自然科学・環境水文学

雨水と公園——グリーンインフラとしての貯留・浸透・遊水機能の水文学

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:水文学 公開・更新 2026-08-17 本文 約20,571字 読了目安 37分

要旨

本稿の目的は、水文学(地球上の水の循環——降水・浸透・蒸発散・流出・地下水——を扱う学問)の立場から、都市の中の公園が「雨水をどう受け止めているか」を整理し、公園を治水と水循環の一部として捉える「グリーンインフラ」の考え方が何を主張し、どこに限界を持つのかを明らかにすることである。方法は水文学と都市水文学の古典的概念の整理、日本の治水行政・公園行政に関する法令と公的資料の整理、そして磐田市の公園データベース(ATAWI PARK・100園)への概念の当てはめであり、独自の観測や実地調査には基づかない。

本論ではまず、都市化によって屋根や舗装などの不浸透面が増えると、降った雨が地面に染み込む割合が減り、短時間に多くの水が河川や下水道へ集まる——流出のピークが高く早くなる——という都市水文学の基本図式を、ホートンの浸透理論やレオポルドの都市水文学の整理に沿って説明する。次に、公園の芝生・土・樹木が持つ浸透・保水・蒸発散のはたらきと、その効果を左右する土壌の孔隙・踏み固め・地形などの条件を検討する。さらに、河川審議会の総合治水対策(1977年)以来、公園やグラウンドが雨水を一時的に貯める場所として位置づけられてきた系譜、2010年代以降の「グリーンインフラ」「流域治水」の考え方、そして河川敷の公園が持つ遊水機能と、雨のあとの水はけという利用者の視点までを一つの流れとして論じる。

検討の結果、公園は単独で洪水を防ぐ施設ではないが、流域の中に散らばる「浸透し、遅らせ、一時的に貯める」場所として、堤防や下水道などのグレーインフラを補完する役割を持ちうること、ただしその効果は面積・土壌・管理のあり方に強く依存し、過大にも過小にも評価すべきでないことが示された。河川敷の公園については、洪水時に水に浸かることを前提に設計・運用されているという事実を利用者が知っておくこと自体が、水文学的な理解の第一歩であることを論じる。

最後に、磐田市の都市公園100園の種別別園数(街区公園51・近隣公園14・都市緑地10・地区公園4・総合公園3ほか)、面積の大きい園と小さい園、名称に「河川敷」「天竜川」「水堀」などを含む園、園内に「流れ」や「じゃぶじゃぶスポット」を持つ園を、この視点で読み解く。ただし当サイトの現地踏査は始まっておらず、土壌や水はけの実態はすべて今後の課題として残す。

キーワード水文学グリーンインフラ雨水浸透流出遊水機能河川敷公園磐田市

1. はじめに——問題の所在

雨が降ると、公園はどうなるのか。芝生の上に落ちた雨粒は土に染み込み、木の葉に受け止められた雨はしばらく枝を伝って落ち、舗装された園路の上の雨は表面を流れて側溝へ向かう。同じ量の雨が同じ時刻に降っても、地面が何でできているかによって、その水の行き先はまったく違う。この「水の行き先」を扱う学問が水文学(すいもんがく)である。水文学は、降水・浸透・蒸発散・流出・地下水といった水の循環を、量と時間の観点から追いかける。本稿は、この水文学の目で都市の中の公園を見る試みである。

なぜ公園を水文学から論じるのか。理由は二つある。第一に、都市の水の問題——短時間の強い雨で道路や家屋が浸水する「内水氾濫」、河川からあふれる「外水氾濫」——は、都市化によって地面が屋根と舗装で覆われ、雨が地面に染み込みにくくなったことと深く結びついている。その中で、公園は都市に残された数少ない「土がむき出しの、あるいは緑に覆われた面」であり、雨水を受け止める場所として物理的な意味を持つ。第二に、2010年代以降、公園や緑地の持つこうしたはたらきを「グリーンインフラ」という言葉で捉え、堤防や下水道といった従来の施設と組み合わせて水を治めようとする考え方が、国の政策としても位置づけられるようになった。公園を語る言葉が、遊具や景観だけでなく、水を扱う言葉へと広がっているのである。

ただし、この広がりには注意も必要である。公園が雨水を受け止めるといっても、一つの街区公園が受け止められる水の量は限られており、大規模な洪水を公園だけで防げるわけではない。効果は土壌の性質、面積、地形、管理の仕方に左右され、条件しだいで大きくも小さくもなる。「公園は水を吸う」という素朴な理解と、「公園程度では何も変わらない」という冷めた理解の間で、水文学の道具立てを使って、公園にできることとできないことを冷静に切り分ける必要がある。

1.1 本稿の問い

本稿の問いは次の三つである。(1)都市化は雨水の流れをどのように変え、公園の土と緑はその変化に対してどのような役割を果たしうるのか。(2)公園を雨水の貯留・浸透・遊水の場として使う考え方は、日本の治水行政の中でどのように生まれ、「グリーンインフラ」という概念によって何が新しく加わったのか。(3)河川敷の公園や、雨のあとの公園の水はけといった、利用者が実際に出会う場面を、水文学の言葉でどう説明できるのか。この三つを順に検討したうえで、磐田市の公園データベースにこの視点を当てはめる。

降った雨緑の面舗装の面行き先は?
図1同じ雨でも、緑の面に落ちれば染み込み、舗装の面に落ちれば流れる。その「行き先」の違いを問うのが本稿の出発点である。

1.2 方法と構成

方法は文献整理と概念分析である。水文学の古典(ホートン、レオポルド)、環境計画の古典(マクハーグ)、日本の治水史(高橋裕)、そして河川法・都市公園法・特定都市河川浸水被害対策法・水循環基本法などの法令と、国土交通省・環境省の公的資料を手がかりに概念を整理する。独自の雨量観測や浸透試験は行っておらず、磐田市の公園に関する記述は、当サイト(ATAWI PARK)が磐田市のオープンデータと市の施設ガイドから作成した公園データベースの範囲にとどめる。当サイトの現地踏査はこれからであり、各園の土壌や水はけの実態を「見た」とは書かない。

構成は次のとおりである。第2節で水文学と都市水文学の基本概念、グリーンインフラの系譜を整理する。第3節で都市化と流出増大の仕組みを、第4節で公園の土と緑が持つ浸透・保水・蒸発散の機能を検討する。第5節で公園を雨水貯留浸透施設として使う考え方の系譜と論点を、第6節でグリーンインフラの概念とそれへの反論を扱う。第7節では河川敷公園の遊水機能と、雨のあとの水はけを利用者の視点から論じる。第8節で磐田市の公園への示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題をまとめる。

註:本稿で「流出」とは、降った雨のうち地面に染み込まず、あるいは染み込んだのちに地表や地中を通って河川や下水道へ向かう水の動きを指す。「浸透」は地表から土の中へ水が入ること、「蒸発散」は地面からの蒸発と植物の葉からの蒸散を合わせた言葉である。専門用語は初出のたびに説明する。

2. 先行研究と概念の整理

水文学の骨格は「水収支」という考え方にある。ある範囲(流域)に一定期間に入ってくる水(降水)は、出ていく水(流出と蒸発散)と、その範囲の中に蓄えられる水(土壌水分・地下水・湖沼・積雪など)の変化の合計に等しい。これは単純な足し算引き算だが、公園の話に置き換えるとよく分かる。公園に降った雨は、染み込んで土に蓄えられるか、木や芝から蒸発散するか、表面を流れて出ていくかのいずれかであり、地面が舗装されていれば最後の割合が増える。水文学はこの割合と、それが起こる速さを問題にする。

2.1 浸透理論と流出の古典

浸透の理論を体系化した古典として、アメリカの水文学者ロバート・E・ホートンの1933年の論文が知られる。ホートンは、土が水を受け入れられる速さ(浸透能)には上限があり、降雨の強さがこの上限を超えたとき、超えた分が地表を流れる(地表流)と考えた。しかも浸透能は、雨が降り始めた直後は高く、土が湿るにつれて低下し、やがて一定の値に落ち着く。降り始めは吸っていた土が、降り続けるうちに吸いきれなくなり、水たまりができ、流れ出す——この日常の観察を数式で表したものがホートンの浸透曲線である。その後の研究では、地表流には「浸透能を超えて生じるもの」だけでなく、「土が水で飽和して生じるもの」もあることが指摘され、地形の低い場所や地下水位の高い場所では後者が重要になるとされる。

流出を実務的に見積もる古典的な方法が、19世紀にさかのぼる「合理式」である。これは、ある地点に集まるピーク流量を、流出係数(降った雨のうち流れ出す割合)、降雨強度、集水面積の掛け算で表す考え方で、下水道や小河川の設計に今も広く使われている。ここで重要なのは流出係数という概念で、これは地表面の種類によって大きく異なるとされる。屋根や舗装では降った雨の大部分が流れ出し、芝生や林地では一部にとどまる。この違いが、後に述べる「都市化で流出が増える」という話の土台である。

2.2 都市水文学の成立

都市化が水の流れを変えるという問題を体系的に整理したのが、アメリカ地質調査所のルナ・B・レオポルドが1968年にまとめた「都市の土地計画のための水文学」である。レオポルドは、都市化にともなう不浸透面の増加と排水路の整備が、ピーク流量を大きくし、流出のピークを早め、洪水の頻度を高め、低水時の流量を減らし、水質を悪化させると整理した。彼が示した「都市化前と都市化後のハイドログラフ(流量の時間変化の図)」の対比は、都市水文学の教科書的な図として広く引用されている。

古典の整理概念の層系譜
図2浸透理論・合理式・都市水文学・グリーンインフラという概念の層を、年代に沿って積み重ねて読むのが本節の作業である。

日本では、高度経済成長期の都市化にともなう水害の性格の変化を論じた高橋裕の『国土の変貌と水害』(1971年)が、この問題を広く知らしめた。山林や水田が宅地に変わり、遊水地として機能していた低地に住宅が建ち、雨水が短時間で河川に集まるようになった結果、河川改修だけでは追いつかない水害が都市近郊で頻発するようになった、という認識である。この認識は、1977年の河川審議会中間答申による「総合治水対策」につながる。総合治水は、河川の改修(川の中の対策)だけでなく、流域の保水・遊水機能を維持し、雨水を貯留・浸透させる施設を整備する(川の外の対策)ことを組み合わせるもので、公園やグラウンドを雨水の一時貯留の場として使う発想はここに明確に現れる。

2.3 環境計画とグリーンインフラの系譜

一方、景観・環境計画の側からは、イアン・マクハーグの『デザイン・ウィズ・ネーチャー』(1969年)が、土地の自然条件——地形・土壌・水系——を重ね合わせて読み、洪水のおそれのある低地や水を集める場所を開発から外して緑地とする方法を示した。マクハーグの「重ね合わせ」の発想は、後の地理情報システム(GIS)の思想的な源流の一つとされ、河川沿いの緑地や公園を「水の通り道を残す土地」として位置づける考え方を準備した。

「グリーンインフラ」という言葉は、アメリカで1990年代以降、緑地や水辺のネットワークを、道路や下水道と同じ「社会基盤(インフラ)」として計画的に整備・保全する考え方として広まった。ベネディクトとマクマホンの『グリーンインフラストラクチャー』(2006年)は、これを「自然地域と他のオープンスペースが相互に結ばれたネットワーク」として定義し、生態系のはたらきを維持しながら人と生きものに恩恵をもたらすものと位置づけた。また米国環境保護庁は、雨水管理の文脈で、植生や土壌を使って雨水をその場で浸透・蒸発散させる手法をグリーンインフラと呼んでいる。日本では、2015年の国土形成計画に「グリーンインフラ」の考え方が位置づけられ、2019年に国土交通省が「グリーンインフラ推進戦略」をまとめた。さらに、2014年の水循環基本法が健全な水循環の維持を国の責務とし、2021年の流域治水関連法が、河川管理者だけでなく流域のあらゆる関係者が協働して水害を減らす「流域治水」を制度化した。以下の表に、これらの系譜を年表としてまとめる。

出来事・文献本稿での位置づけ
1933ホートン、浸透理論の論文浸透能と地表流の関係を定式化
1968レオポルド、都市の土地計画のための水文学都市化がハイドログラフを変えることを整理
1969マクハーグ『デザイン・ウィズ・ネーチャー』水系・低地を緑地として残す計画手法
1971高橋裕『国土の変貌と水害』日本の都市化と水害の性格変化
1977河川審議会中間答申(総合治水対策)公園・グラウンドの雨水貯留を含む流域対策
2003特定都市河川浸水被害対策法浸透を妨げる行為の規制と貯留浸透施設の整備
2006ベネディクト&マクマホン『グリーンインフラストラクチャー』緑のネットワークを社会基盤と捉える定義
2014水循環基本法健全な水循環の維持を国の責務に
2019国土交通省「グリーンインフラ推進戦略」自然の機能を活用した社会資本整備の方針
2021流域治水関連法流域全体で水害を減らす制度の整備

この年表から読み取れるのは、公園を水の視点で見る発想が、水文学の理論(浸透・流出)、治水行政の転換(総合治水・流域治水)、環境計画の思想(マクハーグ・グリーンインフラ)という三つの流れの合流点にあることである。以下の各節では、この三つの流れを順にたどりながら、公園に即して論点を検討していく。

3. 都市化と流出の増大——不浸透面がハイドログラフを変える

本節では、都市化が雨水の流れをどう変えるのかを、水文学の基本的な道具立てで説明する。鍵になる言葉は「不浸透面」と「ハイドログラフ」の二つである。不浸透面とは、屋根・道路・駐車場・建物の基礎など、雨水が地面に染み込めない面のことをいう。ハイドログラフとは、ある地点を流れる水の量(流量)を横軸に時間、縦軸に流量をとって描いた曲線であり、雨が降ってから水がどのくらいの速さで、どのくらいの高さの山をつくって流れていくかを示す。

3.1 森や畑に降った雨、都市に降った雨

森林や畑、草地に雨が降ったとき、雨水はまず木の葉や草に受け止められる(樹冠遮断)。地面に届いた雨は、落ち葉や腐植の層をくぐり、土の孔隙(土の粒と粒のすきま)に染み込む。染み込んだ水は一部が土壌に蓄えられ、一部はゆっくりと地中を移動して、数時間から数日、ときには数か月かけて河川に到達し、あるいは地下水を涵養する。この過程では、水は「遅れて、ならされて」川に出ていく。ハイドログラフに描けば、山は低く、なだらかで、雨がやんだあとも長く尾を引く。

同じ雨が都市に降ると、屋根に落ちた雨は雨樋を通って数分で側溝へ、道路に落ちた雨は表面を流れて集水ますへ、そこから下水管や排水路を通って短時間で河川に集まる。地面に染み込む機会がほとんどないため、降った雨の大部分が、降ってから間もない時間帯に一気に流れ出す。ハイドログラフの山は高く、鋭く、早く現れ、雨がやめばすぐに引く。レオポルドが1968年に整理したのはまさにこの対比であり、彼は都市化がピーク流量を増やし、ピークの到達を早め、同じ規模の洪水がより頻繁に起こるようになることを指摘した。

この変化には、あまり注目されないもう一つの側面がある。染み込む水が減るということは、地下水の涵養が減り、雨の降らない時期に川を支える基底流量(雨に関係なく地中からじわじわ湧き出して川を保つ流れ)が減ることでもある。都市化した流域では「雨が降ればすぐあふれ、降らなければすぐ枯れる」川になりやすいとされる。公園の浸透機能を論じるとき、洪水を減らすという側面だけでなく、水循環を「ならす」という側面もあわせて見る必要がある。

不浸透面強い雨一気に川へピークが鋭く
図3屋根と舗装に覆われた都市では、雨が染み込まず短時間で川や下水道に集まり、流量の山が高く早くなる。

3.2 流出係数と到達時間——公園の位置づけ

第2節で述べた合理式の考え方に戻ると、都市化による流出の増大は、流出係数(流れ出す割合)の上昇と、到達時間(流域の最も遠い地点に降った雨が出口に届くまでの時間)の短縮という二つの変化として説明できる。舗装は流出係数を上げ、下水管や側溝は到達時間を短くする。両者が重なると、同じ降雨強度でもピーク流量が大きくなる。

この枠組みで見ると、公園の役割は明確である。公園の芝生や土の面は、周囲の屋根や舗装に比べて流出係数が低いとされ、その分だけ流域全体の平均的な流出係数を下げる。また、公園の面に降った雨は染み込みながらゆっくり移動するため、公園に降った分については到達時間が延びる。ただし、公園そのものは流域のごく一部の面積を占めるにすぎない。一つの街区公園の面積は国の標準で0.25ヘクタール程度であり、その公園が受け持てるのは、原則として公園自身に降った雨と、周囲の地表からごくわずかに流れ込む雨にとどまる。公園の浸透機能を「流域全体の洪水を防ぐ切り札」のように語ることは、水収支の面から見て正確ではない。

他方で、都市の中に多数の公園・緑地が散らばっていることの意味は、一つひとつの面積の小ささだけでは測れない。流域の中に「流出係数の低い面」が点在していることは、地表流が集まりはじめる最初の段階で水を受け止め、集水ますや側溝への流入を分散させる効果を持つとされる。この効果は、大河川の洪水よりも、局所的な短時間強雨による内水氾濫(下水道や側溝の排水能力を超えて道路や宅地に水があふれる現象)に対して、相対的に意味を持ちやすい。公園を水文学的に評価するときは、「どの規模の雨に対して、どの範囲の場所で」効くのかを、常に切り分けて考える必要がある。

なお、到達時間の議論には公園の配置も関わる。同じ合計面積の緑地でも、流域の上流側(水が集まりはじめる場所)にあるか、下流側(すでに水が集まった場所)にあるかで、ピークへの効き方は異なるとされる。上流側の緑地は地表流が生まれる前に雨を受け止められるのに対し、下流側の緑地は、すでに集まって流れてきた水を受け止めるには相応の貯留の仕掛けを必要とする。都市の公園配置は通常、住宅への近さを基準に決められ、水文学的な位置は考慮されてこなかった。既存の公園配置を流域の地図に重ねて読み直すことは、グリーンインフラ論の実務的な第一歩である。

3.3 「都市化前」はどこにあるのか

最後に、一つの注意を述べておく。都市化前の状態として「森林や田畑」を想定したが、日本の平野部の多くは、都市化する前は水田であった。水田は畦(あぜ)で囲まれた浅い皿のような構造を持ち、雨水を一時的に貯める遊水機能を持っていたとされる。高橋裕が指摘したように、日本の都市近郊の水害の増加は、宅地化によって不浸透面が増えたことに加え、水田という「面の貯留」が失われたこととも関係する。この点は、第5節で論じる「公園を雨水の一時貯留の場として使う」という発想が、失われた水田の機能の一部を都市の中に置き直す試みでもある、という理解につながる。

4. 公園の土と緑が持つ浸透・保水・蒸発散の機能

前節で、公園の面は流出係数が低い、と述べた。本節では、その理由を公園の中に分け入って検討する。公園の地面は一様ではない。芝生広場、裸地の多目的広場や砂地、樹木が植えられた植栽帯、舗装された園路や広場、砂場、ゴムチップ舗装の遊具まわりなど、複数の面が組み合わさっている。それぞれが雨水に対して異なるふるまいをする。ここでは、浸透(染み込む)、保水(蓄える)、蒸発散(空へ返す)という三つのはたらきに分けて整理する。

4.1 浸透——土の孔隙と踏み固め

浸透の速さを決めるのは、土の粒の大きさと並び方である。砂のように粒が大きい土は孔隙も大きく、水が速く通る。粘土のように粒が細かい土は孔隙が小さく、水は通りにくい。さらに重要なのが土の「構造」である。有機物と土の粒が結びついてできる団粒(だんりゅう)構造は、大小の孔隙を併せ持ち、水を速く通しながら同時に蓄えることができる。ミミズや植物の根がつくる管状の穴(マクロポア)も、水の通り道として大きなはたらきをするとされる。

ここで公園に特有の問題が現れる。人がよく歩く場所、子どもが走り回る場所、遊具の周りは、土が踏み固められて孔隙がつぶれ、浸透能が著しく低下する。踏圧(とうあつ)と呼ばれるこの現象は、公園の水はけの実態を左右する。「芝生や土だから染み込む」という一般論は、踏み固められた広場には当てはまらないことがある。雨のあと、樹木の下や芝生の縁は乾いているのに、広場の真ん中に大きな水たまりが残る、という光景は、踏圧による浸透能の低下として説明できる。逆に、人があまり入らない植栽帯や、落ち葉が積もった木立の下は、団粒構造と有機物の層が保たれ、浸透能が高く維持されやすい。

4.2 保水——スポンジとしての土壌

染み込んだ水は、すぐに下へ抜けていくわけではない。土の孔隙のうち小さいものは、重力に逆らって水を保持する(毛管力)。ある程度以上の水は重力で下へ抜けていくが、それが抜けきったあとに土が保っている水の量を「圃場容水量」と呼ぶ。この保持された水は、次の晴天時に植物に吸われ、蒸発散によって空へ返される。つまり土は、雨のときに水を吸い込んで貯め、晴れのときにゆっくり放出するスポンジのようにふるまう。公園の樹木や芝生が雨のあとも青々としているのは、この保水のはたらきによる。

保水の観点から見ると、雨水を受け止める能力は「そのときの土がどのくらい湿っているか」に依存する。長雨のあとの土はすでに水を含んでいて、追加の雨をあまり受け入れられない。ホートンの浸透曲線が示すのはまさにこの状態変化である。したがって、公園の浸透・保水機能は、乾いた時期の一回の夕立に対しては大きく、梅雨や秋雨の末期、あるいは台風による長時間の降雨に対しては小さくなる。この時間的な変動を無視して、公園の機能を一つの数字で語ることはできない。

芝生が染み込ませ土が蓄え木が受け止め晴れの日に返す
図4芝生・土・樹木は、雨のときに水を染み込ませて蓄え、晴れの日に蒸発散として空へ返す。公園はこの三つのはたらきの組み合わせである。

保水にはもう一つの顔がある。土に蓄えられた水の一部は、圃場容水量を超えた分としてゆっくり下方へ移動し、地下水面に達して地下水を涵養する。公園の緑地は、都市の中で地下水涵養が続いている数少ない場所の一つであり、これは井戸や湧水、河川の基底流量という形で、目に見えないところで都市の水環境を支えているとされる。洪水の議論に比べて地下水涵養は注目されにくいが、水循環基本法が「健全な水循環」という言葉で捉えようとしたのは、まさにこの見えない部分を含む水の全体像である。

4.3 蒸発散と樹冠遮断——木のはたらき

樹木は、雨水に対して二重のはたらきをする。一つは樹冠遮断である。葉や枝に受け止められた雨の一部は、地面に届く前に蒸発して空へ返る。また、葉から滴り落ちる雨(樹冠通過雨)や幹を伝う雨(樹幹流)は、地面に届く時刻を遅らせ、雨のエネルギーを弱めて土の表面を守る。もう一つは蒸散である。晴天時、樹木は根から吸い上げた水を葉から蒸散させ、土壌に蓄えられた水を減らす。これは土のスポンジを「絞って空にする」はたらきであり、次の雨に備える意味を持つ。夏の木陰が涼しいのも、この蒸散が周囲の熱を奪うためである(この点は都市気候学の論考が扱う)。

こうして見ると、公園の樹木・芝生・土は、単に「雨を吸う」のではなく、「受け止め、遅らせ、蓄え、空へ返す」という一連の過程を担っている。ただし、その効果の大きさは、樹木の量と大きさ、芝生の管理状態、土壌の種類、踏圧の程度、そして雨の降り方によって変わる。この可変性こそが、公園の水文学的な機能を評価する難しさであり、同時に、管理の工夫によって機能を高める余地でもある。

4.4 地形——水はどこに集まるか

最後に地形である。公園の中でも、周囲より低い場所には水が集まり、高い場所は速く乾く。公園全体が周囲の宅地より低い位置にあれば、周囲からの表面流を受け止める「受け皿」となり、逆に高ければ、公園の雨は周囲へ流れ出す。この地形の条件は、公園を雨水の貯留の場として使う次節の議論の前提になる。また、地下水位が高い場所や、下層に粘土層のある場所では、表面の土が良好でも水が下へ抜けにくく、飽和による地表流が生じやすいとされる。公園の水はけの実態を知るには、表面の材料だけでなく、地形と地下の条件をあわせて見る必要がある。

本節の整理をまとめれば、公園の水文学的な機能は「材料(土・芝・木・舗装)」「状態(踏圧・先行降雨・季節)」「位置(地形・地下水)」の三つの掛け算で決まる。同じ設計図の公園でも、置かれた土地と使われ方によって、雨への応答は一園ごとに異なる。だからこそ、公園の水の機能は机上の一般論では終われず、一園ずつの観察——次節以降で述べる貯留の設計や、雨上がりの水たまりの記録——へと降りていく必要がある。

5. 公園を雨水の器に——貯留浸透施設と総合治水の系譜

前節までは、公園の土と緑が「もともと持っている」水文学的な機能を見た。本節では、一歩進んで、公園を意図的に雨水の貯留・浸透の場所として設計・運用する考え方を扱う。これは日本の治水行政の中で明確な系譜を持つ考え方であり、「グリーンインフラ」という言葉が輸入されるはるか前から実践されてきた。

5.1 総合治水対策と流域対策

1977年(昭和52年)、河川審議会は「総合的な治水対策の推進方策について」の中間答申を出した。背景には、高度経済成長期の急速な都市化により、河川改修が流出の増大に追いつかず、都市近郊の中小河川で水害が頻発したことがある。答申の核心は、治水を河川の中だけで完結させず、流域に責任を分担させる、という発想の転換である。具体的には、流域の保水・遊水機能の維持、雨水の貯留・浸透施設の整備、水害のおそれのある土地の利用の誘導などが挙げられ、これに基づいて都市部の河川流域で「流域整備計画」がつくられていった。学校の校庭やグラウンド、公園、団地の棟間、駐車場などに雨水を一時的に貯める施設は、この流れの中で各地に整備された。

公園を使った貯留には、いくつかの型がある。第一に、公園の広場の周囲を少し高くし、広場面を掘り下げて、強い雨のときだけ水が浅く貯まるようにする型である。ふだんは遊び場や運動の場として使われ、大雨のときだけ「池」になる。貯まった水は、雨がやんだのちに小さな排水口からゆっくり流し、あるいは地面に染み込ませる。第二に、公園の地下に貯留槽や浸透トレンチ(砕石を詰めた溝)を埋め、地表の利用と貯留を両立させる型である。第三に、河川に隣接する公園の敷地全体を、洪水時に水を受け入れる遊水地と兼用する型である。いずれの型でも、公園の「ふだんは人の場所、非常時は水の場所」という二重の性格が意図的に設計されている。

大雨のとき広場が受けためて遅らせゆっくり川へ
図5掘り下げた広場が大雨のときだけ浅い池になり、水をためて流出のピークを遅らせ、あとからゆっくり川へ流す。貯留型公園の基本の仕組みである。

校庭や公園の貯留がピーク流量に効く理屈は、単純な時間差にある。流域の出口のピーク流量は、各地からの流出が同じ時刻に重なることで高くなる。市街地に散らばる貯留の場は、それぞれが受け持つ分の流出を数十分から数時間だけ遅らせ、重なりをずらす。一つひとつの貯留量は小さくても、「同時に集中させない」という効き方は、貯留量の合計だけでは測れない意味を持つとされる。これは、渋滞対策で出発時刻を分散させる発想と同型であり、総合治水が「流域に責任を分担させる」と表現したことの水文学的な内実である。

5.2 法制度の展開——特定都市河川から流域治水へ

この系譜は法制度としても発展した。2003年(平成15年)の特定都市河川浸水被害対策法は、著しい浸水被害のおそれのある都市河川の流域を指定し、雨水の浸透を妨げる一定規模以上の行為(宅地化など)に対策を義務づけ、貯留浸透施設の整備を計画的に進める枠組みをつくった。2014年(平成26年)の水循環基本法は、降水・地表水・地下水を一体の「水循環」として捉え、その健全な維持を国と自治体の責務とした。そして2021年(令和3年)のいわゆる流域治水関連法は、気候変動により降雨が増えるという認識のもと、河川管理者だけでなく、流域のあらゆる関係者——自治体、企業、住民——が協働して被害を減らす「流域治水」を制度として位置づけた。この中で、公園や緑地は、貯留浸透機能を持つ土地として、流域治水の担い手の一つに数えられている。

ここで強調したいのは、この系譜における公園の位置づけの変化である。総合治水の時代、公園は「治水施設を置ける都合のよい公共用地」という色彩が強かった。流域治水とグリーンインフラの時代には、公園の緑と土そのものが持つ浸透・保水機能が正面から評価され、貯留施設を「置く」のではなく、公園という土地の性質を「活かす」という言い方に変わってきた。この変化は言葉の上だけのものではなく、公園の設計——舗装を減らす、雨水を側溝に直行させず植栽帯に導く、掘り下げ広場(レインガーデンと呼ばれる雨水を受ける植栽地を含む)を設ける——に影響を与えつつある。

5.3 貯留型公園の論点——安全と利用の両立

公園を雨水の器として使うことには、検討すべき論点もある。第一に安全である。大雨のときに水が貯まる広場は、その時間帯には立ち入るべき場所ではない。貯留中であることを知らせる表示や、水が引いたあとの点検・清掃といった運用が伴わなければ、二重の性格はかえって危うさになる。利用者の側も、掘り下げられた広場を持つ公園では、大雨のときにそこが水の場所になることを知っておく必要がある。判断に迷う場面では、市の防災情報や関係機関の案内に従うことが基本である。第二に利用との競合である。貯留のための掘り下げやフェンスが、ふだんの遊びや見通しを損なうなら、公園としての本来の価値を削ることになる。設計には、水のための形と人のための形を重ねる工夫が求められる。第三に維持管理である。浸透施設は土砂や落ち葉で目詰まりし、性能が低下する。つくって終わりではなく、機能を保つための継続的な手入れが必要であり、これは財政と人手の問題に直結する(この点は財政学・行政学の論考が扱う主題と重なる)。

これらの論点は、公園の水文学的な機能が「自動的に」発揮されるものではなく、設計・運用・維持管理・利用者の理解という人間の側の条件に支えられて初めて実現することを示している。公園はグリーンインフラに「なりうる」のであって、放っておいて「である」わけではない。

6. グリーンインフラという概念——主張・批判・応答

本節では、「グリーンインフラ」という概念そのものを検討する。この言葉は近年、公園・緑地の政策文書に頻繁に登場するが、その意味は論者によって幅があり、期待が先行しているという批判もある。概念の中身と限界を整理しておくことは、公園の水文学的機能を冷静に評価するために必要な作業である。

6.1 グレーとグリーン——対立ではなく補完

グリーンインフラは、コンクリートの構造物——堤防、ダム、下水道、調整池——を指す「グレーインフラ」との対比で語られる。グレーインフラは、設計した規模の外力(例えば一定の確率で起こる規模の降雨)までは確実に機能するが、それを超えると機能を失い、ときに被害を拡大させる。また、単一の目的(治水なら治水)のために設計され、他の便益を生みにくい。これに対してグリーンインフラは、機能の上限は明確でないが、規模を超えても壊滅的には壊れず(浸透しきれなければあふれるだけである)、平常時にも遊び場・景観・生きものの生息地・木陰といった複数の便益を同時に生む、と整理される。国土交通省の「グリーンインフラ推進戦略」(2019年)も、自然環境が持つ多様な機能を社会資本整備や土地利用に活かす、という多機能性を強調している。

重要なのは、まともな論者は誰も「グリーンでグレーを置き換えられる」とは主張していないことである。公園の浸透・貯留で堤防の代わりになるという主張は、水収支の計算に照らして成り立たない。グリーンインフラ論の主張は、グレーインフラを前提としたうえで、(1)流域に分散した小さな貯留・浸透の積み重ねがピーク流量を下げる方向に働くこと、(2)グレーの規模を超えた雨(超過洪水)のときに被害を和らげる余地をつくること、(3)平常時の便益を同時に生むために投資として正当化しやすいこと、の三点にある。公園はこの三点のすべてに関わる。

6.2 批判——効果の不確かさと「緑の飾り」

この概念には正当な批判がある。第一に、効果の定量化が難しい。前節までに見たとおり、浸透・保水の効果は土壌・地形・先行降雨に依存して大きく変動し、「この公園は毎回これだけの水を貯める」とは言えない。効果が測りにくいものは、費用対効果を問われる公共投資の中で立場が弱く、逆に、測りにくいことを盾に過大な期待を語ることもできてしまう。第二に、「グリーンウォッシュ」への警戒である。実質的な機能の裏づけなく、開発事業に緑の飾りを添えて「グリーンインフラ」と称する例が生じうる。第三に、維持管理の軽視である。グリーンインフラは生きた系であり、放置すれば目詰まりし、茂りすぎ、機能も便益も低下する。整備費に比べて維持管理費が語られにくいという構造的な問題は、グレーインフラ以上に深刻になりうる。

効果の幅できることできないこと
図6グリーンインフラの効果は条件により変動する。できることとできないことを切り分け、過大にも過小にも評価しない姿勢が要る。

第四の批判として、言葉の新しさそのものへの疑いもある。日本には、雑木林や社寺林、水田や溜め池を含む里地里山の水土管理、屋敷林や生け垣といった、自然のはたらきを暮らしの基盤に組み込む長い伝統があり、「グリーンインフラ」はそれに横文字の名を付け直しただけではないか、という指摘である。この指摘には一理あるが、名を付け直すことには、ばらばらに存在した実践を一つの政策概念に束ね、予算と計画の言葉に載せるという実務的な機能がある。概念の新旧よりも、その概念の下で何が実際に整備・保全されるかを見るべきであろう。

6.3 応答——「量」ではなく「構え」の概念として

これらの批判に対して、本稿は次のように応答したい。グリーンインフラの価値は、個々の緑地の貯留量という「量」だけで測るべきではなく、都市が水とどう付き合うかという「構え」の転換にある。従来の都市は、雨水を「できるだけ速く、見えないところで、遠くへ運び去る」ことを原則としてきた。グリーンインフラの原則はその逆で、「できるだけその場で、見えるかたちで、ゆっくり動かす」ことである。この構えの転換は、個々の施設の性能とは別の次元で意味を持つ。雨水が側溝に消えるのではなく、公園の植栽帯に導かれ、貯まり、引いていくのが見える都市では、住民が水の挙動を日常的に観察できる。水がどこに集まり、どこからあふれるのかについての住民の感覚——いわば流域のリテラシー——は、避難の判断や土地利用の選択を支える無形の防災力であり、これは下水道がどれほど発達しても得られない種類の便益である。

また、効果の不確かさについては、不確かであることと効果がないことは違う、と述べておく必要がある。個々の公園の貯留量は変動するが、流出係数の低い面が流域に増えれば流出が減る方向に働くこと自体は、水収支の恒等式が保証する確実な関係である。問われるべきは効果の有無ではなく、その大きさと費用の釣り合いであり、それは流域ごと、公園ごとに検討されるべき実務的な問いである。グリーンウォッシュへの警戒は正当だが、その処方箋は概念の放棄ではなく、機能の裏づけを問う姿勢——この緑地は、どの雨のとき、どこの水を、どう受け止めるのか、と具体的に問うこと——である。

本稿の立場をまとめれば、グリーンインフラは、グレーインフラの代替ではなく補完であり、その効果は条件依存的だが方向としては確実であり、量の議論と同時に、都市の水との付き合い方の「構え」を変える概念として評価すべきものである。公園は、都市の中でこの構えを最も実践しやすい土地である。

7. 河川敷の公園と雨のあとの公園——遊水機能と水はけの水文学

本節では、利用者が実際に水と出会う二つの場面——河川敷の公園と、雨のあとの公園——を水文学の言葉で説明する。抽象的な概念を、公園に足を運ぶ人の目線に引き戻す作業である。

7.1 河川敷公園はなぜ「水に浸かってよい」のか

日本の川には、ふだん水が流れている部分(低水路)と、その外側に広がる平らな土地(高水敷)がある。高水敷は、洪水のときに川が広がって流れるための空間であり、河川法の下で河川区域として管理される。ふだんは水が来ないこの土地が、グラウンドや公園として利用されてきた。河川敷の公園である。つまり河川敷公園は、「洪水のときには水に浸かる」ことを初めから予定された公園である。これは設計の失敗ではなく、まさにそのために空けてある土地を、水が来ていない大部分の時間に人が使わせてもらっている、という関係である。

この関係を水文学の言葉でいえば、河川敷は川の「遊水機能」の一部である。遊水とは、洪水の水を一時的に広い場所に受け入れて、下流へ流れるピーク流量を減らし、遅らせることをいう。堤防の間の高水敷が広いほど、川は同じ流量をより浅く、より遅く流すことができる。河川敷の公園は、この空間の平常時利用であって、洪水時には公園であることをやめ、川の一部に戻る。したがって、河川敷公園の利用者にとっての水文学的リテラシーの第一歩は、この二重性を知っておくことである。増水時には立ち入らない、上流で強い雨が降っているときは水位が急に上がりうることを知っておく、駐車した車も水に浸かりうると知っておく——これらは恐怖の話ではなく、土地の性格の理解の話である。判断に迷うときは、市や河川管理者の発信する情報に従うことが基本である。

ふだんは広場遊びの場洪水時は川性格を知る
図7河川敷公園は、ふだんは遊びの場であり、洪水のときは川の一部に戻る。この二重の性格を知ることが利用の前提になる。

河川敷公園には、水文学的にもう一つの意味がある。高水敷は洪水のたびに水と土砂をかぶり、草地が更新される、いわば攪乱を前提とした土地である。恒久的な建物や大きな遊具を置きにくい代わりに、広い芝生と草地が保たれ、都市の中では得がたい「広さ」が生まれる。河川敷のグラウンドや原っぱの開放感は、洪水を受け入れるという土地の条件の、平常時における恩恵と見ることができる。水に浸かる土地であることと、広く使える土地であることは、同じ一つの事実の裏表である。

7.2 雨のあとの公園——水はけを読む

雨上がりに公園へ行くと、場所によって乾き方がまるで違うことに気づく。この違いは、第4節で述べた浸透・保水・地形の議論の、いわば野外の実物である。水たまりが長く残る場所は、踏み固められて浸透能が落ちた場所か、周囲より低く水が集まる場所か、下層に水を通しにくい層がある場所である。すぐ乾く場所は、日当たりと風通しがよく蒸発が速い場所か、砂質で水がすぐ下へ抜ける場所である。芝生は、葉と根が土の構造を守るため、裸地よりも雨後にぬかるみにくいことが多いが、水を含んだ直後に踏み込めば土ごと傷む。ゴムチップ舗装の遊具まわりは水はけよく設計されていることが多いが、金属やプラスチックの遊具そのものは雨のあと滑りやすい。

この「水はけを読む」目は、利用者にとって実用的である。雨の翌日にどの公園なら遊べるか、同じ公園のどの場所が乾いているかは、地面の材料と地形からある程度予測できる。砂地の広場は乾きが速く、粘土質の広場は遅い。斜面の上手は乾き、下手のくぼみは湿る。大きな木の下は、雨の間は樹冠遮断で濡れにくい一方、雨後もしばらく滴が落ちる。こうした観察は、子どもにとっては水の循環を体で学ぶ機会でもある。水たまりがどこにでき、何日で消えるかを見ることは、浸透と蒸発という水文学の基本過程の、最も身近な観察である。

7.3 公園の水景施設——じゃぶじゃぶ池と「流れ」

公園と水の関わりには、雨水だけでなく、意図的に導かれた水もある。噴水、じゃぶじゃぶ池、人工の「流れ」といった水景施設である。これらは主に水道水や循環水を使う施設であり、雨水の水文学とは区別すべきものだが、都市の子どもが水と触れる場としての意味は大きい。かつて子どもが水と出会う場所は川や用水路であったが、都市化と安全上の理由からそれらへの接近は難しくなり、公園の水景施設が「管理された水辺」としてその一部を引き受けている。水文学の視点からは、これは都市が水を遠ざけてきた歴史の裏返しであり、グリーンインフラ論のいう「見えるかたちの水」を、遊びの文脈で先取りしてきた施設と位置づけることができる。利用にあたっては、稼働期間や水質管理の情報を市の案内で確かめることが基本である。

以上、本節では河川敷公園の遊水機能と、雨のあとの水はけ、そして水景施設を見た。共通するのは、公園が「水を知る場所」になりうるということである。治水の計算の中で公園が果たす役割は限定的でも、水の挙動を人々が観察し、学び、土地の性格を理解する場としての役割は、それとは独立に大きい。次節では、この視点を磐田市の公園に当てはめる。

8. 磐田市の公園への示唆

本節では、前節までの概念を磐田市の公園に当てはめる。用いる事実は、当サイト(ATAWI PARK)が磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(94行)と市の施設ガイドから作成した公園データベース(100園)の範囲に限る。当サイトの現地踏査はまだ始まっておらず(2026年8月16日時点で踏査済0園)、各園の土壌・地形・水はけの実態は確認できていない。以下は、データベース上の種別・面積・名称・施設記載から水文学の視点で読み取れることの整理であり、実地の検証は今後の課題である。

8.1 100園を「流域に散らばる緑の面」として見る

磐田市の都市公園100園の種別の内訳は、街区公園51・近隣公園14・都市緑地10・地区公園4・総合公園3・運動公園3・風致公園3・広場公園2・緑道2・墓園1・歴史公園1・法対象外6である。水文学の視点でこの内訳を読むと、二つの層が見える。一つは、市街地の中に細かく散らばる小さな面——51の街区公園と10の都市緑地——である。個々の面積は小さく、最小の二之宮東第2緑地は17平方メートル、見付本通広場公園は372平方メートルにすぎない。これらの一つひとつが受け止められる雨は限られるが、第3節で述べたとおり、市街地の中に流出係数の低い面が点在すること自体が、内水に対して流出を分散させる方向に働く。もう一つの層は、大きな面である。竜洋海洋公園(221,722平方メートル)、かぶと塚公園(106,982平方メートル)、つつじ公園(61,937平方メートル)、兎山公園(56,193平方メートル)といった総合公園・風致公園・地区公園は、一園でまとまった緑と土の面を市域に確保している。

地区別に見ると、園数は豊田28・見付21・中泉14・御厨13・竜洋13・福田4・豊岡3・南部2・向陽2である。豊田地区は天竜川に近い平野部に28園を持ち、名称に「ポケットパーク」「農村公園」を含む小さな園が多い。こうした分布は、都市化の進んだ地区に小さな緑の面が細かく置かれていることを示しており、第6節で述べた「分散した小さな貯留・浸透の積み重ね」の素地として読むことができる。ただし、各園の地面がどの程度舗装され、どの程度が土と芝生なのかはオープンデータからは分からず、踏査で確かめるべき最初の項目である。

市内100園緑の面点在する川のそば
図8磐田市の100園は、市街地に点在する小さな面と、川に近い大きな面という二つの層をなす。水文学的には流域に散らばる受け皿の網である。

8.2 川の名を持つ公園——遊水機能の視点

磐田市のデータベースには、川との関わりを名称に示す公園がいくつもある。竜洋西堀河川敷公園(地区公園・34,490平方メートル)は名称に「河川敷」を含み、第7節で述べた遊水機能の視点がそのまま当てはまる候補である。天竜川ラブリバー公園(豊岡・法対象外)、豊田天竜川わんぱく広場(近隣公園・14,914平方メートル)、豊田ラブリバー公園(近隣公園・16,030平方メートル)は名称に天竜川ないしラブリバーを含み、竜洋海洋公園は海に近い竜洋地区にある。これらの園がそれぞれ河川区域の内か外か、洪水時にどう扱われるかは、オープンデータと施設ガイドからは確認できないため、本稿では「名称と位置から川との関わりが示唆される」と述べるにとどめる。利用者にとって大切なのは、川に近い公園を使うときに市のハザードマップ(洪水浸水想定)を一度見ておくことであり、磐田市は大雨への備えとハザードマップの情報を市のウェブサイトで公開している。増水時の判断は市や関係機関の発信に従うのが基本である。

また、見付地区の水堀公園・水堀東公園、豊田地区の豊田森下水神公園のように、名称に「水」を含む園もある。地名や公園名に残る水の記憶は、その土地と水の歴史的な関わりを示唆するが、これも本稿では名称の指摘にとどめ、由来の検討は地名学・歴史学の論考に委ねる。

8.3 園内の水——「流れ」「じゃぶじゃぶスポット」「カスケード」

施設ガイドの記載からは、園内に水景施設を持つ園が確認できる。今之浦公園(近隣公園・13,675平方メートル)には、市の施設ガイドに「じゃぶじゃぶスポット、流れ」「噴水広場」の記載があり、噴水の運転期間(令和8年7月17日から9月23日まで)も案内されている。安久路公園(地区公園・32,001平方メートル)には「流れ」の記載が、豊田香りの公園(近隣公園・10,200平方メートル)には「カスケード(滝)※5月から10月までの9時~17時に稼働」の記載がある。第7節で述べたとおり、これらは管理された水辺として、子どもが水と出会う場を担っている。さらに、オープンデータの集計では砂場有が43園ある。砂は浸透の速い材料であり、雨後の砂場の乾き方は、子どもにとって最も身近な浸透の観察対象になる。

水はけの視点は、雨の翌日の公園選びにも読み替えられる。オープンデータの集計では遊具有が64園、トイレ有が69園あるが、雨後にどの園のどの場所が使えるかは、地面の材料と地形に依存する情報であり、現状のデータベースには含まれていない。芝生広場の記載がある園(今之浦公園、はまぼう公園など)は、裸地の広場より雨後にぬかるみにくい可能性がある一方、第4節で述べたとおり、水を含んだ直後の芝生に踏み込めば土ごと傷む。雨後の利用については断定を避け、当サイトとしては「雨上がりの様子は園ごとに違う」という水文学的な前提を伝えたうえで、実態は踏査で確かめる立場をとる。

8.4 当サイトの課題——踏査で何を見るか

本稿の視点は、当サイトの今後の踏査項目を具体化する。第一に、地面の内訳である。各園の芝生・土・舗装のおおよその割合、踏み固めの目立つ場所、雨後の水たまりの位置を記録すれば、100園の「水はけの地図」の素地ができる。第二に、地形である。園全体が周囲より低いか高いか、園内のくぼみはどこか。第三に、川に近い園の表示である。増水時の注意を示す看板や、避難に関する掲示の有無は、利用者に伝えるべき情報である。これらはいずれも、特別な機器を使わずに観察できる項目であり、雨の日と雨上がりの踏査が晴天時の踏査と同じだけの価値を持つ、という水文学ならではの示唆も付け加えておきたい。管理に関わる事実の確認は、磐田市都市整備課(電話0538-37-4806)の案内に従う。

9. 結論と今後の課題

本稿は、水文学の立場から都市の公園を検討してきた。得られた結論は次のとおりである。第一に、都市化は不浸透面の増加と排水路の整備を通じて、雨水の流出を「高く、早く」変えた。その中で公園の芝生・土・樹木は、雨水を受け止め、遅らせ、蓄え、空へ返す一連の過程を担う、都市に残された数少ない面である(第3節・第4節)。第二に、公園を雨水の貯留・浸透の場として使う考え方は、1977年の総合治水対策以来の系譜を持ち、流域治水とグリーンインフラの時代に、公園の土地の性質そのものを活かす方向へ発展してきた(第5節)。第三に、グリーンインフラはグレーインフラの代替ではなく補完であり、その効果は条件依存的だが方向としては確実であって、量の議論とともに、都市の水との付き合い方の「構え」を変える概念として評価すべきである(第6節)。第四に、河川敷公園の遊水機能と雨のあとの水はけは、利用者が水文学と出会う最も身近な場面であり、公園は「水を知る場所」としての教育的な役割を持ちうる(第7節)。

磐田市への当てはめでは、100園が「市街地に点在する小さな面」と「川に近い大きな面」の二つの層をなすこと、竜洋西堀河川敷公園をはじめ川との関わりを名称に示す園があること、今之浦公園・安久路公園・豊田香りの公園に水景施設の記載があることを確認し、川に近い公園の利用者が市のハザードマップを一度見ておくことの意味を述べた(第8節)。いずれもデータベース上の読み取りであり、地面の内訳・地形・表示の実態は、当サイトのこれからの踏査で確かめる。

受け止め染み込ませ遅らせるできる範囲で
図9公園は雨水を受け止め、染み込ませ、遅らせる。単独で洪水は防げないが、流域の構えの一部として確かな方向の働きを持つ。

本稿を通じて示したかったのは、公園を見る目に「水の軸」を一本加えることの効用である。遊具の種類や広さといった目に見える設えの背後には、その土地が雨をどう受け止め、どこへ流すかという、目に見えない条件が横たわっている。この条件は、公園の使い勝手(雨後の乾き方)にも、公園の安全(川との関係)にも、都市全体の水循環にも、同じ根からつながっている。水文学は、この三つを一つの言葉で語れる数少ない学問である。

9.1 本稿の限界

本稿の限界を三つ挙げる。第一に、本稿は文献と概念の整理であり、磐田市の公園での観測・実測を伴わない。個々の園の浸透能や貯留量について、本稿は何も定量的に述べていないし、述べるべきでもない。第二に、磐田市の治水計画・雨水管理計画そのものは本稿の資料の範囲外であり、市の公園がグリーンインフラとして制度上どう位置づけられているかは検討できていない。第三に、水質の問題——雨水が路面から運ぶ汚れ、公園の水景施設の水質管理——は本稿では扱わなかった。これらはいずれも、水文学が本来カバーする領域であり、本稿の続編が引き受けるべき主題である。

9.2 今後の課題

今後の課題として、次の三つを挙げる。第一に、踏査による観察の蓄積である。第8節で挙げた地面の内訳・くぼみ・雨後の水たまりの記録は、専門機器なしに始められる。特に、同じ園を晴天時と雨上がりの両方で観察することが、水はけという利用者に直結する情報を生む。第二に、隣接分野との接続である。公園の緑のネットワークは都市生態学、木陰と蒸発散は都市気候学、洪水時の避難は防災学の主題であり、水文学の議論はこれらと重ねてはじめて立体的になる。第三に、伝え方の工夫である。ハザードマップや流域治水という言葉は、日常の公園利用から遠く感じられやすい。「雨上がりのこの公園はどこが乾いているか」という身近な問いから入って、「この公園は流域のどこにあるか」という問いへつなぐ——その順序の工夫こそ、公園のデータベースを運営する当サイトが水文学から学ぶべき最大の示唆である。雨の日の公園は、閉ざされた場所ではなく、都市と水の関係が最もよく見える教室である。

参考文献

  1. ロバート・E・ホートン(1933)「The Role of Infiltration in the Hydrologic Cycle」Transactions, American Geophysical Union
  2. ルナ・B・レオポルド(1968)「Hydrology for Urban Land Planning: A Guidebook on the Hydrologic Effects of Urban Land Use」U.S. Geological Survey Circular 554
  3. イアン・L・マクハーグ(1969)『デザイン・ウィズ・ネーチャー』(下河辺淳・川瀬篤美監訳、集文社、1994)
  4. 高橋裕(1971)『国土の変貌と水害』(岩波新書)
  5. マーク・A・ベネディクト、エドワード・T・マクマホン(2006)『Green Infrastructure: Linking Landscapes and Communities』(Island Press)
  6. 河川審議会「総合的な治水対策の推進方策についての中間答申」(昭和52年6月)
  7. 河川法(昭和39年法律第167号)
  8. 特定都市河川浸水被害対策法(平成15年法律第77号)および流域治水関連法(令和3年)
  9. 水循環基本法(平成26年法律第16号)
  10. 国土交通省「グリーンインフラ推進戦略」(令和元年7月)
  11. 環境省「生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)の考え方」(平成28年)
  12. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令・国土交通省 都市公園のページ
  13. 磐田市 大雨への備え・ハザードマップ(市ウェブサイト)
  14. 磐田市 防災・安全「大雨への備え」
  15. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  16. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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