生命・健康・心理・教育父親の育児参加

父親と公園——育児参加をめぐる制度・規範・場のかたち

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:父親の育児参加 公開・更新 2026-08-17 本文 約21,118字 読了目安 38分

要旨

本稿は、父親の育児参加という主題を、制度・規範・場という三つの側面から検討するものである。日本では1991年に育児休業法が制定されて以降、法制度は段階的に拡充され、2021年の改正育児・介護休業法により2022年10月から出生時育児休業(いわゆる産後パパ育休)が始まった。制度が父親の育児参加を後押しする一方で、誰が育児の主たる担い手かという規範や、育児を支える場の設計は、制度の変化と同じ速さでは変わっていない。本稿はこの制度と規範と場のずれに着目し、都市公園という具体的な場に即して論じる。

本稿はまず、性別役割分業論と父親の育児参加をめぐる研究の視点(関与・アクセス可能性・責任という三つの次元)を整理し、日本における育児・介護休業法の変遷を確認する。次に、性別役割分業の規範が「育児の担い手は母親」という前提をどのように公共空間に持ち込んでいるかを検討したうえで、公園という場が父親にとって参入しやすい理由と、逆に居心地の悪さが生じる場面を、設備と規範の両面から論じる。さらに、制度の整備が規範の変化に自動的につながるという見方への批判的検討と、諸外国の育児休業制度との簡単な比較を行う。

結論として、公園は入場に費用や手続きを要しない開かれた場である点で父親にとって参入しやすい一方、トイレなどの設備や、母親中心になりやすい利用者コミュニティのために、居心地の悪さが生じうることを示す。統計的な断定は避け、法令に明記のある制度の変遷と、公表されている概念的な研究の枠組みに依拠して論じる。磐田市の100園については、種別・地区・設備に関する当サイトのデータベースに基づいて示唆を述べるが、現地踏査はこれからであり、父親の利用実態そのものは今後の観察課題として残る。

キーワード父親の育児参加育児・介護休業法産後パパ育休性別役割分業ケアの分担公園のジェンダー

1. はじめに——問題の所在

休日の午前、街区公園の砂場のまわりに父親が一人で子どもを連れている姿は、以前に比べて珍しくなくなったといわれる。一方で、平日の午前中に同じ場所を訪れると、そこにいるのはほとんどが母親と乳幼児である。この対比——休日には見える父親が、平日にはほとんど見えなくなる——は、父親の育児参加という主題を考えるうえで示唆に富む出発点である。父親は育児にまったく関わっていないわけではない。しかし、いつ、どこで、どのように関わるかは、母親の関わり方とは異なる形をとりやすい。

本稿が扱う父親の育児参加とは、父親が乳幼児期の子どもの世話や見守りにどのように関与するかを指す。育児参加をめぐる研究では、これを単一の量として測るのではなく、直接子どもの世話をする関与(かかわり)、そばにいて必要なときに応じられるアクセス可能性、育児の段取りや判断を引き受ける責任という、性質の異なる複数の次元に分けて論じる系譜がある。この三つの次元は互いに独立ではないが、たとえば休日に公園へ連れて行くという行為は関与にあたる一方、いつ・どの公園に・何を持って行くかを決め、忘れ物や体調を気にかけるという責任は、また別の次元である。本稿はこの区別を手がかりに、公園という場での父親の育児参加を検討する。

本稿のもう一つの鍵概念は性別役割分業である。これは、家庭内の役割を性別によって振り分ける規範や慣行を指し、典型的には「父親は稼得(家計を支える労働)、母親は育児・家事」という分担のかたちをとる。日本ではこの規範が長く強く働いてきたとされ、育児休業制度の設計や、公共施設の設備、さらには公園での父親の居心地にまで影響を及ぼしていると考えられる。本稿は、この規範が制度と場の両方にどのように現れているかを論じる。

本稿の問いは次のとおりである。育児休業制度が父親の育児参加を後押ししてきた一方で、公園という具体的な場は、父親にとってどの程度参入しやすく、どのような場面で居心地の悪さが生じるのか。この問いに答えるため、本稿は制度・規範・場という三つの層を区別する。制度は法律や政策のかたちをとり、比較的明確に変化を追跡できる。規範は人びとの意識や慣行のかたちをとり、制度より緩やかにしか変わらない。場は建物や設備という物理的な条件のかたちをとり、規範を反映しつつも、設計の見直しによって規範より先に変えることもできる。この三層を分けて論じることで、なぜ制度が変わっても父親の育児参加の実感が追いつかないのか、公園という場に何ができるのかが見えてくる。

父親子ども参入口本稿の問い
図1制度は父親の育児参加を後押しするが、規範と場の設計が追いつくとは限らない。本稿はこのずれを公園という場に即して問う。

1.1 方法と資料の範囲

本稿の方法は文献整理と概念分析であり、新しい調査を行うものではない。育児参加や性別役割分業に関する研究は、家族社会学・ジェンダー研究・発達心理学など複数の分野にまたがるが、本稿は法令に明記のある制度の変遷と、広く知られた概念的な枠組みに絞って論じる。具体的な統計値(父親の育児休業取得率の推移など)は年によって変動し、出典によって定義も異なるため、本稿では断定的な数値を挙げず、「上昇してきたとされる」「増えているという指摘がある」という形で述べるにとどめる。磐田市の公園に関する固有の事実は、市のオープンデータと施設ガイドに基づく当サイトのデータベース(100園)に記載のあるものに限り、現地踏査は始まったばかりであることを前提として読んでいただきたい。

1.2 「父親」という語の範囲

本稿で用いる「父親」という語は、子どもと法律上・実質上の親子関係にある男性を広く指すが、その内実は一様ではない。ひとり親として育児のすべてを担う父親もいれば、共働きの一方として母親と分担する父親もあり、祖父として孫の育児を支える立場も、広い意味での父親的な役割に含まれうる。育児休業制度は法律婚・雇用関係を前提として設計されており、こうした多様な立場のすべてを等しくは捉えきれない。本稿は主に、法律婚のもとで雇用労働に就く父親を念頭に置いて制度を論じるが、公園という場そのものは、こうした制度上の区分にかかわらず、誰にでも開かれている。この点は、制度の対象と場の対象が必ずしも一致しないという、本稿全体を通じて留意すべき前提である。

1.3 構成

構成は次のとおりである。第2節で先行研究と概念を整理し、第3節で日本の育児・介護休業法の変遷と産後パパ育休の創設を確認する。第4節で性別役割分業の規範が「育児の担い手は母親」という前提を公共空間にどう持ち込んでいるかを論じ、第5節で公園という場が父親にとって参入しやすい理由を、第6節で逆に居心地の悪さが生じる場面を、設備と規範の両面から検討する。第7節では、制度の整備が規範の変化に自動的につながるという見方への批判的検討と、諸外国の制度との簡単な比較を行う。第8節で磐田市の公園への示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題を示す。読者としては、磐田市周辺で子育てをしている父親・母親、公園の管理や子育て支援に関わる行政・地域の関係者、そして家族やジェンダーを学ぶ学生を想定している。

2. 先行研究と概念の整理

性別役割分業の理論的な原型は、タルコット・パーソンズが1950年代に示した家族の機能分化論にある。パーソンズは、近代の核家族において、父親が家庭の外で稼得を担う「手段的役割」を、母親が家庭の内で情緒的な世話を担う「表出的役割」を引き受けると整理した。この整理は、当時の社会状況を反映した記述であると同時に、性別役割分業を家族の自然な機能であるかのように描いた点で、後に多くの批判を受けることになる。

批判の一つは、フェミニズムの立場からのものである。上野千鶴子は、家事・育児という無償労働が女性に割り振られる構造を、家父長制と資本制という二つの支配関係が結びついた結果として分析した。この視点に立てば、性別役割分業は自然な分担ではなく、女性の労働を安く(あるいは無償で)調達する社会の仕組みとして捉え直される。もう一つの批判は、男性性研究の立場からのものである。R・W・コンネルは、社会には複数の男性性のあり方があり、そのなかでも「稼ぎ手であり、家庭内の育児には深く関わらない」という男性像が、他の男性像より優位に置かれる——コンネルの言う「覇権的な男性性」——という構造を指摘した。父親が育児に関わりにくいのは、個人の選好の問題であると同時に、こうした男性像の序列に規定された結果でもありうる。

2.1 父親の育児参加という研究対象

父親の育児参加を専門に扱う研究は、1980年代以降に蓄積されてきた。そこでは、育児参加を単一の指標ではなく、直接子どもの世話をする関与、そばにいて必要に応じられるアクセス可能性、育児の計画・判断・段取りを引き受ける責任という、性質の異なる複数の次元に分けて論じる考え方が広く参照されてきた。この整理が重要なのは、関与だけが増えても、責任が母親に偏ったままであれば、育児参加が「実質的に共同化された」とはいえない、という点を明らかにするからである。たとえば父親が休日に子どもを公園へ連れて行くことは関与の一形態だが、行き先を決め、持ち物をそろえ、子どもの体調や気分を読み取るという判断は、多くの場合すでに母親によって組み立てられていることがある。

日本におけるこの研究の展開として、石井クンツ昌子は、2000年代後半以降に広まった「イクメン」という語と、その背後にある父親の育児参加の実態を社会学的に検討している。石井クンツは、育児参加を促す政策的な呼びかけと、実際の家庭内での分担の変化との間にずれがあることを論じ、関与の可視化(メディアで語られる父親像)と、責任の分担という実質的な変化を区別する必要を指摘している。また、舩橋惠子は、育児を「する」(個別の作業をこなす)ことと、育児を「担う」(見通しを立て責任を引き受ける)ことを区別し、稼ぎ手モデルが変化するなかでも、後者の負担が女性に偏りやすい構造を論じている。本稿は、この「する」と「担う」の区別を、公園という場での父親の関与を評価する際の視点として用いる。

2.2 高度経済成長期に形づくられた分業モデル

落合恵美子は、夫が稼得を担い妻が家事・育児に専念するという分業のかたちが、日本社会に古くから存在した伝統というより、高度経済成長期に広がった歴史的に新しい家族のかたちであったことを論じている。農業や自営業が中心であった時代には、女性も生業労働に従事することが多く、稼ぎ手が夫一人という家族像は、雇用労働が社会全体に広がってはじめて一般化した。この歴史的な経緯を踏まえると、性別役割分業は「昔からの日本の伝統」としてではなく、特定の時代の雇用構造と結びついて形づくられた、比較的新しい規範として理解する必要がある。山田昌弘もまた、近代家族が愛情によって結びつくと同時に、性別による役割の固定を伴う両義的な制度であったことを指摘しており、この両義性は、育児休業制度が拡充された現在にも引き継がれている。

2.3 育児の社会的な不可視性——ホックシールドの視点

アーリー・ホックシールドは、有償労働を終えた後に家庭内で担う家事・育児労働を「セカンド・シフト(第二の勤務)」と呼び、共働き夫婦であっても、この第二の勤務が女性に偏る傾向があることを論じた。ホックシールドはまた、単に作業をこなすだけでなく、家庭内の状況を絶えず把握し、次に何が必要かを考え続ける「精神的な労働」が見えにくい形で女性に集中しやすいことを指摘している。この視点は、公園という場でも応用できる。子どもを遊具に見守りながら座っているとき、その人が単に「そこにいる」のか、子どもの体調・機嫌・周囲との関係を絶えず把握し続けているのかは、外からは見分けにくい。本稿第6節・第7節では、この見えにくい労働という視点から、公園における父親の関与の質を検討する。

以上を踏まえ、本稿は次の三つの概念装置を用いる。第一に、パーソンズの性別役割分業論とそれへの批判(上野、コンネル)を、公園を含む公共空間に規範がどう現れるかを説明する枠組みとして用いる。第二に、関与・アクセス可能性・責任という三つの次元と、「する育児」「担う育児」の区別を、父親の育児参加の質を評価する枠組みとして用いる。第三に、ホックシールドの「精神的な労働」という視点を、公園での見守りという一見同じに見える行為の質の違いを論じる手がかりとして用いる。次節では、これらの概念を踏まえたうえで、日本の育児・介護休業制度の変遷を確認する。

直接のかかわりそばにいる段取りと判断三つの次元
図2父親の育児参加は関与・アクセス可能性・責任という三つの次元に分けて論じられ、公園での関わりもこの三つで評価できる。

2.4 概念どうしの関係

ここで整理した概念は、互いに独立した別々の学説というより、重なり合いながら公園という場を読み解く手がかりを提供する。パーソンズの性別役割分業論は、なぜ育児が母親の役割とみなされやすいのかという規範の起源を説明し、コンネルの覇権的な男性性という概念は、その規範が男性のあいだの序列としても働くことを示す。関与・アクセス可能性・責任という三つの次元と、「する育児」「担う育児」の区別は、規範のもとで実際にどのような分担が生じているかを、より細かく観察するための道具立てである。そしてホックシールドの精神的な労働という視点は、その分担のなかでもとりわけ見えにくい部分に光を当てる。本稿は、これらを排他的に使い分けるのではなく、論点に応じて重ねて用いることで、公園という一つの場を多面的に検討する。

3. 育児・介護休業法と産後パパ育休——制度の変遷

日本の育児休業制度は、1991年に制定された育児休業法(1992年施行)に始まる。当初は育児休業のみを定める法律であったが、1995年の改正で介護休業に関する規定が加えられ、名称も「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(育児・介護休業法)に改められた。介護休業の義務化は1999年に施行されている。この時期の制度は、子育てをする労働者一般を対象とし、父親と母親を明示的に区別してはいなかったが、実際に取得するのは母親が大半であったとされる。

2000年代以降、法改正は段階的に進んだ。2009年の改正では、3歳未満の子を持つ労働者に対する短時間勤務制度の措置が義務化されるとともに、両親がともに育児休業を取得する場合に休業可能期間を延長する「パパ・ママ育休プラス」制度が導入され、2010年に施行された。この制度は、父親の育児休業取得を直接に増やすものというより、両親で取得することへのインセンティブを設ける形をとっている点に特徴がある。

3.1 産後パパ育休の創設

2021年の改正育児・介護休業法により、2022年10月から出生時育児休業制度、通称「産後パパ育休」が始まった。これは、子の出生後8週間以内に、通常の育児休業とは別枠で最大4週間分の休業を、分割して取得できる制度である。同時に、通常の育児休業についても2回までの分割取得が可能になり、夫婦交代での取得や、仕事の繁忙期を避けた取得がしやすくなった。あわせて2022年4月からは、事業主が労働者本人またはその配偶者の妊娠・出産の申出を受けた際に、育児休業制度について個別に周知し、取得の意向を確認することが義務化されている。これらの改正は、法律上取得できるという状態から、取得を言い出しやすくするという段階へと、制度の焦点が移ったことを示している。

産後パパ育休という名称そのものが示すように、この制度は父親を主たる対象として設計された点で、それまでの育児休業制度とは性格が異なる。出生直後の期間に限定したのは、母親の産後の回復期に父親が家庭にいることの意義を踏まえたものと理解できる。制度の設計者が、育児参加の三つの次元のうち、まず関与とアクセス可能性を確保しようとしたと見ることができる一方、育児の責任をどの程度分かち合うかは、制度が直接に定める範囲を超えている。

改正・制度の内容
1991年(1992年施行)育児休業法の制定
1995年(1999年に介護休業義務化)介護休業の規定を追加、育児・介護休業法に改称
2009年(2010年施行)短時間勤務制度の義務化、パパ・ママ育休プラスの導入
2021年改正(2022年4月〜10月施行)育休の個別周知・意向確認の義務化、出生時育児休業(産後パパ育休)の創設、育休の分割取得

産後パパ育休には、通常の育児休業とは異なるもう一つの特徴がある。通常の育児休業中は原則として就業が認められないのに対し、産後パパ育休の期間中は、労使協定を締結している場合に限り、労働者本人が同意した範囲内で休業中に就業することが認められている。この仕組みは、完全に就労から離れることへの不安を抱える労働者や、事業主にも配慮した制度設計であるが、見方を変えれば、産後パパ育休が通常の育児休業に比べて「働きながらの育休」になりやすい構造を持つことも意味する。制度上、父親の休業がどこまで育児に専念する時間になるかは、労使間の取り決めや職場の事情によって左右される余地が残されている。

3.2 制度と実際の取得のあいだ

制度が拡充される一方で、父親の育児休業取得の広がりには地域差・職場差があるとされ、取得率という単一の数値だけで制度の効果を測ることには限界がある。取得したとしても、期間の長さや、休業中に何を担うかは一様ではない。数日から1週間程度の取得と、数か月にわたる取得とでは、育児参加の三つの次元のうちどこまで踏み込めるかが大きく異なる。本稿はこうした取得率そのものの数値には立ち入らず、制度が何を可能にし、何を可能にしていないかという設計の論理に焦点を当てる。

重要なのは、育児・介護休業法が定めるのはあくまで就労と育児の両立を支える枠組みであり、休業中や休業後に育児をどのように分担するかという規範までは規定していない、という点である。制度が父親の在宅時間を確保しても、その時間に何をするか——おむつを替えるのか、子どもを公園に連れて行くのか、家事を引き受けるのか、あるいは休息にあてるのか——は、家庭内の規範や、夫婦間の取り決めに委ねられる。次節では、この規範の側に焦点を移し、性別役割分業がどのように「育児の担い手は母親」という前提を公共空間に持ち込んでいるかを検討する。

制度改正の年表分割取得の記録施行家族の選択
図3育児・介護休業法は1991年の制定以来段階的に拡充され、2022年の産後パパ育休創設で父親を主たる対象とする枠組みが加わった。

3.3 保育所探しと育休の関係

育児休業制度は、子どもを保育所に預けるまでの期間を、就労を継続したまま埋める役割も担っている。保育所の入所時期は多くの自治体で年度替わりに集中しやすく、育児休業の期間設定は、保育所探しの結果にも左右される。この事情は父親・母親のどちらが休業を取得するかという判断にも影響しうる。たとえば、母親が長期の育児休業を取得し、父親が保育所入所前後の短期間に休業を重ねるという分担は、産後パパ育休の分割取得の仕組みによって以前より組み立てやすくなったといえる。制度が用意する選択肢が広がったことは、家庭ごとに異なる事情に応じた分担を可能にする一方、実際にどの組合せを選ぶかは、なお家庭内の話し合いと、双方の職場の事情に委ねられている。

4. 性別役割分業規範と「育児の担い手」という前提

性別役割分業の規範は、法律の条文には現れないが、公共空間の設計や日常のふるまいのなかに具体的な形で現れる。大日向雅美は、母親が子どもの世話に本能的・全面的に向いているという「母性愛神話」を批判的に検討し、この神話が母親自身を追い詰める一方、父親を育児の周辺に置く効果をもつことを論じている。母親が育児の当然の担い手とされることは、裏を返せば、父親が育児の場に現れることが「特別なこと」として扱われることを意味する。この非対称性が、公園という場でどのように現れるかを本節で検討する。

4.1 公共施設の設計に現れる前提

性別役割分業の規範がもっとも分かりやすく現れるのは、乳幼児連れを想定した設備の配置である。授乳室やおむつ替えの設備が「女性用トイレの中」「多目的トイレ一か所」に集約され、男性用トイレの内部には設けられていない例は、公共施設の設計をめぐる議論のなかでしばしば指摘されてきた。こうした配置は、設計者が意図したかどうかにかかわらず、「乳幼児の世話をするのは母親である」という前提を建物の形として固定してしまう。父親が一人で子どもを連れているとき、おむつ替えの場所を探して案内表示を頼りに移動しなければならない場面は、この前提が具体的な不便として現れる一例である。

同様の前提は、子育て支援施設の名づけや運営にも現れうる。「親子ひろば」「子育てサロン」といった名称自体は性別を限定していないが、実際の利用者が母親に偏りやすいとき、そこに新しく加わる父親は、既存の輪のなかで少数派としてのふるまいを求められることになる。これは制度上の排除ではなく、慣行としての偏りであるが、慣行は法律よりも変わりにくい。公園は、こうした専用施設に比べて利用者を限定しない開かれた空間である点で、この慣行からいくらか自由であるはずだが、それでも利用者の構成という点では同様の偏りが生じうる。この点は第6節で改めて論じる。

4.2 職場に残る規範——育休を取りづらい空気

性別役割分業の規範は、家庭内や公共空間だけでなく、職場にも及ぶ。制度上は育児休業を取得する権利が保障されていても、上司や同僚の反応を気にして取得をためらう、あるいは取得した父親が周囲から不利益な扱いや心ない言葉を受けるという事例が、労働問題や人事管理をめぐる議論のなかで指摘されてきた。こうした職場の反応は、しばしば「男性が育児のために長期間休むのは例外的なことだ」という前提を背景にしており、これも性別役割分業の規範が具体的な場面に現れた一例と見ることができる。第3節で確認したとおり、2022年からは育休の意向確認が事業主に義務づけられているが、義務化された手続きが、職場の雰囲気そのものを直ちに変えるとは限らない。制度と職場の慣行のあいだにも、本稿が繰り返し指摘してきた「変化の速さのずれ」が存在する。

4.3 「手伝う」という言葉が示すもの

日常語のなかにも、性別役割分業の前提は埋め込まれている。父親が育児や家事をすることを「手伝う」と表現する言い方は、育児・家事の主体が母親であり、父親はそれを補助する立場にあるという前提を含意する。舩橋惠子の整理に照らせば、「手伝う」という言葉は、個別の作業(する育児)への関与を認めつつ、見通しを立て責任を引き受ける立場(担う育児)を母親に残したままにする表現である。父親が公園に子どもを連れて行くことを「今日は父親が面倒を見てくれる日」と家庭内で語るとき、そこには、通常は母親が担っているという前提が透けて見える。

この前提は、父親自身の自己認識にも影響する。石井クンツ昌子の議論を踏まえれば、育児参加への呼びかけが強まる一方で、実際に何を、どこまで担うのかという規範が明確でないと、父親は「関わりたいが、どう関わればよいか分からない」という状態に置かれやすい。公園という場は、遊具で遊ばせる、見守るという分かりやすい行為を提供する点で、こうした父親にとって参入しやすい第一歩になりうる。次節では、この参入しやすさの内実を具体的に検討する。

家のなかの前提担い手の想定手伝うという言葉非対称
図4母親を育児の当然の担い手とする前提は、公共施設の設計や日常の言葉のなかに埋め込まれ、父親の参入を特別なことにしてしまう。

4.4 規範は一様ではない

ここまで述べてきた性別役割分業の規範は、社会全体に一様に働いているわけではない。世代、地域、就労形態によって、規範の強さや現れ方には幅がある。共働きが標準的になった世帯では、稼得と育児をともに分担するという意識が広がりつつあるとされる一方、片働きの世帯や、地域の慣行が根強く残る場では、従来型の分業が維持されやすい面もある。本稿は、規範が社会のどこでも同じ強さで働いているという単純化を避け、規範には幅があり、その幅のなかで公園という場が果たす役割も一様ではないという立場をとる。この幅を踏まえたうえで、次節では、規範にかかわらず公園という場そのものが持つ、父親にとっての参入しやすさを検討する。

5. 公園という場が父親にとって参入しやすい理由

前節までで、性別役割分業の規範が父親の育児参加を抑制する方向に働きうることを確認した。しかし公園は、他の子育て関連の場に比べて、父親にとって参入しやすい条件をいくつも備えている。本節では、その条件を整理する。

5.1 会員制でも予約制でもない開かれた空間

都市公園法(1956年)に基づく都市公園は、誰でも自由に出入りできる公共空間である。子育て支援センターの講座や、地域の子育てサロンのような場は、多くの場合、事前の登録や決まった開催日時があり、初めて訪れる人には参加の手続きという一段階のハードルがある。公園にはそうした手続きがなく、思い立ったときに、誰の許可も得ずに訪れることができる。この「手続きなしに参入できる」という性質は、育児の場に不慣れな父親にとって、心理的な敷居を下げる効果をもつと考えられる。既存の輪に加わる必要がある集まりの場に比べ、公園では、子どもと二人だけで過ごすという選択肢も自然に成り立つ。

また、公園には目的の決まった「プログラム」がない。子育て支援施設の講座では、その場でどう振る舞うべきかという一定の型が期待されるのに対し、公園では遊具で遊ばせる、ベンチに座る、散歩するなど、過ごし方の自由度が高い。父親が育児の経験や語彙に自信がなくても、遊具のそばで子どもを見守るという行為そのものが、育児参加として十分に成立する。この点は、「どう関わればよいか分からない」という前節で述べた戸惑いに対して、公園が具体的な行為の型を提供していることを意味する。

5.2 身体を使った遊びとの親和性

発達心理学の研究では、父親と子どもの遊びには、母親との遊びに比べて身体を使った活発な遊び——高く抱え上げる、追いかけっこをする、体を使って組み合うといった遊び——が多く見られる傾向があるとされる。こうした遊びは、屋内の限られた空間よりも、走り回れる広さと安全に配慮された遊具のある屋外の公園に向いている。ジャングルジムや雲梯のような、上る・つかまる・渡るといった動きを伴う遊具は、身体を使った遊びを好む父親にとって、子どもとの関わり方を見つけやすい設備であるといえる。

この親和性は、公園が総合公園・運動公園のような、より広い運動空間を含む種別を持つことでいっそう強まる。ボール遊びや走り回る遊びができる広場、健康遊具のような大人も使える設備は、父親が「子どもの遊びに付き添う」だけでなく、自分自身も体を動かしながら子どもと関わる場を提供する。これは、母親が担いやすい静的な見守り(座って様子を見る)とは異なる関与のかたちであり、父親特有の関わり方が公園という場と結びつきやすいことを示している。

5.3 休日という時間帯との結びつき

多くの父親にとって、平日の日中は就労時間にあたり、育児に割ける時間は限られる。休日は、就労から解放された父親が子どもとまとまった時間を過ごせる、数少ない機会である。公園は、予約や特別な準備を必要とせずに休日を過ごせる場所として、この限られた時間の使い道になりやすい。休日に父親が子どもを公園に連れて行くという光景がよく見られるのは、公園の開放性と、父親の可処分時間が休日に集中しがちだという就労構造の両方が組み合わさった結果であると理解できる。ただし、この休日集中型の関与は、関与の頻度としては目立つ一方、日々の細かな判断や段取りという責任の分担にはつながりにくい点に留意が必要である。この点は第7節で改めて検討する。

5.4 働き方の変化との重なり

近年、在宅勤務や勤務時間の柔軟化など、働き方の多様化が進んできたとされる。こうした変化は、父親が平日の日中にまとまった時間を確保できる可能性を、以前より広げていると考えられる。すべての父親に当てはまるわけではないが、勤務の合間に子どもを近くの公園に連れて行く、在宅勤務の休憩時間に散歩を兼ねて公園に立ち寄るといった過ごし方は、働き方が柔軟な職種や働き方を選んだ父親にとって、以前よりも実行しやすくなっている可能性がある。この変化は、第5節で述べた休日集中型の関与とは異なり、平日の関与を増やす方向に作用しうる点で注目に値する。ただし、これも職種や雇用形態によって条件が大きく異なり、すべての父親に一律に開かれた変化ではないことには留意が必要である。

手続きなし活発な遊び運動空間休日の時間
図5会員制でない開放性、身体を使う遊びとの親和性、休日の時間構造の三つが、公園を父親にとって参入しやすい場にしている。

5.5 費用がかからないという条件

公園は、都市公園法に基づく公共施設として、利用に料金を求められない場である。習い事や有料の遊び場は、参加のたびに費用が発生し、家計の判断として誰が連れて行くかとは別に、そもそも利用するかどうかという判断が先に立つ。公園にはこの費用の壁がなく、思い立った父親がそのまま子どもを連れて出かけることができる。この「費用の判断を経ずに参入できる」という性質は、第5.1節で述べた手続きの不要さと合わせて、公園を他の育児の場と比べて特異な存在にしている。もっとも、駐車場の有無や、公園までの移動手段は家庭ごとに異なり、費用がかからないことがそのまま利用のしやすさに直結するとは限らない点には留意が必要である。

6. 公園における居心地の悪さ——設備と規範の両面

前節で述べた参入しやすさは、公園があらゆる父親にとって等しく居心地のよい場であることを意味しない。本節では、設備の面と規範の面に分けて、父親が公園で感じうる居心地の悪さを検討する。

6.1 設備の面——おむつ替えとトイレの配置

第4節で触れたように、おむつ替えの設備が女性用トイレの中や、多目的トイレ一か所に集約されている場合、父親が一人で子どもを連れているとき、おむつ替えのためだけに離れた場所まで移動しなければならないことがある。多目的トイレは、車いす使用者や高齢者、性別を問わず必要とする人が共有して使う設備であり、そこにおむつ替え台が一つしかない場合、混雑時には順番待ちが生じることも考えられる。こうした配置は、意図的に父親を排除するものではないが、結果として父親の育児参加を物理的に難しくする側面がある。第4節で確認したとおり、これは前提が建物の形として固定された例の一つである。

また、乳幼児と長く滞在するためには、日差しや雨をしのげる屋根、腰を落ち着けられるベンチ、清潔な水道といった設備が重要になるが、これらは父親に限らず、保護者一般に共通して必要な条件である。父親特有の困りごとというよりも、公園全体の設備が乳幼児連れの滞在を十分に支えているかという、より広い論点に含まれる部分もある。本稿は、おむつ替えという特定の設備に注目することで、性別役割分業の前提が設備の配置にどう現れるかを具体的に示そうとしているのであり、公園の設備一般を論じることを目的とはしていない。

6.2 規範の面——母親中心のコミュニティ

設備よりも見えにくいが、より大きな影響を持ちうるのが、利用者どうしの関係という規範の面である。平日の公園に集まる保護者が母親に偏っている場合、そこに生まれる立ち話や情報交換の輪は、自然と母親どうしのやり取りとして形成されやすい。父親が一人でこの輪に加わろうとすると、既存の会話のテンポや話題(授乳や保育園選びなど、母親どうしで共有されやすい話題)になじみにくく、居心地の悪さを感じることがあるとされる。これは、公園という場そのものが排他的なのではなく、その時間帯にたまたま形成された利用者の構成が、特定の性別に偏っていることから生じる現象である。

逆に、父親が一人で子どもを連れている場面が、周囲から注目される、あるいは声をかけられやすいという指摘もある。これは好意的な関心である場合が多いが、「父親が育児をするのは珍しい」という前提そのものが、注目という形で可視化されているとも解釈できる。母親が同じ行動をとっても特に注目されないのに対し、父親の場合はそれが話題になるという非対称性は、性別役割分業の規範が日常のふるまいのなかでどう機能しているかを示す一例である。父親にとって、この可視化は励みになることもあれば、負担に感じられることもあり、一様ではない。

6.3 育児の可視化とオンラインの視線

近年は、SNS上で父親が子どもと公園で過ごす様子が発信される場面も見られるようになったとされる。こうした発信は、父親の育児参加を肯定的に可視化し、他の父親にとってのお手本になりうる一方、公園という現実の場での関わりとは別に、「見せるための育児」という新たな側面を持ち込む可能性もある。オンライン上での可視化が進むことと、家庭内での責任の分担が実質的に変わることとは、第2節で確認したとおり別の次元の問題であり、両者を混同しないことが重要である。また、子どもの姿が写り込む発信には、子ども自身のプライバシーへの配慮も求められる。本稿はこの論点を深く掘り下げる立場にはないが、公園における父親の可視化という現象が、SNSという新しい回路によっても生じていることは指摘しておきたい。

本稿は、こうした居心地の悪さを、父親個人の適応の問題としてではなく、設備の配置と利用者コミュニティの構成という、公園という場の条件の問題として捉える。設備は改修によって変えうるが、利用者コミュニティの構成は、時間帯や地域によって異なり、公園の管理者が直接に操作できるものではない。この違いは、第8節で磐田市の公園への示唆を述べる際の重要な前提になる。

トイレの配置おむつ替え台注目されやすさ居心地の悪さ
図6おむつ替え設備の配置という物理的な条件と、母親中心になりやすい利用者コミュニティという規範的な条件の両方が、父親の居心地に関わる。

6.4 居心地の悪さと参入しやすさは両立する

第5節で述べた参入しやすさと、本節で述べた居心地の悪さは、矛盾するものではなく、公園という場の異なる側面である。手続きも費用も要らないという意味では参入しやすく、いざ足を踏み入れると設備や利用者構成の面で居心地の悪さに直面する、という状態は十分に成り立つ。この両面性は、公園に限らず、多くの公共空間に共通する性質でもある。重要なのは、参入の敷居の低さをもって「父親も育児に関わりやすい環境が整っている」と単純に結論づけるのではなく、実際に足を踏み入れた後に何が起きるかまでを含めて評価することである。次節では、この両面性を踏まえたうえで、制度の整備が規範の変化にどこまでつながるかという論点に戻り、想定される反論に応答する。

7. 反論への応答と比較——「イクメン」言説の批判的検討

ここまでの議論に対しては、いくつかの反論が想定できる。本節ではそのうち二つを取り上げ、応答を試みる。第一は、「制度が整えば規範は自然に追いつく」という見方である。第二は、「父親の育児参加は私的な選択であり、制度や公共空間の設計の対象にはなじまない」という見方である。

7.1 制度は規範に自動的につながるか

第一の反論は、産後パパ育休のような制度が広がれば、いずれ「父親も育児をするのが当たり前」という規範が社会全体に定着し、公園での居心地の悪さのような問題も自然に解消するという見方である。この見方には一定の説得力がある。制度が父親の育児休業取得を後押しし、休業中に子どもと過ごす経験を積む父親が増えれば、育児に関わる父親という像が珍しくなくなっていくことは十分に考えられる。

しかし、第2節で整理した関与・アクセス可能性・責任という三つの次元に照らすと、この見方には留保が必要である。制度が直接に保障するのは、休業という時間の確保、すなわち関与とアクセス可能性の条件である。休業中に何を担うか、休業後も育児の段取りや判断をどこまで引き受け続けるかという責任の次元は、制度が時間を用意しても自動的には変わらない。舩橋惠子の「する育児」と「担う育児」の区別を踏まえれば、休業取得の広がりは「する育児」への関与を増やす効果は期待できても、「担う育児」——見通しを立て、判断し、家庭内の状況を絶えず把握し続けるというホックシールドの言う精神的な労働——の分担が進むかどうかは、別の問いとして残る。石井クンツ昌子が指摘するように、育児参加を促す言説(イクメンという語のような)が広まることと、家庭内の分担が実質的に変わることの間には、見落とされやすい距離がある。したがって、制度の拡充を評価しつつも、それが規範の変化を自動的に保証するわけではないという立場を、本稿は取る。

7.2 育児参加は私的な選択か

第二の反論は、誰がどれだけ育児に関わるかは各家庭の事情や選択に委ねられるべきであり、公共の制度や公園の設計がそこに介入する必要はない、という見方である。この見方も一面では正しい。それぞれの家庭には固有の事情があり、画一的な分担のかたちを外から押し付けることは適切ではない。

しかし本稿の関心は、個々の家庭にどう分担すべきかを指図することではなく、家庭がどのような分担を選ぶにせよ、その選択の幅が制度と場によって不当に狭められていないかを問うことにある。育児・介護休業法が父親を主たる対象とする制度を設けたこと自体、育児参加が私的な選択にとどまらず、公共の政策課題として扱われてきたことを示している。同様に、公園のトイレの配置や、利用者コミュニティの構成が、父親の選択肢を実質的に狭めているとすれば、それは私的な選択の結果というより、場の設計と規範の結果である。選択の自由を尊重することと、その選択を妨げる条件を取り除くことは、両立する課題である。

7.3 諸外国の制度との簡単な比較

諸外国に目を向けると、父親の育児休業取得を制度的に後押しする仕組みとして、ノルウェーが1993年に導入した「父親割当(パパ・クオータ)」制度が広く知られている。これは、育児休業の一定期間を父親に割り当て、父親が取得しなければその分の休業権が消滅する仕組みであり、スウェーデンなど北欧諸国にも同様の考え方が広がったとされる。父親専用の枠を設けるという発想は、日本の産後パパ育休が出生後8週間という時期に限定した枠を設けたことと、部分的に重なる。ただし、両国の社会保障制度や労働慣行、育児休業中の所得保障の水準は日本と異なり、単純な比較には慎重であるべきである。本稿はここで諸外国の制度の詳細な検証には立ち入らず、父親専用の枠を設けるという設計思想が国際的にも見られることのみを確認するにとどめる。

7.4 父親の参加は母親の負担軽減に直結するか

もう一つ想定される反論は、父親が育児に関わる時間が増えれば、それだけ母親の負担は軽くなるはずだという見方である。この見方は一面で正しいが、第2節・第7節で確認した関与と責任の区別を踏まえると、単純には成り立たない場合がある。父親が公園に子どもを連れて行っている間、母親が家事や休息に充てられるのであれば、時間の面での負担は軽減される。しかし、行き先や持ち物、子どもの体調管理といった判断を依然として母親が担い続けているとすれば、母親の「精神的な労働」は形を変えて存続する。負担の軽減を実質のあるものにするには、時間の分担だけでなく、判断や段取りという責任の所在そのものを、夫婦間で明示的に話し合い、移していく必要がある。公園への同行は、その第一歩にはなりうるが、それだけで負担の軽減が完結するわけではないことを、本稿は強調しておきたい。

海外の制度関与の確保責任の分担両立する課題
図7制度は関与とアクセス可能性を確保できても責任の分担を保証しない。選択の尊重と、選択を妨げる条件の除去は両立する課題である。

以上の応答をまとめると、本稿の立場は次のように整理できる。制度の拡充と国際的な比較のいずれも、父親の育児参加を後押しする条件を整えるうえで意義があるが、それだけで規範や責任の分担が変わるわけではない。次節では、この立場を踏まえたうえで、磐田市の公園という具体的な場に議論を戻し、制度・規範・場のずれが、実際の公園という空間にどのように現れうるかを検討する。

8. 磐田市の公園への示唆

本節では、ここまでの議論を磐田市の公園に当てはめる。用いる事実は、磐田市のオープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドに基づく当サイトのデータベース(100園)に記載のあるものに限る。当サイトの現地踏査はまだ始まっておらず、父親の利用実態そのものを確かめたものではない。以下は、公表されているデータからの推論であり、実際に磐田市内の公園で何が起きているかは今後の観察に委ねられる。

8.1 運動系の公園と父親の関与

第5節で述べたとおり、父親と子どもの遊びは身体を使った活発なものになりやすいとされる。磐田市の100園のうち、総合公園(3園)と運動公園(3園)は、こうした遊びに向いた広い運動空間を含む。市の施設ガイドには、竜洋海洋公園(竜洋・総合公園・221,722平方メートル)に野球場・プール・カヌー用の艇庫などが、福田公園(福田・総合公園・49,620平方メートル)に野球場1面と多目的広場(サッカー1面、ソフトボール2面)、テニスコート2面が、東大久保運動公園(見付・運動公園・34,218平方メートル)にグラウンドとテニスコートがあると記されている。こうした広い運動空間を持つ公園は、休日にまとまった時間を過ごす父親と子どもの活発な遊びの受け皿になりうると考えられる。あわせて、北川瀬公園(中泉・街区公園)、中央公園(中泉・地区公園)、中泉グリーンパーク(中泉・街区公園)、豊田原新田公園(豊田・街区公園)には健康遊具があると施設ガイドに記されており、これらは主に高齢者の利用が想定される設備だが、父親や祖父が子どもと並んで体を動かす接点にもなりうる。

8.2 街区公園と平日の利用者構成

一方、磐田市の100園のうち半数を超える51園は街区公園であり、標準面積0.25ヘクタール・誘致距離250メートルという徒歩圏の規模である。第6節で論じたとおり、平日の街区公園に集まる利用者は母親に偏りやすいと考えられ、そこに父親が一人で加わる場面では、居心地の悪さが生じる可能性がある。ただし、これは当サイトのデータベースからは確認できない事柄であり、実際の利用者の構成、時間帯による変化、父親の来園頻度は、今後の踏査で観察すべき項目である。オープンデータのフラグ集計では、94行のうちトイレ有が69園、砂場有が43園、遊具有が64園であり、これらの設備の有無は、乳幼児連れの滞在のしやすさに関わる一次的な手がかりになる。

8.3 トイレの設備とインクルーシブな設計

第6節で論じたおむつ替え設備の配置については、当サイトのデータベースに詳細な記載がない。市の施設ガイドの多くの公園では「トイレ(多目的トイレ)」とだけ記され、多目的トイレの内部におむつ替え台があるか、男性用トイレの内部にも設置されているかまでは分からない。オープンデータのフラグ集計では、車いす対応トイレ有が34園とされているが、これは車いす対応の有無を示すものであり、おむつ替え設備の有無を直接に示すものではない。この点は、性別を問わず育児中の保護者にとって重要な情報でありながら、当サイトが現時点で提供できていない情報であり、今後の踏査で確認すべき優先項目の一つとして位置づける。

設計の方向性としては、安久路公園(御厨・地区公園・32,001平方メートル)の例が参考になる。市の施設ガイドには「複合遊具(インクルーシブエリアあり)」「ブランコ(インクルーシブアイテムあり)」と記されており、障害の有無にかかわらず利用しやすい設計への配慮がうかがえる。こうしたインクルーシブな設計の考え方は、障害の有無だけでなく、利用する保護者の性別を問わない設備配置——たとえば男女どちらのトイレにもおむつ替え台を設ける——という発想とも重なりうる。当サイトは、今後の踏査でトイレ内部の設備を確認する際、この視点を項目に加えることを検討している。

地区(園数)運動系・拠点となる公園の例踏査で確かめること
見付(21園)東大久保運動公園、かぶと塚公園平日・休日の利用者の性別構成
中泉(14園)中央公園、北川瀬公園健康遊具の利用者層
御厨(13園)安久路公園、兎山公園インクルーシブ設備とトイレの内部
豊田(28園)豊田原新田公園、豊田ラブリバー公園街区公園における平日の利用者構成
竜洋(13園)竜洋海洋公園運動施設と父親の来園頻度
福田(4園)福田公園週末の家族連れの構成

8.4 駐車場という条件

当サイトのデータベースによれば、市の施設ガイドに駐車場が「有り」等と記載されている、または当サイトで有と判定した公園は33園である。就労を終えた父親が休日に子どもを車で公園に連れて行くという行動様式を想定すると、駐車場の有無は、父親が単独で子どもを連れ出す際の実行しやすさに関わる条件になりうる。竜洋海洋公園、福田公園、安久路公園、今之浦公園(見付・近隣公園)はいずれも駐車場が有りと記載されており、こうした公園は、平日に徒歩で通う母親中心の街区公園とは異なる利用のされ方——休日に車で訪れる父親と子ども——をしている可能性がある。この仮説も、実際の来園者調査によってはじめて確かめられるものであり、当サイトの踏査課題としたい。

8.5 9地区の偏りという視点

当サイトは磐田市を9地区に分けて公園を整理している。園数は豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園である。運動系の拠点となる公園(総合公園・運動公園)は見付・竜洋・向陽・福田の各地区にあり、これらの地区に住む家庭では、休日に父親が子どもを連れて向かう先の選択肢が比較的多いと考えられる。一方、園数の少ない南部・向陽・豊岡の各地区では、拠点となる公園までの距離が遠くなる可能性があり、父親の育児参加における公園の役割も、地区によって異なるかたちをとりうる。この地区差は、第6節で論じた母親中心のコミュニティの規模や固定化のしやすさにも関わると考えられ、園数の少ない地区ほど、限られた顔ぶれのなかに新しく加わることへの敷居が高くなる可能性がある。

9地区100園健康遊具駐車場33園トイレ設備の内部
図8磐田市の100園を地区・種別・設備から読み解くと、運動系の拠点と徒歩圏の街区公園とで、父親の関与のされ方が異なりうる。

8.6 当サイトのデータベースでは分からないこと

最後に、本節で述べた示唆の限界を明確にしておきたい。当サイトのデータベースは、種別・面積・地区・設備の有無という、市のオープンデータと施設ガイドから得られる情報にとどまり、実際にどのような人が、どの時間帯に、どのように公園を使っているかという利用実態は含んでいない。本節で示した運動系公園と父親の関与、街区公園と母親中心のコミュニティ、地区差と参入のしやすさという三つの見立ては、いずれも第2節から第7節までの概念的な議論をデータベース上の事実に当てはめた推論であり、確定した結論ではない。当サイトが今後の踏査で実際に観察し、必要であれば本稿の見立てを修正していく前提のものとして位置づけている。

9. 結論と今後の課題

本稿は、父親の育児参加という主題を、制度・規範・場という三つの層に分けて検討した。第一に、日本の育児・介護休業法は1991年の制定以来段階的に拡充され、2022年の産後パパ育休の創設によって、父親を主たる対象とする制度がはじめて明確に設けられた。第二に、この制度の拡充にもかかわらず、「育児の担い手は母親」という性別役割分業の規範は、公共施設の設計や日常の言葉のなかに根強く残っており、制度と同じ速さでは変化していない。第三に、公園という具体的な場に即して見ると、会員制でも予約制でもない開放性や、身体を使った遊びとの親和性、休日という時間帯との結びつきによって、父親にとって参入しやすい条件が備わっている一方、おむつ替え設備の配置や、母親中心になりやすい利用者コミュニティのために、居心地の悪さが生じうることを示した。

第7節で述べたとおり、制度の拡充は、関与とアクセス可能性という次元の条件を確保することはできても、育児の段取りや判断を引き受ける責任の分担までを自動的に保証するものではない。舩橋惠子の「する育児」と「担う育児」の区別、ホックシールドの見えにくい精神的な労働という視点は、この限界を理解するうえで有効な枠組みであった。公園における父親の関与を評価する際にも、遊具のそばに立っているという可視的な関与だけでなく、その日の行き先を決め、持ち物をそろえ、子どもの体調や気分を読み取るという、見えにくい判断がどちらの親によって担われているかという視点が必要である。

9.1 磐田市の公園への含意

磐田市の100園に関しては、第8節で述べたとおり、総合公園・運動公園のような広い運動空間を持つ公園が、父親の身体を使った関与の受け皿になりうる一方、街区公園51園を中心とする平日の徒歩圏の利用は母親に偏りやすいという仮説を示した。また、トイレ内部のおむつ替え設備の詳細や、安久路公園に見られるインクルーシブな設計の考え方が他の公園にどこまで広がっているかについては、当サイトのデータベースだけでは確認できず、今後の踏査課題として残された。当サイトを運営する富士ヶ丘サービス株式会社は不動産・介護の事業を営む地域の事業者であるが、本稿はその事業とは独立した文献整理として、公園という公共空間を学術的な視点から検討したものである。

9.2 本稿の限界と今後の課題

本稿には、いくつかの限界がある。第一に、本稿は文献整理と概念分析にとどまり、磐田市内の公園における父親の来園実態を独自に調査したものではない。第二に、育児参加をめぐる研究には、本稿で扱いきれなかった論点——ひとり親家庭における育児参加のあり方、共働き・専業主婦(夫)といった就労形態による違い、性的マイノリティの家庭における育児の分担など——が多く残されている。第三に、諸外国の制度との比較は、本稿では設計思想の共通点を確認する程度にとどまり、所得保障の水準や労働慣行の違いを含めた詳細な検討には至っていない。

今後の課題として、当サイトの現地踏査では、平日・休日・時間帯ごとの来園者の性別構成、トイレ内部のおむつ替え設備の有無と設置場所、健康遊具や運動空間の利用者層といった項目を記録し、本稿で示した仮説を検証する材料としたい。また、父親自身の視点——公園のどこに参入しやすさを感じ、どこに居心地の悪さを感じるか——は、外部からの観察だけでは十分に捉えられない部分もあり、当事者の声に基づく調査の必要性も、本稿の先に残された課題である。制度が父親を育児の場へと後押しし始めた今こそ、公園という身近な公共空間が、その後押しをどこまで受け止められているかを、具体的な場に即して問い続ける意義があると考える。

最後に、行政・地域の関係者に対する示唆をまとめておきたい。公園の新設や改修の機会には、トイレ内部のおむつ替え設備を性別を問わず利用できる場所に設けること、案内表示にその位置を明示することが、父親の育児参加を物理的に支える具体的な一歩になりうる。また、地域の子育て支援の場において、父親を対象とした情報提供や参加の呼びかけを行うことは、第4節で述べた「特別なこと」という位置づけを和らげ、父親が公園を含む育児の場に参入しやすくすることにつながると考えられる。本稿で述べた制度・規範・場という三つの層は、それぞれ異なる主体(国、社会、地域や施設の管理者)が担う課題であるが、いずれも独立にではなく、互いに関わり合いながら、父親の育児参加という一つの問題を形づくっている。

本稿を通じて確認できたのは、父親の育児参加を「増える」か「増えない」かという単一の物差しで測ることの限界である。制度が用意する時間、規範が許容する関わり方、場が提供する具体的な行為の型は、それぞれ別の条件であり、どれか一つが変わっても残りが変わらなければ、父親の育児参加は部分的にしか進まない。公園という場は、そのなかでも比較的変えやすい部類に入る。トイレの設備は改修でき、案内表示は書き換えられ、子育て支援の呼びかけは対象を広げられる。規範や職場の慣行に比べれば、場の条件を見直すことは着手しやすい課題であり、その小さな見直しの積み重ねが、制度と規範のあいだに残るずれを、わずかずつでも埋めていく道筋になりうる。本稿がその見直しのための一つの視点を提供できていれば幸いである。

参考文献

  1. タルコット・パーソンズ/ロバート・F・ベールズ(1955)『家族——核家族と子どもの社会化』(橋爪貞雄ほか訳、黎明書房)
  2. アーリー・R・ホックシールド/アン・マッチャング(1989)『セカンド・シフト——第二の勤務、割に合わない家事・育児労働』(田中和子訳、朝日新聞社、1990)
  3. R・W・コンネル(1995)『マスキュリニティーズ——男性性の社会科学』(伊藤公雄監訳、新曜社、2022)
  4. 上野千鶴子(1990)『家父長制と資本制——マルクス主義フェミニズムの地平』岩波書店
  5. 落合恵美子(2019)『21世紀家族へ——家族の戦後体制の見かた・超えかた 第4版』有斐閣
  6. 山田昌弘(1994)『近代家族のゆくえ——家族と愛情のパラドックス』新曜社
  7. 大日向雅美(2000)『母性愛神話の罠』日本評論社
  8. 石井クンツ昌子(2013)『「育メン」現象の社会学——育児・子育て参加への希望を叶えるために』ミネルヴァ書房
  9. 舩橋惠子(2006)『育児のジェンダー・ポリティクス——変わる家族の稼ぎ手モデル』勁草書房
  10. 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法、平成3年法律第76号)及び令和3年改正
  11. 厚生労働省「育児・介護休業法について」
  12. 内閣府男女共同参画局『男女共同参画白書』
  13. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令
  14. 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
  15. 磐田市「都市公園一覧」(オープンデータ、CC BY 3.0)
  16. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

← 生命・健康・心理・教育 の論文一覧 公園学術論文 トップ 読みもの(公園ガイド)