生命・健康・心理・教育環境教育
身近な自然から学ぶ——環境教育の系譜とセンス・オブ・ワンダー
要旨
本稿の目的は、環境教育という学問領域・実践領域の系譜を、1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)から1977年のトビリシ宣言、持続可能な開発のための教育(ESD)に至る国際的な流れと、日本国内の制度化に沿って整理したうえで、海洋生物学者レイチェル・カーソンが遺著『センス・オブ・ワンダー』(1965)で示した「知る(knowing)ことは感じる(feeling)ことの半分も重要ではない」という考え方が、その系譜にどう位置づくかを明らかにすることである。方法は文献整理と概念分析であり、独自の実地調査は行っていない。
検討の結果、国際的な環境教育の系譜は当初から知識の伝達だけでなく意識・態度・参加を含む多面的な目標を掲げていたこと、しかし実践においては知識注入型に傾きやすく、その限界としてエコフォビア(自然や環境問題への恐れ・無力感)が指摘されてきたことが確認された。カーソンの議論は、知識に先立つ感性の経験、とりわけ身近な自然での反復的な経験の重要性を示すものであり、これは「本物の自然でなければ環境教育にならない」という主張への一つの応答にもなる。
最後に、磐田市の都市公園100園、とりわけ竜洋昆虫自然観察公園やいわたエコパークのような身近な自然を含む公園を、遠方の自然体験施設に代わる日常的な環境教育のフィールドとして位置づけ直した。ただし当サイトの現地踏査はこれからであり、各公園の具体的な生きものや草花の様子は今後の踏査課題として残した。
キーワード環境教育センス・オブ・ワンダー身近な自然レイチェル・カーソンエコフォビアトビリシ宣言磐田市
1. はじめに——問題の所在
環境教育という言葉を聞くと、多くの人はまず森の中の自然学校や、遠足で訪れる自然観察施設、あるいは学校の理科の授業を思い浮かべるだろう。専門のスタッフが案内し、めずらしい生きものや雄大な景観に出会う体験が、環境教育の典型的なイメージとして共有されている。しかし、子どもが実際に日常のなかで自然に触れる場所の多くは、そうした特別な施設ではなく、家から歩いて行ける身近な公園である。虫を探し、木の実を拾い、雨上がりの水たまりをのぞきこむといった経験の大半は、遠足の日ではなく、何でもない放課後や休日に、近所の公園で起きている。
この身近な公園での経験は、環境教育という学問領域・実践領域のなかでどのように位置づけられるのだろうか。環境教育には1970年代以降の国際的な系譜があり、知識・態度・参加といった複数の目標が掲げられてきた。同時に、海洋生物学者レイチェル・カーソンが遺した『センス・オブ・ワンダー』(1965)は、子どもが自然に対してもつ驚きや不思議さの感覚を、知識に先立つものとして重視した。この二つの流れ——制度としての環境教育の系譜と、カーソンが示した感性を先に置く考え方——を突き合わせたとき、身近な公園という平凡な場所は、環境教育のフィールドとしてどのような意味をもつのか。これが本稿の出発点である。
この問いを立てる背景には、子どもが屋外で自然と接する時間や場所が縮小しているのではないか、という近年の広い懸念がある。都市化が進み、遊び場の選択肢が室内の施設や画面の中に広がるなかで、身近な自然との接点をどう確保するかは、環境教育に限らず子育てや地域づくりに関わる共通の関心事になっている。この懸念そのものの当否を検証することは本稿の射程を超えるが、少なくともこうした問題意識が、環境教育を「特別な施設で行う特別な学習」としてだけでなく、「日常のなかでどう確保するか」という問いへと広げていることは確認しておきたい。身近な公園は、この日常という次元において検討されるべき対象である。
本稿の問いは次の三つである。第一に、環境教育は国際的にどのような系譜をたどって今日の姿になったのか。第二に、レイチェル・カーソンが『センス・オブ・ワンダー』で示した「知ることより感じること」という考え方は、その系譜のなかでどのような位置を占め、知識注入型の環境教育に対してどのような批判・補完を提示するのか。第三に、この二つを踏まえたとき、磐田市の都市公園100園は、環境教育のフィールドとしてどのような可能性と限界をもつのか。
1.1 方法と立場
方法は文献整理と概念分析である。国連人間環境会議(1972、ストックホルム)以降の国際的な文書、レイチェル・カーソンの著作、エコフォビア(自然や環境問題への恐れ・無力感)を論じた文献、日本国内の環境教育に関する法律などを参照し、それらの概念を身近な公園という対象に当てはめて検討する。本稿は独自の実地調査にもとづくものではない。当サイト(ATAWI PARK)は磐田市の公園100園のデータベースであるが、現地踏査はこれから始まる段階であり、本稿で述べる公園の生きものや草花の様子は、文献にもとづく一般的な見通しにとどまる。踏査で確かめるべき論点は、その都度明示する。
なお、本稿が「環境教育」という学問・実践領域から公園を論じるのには理由がある。造園学や都市計画学が公園の空間そのものを扱い、発達心理学が遊びの効果を扱うのに対し、環境教育は「自然との関わりを通じて何がどう学ばれるのか」という、経験の内容と学びの過程に焦点を当てる。この視点は、公園を単なる遊具の集合としてではなく、子どもが自然というものに初めて出会う教育的な場として見直す手がかりを与えてくれる。
1.2 本稿の構成
第2節で環境教育の国際的な系譜と日本国内の制度化を整理する。第3節でレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』を検討し、感性が知識に先立つという考え方を確認する。第4節で知識注入型の環境教育の限界とエコフォビアの問題を論じ、第5節で身近な自然の反復的な経験が態度を形づくる経路を検討する。第6節で「本物の自然でなければ環境教育にならない」という反論に応答し、第7節で学校教育・自然体験施設・身近な公園という三つの場を比較する。第8節では発達心理学における環境のアフォーダンス(environment offers to act)という概念を導入し、公園という環境が差し出す遊びの可能性を検討する。第9節で磐田市の公園への示唆を述べ、第10節で結論と今後の課題を示す。読者としては、磐田市周辺の子育て世代、行政や地域活動の関係者、環境教育や公園に関心をもつ学生を想定し、専門用語は初出のたびに説明する。
2. 先行研究と概念の整理——環境教育の系譜
2.1 環境教育の国際的な系譜
環境教育(environmental education)が国際的な政策課題として明確に位置づけられたのは、1972年に開催された国連人間環境会議(ストックホルム会議)に遡る。この会議で採択された「人間環境宣言」は、環境問題への対処に教育が不可欠であることを明記し、以後の国際的な取り組みの出発点となった。1975年には、ユネスコと国連環境計画による国際環境教育ワークショップで「ベオグラード憲章」が採択され、環境教育の目標が、環境問題への意識(awareness)、知識(knowledge)、態度(attitude)、技能(skill)、評価能力(evaluation ability)、参加(participation)という複数の要素からなることが整理された。ここで重要なのは、環境教育が当初から「知識を教える」だけの営みとしては構想されていなかった、という点である。
1977年には、旧ソ連のトビリシで政府間環境教育会議が開かれ、「トビリシ宣言」が採択された。この宣言は、環境教育を学校教育の一分野に限定せず、生涯にわたる学際的なプロセスとして位置づけ、身近な環境を学びの出発点とする原則を打ち出した点で重要である。すなわち、教育の対象を遠くの珍しい自然に限定するのではなく、学習者にとって身近な環境から出発することが、国際的な宣言の段階からすでに原則として掲げられていたのである。この原則は、本稿が身近な公園を環境教育のフィールドとして論じる際の、一つの拠り所となる。
1992年の国連環境開発会議(リオデジャネイロ)で採択された行動計画「アジェンダ21」は、第36章で教育・啓発・訓練を持続可能な開発の基盤の一つとして位置づけた。さらに2002年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)では、日本政府と民間団体が「国連持続可能な開発のための教育の10年(ESDの10年)」を提案し、これが国連総会で採択され、2005年から2014年にかけてユネスコを主導機関として世界的に推進された。ESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)は、環境問題を経済・社会の課題と切り離さずに扱う、より広い枠組みへと環境教育を位置づけ直すものであった。
| 年 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 1972年 | 国連人間環境会議(ストックホルム) | 「人間環境宣言」で環境教育の必要性を明記 |
| 1975年 | ベオグラード憲章 | 意識・知識・態度・技能・評価能力・参加という目標を整理 |
| 1977年 | トビリシ宣言(政府間環境教育会議) | 生涯にわたる学際的プロセス、身近な環境を出発点とする原則 |
| 1992年 | 国連環境開発会議「アジェンダ21」第36章 | 教育・啓発・訓練を持続可能な開発の基盤に位置づけ |
| 2002年 | 持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ) | 日本等が国連ESDの10年を提案 |
| 2005〜2014年 | 国連ESDの10年 | ユネスコを主導機関として世界的に推進 |
2.2 ESDからSDGsへ
2014年に国連ESDの10年が終了したのちも、環境教育を持続可能な開発の課題と結びつける流れは続いている。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、目標4「質の高い教育をみんなに」のなかにターゲット4.7を含んでおり、そこでは持続可能な開発とライフスタイルに関する教育を、2030年までにすべての学習者が受けられるようにすることが掲げられている。さらに2021年にはドイツのベルリンで開催されたユネスコの世界会議で、2030年までの新たな枠組みとして「ESD for 2030」が採択され、環境教育・ESDを国際的な教育政策の中に位置づける取り組みが継続していることが確認できる。
この一連の流れをたどると、環境教育の国際的な系譜は、当初の「環境問題への対処のための教育」から、経済・社会と一体になった「持続可能な社会の担い手を育てる教育」へと、対象を広げながら継続してきたことがわかる。しかし、目標や理念がどれほど広がっても、それを日々の生活のなかで具体化する場所——子どもが実際に自然や地域社会に触れる場所——が必要であることに変わりはない。次項では、この具体化の場として、日本国内でどのような制度が用意されてきたかを見る。
2.3 日本における制度化
日本国内では、2003年(平成15年)に「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律」が制定され、環境教育が国の施策として法的に位置づけられた。この法律はその後、持続可能な社会の担い手を育む視点を強めるかたちで改正が重ねられている。あわせて、1998年の学習指導要領改訂以降、小学校低学年の「生活科」や、小中高等学校を通じた「総合的な学習の時間」が、身近な地域や自然を対象とした体験的な学習の主要な受け皿として位置づけられてきた。これらの制度は、教室の中で完結する知識の伝達ではなく、児童・生徒が身近な環境に自ら関わる経験を組み込もうとする点で、トビリシ宣言以来の国際的な原則と方向性を共有している。
ただし、法律や指導要領が「身近な環境から学ぶ」ことを原則として掲げていることと、個々の子どもが実際にどれだけ身近な自然に触れているかは別の問題である。制度が原則を示しても、それを支える具体的な場所——歩いて行ける範囲に、繰り返し訪れられる自然があるかどうか——が確保されていなければ、原則は絵に描いた餅に終わる。都市に住む子どもにとって、その具体的な場所の代表格が、街区公園をはじめとする身近な公園である。
2.4 概念整理のまとめ
本節で整理した系譜を振り返ると、環境教育は一貫して二つの緊張関係のなかで展開してきたことがわかる。一つは、意識・態度・参加といった多面的な目標と、知識という一つの要素との緊張関係であり、もう一つは、地球規模の課題と、学習者にとっての身近な環境との緊張関係である。ストックホルム会議からトビリシ宣言、ESD、SDGsのターゲット4.7に至るまで、国際的な議論はこの二つの緊張関係のなかで、どちらか一方に偏ることを戒め、両者を結びつけようとしてきたと整理できる。次節で検討するレイチェル・カーソンの議論は、この緊張関係のうち、知識と意識・感性の関係に焦点を当てたものとして位置づけることができる。
3. レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』と感性の先行
3.1 カーソンの生涯と着想
レイチェル・カーソンは、農薬による環境汚染への警鐘を鳴らした『沈黙の春』(1962)で知られるアメリカの海洋生物学者・作家である。『センス・オブ・ワンダー』は、彼女が姪の息子と海辺や森を歩いた経験をもとに書き進めていた文章で、カーソン自身の死後、1965年に一冊の本として刊行された。日本語版は上遠恵子の訳で1996年に新潮社から刊行されている。専門的な知識をもつ研究者でありながら、カーソンがこの遺著で論じたのは、生物の分類や生態系の仕組みといった知識そのものではなく、子どもが自然と出会うときに感じる「センス・オブ・ワンダー」、すなわち驚きと不思議さの感覚であった。
カーソンの議論の核心は、知ること(knowing)よりも感じること(feeling)を先に置く、という順序の主張にある。彼女は、子どもに自然の事実を教え込むことを急ぐより先に、まず土や葉や虫に触れ、匂いを嗅ぎ、音を聞くという感覚的な経験を十分に積むことのほうが重要だと考えた。種の名前や生態の知識は、その感覚的な土台の上に、あとからいくらでも積み重ねることができる。逆に、感覚的な経験を欠いたまま知識だけを先に注入しても、それは長続きする自然への関心にはつながりにくい、というのがカーソンの見立てである。
3.2 少なくとも一人の大人という条件
カーソンはまた、子どもが生涯変わらぬセンス・オブ・ワンダーを保ち続けるためには、少なくとも一人、それを分かち合ってくれる大人の存在が必要だと述べている。ここで求められているのは、自然についての専門知識をもつ案内人ではない。子どもが「見て、あれ何だろう」と指さしたときに、一緒にしゃがみこみ、一緒に驚いてくれる大人である。この条件は、専門スタッフが常駐する自然体験施設よりも、むしろ保護者や祖父母が日常的に付き添う身近な公園のほうが満たしやすい条件であるとも言える。専門知識の有無ではなく、驚きを分かち合う姿勢の有無が問われているからである。
この「感じることが先」という順序は、環境教育の系譜のなかでどのように位置づけられるだろうか。前節で見たように、ベオグラード憲章やトビリシ宣言は、環境教育の目標として意識・知識・態度・技能・評価能力・参加を並列的に掲げていた。カーソンの議論は、この目標の並びに優先順位を与えるものと読むことができる。すなわち、幼い子どもに対しては、まず意識——自然の存在に気づき、心を動かされること——を育てることが先にあり、体系だった知識や評価能力は、その意識の土台の上にのちに形成されるものだ、という発達的な順序を示唆しているのである。
この順序の主張は、公園という場所の価値を考えるうえで重要な示唆をもつ。図鑑的な知識を得るだけであれば、書籍や映像、あるいは近年であれば動画でも十分に代替できる部分がある。しかし、土の感触、虫の動き、風のにおいといった感覚的な経験は、その場に身を置かなければ得られない。身近な公園は、遠くの自然体験施設のように珍しい生物や雄大な景観を提供するわけではないが、徒歩圏で繰り返し訪れられるという点で、カーソンの言う感性を育てる経験の「量」を確保しやすい場所である。
3.3 大人の側に求められる態度
カーソンの議論をあらためて整理すると、そこで問われているのは子ども側の資質ではなく、大人側の態度である、という点が重要である。子どもは放っておいても石をひっくり返し、水たまりに棒を差し込む生きものである。むしろ問題は、大人がそれを「時間の無駄」「服が汚れる」といった理由で早々に切り上げさせてしまうかどうかにある。カーソンが少なくとも一人の大人の存在を条件として挙げたのは、子どもの好奇心を育てる主役が大人の専門知識ではなく、子どもの発見に付き合う姿勢そのものだと考えたからである。この点は、専門家不在の身近な公園であっても、保護者や祖父母が意識さえすれば十分に満たせる条件であり、環境教育を特別な専門性を要する営みから、日常の関わり方の問題へと引き寄せるものでもある。
次節では、この感性を欠いた知識注入型の環境教育がもつ限界について検討する。
4. 知識注入型環境教育の限界——エコフォビアという問題
環境教育の現場では、環境問題の深刻さを伝えることが重視されがちである。気候変動、生物多様性の損失、海洋汚染といった問題について、事実と数値をもって子どもに教えることは、一見すると教育的に誠実な態度に見える。しかし、こうした知識注入型のアプローチには、意図せぬ副作用が指摘されてきた。アメリカの環境教育研究者デイヴィッド・ソベルは、著書『Beyond Ecophobia』(1996)のなかで、幼い子どもに環境破壊の深刻さや絶望的な将来像を早い段階で教え込むことが、「エコフォビア」——自然や環境問題に対する恐れ、無力感、あるいは意図的な回避——を生み出しかねないと論じた。
ソベルの議論の要点は、環境教育の目的と手順を取り違えてはならない、というものである。環境問題への懸念を育てたいのであれば、その前提として、まず自然そのものへの愛着や親しみが育っていなければならない。愛着のない対象について「失われつつある」と教えられても、子どもはそれを自分に関わることとして受け止めにくい。むしろ、対処のしようがない大きな問題を突きつけられることで、無力感や忌避感だけが残ってしまう危険がある。ソベルは、幼児期から小学校低学年にかけては、環境問題そのものよりも、身近な自然との肯定的で直接的な関わりを優先すべきであり、地球規模の問題を扱うのは、自然への愛着が育ったのちの、より年長の段階でよいと主張する。
4.1 知識と態度の間の距離
環境教育の実践では、知識を増やせば態度が変わり、態度が変われば行動が変わる、という単純な因果関係が前提とされることがある。しかし、環境問題についての知識量と、実際の環境配慮行動との間には距離があることが、教育心理学や環境教育の研究のなかでたびたび指摘されてきた。知識は行動の必要条件ではあっても、十分条件ではない、という見方である。ここに、ベオグラード憲章が意識・知識・態度・技能・評価能力・参加という複数の要素を並列に掲げていたことの意味が改めて見えてくる。知識だけを増やしても、意識や態度、参加の経験が伴わなければ、環境教育が目指す全体像には届かないのである。
ここで重要なのは、この限界を「環境教育は無力だ」という結論に短絡させないことである。むしろ、知識注入型という一つのやり方に限界があるという指摘であり、別のやり方——身近な自然への直接的で反復的な関わりを土台に置くやり方——を模索する余地を示すものと理解すべきである。カーソンが感じることを先に置いたように、ソベルもまた、恐れではなく愛着を先に育てることを説いた。両者に共通するのは、知識の伝達を急がず、まず自然そのものとの肯定的な関係を築くという順序の重視である。
4.2 年齢に応じた段階という考え方
ソベルの議論をさらに踏み込んで整理すると、そこには年齢や発達段階に応じて環境教育の内容を変えるべきだという段階論が含まれている。幼児期から小学校低学年にかけては、身近な自然への共感や愛着を育てる時期であり、環境問題そのものを主題化することは避けるべきだとされる。小学校高学年以降になって初めて、地域の環境問題を探究する活動が意味をもち、中学・高校段階でようやく、気候変動のような地球規模の課題を扱う準備が整う、という順序である。この段階論に照らせば、未就学児や低学年の子どもを対象とする活動において、深刻な環境問題を強調することは、発達段階に合わない負荷を与えている可能性がある。
この段階論は、身近な公園の役割をより明確にする。乳幼児から低学年の時期に求められているのは、専門的な環境教育プログラムではなく、日常のなかで自然に触れる機会そのものである。この時期に最も現実的にアクセスできる自然が、遠くの自然体験施設ではなく、徒歩圏の身近な公園であることを踏まえれば、公園は年齢に応じた環境教育の段階論のなかで、初期段階を支える基盤的な場所として位置づけられる。
この段階論を踏まえるならば、保護者や地域が幼い子どもに公園で何を伝えるかについても、慎重さが求められる。たとえば、ある樹木が病害虫の被害を受けている、あるいは池の水質が悪化しているといった問題を、幼い子どもに詳しく説明することは、一見すると環境への意識を育てる行為に見えるかもしれない。しかし、ソベルの段階論に従えば、そうした問題の説明は、その公園やそこに生きるものへの愛着がまだ十分に育っていない段階の子どもにとっては、早すぎる場合がある。まずは虫や葉に触れて楽しむ経験を十分に積ませ、問題を語るのはそのあとでよい、という順序の感覚を、大人の側があらかじめもっておくことには意味がある。
この順序の重視は、身近な公園という場所の意味を考えるうえで重要である。公園は環境問題を教える教材を備えているわけではない。しかし、虫を見つけ、木の実を拾い、季節ごとの花の移り変わりに気づくといった、地味だが肯定的な経験を繰り返し提供できる場所ではある。エコフォビアの議論に照らせば、こうした肯定的な経験の蓄積こそが、のちに環境問題を自分に関わることとして受け止める土台になる、という見通しが成り立つ。次節では、この反復的な経験がどのような経路で態度を形づくっていくのかを検討する。
5. 身近な自然の反復経験が態度を形づくる経路
知識より先に感性を、恐れより先に愛着を、という順序が重要だとして、その感性や愛着はどのような経路で育つのだろうか。手がかりの一つは、繰り返し(反復)という経験の性質である。センス・オブ・ワンダーにせよ、自然への愛着にせよ、それは一度の特別な体験だけで完成するものではなく、日常のなかで繰り返される小さな経験の積み重ねによって形づくられると考えられる。今日は蟻の行列を見つけ、明日はどんぐりを拾い、来週は霜柱を踏む、といった反復のなかで、子どもは自然というものの手触りを少しずつ自分のものにしていく。
アメリカの生物学者エドワード・O・ウィルソンは、著書『バイオフィリア』(1984)のなかで、人間には生きものに対して本来的に関心を向ける傾向——バイオフィリア(生命への愛)——が備わっているという仮説を提示した。この仮説自体は生物学的な検証を要する議論であるが、ここで参照する意義は、人間が生きものに関心を向けること自体は特別な教育を要する行為ではなく、むしろ機会さえあれば自然に生じうる傾向だという見方を示している点にある。だとすれば、環境教育に求められる役割は、関心をゼロから作り出すことではなく、その関心が発揮される機会——身近な生きものに繰り返し出会える場——を確保することだ、という理解が導かれる。
5.1 場所への愛着という視点
反復的な経験がなぜ態度形成に寄与するのかを考えるうえで、地理学者イー・フー・トゥアンが著書『トポフィリア』(1974)で論じた「場所への愛着(トポフィリア、場所愛)」という概念も手がかりになる。トゥアンは、人がある場所に繰り返し身を置き、そこでの経験を積み重ねることで、その場所に対する情緒的な結びつきが育つと論じた。これは特定の生きものへの関心というより、場所そのものへの愛着に関わる議論であるが、身近な公園について考えるとき示唆的である。子どもにとって、何度も通ったいつもの公園は、単なる自然観察の対象ではなく、思い出や安心感の積み重なった特別な場所になりうる。そして、その特別な場所のなかにある木や虫や花に向けられる関心は、場所そのものへの愛着と分かちがたく結びついていると考えられる。
5.2 自然の減少への懸念という背景
反復的な自然経験の重要性が近年あらためて注目される背景には、子どもの生活から自然との接触機会そのものが減っているのではないか、という懸念がある。アメリカのジャーナリスト、リチャード・ローブは、著書『あなたの子どもには自然が足りない』(原題 Last Child in the Woods、2005)のなかで、屋外で自然と触れ合う時間の減少が子どもの心身に及ぼす影響を「自然欠乏症候群」という言葉で表現した。これは医学的な診断名ではなく、ローブが問題提起のために用いた比喩的な表現であるが、都市化や室内での過ごし方の変化のなかで、身近な自然との接点が失われつつあるという問題意識を広く共有させた点で影響力をもった。
環境教育研究の分野には、成人になってから強い環境保全への関心をもつに至った人びとに、その原点となった幼少期の経験を尋ねる研究の系譜がある。そこでは、専門施設での特別な学習体験よりも、身近な自然のなかで過ごした時間や、それを見守ってくれた身近な大人の存在が、繰り返し語られる傾向があるとされる。厳密な因果関係の証明にはなお慎重な検討が必要であるが、少なくともこうした研究群は、遠くの珍しい自然よりも、日常的に繰り返しアクセスできる身近な自然のほうが、長期的な態度形成にとって軽視できない役割を果たしうる、という見通しを支持するものである。
以上を踏まえると、身近な公園の価値は、その公園が単体としてどれほど豊かな自然を含むかだけでは測れない。むしろ、歩いて行ける距離にあり、日常的に繰り返し訪れられるという「反復可能性」こそが、環境教育の観点からは重要な特性となる。この点で、街区公園のように小規模であっても数が多く、多くの家庭にとって徒歩圏にある公園は、単発の遠足で訪れる大規模な自然体験施設とは異なる役割を担いうる。次節では、こうした身近な公園を「本物の自然ではない」として退ける反論に応答する。
6. 反論への応答——「本物の自然でなければ意味がない」という批判
ここまでの議論に対しては、次のような反論が予想される。すなわち、街区公園のように人の手で設計され、遊具や芝生、限られた植栽で構成された空間は、そもそも「自然」と呼ぶに値せず、そこでの経験は森林や里山のような、より原生に近い自然での経験に比べて教育的価値が低いのではないか、という批判である。この批判には一定の説得力がある。都市公園に生息する生きものの種類は、豊かな里山や森林に比べれば限られており、公園の設計自体が安全性や管理のしやすさを優先してつくられている以上、そこにある自然は人為的に選び取られ、整えられたものである。
この反論に対しては、二つの応答が可能である。第一の応答は、トビリシ宣言以来の国際的な原則に立ち返るものである。トビリシ宣言は、環境教育を身近な環境から出発するプロセスとして位置づけており、そこでの「環境」は、手つかずの原生自然に限定されていない。人が暮らす都市や、都市の中に設けられた緑地もまた、学習者にとっての環境の一部である。むしろ、多くの子どもにとって最も身近で反復的にアクセスできる環境こそが、日常的な環境教育の出発点として適切だ、というのがトビリシ宣言の含意である。この意味で、公園を「本物でない」として退けることは、身近な環境から出発するという原則そのものへの反論になりかねない。
6.1 場所の希少さより経験の反復
第二の応答は、前節で検討した反復経験の議論にもとづく。ある場所での経験の教育的価値は、その場所に含まれる生物種の希少さや景観の壮大さだけで決まるわけではない。むしろ、その経験がどれだけ繰り返されるか、どれだけ子ども自身の主体的な関わりを許すかという、経験の質と頻度によっても左右される。専門施設での一度きりの解説つきの観察と、身近な公園での自由な繰り返しの探索とでは、後者のほうが、カーソンの言う感じる経験の総量という点で優位に立ちうる場面もある。両者は代替関係ではなく、補完関係として理解すべきである。
とはいえ、この応答は「身近な公園さえあれば自然体験施設は不要だ」という主張ではない。豊かな生物多様性や、都市では得がたい景観に触れる経験には、それ自体の教育的価値がある。本稿が主張するのは、身近な公園を自然体験施設の下位互換として位置づけるのではなく、頻度と持続性という異なる軸で評価すべきだという点である。加えて、公園には管理上の制約——ボール遊びを禁じる看板や、ペット同伴に関する注意書きなど——があり、子どもが自然に自由に手を伸ばせる範囲には限りがあることも、公平のために付言しておく必要がある。
6.2 「設計されている」ことと「本物でない」ことは同じではない
反論をもう一段掘り下げると、「設計された空間だから本物の自然ではない」という前提そのものを問い直す必要がある。街区公園の植栽やベンチの配置は人の手によるものだが、そこに根を張る樹木が光合成をし、季節ごとに葉を茂らせ落とすこと、虫がそこに卵を産み、鳥が実をついばみに来ることは、人為的な演出ではなく、現実の生物学的な過程である。空間の輪郭を人が設計したことと、そこで起きている出来事が本物であるかどうかは、別の水準の問題である。動物園や植物園がしばしば重要な環境教育の場として位置づけられていることを踏まえれば、「人の手が入っているかどうか」を本物らしさの唯一の基準にすることは、環境教育の実践全体とも整合しにくい。
むしろ問われるべきは、その場所で子どもがどれだけ主体的に、生きものや自然の変化に気づき、関わる機会を得られるかである。管理の行き届いた公園であっても、しゃがみこんで蟻の行列を目で追うこと、季節ごとに花壇の様子が変わることに気づくことは十分に可能であり、そこにはカーソンの言う驚きの感覚が生じうる。設計されていることを理由に身近な公園での経験を軽視することは、多くの子どもにとって現実的にアクセス可能な環境教育の機会を、原理的な純粋さのために手放すことにもなりかねない。
この応答は、身近な公園を無条件に称揚するものではない。管理の水準や植栽の構成によって、公園ごとに提供できる自然経験の幅は異なり、遊具の配置が優先されて樹木や草地がほとんど残されていない公園も存在しうる。したがって「公園か自然体験施設か」という二項対立を離れ、個々の公園がどのような自然の要素をどの程度残しているかを具体的に見ていく視点が必要になる。この視点と可能性の両面を踏まえたうえで、次節では学校教育・自然体験施設・身近な公園という三つの場を比較する。
7. 学校教育・自然体験施設・身近な公園という三つの場
これまでの議論を整理するために、環境教育が行われうる三つの場——学校教育、自然体験施設、身近な公園——を比較してみたい。学校教育は、生活科や総合的な学習の時間を通じて、身近な自然を扱う体験的な学習を組み込んでいるが、その実施は授業時間内、学年や単元という区切りのなかに限られる。教師が学習の目的やねらいを設計し、学級という単位で一斉に行われることが多く、個々の子どもの興味の向く先に応じて時間をかけるという柔軟性には制約がある。
自然体験施設は、専門のスタッフによる案内や、あらかじめ選び抜かれた観察対象を通じて、質の高い解説つきの体験を提供できる点に強みがある。しかし、多くの家庭にとって、こうした施設へのアクセスは遠足や休日の外出という形をとり、頻度は年に数回程度にとどまりやすい。移動手段や費用、時間の確保といった制約もあり、日常的に繰り返し訪れることは難しい場合が多い。
| 項目 | 学校の環境教育 | 自然体験施設 | 身近な公園 |
|---|---|---|---|
| アクセスの頻度 | 授業時間内に限られる | 遠足・行事など年に数回 | 徒歩圏で日常的に可能 |
| 体験の形式 | 教師が設計する学習活動 | 専門スタッフが案内する体験 | 保護者や子ども自身による自由な遊び |
| 継続性 | 学年・単元で区切られる | 単発的になりやすい | 反復・日常の積み重ねが可能 |
| 対象となる自然 | 教材・映像を含む | 選び抜かれた自然環境 | ありのままの身近な自然 |
| 主な制約 | カリキュラムに規定される | 立地・費用・移動手段 | 遊具中心の設計、利用ルールの制限 |
7.1 身近な公園が担う固有の役割
身近な公園は、学校のような教育目的の設計や、自然体験施設のような専門的な案内を欠く一方で、徒歩圏で日常的にアクセスでき、子ども自身の興味の向くままに時間をかけられるという点で、他の二つの場にはない役割を担う。学校で得た知識や、自然体験施設で得た特別な経験を、日常のなかで反芻し、身近な生きものに置き換えて確かめ直す場としても、身近な公園は機能しうる。三者は優劣で比較されるべきものではなく、頻度・形式・継続性という異なる軸において互いを補い合う関係にあると理解するのが妥当である。
7.2 頻度と密度という異なる資源のたとえ
三者の関係は、資源の蓄積のされ方の違いにたとえて理解することもできる。自然体験施設での体験は、めったに得られない代わりに一度あたりの密度が高い、いわば一時的にまとまって得られる資源である。これに対し、身近な公園での経験は、一回ごとの密度は高くないが、日常的に少しずつ積み重ねられる資源である。前節で確認したカーソンの感性を育てる経験や、ソベルの言う自然への愛着は、一時的にまとまった経験だけで完成するというより、少しずつ積み重ねる経験によって育つ性質のものだと考えられる。だとすれば、両者は対立する選択肢ではなく、密度の高い経験を日常の積み重ねのなかに位置づけ直すことで、互いの効果を補強し合う関係にあると言える。
また、三つの場のいずれにおいても、カーソンが条件として挙げた「少なくとも一人の大人」の存在が意味をもつことにも触れておきたい。学校では教師が、自然体験施設では専門スタッフが、そして身近な公園では保護者や祖父母が、それぞれの場でこの役割を担いうる。三者を比較する際に見落とされがちなのは、施設や制度の違いだけでなく、子どもの発見に付き合う大人がその場にいるかどうかという、共通する条件である。身近な公園において、この条件をどう満たすかは、施設整備の問題というより、保護者や地域社会の関わり方の問題として現れる。
この比較から見えてくるのは、環境教育の充実を考える際に、自然体験施設の整備や学校カリキュラムの充実だけでなく、身近な公園という日常的なフィールドの質にも目を向ける必要がある、という論点である。公園そのものを環境教育のための施設として新たに作り変える必要はない。既存の公園が備えている樹木、草地、小さな生きものといった要素に、保護者や地域がどう気づき、どう関わるかによって、同じ公園の環境教育的な価値は変わりうる。次節では、この論点を磐田市の具体的な公園に照らして検討する。
8. 環境が差し出す遊びの可能性——アフォーダンスという視点
ここまで、環境教育の系譜とカーソンの感性論を中心に検討してきたが、身近な自然がなぜ子どもにとって豊かな経験の源になりうるのかを、より具体的に説明する概念として、生態心理学者ジェームズ・J・ギブソンが提示した「アフォーダンス」を導入したい。ギブソンは著書『生態学的視覚論』(原題 The Ecological Approach to Visual Perception、1979)のなかで、環境は生物に対して行為の可能性を「差し出す(afford)」ものであると論じた。石は座ることを差し出し、隙間はくぐることを差し出す。何を差し出されていると感じるかは、見る者の身体や能力によって変わる。大人にとってはただの水たまりでも、幼い子どもにとっては、のぞきこみ、棒を差し込み、跳び越えることを差し出す対象になりうる。
この考え方は、環境心理学者ロジャー・ハートが著書『Children's Experience of Place』(1979)でまとめた、子どもが身近な環境をどう探索し、自分の活動範囲を広げていくかについてのフィールド調査とも重なる。ハートは、子どもが大人によって設計された遊具だけでなく、空き地や草むら、水路といった、用途があらかじめ決められていない場所を好んで探索の対象にすることを記録した。子どもは、大人が意図した使い方に縛られず、環境のなかに自分なりの遊びの可能性を見つけ出す存在なのである。
8.1 遊具にはない自然の多様なアフォーダンス
この視点から見ると、公園に設置された遊具と、公園の中にある土や枝、落ち葉、水たまりといった自然の要素とでは、差し出される遊びの可能性の幅が異なることがわかる。滑り台やブランコは、あらかじめ決められた一つか二つの動作を効率よく提供するようにつくられており、その意味で機能が明確である反面、遊び方の幅は限られている。これに対して、木の枝や土、水は、あらかじめ定められた用途をもたない。イギリスの建築家シモン・ニコルソンは、1971年の論考のなかで、固定された用途をもたず、組み合わせたり動かしたりできる素材を「ルース・パーツ(動かせる部品)」と呼び、それが遊びの創造性を大きく左右すると論じた。土や枝、水、石といった自然の要素は、まさにこのルース・パーツの典型であり、遊具中心の公園では得にくい、組み合わせ自由な遊びの可能性を差し出している。
ルース・パーツとしての自然の要素は、同じ場所であっても、訪れるたびに姿を変える点でも特徴的である。昨日は乾いていた土が今日は雨でぬかるみ、秋には落ち葉が積もり、冬には霜柱が立つ。遊具の使い方が基本的に変わらないのに対し、自然の要素が差し出す可能性は季節や天候によって絶えず更新される。この変化に富んだ環境を、繰り返し訪れて探索することは、子どもが自分の身体でできることとできないことを確かめ、少しずつ挑戦の幅を広げていく機会にもなる。危険の判断や体力の見極めといった自己評価の力は、大人が言葉で教えるだけでは十分に育ちにくく、こうした環境との反復的なやりとりのなかで培われる面が大きいと考えられる。
8.2 環境教育論への接続
アフォーダンスという視点を導入すると、第4節・第5節で検討してきた議論がより具体的な形で理解できる。カーソンが重視した感覚的な経験や、ソベルが重視した自然への愛着は、抽象的な感情の問題としてだけでなく、子どもが環境から遊びの可能性を引き出し、それに応じて自分の行動を調整していく、具体的な身体的プロセスとして捉え直すことができる。知識注入型の環境教育が言葉や図によって完結した情報を一方的に与えるのに対し、身近な公園での自由な探索は、環境が差し出す可能性を子ども自身が見つけ、試し、確かめるという、能動的な学びの形を伴う。この能動性こそが、知識だけでは育ちにくい態度や愛着を育てる経路になっていると考えられる。
ここで注意しておきたいのは、アフォーダンスという概念が、安全対策や遊具の適切な管理を軽視してよいという主張には結びつかない、という点である。国土交通省の遊具の安全確保に関する指針が示すように、遊具や公園環境の点検・管理は子どもの事故を防ぐうえで欠かせない取り組みであり、この点は環境教育の議論とは別に、公園管理者の責任として継続される必要がある。本稿が強調したいのは、管理された環境のなかにも、大人があらかじめ用途を決めていない土や水、植物といった要素を意識的に残し、子どもがそれらと関わる時間を確保することの教育的な意味である。安全の確保と、遊びの可能性を狭めすぎないことの両立は、公園の設計・管理に関わる主体にとって今後の検討課題であり続けるだろう。次節では、この議論を踏まえて磐田市の公園に立ち返る。
9. 磐田市の公園への示唆
以上の議論を、磐田市の都市公園に照らして具体的に考えてみたい。磐田市オープンデータ「都市公園一覧」と市施設ガイドにもとづけば、当サイトが収録する磐田市の公園は100園であり、都市公園法上の種別では街区公園が51園と最も多く、以下、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外の公園6園、地区公園4園、総合公園・運動公園・風致公園がそれぞれ3園、広場公園・緑道がそれぞれ2園、墓園と歴史公園が各1園と続く。街区公園は国の目安で面積0.25ha・誘致距離250mとされる最も小規模な公園種別であり、この種別が最多を占めるということは、多くの家庭にとって徒歩数分の範囲に、繰り返し訪れられる公園が存在しうることを意味する。前節までの議論に照らせば、この「数の多さ」と「近さ」こそが、環境教育のフィールドとしての磐田市の公園の基本的な資源だと言える。
磐田市は見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡という9地区に分かれ、公園数は地区によって差がある。豊田地区が28園と最も多く、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園と続き、南部・向陽はそれぞれ2園にとどまる。環境教育のフィールドとしての公園を考える際には、単に市全体の合計数だけでなく、居住地区ごとの分布に目を向ける必要がある。とりわけ南部・向陽・豊岡・福田のように公園数が少ない地区では、一園あたりに求められる役割が相対的に大きくなる可能性があり、この点は当サイトが今後の踏査で確かめるべき論点である。
9.1 自然観察を掲げる公園と身近な緑
市施設ガイドの記載を見ると、竜洋地区には「竜洋昆虫自然観察公園」(風致公園、面積29,119㎡)と「いわたエコパーク」(風致公園、面積23,973㎡)という、名称そのものに自然観察や環境をうたう公園がある。ただし市施設ガイドにはこの二園について園内施設の詳しい記載がなく、具体的にどのような生きものや観察路があるのかは、現時点では確認できていない。同じく風致公園に区分される「つつじ公園」(見付、61,937㎡)は、複合遊具やブランコに加えて展示休憩室を備えており、遊具中心の街区公園とは異なる、面積に余裕のある環境を有している。これらの公園が、実際にどの程度エコフォビアの議論やカーソンの言う感性の経験を支えうる場であるかは、当サイトの現地踏査を経て確かめるべき課題として残る。
一方で、都市緑地10園の多くは面積が小さく、二之宮東第2緑地(中泉、17㎡)のように、公園というより小さな緑の点というべき規模のものも含まれる。これらの都市緑地単独で本格的な自然体験を提供することは難しいが、街区公園や近隣公園の間を埋める、より細かい単位の身近な緑として、通学路や生活動線のなかで繰り返し目に入る存在ではある。本稿の反復経験の議論に照らせば、こうした小さな緑もまた、意識して数えれば環境教育の周辺的な資源になりうるが、その具体的な価値づけは慎重な検討を要する。
9.2 遊具の多さとルース・パーツの少なさ
第8節で検討したアフォーダンスとルース・パーツの視点から市施設ガイドの記載を眺めると、磐田市の街区公園の多くは、ブランコ、滑り台、鉄棒、砂場、複合遊具といった、あらかじめ用途の定まった固定遊具を中心に構成されていることがわかる。たとえば一番町公園(見付、街区公園)はブランコ・滑り台・ジャングルジム・鉄棒・雲梯・砂場を備え、北川瀬公園(中泉、街区公園)は滑り台・スプリング遊具・鉄製複合遊具・鉄棒・砂場・健康遊具を備える、といった具合である。砂場は数少ないルース・パーツ的な要素であり、磐田市オープンデータの集計では、収録された94園のうち43園に砂場があるとされる。固定遊具を否定する必要はないが、土や水、落ち葉のように用途の定まらない自然の要素がどの程度残されているかは、市施設ガイドの一覧だけからは十分に読み取れず、これも現地の踏査で確かめるべき論点である。
9.3 制度と現場をつなぐ役割
磐田市の公園を管理するのは都市整備課であり、施設に関する問い合わせ窓口が置かれている。第2節で確認したように、日本国内の環境教育は法律や学習指導要領を通じて「身近な環境から学ぶ」ことを原則としているが、その原則を具体化する場所——実際に子どもが繰り返し訪れられる公園——を整えるのは、教育行政ではなく都市公園を所管する部局の役割であることが多い。この意味で、環境教育という学問領域の議論と、公園という都市施設の管理という実務は、直接には結びついていない場合がある。両者をつなぐ視点として、公園を環境教育のフィールドとして意識的に位置づけ直すことには一定の意義があると考えられる。
この点で、磐田物語のように磐田市の歴史や地域の話題を扱うウェブサイトや、地区ごとの活動団体との連携も、環境教育という観点からは意味をもちうる。ある公園の樹木がいつ植えられ、どのような由来をもつのかといった情報は、市施設ガイドの簡潔な記載だけでは伝わらないことが多く、地域に蓄積された知識と結びつけることで初めて厚みを増す。こうした連携のあり方を具体的に描くことも、当サイトが公園データベースとしての性格を超えて取り組みうる、今後の展開の一つとして位置づけられる。
最後に強調しておきたいのは、当サイトが現時点で示せるのは、公園の面積・種別・地区といった台帳上の情報にとどまるということである。個々の公園にどのような樹木や生きものがあり、季節ごとにどう表情を変えるかという、環境教育の観点から本来もっとも重要な情報は、現地を実際に歩いて確かめる以外に得る方法がない。当サイトの踏査はこれから始まる段階であり、本節で述べた内容は、既存のデータからの見通しにとどまる。今後の踏査を通じて、身近な公園がもつ環境教育的な価値を、より具体的に記述していくことが課題として残される。
10. 結論と今後の課題
本稿は、環境教育の国際的な系譜を1972年のストックホルム会議から1977年のトビリシ宣言、ESDに至る流れとして整理し、そのなかにレイチェル・カーソンが『センス・オブ・ワンダー』で示した「知ることより感じること」という考え方を位置づけたうえで、身近な公園が環境教育のフィールドとしてもつ意味を検討してきた。国際的な宣言の段階から、環境教育は知識の伝達に限定されず、意識・態度・参加を含む多面的な営みとして構想されていた。しかし実践においては知識注入型に傾きやすく、デイヴィッド・ソベルが指摘したエコフォビアのように、恐れや無力感を生む副作用も指摘されてきた。カーソンの議論は、この限界に対して、感性の経験を先に置くという順序の転換を示すものであった。
この感性の経験は、一度きりの特別な体験よりも、身近な自然での反復的な経験によって育まれると考えられる。エドワード・O・ウィルソンのバイオフィリア仮説、イー・フー・トゥアンの場所への愛着(トポフィリア)という視点、環境保全に関心をもつ人びとの幼少期の経験を尋ねる研究群は、いずれもこの見方を支持する材料となる。この論点は、「本物の自然でなければ環境教育にならない」という批判に対しても応答を与える。トビリシ宣言が身近な環境を学びの出発点とする原則を掲げていたことに立ち返れば、設計された公園の自然であっても、反復的にアクセスできるという特性ゆえに、独自の教育的価値をもちうる。学校教育・自然体験施設・身近な公園という三つの場は、優劣で比較されるものではなく、頻度と形式の異なる補完的な役割を担っていると理解すべきである。あわせて、ギブソンのアフォーダンス概念とニコルソンのルース・パーツ理論に照らせば、遊具として固定された機能をもたない土や枝、水といった自然の要素は、遊具以上に多様な遊びの可能性を子どもに差し出す環境であるとも言えた。
磐田市の公園100園に照らすと、街区公園51園を中心に、多くの家庭にとって徒歩圏に日常的にアクセスできる公園が存在すること自体が、環境教育の観点からは重要な資源であることが確認された。竜洋昆虫自然観察公園やいわたエコパークのように名称に自然観察を掲げる公園もあるが、その内実については市施設ガイドの記載だけでは十分にわからない部分が多く、当サイトの現地踏査を経て具体化していく必要がある。
今後の課題は大きく四つに整理できる。第一に、本稿で参照した「印象に残る人生経験」に関する研究群のように、幼少期の身近な自然経験と、その後の環境への関心との関係については、なお慎重な検討を要する論点が多く、本稿では踏み込んだ実証には立ち入らなかった。第二に、身近な公園における反復経験の具体的な内容——どのような生きものに、どの季節に、どのように出会えるのか——は、当サイトの踏査によって初めて明らかになる情報であり、現時点では見通しの域を出ない。第三に、公園の管理者と教育に関わる主体との連携をどう図るかという、制度と現場をつなぐ実践的な課題も残されている。第四に、第8節で述べたルース・パーツの視点から、磐田市の公園の遊具構成と自然の要素の配分を具体的に記述することも、踏査を通じて取り組むべき課題である。
本稿の限界についても述べておく必要がある。本稿は文献整理と概念分析にとどまり、磐田市の子どもや保護者を対象とした調査は行っていない。エコフォビアや場所への愛着といった概念についても、それが磐田市の公園利用にどこまで当てはまるかは、実証的に確かめられたわけではない。本稿が示したのは、あくまで国際的な文献と一般的な理論から導かれる見通しであり、この見通しを磐田市の具体的な公園の姿と突き合わせる作業は、当サイトの今後の踏査と、地域の子育て世代・行政・学校・地域活動の関係者による観察の蓄積に委ねられる。
本稿の結論は次のようにまとめられる。環境教育の国際的な系譜は当初から多面的な目標を掲げてきたが、実践における知識偏重の傾向を補正する視点として、レイチェル・カーソンが示した感性を先に置く考え方は今なお有効である。その感性は、遠くの珍しい自然による一度きりの体験よりも、身近な自然への反復的な関わりによって育まれる可能性が高く、この点で、徒歩圏に数多く存在する磐田市の街区公園をはじめとする身近な公園は、見過ごされがちだが軽視できない環境教育のフィールドである。当サイトは今後の踏査を通じて、この見通しを一つひとつの公園の具体的な姿として確かめていく。
参考文献
- レイチェル・カーソン(1965)『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳、新潮社、1996)
- ユネスコ・国連環境計画「ベオグラード憲章」(1975、国際環境教育ワークショップ)
- ユネスコ「トビリシ宣言」(1977、政府間環境教育会議)
- 国連人間環境会議「人間環境宣言」(1972、ストックホルム)
- 環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律(平成15年法律第130号)
- デイヴィッド・ソベル(1996)『Beyond Ecophobia: Reclaiming the Heart in Nature Education』(The Orion Society)
- リチャード・ローブ(2005)『あなたの子どもには自然が足りない』(春日井晶子訳、早川書房、2006)
- エドワード・O・ウィルソン(1984)『バイオフィリア——人間と生物の絆』(狩野秀之訳、筑摩書房、2008)
- ジャン=ジャック・ルソー(1762)『エミール』(今野一雄訳、岩波文庫、1962)
- イー・フー・トゥアン(1974)『トポフィリア——人間と環境』(小野有五・阿部一訳、ちくま学芸文庫、2008)
- ジェームズ・J・ギブソン(1979)『生態学的視覚論——ヒトの知覚世界を探る』(古崎敬ほか訳、サイエンス社、1985)
- ロジャー・ハート(1979)『Children's Experience of Place』(Irvington Publishers)
- シモン・ニコルソン(1971)「How NOT to Cheat Children: The Theory of Loose Parts」(Landscape Architecture誌)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。