芸術・文化・メディア祭礼研究

祭りの場としての公園——ハレとケ・盆踊り・夏祭りの空間

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:祭礼研究 公開・更新 2026-08-17 本文 約21,264字 読了目安 39分

要旨

本稿の目的は、神社の境内で営まれてきた祭りが、公園という世俗の公共施設に会場を移しつつある現象を、民俗学と宗教社会学の祭礼研究の概念から検討することである。方法は文献整理と概念分析であり、柳田國男の「ハレとケ」、エミール・デュルケームの集合的沸騰、アルノルト・ファン・ヘネップの通過儀礼、ヴィクター・ターナーのリミナリティとコミュニタス、エリック・ホブズボウムとテレンス・レンジャーの創られた伝統といった概念を、境内から公園への移動という現象の分析に用いる。

検討の結果、公園における祭りは、氏神への信仰に基づく氏子組織ではなく、自治会や実行委員会という世俗的な組織によって担われ、地域の交流や子どもの育ちという新しい理由づけのもとで、太鼓や輪踊りという祭りの型を継承しつつあるという見通しが得られた。祭りは子どもにとっての通過儀礼として、また参加者にとってのコミュニタスの経験として機能しうるが、その効果は一時的であり、担い手の高齢化や技能の継承、騒音・駐車をめぐる近隣調整といった課題を併せ持つ。これらの課題への丁寧な対応こそが、氏子組織という古い担保を持たない祭りが地域の信頼を新たに獲得していく過程である、というのが本稿の解釈である。

最後に、磐田市の都市公園100園のデータのうち、面積・駐車場の有無・園名に残る信仰との関わりを手がかりに、祭りの場になりうる公園の立地条件を検討する。ただし当サイトの現地踏査はこれからであり、実際の開催実績や主催組織、神社との位置関係は、本稿ではまだ確かめられておらず、今後の踏査と聞き取りの課題として残す。

キーワードハレとケ通過儀礼リミナリティ集合的沸騰創られた伝統氏子盆踊り

1. はじめに——問題の所在

夏の夜、太鼓の音に誘われて子どもが公園に集まる。露店が並び、輪になって踊り、花火が上がる。こうした光景は、かつては神社の境内や寺の門前で営まれることが多かった。「祭り」という言葉から人がまず思い浮かべるのは、氏神を祀る神社とその氏子(うじこ)による例大祭であろう。しかし磐田市に限らず全国の住宅地で、夏祭りや盆踊りの多くは、いまや都市公園や自治会所有の広場を会場としている。神社の境内という宗教施設から、公園という世俗の公共施設へ、祭りの場が移動しているのである。この移動は単なる会場の変更ではなく、祭りを支える人と組織、祭りが果たす役割そのものの変化を伴っている、というのが本稿の見立てである。

祭りという現象を学問的に論じる領域は一つではない。民俗学は、年中行事としての祭りの形式や由来を、暦や信仰との関係から記述してきた。宗教社会学は、祭りにおける集団の一体感や、聖なる時間と日常の時間の切り替わりを、社会統合の機能として分析してきた。文化人類学は、通過儀礼や境界の儀礼を、社会構造の変化と結びつけて論じてきた。本稿はこれらを「祭礼研究」として便宜的にまとめ、公園という場所に即して用いる。祭礼研究に共通するのは、祭りを単なる娯楽や行事としてではなく、共同体が自らを確認し、更新するための装置として捉える視点である。

祭りの会場としては、神社の境内のほか、学校の校庭、商店街のアーケード、自治会館の駐車場なども用いられる。本稿があえて公園を対象とするのは、公園が都市公園法という法律に基づく公共施設であり、宗教施設である境内とも、私有地である商店街とも異なる、独特の法的・社会的性格を持つからである。公園で行われる祭りを検討することは、公共施設という枠組みの中で、本来は特定の信仰集団に結びついた行事であった祭りが、どのように成立しうるかを問うことでもある。学校の校庭は教育施設としての利用制約を、商店街は個々の店舗の営業との調整を、それぞれ別に抱えており、公共施設としての公園が抱える論点とは性格が異なる。

本稿の問いは三つある。第一に、なぜ祭りの場は神社の境内から公園という世俗の場所へ移ったのか、そしてその移動によって祭りの性質はどう変わったのか。第二に、氏神とその氏子組織を前提としない住宅地の夏祭りや盆踊りは、誰が、どのような組織で担っているのか。第三に、公園という一時的な祭りの場は、祭りが終わった後の日常にどのような痕跡を残すのか。これら三つの問いは、それぞれ第3節、第4節、第5節から第7節にかけて掘り下げていく。

これらの問いは、地域で子どもを育てる保護者、自治会の役員、行政の担当者にとっても身近である。夏祭りの太鼓の音がうるさいと感じる住民もいれば、盆踊りの輪に子どもを連れて出る家族もいる。駐車場をめぐる苦情や、担い手の高齢化を嘆く声も聞かれる。祭礼研究の概念は、こうした個別の経験を、より長い時間軸と広い比較の中に置き直す助けになる。公園行政の立場からは、避難場所や日常の遊び場としての機能に加えて、年に一度の非日常の場としての機能を公園が担いうるかどうかも、地域振興や公共施設の使われ方をめぐる関心事の一つである。

境内移動問い集い
図1祭りの場は神社の境内から公園という世俗の場所へ移りつつある。この移動が祭りと担い手に何をもたらすかを問うのが本稿の出発点である。

方法は文献整理と概念分析である。用いる主な概念は、柳田國男の「ハレとケ」および「祭から祭礼へ」の議論、エミール・デュルケームの集合的沸騰、アルノルト・ファン・ヘネップの通過儀礼、ヴィクター・ターナーのリミナリティとコミュニタス、そしてエリック・ホブズボウムとテレンス・レンジャーの「創られた伝統」である。これらは日本の祭りに限定された概念ではないが、境内から公園への移動という現象を分析する道具として広く応用されている。

磐田市に関する事実は、当サイト(ATAWI PARK)が磐田市オープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドから整理した100園分のデータの範囲でのみ扱う。当サイトの現地踏査はこれからであり、どの公園で実際に盆踊りや夏祭りが行われているか、主催者は誰か、氏神との関係があるかといった、祭礼研究がもっとも知りたい事柄は、本稿ではまだ確かめられていない。したがって第8節は「制度と立地から読める範囲の見通し」にとどめ、確認は今後の踏査と聞き取りに委ねる。なお、本稿が主に扱うのは夏祭りや盆踊りであり、初詣、地域の運動会、防災訓練といった公園で行われる他の年中行事は、氏子組織との対比という本稿の主題から外れるため、扱わない。

本稿でいう「祭り」は、主として夏祭り・盆踊りといった、地域の住民が公園に集まって行う年中行事を指す。神社の例大祭のように神職が祭祀を執り行う宗教儀礼そのものと、地域住民が主体となって運営する賑わいの行事とは、本来区別して論じるべき対象であるが、本稿では、公園を会場とする後者の賑わいの行事に焦点を絞り、前者の宗教儀礼としての側面には立ち入らない。この限定は、本稿が宗教そのものの当否を論じる立場に立たないことを意味してもいる。

本稿は、当サイトの学術論文シリーズにおける民俗学の別稿「広場・境内・辻——近代公園以前の集まる場所の系譜」と関連するが、主題を異にする。かの論考が、公園ができる以前の集まる場所全般の系譜を扱うのに対し、本稿は「祭り」という特定の行事に焦点を絞り、氏子組織なき担い手の組織論と、近隣調整という実務的な論点まで踏み込んで検討する点に独自性がある。

本稿の構成は次のとおりである。第2節で先行研究と概念を整理する。第3節で祭りの場が境内から公園へ移った近代の過程をたどる。第4節で氏子組織を前提としない祭りの担い手を検討し、第5節で祭りが果たす通過儀礼と共同体再確認の機能を論じる。第6節で担い手の高齢化と継承の課題を、第7節で近隣調整をめぐる論点を反論への応答として検討する。第8節で磐田市の公園データに照らして示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題をまとめる。

2. 先行研究と概念の整理

2.1 ハレとケ——特別な時間と日常の時間

柳田國男は『日本の祭』(1942年)などにおいて、日本人の生活時間を「ハレ」(晴れ、非日常・儀礼的な時間)と「ケ」(褻、日常の時間)に区分して捉えた。祭りはハレの代表であり、特別な食事、特別な服装、特別なふるまいを伴う。ケの日常が続くと生活のエネルギーが枯れる(ケガレ=気枯れ)という考え方があり、祭りはこの枯れを回復させる装置として位置づけられる、と柳田は論じた。柳田はまた、近世以降、祭りが本来の氏子の信仰行事から見物客を集める「祭礼」へと性格を変えていったことを「祭から祭礼へ」として指摘している。見物人が増え、露店が並び、娯楽の色彩が強まる一方で、祭りを支える氏子の側の信仰的な緊張は薄れていく、という見立てである。

2.2 集合的沸騰——集まることそれ自体の力

フランスの社会学者エミール・デュルケームは『宗教生活の基本形態』(1912年)において、人々が一つの場所に密集して儀礼を行うとき、個人を超えた高揚感が生まれるとし、これを「集合的沸騰」と呼んだ。デュルケームによれば、この高揚感の経験こそが、聖なるものと俗なるものを区別する感覚の起源であり、共同体の連帯を更新する機能を持つ。祭りにおける太鼓や掛け声、輪になって踊る盆踊りの振る舞いは、この集合的沸騰を生み出す典型的な形式として理解できる。重要なのは、この理論が「何を祀るか」という信仰の内容よりも、「集まって同じ動きをする」という形式そのものに社会統合の力を見出す点である。

2.3 通過儀礼とリミナリティ

フランスの民族学者アルノルト・ファン・ヘネップは『通過儀礼』(1909年)において、誕生・成人・結婚・死といった人生の節目や、季節の節目を祝う儀礼が、分離(それまでの状態から離れる)・過渡(境界の状態にとどまる)・統合(新しい状態に迎え入れられる)という三段階の構造を持つことを示した。人類学者ヴィクター・ターナーは『儀礼の過程』(1969年)において、この過渡の段階を「リミナリティ」(境界性)と呼び、リミナリティの中では日常の身分や役割が一時的に棚上げされ、参加者どうしが平等な連帯感で結ばれる状態が生まれるとし、これを「コミュニタス」と名づけた。祭りの輪の中で、ふだんの肩書きや立場を離れて誰もが踊り手になるという経験は、コミュニタスの一形態として理解できる。

ハレとケ高揚境界性先行研究
図2柳田のハレとケ、デュルケームの集合的沸騰、ターナーのリミナリティは、いずれも祭りという特別な時間が日常とは異なる力を持つことを示す。

2.4 創られた伝統と都市の祭り

歴史家エリック・ホブズボウムとテレンス・レンジャーは『創られた伝統』(1983年)において、古くからの伝統に見える行事の少なくない部分が、実は比較的新しい時代に意図的に作られ、あたかも古くからあるかのように定着したものであることを示した。この視点は、氏神や旧家の系譜を持たない新興住宅地の夏祭りや盆踊りを考える上で有用である。新住民が中心となって自治会や実行委員会を組織し、由緒ある氏子組織を前提とせずに祭りを立ち上げる場合、それは「伝統の模倣」であると同時に、その地域独自の新しい「創られた伝統」の形成過程として理解することができる。

折口信夫は「まれびと」論において、祭りの場に外部から訪れる神・霊的存在(まれびと)を迎える構造に日本の祭りの古層を見た。まれびとを迎える型は、地域の外から来た人・情報・物を歓待する構造として、現代の祭りにも姿を変えて残っている可能性がある。以上の概念は、いずれも一つの祭りを単独で説明するものではなく、互いに重なり合いながら、境内から公園へと場所を変えた祭りを多面的に照らす道具として、以下の各節で用いる。

概念提唱者・年要点
ハレとケ柳田國男(1942年ほか)非日常と日常の時間の区分。祭りはハレの代表
集合的沸騰エミール・デュルケーム(1912年)密集した儀礼が生む個人を超えた高揚感
通過儀礼アルノルト・ファン・ヘネップ(1909年)分離・過渡・統合の三段階構造
リミナリティとコミュニタスヴィクター・ターナー(1969年)境界の状態に生まれる平等な連帯感
創られた伝統ホブズボウム、レンジャー編(1983年)新しい行事が伝統として定着する過程
まれびと折口信夫(1929年)外部から訪れる存在を迎える祭りの古層

民俗学と宗教社会学は、対象への近づき方が異なる。民俗学は、個々の行事の具体的な形式や言い伝えを、暦や地域差とともに丹念に記述する経験的な学問である。宗教社会学は、複数の宗教や地域を比較しながら、集団の凝集性や社会統合といった、より一般化された機能を析出しようとする理論的な学問である。本稿は、この両者の視点を往復しながら、公園における祭りという具体的な現象を検討する。

オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガは『ホモ・ルーデンス』(1938年)において、遊びが文化に先立つ根源的な人間の営みであり、祭りや儀礼もまた、実利を離れた「聖なる遊び」の一形態であると論じた。ホイジンガの視点に立てば、盆踊りの輪や太鼓のリズムは、実利的な目的から離れた「遊び」の要素を色濃く持つ営みとして理解できる。この視点は、祭りを社会統合の手段としてのみ見る立場に対して、遊びそのものの価値を対置する視点として、本稿の第5節・第9節でも参照する。

2.5 概念の使い分け

以上の概念は、それぞれ異なる問いに向いている。ハレとケは、祭りがいつ、なぜ行われるかという時間の区分を説明するのに向いている。集合的沸騰とコミュニタスは、祭りの場でなぜ人が高揚し、一体感を覚えるのかという、その場に居合わせる経験の質を説明するのに向いている。通過儀礼は、子どもや若者が祭りを通じてどのように次の段階へ移っていくかという、個人の変化を説明するのに向いている。創られた伝統とまれびとは、氏子組織を持たない新しい担い手が、なぜ、どのようにして祭りという型を引き継いだり持ち込んだりするのかという、担い手の側の論理を説明するのに向いている。以下の各節では、論点に応じてこれらの概念を使い分けながら検討を進める。

3. 神社境内から公園へ——祭り空間の近代的移動

近代以前、村落や町場の祭りの多くは、氏神を祀る神社の境内、あるいは寺の門前を会場としていた。境内は、ふだんは静かな聖域でありながら、祭礼の日には露店が並び、見世物が興行され、若者組や子ども組が集う賑わいの場に転じる。この「ふだんは静か、祭りの日は賑やか」という切り替えこそが、柳田のいうハレとケの往復そのものであった。境内が祭りの場として機能したのは、そこがすでに氏神への信仰という共通の理由によって人を集める力を持っていたからであり、場所と信仰と集団が一体になっていた点に大きな特徴がある。

ただし、境内から公園への移動は、すべての祭りに一様に生じている現象ではない。地方の旧市街地や農村集落では、氏神の祭礼がいまも境内を中心に営まれ続けている例は少なくないとされる。移動の濃淡は、都市化の進み方、境内の広さや立地、氏子組織の存続状況によって左右されると考えられ、本稿が扱うのは、その移動が生じやすい住宅地の祭りに焦点を当てた一つの見取り図である。

3.1 明治の公園制度と祭り空間の分離

明治6年(1873年)の太政官布達によって、社寺の境内や名所の一部が「公園」に指定された経緯は、姉妹論考(本サイトの民俗学の論考)で扱ったとおりである。この制度化の過程で、境内は社寺の所有・管理する宗教施設としての性格と、公園という誰でも利用できる公共施設としての性格に、しだいに分かれていくことになる。都市公園法(1956年)以降の公園は、宗教的行事を主目的とする施設ではなく、健康の増進、休息、災害時の避難などの機能を備えた公共施設として位置づけられている。この結果、現代の公園で祭りを行おうとする場合、それは神社の境内で氏子が祭りを行うのとは異なり、公共施設の一時的な利用という形をとらざるをえない。

都市公園法の目的規定は、都市公園の健全な発達を図り、公共の福祉の増進に資することを掲げている。ここに「祭り」や「年中行事」という語は明示されていないが、公共の福祉の増進という広い目的は、年に一度の非日常を地域で分かち合う機会を排除するものではない。公園が祭りの会場になることは、この目的規定と矛盾するというよりも、公園の使われ方の一つの具体化として理解できる。

都市公園法や地方自治体の公園条例は、公園を一時的・独占的に使用する行為について、管理者の許可を要する規定を一般に置いている。祭りのためのやぐらの設置や模擬店の出店は、この許可の対象になりうる。つまり公園における祭りは、氏神への信仰という内発的な理由ではなく、行政への申請という外形的な手続きを通じて初めて可能になる。この手続きの存在自体は否定的に評価すべきものではなく、公園が特定の宗教や氏子集団に属さない公共の場所であることの裏返しである。

この移動の過程で、境内で行われる祭りと、公園で行われる祭りとが、同じ地域の中で併存する場合もあると考えられる。氏子組織が例大祭を境内で執り行う一方、地区の自治会が別の日に公園で夏祭りを開催するといった形である。この場合、両者は競合する関係というより、異なる理由づけと担い手による、役割の異なる行事として住み分けている可能性がある。どちらが「本来の祭り」であるかを一義的に決めることは、本稿の目的ではない。

3.2 住宅地の拡大と会場としての公園

磐田市に限らず、日本各地で戦後に宅地化が進んだ地域では、そもそも古くからの氏神の境内が住宅地の中心に位置していないことが多い。新しく造成された団地や区画整理地では、住民が徒歩で集まりやすい場所は、しばしば地区の中心に配置された近隣公園や街区公園である。祭りの会場が境内から公園へ移った背景には、宗教施設としての境内を離れたいという積極的な選択だけでなく、そもそも新しい住宅地には歩いて行ける境内がなかったという、立地上の事情も働いていると考えられる。

境内住宅地会場徒歩圏
図3戦後の宅地化が進んだ地域では、歩いて行ける範囲に古くからの境内がないことが多く、祭りの会場は自治会館や公園に置かれやすい。

3.3 政教分離という制度的背景

公園という公共施設で祭りを行うことには、もう一つの制度的な背景がある。地方自治体が管理する公共の財産や施設を、特定の宗教団体のために特権的に使わせることは、政教分離の原則に照らして慎重な運用が求められる。神社の氏子組織が主催する祭礼のために、公園という公共施設を継続的・独占的に提供することには、この観点からの論点が生じうる。これに対して、自治会や実行委員会が、地域の交流や子どもの育ちという世俗的な理由づけのもとで運営する夏祭りや盆踊りは、宗教的な行事ではなく地域行事として、公共施設の一時的な利用許可の枠組みになじみやすい。氏子組織を前提としない祭りが公園で広がってきた背景には、こうした制度的な整合性のよさも働いていると考えられる。

祭りの賑わいを支えてきた要素として、露店を出す商人集団の存在も知られている。香具師(こうぐし)や的屋(てきや)と呼ばれてきたこれらの商人は、境内の祭礼にあわせて各地を巡り、露店を出してきたとされる。公園における現代の祭りでも、地元の商店会や飲食店、あるいは専門の業者が模擬店を出す形で、この賑わいの要素が引き継がれている。境内であれ公園であれ、祭りの賑わいの相当部分は、こうした露店という商業的な仕組みによって支えられてきた点は共通している。

3.4 世俗の場所で行う祭りの両義性

公園という世俗の施設で祭りを行うことには、両義的な側面がある。一方で、公園は特定の氏子や檀家に限定されない開かれた場所であり、新住民や異なる信仰を持つ住民も参加しやすいという利点がある。他方で、氏神への信仰という共通の理由づけを欠くため、なぜこの日にこの場所に集まるのかという意味づけを、祭りの主催者があらためて作り出す必要が生じる。夏休みの思い出づくり、地域の交流、防犯や見守りの機会といった、信仰以外の理由が前面に出るのは、この意味づけの作業の結果であると考えられる。次節では、この意味づけを担う組織の側面を検討する。

4. 氏子組織なき祭りの担い手——自治会・実行委員会型の夏祭り・盆踊り

神社の氏子組織は、氏神への信仰を共有する家々の集まりであり、祭りの企画・費用負担・当日の運営を、代々受け継がれた役割分担のもとで担ってきた。これに対して、公園で行われる夏祭りや盆踊りの多くは、自治会(町内会)や、その年ごとに組織される実行委員会、子ども会、PTA、商店会などが担い手になっている。これらの組織は氏神への信仰を前提とせず、その地域に住んでいる、あるいは何らかの縁で参加しているという事実だけを根拠に成り立つ点で、氏子組織とは性格が異なる。

4.1 会費・寄付という資源調達の形

氏子組織における祭りの費用は、氏子としての負担金や、神社への祈祷料といった、信仰に基づく拠出によって賄われてきた。一方、自治会や実行委員会が担う祭りの費用は、自治会費、地域の企業や商店からの寄付、参加者からの模擬店収益など、世俗的な資源調達の組み合わせによって賄われることが多い。この違いは、祭りの継続を支える論理そのものの違いでもある。氏子組織では信仰の継続が資源調達の動機になるのに対し、自治会型の祭りでは、地域のつながりを保ちたいという動機や、子どものための行事という動機が、資源調達を支える。

ホブズボウムとレンジャーのいう「創られた伝統」の視点に立てば、こうした自治会型の夏祭りや盆踊りは、氏神への信仰という古い理由づけを失った代わりに、「地域の交流」「子どもの思い出」「防犯・見守り」といった新しい理由づけを獲得しつつある、新しい形の伝統形成の過程として理解できる。伝統が古いか新しいかということ自体は、その祭りの価値を左右しない。重要なのは、新しい理由づけのもとでも、太鼓の音、輪になって踊る所作、露店の並びといった祭りの「型」が、意外なほど継承されている点である。

実行委員会準備声かけ参加家族
図4氏神への信仰を前提としない自治会や実行委員会が、会費や寄付を集め、地域の交流という新しい理由づけのもとで夏祭りや盆踊りを担っている。

4.2 新住民と「まれびと」の逆転

折口信夫のいう「まれびと」は、外部から訪れる神・霊的存在を迎える構造であった。新興住宅地の祭りにおいては、この構造がいわば逆転している場面が見られる。すなわち、祭りを新しく持ち込むのは、地域に古くから住む家ではなく、他の土地から移り住んだ新住民である場合が少なくない。新住民が実行委員会の中心となり、出身地の祭りの記憶や、勤務先・趣味のつながりを頼りに、盆踊りの太鼓を習ったり、露店の出し方を工夫したりして、祭りという型を新しい土地に持ち込む。これは、まれびとを迎える側から、まれびととして祭りを持ち込む側への、担い手の位置の変化として読むことができる。

このような担い手の変化は、祭りの内容にも影響する。氏子組織の祭りが特定の神事や作法を厳格に継承することを重視するのに対し、自治会型の祭りは、参加のしやすさや子どもの楽しさを重視し、内容を柔軟に組み替える傾向がある。盆踊りの曲目に地元の民謡だけでなく、広く知られた楽曲を取り入れる、模擬店に多様な食べ物を並べるといった工夫は、氏子組織を前提としない祭りが、参加者の裾野を広げるために選び取ってきた戦略として理解できる。

担い手の性別構成も、氏子組織と自治会型の祭りとでは異なりうる論点である。氏子組織の祭祀や役員は、歴史的に男性が中心となってきた面が指摘されてきた。これに対して、自治会や実行委員会、PTAが担い手となる祭りでは、模擬店の準備や子ども向けの催しの企画に女性が中心的に関わる場面も多いと考えられる。この論点は、ジェンダー研究の観点からも検討できる主題であり、本稿では深入りしないが、担い手の組織が変わることが、誰が祭りを担うかという構成そのものにも影響しうる点として付記しておく。

4.3 複数の組織が重なる担い手構造

公園の夏祭りや盆踊りは、単一の組織だけで担われることは少なく、自治会・子ども会・PTA・商店会・地元企業・消防団といった複数の組織が、それぞれ異なる役割を分担して重なり合っている場合が多い、とされる。自治会は会場の確保と近隣への周知を、子ども会は子ども向けの催しを、商店会は模擬店の出店を、消防団は警備や防火の見回りを担うといった分業である。氏子組織のように一つの信仰共同体が全体を統括するのではなく、複数の世俗的な組織がそれぞれの持ち場を担うという構造は、公園の祭りに特有の運営形態として注目に値する。

自治会加入の有無にかかわらず、地域に住むという事実だけで祭りに参加できる開放性は、氏子組織にはない特徴である。氏子組織は氏子としての地位を持つ家に基本的に閉じているのに対し、自治会型の祭りは、自治会未加入の住民や、転入したばかりの住民にも開かれていることが多い。この開放性は、氏神への信仰という共通の基盤を持たない多様な住民が混在する現代の住宅地において、祭りという行事を成立させるための実務的な条件でもある。

この分業型の構造には利点と弱点の両方がある。利点は、一つの組織に負担が集中しにくく、祭りに関わる主体が多いほど、資源や人手を広く集めやすいことである。弱点は、全体を見渡して調整する役割が曖昧になりやすく、駐車や音量への対応、緊急時の連絡体制といった、誰が最終的に責任を持つのかが不明確になりがちなことである。第7節で論じる近隣調整の課題は、この分業型の担い手構造とも関わっている。

5. 通過儀礼と共同体の再確認——祭りが果たす機能

祭りが担う社会的な機能として、しばしば挙げられるのが、子どもにとっての通過儀礼としての側面と、参加者全体にとっての共同体再確認の側面である。ファン・ヘネップの通過儀礼論を借りれば、浴衣を着て祭りに出かけるという行為そのものが、日常の子どもから「祭りに出る子ども」への一時的な移行(分離)であり、太鼓や輪踊りの輪に加わる時間が過渡の段階、家に帰り着いて日常に戻る瞬間が統合の段階にあたる、と捉えることができる。この一連の流れを繰り返し経験することが、子どもにとって、地域の時間の節目を身体で覚える機会になっている、という見方が祭礼研究にはある。

5.1 盆踊りの由来——祖霊を迎え送る行事として

盆踊りは、仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)に由来し、お盆に迎えた祖先の霊を慰め、送り出すための行事であったとされる。柳田國男は、盆の行事を、正月と並ぶ日本人の年中行事の大きな柱として位置づけ、先祖の霊が家に帰ってくるという観念と、それを送り出す踊りとの結びつきを論じている。現代の公園で行われる盆踊りの多くは、祖霊を送るという宗教的な意味づけを前面に出すことは少なく、夏の夜のレクリエーションとして親しまれている。しかし、盆踊りという「型」そのものが、もともとは祖霊を迎え送るハレの行事の一部であったという由来を踏まえると、公園という世俗の場所で踊られる盆踊りにも、形を変えた古い層が重なっていると見ることができる。

この由来を踏まえるならば、公園での盆踊りを「伝統的な意味を失った空虚な行事」と見るか、「祖霊を送るという古い型を、宗教的な意味づけを離れて継承している行事」と見るかは、評価の分かれるところである。本稿は、いずれか一方に決めつけず、両方の見方が可能であることを指摘するにとどめる。少なくとも、太鼓の音頭や輪になって踊るという身体の型そのものは、意味づけの変化を超えて受け継がれている点は確認できる。

5.2 コミュニタス——肩書きを離れた一体感

ターナーのコミュニタス概念は、祭りの輪の中でふだんの立場が一時的に棚上げされ、参加者どうしが平等な連帯感で結ばれる状態を指す。盆踊りの輪において、会社員も自営業者も、大人も子どもも、同じ振り付けで踊るという経験は、コミュニタスの一つの現れであるといえる。デュルケームの集合的沸騰も、この一体感の生成を、太鼓の音や輪の動きといった身体の同調によって説明する点で、コミュニタスの議論と重なり合う。両者に共通するのは、祭りの効果を、語られる意味の内容よりも、身体を伴う「同じ動きの共有」という形式に見出す点である。

子ども輪になる節目一体感
図5浴衣を着て輪踊りに加わり、家に帰る一連の流れは、子どもにとって地域の時間の節目を身体で覚える通過儀礼として働く、とされる。

通過儀礼としての祭りは、入学式や卒業式のように制度が公式に認定する通過儀礼とは性格が異なる。学校行事の通過儀礼は、一回限りの出来事として明確に位置づけられるのに対し、祭りへの参加は毎年繰り返される、緩やかで累積的な通過儀礼である。子どもは、毎年少しずつ違う役割(見て回るだけの年齢から、太鼓を叩く役、模擬店を手伝う役へ)を担いながら祭りに関わり続けることで、地域の中での自分の位置づけが少しずつ変わっていくことを、繰り返しの経験を通じて体得していく、と考えられる。この累積性は、一度きりの儀礼にはない、祭りに固有の性格である。

祭りに参加する家族の構成も、通過儀礼としての性格に関わる。祖父母、両親、子どもが三世代そろって輪踊りに加わる場面は、祭りが子どもだけの通過儀礼にとどまらず、祖父母にとっては孫の成長を確かめる機会、両親にとっては地域の中での自分の役割を確かめる機会というように、世代ごとに異なる意味を持ちうることを示している。三世代が同じ場に居合わせるという経験自体が、コミュニタスの一形態として機能しうる、と考えられる。

5.3 共同体再確認の機能とその限界

祭りが共同体を再確認する機能を持つという見方は、祭礼研究における古典的な立場である。しかし、この機能を過大に評価することには注意も必要である。第一に、祭りへの参加は任意であり、参加しない住民、参加したくても事情があって参加できない住民が一定数存在する。祭りが「地域の一体感」を演出する一方で、参加しない住民をかえって疎外する可能性は、祭礼研究の内部でも指摘されてきた論点である。第二に、共同体再確認の効果は一時的なものであり、祭りが終われば日常の人間関係の希薄さがそのまま戻ってくる場合も多い。祭りを地域づくりの万能薬のように扱うことは避けるべきである。

それでもなお、年に一度、決まった時期に、決まった場所に人が集まり、同じ振り付けで踊るという経験を共有すること自体には、意味があると考えられる。次に顔を合わせたときに「先日の盆踊り、暑かったですね」と言葉を交わせるという、ささやかな共通の話題を地域にもたらすことも、祭りの機能の一つである。この効果は数値で測ることが難しいが、祭礼研究が繰り返し着目してきた点である。

6. 担い手の高齢化と継承——祭りの持続可能性

夏祭りや盆踊りの担い手をめぐってしばしば語られるのが、実行委員会や自治会役員の高齢化と、若い世代への継承の難しさである。氏子組織であれば、家を継ぐことが氏子の地位を継ぐことと結びついていたが、自治会型の実行委員会にはそうした継承の仕組みが制度として組み込まれていない。役員は多くの場合、持ち回りや輪番、あるいは限られた有志によって担われており、担当者が高齢になったり引っ越したりすると、祭りそのものが縮小・休止に追い込まれることがある、という指摘が地域づくりの研究や実務の現場でなされている。

担い手高齢化継承の段階課題
図6実行委員会の担い手の高齢化と、技能の継承の難しさは、氏子組織を前提としない祭りが直面しやすい課題として指摘されている。

自治会・町内会への加入率が都市部を中心に低下している、という指摘が各種の調査や報道でなされている。加入率の低下は、自治会が担い手となる祭りの運営にも影響しうる。ただし、具体的な加入率や低下の幅は地域差が大きく、磐田市における実情を当サイトでは確認していないため、本稿ではあくまで一般的な傾向としてのみ触れるにとどめ、磐田市に固有の数値として述べることは避ける。

6.1 技能の継承という論点

盆踊りの太鼓を打つ、櫓を組む、灯りを設営するといった作業には、体力だけでなく、経験によって培われる技能が伴う。氏子組織においては、こうした技能が家や地域の中で自然に伝えられる機会があったが、自治会型の祭りでは、技能を持つ担い手が高齢化すると、次の世代が技能そのものを引き継ぐ機会を持てないまま、担い手がいなくなってしまう可能性がある。太鼓の叩き方や音頭の節回しは、文字の記録だけでは伝わりにくい身体技能であり、この点は民俗学が古くから注目してきた「わざの伝承」の問題と重なる。

継承の難しさに対する対応としては、複数の自治会や子ども会が合同で祭りを開催して担い手を広く募る、青年団やPTAなど既存の別の組織に運営を委ねる、行事の規模を縮小して負担を軽くするといった工夫が各地でとられている、とされる。どの対応が望ましいかは地域の事情によって異なり、一律の正解はない。本稿はいずれの工夫についても、その効果を数値で示す統計を確認していないため、「〜という工夫がとられている」という留保付きの記述にとどめる。

他方で、新しく地域に加わった住民が、担い手不足を補う形で祭りの運営に加わる例も考えられる。第4節で述べたとおり、新住民が実行委員会の中心となって祭りを持ち込む場合があることを踏まえれば、高齢化による担い手不足と、新住民による新たな担い手の供給とは、同時並行で起きている可能性がある。継承の課題を、単純な「減少」としてだけでなく、担い手の入れ替わりという動的な過程として捉える視点も必要である。

6.2 継承と変化を分けて考える

担い手の継承を論じる際には、「祭りの型」の継承と、「祭りを担う組織」の継承を分けて考える必要がある。太鼓の音頭や輪踊りの振り付けといった「型」は、録音や動画、指導者による稽古を通じて比較的継承しやすい。これに対して、資源調達や近隣調整、当日の采配といった「組織を動かす経験知」は、実際に運営に携わることでしか身につきにくく、継承がより難しい。祭りを次の世代に引き継ぐという課題は、太鼓の稽古を増やすことだけでは解決せず、若い世代が運営そのものに関わる機会をどう作るかという、組織論の課題でもある、と本稿は整理する。

行政や中間支援組織による支援策も、継承の一助になりうる。太鼓や道具の保管場所の提供、行事保険や安全対策に関する情報提供、他地域の実行委員会との情報交換の場づくりといった支援は、担い手自身の負担を直接には減らさないまでも、担い手が孤立せずに運営を続けられる環境を整える効果を持ちうる、と考えられる。ただし、具体的にどのような支援策が磐田市で行われているかは、当サイトでは確認しておらず、市の広報や自治会連合会の情報に委ねるべき事柄である。

6.3 継承の失敗が意味すること

担い手を継承できず、祭りが休止・消滅した場合、それは単に一つの年中行事が失われるということにとどまらない。第5節で論じたとおり、祭りは子どもにとっての通過儀礼の機会であり、参加者にとってのコミュニタスの経験でもある。祭りが失われれば、これらの機能を果たしていた年に一度の機会もあわせて失われることになる。もっとも、祭りが休止したからといって地域のつながりそのものが直ちに失われるわけではなく、他の行事(防災訓練、清掃活動、子ども会の行事など)がその機能の一部を代わりに担う場合もあると考えられる。祭りの継承は、それ自体を目的化するのではなく、地域のつながりを保つための複数ある手段の一つとして、他の行事との組み合わせの中で位置づけるのが妥当であろう。

以上のように、担い手の高齢化と継承の課題は、氏子組織という制度的な裏づけを持たない公園の祭りにとって、避けて通れない論点である。次節では、祭りが実際に開催される際に生じる、近隣との調整という別の種類の課題を検討する。

7. 近隣調整という論点——騒音・駐車・許可をめぐる反論への応答

公園での夏祭りや盆踊りに対しては、しばしば近隣調整をめぐる異論が寄せられる。代表的なものは、太鼓や音楽の音量が夜間に響くことへの苦情、来場者の自動車が周辺の道路や私有地に無断駐車することへの懸念、そして、公共施設である公園を特定の団体が一時的に独占的に使うことの是非をめぐる疑問である。本節では、これらの異論に祭礼研究の立場からどう応答できるかを検討する。

7.1 「うるさい」という異論への応答

太鼓や拡声器の音が夜間の住宅地に響くことは、実際に生活上の負担になりうる。この異論を頭ごなしに退けることは適切ではない。祭礼研究の立場からいえば、祭りの音は単なる騒音ではなく、ハレの時間の到来を地域に告げ知らせる合図としての機能を歴史的に持ってきた。しかし、この歴史的な機能があるからといって、現代の生活環境における音の負担が正当化されるわけではない。開催時間を早めに切り上げる、大音量を避ける、事前に近隣へ日時を知らせるといった配慮は、祭りの意味を損なわずに負担を減らす工夫として、各地の自治会で実践されている、とされる。音量や時間の適否そのものの判断は、地域の合意と、必要に応じて自治体の案内に委ねるべき事柄である。

苦情無断駐車事前周知
図7太鼓の音量や来場者の駐車をめぐる苦情は、祭りの持続にとって現実的な論点であり、事前の周知と配慮によって和らげる工夫がとられている。

模擬店の出店は、近隣調整とは別に、地域の商店会や飲食店にとって収益の機会にもなる。第3節で触れた露店文化の系譜を踏まえれば、模擬店は単なる余興ではなく、祭りの資源調達を支える仕組みの一部でもある。もっとも、模擬店の収益をどう配分し、どのように会計を透明にするかは、氏子組織のように長年の慣行を持たない自治会型の祭りにとって、新たに整える必要のある実務的な課題である。

7.2 「駐車が迷惑」という異論への応答

来場者の自動車が周辺の道路や私有地に無断駐車する問題は、祭礼研究というより都市計画・交通工学の領域に近いが、祭りの持続可能性に直結する論点である。磐田市の公園データを見ると、公園ごとに駐車場の有無や規模は大きく異なり、駐車場がない、あるいは記載のない園も少なくない。徒歩や自転車で来場できる規模の祭りにとどめる、近隣の駐車場と協力する、案内係を配置するといった対応が考えられるが、いずれも祭りの主催者だけで解決できるとは限らず、公園の管理者や周辺の施設との調整が必要になる。

7.3 「公共施設の独占」という異論への応答

公園は特定の団体に属さない公共の施設であり、夏祭りや盆踊りのために一時的に占用することは、公共性の原則にそぐわないのではないか、という異論もありうる。この点については、第3節で述べたとおり、都市公園法や公園条例が占用の許可という手続きを通じて、公共施設の一時的な独占利用を制度的に位置づけていることを踏まえる必要がある。許可という手続きを経ることは、祭りが公園を「私物化」することではなく、公共の場所を、期間と条件を区切って共同で使うことの表明である。この手続きを丁寧に踏むこと自体が、氏神への信仰という共通の理由づけを持たない現代の祭りが、公共施設で行われることの正当性を支える仕組みであると、本稿は位置づける。

異論祭礼研究からの応答実務上の工夫の例
音がうるさい音はハレの到来を告げる合図だが、生活環境への配慮は別問題として扱う開催時間の設定、音量の配慮、事前周知
駐車が迷惑立地条件による差が大きく、主催者だけでは解決できない徒歩圏規模にとどめる、駐車場との連携、案内係の配置
公共施設の独占占用許可の手続きが公共の場所を共同で使うことの表明になる許可手続きの遵守、期間・区域の明確化

以上の三つの異論は、いずれも祭りをやめるべきだという結論には直結しない。むしろ、これらの異論に丁寧に応答する過程——時間や音量への配慮、駐車の案内、許可手続きの遵守——こそが、氏子組織という古い担保を持たない祭りが、地域の信頼を新たに獲得していく過程そのものである、と本稿は解釈する。

占用の許可には、一般に、使用する日時と区域の限定、火気の使用に関する条件、ごみの持ち帰りや原状回復の義務といった条件が付されることが多い、とされる。こうした条件は、祭りの主催者にとって手続き上の負担ではあるが、公園を利用する他の住民や、翌日以降に公園を使う人々への配慮でもある。祭りの後にごみが残されたり、芝生や地面が荒れたりすることは、次回以降の開催許可や近隣の理解にも影響しうるため、原状回復は近隣調整の一部として位置づけられる。

7.4 近隣調整は祭り固有の課題ではない

ここで確認しておきたいのは、音量・駐車・施設利用をめぐる近隣調整という課題は、祭り特有のものではなく、公園で行われるスポーツ大会や地域のイベント一般にも共通する課題だという点である。祭りだけを特別に問題視するのではなく、公園という公共施設を一時的に多くの人が使う行事全般に共通する調整の作法として捉え直すことで、氏子組織の有無にかかわらず、行事の主催者と近隣住民、そして公園の管理者が共有できる指針を考えることができる。この観点は、本稿の主題である祭礼研究の範囲を超えるが、第8節で磐田市の公園データを検討する際の前提として付け加えておく。

8. 磐田市の公園への示唆——祭りの場としての公園を読む

本節では、これまでの議論を磐田市の公園に引きつける。当サイトが整理した磐田市の都市公園は100園(磐田市オープンデータ「都市公園一覧」94行に、市の施設ガイドのみに掲載の6園を加えたもの)で、種別では街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園、法対象外6園である。地区別では見付21園、中泉14園、御厨13園、豊田28園、南部2園、向陽2園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園となる。第3節で述べたとおり、祭りの会場となりうるかどうかは、境内かどうかという由来だけでなく、広さ・駐車場の有無・地区の中心性といった立地条件にも左右される。ここではその観点から磐田市の公園データを読む。

8.1 広さと駐車場——夏祭り・盆踊りの会場になりうる公園

オープンデータのフラグ集計によれば、市施設ガイドに駐車場ありと記載されている、または当サイトで有と判定した公園は33園である。第7節で論じたとおり、来場者の駐車は近隣調整の重要な論点であるから、駐車場を備える公園は、そうでない公園に比べて、来場者を集める行事を行いやすい立地条件を備えていると考えられる。面積の大きい総合公園・運動公園・地区公園、たとえば竜洋海洋公園(総合公園・竜洋・221,722㎡。市の施設ガイドにはプールや野球場、バーベキューテラスを備えたレストハウスの記載がある)、福田公園(総合公園・福田・49,620㎡。野球場や多目的広場を備え、駐車場ありと記載)、中央公園(地区公園・中泉・41,642㎡。多目的グラウンドを備え、駐車場ありと記載)などは、面積と駐車場の両方を備え、地区の行事の会場になりうる立地条件を持つ。ただし、これらの公園で実際に夏祭りや盆踊りが行われているかどうかは、当サイトはまだ確認していない。

100園駐車場33園広さ立地条件
図8駐車場を備え面積の大きい公園は、来場者を集める夏祭り・盆踊りの会場になりうる立地条件を備えるが、実際の開催実績は今後の踏査課題である。

駐車場の有無だけでなく、園内施設の記載からも、行事の会場としての適性をある程度読み取ることができる。市の施設ガイドに芝生広場や多目的広場の記載がある公園は、テントや模擬店を設営する平坦な空間を備えている可能性が高い。今之浦公園(近隣公園・見付・13,675㎡)は、施設ガイドに芝生広場や噴水広場の記載があり、屋根付き広場も備えるとされる。こうした複数の広場的空間を持つ公園は、雨天時の対応も含めて、行事の会場として柔軟に使える立地条件を備えていると考えられるが、実際の使われ方は当サイトの踏査課題として残る。

8.2 神社・信仰に由来しうる名を持つ公園

園名に信仰や境内との関わりを想像させる語を持つ公園もある。権現緑地(都市緑地・見付・3,264㎡)の「権現」は、神仏習合の考え方において仏が仮の姿で神として現れたとする神号であり、権現の名を持つ社が各地にある。豊田熊野記念公園(街区公園・豊田・1,898㎡)は、市の施設ガイドの園内施設欄に「熊野の長藤」とあり、熊野信仰との関わりを想像させる名を持つ。こうした公園は、第3節で述べた「境内から公園への移動」の系譜に連なる可能性があり、もし近隣に神社が現存するなら、氏子組織による祭りと公園での行事が重なり合って行われている場合も考えられる。ただし、この想像はあくまで名前と種別からの仮説であり、実際に近隣に神社があるか、その神社の祭礼と公園がどう関わっているかは、当サイトの現地踏査によって初めて確かめられる事柄である。

8.3 農村公園と豊田地区の担い手構造

磐田市の公園データでは豊田地区に28園が集中し、そのうち「農村公園」の名を持つ園(豊田海老塚農村公園、豊田富里農村公園、豊田中野戸農村公園、豊田森本農村公園など)が複数見られる。「農村公園」という呼び名は、都市公園法上の種別ではなく、集落の中に置かれた公園であることを示す通称的な名であり、第4節で述べた自治会・実行委員会型の祭りの担い手が、集落単位の既存のつながりを土台にしやすい立地であると考えられる。人口動態や自治会の実情に関する統計は当サイトでは確認していないため、担い手の高齢化が実際にどの程度進んでいるかについては、本稿では判断を保留する。

一方で、面積が小さく駐車場を備えない街区公園であっても、地区の中心に位置し、徒歩圏の住民が多ければ、小規模な盆踊りや子ども向けの祭りの会場になりうる。磐田ららシティ西ポケットパーク(広場公園・豊田・362㎡)や磐田ららシティ東ポケットパーク(広場公園・豊田・827㎡)のような「広場公園」は、面積は小さいが、住宅開発地の中に計画的に配置された公園であり、近隣の住民だけを対象にした小規模な行事の会場になりうる立地条件を持つと考えられる。会場の規模は、祭りの規模や担い手の組織力に応じて選ばれるべきものであり、大きな公園だけが祭りにふさわしいわけではない。

8.4 地区ごとの立地条件のばらつき

9地区の公園数には大きな差がある。豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園に対し、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園と、地区によって一桁の差がある。第4節で述べた自治会・実行委員会型の担い手構造を踏まえると、公園数が多い地区ほど、地区内のどの公園で祭りを行うかという選択の幅が広く、逆に公園数が少ない地区では、数少ない公園に地区の行事が集中しやすいと考えられる。また、公園数の少ない地区でも、面積や駐車場の条件によっては、地区を越えて人を集める会場になりうる。この点も、統計や踏査による裏づけを欠く仮説にとどまる。

名称地区・種別面積㎡・駐車場
竜洋海洋公園竜洋・総合公園221,722㎡・記載なし
福田公園福田・総合公園49,620㎡・有り
中央公園中泉・地区公園41,642㎡・有り
権現緑地見付・都市緑地3,264㎡・記載なし
豊田熊野記念公園豊田・街区公園1,898㎡・記載なし

以上を踏まえ、今後の踏査で祭礼研究の観点から見るべき点を挙げておく。第一に、各公園で夏祭りや盆踊りが実際に行われているか、その頻度と規模。第二に、主催組織は自治会か、実行委員会か、あるいは神社の氏子組織か。第三に、近隣に神社があり、境内の祭りと公園の行事が連携しているか。第四に、駐車や音量に関する近隣調整をどのように行っているか。第五に、担い手の高齢化や継承についての課題が実際に語られているか。これらは市のオープンデータにも施設ガイドにも載らない情報であり、当サイトの踏査と聞き取りによって初めて明らかになる。100園のうち踏査済みはまだ0園である。

9. 結論と今後の課題

本稿は、民俗学と宗教社会学の祭礼研究の概念——柳田國男のハレとケ、デュルケームの集合的沸騰、ファン・ヘネップの通過儀礼、ターナーのリミナリティとコミュニタス、ホブズボウムとレンジャーの創られた伝統——を手がかりに、祭りの場が神社の境内から公園という世俗の場所へ移る現象を検討した。

9.1 得られた見通し

検討の結果、次のような見通しが得られた。第一に、境内から公園への移動は、宅地化に伴う立地上の事情と、公共施設としての公園制度の性格という、二つの要因が重なって生じたと考えられる。第二に、公園の祭りは氏子組織を前提としないため、自治会や実行委員会といった世俗的な組織が担い手となり、地域の交流や子どもの育ちといった新しい理由づけのもとで、太鼓や輪踊りという祭りの「型」を継承しつつある。これはホブズボウムとレンジャーのいう創られた伝統の一形態として理解できる。第三に、祭りは子どもにとっての通過儀礼として、また参加者全体にとってのコミュニタスの経験として機能しうるが、その効果は一時的であり、参加しない住民への配慮を欠くと排除的にもなりうるという限界を併せ持つ。第四に、担い手の高齢化と技能の継承は、氏子組織という制度的な継承の仕組みを持たない公園の祭りにとって、構造的な課題である。第五に、騒音・駐車・公共施設の独占といった近隣からの異論は、祭りをやめる理由ではなく、許可手続きや事前の周知を通じて祭りが地域の信頼を新たに獲得していく過程として位置づけられる。

見通し今後の研究残された問い行事の暦
図9境内から公園への移動、担い手の世代交代、近隣調整という論点は、いずれも今後の踏査と聞き取りによってさらに具体化する必要がある。

本稿が示した見通しは、あくまで一般論としての祭礼研究の概念を、公園という場所に当てはめた場合に導かれる仮説の集まりである。柳田、デュルケーム、ファン・ヘネップ、ターナー、ホブズボウムとレンジャー、ホイジンガのいずれも、日本の、まして磐田市の公園を念頭に置いて理論を構築したわけではない。理論を具体的な土地に当てはめる作業には、常にずれや過剰な一般化の危険が伴う。本稿の見通しは、そうした危険を承知の上での、たたき台としての整理であることを、あらためて断っておく。

9.2 本稿の限界

本稿の限界も述べておく。第一に、本稿が参照した概念の多くは、日本の祭り一般、あるいは世界の儀礼一般を対象とした理論であり、磐田市の個々の公園における祭りの実態を直接に記述したものではない。第二に、担い手の高齢化や近隣調整の実情について、本稿は「〜とされる」「〜という指摘がある」という留保付きの記述にとどめており、磐田市における具体的な件数や割合を示す統計は確認していない。第三に、磐田市の公園と神社の位置関係、公園での祭りの開催実績は、当サイトの現地踏査によって初めて確かめられる事柄であり、本稿はその手前の、制度と概念の整理にとどまっている。

第1節で触れたとおり、本稿は民俗学の別稿「広場・境内・辻」が扱う集まる場所全般の系譜のうち、祭りという行事に焦点を絞って掘り下げたものである。両稿を合わせて読むことで、公園という場所が、近代以前の集まる場所の系譜のどこに位置し、そこで行われる個々の行事が具体的にどのような課題を抱えているかを、より立体的に理解できると考えられる。

ホイジンガの視点を思い返すならば、祭りは地域を統合するための手段としてのみ評価されるべきものではなく、太鼓を叩き、輪になって踊ること自体に、実利を離れた遊びの喜びがある。氏子組織が薄れ、担い手が入れ替わり、近隣調整の手続きが増えたとしても、祭りの中心にこの遊びの喜びが残り続ける限り、公園という場所で祭りが続いていく理由は失われない、というのが本稿の結びの見方である。

9.3 実務への含意

本稿の議論は、祭りの主催者や公園の管理者に対して、いくつかの含意を持つ。第一に、氏子組織を前提としない祭りは、地域の交流や子どもの育ちといった新しい理由づけを、主催者自身が言葉にして共有することで、参加者や近隣住民の理解を得やすくなると考えられる。第二に、担い手の高齢化に備え、太鼓や音頭といった「型」の継承と、資源調達や近隣調整といった「組織運営の経験知」の継承を、分けて計画することが有効だと考えられる。第三に、騒音や駐車をめぐる近隣調整は、祭りをやめる理由ではなく、事前の周知と許可手続きを丁寧に行うことで、祭りを続けながら軽減できる課題として扱うのが妥当である。これらはいずれも、本稿が整理した概念から導かれる一般的な含意であり、個々の公園や地区の事情に応じた具体化は、今後の踏査と、地域の関係者との対話に委ねられる。

今後の課題は次のとおりである。当サイトの踏査を通じて、実際に夏祭りや盆踊りが行われている公園を把握し、主催組織の性格(自治会・実行委員会・氏子組織)と、近隣調整の実際の工夫を、聞き取りによって確かめること。あわせて、公園と神社の位置関係を地図上で確認し、境内から公園への移動という本稿の見立てが、磐田市においてどの程度当てはまるかを検証すること。これらの作業は、本稿が示した概念的な見通しを、磐田市という具体的な土地に根ざした知見へと発展させる、次の段階の課題である。

参考文献

  1. 柳田國男(1942)『日本の祭』(弘文堂。角川ソフィア文庫)
  2. エミール・デュルケーム(1912)『宗教生活の基本形態』(山崎亮訳、ちくま学芸文庫、上下、2014)
  3. アルノルト・ファン・ヘネップ(1909)『通過儀礼』(綾部恒雄・綾部裕子訳、岩波文庫、2012)
  4. ヴィクター・W・ターナー(1969)『儀礼の過程』(冨倉光雄訳、思索社、1976)
  5. エリック・ホブズボウム、テレンス・レンジャー編(1983)『創られた伝統』(前川啓治ほか訳、紀伊国屋書店、1992)
  6. 折口信夫(1929)「国文学の発生(第三稿)——まれびとの意義」(『折口信夫全集』第一巻、中央公論社)
  7. ヨハン・ホイジンガ(1938)『ホモ・ルーデンス』(高橋英夫訳、中公文庫、1973)
  8. 都市公園法(1956年法律第79号)
  9. 磐田市「都市公園一覧」オープンデータ
  10. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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