生命・健康・心理・教育言語発達
外で交わす言葉——共同注意・語彙獲得・統語・語用論から見る公園の言語発達
要旨
本稿の目的は、言語発達の基礎的な知見——前言語期の指さしと共同注意、語彙の獲得と語彙爆発、統語の獲得、語用論的発達、そして大人の応答性が発達を支えるという知見——を整理し、屋外という環境が言語のやりとりに与える条件を論じることである。手がかりとするのは、共同注意と身振りの発達を論じたトレヴァーセンとベイツの研究、統語の獲得を体系化したブラウンとチョムスキー、使用基盤アプローチを唱えたトマセロ、発語内行為の理論を築いたオースティン、大人の話しかけの特徴を明らかにしたスノーとファーナルドである。
方法は文献整理と概念分析である。第3節では前言語期の指さしと共同注意を、公園という指示対象に富む環境に照らして論じる。第4節では語彙の獲得を、屋外の名づけの機会という観点から検討する。第5節では統語の獲得を、大人が子どもの動きに合わせて言葉を添える「実況」という行為に結びつけて論じる。第6節では語用論的発達を、他の子どもとの順番や交渉という、公園で生じやすい場面に照らして検討する。第7節では大人の応答性をめぐる知見を整理しつつ、その一般化に対する慎重さと、発達の個人差の大きさを論じる。
結論として、公園は指し示せる対象の多さ、動きに合わせた実況が生じやすいこと、他児との交渉が必要になることという三つの条件によって、言語発達のいくつもの側面を同時に支えうる環境であるが、その効果は環境の条件だけで決まるものではなく、個々の子どもの歩みには大きな幅があり、気になることの判断は乳幼児健診や専門機関に委ねるべきであると本稿は主張する。最後に、磐田市の公園100園について、市の施設ガイドに記載された遊具・広場・自然観察のための園の分布から、指示対象の多様性や仲間との交渉の機会という観点で見通しを示し、当サイトの今後の踏査で確かめるべき観察課題を挙げる。
キーワード共同注意語彙獲得統語の獲得語用論的発達応答性磐田市
1. はじめに——問題の所在
ベンチのそばで生後半年ほどの赤ちゃんが「あーうー」と声を出し、抱いている大人がその声に「風が気持ちいいね」と応じている。少し先では二歳ほどの子どもが飛んでいくハトを指さして「あっ、あっ」と声を上げ、隣を歩く祖父母が「ハトさんだね、飛んでいったね」と言葉を添えている。滑り台のそばでは五歳ほどの子どもたちが「じゅんばん」「まだだよ」「かして」と声を掛け合いながら列を作っている。
同じ午後の公園に居合わせたこの三つの場面は、言語発達の観点から見ると、まったく異なる段階の営みである。喃語は言葉以前の音の探索であり、指さしと名づけへの応答は共同注意という土台の上に語彙が積まれていく瞬間であり、順番をめぐる掛け合いは語を使って要求し交渉するという語用論の働きである。言語発達は、この違いを言葉にし、子どもがどのようにして音から語へ、語から文へ、文から会話へと歩みを進めるのかを見通すための学問である。公園を訪れる家族にとって、こうした場面はごくありふれた日常の一コマにすぎないが、それぞれの場面の背後には、数十年にわたる言語発達研究が積み重ねてきた知見が重なっている。
本稿が手がかりとするのは、言語発達研究の中心をなす複数の理論群である。第一に、乳児と養育者の間に早期から成り立つやりとりを論じたイギリスの発達心理学者コルウィン・トレヴァーセンの相互主体性の議論と、指さしという身振りの発達的な意味を論じたアメリカの発達心理学者エリザベス・ベイツらの研究である。第二に、語彙の獲得過程を論じたスーザン・ケアリーらのファスト・マッピングの知見と、統語の獲得段階を体系的に記述したロジャー・ブラウンの研究、そして生得的な言語獲得装置を仮定したノーム・チョムスキーの立場と、使用の経験から文法が構成されるとみるマイケル・トマセロの使用基盤アプローチである。
第三に、発語内行為の理論を築いたイギリスの哲学者ジョン・L・オースティンの言語行為論と、それを子どもの発話に応用したジェローム・ブルーナーの議論、さらに大人の話しかけの特徴を明らかにしたキャサリン・スノーとアン・ファーナルドの研究である。これらはいずれも公園を主題にした研究ではない。しかし公園は、乳幼児が身振りで大人と対象を共有し、名づけの機会に満ち、仲間との交渉を強いられる場所であり、複数の理論を同時に照らし出せる稀有な現場である。次節以降、これらの理論群を一つずつ整理したうえで、公園という場所に固有の三つの条件——指し示せる対象の多さ、動きに合わせた実況の生じやすさ、他児との交渉の必要性——に照らして順に検討していく。
1.1 問い
本稿の問いは四つある。第一に、前言語期の指さしと共同注意は、公園という場所でどのように生じやすくなるのか。次々に動き、音を立て、注意を引く対象に満ちた屋外の環境は、指さしと名づけの機会をどう増やすのか。第二に、語彙の獲得と統語の芽生えは、屋外の指示対象の多さと、大人が子どもの動きに合わせて言葉を添える「実況」という行為によって、どのように支えられるのか。第三に、語用論的発達——要求し、抗議し、提案し、順番を待つという言葉の使い方——は、同年代や異年齢の子どもとの交渉が必要になる公園の場面で、どのように育まれるのか。第四に、大人の応答性が発達を支えるという知見は、公園でどこまで当てはまり、どこに慎重さが必要なのか。これらは、公園で子どもの育ちを見守る保護者・保育や言語聴覚の専門職・公園を管理する行政の三者に共通する問いである。
1.2 方法と構成
方法は文献整理と概念分析である。本稿は新しい観察データを提示するものではなく、広く知られた言語発達研究の知見を整理し、それを公園という具体的な環境に照らすことで、これから公園で子どもの言葉を見守り、あるいは観察しようとする人のための見方の枠組みを用意することを目指す。言語発達の知見の多くは実験室や家庭での縦断観察によって得られたものであり、公園という開かれた屋外空間、しかも他児が入れ替わり立ち替わり居合わせる場所にそのまま当てはまるかどうかは、慎重に検討する必要がある。本稿はその留保を隠さず、公園に固有の条件——指示対象が絶えず変化すること、大人と子どもの一対一の関係だけでなく複数の子どもが同時に居合わせること、天候や時間帯によって場面が大きく変わることを随所で考慮する。
構成は次のとおりである。第2節で言語発達の主要な概念群を整理する。第3節では前言語期の指さしと共同注意を公園の指示対象の多さに照らして論じ、第4節では語彙の獲得を屋外の名づけの機会という観点から検討する。第5節では統語の獲得を大人の実況という行為に結びつけて論じ、第6節では語用論的発達を仲間との交渉という場面から検討する。第7節では大人の応答性をめぐる知見を整理し、その一般化への慎重さと発達の個人差の大きさを論じる。第8節で磐田市の公園100園への示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題をまとめる。なお本稿が扱う磐田市の事実は、市のオープンデータと市の施設ガイドに記載のあるものに限る。当サイトの現地踏査はこれからであり、公園での言葉のやりとりの実際の観察は今後の課題である。
1.3 なぜ言語発達か
公園の子どもの姿を論じる学問は多い。発達心理学は遊びを通じた認知の育ちを問い、生態心理学は環境が行為をどう誘うかを問う。言語発達研究の固有の関心は、子どもが音から語へ、語から文へ、文から会話へとどのように歩みを進め、その歩みに周囲の環境と人がどう関わりうるかにある。この視点は、保護者が公園で日々抱く具体的な問いに直結する。「うちの子はまだ言葉が少ないが大丈夫か」「指さしにはどう応えたらよいのか」「他の子とうまく言葉でやりとりできていないようだが」——これらはいずれも言語発達の問いである。本稿は、こうした問いに断定的な答えを与えるのではなく、問いを整理し、見守りの手がかりを差し出すことを目指す。言語発達には非常に大きな個人差があり、ことばの育ちが気になることがあれば、乳幼児健診や言語聴覚士・小児科などの専門機関に相談することが前提であることを、あらかじめ断っておく。
註:本稿で述べる月齢・年齢はいずれも研究の中で報告された平均的な目安であり、個々の子どもに当てはまることを保証するものではない。第7節で詳しく論じるように、言語発達の進み方には家庭や環境の違いを超えて大きな個人差があり、年齢だけを基準に判断すべきではない。
2. 先行研究と概念の整理
言語発達研究には、言葉のどの側面に注目するかによっていくつかの整理の仕方がある。よく用いられる枠組みの一つが、言語を「内容(content)」「形式(form)」「使用(use)」の三つの側面に分けて捉える見方である。内容とは語や文が指し示す意味であり、語彙の獲得がその中心を占める。形式とは音韻・語形・統語といった言語の構造であり、文をどう組み立てるかに関わる。使用とは、状況に応じて言葉を適切に用いる働きであり、語用論と呼ばれる領域が扱う。この三つは独立に育つのではなく、互いに支え合いながら発達する。本稿は、この三つの側面に加えて、言葉が生まれる土台である前言語期の共同注意と、発達を支える大人の応答性という二つの観点を合わせた五つの柱で、公園という環境を論じる。
2.1 共同注意と身振りの発達
最初の語が発せられる前、乳児と養育者の間にはすでに豊かなコミュニケーションが成り立っている。イギリスの発達心理学者コルウィン・トレヴァーセンは、生後数か月の乳児が養育者と交わす表情や声の応答を「一次的相互主体性」と呼び、生後半年を過ぎた頃から、乳児と養育者がある対象を一緒に見つめ、そこに第三の要素——玩具や動物や出来事——が加わるやりとりを「二次的相互主体性」と呼んで区別した。この対象を介した三者関係——子ども・大人・対象——が成り立つことを共同注意と呼ぶ。アメリカの発達心理学者エリザベス・ベイツらは、乳児の指さしという身振りに、大人の注意を対象に向けさせる「叙述の指さし」と、大人に対象を取ってもらおうとする「要求の指さし」という異なる働きがあることを示した。指さしは、語がまだ出る前から、子どもが対象について何かを伝えようとする意図的なコミュニケーションの現れである。マイケル・トマセロとマージョリー・ファラーは、生後まもない時期に養育者との共同注意のやりとりが豊かな乳児ほど、その後の語彙の伸びが大きい傾向を示す観察を報告しており、共同注意は語彙獲得の土台として位置づけられている。
2.2 語彙の獲得——ファスト・マッピング
子どもは新しい語に出会ったとき、その意味を一度に完全に理解するのではなく、状況の手がかりからおおよその意味をすばやく推測し、暫定的に語彙に組み込むとされる。この過程はスーザン・ケアリーとエルザ・バートレットの研究にちなんで「ファスト・マッピング」と呼ばれる。語彙は生後1年前後からゆっくり増え始め、多くの子どもである時期に増加のペースが目に見えて速まる現象が報告されており、これは語彙爆発と呼ばれることがある。この時期の子どもはしばしば、覚えた語を本来より広い範囲に当てはめる「過剰拡張」——四本足の動物をすべて「わんわん」と呼ぶような現象——を示すことが知られている。語彙の獲得には、ある対象が繰り返し目の前に現れ、大人がその都度名前を言葉にするという経験の蓄積が関わるとされる。
2.3 統語の獲得——ブラウンとチョムスキー、トマセロ
アメリカの心理言語学者ロジャー・ブラウンは、子どもの発話を発話一つあたりの形態素の平均数、いわゆる平均発話長(MLU)によって段階分けし、語を助詞や活用を省いてつなげる「電文体」の時期から、徐々に文法的な要素が加わっていく過程を体系的に記述した。統語がどのように獲得されるかをめぐっては、大きく二つの立場がある。ノーム・チョムスキーは、人間には生まれつき文法の普遍的な構造を捉える能力——言語獲得装置——が備わっており、限られた言語経験からでも複雑な文法を急速に獲得できるのはそのためだと論じた。
これに対しマイケル・トマセロは、子どもは個別の発話の使用経験を通じて、具体的な語の組み合わせのパターンから徐々に一般的な文法規則を構成していくという使用基盤アプローチを唱えた。両者の対立は現在も研究上の論点であり、本稿はどちらか一方の立場を断定するのではなく、いずれの立場も、子どもが繰り返し豊かな言語経験にさらされることの重要性を認めている点に注目する。ブラウンの段階分けは、語や文法要素が獲得される順序にはある程度の共通性があることも示しており、この順序性は、子どもが言語をでたらめにではなく、一定の道筋をたどりながら組み立てていくことを裏づけるものとして扱われている。生得説と使用基盤説のいずれの立場に立つとしても、子どもが実際に耳にする言葉の量と多様性が無関係でよいと考える論者はほとんどおらず、この点で両者の対立は、公園のような日常の言語環境を論じるうえでの妨げにはならない。
2.4 語用論的発達——発語内行為の理論
イギリスの哲学者ジョン・L・オースティンは、言葉を発することそのものが、単に事実を述べるだけでなく、約束する・命令する・求めるといった行為を成り立たせる働きを持つことを論じ、この働きを「発語内行為」と呼んだ。ジェローム・ブルーナーはこの言語行為論を子どもの発達に応用し、いないいないばあや物の受け渡しといった、大人と子どもの間で繰り返される定型的な遊びの型——フォーマット——が、子どもが言葉を使って要求し、注意を引き、やりとりの順番を交代するという語用論的な力を身につける足場になると論じた。ブルーナーはこの、大人が子どもの言語獲得を支える働きかけの体系を「言語獲得援助システム」と呼んだ。
語彙や文法がどれだけ豊かでも、それを状況に応じて適切に使う力が伴わなければ、コミュニケーションは成り立たない。語用論的発達は、この「使う力」の育ちを指す。定型的な遊びの型は、最初は大人が主導する形で始まるが、子どもが役割を理解するにつれて、子どもの側から遊びを始めたり、型を少しずつ変化させたりするようになる。この主導権の移り変わりそのものが、子どもが言葉を使って相手に働きかける力を獲得していく過程だと考えられている。フォーマットは家庭内の決まった遊びに限られるものではなく、公園で繰り返し交わされる挨拶や別れの言葉、遊具の順番を確認するやりとりのなかにも、同じような定型の構造を見いだすことができる。
2.5 大人の応答性
大人が子どもに向けて話すとき、大人同士の会話とは異なる特徴——ゆっくりとした話速、誇張された抑揚、繰り返しの多さ、単純な文——が自然に現れることが知られており、これは「対乳幼児発話」あるいは俗に「マザリーズ」と呼ばれる。アメリカの言語学者キャサリン・スノーは、こうした話しかけの特徴を体系的に記録し、心理学者アン・ファーナルドは、乳児がこの抑揚の誇張された話しかけをより好んで聞く傾向があることを実験的に示した。加えて、子どもの発する声や視線、指さしに対して大人がすぐに、その内容に応じた形で応答する「随伴的な応答性」が、語彙や会話の発達を支えるという研究群がある。ベティ・ハートとトッド・リズリーは、家庭で子どもに向けられる言葉の量と質に大きな差があり、それが語彙の発達に関わりうることを報告したが、この研究の推計方法や、それを特定の家庭環境の欠如として語る枠組みについては、その後の研究で方法論上の批判も提出されており、単純な量の多寡だけで発達を語ることには慎重さが求められる。応答性の詳しい検討と、その一般化への留保は第7節で改めて論じる。
| 側面 | 定義 | 公園での典型的な現れ | 主な理論・研究者 |
|---|---|---|---|
| 共同注意(土台) | 子ども・大人・対象の三者関係 | 指さしたハトを大人が名づける | トレヴァーセン、ベイツ |
| 内容(語彙) | 語が指し示す意味の獲得 | 花・虫・遊具の名前を覚える | ケアリーとバートレット |
| 形式(統語) | 語を組み合わせて文を作る規則 | 「すべる」から「すべりだいすべる」へ | ブラウン、チョムスキー、トマセロ |
| 使用(語用論) | 状況に応じて言葉で行為を行う力 | 「かして」「じゅんばん」と交渉する | オースティン、ブルーナー |
3. 前言語期の共同注意と指さし——公園という指示対象の宝庫
共同注意が成り立つには、子どもと大人が同じ対象に注意を向けられる状況が必要である。屋内の一室では、注意を向けられる対象はおもちゃや家具など限られた範囲にとどまり、しかもその多くは静止している。これに対し公園は、絶えず動き、音を立て、光を反射し、匂いを放つ対象に満ちている。鳥が飛び立ち、虫が葉の上を這い、他の子どもがブランコを漕ぎ、風が木の葉を揺らし、遠くを車が通り過ぎる。こうした変化の多さは、乳幼児の注意を自然に引きつけやすく、指さしと共同注意が生まれる機会を増やすと考えられる。第2節で述べたベイツらの整理に従えば、公園で乳幼児が示す指さしの多くは、対象を大人に伝えようとする「叙述の指さし」であり、ハトを指して大人の顔を見て、また指した先を見るという視線の往復——参照的な見比べ——を伴う。この視線の往復が成立していること自体が、子どもがその対象について何かを共有したいという意図を持っていることの現れである。
3.1 屋外の指示対象の多様性
共同注意の対象となりうるものの種類の多さは、公園という環境の際立った特徴である。第4節で詳しく述べるように、これは語彙獲得の幅広さにも直結する。屋内では毎日ほぼ同じ物を指さすことになりやすいのに対し、屋外では季節や天候、時間帯によって指示対象そのものが入れ替わる。桜の咲く時期には花びらが、夏には虫や水遊びの水しぶきが、秋には落ち葉が、指さしの対象として新たに現れる。同じ公園を繰り返し訪れることは、同じ対象を再確認する機会であると同時に、日によって異なる新しい対象に出会う機会でもある。この二重性——馴染みの繰り返しと新奇性の混在——は、共同注意の研究が重視する「子どもがすでに知っているものと、新しく気づいたものの両方に大人が応じる」という条件を、公園がおのずと満たしやすいことを示唆する。
3.2 大人の応答のしかたが持つ意味
指さしそのものよりも、それに対する大人の応じ方が、共同注意の教育的な意味を決めるという指摘は重要である。子どもがハトを指したときに、大人が指さされた対象を実際に見て、その名前や様子を言葉にして返す——「ハトだね、歩いているね」——のと、子どもの指さしを見ずに別の話題を続けるのとでは、その瞬間が学習の機会になるかどうかが大きく異なるとされる。トマセロとファラーの観察が示すように、養育者が子どもの注意の向く先に自分の注意を合わせ、その対象について言葉を添えるという「後追い型」の関わりが、先回りして子どもの注意を大人の話したい対象に引き寄せる関わりよりも、語彙の伸びに結びつきやすい傾向が報告されている。公園は指示対象が絶えず変わる分、大人が子どもの指さしに気づき損ねる可能性もある一方で、子どもの注意の先を追いかけて言葉を添えるという関わり方を、日常のなかで繰り返し実践できる場でもある。
3.3 多感覚の手がかりが持つ意味
公園での共同注意は、視覚だけでなく複数の感覚を同時に伴うことが多い点でも特徴的である。葉が風に揺れる様子は目で見えると同時に、葉ずれの音が耳に届き、頬に風を感じる。虫を指さす場面では、その動き方や止まったときの様子だけでなく、触れれば感じる質感も手がかりになりうる。絵本の中の静止した挿絵を指さす場面では得られにくい、こうした複数の感覚が同時に与えられる状況は、対象と語を結びつける手がかりを増やす条件として位置づけられる。もっとも、感覚の情報が多いことが常に望ましいとは限らない。刺激が多すぎる場面では、かえって子どもの注意が散漫になり、一つの対象に注意を向け続けることが難しくなる場合もあるとされ、静かな場所と賑やかな場所を子どもの状態に応じて使い分ける大人の判断も、共同注意を支える一つの要素である。
3.4 大人以外の同行者という条件
公園に子どもを連れて行くのは、保護者だけとは限らない。祖父母やきょうだい、あるいは複数の保護者が同行する場面も少なくない。共同注意の成立には、必ずしも保護者本人である必要はなく、子どもの指さしに気づき、それに言葉で応じる大人であれば誰でもその役割を担いうる。祖父母が孫と公園を訪れる場面では、日常の育児から一歩離れた視点で、ゆっくりと子どもの指さしに付き合う時間を取りやすいという指摘もある。同行者が複数いる場合、一人が子どもの指さしに気づかなくても、別の同行者が気づいて応じられるという点で、共同注意の機会が失われにくくなるとも考えられる。誰が同行するかという条件も、公園における言語発達の機会を左右する要因の一つである。
註:ここで述べる指さしの発達の目安は、あくまで研究で報告された平均的な傾向である。指さしが出る時期や頻度には個人差が大きく、指さしが少ないことだけをもって発達の遅れと判断することはできない。気になる場合は乳幼児健診の機会を活用し、専門職に相談することが望ましい。
4. 語彙の獲得——屋外の指示対象の多さと名づけの機会
第2節で述べたように、子どもは新しい語に出会うと、その意味を状況の手がかりから素早く推測し、暫定的に語彙へ組み込むとされる。この過程は、対象が目の前にあり、その名前を大人が繰り返し言葉にするという条件が整うほど働きやすいと考えられる。公園はこの条件を、屋内よりも幅広い品詞にわたって満たしうる場所である。名詞については、花・虫・鳥・遊具・乗り物といった具体的な対象が次々に現れる。動詞については、走る・登る・滑る・揺れる・跳ぶといった、子ども自身の体の動きに結びついた語が、実際の動作とともに経験される。形容詞や副詞についても、砂の冷たさ、日なたの暖かさ、風の強さ、遊具の高さといった感覚的な性質が、体験と同時に言葉にされる機会を持つ。語彙は生後1年前後からゆっくり増え始め、多くの子どもである時期に増加のペースが目に見えて速まる現象が報告されているが、この増加を支えるのは、単に語に触れる回数だけでなく、語がどれだけ具体的な体験と結びついているかであるとされる。
4.1 ファスト・マッピングと屋外の反復
ファスト・マッピングは一度の出会いで語の意味をおおまかに推測する過程であるが、その推測が確かな語彙として定着するには、その後も繰り返し同じ語に出会い、少しずつ意味を修正していく過程が必要だとされる。公園への訪問がある程度の頻度で繰り返される家庭では、同じ種類の花や虫、同じ遊具に何度も出会う機会が生まれ、この定着の過程を支えると考えられる。他方で、子どもはしばしば語を本来より広い範囲に当てはめる過剰拡張——例えば飛ぶものをすべて「とり」と呼ぶような現象——を示すことが知られている。公園でこうした過剰拡張が起きたとき、大人が訂正するのではなく、「あれは飛行機だね、鳥と違って人が乗っているんだよ」というように、正しい語を自然な形で返すことが、語の意味の範囲を少しずつ絞り込んでいく助けになるとされる。
4.2 屋外の指示対象の多様性が持つ意味
語彙の獲得は、単に語の数が増えることではなく、意味の異なるカテゴリーにわたって語の網が広がっていく過程でもある。生き物の名前、遊具の名前、動作を表す語、感覚を表す語といった異なる種類の語は、それぞれ異なる種類の体験を通じて獲得されやすいと考えられており、屋内の限られた対象だけでは、このカテゴリーの幅を満たすことが難しい場合がある。公園という環境は、生き物・遊具・自然の変化・他者の行動という複数のカテゴリーの指示対象を同じ場所で提供しうる点で、語彙の幅を広げる機会として位置づけることができる。ただし、対象が多いことがそのまま語彙の獲得につながるわけではなく、大人がその対象に気づき、言葉にして子どもに差し出すという関わりが介在して初めて、指示対象の多さは語彙獲得の機会に転じる。この点は、対象の多さだけを強調する議論への留保として銘記しておきたい。
4.3 絵本の言葉と屋外の言葉の違い
絵本の読み聞かせもまた、語彙獲得を支える重要な機会であり、両者は対立するものではなく補い合う関係にある。絵本は、実物では出会いにくい対象——遠い国の動物や乗り物、抽象的な概念——を言葉と結びつける機会を提供し、繰り返し同じ本を読むことで語を確実に定着させやすいという利点を持つ。これに対し公園での経験は、対象が三次元で、動きを伴い、複数の感覚で確かめられるという点で異なる性質を持つ。例えば「つめたい」という語は、絵本の挿絵からはその意味を十分に伝えにくいが、実際に水道の水や日陰の土に触れる経験を通じてであれば、体感を伴って語と結びつきやすい。語彙のなかには、こうした身体的な経験を通じてこそ確実に理解される種類の語があると考えられ、公園はその種の語彙——温度・質感・速さ・高さなどを表す語——の獲得において、絵本にはない役割を果たしうる。
- 生き物の名前——鳥・虫・草花など
- 遊具や道具の名前——滑り台・砂場道具・ボールなど
- 動作を表す語——走る・登る・滑る・揺れるなど
- 感覚や性質を表す語——つめたい・たかい・はやい・やわらかいなど
- 天候や時間を表す語——はれ・かぜ・あさ・ゆうがたなど
5. 統語の獲得——公園における大人の実況と「いま・ここ」の原理
ロジャー・ブラウンが体系化した平均発話長(MLU)による段階分けでは、子どもの発話は当初、助詞や活用を省いて語をつなげる電文体——「わんわん、いた」「ブランコ、のる」のような形——から出発し、徐々に助詞や語尾が加わり、文の構造が複雑になっていくとされる。ブラウンはまた、大人が子どもに話しかける内容の多くが、その場で目に見えている物事、いわゆる「いま・ここ」に集中していることを指摘した。子どもが統語を獲得するうえで、話される内容と、目の前で起きている出来事が一致していることは、語の意味と文の構造を結びつけるうえで助けになると考えられている。抽象的で目に見えない出来事についての文よりも、いま目の前で起きていることについての文の方が、子どもにとって理解の手がかりが多いためである。
5.1 実況という行為——動きに合わせて言葉を添える
公園では、子どもの体が絶えず動いている。走る、登る、滑る、ぶら下がる、跳ぶ、転がるといった動作が次々に生じ、大人はしばしば、その動きを見ながら「たかいね」「はやいはやい」「そーっとおりてね」というように、動きに合わせて言葉を発する。この、子どもの行動をその場で言葉にして返す関わりは、言語聴覚の臨床や保育の実践では「実況」あるいは「パラレルトーク」と呼ばれる技法として知られている。実況は、子どもが今まさに行っている動作と、大人が発する文とが同時に進行するという点で、ブラウンの言う「いま・ここ」の原理を最も直接的な形で満たす話しかけ方だと言える。子どもは自分の体の動きという、すでに理解している出来事を通じて、それに対応する言葉の形——主語・動詞・助詞の組み合わせ——を確かめることができる。
5.2 動きの実況と動詞の獲得
統語の獲得において動詞は重要な位置を占める。動詞は主語や目的語をどう並べるかという文の骨格を決める働きを持つため、動詞の使い方を知ることは、文を組み立てる力の獲得と深く結びついているとされる。公園は、走る・登る・滑る・揺れる・投げる・跳ぶ・くぐるといった多様な動作が次々に生じる場所であり、それぞれの動作が言葉にされる機会を持つ。座って絵本を見るような静的な場面に比べ、体を大きく動かす場面の方が、動詞のバリエーションが豊富に現れやすいと考えられる。使用基盤アプローチの立場からは、子どもはこうした「動詞+対象」「主語+動詞」といった具体的な組み合わせを繰り返し耳にするなかから、徐々により一般的な文の型を取り出していくと説明される。生得的な言語獲得装置を仮定する立場からも、豊富で多様な言語入力に触れることの意義は否定されておらず、公園での実況は、いずれの立場から見ても意味のある言語経験を提供しうる。
5.3 実況と間のとり方
実況は、絶え間なく言葉を重ねることを意味するわけではない。言語聴覚の臨床では、大人が話したあとに少し間を置き、子どもが自分の言葉で応じる余地を残すことの重要性がしばしば指摘される。例えば滑り台を滑り終えた子どもに「たかかったね」と言ったあと、すぐに次の言葉を重ねず、子どもが「たかかった」と自分の言葉で繰り返したり、別の一言を付け加えたりする間を待つという関わり方である。公園は次々に新しい出来事が起きるため、大人はつい途切れなく実況を続けてしまいやすいが、統語の獲得という観点からは、子ども自身が文を組み立てて発する機会を確保することも同じくらい重要だと考えられる。実況は、子どもに聞かせるための独り言ではなく、子どもとの対話の一部として位置づけられるべきものである。
5.4 語順と助詞——日本語の統語的特徴
統語の獲得の具体的な現れ方は言語によって異なる。日本語は語順の自由度が比較的高く、名詞に助詞を付けることで文中の役割を示す言語である。「すべりだい、すべる」という電文体の発話から、「すべりだいをすべる」「すべりだいですべった」というように助詞や活用が加わっていく過程は、日本語の子どもに特徴的な統語獲得の道筋であるとされる。公園での実況においても、「ブランコに乗るよ」「ブランコを押すよ」というように、同じ名詞に異なる助詞が付く文を繰り返し耳にすることは、助詞が担う意味の違いを聞き分ける手がかりになると考えられる。動きの種類が豊富な公園は、同じ対象に対して異なる動詞や助詞が使われる場面を自然に多く提供する場所でもある。
6. 語用論的発達——他児との交渉に必要になる言葉
オースティンの言語行為論に従えば、言葉を発することは、単に情報を伝えるだけでなく、要求する・拒否する・提案する・約束するといった行為そのものを成り立たせる働きを持つ。子どもがこうした発語内行為を適切に使えるようになる過程が語用論的発達である。ブルーナーが論じたように、いないいないばあや物の受け渡しといった大人との定型的なやりとりは、子どもが要求や注意喚起の言葉を身につける最初の足場になる。しかし、家庭内での大人とのやりとりだけでは経験しにくい語用論的な力がある。それが、対等な立場にある他の子どもと、限られた資源や順番をめぐって交渉する力である。
6.1 発語内行為としての要求・抗議・提案
大人は多くの場合、子どもの意図をあらかじめ察して先回りする。しかし同年代の子どもは、そうした配慮を必ずしもしない。ブランコに乗りたいのに乗れない、使っている砂場の道具を欲しがられる、遊びのルールが食い違うといった場面では、子どもは自分の意図を言葉にして相手に伝えなければ、望む結果を得られない。「かして」という要求、「だめ」という拒否、「じゅんばんね」という提案、「あとで」という交渉——これらはいずれも発語内行為であり、家庭内での大人との一対一のやりとりよりも、対等な相手との利害の衝突を伴う場面でこそ、切実に必要とされる言葉の使い方である。この意味で、公園における他児との関わりは、語用論的発達にとって独自の役割を果たしていると考えられる。
6.2 順番待ちと交渉——仲間とのやりとりが要求する言葉
ブランコや滑り台の順番待ちは、語用論的発達の観点から見ると豊かな学びの場面である。並ぶという行為そのものが、暗黙のうちに「次は自分の番だ」という主張を含んでおり、それが崩れたときに「ぼくがさきだよ」「まだじゅんばんだよ」という言葉での主張が必要になる。年齢の異なる子どもが同じ遊具を使う場面では、年少児がうまく言葉で主張できずに手を出してしまうこともあれば、年長児が言葉で調整役を担う場面もある。こうした交渉の多くは、大人が介入せずとも子ども同士で解決されることがあり、その過程で子どもは、相手の言い分を聞き、自分の要求を通す言い方を試行錯誤しながら学んでいくと考えられる。もっとも、交渉がこじれてけんかに発展することもあり、その際に大人がどこまで介入し、どこまで子ども同士に委ねるかは、年齢や状況によって判断が分かれる難しい問題であり、本稿はここで特定の対応を一律に推奨するものではない。
6.3 異年齢のやりとりが持つ役割
公園には、同じ年齢集団だけが集まる保育の場とは異なり、幅広い年齢の子どもが同じ空間に居合わせる。年長児が年少児に「じゅんばんこ、しってる?」と教えたり、年少児の要求をくみ取って言い換えて伝えたりする場面は珍しくない。こうした異年齢のやりとりでは、年長児は自分より語彙や文が未熟な相手に合わせて言葉を調整するという、いわば聞き手を意識した言語使用を経験し、年少児は自分より高度な言葉の使い方を間近で耳にする機会を得る。この相互の学び合いは、大人が介在する定型的なやりとりとは異なる性質を持ち、語用論的発達における仲間の存在の独自性を示すものと考えられる。ただし、年齢差が大きい場合には、年少児が言葉で対抗できずに一方的に譲る場面も生じうるため、大人が全体の様子に目を配ることの意味は失われない。
6.4 断られる経験と言い換え
交渉が常に成功するとは限らない。「かして」と言っても断られる、順番を主張しても聞き入れられないという経験も、公園では日常的に生じる。断られたとき、子どもはしばしば同じ要求を繰り返すだけでなく、理由を付け加えたり、言い方を変えたり、別の提案をしたりする。「かして」がだめなら「あとでいい?」と条件を付け加える、「じゃあこっちであそぼう」と別の遊びを提案するといった調整は、一つの言い方に固執せず状況に応じて表現を選び直す力の現れであり、語用論的発達のなかでも高度な部類に属すると考えられる。うまく調整できずに泣いたり手が出たりする場面もまた珍しくないが、それも含めて、対等な相手との交渉は、思いどおりにならない経験を通じて言葉を鍛える機会になりうる。
6.5 ごっこ遊びのなかの語用論
複数の子どもが役割を決めて行う、ごっこ遊びも語用論的発達の重要な場面である。「わたしはおみせのひと」「じゃあおきゃくさんね」というように役割を宣言し、それに応じたやりとりを即興で作り上げていく過程は、状況に応じた言葉遣いを選び、相手の役割に応じた発話を組み立てるという高度な語用論的な力を要求する。公園という開かれた場所は、遊具や自然物を見立ての道具に使いながら、複数の子どもが物語を共有して展開させる舞台にもなりうる。役割やものの見立てに関する子ども同士の食い違いを言葉で調整する場面もまた、要求や提案の言葉を練習する機会として位置づけることができる。
7. 大人の応答性をめぐる論争——一般化への慎重さと個人差
ここまで見てきたように、共同注意への応答、名づけ、実況、交渉への関わりなど、大人の話しかけ方は言語発達の随所に関わるとされてきた。スノーが記録した対乳幼児発話の特徴——ゆっくりとした話速、誇張された抑揚、繰り返しの多さ——や、ファーナルドが示した乳児のこの話しかけへの選好は、大人の話し方が子どもの言語処理を助ける方向に自然と調整されていることを示唆する。子どもの発する声や視線に、その内容に応じてすぐに応答する「随伴的な応答性」が語彙や会話の発達を支えるという研究群があることも、第2節で述べたとおりである。こうした知見は、大人がたくさん話しかけ、すぐに応答することが望ましいという単純な結論に見えるかもしれない。しかし、この一般化にはいくつかの留保が必要である。
7.1 応答性と過度な方向づけの違い
応答性の研究が強調するのは、話しかけの量そのものよりも、子どもの注意や意図に「合わせて」応じることの質である。子どもが見ているものを大人も見て、それについて言葉を添える関わりと、子どもの注意をそらして大人が話したい話題へ引き寄せる関わりとでは、同じ「よく話しかける大人」であっても、子どもにとっての意味が異なると考えられている。とりわけ、子どもが自分から発した指さしや声、行動に対して後から言葉を添える「後追い型」の関わりは、大人が主導して質問や指示を重ねる「先導型」の関わりよりも、子どもの自発的な発話を引き出しやすい傾向が報告されている。公園での実況やことばがけも、子どもの動きや興味を追いかける形であるか、大人が一方的に指示や質問を重ねる形であるかによって、その効果は異なりうる。本稿は、応答性を「たくさん話しかけること」と単純に読み替えるべきではないという点を強調しておきたい。
7.2 個人差と専門機関への相談
ハートとリズリーの研究に代表される、家庭で交わされる言葉の量と質に関する知見は、養育環境の違いが言語発達に関わりうることを示す一方で、その推計の方法や、特定の家庭環境を欠如として語る枠組みについては、後続の研究から方法論上の批判が提出されている。言語発達を、家庭の話しかけの量だけで説明することはできない。子どもの気質、双子や多胎児であるかどうか、きょうだいの有無、複数言語に触れる環境にあるかどうかなど、様々な要因が関わり合っており、同じように話しかけられて育った子どもの間でも、語彙や発話の量には大きな幅がある。ことに、いわゆる「話し始めが遅い」子どもの多くは、その後の発達で追いつくとされる一方、専門的な評価や支援が必要な場合もあり、その判別を保護者や本稿のような一般的な議論だけで行うことはできない。言葉の育ちについて気になることがあれば、乳幼児健診の機会を活用し、必要に応じて言語聴覚士や小児科、市町村の相談窓口といった専門機関に相談することが、本稿を通じて一貫して強調したい前提である。
7.3 対面でのやりとりという条件
映像や録音を通じて言葉に触れることと、目の前にいる人と実際にやりとりを交わすこととの間には違いがあるという指摘が、発達研究のなかでなされてきた。録画された話しかけは一方向的であり、子どもがどんな反応を示しても、その内容に応じて言葉が変わることはない。これに対し、公園での大人や他児とのやりとりは、子どもの反応に応じてその場で言葉が返ってくるという随伴性を伴う。この随伴性こそが、第7.1節で述べた応答性の核心であり、対面でのやりとりが持つ、他の手段では代えがたい条件だと考えられている。ただし、これは映像や音声に触れること自体を否定するものではなく、対面でのやりとりを完全に置き換えることは難しいという限定的な指摘として理解すべきである。
7.4 きょうだいと複数言語という環境要因
個人差の要因として、家庭内のきょうだい構成や使用言語の環境も無視できない。年上のきょうだいがいる場合、下の子は大人からの直接的な話しかけに加えて、年上のきょうだいとのやりとりからも言葉を学ぶ機会を持つが、一方で大人の注意がきょうだいで分散され、一対一の対乳幼児発話に触れる時間が相対的に短くなる可能性も指摘されている。複数の言語に日常的に触れる家庭で育つ子どもについては、単一の言語だけに触れる子どもと比べて、それぞれの言語の語彙数だけを見ると少なく見えることがあるが、複数の言語を合わせた総体としての言語能力では違いが見られないとする研究群があり、複数言語の環境にあることを単純に不利な条件とみなすべきではないとされる。公園は、こうした多様な家庭環境の子どもが同じ場所に居合わせる場所でもあり、その多様性を前提とした見守りが求められる。
8. 磐田市の公園への示唆
本節では、ここまでの理論的整理を磐田市の公園に照らす。磐田市には、市のオープンデータ「都市公園一覧」94行と市施設ガイドのみに掲載の6園を合わせて、当サイトが収録する100園の公園がある。種別では街区公園が51園と半数を占め、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園などが続く。第3節から第6節までの議論を踏まえると、この構成は、指示対象の多さ・実況の機会・仲間との交渉という三つの条件が、種別や規模の異なる公園にどう配分されているかという観点から読み解くことができる。
8.1 指示対象の多様性という観点から
見付地区の今之浦公園(近隣公園・13,675㎡)は、市の施設ガイドに「3歳未満児遊具」の記載があるほか、屋根付広場・複合遊具・噴水広場・芝生広場という複数のゾーンが記載されている。ゾーンごとに異なる指示対象——遊具、水、芝生の上の生き物——が集まっていることは、第4節で述べた語彙のカテゴリーの幅を広げる条件に合致すると考えられる。竜洋地区の竜洋昆虫自然観察公園(風致公園・29,119㎡)は、名称そのものが示すとおり、虫という特定のカテゴリーの指示対象に焦点を当てた園であり、生き物の名前を繰り返し確かめる機会を提供しうる場所として位置づけられる。もっとも、これらは施設ガイドの記載から推測できることにとどまり、実際にどのような生き物や設備が指さしと名づけの対象になっているかは、当サイトの現地踏査で確かめるべき事柄である。
8.2 交渉の機会という観点から
第6節で論じた仲間との交渉の機会は、複数の子どもが集まりやすい広さと設備を持つ園でより多く生じると考えられる。御厨地区の兎山公園(地区公園・56,193㎡)は、ブランコ・滑り台・ローラー滑り台・幼児用滑り台・ジャングルジムなど記載遊具の種類が多く、遊具ごとに順番待ちや交渉の場面が生まれやすいと推測される。中泉地区の中央公園(地区公園・41,642㎡)や見付地区の水堀公園(近隣公園)の多目的グラウンド・多目的広場の記載は、鬼ごっこや球技といった集団遊びの場を示しており、こうした場では第6節で述べた発語内行為——要求・抗議・提案——がより頻繁に交わされると考えられる。御厨地区の安久路公園(地区公園・32,001㎡)には「複合遊具(インクルーシブエリアあり)」「ブランコ(インクルーシブアイテムあり)」の記載があり、発達の道筋や身体の条件が異なる子どもたちが同じ場所で関わる機会を持つ点で、多様な相手との語用論的なやりとりを経験する場として注目される。
| おおよその年齢 | 言語発達の重心 | 公園での典型的な姿 | 大人の関わり方の目安 |
|---|---|---|---|
| 0〜1歳 | 喃語と共同注意の芽生え | 抱っこやベビーカーで音や光に反応する | 声や視線に応じて言葉を添える |
| 1〜2歳 | 指さしと最初の語 | ハトや虫を指さし、単語で伝える | 指さした先を見て名前を返す |
| 2〜3歳 | 語彙爆発と二語文 | 「わんわん、いた」のような二語の発話 | 対象を言葉にし、短い文で応じる |
| 3〜4歳 | 多語文と実況への反応 | 大人の実況に自分の言葉を重ねる | 動きに合わせて短く言葉を添える |
| 4〜5歳 | 語用論の広がり | 「かして」「じゅんばん」と交渉する | 交渉を見守り、必要な時だけ仲立ちする |
| 5〜7歳 | 会話と物語る力 | 順番や役割を言葉で提案し合う | 話を最後まで聞き、広げる問いを返す |
8.3 「近くの小さな公園」が言語発達に持つ意味
最後に、街区公園51園という数字の意味を、言語発達の観点から述べる。国の標準では街区公園は誘致距離250mを目安に配置される、最も身近な種別である。第4節で述べたファスト・マッピングの定着や、第5節で述べた実況を通じた統語の経験は、一度きりの特別な訪問よりも、同じ場所への繰り返しの訪問によって支えられると考えられる。豪華な複合遊具がなくとも、歩いていける距離に、砂場と小さな遊具と、季節ごとに変化する木や花があれば、それは日々の指さしと名づけと実況を積み重ねる場になりうる。他方で、第6節で論じた仲間との交渉の経験は、ある程度の広さと、複数の子どもが同時に集まりやすい設備を持つ近隣公園や地区公園、総合公園がより多くの機会を提供すると考えられる。9地区の園数には見付21園・豊田28園から南部・向陽の各2園まで偏りがあり、この偏りが、指さしと名づけの機会と、仲間との交渉の機会の双方にどう影響するかは、今後の検討課題である。
8.4 滞在時間を支える設備という観点
言語発達にとっての公園の価値は、遊具そのものだけでなく、大人が子どもと言葉を交わしながら長く滞在できるかどうかにも左右されると考えられる。オープンデータの集計では、94園のうちトイレ有が69園、車いす対応トイレ有が34園である。トイレやベンチ、東屋といった設備は、遊びを直接支えるものではないが、大人が急かされずに子どもの実況や名づけに付き合う時間を確保するという点で、間接的に言語発達に関わりうる。竜洋地区の竜洋海洋公園(総合公園・221,722㎡)のように、レストハウスや複数の広場を備えた大きな園では、遊具から遊具へ移動しながら長い時間を過ごすことができ、指示対象の入れ替わりと、それに伴う名づけの機会も自然と増えると推測される。
また、遊具には対象年齢を示す表示が付けられていることが多く、国土交通省の指針もその重要性に触れている。対象年齢表示は安全のための情報であると同時に、大人がどの遊具でどの程度の言葉のやりとりが生まれやすいかを見当づける、間接的な手がかりにもなりうる。例えば幼児向けの小さな滑り台であれば、大人がそばに付き添い実況しながら見守る場面が多くなりやすく、年長児向けの複合遊具であれば、大人よりも同年代の子ども同士の交渉が中心になりやすいと推測される。ただし磐田市の施設ガイドは園ごとに設備の記載の詳しさが異なり、記載が簡素な園も多いため、この見当づけがどこまで有効かは限定的であり、最終的には現地での確認が必要になる。
註:本節の園名・面積・種別・設備の記載はすべて磐田市オープンデータ「都市公園一覧」および市施設ガイドによる。公園の管理は磐田市都市整備課(電話 0538-37-4806)が所管する。当サイトの現地踏査はこれからであり、本節の対応づけは踏査で確かめるべき仮説の一覧である。
9. 結論と今後の課題
本稿は、前言語期の共同注意と指さし、語彙の獲得、統語の獲得、語用論的発達、そして大人の応答性という言語発達研究の知見を整理し、それらを公園という屋外環境に照らして論じてきた。公園は、指し示せる対象の多さによって共同注意と語彙獲得の機会を広げ、動きに合わせた実況が生じやすいことによって統語の経験を提供し、他児との交渉が必要になることによって語用論的な力を育む場として位置づけられる。この三つの条件は、いずれも屋内の限られた空間では十分に満たされにくいものであり、公園という場所が言語発達に対して固有の意味を持ちうることを示している。
9.1 本稿が明らかにしたこと
第一に、公園の指示対象の多様性は、ファスト・マッピングの機会を広げ、生き物・遊具・動作・感覚という異なるカテゴリーにわたる語彙の獲得を支えうる。第二に、大人が子どもの動きに合わせて言葉を添える実況は、ブラウンの言う「いま・ここ」の原理を満たし、動詞を中心とした統語の経験を提供しうる。第三に、対等な相手である他児との順番待ちや交渉は、家庭内の大人とのやりとりだけでは得にくい発語内行為——要求・抗議・提案——の実践の場を提供しうる。第四に、これらの機会が実際に発達を支えるかどうかは、大人や周囲の子どもがどう応答するかという関わりの質に大きく左右され、話しかけの量だけを増やせばよいという単純な結論は導けない。第五に、言語発達には非常に大きな個人差があり、環境の条件はあくまで機会を提供するものであって、発達の結果を保証するものではない。
9.2 本稿の限界と今後の課題
本稿は文献整理と概念分析にとどまり、磐田市の公園で実際にどのような指さし・実況・交渉が交わされているかを観察したものではない。当サイトの現地踏査が進めば、遊具ごとの対象年齢表示の内容、広場や自然観察の園における指示対象の実際、子ども同士のやりとりが生じやすい時間帯や配置といった、本稿では推測にとどめた点を確かめることができるだろう。また、複数言語に触れる家庭や、きょうだいの有無、発達の個人差が大きい子どもにとって、公園での言語経験がどのような意味を持つかについても、本稿は十分に論じ切れていない。これらは今後の課題として残される。
- 遊具ごとにどのような対象年齢表示があるか
- 広場や自然観察の園で実際にどんな指示対象に出会うか
- 他児との交渉が生じやすい時間帯・曜日・遊具
- 大人の実況や応答がどのような言葉で行われているか
- きょうだいや複数言語の家庭が公園をどう使っているか
最後に強調しておきたいのは、本稿の議論はあくまで一般的な傾向を述べたものであり、個々の子どもの言葉の育ちを診断したり評価したりするものではないということである。指さしが少ない、言葉が出るのが遅い、他の子とうまく言葉でやりとりできていないように見えるといったことが気になる場合、その判断を本稿のような一般的な議論に委ねるべきではなく、乳幼児健診や、言語聴覚士・小児科・市町村の相談窓口といった専門機関に相談することが望ましい。公園は言葉が育つ機会に満ちた場所でありうるが、その機会をどう生かすかは、子ども一人ひとりの歩みに合わせて考えられるべきことである。
9.3 本稿の意義——見方の枠組みとしての言語発達
本稿が差し出そうとしたのは、特定の教え方や早期教育の方法ではなく、公園での何気ない子どもの姿を言語発達の言葉で読み解くための見方の枠組みである。子どもが同じ滑り台を何度も滑ることは、単なる繰り返しではなくファスト・マッピングを定着させる過程かもしれず、他児との言い合いは、望ましくないもめごとである以前に、要求と提案の言葉を試している場面かもしれない。この見方は、保護者に新しい負担を課すものではなく、すでに公園で自然に行われている指さしへの応答や実況、見守りといった関わりに、それがなぜ意味を持つのかという理解を添えるものである。理解が伴うことで、大人は目の前の子どもの言葉の育ちを、急かしたり比べたりするのではなく、その子なりの歩みとして眺める余裕を持ちやすくなると考えられる。行政や公園の管理にあたる立場から見れば、この枠組みは、遊具の充実度だけでなく、指示対象の多様性や、腰を落ち着けて言葉を交わせる設備の有無という観点を、公園整備の議論に付け加える視点にもなりうる。
参考文献
- ノーム・チョムスキー(1957)『Syntactic Structures』(Mouton)
- ロジャー・ブラウン(1973)『A First Language: The Early Stages』(Harvard University Press)
- ジェローム・ブルーナー(1975)「The Ontogenesis of Speech Acts」Journal of Child Language 2
- ジェローム・ブルーナー(1983)『Child's Talk: Learning to Use Language』(Norton)
- マイケル・トマセロ、マージョリー・ファラー(1986)「Joint Attention and Early Language」Child Development 57
- マイケル・トマセロ(2003)『Constructing a Language: A Usage-Based Theory of Language Acquisition』(Harvard University Press)
- コルウィン・トレヴァーセン(1979)「Communication and Cooperation in Early Infancy: A Description of Primary Intersubjectivity」(『Before Speech: The Beginning of Interpersonal Communication』M. Bullowa編、Cambridge University Press 所収)
- エリザベス・ベイツほか(1979)『The Emergence of Symbols: Cognition and Communication in Infancy』(Academic Press)
- スーザン・ケアリー、エルザ・バートレット(1978)「Acquiring a Single New Word」Papers and Reports on Child Language Development 15
- キャサリン・スノー(1972)「Mothers' Speech to Children Learning Language」Child Development 43
- アン・ファーナルド(1985)「Four-Month-Old Infants Prefer to Listen to Motherese」Infant Behavior and Development 8
- ベティ・ハート、トッド・リズリー(1995)『Meaningful Differences in the Everyday Experience of Young American Children』(Paul H. Brookes)
- ジョン・L・オースティン(1962)『言語と行為』(坂本百大訳、大修館書店、1978)
- レフ・S・ヴィゴツキー(1934)『思考と言語』(柴田義松訳、新読書社、2001)
- 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。