生命・健康・心理・教育公衆衛生学

公園と身体活動——緑地アクセスと健康格差の公衆衛生学

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:公衆衛生学 公開・更新 2026-08-17 本文 約20,562字 読了目安 37分

要旨

本稿の目的は、公衆衛生学の立場から都市公園を「身体活動を生む環境」として捉え直し、公園へのアクセスが人々の身体活動量や健康とどのように関わるとされているか、そしてその関わりが社会経済的な条件によってどのように偏るのかを整理することである。方法は文献整理と概念分析であり、世界保健機関(WHO)の身体活動・座位行動ガイドライン(2020)、厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」、文部科学省の「幼児期運動指針」(2012)といった公的指針の一般論を出発点に、ジェフリー・ローズの予防医学の戦略論、健康の社会的決定要因論、社会生態学的モデルという公衆衛生学の基本概念を公園という対象に当てはめる。

検討の結果、次の見通しが得られた。第一に、公園への近さや園数の多さは身体活動量の多さと関連する傾向を示す研究群が国内外にあるが、その関連の強さは年齢層・公園の質・気候・文化によって異なり、断定的な数値で語ることはできない。第二に、緑地の分布は所得や地域の条件によって偏りうるため、公園は健康格差を縮める資源にも、広げる資源にもなりうる。第三に、幼児期の外遊びと高齢期の歩行という二つの局面において、家から歩いて行ける小さな公園の意味は特に大きいと考えられる。第四に、公衆衛生学が重視するのは個人の意志に訴えることではなく「環境を変えて行動を変える」ことであり、公園はその代表的な手段である。ただし公園があるだけでは人は動かず、質・安全・気候・プログラムが伴って初めて活動の場になる。

最後に、磐田市の都市公園100園(街区公園51園・近隣公園14園など)を、徒歩圏の身体活動資源として読み直し、種別・地区・健康遊具の有無といったデータから見える偏りと可能性を示す。当サイトの現地踏査は始まっていないため、園路の歩きやすさや実際の利用のされ方については今後の踏査課題として残す。

キーワード身体活動緑地アクセス健康格差予防医学の戦略社会生態学的モデル外遊び高齢者の歩行

1. はじめに——問題の所在

「体を動かすことは健康によい」という言葉に反対する人はほとんどいない。ところが「では、なぜ人は体を動かさないのか」と問いを裏返すと、答えは急に難しくなる。意志が弱いからか、時間がないからか、それとも、そもそも動く場所がないからか。公衆衛生学(パブリック・ヘルス)は、この最後の問い——人の行動を左右する環境の側——に長く注目してきた学問である。個人の意志に訴える健康教育だけでは集団全体の行動はなかなか変わらず、歩きやすい道、安全な広場、近くの公園といった環境の条件が、知らないうちに人の一日の動き方を決めている、と考えるのである。

この視点から見ると、都市公園は単なる憩いの場や子どもの遊び場ではない。それは、地域に住む人々の身体活動(からだを動かすことの総称。運動だけでなく、歩くこと、遊ぶこと、庭仕事なども含む)を生み出す環境資源である。公園が家から近ければ人はよく歩き、よく遊び、その積み重ねが集団としての健康水準に影響しうる。逆に公園が遠ければ、あるいは近くにあっても使いにくければ、その地域の人々の身体活動は知らず知らずのうちに抑えられる。公衆衛生学が公園を論じる理由は、まさにこの点にある。

本稿の問いは次の四つである。第一に、身体活動と健康の関係について、世界保健機関(WHO)や厚生労働省などの公的指針は何を一般論として述べているのか。第二に、公園へのアクセス(近さ・数・入りやすさ)と身体活動量の関連を扱う研究群は、どのような傾向を示しているのか。第三に、緑地の分布は誰にとって有利で誰にとって不利なのか、すなわち公園は健康格差とどう関わるのか。第四に、幼児期の外遊びと高齢期の歩行という、人生の両端の局面で公園はどのような役割を果たしうるのか。これらを通して、公衆衛生学に固有の「環境を変えて行動を変える」という発想が、公園という対象にどこまで当てはまるかを検討する。

歩く走る原っぱ健康
図1公衆衛生学は公園を「身体活動を生む環境」として見る。歩く・走る・遊ぶ場所が近くにあることが、集団の健康水準に静かに関わるという見立てである。

1.1 方法と立場

方法は文献整理と概念分析である。WHOの身体活動・座位行動ガイドライン(2020)、5歳未満の子どもに関するWHOガイドライン(2019)、厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」、文部科学省の「幼児期運動指針」(2012)といった公的指針を一般論の出発点とし、ジェフリー・ローズの『予防医学のストラテジー』(1992)、マイケル・マーモットらの健康の社会的決定要因論、ブロンフェンブレンナーに由来する社会生態学的モデルという公衆衛生学の基本概念を公園に当てはめる。公園と身体活動の関連を扱う個別の研究については、確実に存在するものだけを名前で挙げ、それ以外は「研究群」として傾向を述べるにとどめる。

本稿は数値の断定を避ける。公園の近さが身体活動を何パーセント増やす、緑地が死亡率を何割下げる、といった値は、研究の対象地域・年齢層・測り方によって大きく異なり、一つの数字として磐田市に持ち込むことはできないからである。本稿で述べるのは「〜という傾向を示す研究群がある」「〜とされる」という水準の知見であり、個々の読者の健康に関する判断は医療機関や保健の専門職に委ねられるべきものである。

また、当サイト(ATAWI PARK)は磐田市の公園100園のデータベースであるが、現地踏査はまだ始まっていない。したがって本稿で磐田市の公園について述べることは、市のオープンデータと施設ガイドから読み取れる範囲——園数・種別・面積・地区・遊具や健康遊具の記載——に限られる。園路の歩きやすさ、ベンチの配置、実際に誰がどのように使っているかといった、公衆衛生学的にはむしろ重要な事柄は、今後の踏査で確かめる課題として明示する。

1.2 本稿の構成

第2節で公衆衛生学の基本概念と公的指針を整理し、身体活動の目安を表にまとめる。第3節で公園アクセスと身体活動量の関連を扱う研究群の傾向を検討し、第4節で緑地の分布と健康格差の関係を論じる。第5節で幼児期の外遊びを、第6節で高齢者の歩行を、それぞれ公園との関わりから検討する。第7節で「環境を変えて行動を変える」という発想を取り出し、「公園を作っても人は動かない」という反論に応答する。第8節で磐田市の公園100園への示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題を示す。読者としては、磐田市周辺の子育て世代、行政や地域保健の関係者、公園や健康づくりに関心をもつ学生を想定し、専門用語は初出のたびに説明する。

2. 先行研究と概念の整理

2.1 公衆衛生学の見方——ローズの「予防医学の戦略」

公衆衛生学は、個人ではなく集団の健康を扱う学問である。臨床医学が目の前の一人の患者を診るのに対し、公衆衛生学は「この地域の人々全体の健康水準をどう上げるか」を問う。イギリスの疫学者ジェフリー・ローズは『予防医学のストラテジー』(1992)で、この違いを二つの戦略として整理した。一つは、病気になりやすい少数の人を見つけて集中的に働きかけるハイリスク戦略、もう一つは、集団全体の分布を少しずつ望ましい方向にずらすポピュレーション戦略である。

ローズが強調したのは、集団全体を少し動かすことの力である。多くの病気は「ごく少数のハイリスク者」からではなく、「わずかにリスクの高い大多数」から生じるため、大多数の行動を少しだけ変える方が、集団としては大きな効果をもつことがある。ただし一人ひとりにとっての利益は小さく、実感しにくい。ローズはこれを「予防のパラドックス」と呼んだ。公園はこのポピュレーション戦略の道具として理解できる。特定の人に運動を命じるのではなく、地域の誰もが日常の中で少し多く歩き、少し多く遊ぶ環境を整えることで、集団全体の身体活動の分布をずらそうとする発想である。

2.2 健康の決定要因——ラロンド報告からオタワ憲章、社会的決定要因へ

健康が医療だけで決まらないという考え方は、公衆衛生学の中で段階的に形をなしてきた。カナダ保健福祉省の「ラロンド報告」(1974)は、健康を左右する領域として、生物学的要因・環境・生活習慣・保健医療の四つを並べ、医療以外の三つが軽視されてきたと指摘した。WHOの「オタワ憲章」(1986)はヘルスプロモーション(人々が自らの健康をコントロールし改善できるようにする過程)を掲げ、その柱の一つに「健康を支援する環境づくり」を置いた。健康的な選択が「たやすい選択」になるように環境を整える、という考え方はここに由来する。

さらにWHOの健康の社会的決定要因委員会は、マイケル・マーモットを委員長として2008年に最終報告書「一世代のうちに格差をなくそう」をまとめ、所得・教育・仕事・住まい・近隣環境といった社会的条件が健康の差を生む主要な要因であると整理した。マーモット自身の『健康格差』(2015)は、健康は社会の階段(勾配)に沿って段階的に異なる——最も貧しい層だけが不健康なのではなく、上から下まで少しずつ差がある——ことを示している。公園や緑地の分布はこの「近隣環境」の一部であり、健康格差論の対象となる。

2.3 社会生態学的モデル——行動は入れ子の環境の中で起こる

身体活動の研究で広く使われるのが社会生態学的モデルである。もとは発達心理学者ユリー・ブロンフェンブレンナーが『人間発達の生態学』(1979)で示した、人は家庭・学校・地域・社会制度という入れ子状の環境の中で育つという見方であり、これを健康行動に応用したものである。ジェームズ・サリスらは2006年の総説で、身体活動は個人の要因(年齢・意欲・体力)だけでなく、対人関係(家族・仲間)、物理的環境(公園・歩道・交通)、政策(都市計画・予算)という複数の層の影響を同時に受ける、と整理した。公園は「物理的環境」の層に位置し、政策の層(公園をどこに何園置くか)によって形づくられ、対人関係の層(誰と行くか)を通して個人の行動に働きかける。

このモデルが公園論に与える含意は二つある。一つは、公園の効果を個人の変化だけで測ってはならないということである。公園という物理的環境は、家族や仲間という対人関係の層を経由して初めて個人の行動に届くことが多く、同じ公園でも「誘い合える相手」がいる人といない人では意味が異なる。もう一つは、公園整備が都市計画・予算・維持管理という政策の層の産物である以上、身体活動の議論は最終的に「どこに・何を・どの質で置くか」という配置と管理の議論に接続する、ということである。本稿の第8節が磐田市の公園の配置データを扱うのは、この接続を具体的に示すためである。

個人対人関係物理環境政策
図2社会生態学的モデル。身体活動は個人・対人関係・物理的環境・政策という入れ子の層の中で起こる。公園は物理的環境の層にあり、政策の層で配置が決まる。

2.4 身体活動の公的指針——一般論としての目安

身体活動と健康の関係については、WHOと国の指針が一般論を整理している。WHOの「身体活動および座位行動に関するガイドライン」(2020)は、成人について中強度の有酸素性身体活動を週150〜300分、または高強度を週75〜150分行うことを推奨し、子ども・青少年(5〜17歳)については1日平均60分以上の中〜高強度の身体活動を推奨する。高齢者にはこれに加えてバランスと筋力を含む多要素の運動を週3日以上行うことを勧める。5歳未満については別のガイドライン(2019)があり、3〜4歳では1日合計180分以上の様々な身体活動(うち60分以上は中〜高強度)が望ましいとされる。座位時間を減らすこと、少しの活動でも「何もしないよりよい」ことも、これらの指針が繰り返し強調する点である。

日本では厚生労働省が「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」で、成人には歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日60分以上(1日約8,000歩以上に相当)、高齢者には1日40分以上(約6,000歩以上)を目安とし、こどもについては中〜高強度の身体活動を1日60分以上という参考値を示している。文部科学省の「幼児期運動指針」(2012)は、幼児は「毎日、合計60分以上、楽しく体を動かすことが望ましい」とし、遊びを中心とした多様な動きの経験を重視する。これらはいずれも集団に向けた一般的な目安であり、個々人の状況に応じた判断は医療機関や保健の専門職に委ねられる。

対象WHO(2019・2020)の目安国の指針(厚生労働省2023・文部科学省2012)の目安
幼児(3〜4歳)1日合計180分以上の身体活動(うち60分以上は中〜高強度)毎日合計60分以上、楽しく体を動かす(幼児期運動指針)
子ども・青少年(5〜17歳)1日平均60分以上の中〜高強度の身体活動中〜高強度の身体活動を1日60分以上(参考値)
成人中強度を週150〜300分、または高強度を週75〜150分歩行またはそれ以上を1日60分以上(約8,000歩以上)
高齢者成人と同じ目安に加え、バランス・筋力を含む多要素運動を週3日以上1日40分以上(約6,000歩以上)、多要素の運動を週3日以上

これらの目安が公園論にとって重要なのは、その内容が「歩く・遊ぶ・体を動かす」という、公園でごく普通に行われることそのものだからである。ジムや競技場でなくとも、幼児が原っぱを走り回り、大人が公園まで歩き、高齢者が園路を巡ってベンチで休むことは、指針が想定する身体活動の中に含まれる。次節では、公園という環境がこうした活動をどの程度引き出すのか、研究群の傾向を検討する。

3. 環境要因としての公園アクセス——身体活動量との関連

3.1 「アクセス」を三つに分ける

公園と身体活動の関連を扱う研究は、まず「公園へのアクセス」という言葉を分解するところから始まる。ベディモ=ラングらは2005年の論文で、公園が身体活動と健康に結びつく道筋を概念モデルとして整理し、公園の設備(遊具・園路・広場)、状態(手入れ・清潔さ)、アクセス(距離・入口・交通)、景観(緑・見た目)、安全(見通し・交通・犯罪への不安)、方針(開園時間・利用規則)といった要素を挙げた。本稿ではこれを簡略化し、アクセスを(1)近さ、(2)量、(3)質の三つの側面で捉える。

「近さ」は、住まいから最寄りの公園までの距離や所要時間である。「量」は、一定の範囲内にある公園の数や合計面積である。「質」は、その公園に何があり、どのような状態にあり、どれだけ安心して使えるかである。この三つは互いに独立していない。近くに公園が一つあっても、そこが草の伸びた空き地同然であれば人は行かない。逆に、少し遠くても質の高い公園があれば人はわざわざ歩いて出かける。研究群の結果がしばしば食い違うのは、どの側面をどう測ったかが研究ごとに異なるためでもある。

3.2 研究群が示す傾向

国内外の研究群を概観すると、おおむね次の傾向が繰り返し報告されている。第一に、住まいの近くに公園がある人、あるいは一定の範囲に公園が多い人ほど、身体活動量が多い、または公園をよく利用する傾向がある。第二に、この関連は特に子どもと高齢者で見えやすい。自分で車を運転せず、行動範囲が徒歩圏に限られる層ほど、近くの公園の有無が日々の活動を左右しやすいからだと解釈されている。第三に、公園の「質」——遊具や園路、木陰やトイレの有無、安全と感じられるか——が、単なる距離や面積以上に利用を左右するという知見が積み重なっている。

サリスらの2006年の総説は、こうした知見を社会生態学的モデルの中に位置づけ、公園・歩道・土地利用の混在といった近隣環境の要素が、個人の意欲とは別に身体活動と関連することを示した。ただし、これらの研究の多くは横断研究(ある一時点で環境と行動を同時に測る研究)であり、公園が活動を増やしたのか、活動的な人が公園の近くに住むのかを、それだけでは区別できない。この因果の問題は第7節で改めて扱う。ここでは、関連の存在は多くの研究が支持するが、その大きさは対象・地域・測り方によって幅がある、と押さえておく。

第四に、アクセスの効果は「あるかないか」だけでなく「知っているか」「安心か」という認知の層を通って現れることも指摘されている。近くに公園があっても、その存在や中の設備を知らなければ利用は生まれず、治安や交通への不安があれば距離が近くても心理的には遠い。研究群では、客観的な距離と本人が感じている距離(主観的アクセス)が食い違うこと、そして行動と強く関連するのはしばしば後者であることが報告されている。公園の情報を整理して届けること——当サイトのようなデータベースの仕事もここに含まれる——は、地味ではあるが、認知の層に働きかけるアクセス改善の一部である。

近さ数と面積
図3公園アクセスの三側面。近さ・量・質はそれぞれ身体活動と関連する傾向を示すが、研究群の中では「質」の重みが繰り返し指摘されている。

3.3 誘致距離という日本の制度的な物差し

日本の都市公園制度は、公園の「近さ」について制度上の目安をもっている。都市公園法施行令と国土交通省の標準では、街区公園は面積0.25haを標準とし誘致距離250m、近隣公園は2haで500m、地区公園は4haで1kmとされる。誘致距離とは、その公園が主に利用者を集める範囲の半径であり、街区公園なら「歩いて数分の家々のための公園」、地区公園なら「自転車や少し長い徒歩で来る範囲の公園」という位置づけになる。

この制度は、公衆衛生学の研究群が用いる「住まいから公園までの距離」という指標と、偶然にもよく対応している。街区公園の250mは、幼児を連れた保護者や、杖をついた高齢者にとっても現実的に歩ける距離として設計された数字であり、研究群が子どもや高齢者で近さの効果を見出しやすいという知見と整合する。もっとも、誘致距離はあくまで計画上の目安であって、実際の道路の形や坂、横断の危険によって、地図上の250mが体感では遠くも近くもなる。この点は踏査でしか確かめられない。

3.4 目的地としての公園、経路としての公園

最後に見落とされやすい点を一つ挙げる。公園が身体活動を生むのは、園内で遊ぶ・歩く場合だけではない。公園まで歩いて行くこと自体が身体活動であり、公園を通り抜けることも活動である。緑道や河川敷の公園は、目的地というより通勤・通学・散歩の経路として使われることが多く、この「経路としての公園」の寄与は、園内の観察だけでは見えにくい。公衆衛生学が公園を評価するときは、園内の活動と、公園に向かう・公園を通る活動の両方を視野に入れる必要がある。次節では、こうしたアクセスが地域によって偏るとき何が起こるかを検討する。

4. 健康格差と緑地の分布——公園は誰の近くにあるか

4.1 健康格差という問い

健康格差とは、所得・学歴・職業・居住地域といった社会的条件の違いに応じて、健康状態に系統的な差が生じることをいう。第2節で触れたマーモットの整理によれば、この差は「貧しい人だけが不健康」という単純なものではなく、社会の階段の上から下まで段階的に生じる勾配として現れる。公衆衛生学は、この勾配を生む要因の一つとして近隣環境——住んでいる場所の物理的・社会的な条件——に注目してきた。公園や緑地の分布は、まさにこの近隣環境の一部である。

公園と健康格差の関係を問うことは、二つの問いに分かれる。第一に、公園や緑地は社会的条件によって偏って分布しているのか。第二に、公園や緑地の存在は、社会的条件による健康の差を縮めるのか、それとも広げるのか。前者は分布の問い、後者は効果の問いである。

4.2 分布の偏り——緑は平等ではない

欧米の都市を対象とした研究群では、所得の高い地区ほど樹木や緑地が多く、所得の低い地区ほど緑が少ない、あるいは公園があっても質が低い、という傾向が繰り返し報告されている。これは歴史的な土地利用や住宅市場、公共投資の偏りが積み重なった結果と解釈される。ただし、この傾向を日本の地方都市にそのまま当てはめることはできない。日本では、農地や山林の多い郊外や旧来の集落には「緑」は多いが「都市公園」は少なく、逆に新しく開発された住宅団地には開発時に街区公園が計画的に配置される、という別の型の偏りが生じやすい。緑の量と公園の数は別のものであり、格差の現れ方も地域の成り立ちによって異なる。

もう一つ重要なのは、分布の偏りが種別によって異なる可能性である。車で出かける大規模な総合公園や運動公園は、車を持つ世帯や時間に余裕のある人にとってはアクセスしやすいが、車を持たない世帯、幼児を連れた保護者、運転をやめた高齢者にとっては遠い。これに対して、徒歩圏に配置される街区公園や近隣公園は、こうした移動手段の差を比較的受けにくい。つまり、同じ「公園面積」でも、それが少数の大公園に集中しているか、多数の小公園に分散しているかで、誰にとってのアクセスかが変わる。

社会の勾配緑地の分布格差の増減
図4健康格差と緑地。社会的条件の勾配に沿って緑地が偏れば格差は広がりうるが、徒歩圏の緑地は勾配による差を和らげる方向に働くとする研究がある。

4.3 効果の問い——格差を縮める環境

効果の問いについて、よく引かれるのがミッチェルとポパムが2008年にランセット誌に発表したイングランドの研究である。彼らは居住地域の緑地の多さと所得による死亡率の差を照らし合わせ、緑地の多い地域では所得による健康の差が小さい傾向を報告した。この結果は「緑地は健康格差を縮める方向に働きうる」という仮説を支え、その後、緑地のように格差を縮める環境の性質を指す言葉が提案されるきっかけともなった。ただし、これは一時点の観察研究であり、なぜそうなるのか(身体活動が増えるからか、ストレスが和らぐからか、人づきあいが増えるからか)は複数の道筋が考えられ、確定していない。

格差を縮める道筋として公衆衛生学が注目するのは、緑地や公園が無料で、誰でも、予約なしに使える点である。ジムや習い事は費用と手続きの壁があり、その壁は所得の低い層により重くのしかかる。公園にはその壁がない。所得の高い層は公園がなくても他の手段で身体活動を確保できるが、所得の低い層にとっては公園が数少ない選択肢になりうる。したがって、同じ公園が近くにあることの意味は、社会的条件の低い層でより大きいと考えられ、それが格差を縮める方向に働くと解釈される。

4.4 格差を広げる可能性——質と「緑の高級化」

一方で、公園が格差を広げる方向に働く可能性も指摘されている。第一に、公園のが地域によって偏れば、名目上の公園数が同じでも実質的なアクセスは不平等になる。第二に、大規模で魅力的な公園の整備が周辺の地価や家賃を押し上げ、もともと住んでいた所得の低い層が住み続けにくくなる現象が欧米の都市で議論されている。これは「緑の高級化(グリーン・ジェントリフィケーション)」と呼ばれる。日本の地方都市でこの現象がどの程度当てはまるかは慎重に見る必要があるが、「公園を作れば自動的に格差が縮まる」とは言えない、という戒めとして受け止めるべきである。

格差の観点からもう一つ付け加えるべきは、時間の格差である。公園は無料だが、公園に行くには時間がいる。長時間労働の世帯、ひとり親の世帯、介護と育児が重なる世帯では、子どもを公園に連れて行く時間そのものが乏しい。この場合、公園が遠いことは時間の乏しさをさらに増幅する。家から数分の街区公園と、車で出かける大公園の違いは、時間に余裕のある世帯には小さいが、余裕のない世帯には大きい。徒歩圏の小さな公園を重視する本稿の立場は、金銭の格差だけでなく時間の格差への配慮でもある。

日本の政策文書もこの論点を意識している。厚生労働省の「健康日本21(第三次)」(2023)は基本的な方向の一つに「健康格差の縮小」を掲げ、あわせて「自然に健康になれる環境づくり」——本人が意識しなくても健康的な行動をとりやすい環境を整えること——を打ち出した。公園はその環境の代表例であるが、どこに、どの種別を、どの質で置くかを問わなければ、格差の縮小にはつながらない。次節以降では、この「誰にとっての公園か」を、幼児と高齢者という二つの層に絞って具体化する。

5. 幼児期の外遊びと運動習慣——人生の入口の身体活動

5.1 幼児期の身体活動はなぜ特別か

公衆衛生学が幼児期の身体活動を重視する理由は二つある。第一に、幼児期は多様な動き——走る、跳ぶ、登る、ぶら下がる、投げる、バランスをとる——を身につける時期であり、この時期の動きの経験がその後の運動能力と運動への好き嫌いの土台になるとされる。文部科学省の「幼児期運動指針」(2012)は、特定のスポーツの早期訓練ではなく、遊びを中心とした多様な動きの経験を毎日合計60分以上確保することを勧めている。第二に、行動の習慣は幼児期に形づくられ始め、体を動かすことが当たり前である生活とそうでない生活の分かれ目は、本人が選択できる年齢よりずっと前に始まると考えられている。

WHOの5歳未満児ガイドライン(2019)も同じ方向を向いている。3〜4歳では1日合計180分以上の様々な強度の身体活動が望ましく、座ったまま画面を見る時間は1日60分以内が望ましいとされる。注目すべきは、このガイドラインが身体活動・座位行動・睡眠を一体のものとして扱う点である。外でよく遊んだ日はよく眠り、よく眠れば翌日また活発に動ける。幼児の一日は24時間の配分の問題であり、外遊びの時間はその配分の要に位置する。

5.2 外遊びの環境条件——「行ける場所」がなければ始まらない

幼児の身体活動には、成人と決定的に違う条件がある。幼児はひとりでは行けないということである。幼児の外遊びは、保護者や祖父母が連れて行ける範囲、すなわち大人の徒歩圏・ベビーカー圏で行われる。したがって、幼児の身体活動の環境条件とは、実質的には「保護者が幼児を連れて日常的に通える場所があるか」という問いになる。ここで、誘致距離250mを標準とする街区公園の制度設計が意味をもつ。ベビーカーを押して、あるいはよちよち歩きの子と手をつないで移動できる距離には限りがあり、家から近いことは幼児の外遊びにとってほとんど絶対的な条件である。

研究群では、近くに公園や遊び場がある子ども、庭や路地など安全に遊べる屋外空間をもつ子どもほど、外遊びの時間が長い傾向が報告されている。また、保護者が近隣を安全と感じているかどうか——交通量、見通し、人の目——が、子どもを外に出すかどうかの判断を左右することも繰り返し指摘されている。つまり幼児の外遊びは、公園の有無という物理的条件と、保護者の安心という心理的条件の両方がそろって初めて成り立つ。遊具の安全については国土交通省の「都市公園における遊具の安全確保に関する指針」(改訂第3版・令和6年6月)が、子どもの遊びには挑戦(リスク)が伴うことを認めつつ、遊具の構造や維持管理に起因する見えない危険(ハザード)を除くことを管理者に求めており、この区別は保護者の安心の制度的な支えでもある。

よちよち期大人と一緒遊具毎日60分
図5幼児の外遊びは大人の徒歩圏でしか起こらない。近くの公園・同伴する大人・遊べる設備・毎日の時間という条件がそろって初めて成立する。

5.3 「体力の二極化」と環境の役割

日本では、よく動く子とほとんど動かない子への二極化が幼児期からすでに見られる、という指摘が幼児期運動指針の背景にある。二極化は、意欲の差というより環境の差——近くに遊び場があるか、連れて行く大人に時間の余裕があるか、きょうだいや遊び仲間がいるか——の反映として理解すべき面が大きい。ローズのポピュレーション戦略の考え方に立てば、対策は「動かない子を見つけて教室に通わせる」ことよりもまず、「どの家の近くにも、毎日気軽に行ける遊び場がある」状態を作ることになる。

ここで、公園の設備の細部が効いてくる。幼児にとっての公園の使いやすさは、面積の広さよりも、幼児用滑り台や砂場といった年齢に合った遊具、ベビーカーで入れる入口、おむつ替えのできるトイレ、木陰とベンチといった同伴者のための設備に依存する。保護者が長く滞在できる公園ほど幼児の遊び時間も長くなる、という関係が想定されるからである。幼児の身体活動の環境を評価するとは、幼児本人の目線と、連れて行く大人の目線の両方で公園を見ることにほかならない。

また、幼児期の身体活動を「体力づくり」だけに切り詰めない視点も必要である。幼児期運動指針が「楽しく体を動かす」と表現するとおり、幼児にとって動くことは遊びであり、遊びは本人にとって目的そのものである。公衆衛生学の言葉でいえば、幼児期に「動くことは楽しい」という経験を積むことが、生涯にわたる身体活動の内発的な動機の土台になると考えられている。訓練として課された運動は環境や指導者が変われば途切れるが、遊びとして身についた活動は場所を変えても続きやすい。公園が提供すべきなのは効率のよい運動プログラムではなく、子どもが自分から動き出したくなる多様な仕掛け——登れるもの、滑れるもの、掘れる砂、走れる広さ——である。

5.4 外遊びをめぐる不安への応答

外遊びには、暑さ、虫、けが、感染症など、保護者の不安の種も多い。公衆衛生学の立場からは、これらは外遊びをやめる理由ではなく、条件を整える課題として扱われる。夏季の暑さについては環境省の暑さ指数(WBGT)の情報が公開されており、時間帯を選ぶ・木陰を使う・水分をとるといった対応の目安になる。けがについては前述の遊具指針が、リスクとハザードの区別に基づく点検と管理を定めている。個々の子どもの健康状態に関わる判断は、かかりつけの医療機関に相談すべきことである。公園の側にできるのは、木陰・水道・清潔なトイレ・点検された遊具といった、不安を減らす条件を積み上げることであり、それはそのまま公園の「質」の問題である。

6. 高齢者の歩行と公園——人生の後半の身体活動

6.1 高齢期の身体活動——歩くことが中心になる

高齢期の身体活動の中心は歩行である。WHOのガイドライン(2020)は高齢者にも成人と同じ有酸素性身体活動の目安を示しつつ、転倒予防の観点からバランスと筋力を含む多要素の運動を週3日以上加えることを勧める。厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は高齢者について1日40分以上(約6,000歩以上)を目安とする。これらの指針が想定する活動——散歩、体操、庭仕事、買い物への歩行——は、いずれも特別な施設を必要とせず、住まいの近くの道と公園で足りるものである。だからこそ、近隣環境の質が高齢者の活動量を左右する度合いは大きい。

高齢期の身体活動には、体力の維持だけでない意味がある。歩いて出かけることは、人と会い、言葉を交わし、季節を感じる機会でもあり、閉じこもりの予防、気分の維持、認知機能の面からも重要とされる。公園は、歩行の目的地であると同時に、途中で休み、人と行き合う中継点でもある。高齢者にとっての公園は「運動施設」というより、外出という行動全体を支える足場として理解する方が実態に近い。

6.2 歩ける緑地と高齢者の健康——日本発の知見

この主題では、日本発の研究がよく知られている。高野健人らが2002年に発表した研究は、東京の高齢者を数年間追跡し、住まいの近くに歩ける緑地や並木のある人ほど、その後の生存率が高い傾向を報告した。これは一つの観察研究であり、緑地そのものの効果か、緑地の多い地域に住む人の他の条件かを完全には切り分けられないが、「歩ける緑地(walkable green space)」という概念を国際的な研究群に押し出した点で重要である。以後、高齢者の歩行量・外出頻度と近隣の緑地・公園の関連を扱う研究が国内外で積み重なり、おおむね正の関連の傾向が報告されている。

WHOも都市環境と高齢者の関係を政策課題として扱っている。「Global Age-friendly Cities: A Guide」(2007)は、高齢者にやさしい都市の条件の筆頭に「屋外空間と建物」を置き、緑地・休める場所・平らで滑りにくい歩道・安全な横断・清潔なトイレといった具体的な項目を挙げた。これは高齢者の外出が、意欲ではなく環境の細部——段差一つ、ベンチ一つ——でつまずくという認識に基づいている。

高齢者毎日の歩行休める場所健康遊具
図6高齢者の身体活動は歩行が中心。歩ける距離の公園、途中で休めるベンチ、体をほぐす健康遊具が、外出という行動全体を支える。

6.3 高齢者にとっての公園の質——ベンチ・トイレ・健康遊具

幼児にとっての公園の質が幼児用遊具と同伴者の設備で決まるように、高齢者にとっての公園の質も固有の細部で決まる。第一に休める場所である。休憩なしで歩ける距離には個人差が大きく、ベンチや東屋が適当な間隔であることは、歩行圏をそのまま広げる。第二にトイレである。外出先のトイレへの不安は外出そのものを抑制する要因になるとされ、公園の多目的トイレは高齢者の外出の安心材料になる。第三に健康遊具である。ぶら下がり、背伸ばし、足つぼ歩行といった器具は、指針が勧める多要素の運動——バランス・柔軟・筋力——を屋外で気軽に行う道具として位置づけられる。

また、高齢者の公園利用は時間帯の面で他の層と補い合う関係にある。早朝の体操やラジオ体操、平日昼間の散歩は、子どもの利用が少ない時間帯に公園を活かす使い方であり、同じ一つの公園が一日の中で幼児の公園にも高齢者の公園にもなる。公園の身体活動資源としての価値を評価するときは、ある一瞬の利用者数ではなく、一日・一年を通じてどれだけ多様な層の活動を受け止めているかを見る必要がある。

さらに、高齢者の公園利用は身体活動と社会参加が分かちがたく結びつく点に特徴がある。散歩の途中で顔見知りと立ち話をする、体操の会で週に何度か顔を合わせる、孫を連れて遊びに来る——こうした利用では、歩くことと人に会うことが同じ一回の外出の中で同時に起こっている。閉じこもりの予防という観点からは、この「ついでに人に会える」性質こそが公園の強みであり、自宅での運動や運動器具では代替しにくい部分である。高齢者にとっての公園の質を評価するときは、体を動かす設備だけでなく、人が滞在し、行き合い、言葉を交わしやすい構え——ベンチの向き、日陰の広さ、見通し——も含めて見る必要がある。

6.4 運転をやめたあとの徒歩圏

地方都市では、高齢期の生活は車の運転に支えられていることが多い。しかし加齢とともに運転をやめる時期はいずれ訪れ、そのとき生活圏は一気に徒歩圏へ縮む。車があれば遠くの大きな公園にも行けるが、運転をやめた後に頼れるのは、家から歩いて行ける範囲の環境だけである。誘致距離250mの街区公園、500mの近隣公園という配置の思想は、この「運転をやめたあとの徒歩圏」にとって、幼児連れの保護者に対するのと同じくらい重要な意味をもつ。公園の配置を身体活動の観点から評価することは、車を使えるうちには見えない将来の生活圏を、あらかじめ評価しておくことでもある。判断の個別の局面——運転をやめる時期や、どの程度の運動が適切か——は、本人と家族が医療機関や関係機関と相談して決めることであり、公園にできるのはその後の受け皿を用意しておくことである。

7. 「環境を変えて行動を変える」——反論への応答

7.1 反論——公園を作っても人は動かない

本稿の議論に対しては、当然の反論がある。「公園はすでにある。それでも動かない人は動かない。環境のせいにするのは、個人の責任から目をそらすことではないか」。実際、利用者のほとんどいない公園は珍しくなく、公園の新設や改修が地域の身体活動量を目に見えて変えたとは言いがたい事例も報告されている。環境を変えれば行動が変わる、という命題は、そのままでは楽観的にすぎる。

この反論には三つの水準で応答できる。第一に、因果の向きの問題を正面から認めることである。第3節で述べたとおり、公園アクセスと身体活動の関連を示す研究の多くは横断研究であり、活動的な人が緑の多い場所を選んで住んでいる可能性(自己選択)を排除できない。ただし、転居前後の行動変化を追う研究や、公園の改修前後を比較する研究のように、因果に近づく設計の研究群も蓄積されつつあり、環境の効果を支持する結果と支持しない結果が混在しながらも、全体としては「環境は行動の条件の一つとして効く」という穏当な結論に向かっている。

7.2 応答——環境は十分条件ではなく前提条件である

第二の応答は、命題の立て方を修正することである。「公園を作れば人が動く」は誤りだが、「近くに使える公園がなければ、動こうとしても動けない」は正しい。環境は行動の十分条件ではなく前提条件である。オタワ憲章の言い方を借りれば、環境づくりの目標は健康的な選択を「たやすい選択」にすることであって、選択そのものを代行することではない。公園が近くにあることは、外遊びや散歩という選択肢の値段——時間・手間・気力——を下げる。値段が下がっても買わない人はいるが、値段が高ければ買える人はさらに減る。ポピュレーション戦略が狙うのは、この値段を集団全体にとって下げることである。

第三の応答は、環境と働きかけの組み合わせである。研究群では、公園の整備単独よりも、公園とプログラム——体操の会、遊びのイベント、ウォーキングの仲間づくり——を組み合わせたときに利用と活動が増える傾向が報告されている。社会生態学的モデルの言葉でいえば、物理的環境の層と対人関係の層は掛け算の関係にあり、どちらか一方だけでは効果が出にくい。公園は舞台であり、舞台だけでは芝居は始まらないが、舞台がなければ芝居は打てない。

場がある誘いがある動き出す
図7環境は前提条件。公園という場と、体操の会や遊び仲間といった人の誘いが組み合わさったとき、行動は変わりやすいとされる。

7.3 個人責任論への公衆衛生学の答え

「動かないのは本人の責任だ」という個人責任論に対して、公衆衛生学は道徳論ではなく分布の観察で答える。もし身体活動が純粋に個人の意志の問題なら、活動量が所得・学歴・居住地域と系統的に関連する理由を説明できない。意志の強さがたまたま所得の高い地区にばかり分布するとは考えにくく、観察される勾配は、時間の余裕・安全な環境・移動手段・周囲の習慣といった条件の差を映していると見るのが自然である。ローズの言葉でいえば、個人の行動の原因と、集団の分布の原因は別の問いであり、公衆衛生学が担当するのは後者である。個人への助言や治療は臨床の仕事であり、両者は対立ではなく分業の関係にある。

この分業の観点から公園を見直すと、公園整備は「運動嫌いを矯正する装置」ではなく、「動きたい人・動いてもよい人が実際に動ける条件」を地域に等しく敷く仕事だとわかる。効果はすぐに個人の目に見える形では現れない。予防のパラドックスのとおり、一人ひとりにとっての利益は小さく、集団の統計の上にゆっくり現れる類のものである。だからこそ、公園の価値は目先の利用者数だけでは測れず、長い時間軸と集団の視点を要する。この視点を欠くと、公園整備は「使われていないから無駄」という短い評価に流されやすい。

なお、身体活動の議論では「動くこと」と対になる座位行動——座ったり横になったりして過ごすこと——の観点も欠かせない。WHOの2020年ガイドラインは、身体活動を増やすことと並んで座位時間を減らすことを独立の勧告として掲げた。座位時間の多くは家の中と画面の前で生じるため、外に出る理由があること自体が座位行動対策になる。公園は、運動をする場所である前に「家の外に出る理由」であり、散歩の行き先、子どもにせがまれる場所、天気のよい日に思い立つ場所として、座位の連続を断ち切る役割をもつ。この観点でも、遠くの立派な公園より、思い立ってすぐ行ける近くの公園の方が有利である。

7.4 環境介入の倫理——押しつけとの境界

最後に、環境を変えて行動を変えるという発想そのものへの倫理的な問いに触れておく。環境介入は、本人が気づかないうちに行動を誘導する面をもつため、「健康の押しつけではないか」という批判がありうる。これに対しては、公園という手段の性質が答えの一部になる。公園は何かを禁止したり課金したりするのではなく、選択肢を追加する介入であり、使わない自由が完全に残る。行動経済学でいう、選択の自由を保ったまま望ましい選択を後押しする設計思想に近く、強制を伴う介入とは倫理的な位置づけが異なる。公園に人が来ないことは失敗ではあっても抑圧ではない。この点で、公園は環境介入の中でも最も穏やかな部類に属する。

8. 磐田市の公園への示唆——100園を身体活動資源として読む

8.1 徒歩圏の供給——街区公園51園・近隣公園14園

ここまでの議論を、磐田市の公園に当てはめてみる。当サイトが収録する磐田市の公園は100園(磐田市オープンデータ「都市公園一覧」94行に、市施設ガイドのみに掲載の6園を加えたもの)であり、種別の内訳は街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園などとなっている。本稿の観点から重要なのは、誘致距離250mの街区公園と500mの近隣公園を合わせた65園が全体の約3分の2を占めることである。磐田市の公園の供給は、車で行く大公園型ではなく、家の近くの小公園を多数ばらまく型に大きく傾いている。第3節・第5節・第6節で見たとおり、この型は、車を使えない幼児連れと高齢者の身体活動にとって都合のよい供給の形である。

地区ごとの園数には差がある。9地区の内訳は、豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園である。この数字だけから地区間の「格差」を語ることはできない。地区ごとの人口や面積、住宅の密度、公園以外の緑(農地・河川敷・社寺の境内)の量が異なるからである。しかし第4節の枠組みに立てば、少なくとも「どの地区のどの家からも、歩いて行ける公園があるか」という問いを立てる出発点として、この分布は検討に値する。園数の少ない地区が直ちに不利なのではなく、住宅からの実際の距離と経路の安全を地区ごとに確かめることが次の課題になる。

読み方該当する種別・数(磐田市100園)身体活動の観点からの意味
徒歩圏の小公園街区公園51園・近隣公園14園幼児の外遊びと高齢者の歩行の主な受け皿。誘致距離250〜500m
自転車・車で行く中大公園地区公園4園・総合公園3園・運動公園3園週末の長時間の遊びやスポーツの場。移動手段をもつ層に開かれる
緑の経路・小さな緑都市緑地10園・緑道2園・広場公園2園散歩・通行の経路や休憩点として活動を支える

8.2 設備から見た質——遊具・トイレ・健康遊具

第5節・第6節で述べたとおり、身体活動の観点からの公園の質は設備の細部に宿る。オープンデータのフラグ集計では、94行のうちトイレ有が69園、車いす対応トイレ有が34園、砂場有が43園、遊具有が64園であり、市施設ガイドの記載などから駐車場有と判定できるのは33園である。幼児の外遊びの受け皿という意味では、遊具と砂場をもつ公園が相当数あることが読み取れ、高齢者や同伴の大人の滞在を支えるトイレも7割弱の園にある。一方、車いす対応トイレは3分の1程度であり、バリアフリーの観点からは園ごとの差が大きいことがうかがえる。

高齢者の多要素運動の道具となる健康遊具については、市施設ガイドの記載から、北川瀬公園、中泉グリーンパーク、二子塚公園、磐田ららシティ公園、豊田原新田公園、豊田東原梅ノ木公園などに健康遊具があることが確認できる。また今之浦公園の施設ガイドには、遊びと賑わいのゾーンに複合遊具や3歳未満児遊具、憩いとふれあいゾーンに健康遊具がある旨の記載があり、幼児の遊びと大人の運動を一つの公園で受け止める構成が読み取れる。安久路公園にはインクルーシブエリアのある複合遊具の記載があり、障害の有無にかかわらず遊べる設備への配慮も始まっている。これらは第4節でいう「格差を縮める質」の芽として注目できる。

100園の分布徒歩圏65園健康遊具トイレ69園
図8磐田市の100園を身体活動資源として読む。徒歩圏型の街区・近隣公園が65園を占め、健康遊具やトイレの記載が質の手がかりになる。

8.3 一日と一年の中の公園——時間帯と気候

身体活動資源としての公園は、時間と気候の条件も受ける。第6節で述べた時間帯の補い合い——早朝と平日昼間の高齢者、夕方と休日の子ども——は、磐田市の公園でも当てはまると考えられるが、実際の利用の時間分布は踏査で確かめるべき事柄である。夏季の暑さは静岡県西部でも身体活動の大きな制約であり、環境省の暑さ指数(WBGT)の情報を目安に、時間帯を選ぶこと、木陰のある公園を選ぶことが現実的な対応になる。木陰の量、水道の位置、夏に使える水遊びの場(今之浦公園の施設ガイドには夏季に噴水を運転する旨の記載がある)は、夏の身体活動を左右する質の要素として、踏査項目に含める価値がある。

徒歩圏の小公園が日常の身体活動を受け止める一方で、中大規模の公園は別の役割を担う。地区公園では、市の施設ガイドの記載によれば、安久路公園(御厨・32,001㎡)にサッカーゴールと流れが、兎山公園(御厨・56,193㎡)に野球場やターザンロープ、ローラースケート場があり、走り回る・球技をする・挑戦的な遊具に取り組むといった、高い強度の活動の場になっている。総合公園の竜洋海洋公園(竜洋・221,722㎡)や福田公園(福田・49,620㎡)には運動施設の記載がある。日常の歩行と遊びは徒歩圏の65園が、週末の長時間・高強度の活動は中大公園が受け持つという役割分担は、指針が勧める「多様な強度の身体活動」を地域全体として供給する構図と読める。

8.4 正直な限界——データでわかること、踏査でしかわからないこと

本節の記述はすべて、市のオープンデータと施設ガイドの記載にもとづく机上の読み取りである。公衆衛生学的に本当に知りたいこと——園路は歩きやすいか、ベンチはどこにあるか、実際に誰がいつ活動しているか、暗くなっても安心して通れるか——は、現地でしか確かめられない。当サイトの踏査は始まったばかりで、踏査済の園はまだない。今後の踏査では、本稿の枠組みに沿って、幼児の目線(遊具・砂場・ベビーカー動線)、同伴者の目線(トイレ・木陰・ベンチ)、高齢者の目線(休める間隔・段差・健康遊具)という三つの目線で各園を記録していくことになる。公園の管理に関する問い合わせ先は磐田市都市整備課(電話0538-37-4806)である。

9. 結論と今後の課題

9.1 本稿のまとめ

本稿は、公衆衛生学の立場から都市公園を「身体活動を生む環境」として検討してきた。得られた見通しは次のとおりである。第一に、WHOと国の指針が勧める身体活動——幼児の毎日60分以上の遊び、成人の1日60分程度の歩行相当の活動、高齢者の歩行と多要素運動——は、いずれも公園と徒歩圏の環境で実行できる内容であり、公園は指針と生活をつなぐ結び目に位置する。第二に、公園への近さ・量・質は身体活動量と関連する傾向を示す研究群があるが、関連の大きさは条件によって幅があり、断定的な数値で語るべきではない。第三に、緑地の分布と質の偏りしだいで、公園は健康格差を縮める資源にも広げる資源にもなりうる。無料で誰でも使えるという公園の性質は、格差を縮める方向に働く素質である。

第四に、幼児期の外遊びと高齢期の歩行という人生の両端において、家から歩いて行ける小さな公園の意味は特に大きい。どちらの層も行動範囲が徒歩圏に限られ、環境の細部——幼児用遊具、砂場、ベンチ、トイレ、木陰、健康遊具——が活動の成否を直接左右するからである。第五に、「環境を変えて行動を変える」という公衆衛生学の発想は、公園については「環境は前提条件であって十分条件ではない」と修正して受け取るべきである。公園は選択肢を追加する穏やかな介入であり、その効果は人の誘いや催しと組み合わさったとき、そして集団と長い時間の尺度で見たときに現れる。

磐田市に引きつけていえば、100園のうち街区公園51園・近隣公園14園という徒歩圏型に傾いた供給は、幼児連れと高齢者の身体活動にとって筋のよい資産である。課題は、この資産の「質」——遊具・トイレ・木陰・ベンチ・健康遊具・経路の安全——を園ごとに確かめ、地区ごとの偏りを可視化し、使われていない公園については場と人の誘いの組み合わせを考えることにある。

徒歩圏の公園幼児と親高齢者集団の健康
図9結論の要約。徒歩圏の公園という前提条件を整え、人生の両端の層が毎日使えるようにすることが、集団の健康への公園の寄与を高める。

9.2 今後の課題

残された課題は三つある。第一に、踏査による質の記録である。本稿が机上で立てた枠組み——幼児・同伴者・高齢者の三つの目線——を用いて、磐田市の100園を実際に歩いて記録し、データの記載と現地の実態のずれを明らかにすることが、当サイトの次の仕事になる。第二に、経路の評価である。公園そのものだけでなく、家から公園までの道の歩きやすさと安全は、本稿でたびたび踏査課題として留保した論点であり、交通工学や時間地理学の視点との協働が必要になる。第三に、利用の観察である。どの時間帯に、どの層が、どのような活動をしているかという利用の実態は、公園の身体活動資源としての価値を評価する最終的な材料であり、一時点の印象ではなく季節と時間帯を変えた反復の観察が求められる。

課題の遂行にあたっては、評価の物差しをあらかじめ定めておくことも重要である。本稿の枠組みからは、少なくとも次の項目が踏査の記録項目の候補になる。すなわち、幼児の目線では年齢に合った遊具・砂場・ベビーカーで入れる入口、同伴者の目線ではトイレ(おむつ替えの可否を含む)・木陰・ベンチ・水道、高齢者の目線では休める場所の間隔・段差や路面の状態・健康遊具の種類、共通の項目として出入口と周辺道路の安全・夏の日陰の量・冬の日当たりである。これらは特別な機材を要しない観察項目であり、記録を積み重ねれば、園ごとの比較と地区ごとの偏りの検討が可能になる。

第四に、本稿が扱いきれなかった主題として、公園がもたらしうる身体活動以外の健康の道筋がある。緑を眺めることによる気分の回復、暑さを和らげる木陰の微気候、人と行き合うことによる孤立の緩和は、いずれも身体活動とは別の経路で健康に関わると論じられており、環境心理学・都市気候学・社会学の隣接論文で扱われる。公園の健康への寄与を全体として評価するには、これらの経路を足し合わせる視点が必要であり、身体活動はその中の——おそらく最も測りやすい——一本の経路にすぎない。

公衆衛生学の知見は、個々の読者に特定の運動を命じるものではない。どの程度の身体活動が適切かは年齢や健康状態によって異なり、個別の判断は医療機関や保健の専門職に相談すべきことである。本稿が示したのは、その手前にある事実——動こうと思ったときに動ける場所が、家の近くにあるかどうかは、個人の意志ではなく地域の環境の問題だということ——である。磐田市の100園は、その環境をすでにかなりの厚みで備えている。徒歩圏に開かれた65園の小公園と、週末の活動を受け止める中大公園。この資産を一園ずつ確かめ、記録し、使いやすくしていく作業は、これから始まる。本稿がその出発点の見取り図となれば幸いである。

参考文献

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  20. 厚生労働省 熱中症関連情報
  21. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  22. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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