自然科学・環境保全生物学

都市で守れるものは何か——保全生物学と身近な自然の意味

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:保全生物学 公開・更新 2026-08-17 本文 約21,497字 読了目安 39分

要旨

本稿の目的は、保全生物学の基本概念を用いて、都市公園が生物多様性の保全にとってどのような場所でありうるかを検討することである。方法は文献整理と概念分析であり、生物多様性の三階層(遺伝子・種・生態系)、最小存続可能個体数と絶滅の渦、個体群生物学における小個体群パラダイムと減少個体群パラダイムの対立、生息地の分断とSLOSS論争、レッドリストによる優先順位づけといった、保全生物学の核心概念を都市公園という対象に当てはめる。

検討の結果、都市公園を絶滅危惧種の主要な生息地として期待することには、面積・孤立・攪乱という三つの制約から限界があることが確認される。他方で、博物学者ロバート・M・パイル(Robert Michael Pyle)が提唱した「経験の消失」という概念に依拠すれば、都市公園の価値は希少種を守る場所としてではなく、人が普通種を含む身近な自然と出会う入口として位置づけ直すことができる。この価値は、遠い自然保護区への保全を社会が支持し続けるための基盤という意味で、保全生物学全体にとっても副次的な論点ではない。

最後に、磐田市の公園100園を種別と面積から素描し、比較的まとまった面積を持つ総合公園・地区公園・風致公園と、数多く分布する街区公園とを、大きな緑地の候補と身近な出会いの場の候補として位置づけた。ただし当サイトのデータには動植物の種構成に関する情報が含まれておらず、現地踏査はこれからである。公園を生き物の生息場所として読み直す作業は、今後の踏査と記録の蓄積に委ねられる。

キーワード保全生物学生物多様性絶滅の渦最小存続可能個体数レッドリスト経験の消失磐田市

1. はじめに——問題の所在

公園を訪れる人の多くは、そこを子どもの遊び場として、あるいは休息の場として眺めている。ベンチがあるか、遊具は新しいか、駐車場はあるか——当サイト(ATAWI PARK)が扱う磐田市の公園データも、もとをたどれば市のオープンデータであり、そこに並ぶのはトイレ・砂場・遊具といった、人の利用のための項目である。だが公園には、人の目的とは無関係に生きている生物がいる。木に営巣する鳥、草地に潜む昆虫、水辺のトンボや貝、そして誰にも気づかれない土壌の微生物である。これらの生き物にとって公園とは何であり、公園を守ることは彼らを守ることになりうるのか——これが本稿の出発点である。

この問いに正面から取り組む学問が保全生物学である。保全生物学とは、生物多様性の減少という危機に対応するために1980年代に成立した学際的な学問であり、生態学・遺伝学・個体群生物学・政策研究を横断して、種や生態系をどう存続させるかを扱う。提唱者の一人であるマイケル・ソーレ(Michael E. Soulé)は1985年の論文で、保全生物学を医学における救急医療になぞらえ、十分な情報が揃うのを待ってから対処する余裕のない「危機の学問(crisis discipline)」と呼んだ。本稿はこの保全生物学の基本概念を、都市の中の公園という具体的な対象に当てはめて検討する。

1.1 なぜ保全生物学から公園を論じるのか

公園を論じる学問は多い。造園学は空間の設計を、都市生態学は緑地のネットワークを、公衆衛生学は身体活動を扱う。保全生物学が固有に問うのは「この場所は、ある生物の個体群を将来にわたって存続させる力を持つか」という、より厳しい基準である。この基準に照らすと、街区公園のような小さな緑地の多くは、希少な野生生物にとって十分な生息地とはいえない可能性が高い。しかし保全生物学は同時に、種の保存という狭い目的だけでなく、人と自然との関わり方そのものを問う学問でもある。この二重性——「生息地としての限界」と「関わりの入口としての価値」——が本稿の核心にある。

本稿が扱うのは、あくまで保全生物学という一つの学問の視点である。都市の緑地を生態系のネットワークとして論じる都市生態学、樹木の健全性を扱う樹木学、都市の気候を扱う都市気候学など、公園の自然科学的な側面を論じる学問は他にもある。保全生物学に固有の視点は、緑地の量や配置そのものよりも、個々の種や個体群が将来にわたって存続できるかという、より生物寄り・個体群寄りの単位に着目する点にある。この視点は、緑地のネットワークとしての機能を論じる都市生態学的な視点と重なり合いながらも、同じではない。

樹木問い子ども
図1公園を人の施設としてだけでなく、生き物の生息場所として問い直すところから本稿は始まる。

1.2 方法と構成

方法は文献整理と概念分析である。保全生物学の成立を告げたソーレ(1985)、生物多様性という語を広めたウィルソン編(1988)、最小存続可能個体数と絶滅の渦を論じたシェイファー(1981)およびギルピンとソーレ(1986)、個体群生物学の二つのパラダイムを整理したコーリー(1994)、生息地の分断化をめぐるSLOSS論争、そして「経験の消失」を提唱したパイル(1978)とその継承者であるラブ(2005)やソガとガストン(2016)といった文献を参照し、その論理を都市公園という対象に当てはめる。本稿は独自の生物調査に基づくものではない。当サイトのデータには動植物の種構成に関する項目がなく、現地踏査もこれから始まる段階であるため、公園の生物相についての具体的な記述は避け、概念の適用可能性の検討にとどめる。

用語についても留意しておきたい。保全生物学の文献には「絶滅危惧種」「希少種」「レッドリスト種」など類似した語が並ぶ。本稿では、国際自然保護連合や環境省が公式に評価・分類した種を指す場合には「レッドリスト種」、より一般的にその危険性を論じる場合には「希少種」という語を使い分ける。また「都市公園」という語は都市公園法に基づいて設置される公園を指すが、当サイトが扱う磐田市の公園100園には同法の対象外である6園も含まれるため、両者をあわせて論じる場合には単に「公園」という語を用いる。なお、当サイトの運営母体は不動産・介護事業を営む企業であるが、本稿を含む公園学術論文シリーズは特定の施設やサービスの利用を促す目的で書かれたものではなく、公園という公共の場所を学術的な概念を通じて多角的に理解しようとする試みの一つである。

構成は次のとおりである。第2節で保全生物学の成立と生物多様性の三階層を整理する。第3節で絶滅の渦と最小存続可能個体数を検討する。第4節で個体群パラダイムの対立と生息地の分断・SLOSS論争を扱う。第5節でレッドリストによる優先順位づけの考え方と限界を、第6節で都市公園が希少種の生息地たりうるかという問いへの応答を述べる。第7節で「経験の消失」という概念から身近な自然の価値を論じ、第8節で反論に応答したうえで国の戦略との関係を整理する。第9節で磐田市の公園100園への示唆を述べ、第10節で結論と今後の課題を示す。専門用語は初出のたびに説明する。

2. 先行研究と概念の整理——保全生物学の成立と生物多様性の三階層

保全生物学が一つの学問分野として姿を現したのは1980年前後のことである。1978年にアメリカのサンディエゴで開かれた第一回国際保全生物学会議を経て、ソーレとウィルコックス(Bruce A. Wilcox)が編んだ1980年の論文集『Conservation Biology: An Evolutionary-Ecological Perspective』が、この分野の最初の体系的な教科書となった。それまで生態学・遺伝学・野生生物管理学などに分散していた知見が、「種と生態系をいかに存続させるか」という一つの実践的な問いのもとに束ねられたのである。前述のソーレ(1985)の論文は、この新しい学問の性格を「危機の学問」として定義づけ、価値判断を伴う規範的な学問であることを明言した点で影響力を持った。

「生物多様性(biodiversity)」という語が広く使われるようになったのも同じ時期である。1986年にワシントンで開かれた全米生物多様性フォーラムを経て、ウィルソン(Edward O. Wilson)が編んだ1988年の論文集『BioDiversity』がこの語を学術・政策の両面に定着させた。生物多様性は今日、遺伝子・種・生態系という三つの階層で捉えるのが標準的な整理である。生物多様性条約(1992年リオデジャネイロで採択、1993年発効)第2条も、生物多様性を「種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」ものと定義しており、この三階層の見方を国際的な合意として裏づけている。

2.1 遺伝子・種・生態系という三つの階層

第一の階層は遺伝的多様性であり、同じ種の内部にある個体間・個体群間の遺伝的な違いを指す。この多様性が失われると、病気や環境変化への適応力が下がる。第二の階層は種多様性であり、ある地域にどれだけ多くの種が、どのような割合で存在するかを指す。一般に「生物多様性が豊か」というとき、多くはこの種の数(種の豊富さ)を思い浮かべる。第三の階層は生態系多様性であり、森林・草地・水辺・湿地といった生態系そのものの多様さと、そこでの物質循環やエネルギーの流れの多様さを指す。三つの階層は互いに独立ではなく、生態系の多様さが種の多様さを支え、種内の個体数が保たれることで遺伝的多様性が維持されるという入れ子の関係にある。

階層何を指すか
遺伝的多様性同じ種の中の個体・個体群間の遺伝的な違い
種多様性ある地域に存在する種の数と構成の豊かさ
生態系多様性森林・草地・水辺など生態系そのものの多様さ

この三階層の枠組みを公園に当てはめると、次のことが見えてくる。一つの公園を「そこに何種の生物がいるか」という種多様性だけで評価するのは一面的である。仮に種数が少なくても、そこにしかいない系統の個体群が存続していれば遺伝的多様性の観点からは意味を持ちうるし、逆に種数が多くても、それが周辺の市街地でもありふれた種ばかりであれば、生態系全体の多様性への寄与は限定的かもしれない。三階層を意識することは、公園の生物多様性上の価値を単純な種数の多寡で判断しない、という保全生物学の基本的な態度を反映している。

三階層データ文献
図2生物多様性は遺伝子・種・生態系という三つの階層からなり、種の数だけでは測れない。

2.2 種を通して測る——キーストーン種・アンブレラ種・ホットスポット

生物多様性を丸ごと測定することは難しいため、保全生物学は特定の種や地域を手がかりに議論を組み立てる工夫を重ねてきた。1969年、ロバート・ペイン(Robert T. Paine)は、生態系の中で個体数以上に大きな影響力を持つ種を「キーストーン種」と呼んだ。ある種を保護区の指標として選び、その生息条件を整えれば、同じ環境を必要とする他の多くの種も間接的に守られるという発想は「アンブレラ種」と呼ばれ、保全の優先順位を実務的に決める際の道具になってきた。2000年、ノーマン・マイヤーズ(Norman Myers)らは、固有種が集中し、かつ生息地の破壊が進んでいる地域を「生物多様性ホットスポット」として世界地図の上に描き出し、限られた保全資源をどこに集中すべきかという議論に大きな影響を与えた。

これらの概念に共通するのは、生物多様性そのものではなく、生物多様性を「代理」する何か——一つの種、一つの地域——に着目することで、複雑な現実を実務的に扱いやすくするという発想である。この発想を公園に当てはめると、一つの公園の価値を丸ごと測る代わりに、そこにどのような種が指標として観察できるかに着目する道が開ける。ただし、キーストーン種やホットスポットという概念は、いずれも相応の生物調査の蓄積を前提として初めて成り立つものであり、当サイトのように生物相のデータを持たない段階では、特定の種を指標として選ぶこと自体がまだできない。この限界は第6節で改めて論じる。

もっとも、ホットスポットのように広域を対象とする概念を、磐田市の公園100園のような一自治体の緑地にそのまま当てはめることはできない。ホットスポットは大陸規模・国規模での資源配分の優先順位づけを目的とした概念であり、一つの市町村の中の公園同士を比較する道具としては設計されていない。むしろ、ある地域の中でどの公園が相対的に重要かを考える際には、次節以降で扱う面積や孤立度、生息環境の組み合わせといった、より小さな空間スケールに合った基準が必要になる。

2.3 保全生物学と都市公園という対象

保全生物学は成立当初、熱帯雨林の減少や大型哺乳類の絶滅危機など、手つかずの自然や広大な保護区を主な対象としてきた。都市の中の小さな公園は、この学問が伝統的に主戦場としてきた対象ではない。しかし2000年代以降、都市化が地球規模で進む中で、都市の生態系そのものを保全生物学の対象とする研究群が増えている。都市公園はその代表例であり、面積は小さくとも、市街地の中でほとんど唯一まとまった緑を残す場所として、保全生物学の周辺的だが無視できない対象になりつつある。次節以降では、この学問が発展させてきた核心概念——絶滅の渦、最小存続可能個体数、生息地の分断——を、この小さな対象に当てはめて検討する。

3. 絶滅の渦と最小存続可能個体数——小さな個体群に何が起きるか

保全生物学が最初に取り組んだ実践的な問いの一つは、「ある種を存続させるには、少なくとも何個体が必要か」というものだった。1981年、マーク・シェイファー(Mark L. Shaffer)は論文「Minimum Population Sizes for Species Conservation」で、この問いに最小存続可能個体数(MVP, Minimum Viable Population)という概念を与えた。MVPとは、一定の確率で一定期間にわたって存続できる、ある個体群の最小の大きさを指す。この数字は種や環境によって大きく異なり、絶対的な基準値があるわけではないが、「個体数が少なければ少ないほど絶滅しやすい」という直感を、確率論的なモデルとして定式化した点に意義があった。

3.1 絶滅の渦——負の連鎖

1986年、マイケル・ギルピン(Michael E. Gilpin)とソーレは、個体数が小さくなった個体群に何が起きるかを、絶滅の渦(extinction vortex)という比喩で説明した。個体数が減ると、血縁の近い個体同士が交配する近交弱勢が起きやすくなり、繁殖成功率が下がる。個体数が減ると、出生や死亡のばらつき(人口学的確率性)の影響を受けやすくなり、たまたま悪い年が続くだけで個体群が消えかねなくなる。さらに個体数が減ると、遺伝的浮動によって偶然の遺伝子の偏りが生じやすくなり、環境変化への適応力を持つ遺伝子が失われやすくなる。これらの要因は互いに強め合い、個体数の減少がさらなる減少を招くという、渦のように下向きに加速する過程を描く。

絶滅の渦という概念が示す重要な含意は、個体群がある閾値を下回ると、外部からの新たな脅威がなくても内部要因だけで絶滅へと向かいうるという点である。これは、個体数がまだ多いうちに手を打つことの重要性を裏づける一方で、いったん小さくなった個体群を回復させることの難しさも示している。都市公園のように面積が限られた場所で野生生物の個体群を考えるとき、この渦の存在は無視できない。小さな緑地に孤立して暮らす個体群は、たとえ一時的に個体数が保たれていても、渦に巻き込まれる潜在的なリスクを抱えていると考えられる。

負の連鎖速さ個体群
図3個体数の減少は近交弱勢や遺伝的浮動を通じて自らを加速させる。これが絶滅の渦である。

この意味で、絶滅の渦は「保全すべき最小の単位」を考えるための出発点になる。ある個体群がすでに小さくなっている場合、対症療法として個体数だけを増やそうとしても、近交弱勢や遺伝的浮動の影響が残っていれば、渦から完全に抜け出せるとは限らない。個体数の回復と並行して、遺伝的な多様性そのものをどう補うか——たとえば他地域の個体群との交流を図るかどうか——が、実務上の難しい判断として残る。

3.2 「50/500ルール」という目安

MVPをめぐる議論の中で広く知られてきた経験則に、イアン・フランクリン(Ian R. Franklin)が1980年に示したいわゆる50/500ルールがある。これは、短期的な近交弱勢を避けるには有効な個体数(血縁関係や性比の偏りを補正した実質的な繁殖個体数)がおおむね50、長期的に環境の変化に適応し続けるための遺伝的多様性を保つにはおおむね500が目安になる、という考え方である。この数字はあくまで大まかな目安であり、種によって必要な個体数は大きく異なるため、そのまま特定の生物に当てはめられるものではない。しかしこの経験則は、「個体数が数十のオーダーであれば当面は存続できる」という誤解を正し、長期的な存続には数百から数千の単位の個体数が必要になりうることを示した点で、保全の現場に大きな影響を与えた。

この経験則を都市公園に当てはめれば、示唆はより率直なものになる。街区公園のような小さな緑地で、鳥類や哺乳類のような移動性の高い生物が独立した個体群として50個体、まして500個体を維持することは考えにくい。この点からも、個々の公園を孤立した保護区とみなすのではなく、周辺の緑地とあわせた広域の個体群として捉える視点——第4節で扱う生息地の分断化とコリドーの議論——が必要になる。

3.3 個体群パラダイムの対立への橋渡し

もっとも、MVPと絶滅の渦の議論には限界も指摘されてきた。1994年、グレアム・コーリー(Graeme Caughley)は論文「Directions in Conservation Biology」で、保全生物学の中に二つの異なる立場があることを整理した。一つは、個体群が小さくなったこと自体を問題とし、遺伝学と個体群動態のモデルで存続確率を推定する小個体群パラダイムである。もう一つは、なぜ個体群が減少し続けているのかという原因——生息地の破壊、乱獲、外来種の侵入など——を特定し、それを取り除くことを優先する減少個体群パラダイムである。コーリーは、絶滅の危機に瀕した種の多くにとって、実際に有効な保全策は後者、すなわち減少の原因を止めることであり、MVPの精緻な計算だけでは種は救えないと論じた。

この対立は、都市公園を考える上でも示唆的である。もし公園の中や周辺に希少な生物の個体群があるとすれば、その存続を脅かしているのは多くの場合、個体数の少なさそのものよりも、生息地の減少や管理の変化といった外部要因である可能性が高い。したがって公園の生物多様性を論じる際にも、個体数を数えることだけでなく、その個体群が置かれている生息地の条件そのものに目を向ける必要がある。次節ではこの生息地の条件、とりわけ分断化という論点を検討する。

4. 生息地の分断化とSLOSS論争——一つの大きな緑地か複数の小さな緑地か

前節で見た減少個体群パラダイムが重視する要因の一つが、生息地の破壊とそれに伴う生息地の分断化(habitat fragmentation)である。かつて連続していた森林や草地が、道路や宅地によって分断されると、残された緑地は面積が小さくなるだけでなく、互いに孤立した「島」のようになる。この状況を理論的に扱う枠組みとして保全生物学が参照してきたのが、ロバート・マッカーサーとエドワード・ウィルソンが1967年に提唱した島の生物地理学である。同理論は、島の面積が大きいほど、また本土からの距離が近いほど、その島に生息する種の数が多くなるという関係を示した。この関係を保護区の設計に応用しようとする議論から生まれたのが、SLOSS論争である。

4.1 一つの大きな保護区か、複数の小さな保護区か

SLOSSとは「Single Large Or Several Small」の頭文字であり、同じ総面積を確保するなら、一つの大きな保護区にまとめるべきか、それとも複数の小さな保護区に分けるべきかという設計上の問いである。1975年、ジャレド・ダイアモンド(Jared M. Diamond)は島の生物地理学の知見をもとに、一般には一つの大きな保護区の方が多くの種を維持できると論じた。これに対して1976年、ダニエル・シンバーロフ(Daniel Simberloff)とローレンス・エイブル(Lawrence G. Abele)は、種によって必要とする条件が異なる以上、複数の小さな保護区の方が多様な環境を含み、結果として多くの種を維持できる場合もあると反論した。この論争は1980年代を通じて続き、分断化そのものが引き起こす追加的な悪影響——縁辺部の環境変化や個体群間の孤立——を強調する立場からも議論が重ねられた。

今日では、この論争に単一の正解はなく、対象とする種や地域の条件によって最適な設計は異なる、という理解が一般的である。ただし、この論争を通じて明らかになった重要な論点が二つある。第一に、緑地の面積が大きいほど、一般により多くの種を支えられるという傾向自体は否定されていない。第二に、複数の小さな緑地であっても、それらがコリドー(回廊)と呼ばれる帯状の緑でつながっていれば、生物が行き来できるようになり、孤立の悪影響をある程度緩和できる。この二点は、都市の中に多数の小さな公園が分散して存在する磐田市のような自治体を考える上で、重要な手がかりになる。

分断地図面積
図4緑地が分断されると孤立した島のようになる。一つの大きな緑地か複数の小さな緑地かという設計論がSLOSS論争である。
パラダイム重視する要因主な対応
小個体群パラダイム個体数の少なさそのもの(遺伝的多様性・確率的変動)個体群存続モデルによる最小存続可能個体数の推定
減少個体群パラダイム個体群を減少させている外部要因(生息地破壊・乱獲・外来種等)減少の原因の特定と除去

4.2 コリドーだけでなく「間」の質も問題になる

景観生態学は、パッチとコリドーだけでなく、それらを取り囲む基質であるマトリクスの性質にも注目する。同じ距離だけ離れた二つの緑地であっても、その間が舗装された駐車場で埋められているか、庭木のある住宅地で埋められているかによって、生物にとっての移動のしやすさ(浸透性)は大きく異なる。コリドーのように明確に緑がつながっていなくても、マトリクスの浸透性が高ければ、生物は飛び石を伝うように緑地間を移動できる場合がある。この視点は、公園そのものの設計だけでなく、公園の周辺に広がる街路樹や生垣、庭先の植栽といった、公園の外側にある緑の量と質もまた、公園の生物多様性上の価値に影響することを示している。

この議論は、緑がつながっているかどうかを、地図の上の距離だけで判断してはならないことも示している。生態学では、地図の上で緑が物理的に連続しているかどうかを構造的連結性、実際にある生物がその経路を使って移動できているかどうかを機能的連結性として区別する。二つの公園の間に緑地図上のつながりがあっても、それが交通量の多い道路で分断されていれば、多くの生物にとって機能的な連結性は乏しいままである。都市計画の分野では、都市緑地法に基づき多くの市町村が「緑の基本計画」を策定し、公園・緑地・河川敷などを一つの緑のネットワークとして位置づける取り組みを進めているが、その計画が生物にとっての機能的な連結性まで保証するとは限らない点には留意が必要である。

4.4 都市公園とコリドーという発想

磐田市には、街区公園51園を筆頭に、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、緑道2園など、多様な規模の公園・緑地が9地区に分散して存在する(データの詳細は第9節で述べる)。SLOSS論争の知見を踏まえるなら、これらを単独の緑地としてではなく、街路樹や河川沿いの緑、庭木といった公園以外の緑とあわせて、一つのゆるやかなネットワークとして捉える視点が有効になる可能性がある。ただし、当サイトのデータには公園間をつなぐ緑の連続性についての情報は含まれておらず、実際にコリドーとして機能しているかどうかは、地図の上の推測にとどまる。この点も、今後の踏査によって初めて確かめられる論点である。

5. レッドリストと保全の優先順位づけ

保全のための資源は無限ではない。どの種を優先的に守るかを判断するための道具として、保全生物学はレッドリストという仕組みを発展させてきた。国際自然保護連合(IUCN)は、絶滅の危険度に応じて種を分類する基準を定めており、2001年に公表されたバージョン3.1が現在広く用いられている枠組みである。この基準は、個体数の減少率、生息域の広さ、成熟した個体数の少なさといった、定量的な基準の組み合わせによって、種を絶滅の危険度の高い順にいくつかのカテゴリーに割り振る。

5.1 カテゴリーが示すもの

カテゴリー意味
絶滅(EX)既に絶滅したと判断される種
野生絶滅(EW)野生では絶滅し、飼育・栽培下でのみ存続する種
絶滅危惧(CR・EN・VU)絶滅の危険性が極めて高い〜高いと評価された種
準絶滅危惧(NT)現時点では絶滅危惧ではないが、近い将来その恐れが高まる種
低危険度(LC)広く分布し、個体数も多いと評価される種
情報不足(DD)評価に十分な情報が得られていない種

日本国内では、環境省がこのIUCNの基準に準拠したレッドリストを作成し、定期的に見直している。またレッドリストとは別に、法的な保護の枠組みとして、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(1992年、通称・種の保存法)が、特に指定された種の捕獲や譲渡を規制している。レッドリストへの掲載は法的な規制を直ちに伴うものではないが、保全の優先順位を社会に示す基準として、政策や研究資源の配分に大きな影響を与えている。環境省のレッドリストに加えて、多くの都道府県が独自に地域版レッドリストを作成している。これは、国のレベルでは個体数が多くても、ある地域では局所的に減少している種を拾い上げるためであり、生物多様性の評価が国全体の一枚岩の基準だけでは捉えきれないことを示している。

5.2 評価の基準と、そこに含まれない視点

IUCNの基準は、個体数の減少率、生息域の広さの縮小、成熟個体数の少なさ、絶滅確率の定量的な推定といった、複数の基準(AからEまでの五つの基準群)のいずれかに該当するかどうかで判定される。この手続きは、専門家の主観的な印象ではなく、可能な限り定量的なデータに基づいて評価を行おうとする点に特徴がある。しかし裏を返せば、十分なデータが存在しない種や地域については、この手続き自体を適用できない。前述の「情報不足」というカテゴリーは、その種が安全であることを意味するのではなく、評価に必要な調査そのものがまだ行われていないことを意味する点に注意が必要である。

5.3 「指定されない種」という論点

ここで重要なのは、レッドリストが評価するのはあくまで個々の種であり、ある場所全体の生物多様性の豊かさそのものを直接測る指標ではないという点である。ある公園に絶滅危惧種が一種もいなかったとしても、その公園が生物多様性上まったく無価値だということにはならない。低危険度に分類される、いわゆる「普通種」であっても、都市の中でその個体群を維持することには、地域の生態系の機能——花粉の運搬、種子の散布、害虫の抑制——を支えるという意味がありうる。レッドリストは希少種を可視化する強力な道具である一方、それが光を当てない「ありふれた自然」の価値については、別の理論的な根拠が必要になる。この論点は第7節の「経験の消失」論で改めて取り上げる。

もう一つの限界は、レッドリストへの掲載には専門家による調査と評価の蓄積が必要であり、十分に調査されていない分類群や地域については、実際には危機的な状況にあっても「情報不足」にとどまる場合があるという点である。都市の中の小さな公園に、どのような生物がどの程度の個体数で暮らしているかを網羅的に調べた例は多くない。磐田市の公園についても、現時点でレッドリストに基づく評価を行うための生物調査のデータは存在せず、この点は当サイトの踏査を含む今後の課題として残る。

レッドリストは固定的な名簿ではなく、新しい調査結果を反映して定期的に改訂される、生きた評価の集積である。あるカテゴリーに一度分類された種が、保全策の効果によって危険度の低いカテゴリーに移ることもあれば、逆に新たな脅威が判明して危険度が引き上げられることもある。この改訂の仕組みは、保全生物学が「一度評価して終わり」ではなく、モニタリングと評価を繰り返す継続的な営みであることを反映している。都市公園についても、もし将来なんらかの希少種の生息が確認されれば、その公園の位置づけは大きく変わりうる。現時点での「情報不足」は、将来にわたる評価を排除するものではない。

分類段階希少種
図5レッドリストは種ごとの絶滅の危険度を示す道具だが、公園全体の価値をそのまま測るものではない。

6. 都市公園は希少種の生息地たりうるか——限界の検討

ここまで整理してきた概念——最小存続可能個体数、絶滅の渦、生息地の分断、レッドリスト——を都市公園に当てはめると、一つの率直な問いに行き着く。都市公園は、絶滅の危機に瀕した希少な野生生物の生息地として機能しうるのか。結論を先取りすれば、答えは限定的である。以下、その理由を三つの制約として整理する。

6.1 面積という制約

第一の制約は面積である。島の生物地理学が示すとおり、生息地の面積は、そこで維持できる個体群の大きさと種の数に直接影響する。国土交通省の指針では、街区公園の標準的な面積は0.25haとされ、これは多くの野生生物、とりわけ行動範囲の広い鳥類や哺乳類にとって、単独で個体群を維持するには小さすぎる面積である。磐田市の公園100園のうち、面積の大きい部類に入るのは竜洋海洋公園や兎山公園、つつじ公園といった総合公園・地区公園・風致公園であるが、これらでさえ、手つかずの自然保護区と比べれば限られた広さにとどまる。

6.2 孤立と攪乱という制約

第二の制約は孤立である。SLOSS論争が示したように、周囲を市街地に囲まれた緑地は、他の生息地から切り離された島のような状態になりやすい。移動能力の低い生物にとって、公園と公園の間、あるいは公園と郊外の自然林との間にある道路や住宅地は、越えることの難しい障壁になりうる。第三の制約は攪乱である。公園は人の利用を前提とした施設であり、除草・剪定・清掃といった管理作業、多数の人の出入り、夜間の照明といった要素が、野生生物にとっての生息環境を絶えず変化させる。これらの攪乱は人の利用にとっては必要なものであっても、繁殖期に敏感な種や、暗く静かな環境を必要とする種にとっては、生息を難しくする要因になりうる。防犯灯や外灯による夜間の人工照明は、光害(light pollution)として、夜行性の昆虫の行動や、夜間に渡りを行う鳥類の方向感覚に影響しうることも、近年の生態学の知見として指摘されている。

  • 面積——単独で個体群を維持するには小さいことが多い
  • 孤立——市街地に囲まれ、他の生息地から切り離されやすい
  • 攪乱——管理作業や人の出入り、照明が生息環境を変化させる

6.3 生き物の側にも向き・不向きがある

三つの制約は、あらゆる生物に同じ重みでのしかかるわけではない。生態学では、限られた種類の資源や環境条件にしか適応できない種をスペシャリスト(specialist)、幅広い条件で生きられる種をジェネラリスト(generalist)と呼ぶ。マイケル・マッキニー(Michael L. McKinney)は2002年の論文で、都市の生物相を、都市環境をむしろ利用して増える「都市利用種」、様々な環境に適応して生き残る「都市適応種」、都市化に耐えられず姿を消す「都市回避種」の三つに分けて論じた。攪乱に強く、移動能力が高いジェネラリストは都市利用種・都市適応種になりやすく、特定の環境に依存するスペシャリストは都市回避種になりやすい。

この分類を踏まえると、都市公園で日常的に観察される生き物の多くは、もともと都市という攪乱の多い環境に適応したジェネラリストである可能性が高い。これは、都市公園が生物多様性の観点から無価値であることを意味しない。ジェネラリストの個体群を安定して維持することにも、地域の生態系の機能を支えるという意味がある。ただし、都市回避種にあたるスペシャリスト——特定の樹種や湿地の水質に依存する種など——にとって、都市公園が生息地になる可能性は一段と低くなる。この非対称性は、都市公園に何を期待できるかを考えるうえで重要な補助線になる。

これら三つの制約——面積・孤立・攪乱——を踏まえると、都市公園を絶滅危惧種の保全の主戦場として期待するのは現実的ではない、という保全生物学的な評価はおおむね妥当である。この評価は都市公園の価値を否定するものではなく、むしろ、公園に何を期待すべきかを的確に見定めるために必要な作業である。過大な期待を寄せてかえって落胆するよりも、公園が現実に果たしうる役割を見極める方が、長期的には公園と生物多様性の双方にとって有益だと考えられる。

公園限界問い
図6面積・孤立・攪乱という三つの制約から、都市公園を希少種の主要な生息地として期待するのは難しい。

以上の検討は、都市公園に生物多様性上の価値がないと結論づけるものではない。むしろ、希少種の保全という一つの物差しだけで公園を評価することの限界を示している。次節では、この限界を踏まえたうえで、都市公園が別の物差しに照らして持ちうる価値を検討する。

7. 「経験の消失」論——普通種と身近な自然の価値

都市公園が希少種の保全の主戦場になりにくいとしても、それは公園が生物多様性にとって無意味であることを意味しない。この点を理論的に支えるのが、アメリカの博物学者ロバート・マイケル・パイル(Robert Michael Pyle)が1978年の小論「The Extinction of Experience」で提唱した経験の消失(extinction of experience)という概念である。パイルは、種そのものの絶滅とは別に、人が日常の中で野生の生き物に触れる機会そのものが失われていく過程を問題にした。身近な自然が失われ、あるいは人がそこに足を運ばなくなることで、たとえ種が絶滅していなくても、人と自然との関わりは静かに消えていく。パイルはこれを、種の絶滅そのものよりも見過ごされやすい、もう一つの喪失として位置づけた。

7.1 なぜ「関わりの消失」が問題なのか

経験の消失がなぜ重要なのか。その答えは、保全という営みを最終的に支えているのが、人々の自然への関心そのものだという点にある。ある生き物を守ろうとする社会的な合意は、多くの場合、人がその生き物や、それに類する身近な自然に触れた経験から生まれる。幼い頃に虫を捕まえ、鳥の声を聞き分け、水辺でオタマジャクシを見た経験を持たない世代が増えれば、絶滅危惧種の保護に予算を割くべきだという主張そのものへの理解も、社会の中で先細っていく可能性がある。心理学者ピーター・カーン(Peter H. Kahn Jr.)は、こうした自然への感覚の基準が世代ごとに切り下がっていく現象を「環境的世代健忘(environmental generational amnesia)」と呼んだ。今の世代にとって「当たり前の自然の豊かさ」は、前の世代が経験した豊かさよりもすでに乏しいかもしれないが、その乏しさに気づく手がかり自体が失われていく。

7.2 都市の身近な自然というインターフェース

2005年、アメリカのジャーナリスト、リチャード・ラブ(Richard Louv)は著書『Last Child in the Woods』で、自然と触れる機会を失った子どもたちに現れる心身の状態を「自然欠乏障害」と呼び、これは医学的な診断名ではないが、社会に広く知られる言葉となった。2016年には生態学者の曽我昌史(Masashi Soga)とケヴィン・ガストン(Kevin J. Gaston)が、経験の消失をめぐるそれまでの研究を整理し、都市化と生活様式の変化が、人と自然との直接的な関わりを世界的に減らしていることを示す研究群があることを論じた。この文脈に置くと、都市公園、とりわけ多くの人が日常的に訪れる街区公園や近隣公園の意味は、大きく異なって見えてくる。そこにいるのが希少種ではなく、スズメやモンシロチョウ、ダンゴムシといった普通種であっても、それらとの出会いは、子どもが自然という存在そのものを知る最初の窓になりうる。

7.3 機会の喪失と方向づけの喪失

ソガとガストン(2016)は、経験の消失を引き起こす仕組みを、二つに分けて整理している。一つは機会の喪失であり、身近な場所に緑や生き物そのものが物理的に少なくなることで、自然と出会う機会自体が減っていく過程である。もう一つは方向づけの喪失であり、たとえ身近に自然が残っていても、生活様式の変化——屋内で過ごす時間の増加、電子機器の利用時間の増加など——によって、人がそちらに関心を向けなくなっていく過程である。都市公園について考えるとき、この二分法は有用な視点を与える。公園という物理的な緑地を維持すること自体は前者の機会の喪失を防ぐ手段になりうるが、そこに足を運び、生き物に目を向けるという行動が伴わなければ、後者の方向づけの喪失は防げない。

この観点に立てば、都市公園の生物多様性上の価値は、「何種の希少種を守っているか」ではなく「何人の、とりわけ何人の子どもの、自然への関わりの入口になっているか」という、別の指標で測るべきものになる。この価値は、これまでの節で検討してきた最小存続可能個体数やレッドリストのような定量的な基準にはなじみにくいが、保全生物学が最終的に依拠している「保全を支持する社会的な基盤」を長期的に維持するという意味で、決して副次的な論点ではない。むしろ、遠い自然保護区の生物多様性を守るための社会的合意そのものが、身近な公園での経験によって支えられている、という逆向きの因果関係を考える必要がある。

子どもまなざし
図7普通種との日常的な出会いは、自然への関心という保全を支える社会的な基盤を育てる。

こうして見ると、第5節で触れた「指定されない種」という論点は、経験の消失論によって理論的な裏づけを得る。レッドリストに載らない普通種であっても、それとの出会いが積み重なることで、社会全体の自然への関心という、保全を下支えする資源が育まれる。次節では、この価値づけに対して予想される反論を検討したうえで、都市公園を保全生物学の中でどう位置づけるべきかを整理する。

8. 反論への応答と生物多様性国家戦略のなかの都市公園

ここまでの議論に対しては、少なくとも二つの反論が想定される。第一の反論は、「経験の消失という論点は心理学や教育学の話であって、保全生物学の本題である種の存続とは別問題だ」というものである。第二の反論は、「限られた保全の資源を、生物多様性上の価値が乏しい都市公園に振り向けるのは非効率であり、真に重要な自然保護区に集中すべきだ」というものである。両者はいずれも一定の説得力を持つが、以下で順に検討する。

8.1 「別問題だ」という反論への応答

第一の反論については、保全生物学という学問自体が、純粋な生物学にとどまらず、社会や政策との接点を含む学問として成立してきたことを踏まえる必要がある。ソーレが保全生物学を「危機の学問」と呼んだとき、そこには価値判断と実践への関与が不可分に含まれていた。種を守るという実践は、最終的には社会がそれを望むかどうかにかかっており、その社会的な意思の形成に、人と自然との日常的な関わりが関係している以上、経験の消失は保全生物学にとって周辺的な話題ではなく、保全という営みの土台に関わる論点だと位置づけられる。

8.2 「非効率だ」という反論への応答と国家戦略

第二の反論については、資源配分の議論として一定の妥当性を認める必要がある。実際、限られた保全予算をどこに投じるべきかという問いに対して、都市公園よりも生物多様性の集積地を優先すべきだという主張は、種の保全という目的だけを見れば筋が通っている。しかし、この反論は保全のための資源そのものが、社会からの継続的な支持なしには確保できないという前提を見落としがちである。都市公園における身近な自然との関わりは、遠い保護区への投資を社会が是認し続けるための、いわば土壌を耕す役割を担っていると考えられる。両者は代替関係ではなく、補完関係にあるとみるべきだろう。

この補完的な位置づけは、日本の政策の中にも表れている。環境省が2023年3月に閣議決定した生物多様性国家戦略2023-2030は、陸と海の30%以上を保全する国際目標(いわゆる30by30)を掲げる一方で、都市の緑地や身近な自然を「人と自然のつながりを回復する場」として位置づけている。この戦略の背景には、2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で採択された愛知目標があり、そこでは種や生態系の保全だけでなく、人々の生物多様性に対する認識を高めることそのものが目標の一つとして掲げられていた。都市公園が担いうる役割は、この「認識を高める」という目標に直接対応している。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標15「陸の豊かさも守ろう」も、同様に生態系の保全と人々の関わりの双方を射程に含んでいる。

生物多様性国家戦略2023-2030はまた、法定の保護区以外の場所であっても生物多様性の保全に資する取り組みが行われている区域を認定する仕組み(OECM、Other Effective area-based Conservation Measures)を国内制度として導入する方針を示している。この制度がどこまで都市の公園に適用されうるかは今後の運用次第であるが、都市の緑地は保全の主戦場になりえないという前提そのものが、部分的に見直されていく可能性を示す動きとして注目される。

8.3 文化的生態系サービスという接続点

この補完関係を理論的に位置づける概念として、2005年に公表されたミレニアム生態系評価(Millennium Ecosystem Assessment)が整理した生態系サービスの枠組みが参考になる。同評価は生態系がもたらす恩恵を、食料や水などの供給サービス、気候の調整などの調整サービス、土壌形成などの基盤サービス、そしてレクリエーションや精神的な充足、自然についての知識や教育といった文化的サービスの四つに分類した。都市公園における身近な自然との関わりは、この文化的サービスに該当する。希少種の保全が主に供給サービスや基盤サービスの土台を守る営みだとすれば、都市公園が担うのは主に文化的サービスの提供であり、両者は同じ生態系サービスという枠組みの中で、異なる区分を分担していると整理できる。

もう一つの接続点は、近年広がりを見せる市民科学(citizen science)である。専門家による網羅的な生物調査には限界がある一方で、公園を訪れる市民が日常的な観察を記録として積み重ねれば、専門的な調査では拾いきれない身近な生物相の変化を捉えられる可能性がある。この営みは、身近な自然との関わりという文化的サービスを享受する行為であると同時に、希少種を含む生物多様性の実態を把握するための情報を補う行為にもなりうる。都市公園における「経験の消失」への対応と、専門的な保全のためのデータ収集とが、市民科学という一つの営みの中で重なり合う可能性がここにある。

合意国家戦略応答
図8都市公園での身近な自然との関わりは、保全を支持する社会的な合意を耕す役割を担いうる。

9. 磐田市の公園への示唆

以上の整理を、磐田市の公園100園に即して具体的に考えてみたい。ただし、あらかじめ強調しておくべき前提がある。当サイト(ATAWI PARK)が現時点で持つデータは、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」および市の施設ガイドに由来する、名称・種別・面積・地区・トイレや砂場・遊具の有無といった項目に限られており、動植物の種構成や個体数についての情報は一切含まれていない。踏査(現地調査)は2026年8月16日時点でまだ始まっておらず、以下の記述は、公園の種別と面積という限られた情報から導ける「見通し」にとどまる。特定の公園に希少種が生息しているか否かを、当サイトが判断することはできない。

9.1 パッチの候補としての大きな公園

面積の観点から見ると、磐田市の公園のうち、総合公園3園(竜洋海洋公園・かぶと塚公園・福田公園)、運動公園3園、地区公園4園、風致公園3園は、比較的まとまった面積を持つ。中でも風致公園に分類される竜洋昆虫自然観察公園やいわたエコパーク、つつじ公園は、名称や種別からして、自然観察や身近な生き物との関わりを意図した公園であることがうかがえる。地区公園の兎山公園や安久路公園も、市の施設ガイドによれば広い敷地に多様な施設を含んでおり、面積の面では第4節で述べたSLOSS論争の「大きな緑地」の候補になりうる。ただし、これらの公園が実際にどのような植生や生物相を持つかについて、当サイトは現時点で情報を持たない。

磐田市緑地踏査
図9磐田市の公園を種別ごとに読むと大小の緑地の候補が浮かぶが、生物相は踏査を待たねば分からない。

9.2 ステッピングストーンの候補としての小さな公園

一方、磐田市の公園の過半を占める街区公園51園は、国土交通省の指針が示す標準面積0.25ha・誘致距離250mというきめ細かな配置密度で分布している。第4節で述べたコリドーの発想を踏まえるなら、これら多数の小さな公園は、単独では小さな島にすぎなくとも、周辺の庭木や街路樹とあわせて、生き物が移動する際の飛び石(ステッピングストーン)として機能する可能性がある。磐田市は見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡の9地区からなり、地区ごとの公園数には豊田28園から南部・向陽各2園まで大きな幅がある。この分布の偏りが、地区ごとの身近な自然への近さの違いにもつながっている可能性があるが、これも当サイトのデータだけでは確かめられない。

9.3 「経験の消失」への応答としての公園

生物相のデータを持たない現状でも言えることが一つある。それは、磐田市の公園100園、とりわけトイレ・砂場・遊具を備えた街区公園や近隣公園の多くが、子どもたちにとって、スズメやツバメ、モンシロチョウやダンゴムシ、あるいは公園によっては水辺の生き物と出会う、最も身近な場所になりうるという点である。第7節で述べた「経験の消失」への応答という観点に立てば、これらの公園がどれほど珍しい種を抱えているかにかかわらず、日常の中で自然に触れる機会を提供しているという事実そのものに意味がある。磐田市の施設ガイドには園内施設として「複合遊具」「健康遊具」といった人のための設備が並ぶ一方で、樹木や芝生、花壇についての記載がある公園も少なくなく、これらもまた、身近な自然との接点として位置づけ直すことができる。

9.4 データが語ることと語らないこと

  • トイレ有:オープンデータ94行のうち69園
  • 車いす対応トイレ有:同34園
  • 砂場有:同43園
  • 遊具有:同64園

磐田市オープンデータが記録するのは、この一覧のようなトイレ・砂場・遊具といった人のための設備の有無であり、樹種や下草の状態、水辺の有無、鳥や昆虫の観察記録といった、生物多様性を考えるうえで手がかりになる項目は含まれていない。これは市のデータの不備ではなく、そもそも都市公園一覧が公園を人の利用施設として管理するために作られたデータであることの表れである。第2節で述べた三階層のうち、このデータから直接読み取れるのは、公園という生態系のごく一部——人が持ち込んだ施設の分布——にすぎない。生き物の側から公園を読み直すには、このデータとは別の観察の蓄積が必要になる。

最後に、磐田市都市整備課が公園の管理を担っていることも付言しておく。生物多様性の観点から公園の植栽や管理方針を見直すことは、遊具の安全点検や施設の維持とは異なる専門性を要する作業であり、当サイトが提案できる範囲を超える。当サイトにできるのは、今後の踏査を通じて、各公園の樹木や草地の状態、水辺の有無といった、生物多様性を考える手がかりになる情報を、可能な範囲で記録していくことである。

10. 結論と今後の課題

本稿は、保全生物学の基本概念——生物多様性の三階層、最小存続可能個体数、絶滅の渦、個体群パラダイムの対立、生息地の分断とSLOSS論争、レッドリストによる優先順位づけ——を整理したうえで、都市公園がこれらの基準に照らして希少種の生息地として機能する可能性には、面積・孤立・攪乱という三つの制約から限界があることを確認した。そのうえで、パイルの「経験の消失」という概念を軸に、都市公園の価値を「希少種を守る場所」としてではなく「人と身近な自然との関わりを保つ入口」として捉え直す視点を提示した。この視点は、都市公園を保全生物学の周辺的な対象から外すのではなく、保全という営みを社会的に支える基盤として位置づけ直すものである。

反論として想定した「別問題だ」「非効率だ」という二つの立場に対しては、保全生物学がもともと価値判断と実践を含む学問であること、そして身近な自然との関わりが、遠い保護区への支持を社会が維持するための土壌になりうることを論じた。この補完的な関係は、環境省の生物多様性国家戦略2023-2030や、2010年のCOP10で採択された愛知目標にも反映されている。都市公園と自然保護区は、対立する優先順位ではなく、異なる役割を担う二つの場として理解すべきである。

本稿が繰り返し確認してきたのは、保全生物学という一つの学問の中にも、種や個体群の存続可能性という厳密で定量的な問いと、人と自然との関わりという、より広く緩やかな問いの両方が含まれているという事実である。前者の基準に照らせば、磐田市の公園100園の多くは、希少な野生生物にとって決定的な生息地とはいえないだろう。しかし後者の基準に照らせば、これらの公園は、日々そこを訪れる人にとって、自然という存在そのものと出会う数少ない場所でありうる。二つの基準を混同せず、しかし切り離しもせずに扱うことが、都市公園を保全生物学の対象として論じる際の要点である。

10.1 本稿の限界

本稿にはいくつかの明確な限界がある。第一に、本稿は文献整理と概念分析にとどまり、独自の生物調査を行っていない。第二に、磐田市の公園については、動植物の種構成や個体数についてのデータが当サイトに存在せず、第9節で述べた大小の公園の位置づけは、面積と種別という限られた情報からの見通しにすぎない。第三に、「経験の消失」という概念自体、その効果を定量的に測定することが難しく、本稿で紹介した研究群も、その存在自体は確かであるとしても、具体的にどの程度の効果があるかについては慎重な留保が必要である。

10.2 今後の課題

今後の課題は大きく三つに分けられる。第一に、当サイトが計画している踏査を通じて、各公園の樹木・草地・水辺の状態や、目に見える範囲での生き物の気配を、可能な範囲で記録していくことである。これは専門的な生物調査に代わるものではないが、公園を「生き物の生息場所」として捉え直すための最初の一歩になりうる。第二に、磐田市や近隣の自治体、あるいは市民による自然観察の記録といった、当サイトの外部にある情報と接続し、公園の生物多様性についてのより確かな知見を積み重ねていくことである。第8節で触れた市民科学の考え方は、この接続を具体化する一つの手がかりになる。

第三の課題は、本稿で示した「大きな緑地の候補」「ステッピングストーンの候補」という位置づけ自体を、踏査の結果によって書き換えていく姿勢を保つことである。保全生物学は、限られた情報の中でも判断し行動することを求める「危機の学問」であると同時に、その判断を新しい知見によって絶えず更新していくことを前提とする学問でもある。磐田市の公園100園について当サイトが今描ける地図は、あくまで種別と面積という粗い情報からの素描にすぎない。この素描を、踏査と記録の蓄積によって少しずつ描き直していくこと自体が、保全生物学の姿勢を小さな規模で実践する試みだといえる。

保全生物学が示す通り、種を存続させる営みには時間がかかる。同様に、身近な自然への関わりを取り戻す営みも、一朝一夕には進まない、息の長い課題である。都市公園という小さな場所から見えてくるのは、生物多様性の保全が、専門家だけの営みではなく、そこを日常的に訪れる一人ひとりの経験の積み重ねによっても支えられているという、保全生物学の別の顔である。

課題今後確認
図10踏査と記録の蓄積によって、公園を生き物の生息場所として読み直す作業はこれから始まる。

本稿の冒頭で述べた問い——公園を守ることは、公園に暮らす生き物を守ることになりうるのか——に対する現時点での答えは、単純な「なる」でも「ならない」でもない。多くの場合、都市公園は希少な種そのものを守る場所にはなりにくい。しかし、そこに暮らす、あるいはそこを訪れる普通の生き物との出会いを通じて、生物多様性という考え方そのものを次の世代に手渡す場所にはなりうる。この二つの答えをともに携えたうえで公園を眺めることが、保全生物学が本稿を通じて示しうる、ささやかだが確かな視座である。

参考文献

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  23. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  24. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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