自然科学・環境昆虫学

公園の昆虫相——ハチ・蚊・チョウ・セミの季節性と、刺す虫との距離のとり方

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:昆虫学 公開・更新 2026-08-17 本文 約21,545字 読了目安 39分

要旨

本稿の目的は、都市公園を「昆虫の生息場所」として読み直し、そこに暮らす虫の顔ぶれと季節性を昆虫学の基本概念で整理したうえで、子育て世代が抱く二つの関心——「刺す虫とどう距離をとるか」と「虫を子どもとどう観察するか」——に、恐れでも軽視でもない答えを与えることである。方法は文献整理と概念分析であり、昆虫の分類・変態・外温性・休眠といった基礎概念、社会性昆虫の巣防衛の理論、都市昆虫学の枠組みを用いる。特定の公園の生息記録は扱わず、一般論として述べる。

検討の結果、次の四点が示される。第一に、公園の昆虫は「花に来る虫・樹液に来る虫・地面の虫・水辺の虫」の四類型で見通しがよくなり、どの類型が現れるかは公園の面積よりも植栽と水辺の有無に左右されること。第二に、昆虫の季節性は気温に強く依存し、春のチョウ、夏のセミ、秋のスズメバチの活発化、夏から秋の蚊という一年の型が読めること。第三に、ミツバチ・アシナガバチ・スズメバチはいずれも「巣を守るために刺す」のであって人を襲うために刺すのではなく、この理解から「巣に近づかない・静かに離れる・払わない」という刺されにくい行動が導けること。第四に、昆虫観察は幼児期の科学的な見方の入り口として教育的価値が大きく、「虫のいない公園」を目指す管理は生態系の働きと教育の機会の双方を損なうこと。

最後に、磐田市の都市公園100園のデータをこの枠組みで読み、竜洋昆虫自然観察公園(風致公園・約2.9ha)や水辺をもつ近隣公園・地区公園、そして誘致距離250mで配置される街区公園51園を、それぞれ昆虫との出会いの場として位置づける。ただし当サイトのデータには植生や昆虫の記録が含まれず、現地踏査はこれからである。医学的な判断は医療機関へ、巣の除去などの管理判断は公園管理者へ返すべきことも併せて確認する。

キーワード昆虫学都市昆虫学季節性社会性昆虫スズメバチ蚊の発生源自然観察

1. はじめに——問題の所在

公園を利用する親が「虫」という言葉で思い浮かべるものは、二つに分かれる。一つは、子どもがしゃがみ込んで見つめるダンゴムシやアリ、夏の朝に木の幹で見つけるセミの抜け殻のような「観察の対象としての虫」である。もう一つは、ブランコの上を飛び回るハチ、夕方の藪から出てくる蚊、ツバキの葉裏に群れる毛虫のような「避けたい虫」である。前者は公園の楽しみであり、後者は公園を敬遠する理由になる。この二つはしばしば別々に語られるが、昆虫学の目で見れば同じ一つの世界の表と裏である。花に来るミツバチは観察の対象であると同時に、稀に刺す虫でもある。ならば必要なのは、虫を「かわいい」か「こわい」かで二分することではなく、公園にどんな虫が、いつ、どこに、なぜいるのかを一続きの知識として持つことである。

昆虫学(entomology)は、節足動物のうち昆虫綱に属する生き物——体が頭・胸・腹に分かれ、六本の脚をもち、多くは四枚の翅をもつ動物——の分類・形態・生理・行動・生態を研究する学問である。地球上で名前の付いた動物の過半を昆虫が占めるとされ、日本国内でも三万種を超える昆虫が知られているとされる。公園という限られた空間にも、目を凝らせば相当の種類が暮らしている。本稿は、この学問の基礎概念を借りて、都市公園の昆虫相(そこに見られる昆虫の顔ぶれ)を整理し、そこから子育て世代・行政・地域の関係者にとって実用的な見取り図を導こうとするものである。

1.1 問い

本稿の問いは三つある。第一に、都市公園にはどのような昆虫が、どのような環境に対応して現れるのか。第二に、その顔ぶれは一年のうちでどう移り変わり、なかでもハチや蚊のような「刺す虫」との出会いはいつ増えるのか。第三に、刺す虫との距離のとり方と、虫を観察する楽しみとは、どのように両立できるのか。三つの問いは、それぞれ空間(どこに)・時間(いつ)・行動(どうするか)に対応している。従来、公園の虫については「ハチに注意」「蚊の対策」といった注意喚起が個別になされてきたが、それらを一つの生態学的な理解に結び付ける作業は十分でなかったと思われる。

1.2 方法と立場

方法は文献整理と概念分析である。ファーブルの『昆虫記』に始まる観察の伝統、フォン・フリッシュやウィルソンによる社会性昆虫の研究、都市環境の昆虫を扱う都市昆虫学の枠組みを参照しつつ、昆虫の変態・外温性・休眠・巣防衛といった基礎概念を公園に当てはめる。本稿は特定の公園の生息記録を扱わない。磐田市の公園について述べる第8節でも、当サイトが持つ公園の種別・面積・施設のデータの範囲でのみ語り、どの公園にどの虫がいるという記述はしない。現地踏査はこれからだからである。また、ハチ刺されや蚊が媒介する感染症のような医学的事柄については、一般に知られている範囲を「とされる」の形で述べるにとどめ、個別の判断は医療機関へ返す。

本稿の立場を一言で言えば、「虫を減らす」ことではなく「虫を知って距離をとる」ことである。虫のいない公園は、送粉(花粉を運ぶこと)や落ち葉の分解といった生態系の働きを失った公園であり、子どもが最初に出会う科学の教材を失った公園でもある。他方で、スズメバチの巣に子どもを近づけてよいはずもない。この二つの要請の間に線を引くために、昆虫学の知識は役に立つ。

1.3 構成

第2節で昆虫学の基礎概念と先行研究を整理する。第3節で公園の昆虫を「花・樹液・地面・水辺」の四類型に分け、第4節で季節性を論じる。第5節でミツバチ・アシナガバチ・スズメバチの行動の違いを社会性昆虫の理論から説明し、第6節でそこから刺されにくい行動を導く。第7節で蚊の発生源と水辺の管理を扱い、第8節で毛虫との距離のとり方を論じる。第9節で昆虫観察の教育的価値を述べ、「虫のいない公園」を望む立場への応答を試みる。第10節で磐田市の公園データに照らし、第11節で結論と今後の課題を述べる。

公園の虫三つの問い昆虫学
図1観察の対象としての虫と避けたい虫は同じ世界の表裏である。どこに・いつ・どうするかの三つの問いを昆虫学の基礎概念で結び直す。

2. 先行研究と概念の整理

本節では、以下の議論で繰り返し使う昆虫学の基礎概念を四つ——変態、外温性、休眠、社会性——に絞って説明し、続いて都市の昆虫を扱う研究の流れと、昆虫が生態系の中で果たす働きについての基本的な見方を整理する。専門用語はここで一度説明し、以後は説明なしに用いる。

2.1 変態・外温性・休眠・社会性

変態とは、昆虫が卵から成虫になるまでに体のつくりを大きく変えることである。チョウ・ハチ・甲虫・ハエ・蚊は卵→幼虫→蛹→成虫という段階を踏む「完全変態」であり、幼虫と成虫は姿も食べ物も違う。モンシロチョウの幼虫はキャベツの葉を食べ、成虫は花の蜜を吸う。一方、セミ・バッタ・トンボ・カメムシは蛹の時期を持たない「不完全変態」で、幼虫は成虫を小さくしたような姿で、脱皮を重ねて成虫になる。セミの抜け殻は最後の脱皮の跡である。公園でどの姿の虫に出会うかは、この変態の型と季節で決まる。

外温性とは、体温を主に外の環境に依存する性質で、いわゆる変温動物のことである。昆虫の活動量も発育の速さも気温に強く左右される。昆虫学では、ある温度以下では発育が止まる「発育零点」と、その温度を超えた分の熱量を積み上げた「有効積算温度」で発育を予測する考え方が広く用いられる。暖かい年ほど虫の出現が早まり、真夏の暑さで活動が鈍る種があり、朝夕に活動が集中する種があるのは、この外温性の帰結である。休眠とは、冬や乾季など不利な季節を、発育や活動を止めてやり過ごす仕組みである。卵で越冬する種(多くのバッタ・カマキリ)、幼虫や蛹で越冬する種(多くのチョウ・ガ)、成虫で越冬する種(テントウムシ、越冬する女王バチ)があり、越冬の型は春に何が最初に現れるかを決める。

社会性とは、同じ巣に複数世代が同居し、繁殖を担う個体(女王)と担わない個体(働き手)に役割が分かれ、共同で子育てをする生活様式である。アリ、ミツバチ、アシナガバチ、スズメバチ、シロアリがこの性質を持つ。フォン・フリッシュ(1927)はミツバチが尻振りダンスで蜜源の方向と距離を仲間に伝えることを明らかにし、ウィルソン(1971)は社会性昆虫の生態を体系化した。ヘルドブラーとウィルソン(1990)のアリの大著もこの流れにある。本稿にとって重要なのは、社会性昆虫の働き手が「巣を守る」という強い動機を持つという点であり、これが第5節のハチの行動理解の中心になる。

2.2 都市昆虫学という視点

都市の昆虫を一つの研究対象として扱う「都市昆虫学」は、フランキーとエーラー(1978)による総説が一つの区切りとされる。そこでは、都市環境が昆虫にとって、舗装による地表の消失、街灯、外来の植栽、暖かさ(ヒートアイランド)、局所的な水たまりの発生源といった独特の条件を持つことが整理された。都市の昆虫相は、原生の自然に比べて種数が少なく、しかし人の暮らしに適応した種——建物のすき間に営巣するハチ、容器の水で育つ蚊、街灯に集まる甲虫やガ——が目立つ傾向を持つとされる。公園は、そうした都市の中で植物・土・水がまとまって残る場所であり、都市昆虫相の中で「島」の役割を果たすと考えられている。都市の緑地を島とコリドー(回廊)で読む見方は本シリーズの都市生態学の論考に譲り、本稿は公園の中身に集中する。

2.3 昆虫が担う働き——小さきものが世界を動かす

ウィルソン(1987)は「小さきものが世界を動かす」と題した論考で、無脊椎動物、なかでも昆虫が生態系の土台を担っていることを強調した。花粉を運んで植物の実りをもたらす送粉、落ち葉や動物の死骸を分解して土に返す分解、鳥や小動物の餌となる食物連鎖の中継、そして他の虫を捕食・寄生して数を抑える調節。これらは公園でも同じである。公園の花壇に実がなり、落ち葉が土になり、シジュウカラのひなが育つ背後には、無数の昆虫の働きがある。近年、ヨーロッパの保護区で飛翔昆虫の総重量が数十年で大きく減ったとする2017年の報告をはじめ、昆虫の減少を指摘する研究群があり、環境省の生物多様性国家戦略も、身近な自然の質を保つことを掲げている。公園の昆虫を論じることは、単なる「虫の話」ではなく、都市の生態系の土台を論じることでもある。

以上を踏まえ、本稿では公園の昆虫を「どこに(環境)」「いつ(季節)」「どう振る舞うか(行動)」の三軸で見ていく。次節ではまず環境の軸として、公園の昆虫を四つの類型に分ける。

送粉分解食物連鎖
図2昆虫は花粉を運び、落ち葉を土に返し、鳥のひなの餌になる。公園の生態系の土台は小さな虫が支えている。

3. 公園の昆虫の四類型——花・樹液・地面・水辺

公園の昆虫を見通しよく整理するには、種の名前から入るよりも「何を求めてそこにいるか」から入る方がよい。昆虫は食べ物と産卵場所を求めて動くから、公園のどの環境に何が集まるかは、その環境が提供する資源でほぼ決まる。本稿では、公園の昆虫を「花に来る虫」「樹液に来る虫」「地面の虫」「水辺の虫」の四類型に分ける。この分け方は分類学上のものではなく、公園という場所の側から見た生態的な区分である。同じチョウでも成虫は花に来て、幼虫は葉を食べる地面や樹上の虫であるように、一つの種が生活史の段階ごとに別の類型に属することも多い。

3.1 花に来る虫

花壇や花木、芝生に混じるシロツメクサやカタバミの花には、蜜と花粉を求めて多くの昆虫が来る。ミツバチ、マルハナバチ、クマバチなどのハナバチ類、モンシロチョウ・アゲハ・シジミチョウの仲間、ハナアブ、ハナムグリなどである。ここで注意したいのは、ハナアブはハチにそっくりな縞模様を持つが刺さないハエの仲間だということである。捕食者から身を守るために有毒な相手に似せる「ベイツ型擬態」の典型例で、公園でよく見かける「小さなハチ」の多くは実はハナアブである。花に来る虫は採餌に集中しており、人に関心を示さない。花に来ているハチが人を刺すのは、手で握るなど、ハチ自身の身に危険が及んだ場合にほぼ限られる。

3.2 樹液に来る虫

クヌギやコナラのような落葉広葉樹の幹に傷ができ、そこから出た樹液が発酵すると、カブトムシ、クワガタムシ、カナブン、ゴマダラチョウのようなチョウ、そしてスズメバチが集まる。これは雑木林の典型的な光景であり、都市公園でも樹林を持つ大きな公園や、林を残して整備された公園では見られる可能性がある。樹液は限られた場所に集中する資源であるため、そこは昆虫同士の競争の場でもある。スズメバチが樹液に来ているときは、採餌中であって巣を守っているわけではないので、こちらから手を出さなければ攻撃されることは少ないとされるが、子どもがカブトムシ目当てで幹に手を伸ばす際には、先にスズメバチがいないか確かめる習慣が有用である。

3.3 地面の虫

芝生・土・落ち葉・石やベンチの下は、子どもが最も出会いやすい虫の場所である。アリの行列、石の下のダンゴムシ、草むらのバッタやコオロギ、落ち葉の下のミミズやハサミムシがいる。ここで教育上おもしろいのは、ダンゴムシは昆虫ではなく甲殻類(エビやカニに近い等脚類)であり、ミミズは環形動物であることである。「脚が六本か」を数える遊びは、昆虫の定義を体で覚える最初の一歩になる。地面の虫は落ち葉や生き物の死骸を分解する働き手であり、鳥の主要な餌でもある。芝生を短く刈り込み、落ち葉をすべて片付けた公園では、この類型の虫は乏しくなる。逆に、樹木の根元に落ち葉が残る一角があるだけで、地面の虫は目に見えて豊かになる。

3.4 水辺の虫

池、流れ、噴水の水盤、水路のある公園には、水中で育つ昆虫が現れる。トンボの幼虫ヤゴ、アメンボ、ミズスマシ、そして蚊の幼虫ボウフラである。トンボは成虫が空を飛び回るため「空の虫」に見えるが、生活史の大半を水中で過ごす水辺の虫である。水辺の虫の顔ぶれは、水が流れているか止まっているか、植物が生えているか、日が当たるかで大きく変わる。流れのある水では蚊は育ちにくく、止まった小さな水たまりで育つ。この点は第7節で詳しく論じる。水辺はまた、蚊とよく似た姿で人を刺さないユスリカが群れをなして「蚊柱」を作る場所でもある。

類型主な虫の例公園の環境人との関係
花に来る虫ミツバチ・チョウ・ハナアブ・ハナムグリ花壇・花木・芝生の草花採餌中は人に無関心。握らなければ刺されにくい
樹液に来る虫カブトムシ・クワガタ・カナブン・スズメバチクヌギ・コナラなどの樹林幹に手を出す前にスズメバチの有無を確かめる
地面の虫アリ・ダンゴムシ・バッタ・コオロギ芝生・土・落ち葉・石の下最も出会いやすく観察に向く。分解者として重要
水辺の虫トンボ(ヤゴ)・アメンボ・ボウフラ池・流れ・水盤・水路止水は蚊の発生源になりうる。流水では育ちにくい

四類型に収まりきらない虫にも触れておく。夜の公園では、街灯に集まるガや甲虫という「光の虫」が現れる。多くの夜行性昆虫が光に引き寄せられる性質(正の走光性)を持つことは古くから知られており、街灯や自動販売機の明かりは、都市に人工的な虫の集合場所を作ってきた。近年の照明のLED化は紫外線の放出が少なく、集まる虫が減る傾向が指摘されている。また、セミのように「樹木と地面の両方」を必要とする虫もいる。セミの幼虫は樹木の根から汁を吸って土中で育つため、樹木があっても根元まで舗装された環境では世代がつながらない。類型はあくまで見取り図であり、虫の生活史の全体を追うと、公園の環境要素が互いにつながっていることが見えてくる。

この四類型は、公園の設計と管理の言葉に翻訳できる。花壇を置けば花に来る虫が、樹林を残せば樹液に来る虫が、落ち葉を残せば地面の虫が、水辺を作れば水辺の虫が現れる。つまり公園の昆虫相は、面積の大小より「どの環境の組み合わせを持つか」で決まる。小さな街区公園でも花壇と芝生と一本の広葉樹があれば三つの類型が揃いうるし、広くても芝生一面の運動公園では地面の虫に偏る。この見方は第9節で磐田市の公園を読む際の物差しになる。

樹液地面水辺
図3公園の昆虫は求める資源ごとに四類型に分かれる。どの類型が現れるかは面積ではなく、花壇・樹林・落ち葉・水辺という環境の組み合わせで決まる。

4. 季節性——公園の一年を昆虫で読む

昆虫は外温性の動物であるから、その活動は気温の年周期に従う。公園の昆虫相は一年を通じて同じではなく、春・夏・秋・冬で顔ぶれも密度も大きく入れ替わる。この節では、日本の温暖な平野部を念頭に、公園の一年を昆虫の側から描く。季節の型を知ることは、観察の計画を立てるためにも、刺す虫との出会いが増える時期に備えるためにも役立つ。なお、出現の時期は年ごとの気温や地域によって前後するものであり、以下はあくまで typical な型——典型的な進み方——として読まれたい。

4.1 春——越冬明けの虫と最初のチョウ

春に最初に現れる虫は、越冬の型で決まる。成虫で冬を越したキタテハやキタキチョウ、テントウムシは、暖かい日にいち早く飛び始める。モンシロチョウやアゲハは蛹で越冬し、春に羽化した第一世代が菜の花や花壇を訪れる。「初見日」——その年に最初にモンシロチョウを見た日——は、かつて気象庁の生物季節観測の項目にも含まれていた、春の進み方の古典的な物差しである。アリの活動が始まり、芝生ではハナバチが地面近くを飛ぶ。この時期のハチはほとんどが単独か、巣作りを始めたばかりの女王であり、巣を守る働き手の集団はまだ存在しない。したがって春は、一年で最もハチ刺されの心配が小さい季節であり、幼児の虫観察の入門に向く。

4.2 夏——セミの声と虫の最盛期

初夏、樹木のある公園ではセミが鳴き始める。日本の平野部の公園で聞かれる主なセミには、初夏のニイニイゼミ、盛夏のアブラゼミ・クマゼミ・ミンミンゼミ、夏の終わりを告げるツクツクボウシ、樹林の多い場所のヒグラシがあり、鳴く時期と時間帯が種ごとにずれている。セミは幼虫として数年を土の中で過ごし、成虫として過ごすのは数週間である。「セミの成虫は一週間しか生きない」という俗説は正確ではなく、成虫の寿命は数週間に及ぶことが知られているが、幼虫期の長さに比べて成虫期が短いこと自体は確かであり、羽化の跡である抜け殻は、地面と樹木がつながった公園でしか見られない。抜け殻探しは、触っても動かないため虫が苦手な子でも参加でき、種の見分け(大きさ・つや・触角)まで発展できる優れた観察テーマである。

夏はまた、トンボが水辺から羽化し、樹液にカブトムシが集まり、夕方に蚊が活発になる季節でもある。真夏の昼は暑すぎて昆虫の活動がむしろ鈍り、朝夕に観察の好機が集中する。人の熱中症対策と虫の活動時間の両方を考えると、夏の公園は朝の涼しい時間帯が観察に適するということになる。暑さ指数(WBGT)に基づく行動の目安は本シリーズの生気象学の論考に譲る。

4.3 秋——スズメバチの活発化とバッタの季節

秋は二つの顔を持つ。一つは観察の好機としての秋である。バッタ・コオロギ・カマキリが成虫になり、草地で最も見つけやすくなる。夕暮れの虫の声は、聞き分けという聴覚の観察を可能にする。赤トンボが群れ、越冬に向かうチョウが花に集まる。もう一つは、スズメバチの活動が一年で最も活発になる季節としての秋である。スズメバチの巣は春に女王一匹で始まり、夏を通じて働きバチが増え、晩夏から秋に数百匹規模へ達する。巣が最大になり、次世代の女王を育てる時期であるため、巣を守る行動も最も強くなる。ハチ刺されの事故が秋に多いとされるのはこのためである。秋の公園利用では、樹木の茂み・軒下・土の中の巣に気づかず近づくことが最も避けるべき事態であり、具体的な行動は第6節で述べる。

4.4 冬——見えない虫を探す季節

冬の公園に虫はいないように見えるが、実際には姿を変えてそこにいる。樹皮のすき間で越冬するテントウムシ、枝に付いたカマキリの卵鞘(らんしょう)、木の枝に擬態したガの幼虫の巣、土の中のセミの幼虫。冬の観察は「探す」要素が強く、宝探しに似た楽しみがある。また、葉が落ちた冬はスズメバチの古巣が見つかる季節でもあるが、秋までに役目を終えた巣は再利用されず、新しい女王は別の場所で巣を作る。冬の古巣は恐れる対象ではなく、精巧な建築物としての観察対象になりうる。ただし巣の扱いは公園管理者に委ねるのが原則である。

季節観察の主役刺す虫との関係
越冬明けのチョウ・テントウムシ・アリハチは女王のみで巣が小さく、最も心配が少ない
セミ・抜け殻・トンボ・樹液の甲虫夕方に蚊。樹液にスズメバチ。観察は朝が適する
バッタ・コオロギ・カマキリ・赤トンボスズメバチの巣が最大化し防衛が最も強い
越冬中の卵・蛹・成虫、ハチの古巣活動はほぼ止まる。古巣は再利用されない
図4昆虫の一年は気温の周期に従う。春のチョウ、夏のセミ、秋のスズメバチの活発化と虫の声、冬の越冬探し。季節の型を知れば観察も備えも計画できる。

5. ハチの行動学——ミツバチ・アシナガバチ・スズメバチはなぜ、いつ刺すか

「ハチ」と一括りに恐れられる昆虫は、行動の面ではまったく異なる複数のグループからなる。本節では、公園で出会う代表的な三つの社会性のハチ——ミツバチ、アシナガバチ、スズメバチ——について、その生活史と行動の違いを整理する。出発点となるのは第2節で述べた社会性昆虫の基本原理、すなわち「働きバチの針は巣を守るための武器である」という点である。松浦(1988)の書名を借りれば、「スズメバチはなぜ刺すか」という問いへの答えは、ほぼ一言、「巣を守るため」に尽きる。この一点を理解すると、ハチの行動の見え方が変わる。

5.1 ミツバチ——花の上の勤勉な採餌者

ミツバチは数千から数万匹の大きな群れで暮らし、花の蜜と花粉だけを食べる。公園では花壇や花木の上で見かけるが、そこにいるのは巣から採餌に来た働きバチであり、巣そのものは別の場所(樹洞や養蜂箱)にある。採餌中のミツバチは人にほとんど関心を示さない。ミツバチの針には返しがあり、哺乳類の皮膚を刺すと針が抜けて自身も死ぬため、刺すことはミツバチにとって文字どおり命がけの最終手段である。フォン・フリッシュが示した尻振りダンスによる蜜源の伝達は、ミツバチが「花の場所の情報」を中心に組織された生き物であることを物語る。公園でミツバチに刺される場面は、素足で芝生のシロツメクサを踏む、手で握る・払うなど、ハチの体に直接危害が及ぶ場合にほぼ限られるとされる。

5.2 アシナガバチ——軒下の小さな巣の防衛者

アシナガバチはスズメバチ科に属するが、性質はスズメバチより穏やかとされる。巣は春に女王一匹で始まり、最盛期でも数十匹程度と小さく、シャワーヘッドを逆さにしたような露出した巣盤を、軒下・枝・遊具や東屋の裏側などに作る。アシナガバチは巣から離れて青虫などを狩る益虫の面を持ち、狩りの最中に人を刺すことはまずない。危険が生じるのは、巣に気づかず至近距離に近づいたり、巣のある枝を揺らしたりしたときである。公園の管理では、遊具・ベンチ・東屋・トイレの軒といった「人の手が届く高さの構造物」が巣の場所になりうることが重要で、巣の点検はこうした場所を見ることになる。巣を見つけた場合の対応は利用者が自ら行うのではなく、公園管理者への連絡に委ねるべきである。

5.3 スズメバチ——大きな巣と段階的な警告

スズメバチは社会性のハチの中で最も大きな巣を作るグループで、秋には数百匹規模に達する。巣は樹洞・土の中・木の枝・建物の軒などに作られ、外皮に覆われた球形になる。スズメバチが「危険」とされる理由は、毒の強さだけでなく、巣の防衛が組織的である点にある。巣に近づく相手に対して、スズメバチは段階的に振る舞うことが知られている。まず偵察の個体が周囲を飛び、相手にまとわりつく。さらに近づくと、顎をカチカチと鳴らす威嚇音を出すとされる。それでも去らない相手に対して、集団での攻撃が始まる。つまりスズメバチの攻撃には多くの場合「前段階」があり、まとわりつかれた時点で静かに離れれば、攻撃に至らずに済む可能性が高いとされる。この段階性の理解が、次節で述べる行動指針の根拠になる。

また、スズメバチは黒っぽい色や急な動きに強く反応する傾向が知られている。これは天敵(クマなど)への防衛に由来すると考えられている。香水や整髪料の強い匂い、ジュースの甘い匂いが誘引になりうることも指摘されている。いずれも「ハチの側の理屈」を知れば合理的に対処できる事柄である。

項目ミツバチアシナガバチスズメバチ
巣の規模(最盛期)数千〜数万匹数十匹程度数百匹規模
巣の場所樹洞・養蜂箱など閉鎖空間軒下・枝・構造物の裏に露出した巣盤樹洞・土中・枝・軒。外皮に覆われた球形
公園で出会う場面花壇・花木での採餌植え込みでの狩り・構造物の巣樹液・巣の近く・秋の飛翔
刺す主な状況体への直接の危害巣への接近・振動巣への接近。段階的警告の後に集団防衛
返しがあり一度で失う繰り返し刺せる繰り返し刺せる

この三者の違いをまとめれば、ハチの危険は種の「凶暴さ」の問題ではなく、「巣までの距離」の問題である。花の上のミツバチと、巣の前のスズメバチとでは、同じ「ハチがいる」でも意味がまったく違う。次節では、この理解を利用者の具体的な行動に翻訳する。

ハチ巣との距離段階的警告
図5ハチが刺すのは巣を守るときである。危険は種の凶暴さではなく巣までの距離の問題であり、スズメバチの攻撃には多くの場合前段階の警告がある。

6. 刺されにくい行動——距離のとり方の実践

前節の行動学から、公園でハチに刺されにくくなるための行動指針を導く。指針は三つの場面——出会う前・出会ったとき・刺されたとき——に分けて整理する。強調しておきたいのは、これらは「ハチを恐れて公園を避ける」ための知識ではなく、「ハチがいる公園を普通に使う」ための知識だという点である。ハチは公園の送粉と害虫の捕食を担う住人であり、その大多数は人と関わらずに一生を終える。

6.1 出会う前——巣の場所を知り、装いを整える

第一の原則は、巣がありそうな場所を知っておくことである。アシナガバチなら東屋・トイレの軒・遊具の裏・植え込みの枝、スズメバチなら樹洞・土の斜面・茂みの奥である。季節でいえば、巣が大きくなる晩夏から秋に特に意識する。子どもが植え込みの奥や茂みに分け入る遊びをする際、保護者が先に一瞥するだけでも、巣への不意の接近はかなり避けられる。第二の原則は装いである。黒っぽい服より白や淡い色、髪の黒を隠す帽子、強い香りの製品を控えること、ジュースの飲み残しを開けたまま置かないことが、一般に推奨されている。帽子は熱中症対策と兼ねられるため、夏から秋の公園では一石二鳥の装備になる。

6.2 出会ったとき——払わない・騒がない・低く静かに離れる

ハチが近くを飛んでいるときに最も避けるべき行動は、手で払うことである。払う動作はハチの目には急な攻撃と映り、防衛反応を誘発する。花や樹液で採餌中のハチは放っておけばよく、そばを通るだけなら刺激にならない。ハチがまとわりついてくる場合——特にスズメバチが体の周りを執拗に飛ぶ場合——は、巣が近い可能性の警告と受け取り、姿勢を低くして、走らず、静かにその場から離れるのがよいとされる。走って逃げると急な動きがかえって追跡を誘うとされるためである。子どもは反射的に手を振り回してしまうので、「ハチが来たら、木になったつもりで止まって、そーっと下がる」のような合言葉を、平時の遊びの中で練習しておくことに意味がある。恐怖をあおる伝え方ではなく、ハチの理屈を子ども向けに翻訳した伝え方——「ハチさんはおうちを守っているだけ」——が、行動としても定着しやすい。

6.3 刺されたとき——応急対応と医療機関への受診

万一刺された場合の一般的な対応としては、その場から静かに離れ(近くに巣がある可能性が高いため)、傷口を流水で洗い、冷やすことが挙げられている。ミツバチの場合は皮膚に針が残ることがあり、つままずに払い落とすかカードのようなもので横にこそげる方法が紹介されている。重要なのは全身症状の観察である。刺された箇所の痛みや腫れにとどまらず、じんましん・息苦しさ・めまい・吐き気のような全身の症状が現れた場合は、アレルギーの強い反応(アナフィラキシーと呼ばれる)の可能性があるとされ、ためらわず救急要請を含む医療機関への受診が必要である。過去にハチ刺されで強い反応が出たことのある人は、事前に医師へ相談しておくことが勧められている。本稿は医学的な判断の基準を示すものではなく、判断はすべて医療機関に委ねられるべきである。子どもの応急対応については、小児救急電話相談(#8000)のような公的な相談窓口も知られている。

  • 出会う前:巣がありそうな場所(軒・遊具の裏・茂み・土の斜面)を先に一瞥する。白っぽい服と帽子。強い香りと甘い飲み残しを避ける
  • 出会ったとき:払わない・騒がない・走らない。低い姿勢で静かに離れる。まとわりつきは「巣が近い」の警告と受け取る
  • 刺されたとき:静かに離れ、流水で洗って冷やす。全身症状があれば直ちに医療機関へ。判断は医療機関に委ねる
  • 巣を見つけたとき:自分で対処せず、公園の管理者(市の担当課)へ連絡する

最後の項目は特に重要である。公園で巣を見つけた利用者が自ら駆除を試みることは、最も危険な行動の一つである。都市公園の施設の管理は設置者である自治体の責任であり、巣への対応もその一部である。利用者にできる最善の貢献は、位置を正確に伝える通報である。通報は次の利用者を守る公共的な行為でもある。

装い静かに離れる管理者へ通報受診
図6刺されにくい行動は、巣の場所の予測、払わず静かに離れること、巣の通報、全身症状が出たときの受診に整理できる。判断は医療機関・管理者へ。

7. 蚊の発生源生態学——水たまりから公園を読む

夕方の公園で最も身近な「刺す虫」は、ハチではなく蚊である。蚊は昆虫学的にはハエ目の昆虫で、卵・幼虫(ボウフラ)・蛹(オニボウフラ)までを水中で過ごし、成虫だけが空を飛ぶ。この生活史が意味するのは、蚊の対策は飛んでいる成虫を追うことよりも、幼虫が育つ水を断つこと——発生源対策——の方が根本的だということである。本節では、公園でよく出会う蚊の生態と、発生源としての公園の読み方、利用者の側の防御を整理する。

7.1 ヒトスジシマカとアカイエカ——昼の藪の蚊と夜の蚊

公園で人を刺す代表的な蚊は二つの型に分けられる。一つは白黒の縞をもつヒトスジシマカで、いわゆるヤブカである。日中から夕方に活動し、藪や植え込みの陰に潜み、人が近づくと出てきて刺す。飛ぶ力は強くなく、発生した水場からあまり遠くへは移動しないとされる。つまり、公園の植え込みで刺される蚊は、その公園かごく近くで育った蚊である可能性が高い。もう一つはアカイエカに代表されるイエカ類で、夕方から夜に活動し、住宅にも入り込む。公園利用の文脈で主役となるのは前者のヒトスジシマカであり、「昼でも藪の近くでは刺される」「藪から離れれば刺されにくい」という利用上の感覚は、この蚊の行動特性に対応している。

7.2 発生源はどこか——小さな止水という盲点

ヒトスジシマカの幼虫が育つのは、池や流れのような大きな水ではなく、小さな止水である。放置された空き缶やペットボトル、古タイヤ、植木鉢の受け皿、雨水ますや側溝の滞留水、竹の切り株や木のうろに溜まった雨水。卵から成虫までは夏なら十日あまりとされ、ほんの少量の水でも一世代が育つ。ここから導かれるのは、噴水や流れのような動く水を持つ公園が「蚊の公園」なのではなく、放置ごみや水の滞留といった管理の隙が発生源を作る、ということである。流れる水や、魚のいる池では、ボウフラは育ちにくい。公園の蚊対策の要点は、水辺をなくすことではなく、意図しない小さな止水をなくすことにある。利用者の側でも、ごみの持ち帰りが結果として蚊の発生源対策になるという回路は、子どもに伝える価値のある因果である。

7.3 感染症と公衆衛生の観点

蚊はかゆみだけの問題ではなく、感染症を媒介しうる昆虫でもある。2014年に国内で約70年ぶりにデング熱の国内感染が確認され、その舞台が都市の公園であったことは広く報じられた。これを受けて国は蚊媒介感染症に関する予防指針を定め、自治体による発生源対策や蚊の調査の枠組みが整えられている。ここで強調すべきは、恐れではなく構造である。蚊が媒介する感染症のリスクは、蚊の密度・ウイルスの持ち込み・人の集まりという要素の重なりで決まるのであって、公園に行くこと自体が危険なのではない。利用者にできることは、肌の露出を減らす服装、忌避剤(虫よけ)の適切な使用——年齢に応じた製品の使い分けが必要とされ、用法は製品と薬剤師等の案内に従う——、そして夕方の藪際を長時間の滞在場所にしないことである。体調に不安が生じた場合の判断は、医療機関に委ねられるべきである。

なお、夕方の公園で頭上に群れる「蚊柱」の多くは、人を刺さないユスリカである。ユスリカの幼虫は水底の有機物を食べる分解者で、魚や鳥の重要な餌でもある。蚊柱を見て「蚊が大発生している」と考えるのは多くの場合誤解であり、こうした見分けの知識も、公園の虫との適切な距離を作る一部である。

7.4 なぜ人は見つかるのか——誘引の段階と防御の順序

蚊が人を刺すのはメスだけであり、それも産卵に必要なたんぱく質を得るための行動である。普段の栄養源は花の蜜や樹液であって、吸血は生活史の一局面にすぎない。この点を押さえると、蚊は「人を襲う虫」ではなく「産卵のために宿主を探す虫」として理解できる。では、その探索はどう行われるか。昆虫学の一般的な理解では、蚊の宿主探索は距離に応じた段階として説明される。遠くではまず呼気に含まれる二酸化炭素の流れをたどり、近づくと体温と湿り気、そして皮膚から立ちのぼる匂いの成分が手がかりになり、至近距離では濃い色と明るさの差といった視覚情報が加わる、とされる。

この段階説は、俗に言う「刺されやすい人・刺されにくい人」の話を体質の断定から引き離してくれる。呼吸が大きくなっているとき、汗ばんでいるとき、濃い色の服を着ているときに手がかりが増える、という条件の話に置き換わるからである。走り回った直後の子どもが刺されやすいという保護者の実感には、この説明が対応する。そして防御は、誘引の段階と逆の順序で組み立てるのが理にかなう。すなわち、第一に発生源(小さな止水をなくす)、第二に環境(夕方の藪際に長居しない・風の通る場所を選ぶ)、第三に身体(肌を覆う淡い色の服装、年齢に応じた忌避剤の適切な使用)である。個々の製品の選び方や使用回数の判断は、表示と薬剤師等の案内に従うべき事柄であり、本稿の扱う範囲を超える。

ヒトスジシマカ小さな止水ごみ持ち帰り水の管理
図7蚊の対策の要点は成虫退治ではなく発生源対策である。放置容器の雨水のような小さな止水をなくすことが公園の蚊を減らす。ごみの持ち帰りもその一部である。

8. 毛虫との距離——触らない作法と見た目で決めつけない知識

ハチと蚊に続いて、公園で親の心配の種になる第三の虫が毛虫である。ここでも出発点は正確な理解である。毛虫とはチョウとガの幼虫のうち毛の目立つものの俗称であり、毛のあるなしは毒のあるなしと一致しない。日本で知られるチョウ・ガの幼虫のうち、人の皮膚に炎症を起こす毒毛や毒棘をもつ種はごく一部であるとされ、モンシロチョウの青虫もアゲハの幼虫も、フサフサした毛をもつ多くのガの幼虫も、触れても害はない。問題は、その「ごく一部」が公園の身近な植栽にいることである。

8.1 公園で注意される代表——チャドクガとイラガ

公園の植栽との関係で最もよく注意喚起されるのはチャドクガである。幼虫はツバキ・サザンカ・チャノキといったツバキ科の植物の葉を食べ、初夏と秋の年二回発生するとされる。若い幼虫は葉の裏に整列して集団でいるため、一枚の葉の裏に数十匹が並ぶ光景になる。チャドクガの毒針毛は目に見えないほど細かく、風で飛散したり、脱皮殻や死骸にも残ったりするため、幼虫に直接触れなくてもかぶれが生じうるとされる。つまり「触らなければよい」だけでは足りず、「発生した木に近づかない・下をくぐらない・枝を揺らさない」までが距離のとり方になる。もう一つの代表はイラガの仲間で、幼虫は緑色の派手な棘をもち、サクラ・カキ・カエデなど公園に多い樹木につく。棘に触れると電気が走るような鋭い痛みが生じるとされ、俗に「デンキムシ」とも呼ばれる。こちらは接触しなければ害はない。

皮膚に症状が出た場合の一般的な対応としては、こすらずに粘着テープで毒針毛を除去し流水で洗い流す方法が紹介されているが、症状の程度や対応の判断は皮膚科などの医療機関に委ねられるべきである。子どもは「かゆい」をかき壊しに直結させやすいため、保護者が早めに気づくことが重要になる。

8.2 触らない作法——「見て楽しむ虫」という分類

毒のある幼虫を子どもが図鑑的に見分けることは期待できないし、大人にも難しい。そこで実践的な作法は、種の同定ではなく手順の側に置くことになる。すなわち、知らない毛虫・棘のある幼虫は素手で触らず、まず見る。触れたい場合は、葉ごと小枝ごと扱うか、大人が確かめてからにする。この作法は毛虫を「こわいもの」にするのではなく、「見て楽しむ虫」という分類を子どもの中に作る営みである。実際、毒針毛をもつ種でも、葉裏に整列する習性や、集団で一斉に頭を振る防御行動は観察対象として十分に興味深い。距離をとることと興味をもつことは両立する。むしろ「触らないで見る」は、双眼鏡で鳥を見る作法や、さわれない展示を目で楽しむ作法へつながる、観察の成熟の一段階と位置づけられる。

8.3 管理の側の対応——点検と剪定という予防

毛虫への備えは、利用者の作法だけでなく管理の実務でも語れる。チャドクガの発生源となるツバキ科の植栽は、公園・庭園に広く使われてきた花木であり、発生期の点検と、風通しをよくする剪定、発生初期の集団でいる段階での葉ごとの除去が、薬剤の広範な散布によらない対応として知られている。第9節(観察の教育的価値)で述べる「的を絞った管理」の最も分かりやすい実例が、この毛虫対応である。すべての毛虫を駆除するのではなく、毒針毛をもつ種が発生しやすい樹種に点検を集中し、それ以外の幼虫——やがてチョウやガになり、鳥の餌にもなる——は公園の住人として残す。利用者の側は、発生に気づいたら管理者へ知らせる。ハチの巣の通報と同じく、これも次の利用者を守る公共的な行為である。

8.4 昆虫ではない小動物——分類を知ることが作法になる

公園で「虫」と呼ばれる小動物のすべてが昆虫であるわけではない。昆虫とは、体が頭・胸・腹の三つに分かれ、胸に三対六本の脚をもつ動物群を指す。この定義から外れる身近な仲間として、脚が八本のクモ綱(クモ・ダニ)と、体節ごとに脚をもつ多足類(ムカデ・ヤスデ・ダンゴムシに近い仲間)がある。ムカデは落ち葉や石の下、朽ち木の隙間といった湿った暗がりを好み、咬むことがあるとされる。マダニは草丈のある草地や藪に潜み、通りかかった動物や人に取りつくとされ、公園というより草地・林縁の話として注意が呼びかけられている。いずれも、症状が出た場合の対応や除去の可否の判断は医療機関に委ねられる事柄である。

ここで分類の話を持ち出すのは、知識の細かさを競うためではない。第3節で見たように、公園の生きものを「どこで、どう暮らしているか」で束ねると、行動の指針がそこから自然に出てくるからである。落ち葉や石の下の暗がりに手を差し入れる前に道具を使う、草丈のある場所に入るときは肌を覆い帰宅後に着替える——これらは、ムカデやマダニの名前を覚えることではなく、「湿った暗がり」「丈の高い草」という場所の性質を覚えることで実行できる。子どもに伝える形にすれば、「知らない生きものは素手で持たない」「草の深いところに入るときは大人と一緒に」という二つの文に収まる。分類学の知識は、恐れの対象を増やすためではなく、注意を向ける場所を絞り込むために役立つ。

毛虫素手触らない通報と声かけ
図8毒毛をもつのはごく一部だが見分けは難しい。知らない毛虫は素手で触らず見て楽しみ、発生に気づいたら管理者へ知らせるという手順の側に作法を置く。

9. 昆虫観察の教育的価値——「虫のいない公園」への応答

ここまで「刺す虫との距離」を論じてきたが、本節では天秤のもう一方の皿——昆虫観察の教育的価値——を論じ、あわせて「虫のいない公園にしてほしい」という要望にどう応えるべきかを考える。虫は、子どもが公園で出会う生き物の中で、最も数が多く、最も近くで見られ、最も手で関われる存在である。この特性は、他のどんな教材でも代替しにくい。

9.1 最初の科学としての虫とり

昆虫観察は、科学的な思考の基本動作を幼児期に体験させる。見つける(探索)、よく見る(観察)、比べる(分類——脚は六本か、翅は何枚か)、名前を調べる(照合)、また見に来る(継続観察)、そして「なぜ石の下にいるのか」と問う(仮説)。ファーブルの『昆虫記』が百年を超えて読み継がれるのは、それが標本の記載ではなく、野外で「なぜ」を問い続けた観察の記録だからである。カーソンの『センス・オブ・ワンダー』は、幼い子と自然を前にしたとき、知識を教え込むことよりも驚きを分かち合うことが先だと説いた。公園の虫とりはまさにその実践の場であり、保護者が虫の名前を知らないことは障害にならない。「なんだろうね」と一緒にしゃがむことが出発点になる。

発達の観点から付け加えれば、虫を捕まえる遊びには、そっとつまむ力の加減、動くものを目で追い手を合わせる協応、捕まえた虫を飼うか放すか決める小さな倫理の経験が含まれる。虫かごの中の虫が弱っていく経験は、生き物には生き物の都合があるという理解——観察したら元の場所に返す、という作法——につながる。これは自然に対する態度の教育の、最も小さく具体的な単位である。

9.2 「虫のいない公園」要望への応答

公園管理の現場には、毛虫の発生や蚊の多さ、ハチへの不安から「虫が出ないようにしてほしい」という要望が寄せられることがある。個々の要望はもっともな不安に根ざしており、ツバキ・サザンカにつくチャドクガの幼虫のように、毒毛による皮膚炎が知られ計画的な剪定や駆除の対象とされるものへの対応は当然必要である。しかし、これを一般化して「虫の出ない公園」を目標にすることには、三つの理由から問題がある。第一に、それは達成不可能である。虫は飛来し、土中から羽化し、植物と共にある。第二に、達成に近づくほど公園は劣化する。薬剤の広範な散布や植栽の単純化は、送粉者や分解者を含む昆虫全体を減らし、鳥の餌を減らし、生態系としての公園を貧しくする。カーソン(1962)が『沈黙の春』で描いたのは、まさに無差別の薬剤散布が虫だけでなく鳥の声を消していく光景であった。第三に、それは教育機会の喪失である。虫のいない公園で育つ子どもは、生き物との距離のとり方を学ぶ場を失う。

したがって応答の筋は、「虫をなくす」ではなく「リスクの高い虫に的を絞って管理し、それ以外の虫は公園の価値として残す」となる。具体的には、毒毛をもつ幼虫が発生しやすい樹種の点検と剪定、ハチの巣の巡回点検と通報窓口の周知、蚊の発生源となる止水の除去という「的を絞った管理」と、落ち葉だまりや草地を一部残す「虫の居場所の確保」は、矛盾なく両立する。危険の管理と豊かさの維持は、二者択一ではなく設計の問題である。

9.3 観察の作法——採る・見る・返す

公共の場での昆虫観察には作法がある。都市公園では植物の採取が制限されるのが通例であり、虫についても、観察のための一時的な捕獲にとどめ、見終えたら捕まえた場所に返すことが望ましい。網や虫かごがなくても、透明の容器と虫めがねがあれば観察は成立する。他の利用者への配慮——網を振り回さない、花壇に入らない——も含めて、観察の作法は公共空間の使い方の学習そのものである。保護者に求められるのは昆虫の知識ではなく、この作法の手本になることである。

虫とり観察子ども驚きの共有
図9昆虫観察は探索・観察・分類・仮説という科学の基本動作の入り口である。知識より驚きの共有が先であり、観察したら元の場所に返す作法が態度の教育になる。

10. 磐田市の公園への示唆

本節では、前節までの枠組みを磐田市の都市公園に当てはめる。当サイト(ATAWI PARK)は磐田市の公園100園——市のオープンデータ「都市公園一覧」94行と市施設ガイドのみに掲載の6園——を収録するデータベースであり、種別・面積・地区・施設の情報を持つ。ただし植生・昆虫相のデータは含まれておらず、現地踏査はこれからである(2026年8月16日時点で踏査済は0園)。したがって本節は「どの公園にどの虫がいる」という記述ではなく、「昆虫学の目で見たとき、どの公園がどんな出会いの候補地になるか」という読みの提示である。

10.1 竜洋昆虫自然観察公園という結節点

磐田市の公園群の中で、本稿の主題にとって特別な位置を占めるのは竜洋昆虫自然観察公園(竜洋地区・風致公園・29,119㎡)である。園名に「昆虫自然観察」を掲げる公園が市内に存在すること自体が、昆虫観察という活動にとって恵まれた条件である。当サイトのデータ上、この公園はトイレ(車いす対応を含む)・砂場・遊具を備える。園内の展示や観察プログラムの詳細は当サイトのデータの範囲外であり、今後の踏査で確かめたい。本稿の枠組みから言えるのは、日常の公園(住まいの近くの街区公園)での小さな発見と、こうした専門性のある公園での深掘りとを往復する使い方が、観察の学びを積み上げるうえで理にかなっているということである。

10.2 四類型で読む磐田の公園

第3節の四類型を当サイトのデータに重ねると、次のような読みができる。水辺の虫の候補地としては、市施設ガイドに「じゃぶじゃぶスポット、流れ」の記載がある今之浦公園(見付・近隣公園・13,675㎡)や、「流れ」の記載がある安久路公園(御厨・地区公園・32,001㎡)、カスケード(滝)の記載がある豊田香りの公園(豊田・近隣公園・10,200㎡)が挙げられる。いずれも動く水であり、第7節で述べたとおり動く水はボウフラが育ちにくい環境である。樹液・樹林の虫の候補地としては、風致公園3園(つつじ公園・いわたエコパーク・竜洋昆虫自然観察公園)のような樹林性の公園が考えられる。花に来る虫と地面の虫は、より小さな公園にも現れうる。市の施設ガイドに「熊野の長藤」とある豊田熊野記念公園(豊田・街区公園・1,898㎡)のような花の名所は、開花期の送粉者の観察候補地になる。

重要なのは、昆虫との出会いに大きな公園が必須ではないという点である。磐田市の街区公園は51園あり、国の標準では誘致距離250mを目安に配置される。第3節で述べたとおり、小さな公園でも花壇・芝生・広葉樹があれば複数の類型が揃いうる。徒歩圏の街区公園で毎週アリの行列を見る継続観察は、遠出して一度だけ珍しい虫を見ることよりも、探究の習慣という点で価値が高いとも言える。

10.3 小さな緑地と地区の偏り——飛び石として読む

第2節で触れた都市昆虫学の視点を磐田のデータに当てはめると、もう一つ別の読みが現れる。当サイトの収録では、磐田市には都市緑地が10園あり、その中には豊田上新屋ポケットパーク(豊田・156㎡)、豊田第1緑地(豊田・254㎡)、二之宮東第2緑地(中泉・17㎡)のように、面積が数百平方メートル以下の小さな緑地が含まれる。これらは遊具や広場としては小さすぎるが、飛翔する昆虫にとっては意味の異なる場所になりうる。送粉者は市街地の中を連続した緑としてではなく、点在する花のある場所を渡り歩くように移動するとされ、こうした小さな緑地は、その中継点——生態学でいう飛び石——として機能しうるからである。面積の小ささは、公園としての評価では弱点でも、緑のつながりという評価軸では別の意味を持つ。

地区ごとの分布にも読みどころがある。当サイトの9地区分類では、豊田28園・見付21園・中泉14園・御厨13園・竜洋13園に対し、福田4園・豊岡3園・南部2園・向陽2園と、園数には大きな差がある。ただし園数の少なさが昆虫との出会いの少なさを意味するとは限らない。園数の少ない地区では、公園以外の農地・水路・河川敷といった環境が身近にある場合があり、公園はその中の一点にすぎないからである。逆に園数の多い市街地の地区では、公園が緑の主要な受け皿になる。同じ「街区公園」という種別でも、周囲が住宅で埋まっている園と、農地に隣接する園とでは、そこに現れる昆虫の顔ぶれは異なると考えるのが自然である。公園を単体で評価せず周辺環境とセットで見るというこの視点は、踏査の記録項目を設計するうえでも押さえておきたい点である。

10.4 刺す虫との距離——磐田での実務

刺す虫への備えは第6節・第7節で述べた一般論がそのまま磐田にも当てはまるが、地域の実務として一点だけ具体化できる。磐田市の都市公園の管理課は市の都市整備課(電話 0538-37-4806)であり、公園でハチの巣を見つけた場合の連絡先はここになる。利用者が自ら巣に対処せず、位置を伝えて管理に委ねるという第6節の原則は、この電話番号によって実行可能になる。また、蚊の発生源対策としてのごみ持ち帰りは、管理者と利用者が分担する公衆衛生の実践として、磐田の100園すべてに共通する。当サイトは今後の踏査で、各公園の植栽・水辺・茂みの様子を親の目線で確かめ、本節で示した「候補地としての読み」を事実の記録で置き換えていく。

100園観察候補地都市整備課
図10磐田の100園を四類型で読み、昆虫観察の候補地として位置づける。ハチの巣の対応は市の管理課への連絡に委ねる。踏査による確認はこれからである。

11. 結論と今後の課題

本稿は、都市公園の昆虫相を昆虫学の基礎概念で整理し、「刺す虫との距離のとり方」と「昆虫観察の教育的価値」を一つの理解のもとに結び付けることを試みた。得られた結論は次のとおりである。第一に、公園の昆虫は「花・樹液・地面・水辺」の四類型で見通せ、どの類型が現れるかは公園の面積よりも環境の組み合わせで決まる。第二に、昆虫の一年は外温性ゆえに気温の周期に従い、春のチョウ、夏のセミ、秋のスズメバチの活発化、夏から秋の蚊という型で読める。この型は、観察の計画と刺す虫への備えの両方の時刻表になる。

第三に、ハチが刺すのは巣を守るときであり、危険は種の凶暴さではなく巣までの距離の問題である。この理解から、「巣の場所を予測する・払わず静かに離れる・巣は管理者に通報する・全身症状が出たら医療機関へ」という行動が導かれる。第四に、蚊の対策の要点は飛ぶ成虫ではなく発生源にあり、放置容器の雨水のような小さな止水をなくすことが根本である。第五に、昆虫観察は探索・観察・分類・仮説という科学の基本動作を幼児期に体験させる「最初の科学」であり、「虫のいない公園」を目指す管理は達成不可能であるうえ、生態系と教育機会の双方を損なう。求められるのは、リスクの高い対象に的を絞った管理と、虫の居場所の確保との両立である。

磐田市の公園については、園名に昆虫観察を掲げる竜洋昆虫自然観察公園を結節点とし、水辺をもつ公園、樹林性の風致公園、そして誘致距離250mで暮らしに寄り添う街区公園51園を、それぞれ性格の異なる昆虫との出会いの場として読んだ。徒歩圏の小さな公園での継続観察と、専門性のある公園での深掘りとの往復という使い方は、磐田の公園配置が可能にする観察の形である。

11.1 本稿の限界

本稿の限界は三つある。第一に、本稿は文献にもとづく一般論であり、磐田市の個々の公園の昆虫相を記述するデータを持たない。第二に、ハチ刺されや蚊媒介感染症にかかわる記述は一般に知られている範囲の紹介にとどまり、医学的な判断の基準を示すものではない。個別の症状への対応は医療機関に、巣や発生源への対応は公園管理者に委ねられる。第三に、昆虫の出現時期は地域と年によって変動し、気候の変化はこの変動を大きくしつつあるとされる。本稿の季節の型は固定した暦ではなく、毎年の観察で更新されるべき仮の見取り図である。

11.2 今後の課題

今後の課題として四つを挙げる。第一に、踏査による検証である。当サイトはこれから100園の現地踏査を進める。各公園の植栽・水辺・落ち葉の環境を四類型の枠組みで記録すれば、本稿の「候補地の読み」は検証可能な記述へ変わる。第二に、市民の観察記録との接続である。セミの初鳴きや抜け殻の種構成、チョウの初見のような記録は、専門家でなくても蓄積でき、地域の昆虫相の変化を映す資料になりうる。公園のデータベースがそうした記録の受け皿を持てるかは、検討に値する課題である。第三に、管理の言葉への翻訳である。「的を絞った管理と虫の居場所の確保の両立」という本稿の結論を、剪定・草刈り・落ち葉の扱いの実務指針に落とすには、管理者・利用者・専門家の対話が必要である。公園の虫をめぐる知識が、恐れの共有ではなく観察の共有として地域に根づくこと——それが本稿の到達点であり、出発点である。

第四に、隣接する領域との接続である。本稿は昆虫という一つの分類群を軸に公園を見たが、昆虫は単独では存在しない。樹木がなければ樹液に来る虫はおらず、その樹木の健全性や剪定の方針は樹木学の主題である。昆虫がいなければ、それを食べる鳥もいない。都市の鳥の分布は鳥類学の主題であり、公園の緑がどう連なるかは都市生態学の主題である。本稿で述べた「的を絞った管理」や「飛び石としての小さな緑地」という論点は、いずれも単独の学問領域では完結しない。公園を一つの生態系として扱う記述が、それぞれの領域の論からどう組み上がるかは、本シリーズ全体を通じて確かめられるべき課題である。

註:本稿で挙げた虫の名は、いずれも国内で広く知られた種または類の一般的な性質を示すものであり、磐田市の公園における生息の確認を意味しない。個々の公園に何がいるかは、今後の踏査と記録によって確かめられる。

踏査で検証観察の記録地域に根づく
図11結論は候補地の読みにとどまる。踏査による検証、市民の観察記録との接続、管理の実務への翻訳が今後の課題である。

参考文献

  1. ジャン=アンリ・ファーブル(1879〜1907)『昆虫記』全10巻(奥本大三郎訳、集英社、2005〜2017)
  2. カール・フォン・フリッシュ(1927)『ミツバチの不思議』(伊藤智夫訳、法政大学出版局、1986)
  3. エドワード・O・ウィルソン(1971)『The Insect Societies』(Harvard University Press)
  4. エドワード・O・ウィルソン(1987)「The Little Things That Run the World」Conservation Biology, 1
  5. ベルト・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン(1990)『The Ants』(Harvard University Press)
  6. G・W・フランキー、L・E・エーラー(1978)「Ecology of insects in urban environments」Annual Review of Entomology, 23
  7. レイチェル・カーソン(1962)『沈黙の春』(青樹簗一訳、新潮文庫、1974)
  8. レイチェル・カーソン(1965)『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳、新潮社、1996)
  9. 日高敏隆(1975)『チョウはなぜ飛ぶか』(岩波書店)
  10. 松浦誠(1988)『スズメバチはなぜ刺すか』(北海道大学図書刊行会)
  11. 厚生労働省「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」(平成27年告示)
  12. 環境省「生物多様性国家戦略2023-2030」(令和5年3月閣議決定)
  13. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
  14. 消費者庁「子どもの事故防止」ページ
  15. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  16. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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