国際・比較・未来シンガポール比較研究
庭園都市から自然の中の都市へ——シンガポールの緑地戦略
要旨
本稿は、独立後のシンガポールが緑化をどのように国家戦略として位置づけ、どのような法制度と計画手法によってそれを実現してきたかを検討するものである。取り上げるのは、独立直後に始まった植樹運動と「庭園都市(ガーデン・シティ)」構想、樹木保護と国立公園行政を定める法制度、公園と公園を線でつなぐパーク・コネクター・ネットワーク、建築物に緑化を義務づけるスカイライズ・グリーナリーとLUSHという制度、そして近年掲げられている「自然の中の都市(シティ・イン・ネイチャー)」という理念への転換である。
方法は、確実に存在が確認できる法制度・政府計画・学術文献に基づく整理と、日本および磐田市の状況との比較整理である。第2節で本稿にかかわる基礎概念を整理したうえで、第3節から第7節にかけて、独立後の緑化政策の展開、それを支えた法制度、パーク・コネクター・ネットワーク、垂直緑化の義務づけ、シティ・イン・ネイチャーへの転換を順に検討する。第8節ではトップダウンの緑化がもたらした成果と、住民参加という点での限界について反論に応答するかたちで検討し、第9節で磐田市の公園100園のデータに照らしてこの比較の意味を考える。第10節で結論と今後の課題を述べる。
検討の結果、シンガポールの緑化政策は、強い計画権限と国土制約という条件のもとで、法制度・都市計画・建築規制を一体のものとして運用することで、狭い国土のなかに緑を組み込むことに一定の成果をあげてきたことが確認できる。他方で、その多くはトップダウンの政策決定によって進められてきたものであり、住民参加という点では限られた側面があることも見えてくる。日本と磐田市とではそもそも国土の広さも計画権限のあり方も異なっており、シンガポールの制度をそのまま置き換えることはできない。しかし、公園を個別の点としてではなく線や網として捉える発想、緑化を都市計画の初期段階から組み込む発想は、磐田市の公園100園のデータを読み解くうえでも参照できる視点であり、本稿はその視点を慎重に切り分けて示すことを試みる。
キーワードガーデン・シティパーク・コネクター・ネットワーク垂直緑化シティ・イン・ネイチャー国土制約計画権限
1. はじめに——問題の所在
シンガポールは、国土が狭く天然資源に乏しいという条件のもとで、独立後まもない時期から緑化を都市計画の中心に据えてきた都市国家として広く知られている。「庭園都市(ガーデン・シティ)」という標語は日本でもしばしば紹介されるが、そこで語られる内容の多くは並木や花壇の美しさといった表面的な事実にとどまり、それがどのような法制度と計画権限のもとで達成されてきたのか、そしてそれが近年「自然の中の都市(シティ・イン・ネイチャー)」という異なる理念へと転換しつつあることまでを丁寧に説明した記述は、必ずしも多くない。
本稿が検討するのは、独立後のシンガポールが緑化をどのように国家戦略として位置づけ、どのような法制度と計画手法によってそれを実現してきたか、という経緯である。具体的には、独立後まもない時期に始まった植樹運動と「庭園都市」構想、樹木保護と国立公園行政を定める法制度、公園と公園を線で結ぶパーク・コネクター・ネットワーク、そして建築物に緑化を義務づけるスカイライズ・グリーナリーとLUSH(ランドスケーピング・フォー・アーバン・スペーシズ・アンド・ハイライズ)という制度を取り上げる。あわせて、これらが近年「シティ・イン・ネイチャー」という理念のもとでどのように読み替えられつつあるかを検討する。
1.1 問いと方法
本稿の問いは三つある。第一に、独立後のシンガポールの緑化政策は、どのような歴史的経緯から生まれ、どのように制度化されてきたか。第二に、その制度は、どのような社会的条件——国土の狭さ、強い計画権限、政府主導の開発体制——のもとで成り立っているか。第三に、この政策の展開のうち、日本や磐田市の公園を考えるうえで参照しうる論点はどこにあり、単純には移植できない前提はどこにあるか。方法は、確実に存在が確認できる法制度・政府計画・学術文献に基づく整理と、日本の制度との比較整理である。現地でのヒアリングや個別施設の視察記録は用いていない。
1.2 本稿の構成
第2節では、本稿にかかわる基礎概念——田園都市論の系譜、生態学的な都市計画、バイオフィリック・シティという考え方——を整理する。第3節から第7節が本論であり、独立後の緑化政策の展開(第3節)、それを支えた法制度(第4節)、パーク・コネクター・ネットワーク(第5節)、垂直緑化の義務づけ(第6節)、シティ・イン・ネイチャーへの転換(第7節)を順に検討する。第8節では、トップダウンの緑化がもたらした成果と住民参加という点での限界について、想定される反論に応答するかたちで検討する。第9節では磐田市の公園100園のデータに照らしてこの比較の意味を考え、第10節で結論と今後の課題を述べる。各節は独立した論点をもち、その節だけを読んでも完結するように書いた。
1.3 なぜシンガポールと磐田市の公園を比べるのか
当サイトATAWI PARKは、磐田市内の公園100園について、磐田市オープンデータと市の施設ガイドに基づく事実を整理してきたデータベースである。現地踏査は2026年8月時点でまだ始まったばかりであり、遊具の配置や利用のされ方について、当サイトが独自に確認できていることは少ない。国土の広さも計画権限のあり方もまったく異なるシンガポールの制度を、そのまま磐田市に当てはめることはできない。しかし、公園を個別の点としてではなく、線や網として捉える発想、緑化を都市計画の初期段階から組み込む発想は、遠く離れた都市国家の事例であっても、磐田市の公園100園のデータを読み解くための一つの比較の物差しになりうる。本稿は、シンガポールを模範として掲げるためではなく、その制度が置かれた条件を丁寧に確認したうえで、参照できる論点とできない論点を切り分けて示すために書かれている。
1.4 用語について
本稿では、対象国を正式名称であるシンガポール共和国と記す場合と、慣用に従い単にシンガポールと記す場合とがあるが、いずれも同一の国を指す。また、緑化行政を担う法定機関については、正式名称の国立公園委員会(National Parks Board)と、本国内外で広く使われる略称NParksとを、文脈に応じて使い分ける。都市計画や建築規制にかかわる制度名についても、LUSHやスカイライズ・グリーナリーのように、シンガポールの行政機関が用いる呼称をそのまま日本語に置き換えず、カタカナ表記を基本としたうえで、初出の際に内容を説明する方針をとる。これは、制度の名称を意訳することで、原語がもつ制度上の固有名詞としての性格が失われることを避けるためである。
2. 先行研究と概念の整理
シンガポールの緑化政策を検討するにあたり、まず整理しておくべき概念がいくつかある。第一に、「ガーデン・シティ(田園都市)」という語そのものが、二つの異なる意味で使われてきたことである。もともとこの語を都市計画の理念として体系化したのは、イギリスの都市計画家エベネザー・ハワードであった。ハワードが『明日の田園都市』で提示したのは、過密化した大都市から人口を分散させ、農地に囲まれた自立的な衛星都市を新たに建設するという構想であり、緑地は既存の都市を飾るものではなく、都市そのものの形を規定する骨格として位置づけられていた。これに対してシンガポールが独立後に掲げた「ガーデン・シティ」は、新たな都市を建設する構想ではなく、既存の密集した都市に緑を組み込んでいくという、ハワードとは異なる意味での使用であった。この違いを踏まえずに両者を同一視すると、シンガポールの政策の実態を見誤ることになる。
2.1 ハワードの田園都市論とその読み替え
ハワードの田園都市論は、19世紀末のロンドンにおける過密・不衛生な居住環境への批判から生まれたものであり、都市と農村双方の利点を併せもつ新しい定住地を建設することを目指していた。この構想はイギリスのレッチワースやウェリン・ガーデン・シティといった実際の都市建設に結びつき、後の世界各地のニュータウン計画にも影響を与えたとされる。一方、シンガポールが独立後に用いた「ガーデン・シティ」という語は、新規に都市を建設するのではなく、既存の高密度な市街地に並木・花壇・公園を計画的に組み込んでいくという、都市美化と環境改善を主眼とした使い方であった。両者は語こそ同じであるが、対象とする空間のスケールも、緑地に期待する役割も異なっている。本稿で「ガーデン・シティ」という語を用いる場合は、特に断りのない限り、シンガポールが用いた後者の意味を指す。
2.2 生態学的な都市計画とバイオフィリック・シティという視点
緑を都市計画に組み込む発想をさらに理論化したものとして、ランドスケープ・アーキテクトのイアン・マクハーグが『Design with Nature』で提示した、地形・水文・植生といった自然の条件を都市計画の基礎に据える手法がある。マクハーグの議論は、緑地を都市の余白として扱うのではなく、都市計画そのものを自然の仕組みに沿わせるべきだという考え方を提示した点で、後の都市生態学や環境計画に大きな影響を与えたとされる。さらに近年では、都市計画研究者のティモシー・ビートリーが『Biophilic Cities』において、人間が本来もつ自然への親和性(バイオフィリア)を都市の設計に積極的に組み込む「バイオフィリック・シティ」という概念を提示し、その代表的な事例としてシンガポールを繰り返し取り上げている。ビートリーの議論は、緑を装飾としてではなく、都市に暮らす人間の心身の健康にかかわる基盤として位置づける点で、本稿の検討にも示唆を与える。
2.3 「シティ・イン・ア・ガーデン」から「シティ・イン・ネイチャー」への概念の変遷
シンガポールの緑化行政を担う国立公園委員会(NParks)は、2000年代以降「City in a Garden(庭の中の都市)」というビジョンを掲げてきた。これは、独立直後の「ガーデン・シティ」構想を引き継ぎつつ、都市そのものを庭として整えるという発想である。これに対して、後の節で扱う「City in Nature(自然の中の都市)」は、都市を庭として飾るのではなく、都市そのものを自然の生態系の一部として位置づけ直そうとする理念であるとされる。この二つの標語の違いは、単なる言い換えではなく、緑を人間が管理し配置する対象として見るか、都市を包み込む生態系の一部として見るかという、緑化政策の前提そのものの転換を示すものと考えられる。本稿は第3節以降でこの転換の経緯を具体的に検討していく。
なお、本稿でいう「緑化政策」とは、街路樹の植栽や公園の整備といった個別の事業だけを指すのではなく、それらを支える法制度・都市計画の手法・建築規制までを含めた広がりを指す言葉として用いている。次節以降で見るように、シンガポールの緑化は個別の公園整備にとどまらず、樹木保護法、国立公園委員会という行政機構、建築規制という複数の制度が組み合わさって進められてきたものであり、本稿がこれらを個別に切り分けず一体のものとして検討するのは、この理解に基づいている。
2.4 都市国家という条件の位置づけ
本稿の検討にあたっては、「都市国家」という統治の単位そのものを分析上の条件として位置づけておく必要がある。都市国家とは、都市そのものが一つの主権国家を構成する統治形態を指し、都市計画にかかわる権限が、国・広域自治体・基礎自治体という複数の層に分かれることなく、一つの中央政府に集約される点に特徴がある。この条件は、後の節で検討する反論——シンガポールの緑化政策が強い計画権限をもつ政府主導で進められてきたという指摘——を理解するうえでの前提となる。都市国家という統治形態そのものが特殊な条件であることを踏まえずに、そこで実現した個別の施策だけを取り出して評価すると、他の統治形態のもとにある都市への応用可能性を見誤ることになりかねない。本稿がシンガポールの制度を検討する際に、常にその統治形態という条件とあわせて論じるのは、この理由による。
3. 独立後のガーデン・シティ構想——緑化を国家戦略とする発想
シンガポールは1965年に独立したが、当時のシンガポールは天然資源に乏しく、国土も狭いという条件のもとで、産業基盤をほぼゼロから築かなければならない状況にあった。こうした状況のなかで、初代首相リー・クアンユーは、緑化を単なる都市美化の手段としてではなく、天然資源をもたない国家が自らを差別化するための戦略として位置づけた。リー・クアンユー自身、後の回顧録『From Third World to First』のなかで、緑化を都市の魅力を高め、投資家や観光客に良い印象を与えるための手段として重視していたことを述べている。資源に乏しい国だからこそ、人がつくる緑という付加価値によって都市の価値を高めようとする発想は、後年まで一貫してシンガポールの都市政策の基調をなしてきたとされる。
3.1 独立と資源制約という出発点
独立当初のシンガポールは、後背地となる広大な国土をもたず、食料や水を含む多くの資源を輸入や周辺国からの供給に頼らざるをえない条件のもとにあった。このような制約のもとでは、工業化による経済成長を急ぐと同時に、限られた国土を最大限に効率よく使うことが課題となる。緑化は、一見すると経済成長と競合する政策のように見えるが、シンガポールの指導部はこれを対立するものとしてではなく、都市の国際競争力を高める要素として位置づけた。清潔で緑豊かな都市環境は、外国企業の誘致や国際会議・観光の誘致において、他の新興国との差別化要因になると考えられたのである。
3.2 緑化を国家戦略として位置づける発想
1967年、リー・クアンユーはシンガポールを「熱帯の庭園都市」にするという構想を示したとされ、これ以降、街路樹の植栽や緑地の整備が、個別の公共事業としてではなく、国家全体の開発計画のなかに組み込まれるようになったとされる。並木道の整備や公共住宅団地の緑化、幹線道路沿いの植樹といった取り組みは、住宅開発庁(HDB)による大規模な公共住宅整備とも並行して進められ、都市の拡張そのものと緑化が一体的に計画される体制がつくられていった。この時期の特徴は、緑化が個々の公園の質を高めることにとどまらず、都市全体の景観と国家のイメージを形づくる装置として扱われた点にある。
3.3 街路樹と植樹運動という手法
この時期に用いられた具体的な手法の一つが、街路樹の大規模な植栽である。成長の早い樹種を幹線道路沿いに集中的に植えることで、短期間で緑陰を確保し、都市の印象を大きく変えることが試みられたとされる。あわせて、毎年一定の時期に植樹を呼びかける運動が継続的に実施され、行政だけでなく住民や企業も植樹に参加する機会が設けられてきたとされる。もっとも、この段階での植樹運動は、どの樹種をどこに植えるかという意思決定の多くが行政主導で進められており、住民が主体的に緑化のあり方を選択する仕組みとしては限定的なものであったと考えられる。この点は、第8節で改めて検討する住民参加という論点にかかわってくる。
3.4 公共住宅の整備と緑化の一体化
独立後のシンガポールでは、住宅開発庁(HDB)による公共住宅団地の大規模な整備が、都市の拡張の中心的な手段として進められてきた。緑化政策の特徴の一つは、この公共住宅の整備と緑化が別々の事業としてではなく、団地の設計段階から一体のものとして計画されてきたとされる点である。団地内の広場や遊び場の周囲に樹木を配置し、棟と棟の間に緑地帯を設けるといった手法がとられ、住民の多くが暮らす公共住宅団地そのものが、緑化政策の主要な実施の場となってきたと考えられる。人口の多くが公共住宅に居住する社会では、公園という独立した施設だけでなく、住宅団地そのものの緑化水準が、住民が日常的に接する緑の量を大きく左右することになる。この点は、公園という単位だけで緑地政策を評価することの限界を示す事例としても興味深い。
3.5 気候という条件との関係
シンガポールは赤道に近い熱帯性の気候に属し、一年を通じて高温多湿で日照量も多いとされる。この気候条件は、植物の生育にとっては有利にはたらく一方、屋外で過ごす人にとっては暑さへの配慮が欠かせない条件でもある。街路樹による緑陰の確保が重視されてきた背景には、単に景観を整えるという目的だけでなく、高温多湿な気候のもとで歩行者が日差しを避けながら移動できる環境を確保するという、実用的な要請もあったと考えられる。この点は、夏季の高温が課題となる日本の都市においても、緑陰の確保という発想として参照しうる論点であるが、暑さへの対応としてどの程度の配慮が必要かという判断は、最終的には気象情報や関係機関の示す目安に基づいて行われるべきものである。
4. 法制度による裏付け——樹木保護と国立公園委員会
緑化を国家戦略として位置づけるという発想は、掛け声だけでは維持できない。シンガポールの緑化政策が長期にわたって継続してきた背景には、それを支える法制度と行政機構の存在がある。本節では、樹木の保護を定める法律と、緑地行政を統括する国立公園委員会(National Parks Board、通称NParks)という組織を取り上げ、緑化がどのように制度化されてきたかを検討する。
4.1 Parks and Trees Actと樹木保護区域
シンガポールでは1975年にParks and Trees Act(公園樹木法)が制定され、公園の管理権限とあわせて、樹木の保護に関する規定が整えられたとされる。この法律のもとでは、一定の樹木保護区域内での伐採や剪定に許可が必要とされるなど、私有地内の樹木であっても行政の管理が及ぶ仕組みが設けられているとされる。日本の都市公園法が主に公共の公園そのものの設置・管理を定める法律であるのに対し、Parks and Trees Actは公園の外にある街路樹や私有地の樹木にまで保護の網をかけている点に特徴があると考えられる。緑を「公園の中にあるもの」に限定せず、都市全体に広がる資源として法的に位置づけている点は、本稿が検討する緑化政策の制度的な基盤として重要である。
4.2 国立公園委員会(NParks)という統治機構
1990年、それまで公園・レクリエーション行政と自然保護区の管理を別々の部局が担っていた体制が統合され、国立公園委員会(NParks)が法定機関として設立されたとされる。NParksは、都市部の公園や街路樹の管理から、自然保護区の保全、後述するパーク・コネクター・ネットワークの整備まで、緑にかかわる行政を横断的に担う組織として位置づけられている。日本では都市公園の整備・管理は主に地方自治体の担当部局が担い、自然保護区や森林行政はまた別の省庁・部局が所管することが多いのに対し、シンガポールでは緑にかかわる行政機能が一つの法定機関に集約されている点が特徴的である。この行政機構の一体性が、公園単体の整備にとどまらない、都市全体を見渡した緑化計画を可能にしてきたと考えられる。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1965年 | シンガポール独立 |
| 1967年 | リー・クアンユーが「庭園都市」構想を提示したとされる |
| 1975年 | Parks and Trees Act(公園樹木法)制定 |
| 1990年 | 国立公園委員会(NParks)設立 |
| 2009年 | スカイライズ・グリーナリー奨励制度、LUSH制度の開始 |
| 2020年 | OneMillionTrees運動の開始 |
| 2021年 | Singapore Green Plan 2030公表、City in Natureを柱の一つに掲げる |
この年表からも分かるとおり、シンガポールの緑化政策は、単発の事業として進められてきたのではなく、法律の制定、行政機構の統合、建築規制の追加、理念の刷新という段階を経て、半世紀以上にわたり積み重ねられてきたものである。次節以降では、この制度的な基盤のうえに築かれた個別の施策——パーク・コネクター・ネットワーク、垂直緑化の義務づけ、シティ・イン・ネイチャーへの転換——を順に検討していく。
4.3 都市計画との連動
シンガポールでは、都市再開発庁(URA)が土地利用のマスタープランを一元的に策定し、住宅・商業・工業・緑地といった用途を計画的に配分しているとされる。NParksが所管する緑地行政は、このマスタープランのなかにあらかじめ組み込まれるかたちで位置づけられており、緑地の確保が個別の開発案件ごとに事後的に調整されるのではなく、都市計画の初期段階から計画されている点に特徴がある。日本の都市計画制度においても、都市計画法や都市公園法に基づいて緑地を計画に位置づける仕組みはあるが、緑地行政を担う機関と、住宅・商業開発の許認可を担う機関がシンガポールほど一体的に運用されているわけではない。この制度上の一体性が、緑を都市計画の外側に置かれた付随的な要素としてではなく、計画の中心に組み込むことを可能にしてきたと考えられる。
5. パーク・コネクター・ネットワーク——公園と公園をつなぐ発想
シンガポールの緑地戦略のなかでも、他国の都市計画にしばしば参照される取り組みが、パーク・コネクター・ネットワーク(Park Connector Network、PCN)である。これは、河川や運河、鉄道の廃線敷などの細長い土地を利用して緑道を整備し、個々の公園や自然保護区を線でつなぐという発想に基づく取り組みであり、1990年代以降、NParksによって段階的に整備が進められてきたとされる。本節では、この「つなぐ」という発想がどのような意味をもつのかを検討する。
5.1 線としての緑地という発想
多くの都市における公園整備は、個々の公園をそれぞれ独立した施設として計画し、配置することが基本になっている。これに対してパーク・コネクター・ネットワークは、個々の公園を「点」として整備するだけでなく、それらを結ぶ「線」を計画的に整備するという発想に基づいている。歩行者や自転車利用者は、コネクターに沿って移動することで、複数の公園を徒歩や自転車で行き来できるようになる。この発想のもとでは、一つ一つの公園の面積や設備だけでなく、公園同士の位置関係やアクセスのしやすさそのものが、緑地計画の評価軸として重視されることになる。NParksは、将来的にシンガポール島をほぼ一周するかたちでコネクターを結ぶ「ラウンド・アイランド・ルート」の整備も進めているとされ、個別の公園整備から、島全体を覆う緑のネットワークの構築へと、計画の単位が拡張されてきていると考えられる。
5.2 生態回廊としての機能
パーク・コネクター・ネットワークは、人の移動のための緑道であると同時に、生態学的には野生生物の移動経路としての機能も期待されているとされる。都市化が進んだ地域では、緑地が虫食い状に分断されることで、そこに生息する動植物の個体群が孤立し、長期的には多様性が失われやすくなるという指摘が、都市生態学の研究群においてなされてきた。コネクターによって緑地同士をつなぐことは、こうした生態的な孤立を緩和し、生物が異なる緑地の間を移動できる回廊を確保する取り組みとして位置づけられる。人の利便性と生態系の連続性という、性質の異なる二つの目的を一つのインフラで同時に満たそうとする点に、この施策の特徴があると考えられる。
5.3 維持管理という論点
パーク・コネクター・ネットワークは、整備された後も継続的な維持管理を必要とするインフラである。植栽の手入れ、舗装の補修、照明や案内サインの管理など、線として長く延びる緑道は、点として存在する公園に比べて、維持管理の対象となる延長が長くなりやすいという性質をもつ。NParksが緑地行政を一元的に担っていることは、こうした維持管理の面でも、複数の部局にまたがることなく一貫した管理水準を保ちやすいという利点につながっていると考えられる。他方で、維持管理には継続的な予算措置が必要であり、整備した緑道の延長が長くなるほど、将来にわたる財政負担も大きくなる。パーク・コネクター・ネットワークの拡張は、整備費用だけでなく、その後の維持管理費用まで見据えた財政計画のもとで進められてきたと考えられ、この点は緑地整備の量を評価する際に見落とされやすい論点である。
5.4 磐田市との条件の違い
もっとも、この発想をそのまま磐田市に当てはめることには慎重さが必要である。パーク・コネクター・ネットワークは、河川・運河・鉄道廃線敷といった連続した公有地を、国が強い権限のもとで一体的に整備できる条件があってはじめて可能になる取り組みである。日本の地方都市では、公園と公園の間の土地の多くが私有地や道路であり、行政が新たに緑道を通そうとすれば、用地買収や地権者との調整という、シンガポールとは異なる制約に直面する。したがって、磐田市の文脈で参照できるのは、コネクターという物理的な構造物そのものではなく、公園を個別の施設としてではなく、既存の道路や河川敷といった資源とあわせて「つながり」として捉え直すという発想の部分であると考えられる。この点は第9節で改めて検討する。
6. 垂直緑化と建築の緑被義務——スカイライズ・グリーナリーとLUSH
国土が狭いシンガポールでは、地表の公園整備だけでなく、建築物そのものを緑化の対象とする取り組みが進められてきた。本節では、屋上や壁面の緑化を奨励する「スカイライズ・グリーナリー」と、開発によって失われる緑を建築物のなかで代替させる「LUSH(Landscaping for Urban Spaces and High-Rises)」という二つの制度を取り上げる。両者はいずれも、緑地を地上の公園に限定せず、建築物の垂直方向にも広げていくという発想に基づいている。
6.1 スカイライズ・グリーナリーという奨励策
NParksは2009年、既存の建築物の屋上や壁面に緑化を施す事業者に対して費用の一部を助成する「スカイライズ・グリーナリー奨励制度」を導入したとされる。この制度は、新築の建築物だけでなく、既存の建物を後から緑化する改修にも助成の対象を広げている点に特徴がある。屋上緑化は建物の断熱性を高め、冷房負荷を下げる効果が期待されるとされ、壁面緑化は限られた敷地面積のなかで緑視率を高める手段として位置づけられている。地表に新たな公園を設ける余地が乏しい高密度な市街地において、建築物そのものを緑化の担い手とするこの発想は、国土制約という条件への一つの応答であると考えられる。
6.2 LUSHという義務づけの発想
スカイライズ・グリーナリーが事業者の任意の取り組みを奨励する制度であるのに対し、都市再開発庁(URA)が2009年に導入したLUSHは、一定の地域における再開発に際して、失われる緑を建築物のなかで代替することを事実上求める仕組みであるとされる。具体的には、開発によって地上の緑地が失われる場合、それと同等以上の緑化面積を、屋上庭園・空中庭園・壁面緑化といった形で建築物のなかに確保することが求められるとされ、その後の見直しを経て、対象となる地域も広げられてきたとされる。この仕組みの特徴は、緑化を事業者の善意や社会貢献に委ねるのではなく、都市計画の許可条件として組み込んでいる点にある。開発によって失われる緑と、開発によって新たに生み出される緑を差し引きで捉え、総量を確保しようとする発想は、地上の公園整備だけでは対応しきれない高密度な都市における一つの応答例として参照されることが多い。
6.3 なぜ建築規制という手法が選ばれたのか
建築規制によって緑化を義務づけるという手法は、行政が直接に緑地を整備するのとは異なるアプローチである。行政が自ら公園を整備する場合、財源と用地の両方を行政が確保しなければならないのに対し、LUSHのように民間の再開発に緑化を義務づける手法では、整備の費用と用地は事業者が負担し、行政は許可条件を通じてその水準を誘導する役割に回ることになる。国土が狭く、新たに公園用地を確保することが難しいシンガポールにおいて、再開発のたびに発生する建築行為そのものを緑化の機会として活用するこの発想は、限られた行政資源のもとで緑化の総量を増やすための、一つの合理的な選択であったと考えられる。もっとも、この手法が有効にはたらくのは、都市が継続的に再開発される局面に限られ、開発の動きが乏しい地域では、建築規制を通じた緑化誘導という手法そのものが機能しにくいという限界もある。
6.4 象徴的な事例として語られる建築
こうした制度のもとで実現した建築として、しばしば紹介されるのが、シンガポールの建築設計事務所WOHAが手がけたパークロイヤル・コレクション・ピッカリングやオアシア・ホテル・ダウンタウンといった建物である。これらの建築は、客室部分の外壁や中庭に大量の植栽を組み込み、建物そのものが緑に包まれたような外観をもつことで知られ、前述のビートリーの『Biophilic Cities』でもバイオフィリック・シティを体現する事例として取り上げられている。もっとも、こうした象徴的な建築の存在は、シンガポール全体の建築が一様に高度な緑化を実現していることを意味するわけではない。制度上の義務づけと、実際に建てられる建築の緑化水準にはなお幅があり、象徴的な事例を全体の姿として一般化しないよう注意が必要である。
6.5 コストと管理という論点
垂直緑化には、初期の整備費用に加えて、継続的な散水・剪定・病害虫対策といった管理コストがかかる。屋上や壁面に設けられた植栽は、地表の植栽に比べて、灌水設備や排水設備の設計、構造体にかかる荷重への配慮など、技術的に対応すべき点も多いとされる。LUSHのように緑化を義務づける制度は、開発事業者に対して、こうした初期費用と維持管理費用の両方を負担させる仕組みでもある。義務づけによって緑化の総量を確保できる一方で、その費用は最終的に建築物の賃料や分譲価格に転嫁される可能性があり、緑化の恩恵と負担の分配という論点は、本稿が確認できる資料だけでは十分に検討しきれない。この点は、垂直緑化を評価する際に見落とされやすい側面として付記しておきたい。
7. シティ・イン・ネイチャーへの転換
2021年、シンガポール政府は「Singapore Green Plan 2030」を公表し、気候変動対応と持続可能な発展にかかわる国家的な目標を示した。この計画は、City in Nature(自然の中の都市)、Energy Reset(エネルギー転換)、Sustainable Living(持続可能な暮らし)、Green Economy(グリーン経済)、Resilient Future(強靭な未来)という五つの柱から構成されているとされ、緑化にかかわる目標は、このうちCity in Natureという柱のもとに位置づけられている。本節では、この「シティ・イン・ネイチャー」という理念が、それまでの「シティ・イン・ア・ガーデン」という理念とどう異なるのかを検討する。
7.1 「庭」から「自然の中」への転換
第2節で整理したとおり、2000年代以降のNParksは「City in a Garden」というビジョンを掲げてきた。これは、都市そのものを一つの庭として整えるという発想であり、そこでの緑は、人間が計画的に配置し手入れをする対象として位置づけられる傾向が強かったと考えられる。これに対して「City in Nature」は、都市を庭として飾るのではなく、都市を自然の生態系の一部として位置づけ直そうとする理念であるとされる。この転換のもとでは、単に植栽の量を増やすことだけでなく、在来種の植栽を増やすこと、自然保護区の周辺に緩衝地帯となる自然公園を設けること、生態系の連続性を回復することといった、生物多様性そのものを目的とした取り組みが強調されるようになってきたとされる。
- City in Nature(自然の中の都市)——生物多様性の回復と生態系の連続性を重視
- Energy Reset(エネルギー転換)——再生可能エネルギーの導入拡大など
- Sustainable Living(持続可能な暮らし)——資源循環や省資源型の生活様式
- Green Economy(グリーン経済)——持続可能性にかかわる産業と雇用の育成
- Resilient Future(強靭な未来)——気候変動の影響への適応
7.2 OneMillionTrees運動
City in Natureという柱のもとで進められている具体的な取り組みの一つが、2020年にNParksが開始したOneMillionTrees運動であるとされる。これは、今後10年程度をかけて島内に樹木を追加で植栽していく取り組みであり、街路樹や公園にとどまらず、住宅団地の敷地内や学校の校庭など、生活に身近な場所での植栽を市民参加のもとで進めることが企図されているとされる。この運動が独立直後の植樹運動と異なる点は、植栽する樹種の選定において在来種を重視する姿勢が強調されていることであり、単に緑の量を増やすだけでなく、その地域にもともと生育していた生態系を回復させるという目的が明確に位置づけられていることにある。
7.3 ネイチャー・ウェイズという街路樹の使い方
City in Natureという理念のもとで進められている取り組みのなかには、街路樹の植栽そのものを生態的な連結に活用する「Nature Ways(ネイチャー・ウェイズ)」という発想も含まれているとされる。これは、幹線道路の街路樹を選定する際に、単に景観や日陰の確保だけを基準とするのではなく、その道路が接続する自然保護区や緑地に生育している樹種と近い構成の植栽を選ぶことで、鳥や昆虫といった生物が道路を挟んだ緑地の間を行き来しやすくすることをねらった取り組みであるとされる。街路樹という、これまで景観や快適性の観点から選ばれてきた要素を、生態系の連結という機能の観点から捉え直す点に、この取り組みの特徴があると考えられる。
7.4 理念の転換がもつ意味
「庭」から「自然の中」への理念の転換は、単なる標語の言い換えではなく、緑化政策の評価基準そのものを変える可能性をもつ。緑化された面積や植栽された樹木の本数だけを指標とする段階から、在来種の比率や生態系の連続性、生物多様性の状況といった、より生態学的な指標を重視する段階へと移行しつつあることを示していると考えられる。もっとも、この転換が実際にどこまで生態系の回復という成果に結びついているかについては、当サイトが確認できる範囲の資料だけでは十分に検証できず、今後の検討課題として残る。
8. 反論と限界——トップダウンの緑化と住民参加という論点
ここまで見てきたシンガポールの緑化政策に対しては、いくつかの反論や留保が考えられる。第一に、この政策の多くが強い計画権限をもつ政府主導で進められてきたものであり、住民が緑化のあり方そのものを主体的に選択する余地が、他国の事例と比べて限られているのではないかという指摘である。本節では、この論点に応答するかたちで、シンガポールの緑化政策の限界と、そこになお見られる参加の芽について検討する。
8.1 権威主義的環境主義という視点
政治学者ブルース・ギリーは、環境政策の分野において、民主的な合意形成の手続きを経ずに、強い国家権限によって迅速に環境目標を達成しようとする統治のあり方を「権威主義的環境主義(authoritarian environmentalism)」という概念で説明している。この枠組みをシンガポールの緑化政策に当てはめて考えるならば、樹木保護法による私有地の樹木への規制や、LUSHによる建築規制としての緑化の義務づけは、住民や事業者の合意形成を経た民主的な討議の結果というよりも、強い計画権限をもつ行政が主導し、法制度によってトップダウンに実現してきたものと見ることができる。速やかに緑を増やすという成果を重視すれば効率的な仕組みである一方、緑化の目標や手法そのものを住民が議論し選び取る回路は、限定的であったと考えられる。
8.2 コミュニティ・イン・ブルームという参加の芽
もっとも、シンガポールの緑化政策のすべてが行政主導の一方通行であったわけではない。NParksは2005年から「Community in Bloom」という取り組みを進めているとされ、これは住宅団地の空き地や公共施設の敷地内に、住民が共同で管理する小規模な菜園や花壇を設けることを支援する事業である。この取り組みでは、どのような植物を育てるか、どのように区画を管理するかといった判断の一部が、行政ではなく参加する住民のグループに委ねられているとされる。国家全体の緑化目標を定める大きな枠組みは行政が主導しつつも、身近な生活空間の緑化には住民が関与できる余地を設けている点は、権威主義的環境主義という単純な図式だけでは捉えきれない側面を示していると考えられる。
8.3 開発主義国家という視座
シンガポールの政治体制については、政治学者チャルマーズ・ジョンソンが日本の経済政策を分析する中で提示した「開発主義国家(developmental state)」という概念枠組みが、しばしば参照の対象とされてきたとされる。これは、有能な官僚機構が経済発展という目標を掲げ、市場に対して強い誘導的な介入を行うことで急速な発展を実現する国家のあり方を指す概念である。緑化政策についても、経済発展という目標に付随するかたちで、官僚機構が主導し、明確な数値目標や年次計画のもとで実行されてきたと見るならば、開発主義国家という枠組みと重なる部分があると考えられる。もっとも、この枠組みはもともと経済政策の分析のために提示されたものであり、緑化という環境政策の領域にそのまま適用できるかどうかについては、慎重な検討が必要である。
8.4 国土制約という条件の違い
第二の留保は、国土の狭さと強い計画権限という条件そのものが、他の多くの国や都市には存在しないという点である。シンガポールは都市国家であり、国全体の土地利用計画を一つの中央政府が一元的に決定できるという条件のもとにある。日本のように、国・都道府県・市町村という複数の行政層に権限が分かれ、私有地の利用にも強い財産権の保護が及ぶ法制度のもとでは、シンガポールと同じ速度・同じ強度で緑化を進めることはそもそも制度的に難しい。したがって、シンガポールの緑化政策を評価する際には、その成果だけでなく、それを可能にした特殊な条件——国土の狭さ、都市国家という統治形態、強い計画権限——をあわせて考慮する必要がある。
以上を踏まえるならば、シンガポールの緑化政策から日本の地方都市が参照できるのは、個別の制度をそのまま移植することではなく、緑を都市計画の初期段階から組み込む発想、公園を個別の施設としてではなく都市全体のネットワークとして捉える発想、緑化の目標を量だけでなく生態系の質で評価する発想といった、より抽象度の高い視点であると考えられる。次節では、こうした視点を磐田市の公園100園のデータに照らして具体的に検討する。
8.5 反論に応答することの意味
本節で検討した反論は、シンガポールの緑化政策の成果を否定するためのものではない。むしろ、成果と限界の双方を切り分けて示すことによってはじめて、その政策のどの部分が特殊な条件に依存し、どの部分がより一般的な発想として参照可能かを見極めることができる。権威主義的環境主義という視点は、シンガポールの緑化政策が民主的な討議の手続きを経ずに進められてきた側面を鋭く指摘する一方で、Community in Bloomのような部分的な参加の仕組みや、緑化を都市計画に組み込むという発想そのものの有効性までを否定するものではない。本稿が反論にあえて一節を割いたのは、緑化の成果だけを強調する紹介記事とは異なる立場から、この政策を検討しておく必要があると考えたためである。
9. 磐田市の公園への示唆
ここまで検討してきたシンガポールの緑化政策を、磐田市の公園に照らして考えるとどうなるだろうか。当サイトATAWI PARKが整理してきたデータによれば、磐田市には都市公園法上の種別に基づく公園が100園ある。内訳は街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外(その他)6園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園であり、市内9地区(見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡)に分かれて分布している。管理を担うのは磐田市都市整備課である。シンガポールが一つの法定機関(NParks)に緑化行政を集約しているのに対し、磐田市では都市公園の管理は市の一部局が担うかたちであり、統治の規模も権限のあり方もまったく異なる。
9.1 磐田市の公園100園というデータから見えること
磐田市の公園100園のうち、街区公園が51園と過半を占めることは、公園の多くが徒歩圏内の身近な生活空間として整備されてきたことを示していると考えられる。国土交通省の標準によれば、街区公園の誘致距離の目安は250メートルとされており、これは、一つ一つの公園を大きく整備するのではなく、多数の小さな公園を住宅地の近くに分散配置するという計画思想に基づくものと考えられる。この点は、シンガポールが個々の公園の規模を追求するだけでなく、公園同士のつながりを重視してきたことと、方向性としては重なる部分がある。ただし、磐田市の街区公園の多くは、それぞれが独立した敷地として整備されており、パーク・コネクター・ネットワークのような、公園同士を意図的に線で結ぶ計画はこれまで前提とされてこなかったと考えられる。
| 条件 | シンガポール | 磐田市 |
|---|---|---|
| 統治の単位 | 都市国家(一元的な計画権限) | 基礎自治体(県・国との権限分担) |
| 緑化行政の担い手 | 国立公園委員会(NParks)に集約 | 都市整備課ほか市の各部局 |
| 国土の制約 | 狭い国土のなかでの高密度利用 | 比較的まとまった土地を確保しやすい |
| 緑化の代表的手法 | 垂直緑化の義務づけ、コネクターによる連結 | 個別の公園整備、街区単位での配置 |
9.2 面積の大きい公園に見る「自然の中の都市」という視点
シンガポールの「シティ・イン・ネイチャー」という理念は、緑化の量だけでなく、生態系としての質を重視する点に特徴があった。磐田市の公園100園のうち、面積の大きい部類に入る公園としては、竜洋地区の竜洋海洋公園(総合公園・221,722平方メートル)、見付地区のかぶと塚公園(総合公園・106,982平方メートル)、竜洋地区の竜洋昆虫自然観察公園(風致公園・29,119平方メートル)、竜洋地区のいわたエコパーク(風致公園・23,973平方メートル)などが挙げられる。市の施設ガイドによれば、竜洋昆虫自然観察公園は「園内施設:記載なし」とされており、いわたエコパークについては施設ガイドの個別ページ自体が確認できていない。これらの公園が実際にどのような植生や生態系を有しているのかは、当サイトの現時点の資料だけでは十分に把握できておらず、今後の踏査によって確かめるべき対象である。シンガポールの事例が示すように、大きな面積をもつ緑地は、遊具の充実度だけでなく、生態系としての質という観点からも評価しうる対象であり、こうした視点を磐田市の公園にも当てはめて検討する余地があると考えられる。
9.3 「つなぐ」という発想の応用可能性
第5節で述べたとおり、パーク・コネクター・ネットワークという制度そのものを磐田市に移植することは、用地の所有関係や行政権限の違いから難しい。しかし、公園を個別の施設としてではなく、既存の道路・河川敷・緑道といった資源とあわせて「つながり」として捉え直すという発想そのものは、参照できる視点である。磐田市には竜洋地区に緑道が2園あるとされており、こうした既存の緑道が、将来的に公園同士を結ぶ役割を担いうるかどうかを考える視点は、シンガポールの事例から示唆を得られる論点の一つであると考えられる。もっとも、これは当サイトが現時点で確認できる公開データに基づく仮説的な指摘にとどまり、実際の道路状況や安全性については、今後の踏査を通じて確かめる必要がある。
9.4 地区ごとの偏りという論点
磐田市の公園100園は、9地区に均等に分布しているわけではない。当サイトが整理したデータによれば、豊田地区が28園と最も多く、次いで見付地区が21園、中泉地区が14園、御厨地区と竜洋地区がそれぞれ13園、福田地区が4園、豊岡地区が3園、南部地区と向陽地区がそれぞれ2園となっている。シンガポールがNParksという一つの機関のもとで、島全体を見渡した緑地配置の均衡を計画的に図ろうとしてきたのに対し、磐田市の公園は、合併前の旧町村ごとの整備の経緯や宅地開発の時期に応じて、地区ごとに数が積み重なってきたものと考えられ、その結果として地区ごとの公園数に差が生じている。この差が、実際に住民が利用できる緑地の量の差に直結するのか、あるいは地区の人口や面積との比率で見ればまた異なる評価になるのかは、当サイトが現時点で持つデータだけでは十分に判断できず、今後の検討課題である。
9.5 踏査はこれからという前提
当サイトの現地踏査は2026年8月時点でまだ始まったばかりであり、磐田市の公園100園について、遊具の実際の配置や利用のされ方、緑陰の量、周辺との接続状況といった、現地でなければ確認できない情報の多くは、今後の踏査によって確かめていく段階にある。本節で述べた「つながり」という視点も、現時点では公開データと地図上の位置関係から導かれる仮説であり、実際に歩いて確かめたものではない。シンガポールの制度を参照する意義は、磐田市の緑地政策のあるべき姿を性急に結論づけることではなく、今後の踏査で何を確認すべきかという問いを立てるための手がかりを得ることにあると考えられる。
10. 結論と今後の課題
本稿は、独立後のシンガポールが緑化をどのように国家戦略として位置づけ、どのような法制度と計画手法によってそれを実現してきたかを検討してきた。独立直後の資源制約を背景とした「ガーデン・シティ」構想、それを支えたParks and Trees ActとNParksという法制度、公園同士をつなぐパーク・コネクター・ネットワーク、建築物に緑化を組み込むスカイライズ・グリーナリーとLUSH、そして近年掲げられている「シティ・イン・ネイチャー」への理念の転換を順に整理した。あわせて、これらの政策が強い計画権限をもつ政府主導で進められてきたものであり、住民参加という点では限られた側面があることも確認した。
10.1 本稿の結論
シンガポールの緑化政策から見えてくるのは、緑を都市計画の外側に置かれた付随的な要素としてではなく、法制度・都市計画・建築規制と一体のものとして計画の中心に組み込むという発想である。この発想は、国土の狭さと強い計画権限という、シンガポール特有の条件のもとで可能になってきたものであり、日本の地方都市にそのまま移植できるものではない。しかし、公園を個別の点としてではなく線や網として捉える発想、緑化を都市計画の初期段階から組み込む発想、緑化の目標を量だけでなく生態系の質で評価する発想は、条件の違いを踏まえたうえでなお、磐田市の公園100園のデータを読み解くための参照点になりうると考えられる。
10.2 本稿の限界
本稿にはいくつかの限界がある。第一に、本稿の記述は、確実に存在が確認できる法制度・政府計画・学術文献に基づく整理にとどまり、シンガポール国内での聞き取りや現地調査には基づいていない。制度の運用実態や、住民が実際にどのように緑化政策を受け止めているかについては、本稿の整理だけでは十分に検討できていない。第二に、本稿は「権威主義的環境主義」という概念枠組みを参照したが、この枠組みをシンガポールの事例に厳密に適用するには、より詳細な実証研究が必要であり、本稿の位置づけはあくまで一つの見方の提示にとどまる。第三に、磐田市への示唆として述べた内容は、公開データに基づく仮説的な指摘であり、実際の道路状況や安全性、住民のニーズについては、今後の踏査を通じて確かめる必要がある。
10.3 今後の課題
今後の課題としては、以下のようなものが考えられる。第一に、シンガポール以外の高密度都市国家や都市部における緑化政策との比較を通じて、本稿で述べた特徴がシンガポールに固有のものか、それとも高密度都市に共通する傾向なのかを検討することである。第二に、当サイトの踏査が進んだ段階で、磐田市の公園100園について、公園同士の位置関係や周辺の道路・河川敷の状況を実際に確認し、本稿で仮説的に述べた「つながり」という視点がどこまで現実的に成り立つかを検証することである。第三に、住民参加という論点についても、磐田市における公園の整備や管理にどのような住民関与の仕組みがあるのかを、今後の踏査や資料調査を通じて確かめていく必要がある。本稿は、これらの課題に取り組むための一つの出発点として位置づけられるものである。
最後に、本稿全体を通じて確認しておきたいのは、遠く離れた都市国家の制度を紹介すること自体が目的なのではなく、その制度が置かれた条件を丁寧に確認したうえで、磐田市という具体的な地域の公園を考えるための視点を得ることが目的だという点である。シンガポールの緑化政策は、半世紀以上にわたる法制度の積み重ねと、都市国家という特殊な統治条件のもとで築かれてきたものであり、その到達点だけを切り取って「日本もこうすべきだ」と論じることは、本稿がもっとも避けたい姿勢である。条件の違いを踏まえたうえで、なお参照できる発想がどこにあるかを見定めていくという作業を、当サイトは今後の踏査とあわせて続けていきたい。
参考文献
- リー・クアンユー『From Third World to First: The Singapore Story 1965-2000』(HarperCollins、2000)
- エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原著Garden Cities of To-morrow、1902年改訂版、長素連訳、鹿島出版会SD選書、1968)
- イアン・マクハーグ『Design with Nature』(Natural History Press、1969)
- ティモシー・ビートリー『Biophilic Cities: Integrating Nature into Urban Design and Planning』(Island Press、2010)
- チュア・ベンフアット『Communitarian Ideology and Democracy in Singapore』(Routledge、1995)
- チャルマーズ・ジョンソン『MITI and the Japanese Miracle』(Stanford University Press、1982)
- ブルース・ギリー「Authoritarian environmentalism and China's response to climate change」(Environmental Politics誌、2012)
- シンガポール共和国 Parks and Trees Act(1975年制定)
- シンガポール共和国 National Parks Board Act(1990年制定)
- シンガポール共和国 環境・持続可能性省「Singapore Green Plan 2030」(2021年公表)
- シンガポール共和国 都市再開発庁(URA)「LUSH(Landscaping for Urban Spaces and High-Rises)」制度指針(2009年策定)
- 都市公園法(1956年)
- 国土交通省「都市公園」ウェブサイト
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。