社会科学行政学
公園運営の担い手はだれか——直営・指定管理者・Park-PFI・愛護会の行政学
要旨
本稿は、都市公園を「だれが運営しているのか」という行政学の問いから読み直す試みである。都市公園法(1956年)は、都市公園の設置と管理を原則として地方公共団体の仕事と定めた。しかしその後、2003年の地方自治法改正による指定管理者制度、2017年の都市公園法改正による公募設置管理制度(Park-PFI)、そして各地の公園愛護会やアダプト制度の広がりによって、公園を動かす担い手は自治体の直営から企業・NPO・住民団体へと多元化してきた。この変化は偶然ではなく、行政学でいう新公共経営(NPM)と協働論という二つの思想の流れに対応している。
方法は文献整理と概念分析である。まず官僚制論、NPM、ガバナンス論、コモンズ論という行政学の主要概念を整理し、次に直営・指定管理者・Park-PFI・愛護会という四つの担い手類型を、法制度の骨格、想定される利点、生じやすい課題の三点から順に検討する。そのうえで、担い手の多元化が共通してもたらす論点として、責任の所在、継続性、営利と公共性の緊張の三つを取り上げ、担い手の型ごとに整理して比較する。
検討の結果、四つの担い手類型はどれか一つが正解というものではなく、公園の規模と性格によって適合する型が異なること、また多元化が進むほど「最終的な責任は公園管理者である自治体にある」という原則を制度的に見えるようにしておく必要が高まることを示す。磐田市については、当サイトATAWI PARKが整理した100園の種別内訳(街区公園51園、近隣公園14園など)と規模の分布から、担い手の型がどのように分かれうるかを仮説として述べる。各園の実際の管理形態は現地踏査と資料照合で今後確かめるべき課題であり、本稿はその見取り図を示すにとどまる。
キーワード公園管理指定管理者制度Park-PFI公園愛護会新公共経営協働都市公園法
1. はじめに——問題の所在
公園で遊ぶとき、私たちは「この公園はだれが運営しているのか」をふつう意識しない。芝生が刈られ、遊具が点検され、トイレが使える状態に保たれているのは、だれかがそれを仕事として、あるいは奉仕として引き受けているからである。ところが、その「だれか」は一様ではない。市役所の職員が直接手配している公園もあれば、民間企業やNPOが数年単位の契約で管理している公園もあり、飲食店の収益で園路や広場の整備費をまかなう仕組みで動く公園も近年は登場している。さらに、多くの街区公園では、近隣住民の団体が草取りや清掃を担っている。本稿は、この「担い手の多元化」を行政学の視点から整理し、それが公園という公共施設にとって何を意味するのかを考察するものである。
行政学とは、政府や自治体という組織がどのように仕事を組み立て、だれに何を任せ、その結果にだれが責任を負うのかを研究する学問である。都市公園はこの問いを考えるうえで格好の題材である。第一に、都市公園法(1956年)は都市公園の設置と管理を原則として地方公共団体の役割と定めており、担い手の出発点が法律で明確だからである。第二に、その後の制度改正——2003年の地方自治法改正による指定管理者制度、2017年の都市公園法改正による公募設置管理制度(Park-PFI)——が、担い手を自治体の外へ開く方向で積み重ねられてきたからである。第三に、公園愛護会やアダプト制度のように、法律の外側で住民が担い手となる慣行が古くから広く存在するからである。
同じ公園を扱う隣接分野との違いも述べておく。法学(行政法)は、都市公園法や地方自治法の条文がどのような権利義務を定めているかを解釈する。政治学は、公園をめぐる意思決定にだれが参加し、どのように利害が調整されるかを問う。財政学は、公園の維持にかかる費用をだれがどう負担するかを扱う。これらに対して行政学は、法が定めた枠と政治が決めた方針のもとで、仕事がどのように組織され、だれに委ねられ、成果と責任がどのように管理されるかという「運営」の次元に焦点を当てる。本稿が担い手の型ごとに、制度の骨格だけでなく利点と課題、監督の仕組みを論じるのはそのためである。
1.1 問い
本稿の問いは三つある。第一に、直営・指定管理者・Park-PFI・愛護会という四つの担い手の型は、それぞれどのような制度的骨格と思想的背景をもち、どのような利点と課題を伴うのか。第二に、担い手が多元化するとき、責任の所在、継続性、営利と公共性の緊張という論点はどのように現れ、どのように応答しうるのか。第三に、磐田市の100園という具体の公園群に照らしたとき、この整理はどのような見取り図を与えるのか。三つ目の問いについては、当サイトATAWI PARKの現地踏査がまだ始まっていない段階であることを踏まえ、断定ではなく仮説の提示にとどめる。
1.2 方法と構成
方法は文献整理と概念分析である。用いる資料は、都市公園法と地方自治法という法令、国土交通省と総務省の指針・通知といった公的資料、そして行政学の古典的文献に限る。個別の自治体の事例研究や統計値については、存在と内容に確信のあるものだけを用い、それ以外は「〜とされる」「〜という研究群がある」と述べるにとどめる。磐田市固有の事実は、市のオープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドをもとに当サイトが整理した範囲に限る。
構成は次のとおりである。第2節で行政学の主要概念——官僚制論、新公共経営(NPM)、ガバナンス論と協働論、コモンズ論——を整理し、担い手の多元化を読み解く道具立てをそろえる。第3節から第6節までは四つの担い手の型を一つずつ取り上げる。第3節は設置管理者としての自治体と直営、第4節は指定管理者制度、第5節はPark-PFI、第6節は愛護会・アダプト制度である。第7節では四つの型を横断して、責任の所在、継続性、営利と公共性という三つの論点を検討し、想定される反論に応答する。第8節で磐田市の公園への示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題をまとめる。
なお本稿は、どの担い手の型が優れているかを裁定するものではない。行政学の蓄積が教えるのは、制度はそれぞれの前提条件のもとで機能するのであり、条件を欠いたまま移植すれば別の問題を生むということである。公園の規模、立地、利用の性格、地域の人的資源によって、適合する担い手は変わる。本稿が目指すのは、その適合関係を考えるための共通の言葉を、磐田市周辺の子育て世代・行政・地域関係者・学生に向けて提供することである。
2. 先行研究と概念の整理
公園の担い手をめぐる制度の変遷は、行政学の思想史とほぼ重なって進んできた。本節では、本稿の分析に用いる四つの概念群——官僚制論、新公共経営(NPM)、ガバナンス論と協働論、コモンズ論——と、委任の関係を分析する道具としての本人・代理人関係および取引費用の考え方を、確実に参照できる古典に絞って整理する。専門用語は初出のたびに平易に言い換える。
2.1 官僚制と直営の思想
行政学の出発点には、行政を政治から切り離して専門的に組み立てるべきだという発想がある。ウッドロウ・ウィルソンの論文「行政の研究」(1887年)は、政策を決める政治と、それを実行する行政とを区別する「政治行政二分論」の源流とされる。マックス・ウェーバーは『支配の社会学』のなかで、規則にもとづく職務、階層的な指揮系統、文書主義、専門的訓練を受けた職員という特徴をもつ「官僚制」を、近代における最も合理的な組織形態として描いた。公園を自治体が自ら管理する「直営」は、この官僚制の思想を素直に体現している。責任の系統が一本であり、規則と文書で仕事が記録され、専門の部署が継続的に知識を蓄える。その利点と限界は第3節で扱う。
2.2 新公共経営(NPM)
1980年代以降、英語圏を中心に、行政の運営に民間企業の経営手法と市場の競争を持ち込もうとする改革の潮流が広がった。クリストファー・フッドはこれを「新公共経営(New Public Management, NPM)」と名づけ、1991年の論文でその教義を整理した。要点は、専門的な経営者による現場の裁量、明示的な業績基準と測定、産出(アウトプット)による統制、組織の分割、競争の導入、民間流の管理手法、資源利用の節約である。同じ時期にデビッド・オズボーンとテッド・ゲーブラーの『行政革命』(1992年)は、政府は自ら「漕ぐ」のではなく「舵取り」に専念すべきだという比喩で、サービスの提供を外部に委ねる考え方を広めた。
NPMの発想を公園に当てはめると、自治体は公園の目的と水準を定める「舵取り」に徹し、日々の管理という「漕ぎ手」の仕事は、競争を経て選ばれた企業やNPOに任せるという構図になる。日本の指定管理者制度は、法制度の形式は独自であるものの、この発想の延長線上に位置づけることができる。またNPMは、業績を測って公表するという規律を強調する。公園でいえば、利用者数、苦情件数、点検の実施率、利用者満足度などが指標として想定される。指標で測ることの利点と、測れないものが軽視されるという副作用については第4節と第7節で検討する。
2.3 ガバナンス論と協働論
NPMが市場と競争を強調したのに対し、1990年代後半からは、政府・企業・市民団体が対等に近い関係で網の目のように結びついて公共の仕事を担う状態を「ガバナンス」と呼んで分析する研究が広がった。R・A・W・ローズは『ガバナンスを理解する』(1997年)で、ガバナンスを自己組織的な組織間ネットワークとして定義し、同時に、国家の機能が外へ委ねられて空洞化する危険を指摘した。この二面性——ネットワークの柔軟さと、責任の輪郭の曖昧さ——は、公園の担い手を考えるうえでも中心的な論点になる。
日本では、1998年の特定非営利活動促進法(NPO法)の制定を一つの契機として、行政と市民団体が対等な立場で目的を共有し役割を分担する「協働」という言葉が自治体の政策文書に定着した。協働は英語のコプロダクション(co-production、共同生産)に近い概念であり、これはエリノア・オストロムらが1970年代から提唱した、公共サービスは行政だけでなく利用者・住民の関与によって生産されるという考え方に由来する。市民参加の程度を段階で示したシェリー・アーンスタインの「市民参加の梯子」(1969年)も、協働がどの段階にあるのかを点検する道具として今なお参照される。公園愛護会は、この協働論の系譜で読むことができる。
2.4 コモンズ論と社会関係資本
オストロムの『コモンズのガバナンス』(1990年)は、共有資源が必ず荒廃するという「コモンズの悲劇」の見立てに対し、利用者自身が規則をつくり、監視し、段階的な制裁を設け、紛争を解決する仕組みを備えた共同体では、資源が長期に維持されてきた事例を示した。そこで抽出された設計原理——境界の明確さ、規則と地域条件の適合、集合的選択への参加、監視、段階的制裁、紛争解決の場、組織する権利の承認、入れ子状の組織——は、住民が公園を手入れする仕組みを評価する枠組みとして応用できる。ロバート・パットナムの『哲学する民主主義』(1993年)が示した、地域の信頼と互酬性のネットワークとしての「社会関係資本」も、愛護会がなぜ続く地域と続かない地域があるのかを説明する概念として本稿で用いる。
2.5 委任を分析する道具——本人・代理人関係と取引費用
最後に、担い手に仕事を委ねる関係そのものを分析する道具として、本人・代理人(プリンシパル・エージェント)関係と取引費用の考え方に触れておく。本人・代理人関係とは、仕事を依頼する側(本人)と引き受ける側(代理人)との間に情報の差があり、代理人が本人の意図どおりに動くとは限らないため、監視や報酬の設計が必要になるという見方である。取引費用とは、契約相手を探し、条件を決め、履行を監視するためにかかる費用をいい、オリバー・ウィリアムソンらの研究によって、組織の内部で行うか外部に委ねるかの選択を説明する概念として広まった。公園の管理を外部に委ねるとき、自治体は本人として代理人を監督しなければならず、その監督には費用がかかる。この二つの概念は、第4節以降で担い手の型ごとの課題を整理する際の共通の物差しになる。
以上の五つの概念群は、互いに排他的ではない。むしろ現実の公園管理は、官僚制の骨格の上にNPM的な契約が載り、その周りを協働のネットワークが囲むという多層構造をなしている。次節以降では、この多層構造を担い手の型ごとに分解して検討する。
3. 設置管理者としての自治体——直営の論理と限界
担い手の多元化を論じる前提として、まず「そもそも公園はだれのものとして法律に位置づけられているのか」を確認しておく必要がある。都市公園法は、都市公園の設置と管理の基準を定めて健全な発達を図り、公共の福祉の増進に資することを目的に掲げ、地方公共団体が設置する都市公園の管理は当該地方公共団体が行うと定めている。この管理主体を法律は「公園管理者」と呼ぶ。以下で扱う指定管理者もPark-PFIも愛護会も、すべてこの公園管理者の存在を前提に、その仕事の一部を分担する仕組みであって、公園管理者の地位そのものを移すものではない。この点は本稿全体を貫く基本認識である。
3.1 「公の施設」としての公園と条例
行政学の言葉で公園を位置づけると、それは地方自治法第244条にいう「公の施設」である。公の施設とは、住民の福祉を増進する目的で住民の利用に供するために自治体が設ける施設をいい、自治体は正当な理由がない限り住民の利用を拒んではならず、不当な差別的取扱いをしてはならないとされる。設置と管理に関する事項は条例で定めなければならない。すなわち、公園は市長部局の判断だけで自由に扱える財産ではなく、議会が定めた条例の枠のなかで、すべての住民に開かれた施設として運営される。都市公園法が公園の廃止を厳しく制限している(第16条)ことも、この「開かれた施設」という性格を守るための規定と読める。
この条例主義は、担い手が多元化しても変わらない。指定管理者を置く場合はその手続を条例に定める必要があり、Park-PFIで民間事業者が収益施設を設ける場合も、公園管理者の許可と計画の認定という公法上の手続を経る。愛護会に日常の手入れを委ねる場合でも、公園の設置目的や利用規則を変えるわけではない。担い手が誰であれ、公園は条例のもとにある公の施設であるという骨格が、責任の所在を最後に引き受ける「錨」の役割を果たしている。
3.2 直営とは何か——業務委託との区別
「直営」という言葉は誤解を招きやすい。市の職員が自ら草を刈り遊具を修理している状態を想像しがちだが、現実には、除草・清掃・樹木の剪定・遊具の点検といった個々の作業は、直営の公園であっても民間の事業者に業務委託されるのが一般的である。行政学的に重要なのは、作業をだれがするかではなく、管理の権限と責任がどこにあるかである。業務委託は私法上の請負契約であり、受託者は指示された作業を行うだけで、公園の利用を許可したり制限したりする権限はもたない。これに対し、次節で扱う指定管理者は、条例と議会の議決にもとづいて管理の権限そのものを委ねられる点で、業務委託とは質的に異なる。
直営の利点は、この権限と責任の一元性に由来する。第一に、住民からの通報や苦情の窓口、遊具の点検記録、事故が起きたときの対応が同じ組織のなかで完結し、責任の所在に迷いがない。第二に、職員の異動はあっても組織としての記録は継続し、長期の視点で公園の状態を把握できる。第三に、公園は多くの自治体で災害時の避難場所や活動拠点に指定されており、非常時に自治体の指揮系統のなかで直ちに動かせることは大きな意味をもつ。第四に、すべての住民に公平に開くという公の施設の原則を、市場の論理から距離を置いて守りやすい。
3.3 直営の限界
他方で、直営には構造的な限界がある。第一に財政と人員の制約である。多くの自治体で公園を所管するのは一つの課であり、その職員数に対して管理すべき公園の数は多い。数十から百を超える公園を少人数で見ることになれば、一つ一つの公園に割ける時間は限られ、管理は定型的な巡回と委託契約の発注・検査に収れんしやすい。第二に専門性の限界である。樹木の健全性の診断、遊具の構造的な劣化の判定、生き物の管理といった仕事は、それぞれ専門の知識を要し、一般行政職の職員がすべてを内製することは難しい。国土交通省の遊具の安全確保に関する指針は、専門技術者による定期点検を求めており、直営であっても外部の専門性に頼る場面は避けられない。
第三に、直営には公園を「使いこなす」動機が働きにくいという指摘がある。官僚制は規則どおりに維持することには長けているが、利用者を増やす、新しい使い方を試す、賑わいを生むといった仕事に対しては、成功しても組織の利益にならず、失敗すれば責任を問われるという非対称な構造のもとで消極的になりやすい。国土交通省が設けた「新たな時代の都市マネジメントに対応した都市公園等のあり方検討会」の最終報告書(2016年)が、公園を「一層柔軟に使いこなす」ことや民間との連携を打ち出したのは、この直営の限界に対する政策的な応答であった。
磐田市についていえば、当サイトが整理した100園の公園の管理課は市の都市整備課であり、市の施設ガイドにはその連絡先として電話番号(0538-37-4806)が記載されている。個々の公園にどのような管理形態が採られているかは当サイトはまだ突合していないが、責任の起点がこの一つの課にあるという事実は、以下で担い手の多元化を論じるうえでの基準点になる。次節では、この直営の限界に対して2003年に導入された指定管理者制度をみる。
4. 指定管理者制度——2003年地方自治法改正と公園
2003年(平成15年)の地方自治法改正で導入された指定管理者制度は、公の施設の管理の担い手を自治体の外へ開いた最初の本格的な仕組みである。それ以前にも「管理委託制度」はあったが、委託先は公共団体、公共的団体、自治体が出資する法人などに限られていた。改正後は、株式会社やNPO法人を含む「法人その他の団体」を、議会の議決を経て「指定管理者」に指定し、施設の管理を行わせることができるようになった(個人は指定できない)。公園も公の施設である以上、この制度の対象であり、とくに体育館・プール・有料のグラウンドなどを含む大規模な公園に導入が進んだとされる。
4.1 制度の骨格
指定管理者制度の骨格は次の点にある。第一に、指定の手続や管理の基準、業務の範囲は条例で定める。第二に、指定は議会の議決を要し、期間を定めて行う。第三に、指定管理者は施設の使用許可などの管理権限を委ねられる点で、単なる業務委託とは異なる。第四に、利用料金を指定管理者自身の収入として収受させる「利用料金制」を採ることができ、これが経営努力の動機として想定されている。第五に、指定管理者は毎年度の事業報告書を提出し、自治体は業務や経理の報告を求め、実地に調査し、必要な指示を出し、指示に従わないときは指定を取り消すことができる。制度は「任せきり」ではなく、監督の仕組みを組み込んだ委任である。
| 区分 | 業務委託 | 旧・管理委託(2003年以前) | 指定管理者(2003年以降) |
|---|---|---|---|
| 法的性質 | 私法上の請負契約 | 公法上の委託(受託者は公共的団体等に限定) | 条例と議会議決にもとづく指定 |
| 管理権限(使用許可等) | なし | 自治体に留保 | 指定管理者に委ねうる |
| 担い手 | 民間事業者等 | 公共団体・公共的団体・出資法人 | 株式会社・NPO等の法人その他の団体 |
| 収入 | 委託料 | 委託料 | 委託料または利用料金制(併用可) |
| 監督 | 契約上の検査 | 指導監督 | 事業報告・調査・指示・指定取消し |
総務省は2010年(平成22年)の自治行政局長通知「指定管理者制度の運用について」で、この制度が公共サービスの水準を確保するために最も適切な提供者を選ぶ仕組みであって、単なる価格競争による入札とは異なることを確認し、指定期間は施設の目的や実情に応じて定めること、労働法令の遵守や雇用・労働条件への適切な配慮、自治体と指定管理者のリスク分担の明確化などに留意するよう求めた。この通知は、制度導入から数年で顕在化した課題——経費削減の偏重、短い指定期間、職員の処遇——への政策的な応答として読める。
4.2 NPMとしての指定管理者制度
行政学の目でみると、指定管理者制度は第2節で述べたNPMの教義をかなり忠実に制度化したものである。自治体は条例と仕様書で目的と水準を定める「舵取り」に回り、日々の運営という「漕ぎ手」を競争を経て選んだ団体に委ねる。利用料金制は経営努力に対する報酬であり、事業報告と評価は業績測定である。指定期間ごとの再公募は、競争による規律の再投入である。公園でいえば、開園時間の延長、イベントの企画、施設の予約手続の改善、利用者アンケートによる改善といった、直営では動機が働きにくかった領域で成果が語られることが多い。
4.3 公園に固有の課題
しかし公園という施設には、指定管理者制度と相性の悪い側面もある。第一に時間軸の不一致である。指定期間は数年単位で設定されることが多いとされるが、樹木の育成や植栽の更新、遊具の計画的な更新は十年単位の仕事である。短期の指定は、指定管理者に長期投資の動機を与えにくく、期間の終わりに近づくほど手入れが最低限に向かう誘因を生む。第二に、公園は「無料で開かれた空間」であることが多く、利用料金制が働く余地が体育館やプールなどの有料施設に限られる。街区公園のように収入源のない施設では、指定管理者の経営努力は委託料の範囲での経費節減に向かいやすい。
第三に、ノウハウの空洞化である。管理の実務が長年にわたって外部の団体に委ねられると、自治体側に公園の状態を判断し仕様書を書き、成果を評価するための知識が残らなくなる。ローズが「国家の空洞化」と呼んだ事態の縮図であり、監督する側が監督される側の知識に依存する「情報の非対称」が生じる。第四に、責任の所在である。指定管理者が管理する公園で遊具の欠陥による事故が起きた場合、国家賠償法は公の営造物の設置または管理の瑕疵について自治体が賠償責任を負うと定めており、住民に対する最終責任は自治体に残る。自治体は指定管理者に求償しうるが、責任の分担は事前に協定で明確にしておかなければ、事故後の対応が混乱する。
第五に、監督そのものにかかる費用である。仕様書の作成、公募と選定、毎年度の報告の点検、実地の調査、指定期間ごとの再公募には、自治体側の相当な事務量が必要になる。経済学でいう取引費用である。この費用を惜しんで監督が形式化すれば、制度は「任せきり」に近づき、公の施設としての水準の確保という本来の目的が危うくなる。指定管理者制度は、直営の限界を補う有力な選択肢であると同時に、自治体に新しい種類の仕事——舵取りと監督——を要求する制度なのである。
5. Park-PFI——2017年都市公園法改正と「民間による整備」
指定管理者制度が「管理」の担い手を開いたのに対し、2017年(平成29年)の都市公園法改正で創設された公募設置管理制度、通称Park-PFIは、「整備」の担い手までも民間に開いた点で新しい。ここでいうPFIとは、民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(1999年)に由来する言葉で、公共施設の建設や運営に民間の資金と経営能力を用いる手法の総称である。Park-PFIは同法の手続そのものではなく、都市公園法のなかに設けられた独自の仕組みであるが、民間の投資で公共施設をつくるという発想は共通している。
5.1 設置管理許可の系譜と2017年改正
都市公園法には制定当初から、公園管理者以外の者が公園施設を設けて管理することを許可する「設置管理許可」の仕組みがあり(第5条)、売店や飲食店、運動施設などがこの許可のもとで民間により運営されてきた。2017年改正は、この設置管理許可を土台に、次のような特例を組み合わせた。第一に、公園管理者が「公募設置等指針」を定めて事業者を公募し、事業者は飲食店や売店などの「公募対象公園施設」の設置と、その収益を充てて園路・広場・トイレなどの「特定公園施設」を整備することを一体で提案する「公募設置等計画」を提出する。第二に、公園管理者は学識経験者の意見を聴いて計画を認定する。第三に、認定を受けた事業者に対する設置管理許可の期間の上限は、通常の10年から20年に延長される。第四に、公園施設の建蔽率の上限(都市公園法施行令で原則2パーセント)に10パーセントを上乗せする特例が認められる。第五に、看板や広告塔などの利便増進施設の占用が認められる。
この改正の背景にあるのが、前節でも触れた国土交通省の「新たな時代の都市マネジメントに対応した都市公園等のあり方検討会」の最終報告書(2016年)である。同報告書は、都市公園の整備が量的にはある程度進んだ段階を迎え、これからは既にある公園というストックをいかに活かすかが課題であるとし、民間との連携によって公園を柔軟に使いこなす方向を打ち出した。同じ2017年改正では、公園内への保育所等の占用の特例、公園管理者と住民・事業者等からなる「協議会」の制度(第17条の2)、公園施設の維持修繕基準の導入も行われている。整備・管理・利用のすべてにわたって担い手を広げる、いわば包括的な改正であった。
5.2 行政学からみた意味——「稼ぐ」ことと公共性
Park-PFIは、行政学の系譜でいえばNPMの延長線上にある公民連携(PPP)の一形態である。ただし指定管理者制度と比べると、二つの点で性格が異なる。第一に、期間の長さである。指定管理が数年単位の短期契約になりがちであるのに対し、Park-PFIは最長20年の長期の関与を制度が想定している。これは前節で指摘した「短期契約と長期投資の不一致」への一つの応答であり、事業者が自ら投資した施設を長く運営する以上、公園全体の質を保つ動機が働きやすい。第二に、財源である。指定管理が自治体の委託料を前提とするのに対し、Park-PFIは事業者の収益を園路や広場の整備に還元させる。財政制約のもとで施設更新の財源を確保する手段として、自治体にとって魅力は大きい。
他方で、Park-PFIは営利と公共性の緊張をもっとも先鋭に映し出す制度でもある。第一に、公園の一部が特定の事業者の営業空間になることで、購入や消費を前提としない滞在の場が縮小しないかという懸念がある。公の施設は正当な理由なく利用を拒めない施設であり、事業者の顧客選別の論理とは本来なじまない。第二に、立地の選択性である。飲食店や売店で収益が上がるのは、来園者の多い都市部の大規模公園や観光地に近い公園であって、住宅地のなかの街区公園でPark-PFIが成立する余地は小さい。この制度は、担い手の多元化を「一部の恵まれた公園」に集中させる傾向をもつ。第三に、20年という長さは継続性を与えると同時に硬直性ももたらす。人口や需要が変化しても計画の変更は容易でなく、事業者の経営が行き詰まった場合の撤退や施設の扱いは、あらかじめ協定で備えておかなければならない。
5.3 制度側の応答と限界
こうした懸念に対して、制度は一定の応答を用意している。公募設置等指針は公園管理者が定めるものであり、収益施設の規模や種類、無料で使える空間の確保、景観への配慮などの条件をそこに書き込むことができる。計画の認定には学識経験者の意見聴取が求められ、協議会を設ければ住民や利用者の声を反映させる回路もある。特定公園施設という形で収益の還元先が法律上明示されている点も、営利が公共性に従属する構造を担保している。国土交通省のPark-PFI活用ガイドラインは、こうした手続の進め方を具体的に示している。
しかし、制度が用意した回路が機能するかどうかは、結局のところ公園管理者である自治体が「何を条件として書くか」「認定後にどう監督するか」にかかっている。ここでも、担い手を外へ開くほど、自治体側に舵取りと監督の能力が要求されるという第4節の教訓が繰り返される。Park-PFIは自治体の仕事を減らす制度ではなく、仕事の種類を変える制度なのである。そして規模の小さな街区公園にとっては、次節で扱う住民による担い方のほうが、はるかに現実的な選択肢であり続ける。
6. 愛護会・アダプト制度——協働と共同生産
指定管理者制度とPark-PFIが法律に根拠をもつ「制度」であるのに対し、公園愛護会やアダプト制度は、法律の外側で自治体の要綱や協定によって運用される「慣行」に近い仕組みである。しかし担い手という観点からみれば、その広がりと歴史はむしろ制度よりも古く、また街区公園のような小さな公園にとっては最も現実的な担い方であり続けている。本節では、この住民による担い方を協働論と共同生産の概念で読み解く。
6.1 愛護会とアダプト制度の輪郭
公園愛護会とは、自治会や子ども会、老人会などの地域団体が、身近な公園の清掃、除草、簡単な点検と異常の通報などを継続的に引き受け、自治体が用具の貸与、報奨金や活動費の交付、活動中の傷害保険の加入などで支援する仕組みの総称である。1960年代初頭に横浜市が始めた制度が先駆けとされ、名称や支援内容は自治体ごとに異なるものの、全国の多くの市町村に類似の仕組みがある。一方、アダプト制度は、1985年に米国テキサス州で始まった「アダプト・ア・ハイウェイ」——道路の一定区間を団体が「里親」として引き受け清掃する取組——を原型とし、日本でも1990年代末から道路・河川・公園に導入され始めたとされる。企業や学校が担い手になることが多く、活動区間に団体名を掲げる表示板を設ける点に特徴がある。
両者に共通するのは、管理の権限は自治体に留まったまま、日常の手入れと「目」の役割を住民や団体が担うという構造である。愛護会が遊具の異常に気づいて通報しても、修理や使用禁止の判断と実施は公園管理者の仕事である。この意味で愛護会は、第3節でみた業務委託とも第4節の指定管理者とも異なり、権限の移転を伴わない担い手である。責任の所在は最も明快であり、同時に、住民の側からみれば「自分たちの公園」という感覚を最も育てやすい形態でもある。
6.2 共同生産と社会関係資本
オストロムらが提唱した共同生産(コプロダクション)の概念は、公共サービスは行政が一方的に供給し住民が受け取るものではなく、住民の関与があって初めて成り立つという見方である。公園はその典型で、利用者がゴミを持ち帰り、異常に気づいて知らせ、子どもの遊びを見守ることで、公園の質は保たれている。愛護会はこの自発的な関与を組織化したものといえる。パットナムのいう社会関係資本——地域の信頼と互酬性のネットワーク——が厚い地域では、愛護会は活動しやすく長続きし、公園はよく手入れされ、その手入れされた公園がまた人を集めて信頼を育てるという循環が生まれる。逆に社会関係資本の乏しい地域では、同じ制度を用意しても担い手が現れにくい。
オストロムがコモンズの長期維持に見出した設計原理を愛護会に当てはめると、どの公園をどの団体が受け持つかという境界の明確さ、地域の実情に合った活動内容、活動内容を団体自身が決められる集合的選択、活動の相互の見守り、自治体による活動の公的な承認、自治会から地区、市へとつながる入れ子状の組織といった条件が、活動の継続を支えていることがわかる。逆にいえば、これらの条件が欠けた愛護会——受け持ち範囲が曖昧で、活動内容が一方的に定められ、行政からの承認や支援が薄い団体——は続きにくいと予想される。
6.3 協働の落とし穴——「安上がりの下請け」への転化
協働論には自己批判の伝統もある。アーンスタインの「市民参加の梯子」は、参加と称される取組の多くが実際には情報提供や形式的な協議の段階にとどまり、対等な協力(パートナーシップ)や権限の委譲には至っていないことを指摘した。愛護会も、行政が予算削減の代替として住民に作業を割り振るだけの関係になれば、協働ではなく「安上がりの下請け」に転化する。行政学者レスター・サラモンが非営利部門の限界として挙げた、資源の不十分さ、担い手の偏在、専門性の不足といった「ボランタリーの失敗」は、愛護会にもそのまま当てはまる。高齢化による担い手不足、自治会加入率の低下、少数の熱心な人への負担の集中は、多くの地域で語られる共通の悩みである。
責任の面でも注意がいる。愛護会が担うのは日常の手入れであって、遊具の構造的な安全点検のような専門的な判断ではない。国土交通省の指針が求める専門技術者による定期点検を愛護会の善意に置き換えることはできず、両者は役割が異なる。また、活動中に参加者がけがをした場合の保険、公園で起きた事故について愛護会が不当に責任を問われないための取り決めは、自治体側が用意すべき条件である。協働が続くためには、行政が「委ねる」ことと「見捨てる」こととの違いを自覚し、用具・保険・情報・研修・相談窓口といった支援を継続する必要がある。
6.4 協議会——協働の制度化への一歩
愛護会が法律の外側の慣行であるのに対し、2017年の都市公園法改正で設けられた「協議会」(第17条の2)は、公園管理者が住民、事業者、関係行政機関などを構成員として、公園の管理や利用に関する事項を協議する場を法律上設けられるようにしたものである。協議の結果は構成員が尊重すべきものとされる。行政学の観点からみると、これは協働をアーンスタインの梯子でいう「協議」から「パートナーシップ」へ一段引き上げる回路になりうる。もっとも協議会の設置は義務ではなく、設けるか否か、だれを構成員とするか、何を協議するかは公園管理者の判断による。愛護会という日常の担い手と協議会という意思決定の場とがつながるとき、住民の関与は手入れの労力だけでなく公園の方針にも及ぶことになる。
最後に公平性の問題がある。愛護会のある公園とない公園とでは、手入れの頻度や異常の発見の早さに差が生じうる。担い手のいない地域の公園ほど、行政の目が届く必要があるが、実際には愛護会のある公園のほうが情報が集まりやすい。公の施設としての公園がすべての住民に等しく開かれるべきであるとすれば、協働の広がりは、それが行き届かない場所への行政の関与をむしろ厚くすることとセットで進められなければならない。
7. 担い手の多元化がもたらす利点と課題——責任の所在・継続性・営利と公共性
第3節から第6節までで四つの担い手の型を個別にみてきた。本節ではそれらを横断し、担い手の多元化が共通してもたらす三つの論点——責任の所在、継続性、営利と公共性の緊張——を整理したうえで、想定される反論に応答する。まず四つの型を一覧で比較しておく。
| 担い手の型 | 法的根拠 | 管理権限 | 期間の尺度 | 主な財源 | 適した公園 | 生じやすい課題 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 直営(+業務委託) | 都市公園法・地方自治法・条例 | 自治体に集中 | 組織として継続(職員は異動) | 一般財源 | すべての公園の基盤 | 財政・人員・専門性の限界、使いこなしの動機の弱さ |
| 指定管理者 | 地方自治法第244条の2・条例 | 使用許可等を委任 | 数年単位が多いとされる | 委託料・利用料金 | 有料施設を含む大規模公園 | 短期性、ノウハウの空洞化、監督費用、職員処遇 |
| Park-PFI | 都市公園法第5条の2以降 | 設置管理許可(最長20年) | 十年〜二十年 | 事業者の収益 | 来園者の多い大規模公園 | 営利と公共性の緊張、立地の選択性、硬直性 |
| 愛護会・アダプト | 要綱・協定(法律の外側) | 移転しない | 世代・地域の持続力 | 報奨金・活動費と無償の労力 | 街区公園など小規模な公園 | 担い手不足、下請け化、公平性、責任範囲の曖昧さ |
7.1 責任の所在——重層化と可視化
多元化は責任を「分散」させると語られがちだが、制度を正確にみれば、それは責任の「重層化」である。公園管理者としての自治体の地位は、指定管理者を置いてもPark-PFIを導入しても愛護会に手入れを委ねても動かない。国家賠償法上の設置管理の瑕疵についての責任も、議会と住民に対する政治的責任も、自治体に残る。その上に、指定管理者の協定上の責任、Park-PFI事業者の認定計画上の責任、愛護会の合意上の役割が重なる。問題は責任がなくなることではなく、利用者からみてだれに何を言えばよいのかが見えにくくなることにある。
したがって多元化に伴う行政の課題は、責任の重層構造を利用者に見えるようにすることである。公園の入口に管理者と連絡先を掲げること、指定管理者の事業報告や評価結果を公開すること、Park-PFIの認定計画の内容を住民が知りうるようにすること、愛護会の受け持ち範囲を明確にすることは、いずれもこの可視化の一部である。市が施設ガイドで公園ごとの設備や注意事項、噴水の運転期間といった運営情報を公開していることも、担い手が誰であれ利用者が状態を知る手がかりとなる点で、可視化の実践に数えられる。
7.2 継続性——四つの時間軸
四つの型は、それぞれ異なる時間軸をもつ。直営は組織としては継続するが、職員は数年で異動し、公園ごとの記憶は文書に残る分しか引き継がれない。指定管理は数年単位の期間で区切られ、期間の境目で担い手が交代しうる。Park-PFIは十年から二十年の長期を想定し、その間は安定するが、期間中の変更が難しい。愛護会は世代を単位とする持続力をもつが、担い手の高齢化とともに途切れうる。公園という施設が求める時間軸は、樹木の生育や遊具の更新周期を考えれば十年単位であり、四つの型のどれもが単独ではこの時間軸を完全には満たさない。継続性は、複数の型を組み合わせ、公園ごとの記録を自治体が長期にわたって保持することで初めて確保される。
7.3 営利と公共性——公共価値の三角形
マーク・ムーアは『公共価値の創造』(1995年)で、公共の組織が成果を上げるには、生み出すべき公共価値、その活動を支える正統性と支持、そして実行する運営能力の三つがそろわなければならないと論じた。この三角形で担い手を眺めると、直営は正統性において強いが運営能力と財源に限界があり、民間の担い手は運営能力と資金に強みをもつが、営利の論理が公共価値や正統性と衝突しうる。営利と公共性の緊張とは、この三角形の頂点の間の緊張にほかならない。緊張をなくすことはできず、条件の設定と監督によって均衡点を探し続けることが公園管理者の仕事になる。
7.4 想定される反論への応答
第一の反論は「民間に任せれば安くて良くなる」というものである。これに対しては、監督にかかる取引費用と、測りやすい指標が測りにくい価値を押しのける危険を指摘しなければならない。利用者数や経費は測れるが、静かに座っていられることや、幼い子どもがゆっくり遊べることは測りにくい。第二の反論は逆に「公園は行政が全部やるべきだ」というものである。これに対しては、第3節で述べた財政・人員・専門性の限界と、公園を使いこなす動機の弱さが応答になる。すべてを直営に戻すことは、現実には手入れの水準を下げることになりかねない。
第三の反論は「多元化は行政の責任逃れである」というものである。制度上、最終責任は動かないことは既に述べた。ただしこの反論には一面の真理があり、可視化と監督を怠れば、多元化は事実上の責任逃れに転化する。第四の反論は「愛護会は時代遅れで、担い手不足でいずれ消える」というものである。担い手不足は事実としても、街区公園のような小規模の公園には指定管理もPark-PFIも適合しにくく、住民の関与に代わる現実的な選択肢は乏しい。求められるのは愛護会を捨てることではなく、その負担を軽くし、参加の形を多様にする支援である。
以上を要するに、担い手の多元化は、公園の規模と性格に応じて適合する型を選び、組み合わせ、その全体を自治体が舵取りと監督によって束ねるときに利点を発揮し、そのいずれかを欠くときに課題が表面化する。行政学の視点からの結論は、担い手の型そのものの優劣ではなく、型を選び束ねる自治体の能力こそが公園の質を左右する、というものである。
8. 磐田市の公園への示唆
本節では、前節までの整理を磐田市の公園に照らし、担い手の型がどのように分かれうるかを仮説として述べる。用いる事実は、磐田市のオープンデータ「都市公園一覧」(94行)と市の施設ガイドをもとに当サイトATAWI PARKが整理した100園の情報に限る。各園が実際にどの担い手によって管理されているか——直営か、指定管理者が置かれているか、愛護会があるか——は当サイトはまだ突合しておらず、現地踏査も始まっていない。したがって以下は「制度の一般論をこの公園群に当てはめればこう見えるはずだ」という見取り図であり、確認はこれからの課題である。
8.1 100園の構成と担い手の型の対応仮説
磐田市の100園の種別内訳は、街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園、法対象外・その他6園である。半数を占める街区公園は国の標準で0.25ヘクタール・誘致距離250メートルという規模の公園であり、市内でも只来下公園(458平方メートル)やめがねばし公園(690平方メートル)のような小規模の園から、京見塚公園(10,231平方メートル)のような比較的大きな園まで幅がある。第5節と第6節の議論からすれば、これらの街区公園にPark-PFIが適合する余地はほとんどなく、指定管理者を個別に置く単位としても小さい。直営(業務委託を含む)を基盤に、地域の愛護会的な関与が重なる型が想定される。
| 規模・種別(磐田市の園数) | 想定される担い手の型(仮説) | 行政学上の論点 |
|---|---|---|
| 総合公園3・運動公園3(例:竜洋海洋公園、かぶと塚公園、磐田スポーツ交流の里ゆめりあ) | 有料施設を含むため指定管理者制度が検討されやすい類型 | 指定期間と長期投資の整合、事業報告の公開、事故時の責任分担 |
| 地区公園4・近隣公園14(例:安久路公園、今之浦公園、中央公園) | 直営を基盤に、施設の内容により指定管理や協働が組み合わさる類型 | 運営情報の公開、協議会などの住民参加の回路 |
| 街区公園51・都市緑地10・広場公園2ほか(例:只来下公園、二之宮東第2緑地) | 直営(業務委託)と愛護会的な住民関与の組合せが現実的な類型 | 担い手のいない園への行政の目配り、受け持ち範囲の明確化 |
他方、面積が最も大きい竜洋海洋公園(総合公園、221,722平方メートル)は、市の施設ガイドによれば体育館、艇庫、プール、野球場、テニスコート、レストハウス(入浴施設、休憩施設、地場産品直売所、バーベキューテラス)を備えている。かぶと塚公園(総合公園、106,982平方メートル)には磐田市総合体育館や陸上競技場があり、磐田スポーツ交流の里ゆめりあ(運動公園、57,500平方メートル)や福田公園(総合公園、49,620平方メートル)も運動施設を中心とする。有料施設や利用予約を伴う施設が集まるこの類型は、第4節で述べたとおり指定管理者制度が検討されやすく、利用料金制も働きうる領域である。実際にどうなっているかは今後の確認事項だが、仮に指定管理者が置かれているとすれば、指定期間、事業報告の公開、事故時の責任分担の取り決めが行政学上の注目点になる。
8.2 運営情報の公開という実践
第7節で、担い手の多元化に伴う行政の課題は責任の重層構造を利用者に見えるようにすることだと述べた。この点で、市の施設ガイドに個別ページのある77園について、園内施設や駐車場、備考が公開されていること自体が一つの実践である。たとえば今之浦公園(近隣公園、13,675平方メートル)のページには噴水の運転期間の告知があり、豊田香りの公園(近隣公園、10,200平方メートル)にはカスケードの稼働期間と時間帯が記されている。担い手が誰であれ、利用者が施設の状態を事前に知ることができるという意味で、こうした公開は可視化の基礎である。当サイトが100園のデータベースをつくり、オープンデータと施設ガイドを突合して公開している営みも、市の情報を市民の側から読みやすく組み直すという点で、この可視化に連なるものと位置づけている。
8.3 地区の偏りと協働の条件
当サイトが用いる9地区の区分では、園数は豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園である。愛護会的な関与は自治会や子ども会など地域団体を単位とするから、地区ごとの園数の違いは、そのまま地域団体一つあたりが引き受ける公園の数や負担の違いにつながりうる。第6節でみた社会関係資本の議論に従えば、団体の活動が活発な地域とそうでない地域とで公園の手入れに差が生じる可能性があり、行政の目配りは担い手の乏しい公園にこそ厚くあるべきである。もっとも、磐田市で実際にどの公園に愛護会的な活動があるかを当サイトは把握しておらず、これは踏査と資料照合で確かめる項目に含めるべきものである。
オープンデータのフラグ集計では、94行のうちトイレ有が69園、遊具有が64園であり、施設ガイド等から駐車場が有と判断できる園は33園である。トイレと遊具は日常の点検と清掃の頻度が問われる設備であり、担い手の型によって手入れの仕組みが異なりうる箇所でもある。国土交通省の指針が求める遊具の定期点検を誰がどの周期で行い、その記録がどこにあるのかは、担い手が誰であれ利用者にとって最も知りたい情報の一つであろう。当サイトは今後の踏査で、公園の入口に管理者や連絡先の表示があるか、愛護会などの活動を示す掲示があるか、点検の実施を示す表示があるかを確認項目に加え、この論文の仮説を検証していきたい。
最後に、磐田市の公園の管理課が都市整備課であり、市の施設ガイドに連絡先の電話番号(0538-37-4806)が記されているという事実に立ち返る。担い手がどれほど多元化しても、利用者からみて「最後にここへ言えばよい」という窓口が一つあることが、第7節で述べた責任の可視化の最も基本的な形である。担い手の型にかかわらず利用者が公園管理者に届く回路を保つことは、当サイトが公園の情報を整理するうえでも守るべき方針であると考えている。
9. 結論と今後の課題
9.1 結論
本稿は「公園運営の担い手はだれか」という問いを行政学の視点から検討した。結論は次の四点に要約できる。第一に、都市公園法は都市公園の設置と管理を地方公共団体の役割と定めており、指定管理者制度もPark-PFIも愛護会も、公園管理者としての自治体の地位を前提にその仕事の一部を分担する仕組みである。担い手の多元化は責任の消失ではなく重層化であり、最終責任は自治体に残る。第二に、四つの担い手の型はそれぞれ異なる思想的背景をもつ。直営は官僚制論、指定管理者制度とPark-PFIは新公共経営(NPM)と公民連携、愛護会・アダプト制度は協働論と共同生産の系譜にあり、現実の公園管理はこれらが多層に重なった構造をなしている。
第三に、四つの型はどれか一つが正解なのではなく、公園の規模と性格によって適合する型が異なる。有料施設を含む大規模公園には指定管理者制度が、来園者の多い公園にはPark-PFIが検討されうる一方、半数を占める街区公園のような小規模の公園には直営と住民の関与の組合せが現実的であり続ける。第四に、担い手を外へ開くほど、自治体には条件を定め監督し束ねるという新しい種類の仕事が求められる。責任の所在の可視化、時間軸のずれの調整、営利と公共性の均衡という三つの論点への目配りが、その仕事の中身である。担い手の型そのものの優劣ではなく、型を選び束ねる自治体の能力が公園の質を左右する。
9.2 今後の課題
研究上の課題として、まず本稿は文献整理と概念分析にとどまり、個別の自治体で担い手の型がどのように選ばれ、どのような成果と課題を生んでいるかの実証は行っていない。指定管理者制度については総務省が導入状況の調査を定期的に公表しており、Park-PFIについても国土交通省が事例を紹介しているが、それらを公園という施設に絞って体系的に整理する作業は今後に残されている。また本稿では愛護会・アダプト制度を一括して扱ったが、自治体ごとの支援内容や活動の実態は多様であり、オストロムの設計原理に照らした比較は独立の研究課題となる。
当サイトATAWI PARKにとっての課題は、第8節で述べたとおり、磐田市の100園それぞれについて管理形態を突合し、踏査で管理者表示・連絡先・愛護会等の掲示・点検表示の有無を記録することである。当サイトの運営は富士ヶ丘サービス株式会社が行っているが、この作業は市の公開情報とオープンデータを市民の側から読みやすく組み直すという当サイトの性格に沿って、公開情報にもとづき淡々と進めたい。踏査の結果は、本稿の仮説を確認するだけでなく、担い手の型と公園の手入れの状態との関係を考えるための一次資料になりうる。
検証の方法についても見通しを述べておく。担い手の型と公園の状態との関係を確かめるには、少なくとも三種類の資料を突き合わせる必要がある。第一に、市の条例・要綱・議会の議決記録といった制度資料であり、これによって各園がどの型に属するかを確定できる。第二に、当サイトが踏査で記録する現地の表示や設備の状態であり、これは利用者からみた可視化の程度を示す。第三に、オープンデータと施設ガイドという既に公開されている資料であり、これは制度資料と現地の記録とを結びつける索引の役割を果たす。三者が食い違う場合、その食い違い自体が、責任の可視化がどこで途切れているかを示す手がかりになるだろう。
行政と地域にとっての課題は、担い手の多元化を「行政の負担を減らす手段」としてではなく「公園の質を高めるための役割分担」として設計し直すことである。そのためには、公園ごとの記録を長期にわたって自治体が保持すること、指定管理やPark-PFIの条件と評価を公開すること、愛護会的な活動を支援し、担い手のいない公園にこそ目配りを厚くすることが求められる。都市公園法が公園を「公共の福祉の増進」のための施設と位置づけている以上、担い手が誰であれ、その施設がすべての住民に等しく開かれ続けることが、行政学からみた公園管理の到達点である。
最後に、本稿の読者である子育て世代の方々に向けて一言添えたい。公園で気づいた不具合や要望をどこに伝えればよいか迷ったとき、担い手が誰であっても最終的な公園管理者は自治体であり、磐田市では都市整備課がその窓口である。利用者からの通報や声は、共同生産の最も基本的な形であり、担い手の多元化が機能するかどうかを左右する要素の一つでもある。公園を「だれかが管理してくれる場所」ではなく「みなで支える場所」として捉え直すことが、本稿が行政学の言葉で述べてきたことの、日常の側からの言い換えである。
参考文献
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)および都市公園法施行令
- 地方自治法(昭和22年法律第67号)第244条・第244条の2(公の施設・指定管理者)
- 総務省自治行政局長通知「指定管理者制度の運用について」(平成22年12月28日)
- 国土交通省 新たな時代の都市マネジメントに対応した都市公園等のあり方検討会「最終報告書」(平成28年5月)
- 国土交通省「都市公園の質の向上に向けたPark-PFI活用ガイドライン」(平成29年8月、その後改正)
- 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
- Christopher Hood(1991)「A Public Management for All Seasons?」Public Administration, 69(1)
- デビッド・オズボーン/テッド・ゲーブラー(1992)『行政革命』(高地高司訳、日本能率協会、1995)
- R. A. W. Rhodes(1997)『Understanding Governance』Open University Press
- エリノア・オストロム(1990)『コモンズのガバナンス』(原田禎夫ほか訳、晃洋書房、2022)
- ロバート・D・パットナム(1993)『哲学する民主主義』(河田潤一訳、NTT出版、2001)
- Sherry R. Arnstein(1969)「A Ladder of Citizen Participation」Journal of the American Institute of Planners, 35(4)
- Mark H. Moore(1995)『Creating Public Value』Harvard University Press
- マックス・ウェーバー『支配の社会学』(世良晃志郎訳、創文社、1960・1962)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。