点検し、草を刈り、トイレを清掃し、危険な箇所を修繕する管理は、公園で「実際にできること」を増やす。積極的自由の観点からは、管理は開かれの敵ではなく条件である。管理が開かれの敵になるのは、管理が「できないこと」を増やす方向にだけ働き、「できること」を増やす方向に働かなくなったときである。

本節の結論はこうである。公園はだれでも入れる場所であると同時にだれかのものであるが、この二つは矛盾ではなく、公共空間の二重の条件である。所有がなければ公園は維持されず、専有がなければ公園は生きない。開かれがなければ公園は公共ではなく、調停がなければ開かれは保てない。矛盾が生じるのは、一方が他方を上書きするとき——所有が専有を、管理が使用を、禁止が可能性を上書きするとき——であり、次節ではその典型として禁止看板の増殖を検討する。

8. 禁止看板の増殖と公共性の縮減

公園に立つ看板は、公園の公共性がどのように定められているかを最も端的に示す。本節では禁止看板を根拠によって分類し、それが増えていく仕組みを分析し、看板を「言語行為」として捉え直したうえで、公共性の縮減という見方への反論に応える。なお、当サイトは磐田市の各園にどのような看板があるかを未確認であり、本節の分析は一般論であって、特定の園の記述ではない。

8.1 禁止の分類

公園の禁止事項は、その根拠によって大きく四つに分けられる。第一は安全を根拠とする禁止であり、火気、危険な遊び方、自転車の乗り入れなどがこれにあたる。第二は迷惑の防止を根拠とする禁止であり、騒音、犬の放し飼い、ゴミの放置などである。第三は施設の保護を根拠とする禁止であり、植栽への立入、遊具の目的外使用などである。第四は秩序の維持を根拠とする禁止であり、夜間の立入、長時間の滞在、寝ることなどである。表2にこれを整理する。四つの根拠は、前節で見たミルの他者危害原理に照らしたとき、正当化の強さが異なる。安全と施設保護は比較的明確な実害を根拠にするが、迷惑と秩序は「だれにとっての迷惑か」「だれの秩序か」という問いを免れない。

根拠典型的な禁止守られる利益哲学的な問い
安全火気・危険な遊び方・自転車の乗り入れ利用者の身体危険を引き受ける自由をどこまで認めるか
迷惑防止騒音・犬の放し飼い・ゴミの放置近隣・他の利用者の快適さだれにとっての迷惑か
施設保護植栽への立入・遊具の目的外使用公有財産使うことと守ることの均衡
秩序維持夜間の立入・長時間の滞在・寝ること管理の容易さ・治安の印象だれの秩序か、だれが排除されるか

8.2 看板が増える仕組み

禁止看板は、一枚ずつ見れば多くが合理的である。事故があれば安全のための看板が立ち、苦情があれば迷惑防止の看板が立つ。問題は、看板が減る仕組みが存在しないことである。事故や苦情は看板を立てる理由になるが、看板を外す理由になる出来事はほとんど起こらない。看板を外して何かが起きれば管理者の責任が問われ、看板を立てたままにしても責任は問われない。この非対称のもとでは、看板は時間とともに増える一方になる。個々の判断はどれも慎重で責任ある判断でありながら、その総和は、だれも意図しなかった「何もできない公園」を生む。

この構造は、ギャレット・ハーディンが「コモンズの悲劇」(1968)で描いた構造の裏返しである。ハーディンは、共有地を各人が自分の利益のために使い過ぎると共有地が荒れることを示した。禁止看板の増殖は、共有地を守ろうとする各判断が積み重なって共有地の使用価値が失われる、いわば「管理の悲劇」である。エリノア・オストロムは『コモンズのガバナンス』(1990)で、共有資源が悲劇を免れる条件として、利用者自身が規則をつくり、監視し、段階的な制裁を行うことなどを挙げた。公園に引き寄せれば、規則が管理者から一方的に降りてくるのではなく、利用者が規則づくりに関与することが、看板の増殖に歯止めをかける鍵になる。これは第5節で見たルフェーヴルの参加の権利と同じ方向を向いている。

禁止看板ボール禁止立入禁止減る仕組みがない
図8看板の増殖。一枚ずつは合理的でも、外す理由になる出来事はほとんど起こらないため、看板は増える一方になり、だれも意図しない「何もできない公園」が生まれる。

8.3 看板という言語行為

看板は、だれが語り、だれが聞くかという点で特徴的である。看板は管理者の声で語られ、不特定の利用者に向けられ、返答を想定しない。ハーバーマスの言葉でいえば、看板は論議の道具ではなく提示の道具である。日本の公園の看板には「〜しないでください」という禁止形と、「〜はご遠慮ください」という依頼形がある。依頼形は、命令ではなく相手の判断に委ねる形をとることで、公園の開かれを傷つけずに規則を伝えようとする言語的な工夫と読める。しかしどちらの形でも、それが一方通行の提示であることに変わりはない。看板が公園の公共性を縮減するのは、禁止の内容によるだけでなく、看板という形式が「話し合いの結果」ではなく「決定の通知」だからである。

ここで、看板とは別の形式の存在にも触れておく。禁止ではなく許可を伝える表示——ここではボール遊びができる、ここではスケートボードができる、という表示——は、同じ一方通行の提示でありながら、公園の異質さを守る方向に働く。また、利用者どうしの調整の結果として生まれた掲示——たとえば町内の人びとが話し合って決めた使い方の案内——は、形は看板でも、話し合いの結果を伝えている点で性格が異なる。看板を一律に公共性の敵とみなすのは誤りであり、問うべきはその看板がどのような過程から生まれ、何を守ろうとしているかである。

8.4 反論への応答

本稿の見方に対しては、少なくとも三つの反論が考えられる。第一に、「看板は安全のために必要であり、公共性を語って安全を軽視するのは無責任だ」という反論である。これに対しては、本稿は安全のための規則を否定していない、と答える。問題にしているのは、根拠の異なる禁止が同列に並び、減る仕組みがないことである。安全にかかわる判断は、関係機関と管理者の専門的な判断に委ねられるべきであり、哲学が代替できるものではない。第二に、「規則があってこそ多くの人が安心して使え、開かれはむしろ増す」という反論である。これは正しく、前節で述べた積極的自由の観点そのものである。本稿はこれを認めたうえで、規則の総量ではなく、規則がだれによってどう定められ、どう見直されるかを問うている。第三に、「哲学的な理想論では現場は回らない」という反論である。これに対しては、本稿は具体的な処方を示すものではなく、看板一枚をめぐる判断の背後にある考え方の枠を明らかにするものだ、と答える。枠が明確になれば、現場の判断はより説明可能になり、説明可能な判断は利用者に受け入れられやすい。

9. 磐田市の公園への示唆

本節では、前節までの概念を磐田市の公園に当てる。当サイトが収録する磐田市の都市公園は100園であり、市のオープンデータ「都市公園一覧」の94園に、市の施設ガイドのみに掲載の6園を加えたものである。種別は街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園、法対象外6園である。管理は市の都市整備課(電話0538-37-4806)が担う。当サイトの現地踏査は始まっていないため、以下は制度上の事実からの示唆であり、看板や利用の実態は今後の踏査で確かめる。

9.1 三つの意味で読む磐田の100園

第2節の三分類——オフィシャル・コモン・オープン——で100園を読むと、まずオフィシャルの面では、100園すべてが市の管理下にあり、都市整備課という単一の窓口をもつ。コモンの面では、種別と誘致距離の体系が「だれのために置かれた公園か」を示す。街区公園51園は国の目安で誘致距離250mとされ近隣住民のために、近隣公園14園は500m、地区公園4園は1kmの目安で置かれている。総合公園3園と運動公園3園は市全体のためのものである。オープンの面、すなわち実際にだれがどのように居られるかは、制度からは読めない。ここが踏査の課題である。表3に、種別ごとの位置づけと本稿の概念で見た特徴をまとめる。

種別(園数)三つの意味での位置づけ本稿の概念で見た特徴
街区公園(51園)近隣住民に共通の場・徒歩圏で最も身近な層アーレントの「小さなテーブル」。専有されるかどうかが公共性を決める
近隣公園・地区公園(14園・4園)より広い範囲に共通の場複数の集団の専有が共存する調停の場
総合公園・運動公園(3園・3園)市全体に共通の場・施設と催しの提示ハーバーマスの「提示と消費」の面が強い
風致公園・歴史公園・墓園(3園・1園・1園)景観・史跡・死者の場所フーコーのヘテロトピア。異なる時間と結びつく
都市緑地・広場公園・緑道(10園・2園・2園)小規模または通過的な場所有はあるが専有が成り立ちにくい層

9.2 面積の両端——17㎡と22万㎡

面積が判明している園のうち最小は二之宮東第2緑地の17㎡(都市緑地・中泉)、最大は竜洋海洋公園の221,722㎡(総合公園・竜洋)である。この両端は、公共空間の概念が面積とどう関わるかを考えさせる。17㎡の緑地は、市の所有物であり、だれでも入れる。しかしそこにアーレントの意味での現れの空間が成り立つとは考えにくく、ルフェーヴルの意味での専有も起こりにくい。それは公共の緑ではあっても、公共の空間ではないかもしれない。一方、竜洋海洋公園には、市の施設ガイドによれば、体育館、プール、野球場、テニスコート、そして入浴施設と地場産品直売所を含むレストハウスがある。ここは公園であると同時に、施設が提示され、利用者がそれを受け取る場でもある。ハーバーマスの「提示と消費」の面が最も強い園といえる。両端のあいだに、街区公園を中心とする多数の園があり、そこでこそ「だれでも入れる」と「だれかのもの」の調停が日々行われている。

9.3 ヘテロトピアとしての磐田の公園

フーコーの観点から見て磐田市の公園が興味深いのは、異なる時間と結びついた園が複数あることである。遠江国分寺史跡公園(歴史公園・中泉・21,600㎡)は市で唯一の歴史公園であり、京見塚公園(街区公園・中泉)は市の施設ガイドに「京見塚古墳」の記載がある。一ノ谷公園(街区公園・見付)には「一ノ谷遺跡」の記載があり、御殿遺跡公園(街区公園・中泉)は名前に遺跡を含む。街区公園という最も日常的な種別の中に、千年を超える時間が置かれている。また緑ヶ丘霊園(墓園・見付・17,802㎡)は、フーコーが典型的なヘテロトピアとして挙げた墓地であり、オープンデータでは遊具有とされる。死者の場所と遊びの場所が隣り合うことの意味は、踏査で確かめたい論点である。

9地区100園最小17㎡最大22万㎡
図9磐田市の100園。9地区にわたる園を種別・面積・地区の事実で読み、公共空間の概念が面積とどう関わるかを両端の園から考える。

9.4 開閉のシステムの手がかり

看板の実態は未確認だが、市の施設ガイドの記載から開閉のシステムの手がかりは読める。今之浦公園(近隣公園・見付)の備考には「駐車場以外の場所への駐車はご遠慮ください」とあり、クリーンセンター公園(南部)には「リサイクルステーション、磐田温水プールの駐車場の利用はご遠慮ください」とある。前節で述べた依頼形の言語行為が、市の公式の記述にも用いられている。逆に、開く方向の記載もある。兎山公園(地区公園・御厨)と竜洋豊岡公園(近隣公園・竜洋)には「ローラースケート場(スケートボード利用可)」とあり、多くの公園で禁じられがちな行為が場所を限って許されている。安久路公園(地区公園・御厨)には「複合遊具(インクルーシブエリアあり)」「ブランコ(インクルーシブアイテムあり)」の記載があり、第7節でいう実質的な開放を設備の側から広げる試みと読める。水堀公園、中央公園、豊田富里農村公園、竜洋十束公園などにサッカーゴールの記載があることも、ボール遊びを禁じるのではなく場所を与える方向の設計である。

最後に、見付本通広場公園(街区公園・見付・372㎡)に触れたい。名前に「広場」を含むこの園は、市の施設ガイドではトイレ(多目的トイレ)と駐車場の記載があり、遊具の記載はない。372㎡という面積は、アーレントの「テーブル」の比喩でいえば、公園として成り立つ最小限の大きさに近い。ここが人びとの現れの空間として働いているのか、通過点にとどまっているのかは、今後の踏査で確かめる。地区別に見れば、豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園に対し、南部2園、向陽2園、豊岡3園、福田4園であり、「小さなテーブル」の配置には地区差がある。この差が現れの空間の成立にどう影響するかも、踏査を待つ論点である。

10. 結論と今後の課題

本稿は、公園が「公共の空間」であるとはどういうことかを、四人の思想家の概念を手がかりに検討した。出発点は、「だれでも入れる」と「だれかのもの」というふたつの直感の緊張、そして禁止看板が増えていくときに覚える違和感であった。得られた見通しは次のとおりである。

  • アーレントの「現れの空間」から見れば、公園は住宅地に置かれた小さなテーブルであり、人びとを結びつけかつ隔てる介在物である。子どもは公的な光から守られる存在だが、その周囲に大人たちの現れの空間が薄く成り立つ。公園の公共性は設備ではなく、人びとが居合わせて互いに現れるという事実にある。
  • ハーバーマスの公共圏から見れば、公園は政治的論議の場ではないが、公共の事柄を自分の言葉で語る練習の場となりうる。提示と消費の面が強まるほど、その働きは弱まる。看板は論議の不在を告げる形式である。
  • ルフェーヴルの「都市への権利」から見れば、公園の公共性は所有ではなく専有によって成り立つ。所有が専有を上書きするとき公園は眠り、専有が排他的になるとき公園は私物化される。
  • フーコーのヘテロトピアから見れば、公園は日常の外にある「他なる場所」であり、その異質さこそが価値である。開閉のシステムが公園を日常の延長にしてしまうとき、その価値は失われる。

「だれでも入れる」と「だれかのもの」は矛盾ではなく、公共空間の二重の条件である。所有がなければ公園は維持されず、専有がなければ公園は生きない。禁止看板の増殖は、この二重の条件の一方が他方を上書きする典型であり、個々の判断の合理性とは別に、看板が減る仕組みの不在という構造から生じる。看板を一律に否定するのではなく、その看板がどのような過程から生まれ、何を守ろうとしているかを問うことが、哲学の側から提案できる見方である。

10.1 本稿の限界

本稿には少なくとも三つの限界がある。第一に、概念分析にとどまり、公園で実際に何が起こっているかを示していない。第二に、四人の思想家の選択は本シリーズの台帳の論点に従ったものであり、たとえばリチャード・セネットが『公共性の喪失』(1977)で論じた、公共の場に私的な感情の基準を持ち込むことで公共生活が痩せていく過程や、ジェイン・ジェイコブズが『アメリカ大都市の死と生』(1961)で述べた、公園はそれ自体で良いものではなく周囲の街路の使われ方によって生きも死にもするという指摘は、十分に扱えなかった。第三に、磐田市の公園については制度上の事実しか参照できておらず、看板・利用・雰囲気という公共性の実質にかかわる部分は空白のままである。

10.2 今後の課題

今後の課題は、まず踏査である。当サイトは今後の踏査で、各園にどのような看板があり、どのような文言(禁止形か依頼形か)で、何を禁じ何を許しているかを記録することを課題としたい。これは公園の「開閉のシステム」の目録づくりであり、哲学的な議論を事実に接続する第一歩である。次に、公園の使い方を利用者がどう調整しているか——暗黙の作法、時間帯による住み分け——を観察することである。これはルフェーヴルの専有とオストロムの自治的な規則づくりを公園で確かめる作業になる。最後に、本シリーズの他の論考、たとえば倫理学の論考(危険と自由)、法学の論考(都市公園法)、政治学の論考(参加)と接続し、哲学が示した枠を各分野の知見で埋めていくことである。

看板の目録文言を記録踏査話し合い
図10今後の課題。各園の看板と文言を記録して開閉のシステムの目録をつくり、利用者どうしの調整を観察し、哲学の枠を事実と他分野の知見で埋める。

公園はだれのものか。本稿の答えは、市のものであり、使う人びとのものであり、そのどちらか一方だけのものになったとき公共の空間ではなくなる、というものである。看板一枚を立てるとき、あるいは外すとき、この二重性を思い出すこと。それが、哲学が公園の現場に差し出せる最小限の贈り物である。

参考文献

  1. ハンナ・アーレント(1958)『人間の条件』(志水速雄訳、ちくま学芸文庫、1994)
  2. ハンナ・アーレント(1961)『過去と未来の間——政治思想への8試論』(引田隆也・齋藤純一訳、みすず書房、1994)
  3. ユルゲン・ハーバーマス(1962)『公共性の構造転換——市民社会の一カテゴリーについての探究』(細谷貞雄・山田正行訳、未來社、第2版1994)
  4. ナンシー・フレイザー(1990)「公共圏の再考」(クレイグ・キャルホーン編『ハーバマスと公共圏』山本啓・新田滋訳、未來社、1999 所収)
  5. アンリ・ルフェーヴル(1968)『都市への権利』(森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2011)
  6. アンリ・ルフェーヴル(1974)『空間の生産』(斎藤日出治訳、青木書店、2000)
  7. デヴィッド・ハーヴェイ(2012)『反乱する都市——資本のアーバナイゼーションと都市の再創造』(森田成也ほか訳、作品社、2013)
  8. ミシェル・フーコー(1967年講演・1984年公刊)「他なる空間について(ヘテロトピア)」(『ユートピア的身体/ヘテロトピア』佐藤嘉幸訳、水声社、2013 所収)
  9. 齋藤純一(2000)『公共性』(岩波書店・思考のフロンティア)
  10. リチャード・セネット(1977)『公共性の喪失』(北山克彦・高階悟訳、晶文社、1991)
  11. ジェイン・ジェイコブズ(1961)『アメリカ大都市の死と生』(山形浩生訳、鹿島出版会、2010)
  12. ジョン・スチュアート・ミル(1859)『自由論』(関口正司訳、岩波文庫、2020)
  13. アイザイア・バーリン(1958)「二つの自由概念」(『自由論』小川晃一ほか訳、みすず書房、1971 所収)
  14. ギャレット・ハーディン(1968)「コモンズの悲劇(The Tragedy of the Commons)」Science, 162
  15. エリノア・オストロム(1990)『コモンズのガバナンス——人びとの協働と制度の進化』(原田禎夫・齋藤暖生・嶋田大作訳、晃洋書房、2022)
  16. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
  17. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  18. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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