芸術・文化・メディア遊戯文化史
鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけん——伝承遊びの構造と継承
要旨
本稿の目的は、鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんという三つの伝承遊びを、遊戯史および民俗学の視点から個別に読み解くことである。文化人類学が遊び一般を対象とするのに対し、本稿はこの三つの具体的な遊びに焦点を絞り、それぞれの規則の型と成立の経緯、地域による変異、そして誰から誰へ伝わるのかという継承の仕組みを検討する。
方法は文献整理と概念分析である。アイオナ・オーピーとピーター・オーピーによる英語圏の子どもの遊びの記録、柳田國男に始まる日本民俗学の童戯研究、越谷吾山『物類称呼』のような近世の方言資料、増川宏一らの遊戯史研究を手がかりに、じゃんけんの三すくみという規則の型、鬼ごっこにおける鬼という役割の民俗的な背景、かくれんぼの地方名と唱え言葉の多様性を順に検討する。続けて、伝承の担い手が年長の子どもであること、異年齢集団が失われると伝承の経路も弱まりうること、遊びを記録するという行為自体の性格と限界、そして伝承遊びを大人の手で意図的に保存することの是非を論じる。
検討の結果、三つの遊びはいずれも大人が設計したものではなく、子ども集団の中で磨かれ、地域ごとに変異しながら受け継がれてきたこと、その継承には異年齢の子どもが同じ場所と時間を共有するという条件が必要であること、そして伝承遊びを保存しようとする試みには規則を固定してしまう逆説が伴うことが示された。最後に、磐田市の都市公園100園について、街区公園という小さな単位が閉じた伝承の回路として働きうる可能性を検討し、当サイトの今後の踏査で確かめるべき論点を示す。
キーワード伝承遊び遊戯史オーピー夫妻じゃんけん鬼ごっこかくれんぼ異年齢集団
1. はじめに——問題の所在
公園でもっともよく見られる遊びは、特別な遊具をほとんど必要としない。鬼ごっこ、かくれんぼ、じゃんけんは、道具をほとんど持たず、規則も子どもの頭の中にしかない。それでも、これらの遊びは世代を超えてよく似た形で受け継がれ、大人が教えなくても、多くの子どもがいつのまにか遊び方を知っている。本稿の関心は、この安定した継承がどのような仕組みで成り立っているのか、その内側にある。
1.1 三つの遊びに絞る理由
遊びを対象とする学問は広い。心理学は遊びが子どもの発達に果たす役割を、社会学は遊び場が果たす社会的な機能を論じてきた。本稿が採る立場は、これらとは別に、遊戯史および民俗学という、遊びを歴史的に形づくられた民俗——特定の土地と時代に固有の型をもつ習わし——として扱う立場である。遊びを抽象的な一つのカテゴリーとして論じるのではなく、鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんという固有の名前をもつ三つの遊びを個別に取り上げ、それぞれの規則がどのように形づくられ、どのように広まり、誰から誰へ伝わってきたのかを具体的に検討する。
三つを選んだのは、この三つが磐田市周辺の公園を含む日本各地の公園で、今日もなお見られる代表的な伝承遊びであり、かつ規則の型が互いに異なるためである。じゃんけんは三すくみという規則の型をもつ意思決定の遊びであり、鬼ごっこは追う者と追われる者という役割の交替を軸とする遊びであり、かくれんぼは隠れる・探す・見つかるという時間の区切りを軸とする遊びである。この違いを比較することで、伝承遊び一般について論じるよりも、より具体的な像が得られる。
世界の子どもの遊びを見渡すと、追いかけっこ、隠れ遊び、身振りで勝敗を決める遊びは、多くの文化に類似の形で見いだされることが指摘されている。ただし、その具体的な規則や掛け声、伝わり方は文化ごとに異なる。本稿が鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんという固有の名前をもつ日本の遊びに焦点を絞るのは、遊び一般の普遍的な型を論じるためではなく、特定の言葉と結びついた具体的な伝承の姿を、地域の公園という舞台に即して追うためである。
1.2 問いと方法
本稿が立てる問いは三つである。第一に、鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんという三つの遊びは、それぞれどのような規則の型をもち、その型はどのような経緯で成立したのか。第二に、これらの遊びは誰から誰へ、どのような経路で伝わってきたのか。第三に、その経路が弱まっているとすれば、伝承遊びを大人の手で意図的に保存し教えることには、どのような意味と限界があるのか。
方法は文献整理と概念分析である。信頼できる先行研究と一次資料——アイオナ・オーピーとピーター・オーピーによる英語圏の子どもの遊びの記録、柳田國男に始まる日本民俗学の童戯研究、越谷吾山『物類称呼』のような近世の方言資料、増川宏一らの遊戯史研究——を手がかりに、三つの遊びの構造と伝承のあり方を論じる。統計的な調査は行わず、あくまで文献に基づく概念の整理と検討にとどめる。
1.3 本稿の構成と磐田市の公園
構成は次のとおりである。第2節で先行研究と鍵となる概念を整理し、第3節から第5節でじゃんけん・鬼ごっこ・かくれんぼをそれぞれ検討する。第6節では遊びを伝える担い手の問題を、第7節では遊びを記録するという行為の性格を、第8節では伝承遊びを保存することの是非を論じる。第9節では磐田市の公園への示唆を、第10節で結論と今後の課題を述べる。
磐田市周辺の公園を紹介する当サイトは、市内の都市公園100園の情報を収録するが、現地の踏査は今後の課題として残されている。伝承遊びは遊具のように目に見える設備ではなく、踏査だけでは捉えきれない。本稿の検討は、その踏査に先立って、公園で何を見るべきかという視点をあらかじめ用意する作業でもある。
1.4 なぜ公園という場所に注目するのか
本稿が観察の対象を学校や自宅の庭ではなく公園に置くのには理由がある。学校での遊びは授業時間や校則に、自宅の庭での遊びはきょうだいや近所の限られた顔ぶれに、それぞれ制約される。これに対して公園は、誰でも無料で立ち入ることができ、利用者の組み合わせを事前に決めない、開かれた場所である。伝承遊びが誰と誰のあいだで、どのように受け渡されるかを観察するには、参加者の構成があらかじめ固定されていない公園は都合のよい場所だと言える。
もっとも、公園で遊ぶ子どもの顔ぶれは、実際には近所に住む家庭の生活時間や、保護者の付き添いのしやすさによって、ある程度限られている可能性もある。この点を無視して公園を「誰にでも開かれた場所」と単純化することは避けたい。公園がどの程度、実際に開かれた場として機能しているかも、今後の踏査で確かめるべき論点の一つである。
公園は入園に手続きを要さず、特定の時間に予約を入れる必要もない。この手軽さは、子どもが自分の判断で外に出て遊びに加わることを可能にし、伝承の回路が偶発的に生まれる条件を整えている。学校の休み時間のように限られた時間の中だけで完結する遊びとは異なり、公園での遊びは、参加する時間も終える時間も、子ども自身の裁量に委ねられている部分が大きい。
2. 先行研究と概念の整理——遊戯史・民俗学という方法
伝承遊びを検討するにあたり、まず立場の異なる三つの研究の系譜を整理しておく必要がある。ひとつは英語圏における子どもの遊びの記録、ひとつは日本の民俗学における童戯——子どもの伝承的な遊び——の記録、そしてもうひとつは遊戯そのものの歴史を扱う遊戯史という学問領域である。
2.1 オーピー夫妻の採集
イギリスの民俗学者夫妻アイオナ・オーピーとピーター・オーピーは、1950年代から60年代にかけて、数千人の学童から遊び・唱え言葉・決まり文句を集め、『The Lore and Language of Schoolchildren』(1959)と『Children's Games in Street and Playground』(1969)にまとめた。二人の研究の核心は、子どもの遊びの多くが、大人が教えたものではなく、少し年上の子どもから少し年下の子どもへ、口伝えと身振りによって受け継がれているという発見にあった。
オーピー夫妻の方法は、子どもに直接尋ね、答えをそのまま書き取るという素朴なものであったが、その素朴さゆえに、大人の目には取るに足らないと映る言葉遊びや小さな規則の違いまでを丁寧に記録することができた。この方法は、伝承遊びを大人の理論で説明する前に、まず子どもの言葉で記録するという民俗学の基本的な構えを体現している。
2.2 日本民俗学の童戯研究
日本では、柳田國男が『こども風土記』(1942)で全国から寄せられた子どもの遊びを記述し、遊びの中に古い年中行事や信仰の形が姿を変えて残っていることを指摘した。柳田はまた、『一目小僧その他』(1934)などの一連の仕事で、妖怪や鬼として語られる存在の多くが、かつて信仰の対象であった神が信仰を失って零落した姿だとする見方を示しており、この見方は、第4節で検討する鬼ごっこの「鬼」を考えるうえでの手がかりになる。
加古里子の『伝承遊び考』全4巻(2006〜2008)は、絵描き歌・石けり・鬼遊び・じゃんけんといった遊びを種類ごとに集成し、それぞれの遊びに数多くの変種があることを図とともに示した仕事である。これらの日本の仕事に共通するのは、伝承遊びを「一つの正しい形」をもつものとしてではなく、地域ごと・集団ごとの変種の束として記述する態度である。
2.3 遊戯史という学問と鍵概念
遊戯史は、将棋や双六、かるたといった遊戯具の歴史を、道具・規則・社会背景の三つから検討する学問領域であり、増川宏一の『日本遊戯史——古代から現代までの遊びと社会』(2012)はその代表的な仕事の一つである。増川の仕事は、遊びを娯楽の周辺的な話題としてではなく、それぞれの時代の社会のあり方を映す資料として扱う点で、本稿の立場と重なる。
以上三つの研究の系譜——オーピー夫妻の英語圏の記録、柳田國男らの日本民俗学、増川宏一らの遊戯史——は、対象とする地域も時代も異なるが、いずれも遊びを大人の目線で裁断するのではなく、遊びの担い手である子ども自身の言葉や、遊具・遊び方に残された歴史の痕跡から出発するという点で姿勢を共有している。本稿もこの姿勢に倣い、以下の各節では、まず遊びそのものの構造を記述し、そのうえで解釈を加えるという順序をとる。
以上の整理から、本稿では四つを鍵概念として用いる。第一に「伝承」——大人の意図的な教育を介さず、子どもから子どもへ受け継がれる過程。第二に「変異」——伝承の過程で生じる地域差・時代差。第三に「採集」——伝承の実態を聞き取り、書き取る行為。第四に「童戯」——子どもによって担われる伝承的な遊びを指す語である。この四つの概念を軸に、第3節以降でじゃんけん・鬼ごっこ・かくれんぼを個別に検討する。
2.4 三つの遊びを貫く比較の視点
第3節から第5節でじゃんけん・鬼ごっこ・かくれんぼをそれぞれ検討する際には、共通する三つの観点を用いる。第一に、遊びの規則がどのような型——三すくみ、役割の交替、時間の区切り——をとるかという構造の観点。第二に、その型がいつ、どのような経緯で成立したと考えられているかという歴史の観点。第三に、その遊びがどのように地域差を伴いながら伝わってきたかという伝承の観点である。
この三つの観点を統一して用いることで、じゃんけん・鬼ごっこ・かくれんぼという性格の異なる三つの遊びを、単なる紹介の羅列ではなく、比較可能な形で検討することができる。三つの遊びに共通する結論——子ども集団の中で磨かれ、地域ごとに変異しながら受け継がれてきたという理解——は、第10節であらためて示す。
2.5 本稿が踏み込まない論点
なお、本稿は遊びの発達心理学的な効果や、遊びと学力・体力との関係については扱わない。これらはすでに発達心理学や教育学の観点から検討されており、本稿の遊戯史・民俗学という立場とは異なる関心に基づく問いである。本稿の関心はあくまで、遊びの規則がどのような型をもち、どのように伝わってきたかという、構造と伝承の側面に限られる。
| 遊び | 規則の軸 | 交代・決定の方法 | 伝承の最小単位 |
|---|---|---|---|
| じゃんけん | 三すくみによる勝敗 | 手の形を同時に出す | 掛け声と手の形 |
| 鬼ごっこ | 追う者と追われる者の交替 | 触れる・捕まえることで役割が移る | 鬼の呼び方と交替の合図 |
| かくれんぼ | 隠れる・探す・見つかるという時間の区切り | 鬼が数を数える間に隠れる | 数え歌と見つけたときの決まり文句 |
3. じゃんけんの構造——三すくみという公平な決定装置
じゃんけんは、鬼ごっこやかくれんぼのように場所や道具を必要とせず、手ひとつで完結する遊びである。そのため、他の二つの遊びの中に組み込まれ、誰が鬼になるかを決めたり、順番を決めたりする補助的な装置としても使われる。本節では、じゃんけんという遊びそのものの構造と、その成立の経緯を検討する。
3.1 虫拳から石拳へ——じゃんけんの伝来と成立
じゃんけんの起源については、中国から伝わった拳遊びに遡るとする説が広く紹介されている。虫拳と呼ばれる拳遊びは、指の形で蛙・蛇・なめくじを示し、蛇は蛙に勝ち、蛙はなめくじに勝ち、なめくじは蛇に勝つという三すくみの関係で勝敗を競うものであったとされる。この拳遊びは近世の日本に伝わり、江戸後期には藤八拳など、薬売りの口上や仕草を取り入れた三すくみ拳が広まったとされる。現在のような石・鋏・紙によるじゃんけんが子どもの遊びとして全国に定着したのは、近代以降のことと考えられている。
| 時期の目安 | 呼び方 | 特徴 |
|---|---|---|
| 近世以前 | 虫拳 | 中国から伝わったとされる、指で虫の種類を示し三すくみを競う拳遊び |
| 江戸後期 | 藤八拳などの三すくみ拳 | 薬売りの口上を借りた仕草で勝敗を競う遊びが広まったとされる |
| 近代以降 | 石拳・じゃんけん | 石・鋏・紙の三すくみに整理され、子どもの遊びとして定着したとされる |
この経緯からわかるのは、じゃんけんが最初から今のような単純な形をしていたわけではなく、大人の遊びや興行の中で使われていた三すくみの型が、時代を経て子どもの遊びとして整理され、簡略化されてきたという点である。増川宏一のような遊戯史研究は、こうした遊具・遊び方の変化を、その時代の社会や興行文化の反映として読み解こうとする。
3.2 三すくみという規則の型
じゃんけんの規則の核心は、三つの手の形が互いに一つずつに勝ち、一つずつに負けるという三すくみの関係にある。二すくみ、つまりどちらかが一方的に勝つという単純な関係では、力の強い側が固定されて勝ち続けてしまうが、三すくみでは誰も絶対的に有利にならない。この規則の型が、年齢や体格の違う子どもたちのあいだでも通用する、数少ない公平な勝負の形をつくり出している。
この公平さは、鬼ごっこにおける鬼のように、身体の速さや持久力が有利不利を分ける遊びとは対照的である。じゃんけんは、体力や年齢の差をいったん脇に置き、手の形という記号だけで勝敗を決める。年下の子どもが年上の子どもに勝つことも珍しくないという点は、じゃんけんが子ども集団の中で広く受け入れられてきた理由の一つと考えられる。
じゃんけんの三すくみが多くの文化圏で独立に採用されてきたのか、それとも中国由来の型が伝播した結果なのかは、確実な結論が出ているわけではない。世界には石・鋏・紙以外の要素を用いる三すくみ拳も存在するとされ、三すくみという構造そのものが、公平な決定装置として独立に発見されやすい型である可能性も考えられる。
じゃんけんを遊戯論の言葉で位置づけるなら、勝敗を運に委ねる要素と、手の出し方をわずかに読み合う駆け引きの要素を併せもつ遊びだと言える。ただし本稿の関心は、じゃんけんを遊びの抽象的な分類のどこに位置づけるかではなく、じゃんけんという具体的な遊びが、なぜ三すくみという特定の型をとり、なぜ子ども集団の中で決定の手続きとして定着したのか、という歴史的・機能的な問いにある。
3.3 じゃんけんの社会的機能——合意形成の装置
じゃんけんのもう一つの重要な性格は、それが単独の遊びであると同時に、他の場面で使われる決定の手続きでもあるという点である。誰が鬼になるか、誰が先に遊具を使うか、チームをどう分けるか——こうした、大人が介入すれば不満の残りやすい決定を、子どもたちはじゃんけんに委ねることで、権威に頼らずに合意をつくり出す。
この機能は、遊びの規則が独自の秩序をもつという遊び研究の基本的な理解と重なる。じゃんけんは、公園という、大人の監督者が常にいるとは限らない場所で、子どもたちが自分たちだけで物事を決めるための小さな制度として機能してきたと言える。当サイトの今後の踏査では、公園でじゃんけんがどのような場面で使われているかも、観察の対象になりうるだろう。
3.4 じゃんけんと他の二つの遊びとの違い
鬼ごっこやかくれんぼが、開始から終了までにある程度の時間を要する遊びであるのに対し、じゃんけんは一瞬で決着がつく。この違いは、じゃんけんが独立した遊びであると同時に、他の遊びの導入部分として頻繁に組み込まれる理由の一つでもある。鬼ごっこを始める前に鬼を決めるじゃんけん、かくれんぼを始める前に鬼を決めるじゃんけんのように、じゃんけんはしばしば、他の伝承遊びに埋め込まれた形で観察される。
この埋め込まれ方は、じゃんけんという遊びの伝承が、単独では成立しにくいことも示している。じゃんけんの掛け声や手の出し方は、多くの場合、鬼ごっこやかくれんぼを遊ぶ場面の中で、その都度確認され、伝えられていく。じゃんけんの伝承を検討することは、それ単独の遊びとしてだけでなく、他の伝承遊びを支える基盤としての性格を検討することでもある。
4. 鬼という役割——鬼ごっこの起源と地方の変種
鬼ごっこは、追う者と追われる者という単純な役割の交替を軸にした遊びであり、世界中に類似の遊びが見られる。しかし日本の鬼ごっこには、追う側を「鬼」と呼ぶという、他の言語には必ずしも見られない特徴がある。この呼び方には、単なる役の名前を超えた民俗的な背景があると考えられている。本節では、鬼ごっこの起源説と、鬼という役割の意味、そして地方による遊び方の違いを検討する。
4.1 鬼ごっこの起源説
鬼ごっこの起源については、確実な文献による裏づけは限られているが、邪気や災いを祓う神事を子どもが模倣したことに始まるとする説が紹介されている。年の終わりに厄災を追い払う追儺のような神事や、地域の神社仏閣で行われてきた鬼を演じる行事を、子どもが遊びとして真似るうちに、鬼ごっこという形に整えられていったという見方である。この説の当否を本稿で確定することはできないが、遊びが年中行事や信仰の型を映すという柳田國男らの民俗学の基本的な理解とは整合的である。
註:鬼ごっこの起源説は、確実な同時代史料による裏づけが十分でない部分を含む。本稿はこれを歴史的事実として断定するのではなく、遊びの型が信仰や年中行事と結びつきうるという見方を示す一つの説として紹介するにとどめる。
鬼ごっこが庶民の子どもの遊びとして広く定着したのは近世以降とされ、近代に入ってからは学校教育の中でも、体を動かす遊びとして取り入れられていったとされる。こうした経緯は、鬼ごっこが特定の起源から一直線に今の形になったのではなく、信仰・興行・教育といった異なる文脈を通り抜けながら、その都度形を変えてきたことを示している。
4.2 鬼はなぜ鬼なのか——役割の民俗的な重み
柳田國男は、妖怪や鬼として語られる存在の多くを、かつて祀られていた神が信仰を失って零落した姿として説明した。この見方に従うなら、鬼ごっこにおいて一時的に「鬼」の役を引き受けることは、単に追いかける役を演じること以上に、共同体の外側に置かれる存在、あるいは畏れの対象になる存在を、遊びの中で一時的に引き受けるという意味を帯びていたと考えられる。
現代の子どもが鬼ごっこの「鬼」にこうした民俗的な重みを意識しているとは考えにくい。しかし、鬼になった子どもが一時的に集団から離れ、追いつくことで再び集団に戻るという遊びの構造そのものは、外側に置かれた者が再び内側に迎え入れられるという、古い儀礼に通じる型を今も保っている。役割の名前が「鬼」のまま残り続けていること自体が、この遊びの古さを示す手がかりだと言える。
4.3 鬼ごっこの変種と地方名
鬼ごっこには数多くの変種がある。捕まった子どもも鬼に加わっていく増え鬼、氷のように動けなくなる氷鬼、高い場所にいれば捕まらない高鬼、影を踏むことで捕まえたことにする影踏み、二組に分かれて追いかけ合うケイドロ(警察と泥棒)など、呼び名も遊び方も地域や時代によって異なる。これらの変種は、基本の型——追う者と追われる者の交替——を保ちながら、捕まえ方や勝敗の条件だけを変えることで、新しい遊びを生み出す仕組みになっている。
鬼ごっこの遊び方や呼び名の地方差は、かくれんぼほど体系的に記録されているわけではないが、増え鬼・氷鬼・高鬼といった変種の名前自体、地域や世代によって微妙に異なる形で用いられてきたと考えられる。この点でも、鬼ごっこはかくれんぼと同様、単一の起源から均一に広まった遊びではなく、各地でそれぞれに磨かれてきた遊びだと理解するのが妥当だろう。
この仕組みは、伝承遊びが固定した「正しい形」をもたないという、第2節で述べた民俗学の理解を具体的に裏づけるものである。子どもたちは、既存の鬼ごっこに小さな規則を付け加えたり、他の遊びと組み合わせたりしながら、自分たちの遊び場に合わせて遊びをつくり替えている。公園という場所の広さや遊具の配置も、どの変種が選ばれるかに影響していると考えられ、この点は当サイトの今後の踏査で確かめるべき論点の一つである。
4.4 鬼ごっこと動きの制約
鬼ごっこは広い空間を必要とする遊びであり、公園の広場や芝生、遊具のない空間が主な舞台になる。狭い公園や遊具の配置が密な公園では、鬼ごっこの遊び方そのものが、その空間に合わせて調整されると考えられる。走り回れる範囲が限られる場所では、氷鬼のように動きを止める規則をもつ変種や、影踏みのように接触を伴わない変種が選ばれやすいのではないかという見通しも立てられるが、これは踏査によって確かめるべき仮説にとどまる。
公園の設計者が鬼ごっこを想定して空間を設けているとは限らない。芝生広場や多目的広場といった、特定の遊具を置かない空間は、鬼ごっこを含む多様な遊びに開かれた余白として機能していると考えられ、遊具の充実度だけでなく、こうした余白の有無も、伝承遊びの観点からは注目に値する。
5. かくれんぼの伝播——方言辞典に刻まれた遊びの名
かくれんぼは、隠れる・探す・見つかるという時間の区切りを軸にした遊びである。鬼ごっこが空間の中を追いかけ合う遊びであるのに対し、かくれんぼは一定時間、姿を消すという要素を含む点で性格が異なる。本節では、かくれんぼの伝播の経緯と、それが地域ごとに異なる名前で呼ばれてきたことの意味を検討する。
5.1 かくれんぼの成立と伝播
かくれんぼに類する遊びは、中国の宮廷などで行われていた遊戯に遡るとする説が紹介されており、日本には古い時代に伝わったと考えられている。今日のような、子どもが日常的に遊ぶかくれんぼとして広まったのは近世、とりわけ江戸時代とされる。「かくれんぼ」という呼び方自体も、「かくれ子」という語から転じたものと考えられており、遊びの名前自体が、隠れる主体を子どもに見立てた表現になっている。
5.2 全国方言辞典に記録された遊びの名
江戸中期の俳人・方言研究家である越谷吾山は、『物類称呼』(1775)という日本で最初期の全国方言辞典を編み、日本各地の方言語彙を集めた。この書には、かくれんぼに類する遊びの地方での呼び名も記録されており、同じ遊びが土地によって異なる名前で呼ばれていたことが、江戸時代の時点ですでに書き留められていたことがわかる。
こうした方言辞典の記録が示すのは、伝承遊びの伝わり方が、全国一律の経路によるものではなく、それぞれの土地の生活圏の中で、独自に少しずつ形を変えながら広まっていったということである。同じ「かくれる」という行為を核にしながら、呼び名も、鬼の決め方も、見つかったときの決まり文句も、土地ごとに異なる姿をとってきた。明治以降、学校教育や出版物を通じて言葉が全国的に均されていく以前は、こうした地域差がむしろ当たり前であった。
5.3 唱え言葉とルールの伝承単位
かくれんぼには、鬼が目を閉じて数を数える際の数え歌や、隠れている子どもを見つけたときの決まり文句がしばしば伴う。これらの唱え言葉は、遊びの規則そのものと分かちがたく結びついており、規則だけを切り離して伝えることはできない。ある土地のかくれんぼを別の土地に持ち込もうとすれば、規則だけでなく、掛け声や唱え言葉ごと持ち込む必要がある。
かくれんぼにおいて鬼が目を閉じて数える数の大きさや、隠れてよい範囲の広さも、地域や集団によって異なる規則の一つである。これらの規則は、公園の広さや隠れる場所の多さに応じて、その場で調整されることも多く、固定した基準があるわけではない。規則の細部が現場で調整されるという性格は、伝承遊びが「その場で生きている」規則であることを示している。
この点は、伝承遊びの伝わる最小単位が、規則の説明文のような抽象的なものではなく、遊びの場で実際に発せられる言葉と身振りの束であることを示している。オーピー夫妻が子どもの言葉をそのまま書き取るという方法をとったのも、この最小単位を損なわずに記録するためであったと理解できる。公園でかくれんぼが行われるとき、そこで交わされる掛け声や決まり文句を聞き取ることは、遊具の観察だけでは得られない情報を含んでいる。
かくれんぼで鬼が数を数える際の数え方にも、方言による違いがあったことが指摘されている。数え歌や数詞の言い回しは、遊びの規則そのものではないが、遊びの体験を彩る要素として、規則と同じように地域ごとの色を伴って伝わってきた。こうした細部の違いは、遊びを大掛かりな制度として捉えるだけでは見えてこず、実際に遊ぶ場に居合わせて初めて気づかれる性質のものである。
磐田市周辺でも、かくれんぼや鬼ごっこの呼び名や掛け声に、気づかれないままの地域差が残っている可能性がある。当サイトはこれまで、園名や設備といった目に見える情報を中心に扱ってきたが、伝承遊びの掛け声のような、耳で聞かなければわからない情報は、今後の踏査と聞き取りを通じて初めて明らかになる部類のものである。
5.4 かくれんぼと公園の地形
かくれんぼが成立するには、隠れる場所がなければならない。樹木、植え込み、東屋、遊具の陰といった、視線をさえぎる要素のある公園は、かくれんぼの舞台になりやすいと考えられる。逆に、見通しのよい広場だけで構成された公園では、かくれんぼよりも鬼ごっこのような、視線が通ることを前提にした遊びが選ばれやすいのではないかという見通しが立てられる。
ただし、見通しのよさは、防犯上の観点からは公園の望ましい性質としてしばしば評価される。かくれんぼが成立しやすい空間と、見通しのよさが求められる空間は、方向性としてぶつかりうる。この緊張関係をどう捉えるかは本稿の範囲を超えるが、伝承遊びの舞台という観点から公園を見直すと、これまでとは異なる論点が浮かび上がることを付け加えておきたい。
6. 継承の担い手——年長の子どもと異年齢集団
第2節で見たオーピー夫妻の発見の核心は、伝承遊びの多くが、大人ではなく、少し年上の子どもから少し年下の子どもへと受け継がれているという点にあった。本節では、この「年長の子どもが担い手である」という仕組みを掘り下げ、それを支えてきた条件と、現代においてその条件が揺らいでいる可能性を検討する。
6.1 年長者が教え、年少者が真似る
伝承遊びの規則は、多くの場合、言葉による説明ではなく、実際に遊んでいる様子を年下の子どもが観察し、真似ることで伝わる。年上の子どもは、規則を厳密に言語化できなくても、遊びながら手本を示すことができる。年下の子どもは、初めのうちは簡略化された役割——例えば鬼ごっこで捕まりやすい位置に留まる、かくれんぼで簡単な場所に隠れる——を担いながら、遊びの中に徐々に組み込まれていく。
この過程には、年上の子どもが年下の子どもに手加減をする、規則を口頭で補足するといった、教育的とも言える配慮がしばしば伴う。ただし、これは大人が行う体系だった教育とは異なり、遊びの流れの中で自然に生じる、その場限りの調整である。伝承の担い手が子ども自身であることは、伝えられる内容が絶えず更新され、変異していくことの理由でもある。
6.2 異年齢集団という条件
この伝承の仕組みが働くためには、異なる年齢の子どもが同じ場所と時間を共有していることが前提になる。かつての「子ども組」のような、地域の子どもが年齢を超えてまとまる仕組みや、近所の空き地や路地で自然に生まれる異年齢の遊び集団は、この前提を満たす場であった。公園もまた、制度として異なる年齢の子どもが居合わせることを妨げない、数少ない場所の一つである。
一方、学校の学級やクラブ活動、多くの習い事は、同じ年齢の子どもを一つの単位にまとめる仕組みであり、そこでは年齢を超えた伝承の回路は働きにくい。少子化によってきょうだいの数が減っていることも、家庭内での年上から年下への伝承の機会を減らす方向に働くと考えられる。
近所に同年代だけでなく異なる年齢の子どもが実際にどれだけ住んでいるかは、地域の人口構成にも左右される。子どもの数自体が減少している地域では、たとえ公園という場があっても、そこに居合わせる子どもの絶対数が少なく、異年齢の組み合わせが生まれる確率も下がると考えられる。この点は、伝承の回路の弱まりを、公園という場の問題だけに帰することの限界を示している。
家庭の中では、きょうだいが年上から年下への伝承の最小の単位として機能してきたと考えられる。年上のきょうだいが近所の遊びを覚えてくれば、それは年下のきょうだいにも自然に伝わる。少子化によってきょうだいの数が減ることは、この家庭内の伝承経路を細らせ、公園のような地域の場における伝承への依存度を相対的に高める方向に働くと考えられる。
6.3 伝承経路の弱まりとその意味
藤田省三は「或る喪失の経験——隠れん坊の精神史」(1981)で、かくれんぼという遊びが子どもの経験から失われつつあることを、隠れる・探す・見つかるという経験そのものの喪失として論じた。この論考は特定の統計を示すものではないが、伝承の回路が弱まりうるという可能性への感度を、私たちに与えてくれる。
ここで注意すべきは、伝承経路が弱まっているとしても、それは特定の誰かの怠慢の結果ではなく、異年齢の子どもが同じ場所に居合わせる機会そのものが、社会の仕組みの変化によって構造的に減っているという点である。公園は、こうした構造の中でなお残された、異年齢が偶然に居合わせうる場所であり、その意味で、伝承の回路が再びつながる可能性をもつ場所でもある。
6.4 大人が担う別の伝承——親から子へ
本節ではここまで、伝承遊びが子どもから子どもへ伝わるという回路を中心に述べてきたが、保護者や祖父母が子どもに鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんを教える場面も、実際には少なくないと考えられる。祖父母が自分の子ども時代に遊んだかくれんぼやじゃんけんの掛け声を孫に伝えることは、世代を大きく飛び越えた伝承の一形態であり、オーピー夫妻が観察した子ども同士の回路とは異なる経路である。
この大人を介した伝承は、子ども同士の伝承が弱まった場合の補完的な経路として機能しうる。ただし、大人が伝える遊び方は、大人自身の子ども時代の記憶に基づくものであり、必ずしも現在の子ども集団の中で共有されている形と一致するとは限らない。世代を飛び越えた伝承と、同世代内での伝承が、実際の公園でどのように混ざり合っているかも、今後の踏査で観察しうる論点である。
7. 遊びを記録するということ——採集の方法とその限界
ここまで、伝承遊びの構造と伝承の仕組みを、先行研究の記録に基づいて論じてきた。本節では視点を変え、そもそも遊びを記録するという行為自体がどのような性格をもち、どのような限界を抱えているのかを検討する。この検討は、当サイトが今後行う踏査のあり方を考えるうえでも意味をもつ。
7.1 記録するという行為が遊びを変える
遊びを観察し、記録するという行為は、対象である遊びに影響を与えずにはいられない。大人が観察していることに気づいた子どもは、いつもより規則を厳密に守ったり、逆にふざけた振る舞いを増やしたりすることがある。オーピー夫妻が子どもへの聞き取りという方法を選んだのは、遊んでいる最中の観察だけでは得られない情報を、事後の言葉によって補うためでもあった。
一方で、聞き取りにも限界がある。子どもは、自分たちの遊びの規則を、大人にわかりやすく説明し直す過程で、実際にはもっと曖昧で流動的な規則を、整った形に単純化してしまうことがある。記録された規則は、遊びの実態そのものではなく、記録という行為を通り抜けた後の姿だという点を、読み手は踏まえておく必要がある。
7.2 「正しい遊び方」は存在するか
伝承遊びを紹介する書籍や教材には、しばしば「正しい遊び方」が示される。しかし第4節・第5節で見たように、鬼ごっこにもかくれんぼにも数多くの変種があり、どれか一つを「正しい」形とみなすことは、民俗学的な事実とは合わない。むしろ、地域ごと・集団ごとに異なる形をとることこそが、伝承遊びの本来のあり方である。
この理解に立てば、遊びを記録する作業は、唯一の正しい規則を定めるためではなく、その時、その場所で行われていた遊びの姿を、変種の一つとして書き留めるための作業だということになる。当サイトが今後行う公園の踏査においても、目にした遊びを「これが正しい鬼ごっこだ」と一般化するのではなく、その公園、その日に見られた一つの姿として記録することが、民俗学的な誠実さに沿った態度だと考えられる。
7.3 観察の対象としての子どもへの配慮
遊んでいる子どもを対象とする観察には、方法上の配慮に加えて、倫理的な配慮も必要である。誰を、どのように観察し、記録するかについては、保護者や関係機関の理解を得ながら慎重に進める必要があり、判断に迷う場合には、教育や福祉の専門機関に相談することが望ましい。本稿はあくまで文献に基づく概念の整理にとどまり、実際の観察の実施計画は別途検討されるべき事柄である。
記録の限界について、もう一点付け加えておきたい。文献に残された記録は、その時代・その土地で書き留められた誰かの記録であり、書き留められなかった多くの遊び方は、そもそも歴史の中に残らない。本稿が参照する先行研究も、この意味で、実際に存在した伝承遊びの一部を切り取ったものにすぎないことを、読み手は念頭に置く必要がある。
註:遊んでいる子どもの様子を記録・紹介する際には、本人および保護者の同意と、個人が特定されない配慮が欠かせない。当サイトが将来、公園での遊びの様子を紹介する場合も、この配慮を踏まえて判断する。
この限界を踏まえたうえでなお、遊びを記録することには意味がある。記録がなければ、伝承遊びは、それが失われた後になって初めてその存在に気づかれる。オーピー夫妻や柳田國男の仕事が今日なお参照され続けているのは、彼らが記録した時代の子どもの遊びの姿を、他に知る手立てがほとんど残されていないからでもある。
7.4 当サイトの記録方針
当サイトが今後、公園ごとの踏査記録に伝承遊びの観察を加える場合、本節で述べた限界を踏まえた方針をとる必要がある。第一に、観察した遊びを「その公園で見られた一つの姿」として記録し、他の公園にも当てはまる一般的な傾向であるかのように書かないこと。第二に、掛け声や決まり文句を記録する場合には、正確さを期しつつも、聞き取った内容が唯一の正しい形ではないことを明記することである。
第三に、子どもを対象とする観察である以上、個人が特定されない形での記録にとどめ、判断に迷う場合には無理に記録を進めないことである。これらの方針は、本稿が第2節で整理した、伝承遊びを「一つの正しい形」に還元しない民俗学の姿勢を、当サイトの実務に落とし込んだものである。
8. 伝承遊びを「保存」することの是非
伝承の経路が弱まりうるという第6節の議論を踏まえると、伝承遊びを大人の手で意図的に保存し、次の世代に教えるべきだという主張が出てくるのは自然なことである。実際、保育や教育の現場では、鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんが遊びの教材として取り上げられることがある。本節では、この「保存」という考え方の是非を検討する。
8.1 無形の民俗を保存するという制度
日本の文化財保護法には、有形の文化財だけでなく、年中行事や生活に伴う無形の民俗を、記録や保存の対象とする仕組みが設けられている。この仕組みは主に、祭礼や芸能、生業に関わる伝統的な習わしを対象としてきたものであり、鬼ごっこやかくれんぼのような日常の子どもの遊びを直接の対象とすることは一般的ではない。しかし、無形の習わしを記録し、後の世代に伝えようとする発想そのものは、伝承遊びについて考えるうえでも参考になる。
8.2 教えられた伝承は伝承か——一つの逆説
ここで一つの逆説に突き当たる。第6節で確認したように、伝承遊びの本来の伝わり方は、大人が教えるものではなく、年上の子どもから年下の子どもへ、遊びの流れの中で自然に受け継がれるものであった。もし大人が意図的に鬼ごっこやかくれんぼを教材として教えるなら、その遊びは、オーピー夫妻の言う意味での「子どもから子どもへの伝承」ではなくなり、大人から子どもへの教育の一形態に変わってしまうのではないか、という疑問が生じる。
この疑問に対しては、二つの見方がありうる。一つは、遊び方の型を大人が示すことと、その後の遊びの展開を子どもたちに委ねることは区別できるという見方である。最初のきっかけを大人が与えたとしても、その後、子どもたちが自分たちで規則を変え、地域や集団に合わせてつくり替えていくなら、そこには変異と伝承の余地が残る。もう一つは、大人が「正しい遊び方」として教材化した瞬間に、変異を許さない固定した形になりやすく、伝承遊びの本来の性格が失われるという、より慎重な見方である。
本稿はこの対立に最終的な答えを出す立場にはない。ただし、いずれの見方をとるとしても、伝承遊びを保存しようとする試みが、遊びの規則を一つの「正しい形」に固定してしまう危険と隣り合わせであることには注意が必要だろう。伝承遊びを守るということは、特定の規則を守ることではなく、子どもたちが自分たちで遊びをつくり替えていく自由そのものを守ることだ、という理解も成り立つ。
海外にも、伝統的な遊びや祭礼を記録し、次世代に伝えようとする同様の取り組みがあることが知られている。共通するのは、記録と継承を切り離して考える視点であり、記録された情報を博物館や資料として保存することと、遊びそのものが人から人へ生きた形で伝わり続けることは、必ずしも同じではないという理解である。
註:本稿における「保存」は、遊びを展示のように固定して残すことではなく、次の世代がその遊びを実際に遊び続けられる状態を保つことを指して用いている。この語の使い方自体にも、論者によって幅があることに留意されたい。
8.3 公園という場がもつ役割
このように考えると、公園という場所そのものが、伝承遊びの「保存」に対してもつ意味が見えてくる。公園は、特定の遊び方を教え込む教室ではなく、異なる年齢の子どもが偶然に居合わせ、遊びが自然に受け渡される可能性をもつ、数少ない場所である。伝承遊びを保存するための最も確実な方法は、特別な教材を用意することよりも、異年齢の子どもが安心して居合わせられる場所と時間を確保することにあるのかもしれない。
8.4 磐田市の子育て世代にとっての含意
この保存をめぐる逆説は、実際に子どもを公園に連れて行く保護者にとっても無縁ではない。鬼ごっこやかくれんぼの遊び方を子どもに教えたいと考える保護者は少なくないだろうが、本節の議論に従うなら、規則を一から十まで教え込むことよりも、異なる年齢の子どもが居合わせる時間に子どもを連れ出し、あとは子ども同士のやりとりに委ねることのほうが、伝承遊びの本来のあり方に近いと言える。
もちろん、これは保護者の関わりを不要とする主張ではない。安全の確保や、初めて公園に来た子どもへの声かけといった役割は、引き続き保護者が担う部分である。ここで強調したいのは、遊びの規則そのものを大人が細部まで管理しようとすることと、遊びが起こる場と機会を大人が用意することとは、別の役割だという点である。
9. 磐田市の公園への示唆
ここまでの検討を、磐田市の公園に即して具体化する。当サイトが収録する磐田市内の都市公園100園は、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」と市施設ガイドに基づく情報であり、伝承遊びの実際の観察は、今後の現地踏査によって初めて可能になる。本節で述べることは、踏査に先立つ見通しにとどまる。
9.1 街区公園という単位——閉じた伝承の回路
磐田市内の都市公園100園のうち、街区公園は51園ともっとも多い。街区公園は、都市公園法施行令の定める国の目安で誘致距離250メートル、面積の目安0.25ヘクタールとされる小さな公園であり、利用者は主に徒歩圏の近所の子どもに限られる。第5節で述べた、伝承の回路が生活圏の中で閉じているという指摘は、街区公園という単位にそのまま当てはまる。街区公園では、同じ回路——同じ地域の子ども集団——の中で遊びが伝わりやすく、掛け声や規則の細部が、その地域独自の色を帯びやすいと考えられる。
一方、近隣公園(14園)や地区公園(4園)、総合公園(3園)のように、より広い誘致範囲をもつ公園では、異なる街区公園の生活圏から子どもが集まる。安久路公園(御厨・地区公園・面積32,001平方メートル)や兎山公園(御厨・地区公園・面積56,193平方メートル)のような比較的大きな公園は、第5節で述べた、異なる回路が出会い、掛け声や規則の食い違いを調整し合う場になっている可能性がある。この点は、当サイトの今後の踏査で確かめるべき論点の一つである。
9.2 遊具のない遊びと、遊具の記録
磐田市オープンデータの集計では、市内の都市公園100園のうち、遊具が「有」と記録されているのは64園、砂場が「有」と記録されているのは43園である。鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんは、遊具の有無にかかわらず行うことができる遊びであり、遊具のない公園や小さな都市緑地であっても、伝承遊びの舞台になりうる。当サイトがこれまで収録してきた情報は、遊具や砂場、トイレの有無といった、見える設備を中心にしたものであり、伝承遊びのような、設備を伴わない遊びの実態は、この情報だけでは捉えられない。
例えば只来下公園(見付・街区公園・面積458平方メートル)やめがねばし公園(見付・街区公園・面積690平方メートル)、西貝塚公園(御厨・街区公園・面積796平方メートル)のような小規模な街区公園は、市施設ガイドの記載ではブランコや滑り台といった基本的な遊具を備えるにとどまるが、その簡素さゆえに、遊具を使わない鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんが遊びの中心になりやすい場所だと推測される。この推測もまた、当サイトの今後の踏査で確かめるべき事柄である。
9.3 地区ごとの回路の数——9地区の公園分布
| 地区 | 公園数 |
|---|---|
| 見付 | 21園 |
| 中泉 | 14園 |
| 御厨 | 13園 |
| 豊田 | 28園 |
| 南部 | 2園 |
| 向陽 | 2園 |
| 竜洋 | 13園 |
| 福田 | 4園 |
| 豊岡 | 3園 |
磐田市内の9地区の公園数には大きな差があり、もっとも多い豊田地区の28園から、もっとも少ない南部・向陽地区の2園まで幅がある。地区ごとの公園数の違いは、地区ごとに伝承の回路がどれだけ多くの場所をもつかという違いでもあり、公園数の少ない地区では、数少ない公園が果たす役割がより大きくなると考えられる。この点も、今後の踏査を通じて具体的に確かめるべき課題である。
9.4 見守りと異年齢——踏査で確かめること
第6節で述べた異年齢の子どもの居合わせという条件は、公園ごとの利用の実態を踏査しなければ確認できない。当サイトが今後の踏査で観察しうる論点としては、同じ時間帯に異なる年齢の子どもが居合わせているか、鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんがどのような場面で行われているか、そこで使われる掛け声や決まり文句に地域差が感じられるか、といった点が考えられる。磐田市 都市整備課(電話 0538-37-4806)が所管する公園の維持管理の情報と合わせて、こうした遊びの実態を今後記録していくことが、当サイトの課題の一つである。
9.5 遊具のある公園と伝承遊びの共存
磐田市オープンデータでは、トイレが「有」と記録されている公園は69園、車いす対応トイレが「有」と記録されている公園は34園である。これらの設備は、伝承遊びそのものとは直接関わらないが、乳幼児のきょうだいを連れた家族や、高齢の祖父母が長時間滞在できるかどうかに関わり、間接的に異年齢の子どもが居合わせる時間の長さに影響しうる。設備の充実は、伝承の回路を支える環境条件の一つとして位置づけられる。
駐車場が「有り」等と記録されている公園は33園にとどまる。自動車での来園が前提となりにくい公園では、利用者はより徒歩圏の近所の家庭に限られると考えられ、これは9.1で述べた、街区公園における閉じた伝承の回路という見通しとも重なる。逆に駐車場を備えた公園では、遠方からの来園によって、異なる回路の子どもが出会う機会が増えると考えられる。竜洋海洋公園(竜洋・総合公園・面積221,722平方メートル)のように、市内でもっとも広い公園は、体育施設やプールなど、街区公園とはまったく異なる性格の場所であり、そこに集まる子どもの範囲も地域を越えて広がると考えられる。
9.6 公園以外の場所との関係
伝承遊びが行われる場所は公園に限らない。通学路の途中や、学校の休み時間、児童館なども、鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんが行われる場である。磐田市の公園100園は、こうした複数の場所のうちの一つであり、公園だけを観察しても、伝承遊びの全体像を捉えることはできない。それでも、公園は、多くの場合、通りすがりの場ではなく、遊ぶことを目的として子どもが集まる場所であるという点で、観察の拠点として一定の意味をもつと考えられる。
当サイトは公園の紹介を主な役割としており、通学路や児童館まで踏査の対象を広げることは、現時点での役割を超える。ただし、公園での観察を通じて得られる知見が、通学路や児童館といった他の場所での伝承遊びを考える手がかりになることは十分に考えられる。
10. 結論と今後の課題
本稿は、鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんという三つの伝承遊びを、遊戯史・民俗学の視点から個別に検討してきた。じゃんけんは三すくみという規則によって体力や年齢の差を超えた公平な決定を可能にする装置であり、鬼ごっこは追う者と追われる者の交替を軸に、鬼という役割に古い民俗的な畏れの型を残す遊びであり、かくれんぼは隠れる・探す・見つかるという時間の区切りを軸に、地域ごとの呼び名と唱え言葉の多様性を今に伝える遊びである。
これら三つの遊びに共通するのは、規則が大人によって設計されたものではなく、子どもたちの間で長い時間をかけて磨かれ、地域ごとに変異しながら受け継がれてきたという点である。その伝承を担ってきたのは年長の子どもであり、伝承が働くための条件は、異なる年齢の子どもが同じ場所と時間を共有することであった。この条件が、学級やクラブ活動の同年齢化、少子化といった社会の変化の中で弱まりうることを、本稿は第6節で確認した。
第8節で検討したように、伝承遊びを大人の手で意図的に保存しようとする試みには、遊びの規則を一つの正しい形に固定してしまう逆説が伴う。伝承遊びを守るということの本質は、特定の規則そのものを守ることよりも、子どもたちが自分たちで遊びをつくり替えていく自由と、それが働くための異年齢の出会いの場を守ることにあると本稿は考える。公園は、そうした出会いの場として、制度的に開かれた数少ない場所の一つである。
磐田市の公園については、街区公園という小さな単位が閉じた伝承の回路として機能している可能性、遊具のない小規模な公園が伝承遊びの舞台になりやすい可能性を、第9節で見通しとして示した。ただし、これらはいずれも文献に基づく推測であり、当サイトの現地踏査を経て初めて確かめられる事柄である。
本稿の冒頭で述べたように、鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんは、特別な遊具を必要としない遊びである。だからこそ、それらは公園の設備の変化や整備の水準に左右されにくく、どのような公園であっても、子どもが集まれば起こりうる遊びであり続けてきた。この事実は、公園を遊具の充実度だけで評価することの限界を示すものでもあり、当サイトが今後、遊具以外の観点からも公園を捉えていくことの必要性を裏づけている。
本稿で示した見通しは、いずれも文献に基づく仮説であり、実証ではない。特に第9節で述べた、街区公園が閉じた伝承の回路として機能するという見通しや、遊具のない小規模な公園が伝承遊びの舞台になりやすいという見通しは、実際に公園を訪れ、子どもたちの様子を観察して初めて検証できるものである。当サイトはこれまで、園名・種別・面積・設備といった、オープンデータと市施設ガイドから得られる情報を中心に扱ってきたが、伝承遊びのような、その場に居合わせなければわからない情報を今後どう扱っていくかは、サイト全体にとっての課題でもある。
鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんという、どこにでもある三つの遊びを起点に、本稿は伝承・変異・採集・童戯という四つの概念を通じて、公園という場所の別の顔を描こうとしてきた。遊具の有無や面積の大小では測れない、子どもたちが自分たちの手で受け継ぎ、つくり替えていく遊びの厚みに目を向けることが、磐田市の公園を含む身近な公園を理解するうえで、一つの視点を加えることになれば幸いである。
今後の課題は三つある。第一に、実際の踏査を通じて、公園ごとに鬼ごっこ・かくれんぼ・じゃんけんの遊ばれ方にどのような違いがあるかを記録すること。第二に、掛け声や決まり文句といった、目に見えない情報を、適切な配慮のもとで聞き取ること。第三に、伝承遊びが弱まっているという見立ての当否そのものを、磐田市に限らずより広い範囲の観察を通じて検証していくことである。これらは、本稿が示した見通しを、実際の公園の姿と照らし合わせて確かめていく作業であり、当サイトの今後の踏査に委ねられている。
参考文献
- アイオナ・オーピー、ピーター・オーピー(1959)『The Lore and Language of Schoolchildren』(Oxford University Press)
- アイオナ・オーピー、ピーター・オーピー(1969)『Children's Games in Street and Playground』(Oxford University Press)
- 柳田國男(1942)『こども風土記』(朝日新聞社。のち角川ソフィア文庫『こども風土記・母の手毬歌』所収)
- 柳田國男(1934)『一目小僧その他』(小山書店。のち角川ソフィア文庫)
- 加古里子(2006〜2008)『伝承遊び考』全4巻(小峰書店)
- 増川宏一(2012)『日本遊戯史——古代から現代までの遊びと社会』(平凡社)
- 稲葉茂勝(2015)『じゃんけん学——起源から勝ち方・世界のじゃんけんまで』(今人舎)
- 越谷吾山(1775)『物類称呼』(東条操校訂、岩波文庫、1941)
- 藤田省三(1981)「或る喪失の経験——隠れん坊の精神史」『精神史的考察』所収(平凡社、1982)
- 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。