生命・健康・心理・教育神経科学

自然と脳——注意・ストレス反応・研究の現状と慎重な読み方

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:神経科学 公開・更新 2026-08-17 本文 約20,664字 読了目安 38分

要旨

本稿の目的は、公園や緑地が心身に良いという言説の背後にある神経科学の基礎を、平易かつ慎重に整理することである。「自然の中にいると脳にいい」という言い方は広く流布しているが、その根拠がどのような神経科学的な仕組みと、どの程度の確からしさの研究群に支えられているのかは、必ずしも共有されていない。本稿はこの隙間を埋めることを試みる。

方法は文献整理と概念分析である。まず自律神経系とHPA系(視床下部・下垂体・副腎系)によるストレス反応、前頭前野による注意と実行機能の制御、デフォルトモードネットワーク(安静時に活動する脳内ネットワーク)という三つの神経科学的な基礎概念を説明する。そのうえで、自然環境との接触が心拍変動やコルチゾールなどの生理指標、および脳活動の指標に及ぼす影響を調べた研究群を紹介する。あわせて、被験者数の小ささ、測定条件の異質性、出版バイアスという方法論的な留保と、相関と因果の距離という一般的な注意点を検討する。

検討の結果、自然環境との接触がストレス反応や注意に関わる神経系の働きと結びつくことを示唆する研究群は確かに存在するが、効果の大きさを断定できる段階にはなく、公園を医療的な介入として語ることはできないというのが本稿の立場である。最後に、磐田市の公園100園について、種別・面積・地区といった当サイトが把握する事実を手がかりに、神経科学の知見をどう慎重に読むかを示す。当サイトの現地踏査はまだ始まっておらず、個々の園の生理的な効果を主張するものではない。

キーワード自律神経系HPA系前頭前野デフォルトモードネットワーク注意回復出版バイアス磐田市

1. はじめに——問題の所在

「自然の中で過ごすと脳にいい」「緑を見るとストレスが減る」という言い方は、子育て情報誌からニュース記事まで広く見かける。この種の言説の多くは、心理学や神経科学のなんらかの研究を出所としているが、記事の中では研究の名前も方法も、被験者の数も示されないまま「脳科学的に証明された」という強い言葉だけが独り歩きすることが少なくない。本稿の出発点は、この言説と根拠のあいだにある距離を測り直すことである。

神経科学(neuroscience)は、神経系——脳、脊髄、末梢神経、そしてホルモンを介して脳と連動する内分泌系——のはたらきを、細胞から行動までの複数の水準で研究する学問である。本稿が扱うのは、そのうちでも公園という場所と関わりの深い三つの領域である。第一に、危険や負荷に対して身体がどう反応するかを司る自律神経系とHPA系(視床下部・下垂体・副腎系)のストレス反応。第二に、注意を向け続けたり切り替えたりする働きを担う前頭前野を中心とした実行機能。第三に、何もしていないときにかえって活発になるとされるデフォルトモードネットワークである。これらはいずれも、公園で過ごす時間が心身にどう作用しうるかを論じるときの土台になる概念でありながら、一般向けの記事ではほとんど説明されないまま、結論だけが引用される。

本稿の問いは二つである。第一に、これら三つの神経科学的な仕組みは、それぞれ何を説明する概念であり、公園や緑地との接触とどう関係づけて論じられてきたか。第二に、自然環境との接触が生理指標や脳活動に及ぼす影響を調べた研究群は、実際にはどの程度の確からしさを持ち、どこまでを言ってよく、どこからは言い過ぎになるか。ここでいう確からしさとは、被験者数の規模、測定条件の統制、研究の追試可能性、そして公表される研究が結果の出方に偏っている可能性(出版バイアス)を含めて検討されるべきものである。

方法は文献整理と概念分析であり、当サイトが独自に実験や測定を行うものではない。取り上げる研究は、広く知られ実在が確認できる学術文献に限る。効果の大きさを具体的な数値——何パーセント下がった、何分で回復した——で断定することは避け、「〜とされる」「〜という研究群がある」という留保を伴う言い方で通す。これは慎重さのための修辞ではなく、本稿の立場そのものである。神経科学は強力な説明の道具であると同時に、公園という複雑な場所の効果を単純な脳の反応に還元してしまう危うさも持つ。本稿はその両方を見ながら書く。

なぜあえて神経科学という、一般には敷居の高い領域から公園を論じるのか。理由は二つある。一つは、育児や公園づくりに関する言説の中で「脳にいい」という表現がしばしば説得の道具として使われる一方、その内実が検証されないまま流通している現状があるからである。もう一つは、神経科学の基礎概念そのもの——自律神経系、HPA系、前頭前野、デフォルトモードネットワーク——を平易に理解しておくことが、こうした言説を鵜呑みにも切り捨てもせず、適度な距離を保って読むための土台になると考えるからである。本稿はその土台を提供することを目的とし、特定の公園や特定の行動を推奨する結論には至らない。

よくある言説根拠を問う文献に戻る
図1「脳にいい」という言説の根拠を、神経科学の基礎概念に立ち返って一つずつ確かめていく、というのが本稿の姿勢である。

構成は次のとおりである。第2節で神経科学がこの主題に何を問えるかを整理し、第3節で自律神経系とHPA系のストレス反応、第4節で前頭前野と注意の制御、第5節でデフォルトモードネットワークを、それぞれ神経科学の基礎として説明する。第6節と第7節では、自然環境との接触が生理指標と脳活動に及ぼす影響を調べた研究群を紹介し、第8節では相関と因果の混同、出版バイアス、再現性という方法論的な留保をまとめて検討する。第9節では磐田市の公園100園に関して当サイトが把握する事実に照らして示唆を述べ、第10節で結論と今後の課題を示す。読者は、公園の設計や管理に関わる行政の関係者、磐田市周辺で子育てをする世帯、そして公園に関する言説を批判的に読みたい学生を想定している。

2. 先行研究と概念の整理——神経科学は公園に何を問えるか

公園と心身の関係を論じる学問は神経科学だけではない。環境心理学は、注意回復理論やストレス低減理論という枠組みを用いて、自然環境がなぜ人を落ち着かせるのかを、注意や感情という心の働きの水準で説明してきた(本シリーズ内の環境心理学の稿を参照)。神経科学はこれと排他的ではなく、むしろ同じ現象を一段階下の水準——神経系や内分泌系という身体の仕組みの水準——で説明しようとする。「緑を見ると落ち着く」という心理学的な記述に対して、「そのとき自律神経系や脳内のどの部位がどう動いているとされるか」を問うのが神経科学の役割である。両者は補い合う関係にあるが、説明の水準が違う以上、心理学の知見をそのまま神経科学の証拠として扱うことも、その逆も、正確ではない。

2.1 ストレス生理学の系譜

自律神経系とストレス反応の研究には長い系譜がある。アメリカの生理学者ウォルター・B・キャノンは、1932年の著書『からだの知恵』で、生体が内部環境を一定に保とうとする働きを「ホメオスタシス」(恒常性)と呼び、危険に直面した動物が示す「闘争か逃走か」(fight-or-flight)という反応を自律神経系の交感神経の働きとして描き出した。次いでハンス・セリエは、1956年の『現代社会とストレス』で、種類の異なるストレス要因に対して生体が示す共通の反応過程を「汎適応症候群」として定式化し、警告反応期・抵抗期・疲憊期という段階を示した。セリエの仕事は、ストレスを心理的な出来事としてだけでなく、身体全体の生理的な反応過程として捉える視点を確立したとされる。

2.2 アロスタシスという修正

20世紀後半になると、ブルース・S・マキューアンらは、恒常性(ホメオスタシス)という静的な概念を修正し、「アロスタシス」(変化を通じた安定)という考え方を提示した。生体は常に一定の状態を保つのではなく、状況に応じてストレス反応の仕組み自体を調整しながら安定を保つ、という視点である。あわせて、ストレス反応が長期に、あるいは繰り返し働き続けることで生じる身体への負荷を「アロスタティック負荷」と呼び、慢性的なストレスが心血管系や免疫系、そして脳の一部に負担を及ぼしうるとした。この系譜は、本稿第3節で扱うHPA系の説明の基礎になっている。

概念提唱者・年何を説明するか
ホメオスタシス/闘争か逃走かW・B・キャノン(1932)危険に対する自律神経系の即時反応
汎適応症候群H・セリエ(1956)ストレス要因への共通した段階的な身体反応
アロスタシス/アロスタティック負荷B・S・マキューアン(1993・1998)慢性的なストレス反応が身体に及ぼす負荷
実行機能としての前頭前野A・K・ミラー、J・D・コーエン(2001)注意の制御と目標指向的な行動の仕組み
デフォルトモードネットワークM・E・レイクルほか(2001)安静時にかえって活発になる脳内ネットワーク

こうして見ると、本稿が扱う神経科学的な基礎概念は、1930年代から2000年代初頭にかけて、生理学から脳画像研究へと道具立てを広げながら積み上げられてきたことがわかる。重要なのは、これらの概念自体は「自然環境が良い」ということを直接主張するものではないという点である。キャノンもセリエもマキューアンも、公園や緑地を主題に研究したわけではない。これらは、ストレスや注意という現象一般を説明するための神経科学の基礎理論であり、自然環境との接触がこれらの仕組みにどう関わるかは、別に検証されるべき経験的な問いである。本稿が第6節・第7節で研究群を紹介する前に、まず第3節から第5節でこれらの基礎概念そのものを丁寧に説明するのはこのためである。

2.2.1 なぜ今、神経科学が公園と結びつけられるのか

自然環境と脳を結びつける研究が2000年代以降に増えてきた背景には、fMRIをはじめとする脳機能イメージング技術が研究機関に広く普及し、心拍変動やコルチゾール濃度といった生理指標を野外でも測定しやすい機器が整備されてきたという、技術的な事情があるとされる。1930年代のキャノンや1950年代のセリエの時代には、生きた人間の脳活動を非侵襲的に観察する技術はまだ存在せず、ストレス反応の研究は動物実験や、血液・尿など身体からの採取物の分析が中心であった。技術の発展によって初めて、自然環境との接触が生きた人間の脳の中でどう表れるとされるかを問うことが可能になったのであり、この分野の研究群がなお発展の途上にあることは、技術の新しさとも無関係ではない。

2.3 説明の水準を混同しないために

神経科学の知見を扱ううえでもう一つ注意すべきは、説明の水準を混同しないことである。「公園に行くとコルチゾールが下がるとされる」という生理学的な記述と、「公園に行くと落ち着く」という心理学的・主観的な記述と、「公園はよい場所である」という価値判断は、それぞれ別の水準の言明である。生理学的な変化が観察されたからといって、それが必ず主観的な落ち着きの実感を伴うとは限らないし、まして特定の価値判断を導くわけでもない。本稿は生理学・脳科学の水準の知見を扱うものであり、その知見から直接に公園の価値を主張することは意図的に避ける。この区別は、次節以降で個々の研究を紹介する際にも一貫して保つ。

系譜水準の違い基礎理論
図2自律神経系のストレス生理学から前頭前野・DMNの脳研究まで、神経科学の基礎概念は段階的に積み上げられてきたとされる。

3. 自律神経系とHPA系——ストレス反応の二つの経路

本節では、身体がストレスに反応する仕組みを、神経科学の基礎として説明する。自律神経系は、意思とは無関係に内臓や血管、汗腺などを調整する神経系であり、活動と緊張の方向に働く交感神経と、休息と回復の方向に働く副交感神経という、性質の異なる二つの枝からなるとされる。危険や負荷を感じたとき、交感神経の働きによって心拍数や血圧が上がり、瞳孔が開き、消化のような当面の生存に不要な働きは抑えられる。これがキャノンの言う闘争か逃走かの反応である。危険が去れば副交感神経が優位になり、心拍はゆるやかに戻る。この二つの神経の働きのバランスは、心拍変動(心拍の間隔のわずかなばらつき)という指標を通じて、非侵襲的に——身体を傷つけずに——ある程度推定できるとされ、後述する研究群でもしばしば用いられる。

3.0.1 自律神経系の測り方

自律神経系の働きを推定する代表的な方法として、心拍の間隔がどれだけ揺らいでいるかを解析する心拍変動解析がある。健康な状態では、呼吸や姿勢の変化に応じて心拍の間隔が細かく揺らいでおり、この揺らぎの大きさや周波数成分の分布から、交感神経と副交感神経のおおよそのバランスを間接的に推定できるとされる。心拍変動は胸部や手首に装着する比較的小型の機器で測定でき、実験室だけでなく屋外の調査にも用いやすいため、後述する自然環境に関する研究でもしばしば採用される指標である。ただしこれはあくまで間接的な推定であり、心拍変動の値だけから「交感神経が何パーセント優位である」といった断定はできない点には注意が必要である。

3.1 HPA系というもう一つの経路

自律神経系による反応が数秒から数分単位の速い経路だとすれば、HPA系(視床下部・下垂体・副腎系、hypothalamic-pituitary-adrenal axis)はより遅く、数分から数十分単位で働くホルモンの経路である。脳の視床下部がストレスを感知すると、下垂体を介して副腎皮質が刺激され、コルチゾールというホルモンが血中に放出される。コルチゾールはエネルギーを動員し、炎症を抑えるなど身体を「戦える状態」に整える一方で、過剰または慢性的な分泌は、記憶に関わる脳の部位である海馬の働きに影響しうるとされる。コルチゾールは唾液からも測定できるため、実験室だけでなく野外の研究でも比較的用いやすい指標として使われてきた。

3.2 急性ストレスと慢性ストレスの違い

ここで区別しておくべきは、急性のストレス反応と慢性のストレス反応の違いである。短時間で消える急性のストレス反応——例えば転びそうになって心拍が上がる、といった反応——は、危険から身を守るための正常な仕組みであり、それ自体は問題ではない。問題とされるのは、ストレス要因が繰り返し、あるいは絶え間なく続くことで、自律神経系とHPA系が高く活性化した状態から十分に戻れなくなることであり、マキューアンはこれをアロスタティック負荷と呼んだ。育児という営みには、子どもの安全確認や急な予定変更への対応など、小さな警戒と対応の繰り返しが日常的に含まれる。個々の反応は正常な仕組みの範囲内であっても、それが積み重なることの負荷という観点は、保護者の心身を考えるうえで無視できない。ただし、この負荷を軽減する具体的な方法として公園を位置づけられるかどうかは、ここまでの基礎概念だけからは判断できず、第6節で扱う経験的な研究群を検討する必要がある。

もう一点、注意すべき留保がある。自律神経系とHPA系の反応は、ストレス要因の性質だけでなく、気温や湿度、睡眠、空腹、疾病の有無など、多くの要因によって変動する。したがって、ある場所で心拍数やコルチゾールが下がったという観察だけから、その場所固有の効果を取り出すことは容易ではない。この点は第7節・第8節で改めて検討する方法論上の論点に直結している。

3.3 ストレス反応そのものは敵ではない

ここで強調しておきたいのは、自律神経系やHPA系によるストレス反応そのものを、避けるべき悪いものとして捉えるのは誤りだという点である。これらの仕組みは、危険から身を守り、状況に応じて身体を適切な状態に調整するために進化的に備わってきたとされる。子どもが転びそうになったときに保護者が瞬時に反応できるのも、この仕組みのおかげである。問題になるのは反応そのものではなく、反応を鎮める仕組みが十分に働かないまま負荷が積み重なることである。したがって、公園という場所に何らかの意味があるとすれば、それは「ストレス反応を消す」ことではなく、「高まった反応を鎮める仕組みが働きやすい状況を用意する」ことに近いと考えるほうが、神経科学の基礎概念とも整合的である。

自律神経の反応警戒と負荷急性と慢性
図3交感神経による速い反応とHPA系による遅い反応があり、それが繰り返し続くことへの負荷(アロスタティック負荷)が慢性ストレスの論点になるとされる。

4. 前頭前野と注意の制御——実行機能という視点

本節では、注意を向け続けたり切り替えたりする働きを担うとされる脳の仕組みを説明する。前頭前野は、額のすぐ内側に位置する大脳皮質の一部であり、目標を保持しながら行動を計画し、不要な情報や衝動を抑え、状況に応じて注意を切り替えるといった、複数の心の働きをまとめて担うとされる。心理学者・神経科学者のアール・K・ミラーとジョナサン・D・コーエンは、2001年の総説論文「An Integrative Theory of Prefrontal Cortex Function」で、前頭前野の役割を「実行機能」(executive function)という視点から整理し、前頭前野が目標に沿った情報の処理を優先させ、無関係な刺激による干渉を抑えることで、複雑な行動を可能にしているという考え方を示した。子どもを見守りながら会話し、忘れ物を思い出し、次の予定を考えるといった、育児中に同時進行しがちな複数の作業も、この実行機能に支えられているとされる。

4.1 実行機能を構成するとされる要素

実行機能は単一の能力ではなく、複数の要素からなる複合的な仕組みであるとされる。しばしば挙げられるのは、目標に必要な情報を一時的に保持し操作する「ワーキングメモリ」、無関係な反応や刺激を抑える「抑制制御」、状況の変化に応じて考え方や行動を切り替える「認知的柔軟性」の三つである。公園で子どもを見守る場面に置き換えれば、複数の子どもの位置を頭の中に保持し続けることはワーキングメモリに、目の前の会話に気を取られて子どもから目を離しそうになるのをこらえることは抑制制御に、遊具の順番待ちの様子から急に走り出した子どもへ注意を切り替えることは認知的柔軟性に、それぞれ対応すると考えられる。これらはいずれも前頭前野を中心とした神経回路が担うとされ、疲労や睡眠不足によって働きが低下しやすいことも知られている。

4.2 「努力を要する注意」という考え方

19世紀の心理学者ウィリアム・ジェームズは、対象の側から自然に引きつけられる注意と、意識的な努力によって向け続ける注意とを区別していた。実行機能の考え方は、この区別に神経科学的な裏づけを与えるものとして参照されることが多い。前頭前野が担う目標指向的な注意は、努力を要し、長く続けると疲れるとされる一方、色や動き、音といった刺激そのものに引きつけられる注意は、前頭前野への負荷が比較的小さいと考えられている。本シリーズの環境心理学の稿で扱った注意回復理論は、自然環境が後者の性質の刺激——柔らかく興味を引くが負荷の小さい刺激——に富んでいるために、前頭前野への負荷を減らし、注意の資源を回復させるのではないか、という仮説を心理学の言葉で述べたものである。神経科学の側からこの仮説を裏づける証拠は蓄積されつつあるが、後述するとおり限定的である。

4.3 注意の制御と育児の場面

育児の場面に引きつけて言えば、公園で子どもを見守るという行為自体が、視覚的・聴覚的に絶えず変化する対象に注意を向け続ける、実行機能への要求が高い作業である。したがって、公園という場所が保護者にとって単純に「注意の負荷が低い環境」であるとは限らない。むしろ、見守りという役割そのものが注意資源を消費し続ける一方で、周囲の緑や音、静けさといった環境の性質は、見守りの合間に注意を和らげる方向に働く可能性がある、という二重の構造を想定するほうが実態に近いと考えられる。この二重性は、単一の指標だけで公園の効果を語ることの難しさを示す一例でもある。子どもの年齢によっても見守りに必要な注意の量は変わり、乳幼児期には視線を離せる時間が短く、実行機能への負荷が特に高くなりやすいと考えられる。

  • ワーキングメモリ——複数の子どもの位置や予定を一時的に保持する
  • 抑制制御——目の前の会話や刺激に気を取られすぎるのを抑える
  • 認知的柔軟性——遊具から道路への注意の切り替えなど、状況変化への対応

4.4 子どもの実行機能の発達という視点

実行機能は生まれつき完成しているものではなく、乳幼児期から児童期にかけて前頭前野の発達とともに徐々に育っていくとされる。就学前の子どもが順番を待てなかったり、興味を引くものに次々と気を取られたりするのは、単なるわがままではなく、実行機能を担う神経回路がまだ発達の途上にあることの表れだと理解する見方が、発達心理学や発達神経科学では有力とされる。公園での自由な遊び——順番を待つ、ルールのある遊びに参加する、危険を察知して立ち止まるといった経験——は、この実行機能の発達を促す機会の一つとして位置づけられることがあるが、その効果を神経科学的に直接測定した研究は、成人を対象にした研究に比べてなお限られている。本稿は、遊びが実行機能の発達に「良い」と断定するのではなく、両者の関わりを示唆する視点があることを紹介するにとどめる。

注意の制御努力と疲れ見守り
図4前頭前野は目標に沿った注意を担うが努力を要して疲れやすく、見守りという役割はこの注意資源を消費し続けるとされる。

5. デフォルトモードネットワーク——「なにもしていない」ときの脳

本節では、公園でぼんやり過ごす時間の意味を考えるうえで手がかりになる、もう一つの神経科学的な概念を説明する。脳は、何か特定の課題に取り組んでいないとき、活動を止めているわけではない。神経科学者マーカス・E・レイクルらは、2001年の論文「A Default Mode of Brain Function」で、安静にしている、あるいは特定の課題に集中していない状態のときにかえって活発になる脳領域のまとまりを見出し、これを「デフォルトモードネットワーク」(default mode network、DMN)と呼んだ。DMNは、内側前頭前野や後帯状皮質などを含むとされ、自分自身についての思考、過去の想起、将来の想像、他者の心の状態を推し量ることなど、外界の課題ではなく内側に向かう思考と関わりが深いと考えられている。

5.1 課題陽性ネットワークとの切り替え

神経科学ではしばしば、DMNと対をなす存在として、外界の課題に注意を向けているときに活発になる神経回路——課題陽性ネットワークと呼ばれることがある——が説明される。脳は状況に応じてこの二つの回路の優勢さを切り替えているとされ、公園で子どもの動きに集中しているときは課題陽性ネットワークが優勢になり、子どもが安全に遊んでいるのを確認してふと自分の考えごとに意識が向かうときにはDMNが優勢になる、という切り替えが起きていると考えられている。この切り替えそのものにも前頭前野を含む神経回路が関わるとされ、第4節で扱った実行機能とDMNは、互いに独立した仕組みではなく、注意の向け先を調整するという点でつながっていると理解できる。

5.2 マインドワンダリングと反芻思考

特定の課題に注意を向けず、思考が自由にさまよう状態は「マインドワンダリング」と呼ばれ、DMNの活動と関連するとされる。マインドワンダリングは、アイデアの想起や将来の計画に役立つ面がある一方、同じ否定的な考えを繰り返し巡らせる「反芻思考」(rumination)につながる場合もあるとされ、反芻思考は気分の落ち込みとの関連が指摘されてきた。つまりDMNの活動は、それ自体が良いものとも悪いものとも決めつけられるものではなく、どのような内容の思考に向かうかによって意味合いが変わる、という点が重要である。育児中の保護者にとって、子どもを見守りながらふと湧く物思いが、明日の予定を前向きに考える時間になるか、済んでいない用事への焦りを繰り返し思い出す時間になるかは、状況や心身の状態によって左右されるだろう。

5.3 自然環境との接触とDMNをめぐる研究

この論点は、自然環境が心にどう作用するかを脳から調べようとする研究群でも取り上げられてきた。神経科学者グレゴリー・N・ブラットマンらは、2015年の論文「Nature Experience Reduces Rumination and Subgenual Prefrontal Cortex Activation」で、緑豊かな環境と交通量の多い都市環境をそれぞれ90分歩いた参加者を比較し、緑豊かな環境を歩いた後のほうが、反芻思考の自己評価が低く、反芻思考との関連が指摘される膝下前頭前野(subgenual prefrontal cortex)という部位の活動が、機能的MRI(fMRI)による測定で低い傾向にあったと報告している。

この結果は、自然環境との接触が反芻思考に関わる脳活動と関連する可能性を示すものとして注目されたが、参加者数は数十人規模であり、健康な都市部の成人という限られた集団を対象にした一つの研究であることには留意が必要である。DMNや反芻思考という概念そのものが比較的新しく、測定方法にもなお発展の余地があるとされる点も付け加えておきたい。ブラットマンらは別に2019年の総説論文「Nature and Mental Health: An Ecosystem Service Perspective」でも、自然環境と心の健康に関する研究群を広く整理し、多くの知見がなお蓄積の途上にあるという立場を示している。

5.4 発達という観点からの留保

DMNに関する研究の多くは成人を対象にしており、子どもの脳におけるDMNの発達的な位置づけは、成人とは異なる注意が必要な論点である。脳の各領域をつなぐ神経回路は乳幼児期から児童期にかけて段階的に発達するとされ、DMNを含む複数の神経回路の連携も、その発達の途上にあると考えられている。したがって、成人を対象にした自然環境とDMNの関連研究の知見を、そのまま子どもに当てはめることはできない。公園でぼんやり過ごす時間が子どもの脳にどう関わるかについては、発達心理学や小児神経科学の今後の知見を待つべき部分が大きく、本稿はこの点について確定的なことを述べる立場にはない。

安静時の脳思考の向き良し悪しは一様でない
図5何もしていない時間にもDMNは活発に働くとされ、その思考が反芻的か否かで意味合いが変わるとされる。

6. 自然環境と生理指標——心拍変動・コルチゾール研究群を読む

第3節で説明した自律神経系とHPA系の指標は、自然環境との接触を調べる研究でも中心的に用いられてきた。日本では、千葉大学の宮崎良文らを中心に「森林浴」(shinrin-yoku)の生理的効果を測る一連の研究が行われてきたことが知られている。宮崎らのグループの一員であるパク・ブムジンらが2010年に発表した論文「The Physiological Effects of Shinrin-yoku」は、森林環境と都市環境にそれぞれ滞在した参加者について、唾液中コルチゾール濃度、心拍変動、血圧、脈拍数を比較し、森林環境に滞在した条件のほうが、コルチゾール濃度が低く、副交感神経の活動を示すとされる心拍変動の指標が高く、交感神経の活動を示すとされる指標が低い傾向にあったと報告している。

6.1 実験計画の工夫

この種の研究では、同じ参加者に森林環境と都市環境の両方を経験してもらい、条件の順序を入れ替えて比較する「クロスオーバー」と呼ばれる実験計画がしばしば用いられるとされる。これは、年齢や体質といった個人差の影響を、同一人物内での比較によってある程度打ち消すための工夫である。また、測定は同じ時間帯・同じ滞在時間で行われることが多く、時刻によるコルチゾール濃度の自然な変動(コルチゾールは朝に高く夜に低いという日内変動を示すとされる)が結果に混ざり込まないよう配慮されているとされる。こうした実験計画上の工夫は、この分野の研究が単純な思いつきではなく、方法論を意識して設計されていることを示している。

6.2 この種の研究をどう読むか

この種の研究結果を読むときには、いくつかの点に注意が必要である。第一に、対象者の多くは日本国内の大学生や成人であり、性別や年齢構成が偏っている場合がある。第二に、森林環境と都市環境の比較は、緑の有無だけでなく、気温、湿度、音、匂い、歩行量、非日常感といった多くの要因が同時に変わる比較である。したがって、観察された生理的な変化を「緑」という単一の要因に帰属させることには慎重さが求められる。第三に、多くの研究は森林など緑の量が多い環境を対象としており、街区公園のような都市の中の小さな緑地でも同様の結果が得られるかどうかは、別に検証すべき問いである。宮崎らの研究群自体、対象地を都市近郊の緑地に広げる試みを含むとされるが、街区公園そのものを対象にした研究が十分に蓄積されているとは言いがたい。

6.3 心拍変動という指標の性質

心拍変動は、装着型の機器で比較的簡便に測定できるため、野外での研究にも用いやすい指標であるとされる一方、体調、姿勢、呼吸の仕方、直前の運動量によっても変動するため、単独の測定値から「リラックスした」と断定することはできない。研究の多くは、同一の参加者について異なる条件下での変化を比較する、あるいは複数の指標を組み合わせることで、こうした個人差や外的要因の影響を減らそうとしているとされる。生理指標を用いた研究は、自己申告による気分評価だけに頼らない点で意義があるが、指標そのものが多くの要因に影響される性質を持つことは踏まえておく必要がある。暑さや直射日光そのものが自律神経系に負荷をかける要因になりうる点は、本シリーズの生気象学の稿で扱うWBGT(暑さ指数)の議論とも重なる論点であり、生理指標を用いた研究の解釈には季節や気象条件も考慮する必要がある。

6.4 子どもを対象にした研究の少なさ

本節で紹介した生理指標の研究の多くは成人を対象にしており、乳幼児や就学前の子どもを対象にした同種の研究は、成人向けの研究に比べて数が少ないとされる。子どもは身体が小さく機器の装着に制約があること、注意の持続時間が短く実験の手順に協力してもらいにくいことなど、方法論上の難しさが背景にあると考えられる。したがって、本節で紹介した知見を、公園で遊ぶ子ども自身の生理反応にそのまま当てはめることはできない。保護者の生理指標に関する知見と、子ども自身の生理指標に関する知見は、区別して扱われるべきものである。

生理指標測定条件の多さ緑という要因
図6森林環境での滞在とコルチゾール・心拍変動の関連を示す研究群があるが、緑以外の条件が同時に変わる比較である点に注意が要るとされる。

7. 自然環境と脳活動・認知機能——fMRI研究群とその限界

生理指標に加えて、脳活動や認知課題の成績を直接測定する研究群もある。心理学者マーク・G・バーマン、ジョン・ジョナイデス、スティーヴン・カプランは、2008年の論文「The Cognitive Benefits of Interacting with Nature」で、公園を歩いた条件と都心部を歩いた条件を比較し、公園を歩いた後のほうが、数字を逆順に復唱する課題など、注意の持続を要する認知課題の成績が向上する傾向にあったと報告している。この研究は、写真を見せるだけの条件と実際に歩く条件の両方を設けており、単なる気分の良さだけでは説明しにくい変化として注目されたとされる。前節で触れたブラットマンらの2015年の研究は、これをさらに脳活動の水準に進め、fMRIによって膝下前頭前野の活動を測定した点に特徴がある。

7.1 脳を測ることの難しさ

脳活動を測定する主な方法には、血流の変化から間接的に神経活動を推定するfMRI(機能的磁気共鳴画像法)と、頭皮上の電位変化から神経活動の時間的な変化を捉えるEEG(脳波)がある。いずれも装置は大型または感度が高く、屋外で自由に歩きながら測定することは技術的に難しい。そのためブラットマンらの研究のように、実際に屋外を歩いた直後に室内の装置で測定する、あるいは自然の映像や写真を見せて室内で測定するという設計がとられることが多い。この設計上の制約は、測定される脳活動が「自然の中を歩く経験」そのものの反映なのか、「歩いた後に映像を見た」という限定された条件の反映なのかを、慎重に区別する必要があることを意味する。近年はウェアラブル型のEEG機器を用いて、屋外を歩きながら脳波を記録する試みも報告されつつあるとされるが、体動によるノイズが大きく、解析手法もなお発展の途上にあるとされる。

7.2 サンプルサイズと対象者の偏り

この分野の脳画像研究の多くは、参加者数が数十人規模にとどまる。fMRI装置の利用コストが高く、大規模な参加者を集めることが難しいためとされる。参加者数が少ない研究は、たまたま得られた結果が実際の効果を過大に、あるいは過小に見積もっている可能性が相対的に高くなる。また、多くの研究が大学のキャンパス近くで参加者を募っているため、健康な若年成人に偏りやすいという指摘もある。乳幼児や高齢者、持病のある人を対象にした研究は相対的に少なく、育児の場面に直結する知見として一般化するには注意が要る。

7.2.1 統計的に有意という言葉の意味

研究の報告でしばしば使われる「統計的に有意」という言葉は、観察された差が偶然のばらつきだけでは説明しにくいことを示す統計上の判断であり、効果の大きさそのものを保証する言葉ではない。参加者数が少ない研究では、実際にはわずかな差であっても、たまたま統計的に有意という結果が出ることもあれば、逆に意味のある差があっても有意という結果に至らないこともあるとされる。したがって、ある研究が「統計的に有意な差を報告した」という事実だけを取り上げて、その効果を大きなものとして語ることは適切ではない。本稿が数値そのものの引用を避けているのは、この統計上の性質をふまえてのことでもある。

7.3 行動指標と脳指標をあわせて読む

バーマンらの研究のように、認知課題の成績という行動指標を用いる方法には、装置が不要で参加者数を増やしやすいという利点がある一方、成績の変化がどの神経回路の働きの変化を反映しているかは、行動指標だけからは直接わからないという限界がある。逆にブラットマンらの研究のように脳活動を直接測定する方法には、特定の脳部位の活動という具体的な情報が得られる利点がある一方、装置の制約から参加者数が限られやすいという弱点がある。したがって、両方の種類の研究が積み重なり、行動の変化と脳活動の変化が同じ方向を指しているかどうかを確認していくことが、この分野の知見の確からしさを高めるうえで重要だと考えられる。現状ではこの二種類の研究をつなぐ知見はなお少なく、断片的な証拠が個別に存在している段階にとどまるとされる。

7.4 脳波にみる注意の指標

EEGを用いた研究では、脳波に含まれる周波数帯ごとの成分の強さが手がかりとして使われることが多い。特に、リラックスして目を閉じているときに強くなるとされる「アルファ波」という周波数帯の成分は、緊張がゆるんだ状態の指標として古くから注目されてきたとされる。緑豊かな環境の映像を見せた条件でアルファ波の成分が増える傾向を報告する研究もあるが、アルファ波の増減は眠気や単純な視覚刺激の変化によっても生じうるため、それだけで「リラックス効果」と結論づけることには慎重さが求められる。本稿はこの種の研究についても、他の指標とあわせて総合的に読むべきものとして扱う。

脳活動データ測定上の制約留意点
図7fMRIやEEGによる研究は屋外での自由な測定が難しく、参加者数や対象者の偏りにも留意が要るとされる。

8. 相関と因果、そして出版バイアス——結論を急がないための作法

第6節・第7節で紹介した研究群は、いずれも慎重に設計された実証研究であり、否定するものではない。しかし、これらの研究成果が一般向けの記事に紹介される過程で、しばしば留保が失われ、断定的な言い方に変わってしまう。本節では、その落差を生む三つの一般的な論点——相関と因果の混同、出版バイアス、再現性——を整理する。これらは自然と脳の研究に限らず、心理学・医学を含む実証研究全般に関わる論点である。

8.1 相関と因果の距離

「緑の多い地域に住む人ほどストレス指標が低い」という関係が観察されたとしても、それは緑が原因でストレスが下がったことを直接示すものではない。緑の多い地域には、所得や住環境、通勤時間など、ストレスに影響しうる他の要因も同時に偏っている可能性があるからである。この種の交絡要因を排除するには、参加者を条件にランダムに割り当てる実験的な研究が望ましいとされるが、屋外の環境を対象にした研究では、完全なランダム化が難しい場合も多い。前節で紹介したバーマンらやブラットマンらの研究は、条件をある程度統制した比較実験に近い設計をとっており、この点で相関研究より一歩進んだ証拠を提供するが、それでも一回の実験、一つの地域、限られた参加者による結果である以上、因果関係を確定させたと言い切ることはできない。

8.2 出版バイアスという偏り

統計学者・疫学者のジョン・P・A・イオアニディスは、2005年の論文「Why Most Published Research Findings Are False」で、統計的に有意な——偶然では説明しにくいとされる——結果のほうが学術誌に掲載されやすく、有意でない結果は発表されにくいという「出版バイアス」の構造を指摘した。この構造のもとでは、ある効果について小規模な研究が複数行われた場合、たまたま強い効果が出た研究だけが目立って公表され、効果がなかった、あるいは小さかった研究は埋もれてしまう可能性がある。自然環境と脳の関係についても、この構造が働いていないとは言い切れず、公表された研究の傾向だけから効果の大きさを見積もることには限界がある。

8.3 再現性という物差し

心理学分野では、複数の研究者が集まって過去の著名な研究を追試する「オープン・サイエンス・コラボレーション」の取り組みが2015年に論文「Estimating the Reproducibility of Psychological Science」として発表され、追試した研究の相当数で、元の研究ほど明確な効果が再現されなかったことが報告された。この結果は「再現性の危機」として広く議論されており、自然環境と脳の研究についても他人事ではない。一つの研究で示された結果が、条件や対象者を変えて繰り返し確認されているかどうかは、その知見をどれだけ一般化してよいかを判断する重要な物差しになる。

問い確からしさを高める兆候慎重に読むべき兆候
因果関係か条件をランダムに割り当てた比較実験観察された相関だけに基づく主張
再現されているか複数の研究者・条件で同様の結果一件の研究のみで語られる効果
対象者の幅年齢・地域・健康状態に幅のある参加者健康な若年成人に限られた参加者
効果の示し方「〜とされる」という留保つきの記述数値のみを断定的に示す記述

本稿がここまで「〜とされる」という表現を繰り返してきたのは、この三つの論点をふまえた結果である。自然環境と脳の関係を扱う研究群は着実に蓄積されつつあるが、現時点でそれは「関連が示唆される」という水準にとどまり、公園を医療的な介入として処方できる段階には至っていない。次節では、この立場を保ったまま、磐田市の公園に即して何が言え、何が言えないかを検討する。

8.4 「研究がある」という言い方への注意

最後にもう一点、言葉づかいの水準での注意を付け加えておきたい。「〜という研究がある」という言い方は、あたかもその研究一件だけで結論が定まったかのような印象を与えやすいが、実際には一件の研究は、より大きな研究群の中の一つの観察にすぎない。本稿が「〜という研究群がある」という複数形に近い言い方をあえて選んでいるのは、単一の研究成果を過大に取り上げることを避けるためである。同様に、ある研究が特定の学術誌に掲載されたことや、著者が著名な大学に所属していることは、その研究の結論が正しいことを保証するものではない。研究の質は、対象者数、比較条件の設定、統計的な扱い、そして他の研究による追試の有無によって、個別に判断される必要がある。

公表された研究出版バイアス疑って読む
図8相関と因果の混同、出版バイアス、再現性という三つの論点を踏まえて研究群を読む必要があるとされる。

9. 磐田市の公園への示唆

ここまで整理してきた神経科学の基礎と研究群を、磐田市の公園に即してどう読めるかを考える。当サイトが把握する範囲では、磐田市には都市公園法に基づく街区公園・近隣公園・地区公園・総合公園・運動公園・風致公園・広場公園・緑道・墓園・歴史公園、および法対象外の緑地を含めて100園がある。内訳は街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外6園、地区公園4園、総合公園・運動公園・風致公園各3園、広場公園・緑道各2園、墓園・歴史公園各1園である。見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡の9地区に分布し、地区ごとの園数には豊田28園から南部・向陽各2園まで幅がある。これらの数字はいずれも磐田市オープンデータ「都市公園一覧」および市の施設ガイドに基づく、当サイトが把握する事実である。

9.1 「緑の量」と神経科学の知見の距離

第6節・第7節で紹介した研究群の多くは、緑の多い森林や広い公園を対象にしたものであり、街区公園のような小規模な公園を直接の対象にした研究は限られる。したがって、磐田市内の51園を占める街区公園(国の目安では面積0.25ha、誘致距離250m程度とされる)について、森林浴研究が示す生理的な変化がそのまま当てはまるとは言えない。一方で、前頭前野の実行機能やDMNといった仕組み自体は、規模の大小にかかわらず人の脳に共通して備わっているものであり、小さな公園であっても、座って過ごす時間や見晴らしのある場所が、注意の使い方に何らかの違いをもたらす可能性を完全に排除する理由もない。この点は、当サイトが断定するのではなく、今後の踏査や関連分野の研究の蓄積を待つべき論点である。

また、市の施設ガイドには、トイレ・車いす対応トイレ・砂場・遊具の有無が個別に記載されており、当サイトが把握する範囲では、オープンデータに掲載された94園のうちトイレ有が69園、車いす対応トイレ有が34園、砂場有が43園、遊具有が64園である。これらは神経科学の指標そのものではないが、公園に長く滞在できるかどうか、繰り返し訪れやすいかどうかという、接触の頻度や滞在時間に関わる条件を示す事実であり、第6節・第7節で検討した研究群の多くが「一定時間の滞在」を条件にしていたことを踏まえると、間接的に関連する情報として位置づけられる。

9.2 面積・種別からみた手がかり

面積の大きい園としては、竜洋海洋公園(総合公園・竜洋、221,722平方メートル)、かぶと塚公園(総合公園・見付、106,982平方メートル)、つつじ公園(風致公園・見付、61,937平方メートル)、磐田スポーツ交流の里ゆめりあ(運動公園・向陽、57,500平方メートル)、兎山公園(地区公園・御厨、56,193平方メートル)などが市のオープンデータに記載されている。風致公園に分類される竜洋昆虫自然観察公園(竜洋、29,119平方メートル)は、名称からも樹木や生きものとの接触を意図した設計がうかがえる。豊田香りの公園(近隣公園・豊田、10,200平方メートル)や今之浦公園(近隣公園・見付、13,675平方メートル)のように、市の施設ガイドに芝生広場や流れといった記載がある園も複数ある。こうした緑や水の多い園は、第6節で扱った生理指標の研究群が対象とした環境に、規模の面でより近いと考えられる。

種別園数国の目安(面積・誘致距離等)
街区公園51園0.25ha・250m
近隣公園14園2ha・500m
都市緑地10園0.1ha〜
地区公園4園4ha・1km
総合公園3園10〜50ha
運動公園3園15〜75ha
風致公園3園規模の定めなし(特殊公園)

9.3 地区による違いと通いやすさ

神経科学の研究群が示唆するのは、緑や静けさとの接触に何らかの意味があるとしても、それは一回限りの特別な体験というより、日常的に、繰り返し接することのできる場所であることが前提になりやすいという点である。この観点からは、遠方の大きな公園に稀に出かけることよりも、自宅や園から歩いて行ける範囲に街区公園や近隣公園があることのほうが、実際の接触頻度という点で意味を持ちうる。磐田市の9地区のうち、豊田は28園、見付は21園と園数が多く、南部・向陽は各2園にとどまるなど、地区による偏りが当サイトの把握する事実として存在する。この偏りが実際の生活圏における「歩いて行ける緑」の量とどう対応するかは、地区の面積や人口密度も踏まえて検討すべき問いであり、本稿の範囲を超える。

9.3.1 暑さという条件との重なり

第3節で述べたとおり、自律神経系の反応は気温や暑さによっても左右される。本シリーズの生気象学の稿で扱うWBGT(暑さ指数)は、気温・湿度・輻射熱を組み合わせて熱中症の危険度を示す指標であり、環境省・厚生労働省が公表する目安が広く参照されている。真夏の日中に木陰の少ない公園で長時間過ごすことは、暑さそのものが自律神経系やHPA系に負荷をかける可能性があり、本稿が扱ってきた「自然との接触が心身を落ち着かせる」という研究群の知見とは別に、季節や時間帯に応じた注意が必要である。この点は神経科学の知見というより公衆衛生上の注意点であるが、両者を混同せずに並べて考えることが実際の公園利用では重要になる。

9.4 踏査はこれから

強調しておきたいのは、当サイトの現地踏査(実際に歩いて確かめる調査)はまだ始まったばかりであり、掲載されている100園のうち踏査を終えた園は現時点でないという点である。したがって、個々の園について「木陰が多く落ち着ける」「見晴らしがよく注意が回復しやすい」といった評価を、当サイトが独自に下すことはできない。本節で示したのは、市のオープンデータと施設ガイドに記載された面積・種別・設備という事実と、第2節から第8節で整理した神経科学の一般的な知見とを並べたときに、どのような読み方が可能かという見取り図にとどまる。実際の体感や適否の判断は、保護者自身の観察と、必要に応じて医療機関や関係機関への相談に委ねられるべきものである。

100園の分布面積の幅緑と水
図9磐田市の公園100園は種別・面積・地区に幅があり、神経科学の知見をどこまで当てはめられるかは踏査を待つ論点であるとされる。

10. 結論と今後の課題

本稿は、自律神経系とHPA系のストレス反応、前頭前野を中心とした注意の制御、デフォルトモードネットワークという三つの神経科学的な基礎概念を説明したうえで、自然環境との接触がこれらの仕組みとどう関わるかを調べた研究群を、生理指標を用いたものと脳活動を用いたものとに分けて紹介した。そのうえで、相関と因果の混同、出版バイアス、再現性という三つの論点から、これらの研究群をどう読むべきかを検討した。

10.1 言えること・言えないこと

言えることは、自然環境との接触が自律神経系の指標やコルチゾール、そして反芻思考に関わるとされる脳の一部の活動と関連することを示す研究群が、着実に積み重ねられてきているという事実である。言えないことは、その効果の大きさを具体的な数値で断定すること、特定の公園や特定の滞在時間が特定の生理的な効果を「もたらす」と保証すること、そして公園への訪問を睡眠や食事、医療的なケアに代わる対処法として位置づけることである。神経科学は公園の価値を否定するものではないが、公園を万能の処方箋として語ることも支持しない。この中庸の立場こそが、本稿がここまで一貫して保とうとしてきたものである。

10.2 今後の課題

今後の課題は大きく三つある。第一に、街区公園のような小規模な都市公園を直接の対象にした生理・脳研究の蓄積を待つことである。森林や大規模な緑地を対象にした研究の知見を、規模の異なる街区公園にそのまま当てはめることはできない。第二に、乳幼児や高齢者、育児中の保護者など、これまでの研究で十分に扱われてこなかった対象者への研究の広がりを見ることである。育児中の保護者が置かれている、子どもを見守りながら過ごすという特有の状況を反映した研究は、現時点ではなお限られている。第三に、当サイト自身の課題として、磐田市内の公園の現地踏査を進め、面積や種別といった静的な事実だけでなく、実際の木陰の量や音環境、見通しといった、神経科学の知見と照らし合わせやすい情報を、誇張のない形で蓄積していくことである。

10.2.1 学際的な連携という課題

本稿はあえて神経科学という一つの領域に絞って論じたが、公園という対象を十分に理解するには、本シリーズが扱う社会学、環境心理学、発達心理学、生気象学、都市計画学などとの連携が欠かせない。神経科学は「身体の中で何が起きているとされるか」を説明する一つの水準にすぎず、公園がなぜ人に選ばれ、どう使われ、どう設計されるべきかという問いには、他の学問領域の知見が同時に必要になる。本稿を単独で完結した結論として読むのではなく、本シリーズの他の稿とあわせて読むことで、公園という対象への理解がより立体的になると考えられる。

10.3 読み手への提案

最後に、本稿を読んだ保護者や関係者に向けて、実践的な提案を一つだけ添えておきたい。それは、「この公園に行けば脳にこういう効果がある」という断定的な主張を見かけたときに、その根拠となる研究の被験者数、比較対象、測定方法を確かめる習慣を持つことである。本稿で紹介したとおり、この分野の多くの研究は数十人規模の参加者を対象にした一件の研究であり、健康な成人に偏っていることが多い。だからといって研究そのものの価値が失われるわけではないが、その結果を「誰にでも当てはまる確実な効果」として受け取ることは避けるべきである。神経科学の知見は、公園の価値を測る一つの視点を与えてくれるものであり、それがすべてではない。

最後に、本稿の立場を改めて確認しておく。当サイト ATAWI PARK は磐田市内の公園100園に関する情報を扱うデータベースであり、運営は富士ヶ丘サービス株式会社である。本稿はその一部として、自然と脳の関係を論じる神経科学の知見を、過度に単純化することなく紹介することを試みた。健康や発達に関わる具体的な判断は、本稿のような一般的な知見の整理ではなく、個々の子どもや家庭の状況を踏まえた医療機関・関係機関への相談に基づいてなされるべきものである。公園は、その判断を支える選択肢の一つとして、今後も慎重に語られていくべきだろう。

神経科学は日進月歩の分野であり、本稿で紹介した知見も今後の研究によって更新されていく可能性がある。当サイトは、特定の学説に固執するのではなく、新しい知見が積み重なるにつれて記述を見直していく姿勢を保ちたい。同時に、更新の速さそのものが、現時点での知見を「最終的な答え」として扱うべきではないことの裏づけでもある。読者には、本稿を自然と脳の関係について考えるための一つの手引きとして使いながら、今後の研究の展開にも関心を向けていただければと思う。

註:本稿で紹介した研究の被験者数・測定条件・結果の詳細は、各原論文を直接参照されたい。当サイトは研究の要点を紹介するものであり、個々の数値の再掲や効果の保証を目的とするものではない。

参考文献

  1. ウォルター・B・キャノン(1932)『からだの知恵——この不思議なはたらき』(The Wisdom of the Body、舘鄰・舘澄江訳、講談社学術文庫、1981)
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  3. ブルース・S・マキューアン、エリオット・ステラー(1993)「Stress and the Individual: Mechanisms Leading to Disease」(Archives of Internal Medicine 第153巻)
  4. ブルース・S・マキューアン(1998)「Protective and Damaging Effects of Stress Mediators」(New England Journal of Medicine 第338巻)
  5. ロバート・M・サポルスキー(1994)『なぜシマウマは胃潰瘍にならないか——ストレスと上手につきあう方法』(Why Zebras Don't Get Ulcers、栗田昌裕監修、森平慶司訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、1998)
  6. アール・K・ミラー、ジョナサン・D・コーエン(2001)「An Integrative Theory of Prefrontal Cortex Function」(Annual Review of Neuroscience 第24巻)
  7. マーカス・E・レイクルほか(2001)「A Default Mode of Brain Function」(Proceedings of the National Academy of Sciences 第98巻)
  8. マーク・G・バーマン、ジョン・ジョナイデス、スティーヴン・カプラン(2008)「The Cognitive Benefits of Interacting with Nature」(Psychological Science 第19巻)
  9. グレゴリー・N・ブラットマンほか(2015)「Nature Experience Reduces Rumination and Subgenual Prefrontal Cortex Activation」(Proceedings of the National Academy of Sciences 第112巻)
  10. グレゴリー・N・ブラットマンほか(2019)「Nature and Mental Health: An Ecosystem Service Perspective」(Science Advances 第5巻)
  11. パク・ブムジンほか(2010)「The Physiological Effects of Shinrin-yoku (Taking in the Forest Atmosphere or Forest Bathing)」(Environmental Health and Preventive Medicine 第15巻)
  12. ジョン・P・A・イオアニディス(2005)「Why Most Published Research Findings Are False」(PLoS Medicine 第2巻)
  13. オープン・サイエンス・コラボレーション(2015)「Estimating the Reproducibility of Psychological Science」(Science 第349巻)
  14. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
  15. 環境省「熱中症予防情報サイト(暑さ指数 WBGT)」
  16. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  17. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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