生命・健康・心理・教育安全教育

危険を教えるか、経験させるか——安全教育の方法と遊びの自由

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:安全教育 公開・更新 2026-08-17 本文 約20,625字 読了目安 38分

要旨

本稿の目的は、子どもの安全教育、とりわけ学校安全計画にいう生活安全・交通安全と、学校教育の枠を超えて地域が担ってきた防犯にかかわる教育の考え方を整理し、公園という場をその教材として読むための視点を示すことである。方法は文献整理と概念分析であり、危険予知訓練(KYT)に由来する危険予測学習、交通安全教育、防犯教育の合言葉、そして『危険を取り除く教育』と『危険に対処する力を育てる教育』という二つの立場の対立を軸に検討する。地震や風水害への備えを扱う防災教育と、遊具事故を受傷機転から整理する疫学については別稿に譲り、本稿は日常くり返される交通・防犯・生活の安全に的を絞る。

検討の結果、次の点が示される。第一に、学校安全計画は生活安全・交通安全・災害安全の三領域から成り、公園にかかわる安全教育は主に生活安全と交通安全、そして学校教育の枠外にある防犯教育にまたがること。第二に、危険予知訓練に代表される『危険を予測し話し合う』教育手法は、禁止事項を覚えさせる教育とは異なり、判断力そのものを育てようとするものであること。第三に、危険を取り除く教育と危険に対処する力を育てる教育の対立は、リスク・ホメオスタシス理論やヴィゴツキーの発達の最近接領域といった既存の理論で位置づけることができ、どちらか一方が正しいと決着させる性質のものではないこと。

最後に、磐田市の都市公園100園を安全教育の教材という観点から読み、通学路や道路に近い小規模な公園、駐車場のある公園などを危険予測学習や交通安全教育の具体的な題材として位置づける。ただし個々の公園の見通しや横断歩道の有無は当サイトのデータに含まれておらず、現地の踏査もこれからである。具体の安全判断は学校・警察・道路管理者など関係機関の指針に従う必要があり、本稿はそのための考え方の見取り図を提供するにとどまる。

キーワード安全教育危険予知訓練交通安全教育防犯教育生活安全発達の最近接領域磐田市

1. はじめに——問題の所在

公園は遊ぶ場所であると同時に、子どもが初めて一人で外の世界と向き合う場所でもある。ブランコから落ちる、砂場で友達とぶつかる、公園を出て道路に飛び出す、あるいは見知らぬ大人に声をかけられる——こうした場面のひとつひとつに、大人はどこまで危険を取り除いておき、どこから子ども自身の判断に委ねるべきか。この問いに答えようとする営みを、本稿では広く安全教育と呼ぶ。

安全教育という言葉は幅が広い。学校教育の現場では、文部科学省の学校安全資料が生活安全・交通安全・災害安全という三つの領域を挙げており、公園にかかわる安全教育の多くは、登下校や外出時の交通事故を扱う交通安全と、日常生活のなかの事故やけがを扱う生活安全に属する。加えて、学校の教科としては明確な位置を持たないものの、警察や地域が長く担ってきた防犯教育も、公園という開かれた空間ではきわめて重要な領域である。

本シリーズにはすでに、避難場所としての公園を扱う防災教育の稿、そして遊具事故を受傷機転から整理する疫学の稿がある。本稿はこれらと重ならないよう、地震や風水害への備えではなく、日々の外出でくり返し出会う交通・防犯・生活の危険を教育の対象として絞り込む。事故の原因や責任の所在を論じることもしない。あくまで、危険にどう向き合う力を育てるかという教育方法論の議論として構成する。

安全教育の方法をめぐっては、大きく分けて二つの立場がある。ひとつは、危険となりうる要因をあらかじめ取り除き、子どもを危険に近づけない立場である。もうひとつは、危険を完全には取り除かず、子ども自身が危険を予測し、判断し、対処する力を育てようとする立場である。両者は対立するというより、実際には組み合わされて用いられることが多いが、どちらに重心を置くかによって、教育の設計は大きく変わる。本稿はこの対立軸を軸に据えて、安全教育の考え方を整理する。

方法は文献整理と概念分析である。まず先行研究と基本概念を整理したうえで、危険予測学習、交通安全教育、防犯教育、生活安全教育という四つの具体的な領域を順に検討し、続いて『取り除く教育』と『対処する力を育てる教育』という対立軸そのものを理論的に位置づけ、大人がいつどのように介入すべきかという問いに移る。最後に、磐田市の都市公園100園を安全教育の教材として読み直し、結論として本稿の限界と今後の課題を述べる。なお、具体的な安全上の判断は学校・警察・道路管理者・公園管理者など関係機関の指針に従うべきものであり、本稿はその判断に代わるものではない。

この問いは子育て世代だけでなく、公園を管理する行政や、地域で子どもを見守る大人たちにも関わる。磐田市は都市公園法にもとづく公園を含め100園の公園を有し、当サイトATAWI PARKはその情報を整理して公開している。運営するのは富士ヶ丘サービス株式会社という地域の事業者であるが、本稿はその事業とは独立した学術的な整理であり、特定の商品やサービスを勧めるものではない。以下では、安全教育という視点から、磐田市の公園がどのような学びの場になりうるかを考える。

あわせて、安全教育を論じるにあたっては、大人の介入の度合いという論点を避けて通れない。危険を取り除きすぎれば子どもは判断力を養う機会を失い、逆に大人が手を放しすぎれば実際の事故につながりかねない。この間合いをどう考えるかは、後段で発達心理学の知見を借りて検討する。本稿の目的は特定の正解を示すことではなく、安全教育をめぐる考え方の見取り図を描くことにある。

公園を安全教育の視点から論じる意義は、遊びの自由と安全確保が矛盾しうるという緊張関係が、まさに公園という場所に集約されているからである。塀に囲まれ大人が常に付き添う室内の遊び場と異なり、公園は道路に面し、多様な年齢の利用者が入り混じり、天候や時間帯によって様相を変える。この不確実性こそが遊びの魅力である一方、安全教育が向き合うべき条件でもある。本稿がこの緊張関係を単純化せず、対立する立場の両方を丁寧に扱おうとする理由はここにある。

以下の各節は独立して読んでも要点が伝わるように書かれているが、通して読むことで、危険予測・交通・防犯・生活安全という個別の領域が、取り除く教育と対処する力を育てる教育という共通の対立軸の上に並んでいることが見えてくるはずである。

本稿が主に想定する年齢層は、就学前から小学校低学年までの、大人の関与が特に大きい時期である。中学年以降になると判断力や体力が育ち、行動範囲も広がるため、安全教育の重心は次第に子ども自身の判断に移っていくが、その移行の具体的な内容は本稿の範囲を超える。

なお、公園の遊具ごとの詳細な安全基準や点検方法は、国土交通省の指針や遊具メーカーの技術資料に委ねられ、本稿では扱わない。

問い三領域考える視点
図1生活安全・交通安全・防犯という三つの領域から、公園の安全教育を考える出発点を示す。

2. 先行研究と概念の整理

安全教育という営みの土台には、学校保健安全法がある。同法は平成20年の改正によって従来の学校保健法を改称したもので、学校に学校安全計画の策定を義務づけている。この計画のなかで、安全教育は生活安全・交通安全・災害安全という三つの領域に分けて位置づけられており、文部科学省の学校安全資料もこの区分にもとづいて構成されている。本稿がとりあげる交通安全と生活安全、そして学校教育の枠を超えて地域が担ってきた防犯は、このうち災害安全を除いた部分にあたる。

具体的な教育手法の源流のひとつに、危険予知訓練、通称KYTがある。KYTはもともと製造業の現場で発展した安全管理の手法で、作業のイラストや実際の現場を前に『どのような危険が潜んでいるか』を作業者どうしで話し合い、対策を指差呼称で確認するという手順を踏む。この発想の背景には、重大な事故の陰に多数の軽微な事故と、さらに多くのヒヤリとした未遂の出来事があるとする、ハーバート・W・ハインリッヒが1931年に示した経験則がある。この経験則の数値比率をそのまま個々の現場に当てはめることには限界があるとされるが、重大事故の手前に無数の予兆があるという発想は、学校の交通安全教育や生活安全教育にも取り入れられ、危険予測学習として定着している。

安全教育を論じるうえでは、リスクとハザードという二つの言葉の違いも押さえておく必要がある。ハザードとは危険の原因となる要因そのものを指し、リスクとはその要因が現実の被害につながる可能性の大きさを指す。この区別そのものの詳しい理論的な整理は、安全工学の立場から本シリーズの別稿にゆずり、本稿では、ハザードを完全に取り除こうとする発想と、リスクを許容しながら子ども自身に対処させようとする発想の違いとして、ゆるやかに用いる。

この対立を理論的に鋭く示したのが、心理学者ジェラルド・J・S・ワイルドが1994年に唱えたリスク・ホメオスタシス理論である。ワイルドは、人はそれぞれ自分が許容できるリスクの水準をおおむね一定に保とうとする傾向があり、環境が安全になったと感じると、無意識のうちに行動でリスクを取り戻そうとすると論じた。地理学者ジョン・アダムズも1995年の著書『Risk』のなかで、安全対策が意図とは逆に人の行動を変え、リスクの総量を必ずしも減らさない場合があることを論じている。この考え方がどこまで当てはまるかは論者によって評価が分かれるが、危険を取り除けば取り除くほど安全になるという単純な発想に留保をつける視点として重要である。

子どもが公園や通学路をどれだけ自由に動き回れるかという論点については、都市計画にかかわる研究者ロジャー・ハートが1979年の著書『Children's Experience of Place』で、子どもが自分の生活圏を探索し、そのなかで判断力を養っていく過程を描き出したことが古典として知られる。子どもの行動範囲の広さそのものは時代や地域によって異なるが、行動範囲の広がりが判断力の育成と結びついているという見方は、交通安全教育や防犯教育の設計にも影響を与えている。

あわせて、子どもの認知や運動の発達には段階があり、大人と同じようには危険を判断できない時期があることも、安全教育を考えるうえで重要な前提である。何歳でどのような判断ができるようになるかを一律の数値で示すことは本稿の目的ではないが、発達の途上にある子どもに対しては、大人がどのような形で支えるかという介入の間合いの問題が生じる。この点は、心理学者レフ・ヴィゴツキーが示した発達の最近接領域という概念とともに、後段で改めて検討する。

ハインリッヒが示した経験則は、しばしば1対29対300という比率で語られる。すなわち、1件の重大な事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件の、けがには至らなかった異常な出来事があるという経験的な比率である。この比率自体は特定の産業データから導かれたものであり、あらゆる場面にそのまま当てはまる普遍的な法則ではないとされるが、重大な事故が単独で起こるのではなく、その手前に多くの予兆が積み重なっているという発想そのものは、学校や家庭における安全教育にも広く受け継がれている。

本稿で用いる『安全教育』という言葉は、特定の資格や免許にもとづく専門的な指導を指すのではなく、家庭や地域、学校が日常のなかで行う、幅広い意味での教育的な働きかけを指す。専門的な安全管理や遊具の点検といった技術的な事柄については、国土交通省の指針や遊具メーカー、公園管理者の判断に委ねられるべきであり、本稿の対象には含めない。

なお、公園という場そのものの制度的な位置づけ、すなわち都市公園法にもとづく設置基準や管理の仕組みについては、本シリーズの他稿が詳しく扱っており、本稿では立ち入らない。

学校保健安全法の考え方は、学校に通う年齢の子どもを主な対象としているが、未就学児についても、家庭や保育施設における同様の配慮が広く行われていると理解してよい。

領域学校安全計画上の位置づけ公園にかかわる主な内容
生活安全学校生活及び日常生活における事故の防止遊具の使い方、砂場や水回りの衛生、忘れ物や体調管理
交通安全登下校や外出時の交通事故の防止横断歩道の渡り方、飛び出しの防止、自転車の利用
災害安全地震・風水害などの災害への備え本シリーズでは防災教育の稿で別途扱う

こうした基本概念を踏まえたうえで、次節からは危険予測学習、交通安全教育、防犯教育、生活安全教育という四つの領域を、それぞれ具体的な実践に即して順に検討していく。いずれの領域も、取り除く教育と対処する力を育てる教育という対立軸を内包している点で共通している。

先行研究理論三領域
図2学校安全計画の三領域とリスク・ホメオスタシス理論など、本稿が依拠する概念を整理する。

3. 危険予測と危険回避能力——KYTから学校安全教育へ

KYTを学校教育に応用したものが、しばしば危険予測学習と呼ばれる指導法である。これは、遊具や道路などの場面を描いたイラストや実際の場所を子どもに見せ、『ここでは何が危ないと思うか』『どうすればその危険を防げるか』を、教師や保護者と一緒に、あるいは子どもどうしで話し合わせる手法である。答えを一方的に教えるのではなく、子ども自身に気づかせ、言葉にさせる過程を重視する点に特徴がある。

この手法は、『危ないから登ってはいけない』『ここでは遊んではいけない』といった禁止事項を覚えさせる教育とは性格が異なる。禁止事項の列挙は、その場ではわかりやすく即効性があるものの、教えられていない新しい場面に出会ったときには通用しにくい。これに対して危険予測学習は、遊具そのものの形や配置、周囲の人の動きを見て『危ないかもしれない』と自分で気づく力を育てようとするものであり、初めて訪れる公園や見慣れない遊具にも応用がきくとされる。

たとえば複合遊具のまわりでは、滑り台の降り口に別の子どもが立っていないか、ブランコの近くを横切ろうとしていないかといった、遊具の構造と人の動きの両方を見て判断する必要がある。国土交通省の指針は、遊具の設置や点検にあたって物的な危険性を減らす工夫を求めているが、それでも遊び方によって生じる危険のすべてを設計だけで消すことはできない。危険予測学習は、設計で対応しきれない部分を、利用者自身の気づきで補おうとする発想だといえる。

ただし、危険予測学習が有効に機能するには、ある程度の言語理解力と、複数の要素を同時に見比べる力が必要になる。幼児期の子どもには、大人が具体的な場面ごとに短い言葉で伝える方が伝わりやすいとされ、年齢が上がるにつれて、なぜ危ないのかを自分の言葉で説明させる問いかけへと移していくことが、指導の一般的な方向性として示されている。この年齢に応じた段階づけは、次節以降で扱う交通安全教育や防犯教育にも共通する考え方である。

危険予測学習を支えるもうひとつの実践に、ヒヤリハットの共有がある。実際にけがには至らなかったものの、危なかった出来事を家庭や保育・教育の現場で言葉にして共有することで、同じ状況を経験していない子どもや大人にも学びを広げることができる。ヒヤリハットの共有は、事故が起きてから対策を考える後追いの姿勢ではなく、事故の手前にある予兆から学ぼうとする姿勢の表れであり、危険予測学習と同じ土台に立つ実践だといえる。

磐田市内の個々の公園で、どの遊具の配置がどのような危険予測学習の題材になりうるかは、当サイトの現時点のデータだけでは判断できない。市の施設ガイドには遊具の種類は記載されているものの、配置や見通しといった細部は現地でなければわからない部分が多く、当サイトの踏査はこれからである。それでも、遊具の種類や数がわかっているだけでも、家庭や地域であらかじめ『どんな危険があるか話し合ってみる』ための材料にはなりうる。

KYTには『4ラウンド法』と呼ばれる典型的な手順がある。第1ラウンドで場面の現状を把握し、第2ラウンドで最も重要な危険要因を絞り込み、第3ラウンドで具体的な対策を話し合い、第4ラウンドで実際に取り組む行動目標を定める、という四段階を踏む進め方である。この手順は工場の現場で培われたものだが、遊具の前で『何が危ないか』を親子で話し合い、『気をつけること』を一つ決めて公園に向かうという実践は、この4ラウンド法を簡略化した形だと理解することができる。

  • 第1ラウンド——現状把握
  • 第2ラウンド——本質追求
  • 第3ラウンド——対策樹立
  • 第4ラウンド——目標設定

危険予測学習で用いられる問いかけは、『何をしている場面か』『どこに危険がありそうか』『もしこうなったらどうなるか』『どうすれば防げるか』という順序で組み立てられることが多いとされる。この順序は、いきなり対策を考えさせるのではなく、まず状況を丁寧に見る段階を挟む点に特徴があり、4ラウンド法の考え方とも重なる。

危険予測学習は一度の実施で完成するものではなく、繰り返し行うことで、初めて見る場面でも自分から気づけるようになるとされる。公園に行くたびに『今日はどこに気をつける』と一言確認するだけでも、この繰り返しの一部になりうる。

危険予測学習は万能ではない。子どもの気づきに頼る以上、見落としは避けられず、重大な危険については、大人による物理的な対策や見守りと組み合わせる必要がある。次節以降では、この考え方を交通安全、防犯、生活安全というそれぞれの領域に当てはめて具体的に検討する。

危険予測学習の効果を測る具体的な数値までは本稿では扱わないが、話し合いのプロセスそのものが、子どもの観察力を育てる機会になるという点は、多くの実践の現場で共有されている感触である。

気づく見る話し合う
図3遊具や道路の場面から危険に気づき、話し合って対策を考える危険予測学習の流れ。

4. 交通安全教育——公園と通学路のあいだ

公園の多くは住宅地のなかにあり、出入口が道路に面していることが多い。子どもにとって公園は遊び場であると同時に、そこに至るまでの道のりそのものが交通安全教育の対象になる。国家公安委員会が定める交通安全教育指針は、年齢や発達の段階に応じた交通安全教育のあり方を示しており、幼児期には保護者や周囲の大人が中心となって安全な行動を繰り返し伝え、年齢が上がるにつれて自分で判断できる範囲を広げていくという考え方を採っている。

子どもの交通事故でしばしば注目されるのが、道路への飛び出しである。ボールを追いかけて、あるいは公園の出口から急に道路に出てしまうことは、幼児から低学年にかけて起こりやすいとされる。これに対する古くからの交通安全教育の合言葉に、『とまる・みる・まつ』がある。道路に出る前に立ち止まり、左右を見て、車が通り過ぎるのを待つという単純な三つの動作を、繰り返し体で覚えさせることを狙ったものである。単純であるがゆえに、幼い子どもにも伝えやすいという特徴がある。

子どもが車の速度や距離を大人と同じように判断できるようになるまでには、時間がかかるとされる。視野の狭さや、音の方向を判断する力の未熟さも指摘されており、大人が『大丈夫だろう』と考える場面でも、子どもには危険に見えていない、あるいは逆に判断がつかないことがありうる。したがって、幼い時期には大人が付き添い、子どもが自分で安全に判断できる範囲を少しずつ広げていくという段階的な進め方が、交通安全教育の一般的な考え方として示されている。

通学路の安全については、平成24年に発生した事故を契機として、文部科学省・国土交通省・警察庁が連携し、全国の小学校で通学路の合同点検を進める取組が行われてきた。公園が通学路の途中や近くに位置する場合、公園の出入口や周辺道路の状況は、この合同点検の対象となりうる。ただし、磐田市内のどの公園がどの通学路と接しているかは当サイトのデータには含まれておらず、学校や道路管理者による具体的な点検結果を確かめる必要がある。

自転車の利用も、公園と交通安全教育を結ぶ重要な論点である。公園までの行き帰りに自転車を使う家庭は多く、乗り方やヘルメットの着用、交差点での一時停止といった基本動作を、公園という目的地への往復のなかで練習する機会として捉えることができる。自転車に関する具体的な安全上の助言は、警察や自転車販売店などの専門機関に確認するのが望ましい。

交通安全教育もまた、危険予測学習と同じく、禁止だけでは十分でない。『道路に出てはいけない』と繰り返すだけでは、通学や公園への行き来のように、実際には道路を渡らざるを得ない場面に対応できない。むしろ、どこでどのように渡れば安全かを、具体的な場所で繰り返し確認しながら教えることが、教育指針の考え方に沿っている。

交通安全教育では、時間帯による危険の違いも論点になる。夕方の薄暮時間帯は視認性が下がり、歩行者が車の運転手から見えにくくなるとされ、全国で行われる交通安全運動でも重点的に呼びかけられる時間帯のひとつである。公園での外遊びが夕方まで続く季節には、帰り道の明るさや服装の視認性についても、家庭で話し合っておく価値がある。

交通安全教育の対象は歩行者としての行動にとどまらない。自転車に乗る際には、歩行者とは異なる速度や停止までの距離を扱うことになり、交差点での一時停止やヘルメットの着用など、歩行時とは別の行動の型を新たに学ぶ必要がある。公園への行き来は、こうした自転車の基本動作を実地で確認できる、身近な機会のひとつである。

雨上がりの濡れた路面は、車の制動距離が伸びるだけでなく、子ども自身も滑りやすくなるため、通常より慎重な行動が求められる場面のひとつである。天候による危険の変化を意識させることも、交通安全教育の一部だと考えられる。

公園の駐車場も、交通安全教育の見落とされがちな場面である。駐車場内は歩行者専用の歩道のように整備されていないことが多く、車の出入りと子どもの動きが交差しやすい。市の施設ガイドに駐車場の有無が記載されている公園では、駐車場に接する動線をどう教えるかも、家庭で話し合っておく価値のある論点である。

横断歩道のない道路を渡る場面も、住宅地の生活道路ではしばしば生じる。信号や横断歩道がない場所での注意の払い方も、交通安全教育の重要な一部である。

横断縁石手をつなぐ
図4とまる・みる・まつという交通安全教育の基本動作と、大人が付き添う段階を示す。

5. 防犯教育——「いかのおすし」と見守りの重層性

公園は誰でも自由に出入りできる開かれた場所であり、この開放性は公園の価値であると同時に、防犯上の論点でもある。子どもに対する防犯教育は、学校の教科としての位置づけは薄いものの、警察や地域が長く担ってきた分野である。日本では平成13年に発生した小学校での事件を契機に、子ども自身が身を守るための行動を短い言葉にまとめた合言葉が広く使われるようになった。

その代表例が『いかのおすし』である。『いか』は知らない人について『いか』ない、『の』は知らない人の車に『の』らない、『お』は『お』おきな声を出す、『す』は『す』ぐに逃げる、『し』は大人に『し』らせる、という五つの行動を頭文字でまとめたものである。警視庁をはじめとする警察機関や学校で広く使われており、幼い子どもでも覚えやすい短さと具体性を備えている点に特徴がある。

  • いか——知らない人についていかない
  • の——知らない人の車にのらない
  • お——おおきな声を出す
  • す——すぐに逃げる
  • し——大人にしらせる

このような合言葉が防犯教育で重視されるのは、抽象的に『知らない人に気をつけて』と伝えるよりも、具体的にどう行動すればよいかを示すほうが、幼い子どもには実行に移しやすいためだと考えられている。危険予測学習が『なぜ危ないかを考えさせる』ことに重きを置くのに対し、防犯の合言葉は、とっさの場面でまず体を動かせるようにする、より即応的な教育の形だといえる。両者は対立するものではなく、年齢や場面に応じて使い分けられるべきものである。

防犯を考えるうえでは、子ども自身の行動を育てる教育と、公園そのものの見通しや配置を工夫して犯罪の機会を減らす環境設計とを区別しておく必要がある。後者は犯罪学の分野で環境設計による犯罪予防として論じられており、本シリーズの別稿で扱う。本稿が対象とするのは前者、すなわち子ども自身に行動の型を身につけさせる教育であり、環境がどれほど整っていても、それだけで防犯が完結するわけではないという前提に立つ。

子ども自身の行動、家庭の見守り、地域住民による見守り、そして環境の設計は、それぞれ異なる層で防犯を支えている。ある層が完全でなくても、別の層が補うことができるという考え方は、防災教育における自助・共助・公助の区分とも通じるところがある。公園という場では、遊びに来る大人たちの存在そのものが、意図せずして見守りの層のひとつになっているという指摘もあり、公園の利用者が多いこと自体が防犯上の意味を持ちうる。

あわせて、迷子への対応も生活安全と防犯の境界にある論点である。はぐれてしまったときにどこで待つか、誰に声をかけるかをあらかじめ家族で決めておくことは、合言葉のような即応的な行動の型のひとつとして位置づけられる。こうした取り決めは、公園という具体的な場所を思い浮かべながら家庭で話し合うことで、より実効性を持つと考えられる。

防犯教育は一度教えれば終わるものではなく、繰り返し確認することが重要だとされる。合言葉のような行動の型は、時間が経つと記憶が薄れやすく、実際の場面でとっさに使えるようにするには、公園に出かけるたびに簡単に確認するといった反復が有効だと考えられている。地域によっては、不審者情報を住民や学校で共有する仕組みが設けられている場合があり、こうした地域単位の情報共有も、家庭や子ども自身の行動と組み合わさって防犯の層を厚くするものである。

防犯教育を考えるうえでは、恐怖をあおらないという配慮も欠かせない。知らない人すべてを危険な存在として教えることは、地域の人間関係を過度に警戒させ、日常生活を息苦しくしかねない。行動の型を具体的に教えることは、漠然とした不安を減らし、必要な場面でだけ警戒を高めるという意味でも、恐怖に頼らない防犯教育のあり方だと考えられる。

一人で出かけるより友達と一緒に行動する方が、いざというときに助けを求めやすいという考え方も、防犯教育のなかでしばしば語られる。ただし、これによって危険がなくなるわけではなく、他の行動の型と組み合わせて理解されるべきものである。

防犯教育もまた、危険を完全に取り除くことを目指すものではない。公園という開かれた場所である以上、リスクをゼロにすることは現実的ではなく、子ども自身が状況に応じて行動できる型を持つことと、周囲の大人が幾重にも見守る仕組みを重ねることが、現実的な対応として求められている。

防犯教育の対象は子ども本人だけでなく、送り迎えをする大人にも及ぶ。周囲の様子に気を配る習慣は、大人自身の行動としても意識される必要がある。

防犯教育は、特定の事件をきっかけに広まった経緯を持つが、特定の事件そのものを詳しく取り上げることは本稿の目的ではない。本稿が重視するのは、そこから生まれた行動の型が、なぜ幼い子どもにも実行しやすい形になっているのかという教育方法論としての側面である。

合言葉家族の約束見守り
図5いかのおすしのような行動の型と、家族や地域による見守りが防犯教育を支える。

6. 生活安全教育——遊具・砂場・水回りの日常知

生活安全教育は、交通や防犯のように輪郭のはっきりした領域ではなく、日常生活のなかで起こりうるさまざまな事故やけがを幅広く含む領域である。学校安全資料もこの領域を、校内外の生活のなかで生じる負傷や、暑さや体調にかかわる事柄まで含めて扱っている。公園に即して言えば、遊具の使い方、砂場の衛生、水遊びの際の注意、忘れ物や体調の管理などが、この領域に含まれる。

遊具には対象年齢が表示されていることが多く、これは遊具の構造や動きが、ある年齢の子どもの体格や運動能力を前提に設計されていることを示すものである。対象年齢より幼い子どもが利用すると、体格や力の入れ方が想定と異なり、思わぬ動きにつながることがあるとされる。生活安全教育としては、対象年齢の表示を禁止としてではなく、なぜその年齢が目安になっているのかを考えるきっかけとして扱うことができる。

生活安全教育の方法論を考えるうえで、しばしば参照されるのが、ジャン=ジャック・ルソーが1762年の著書『エミール』で示した、自然の結果から学ばせるという考え方である。ルソーは、大人が先回りしてあらゆる失敗を防ぐのではなく、危険の少ない範囲で子ども自身に経験させ、その結果から学ばせることの意義を説いた。この発想を現代の公園にそのまま当てはめることには慎重さが必要だが、転んで痛い思いをすることも学びの一部であるという見方は、今日の生活安全教育のなかにも形を変えて残っている。

砂場は多くの子どもが手を使って遊ぶ場所であり、衛生面への配慮が求められる。手洗いの習慣を身につけさせることは、生活安全教育の基本的な内容のひとつである。水遊びについても、水深や水量が変化しやすい設備では、目を離さないことと、遊ぶ前後に体調を確認することが基本とされる。これらはいずれも、危険を完全に取り除くというより、日常のなかで繰り返し習慣として身につけさせる性格の教育である。

このほか、暑い時期の水分補給や休憩、寒い時期の服装、持ち物の管理なども生活安全教育に含まれる。これらは一つひとつを見れば些細な事柄だが、積み重なることで体調不良や事故につながりうるため、学校安全資料でも生活安全の一部として位置づけられている。公園での遊びは、こうした日常の習慣を実地で確認する機会にもなる。

生活安全教育においても、『これはしてはいけない』という禁止の列挙と、『なぜそうするのか』を考えさせる指導との違いは存在する。たとえば、遊具の順番待ちにしても、単に『押さない』と教えるだけでなく、他の子どもがどこにいるかを見て自分の番を待つという判断そのものを育てることができる。この違いは、次節で検討する『取り除く教育』と『対処する力を育てる教育』という、より大きな対立軸の一部として位置づけられる。

アレルギーへの配慮も生活安全教育の一部である。屋外での飲食を伴う場面では、食物アレルギーの有無を踏まえた準備が必要になる場合があり、判断に迷う場合は医療機関に相談することが望ましい。

註:体調やアレルギーにかかわる具体的な対応は、かかりつけの医療機関や学校・保育施設の指示に従うことが望ましい。

季節や天候によって注意すべき点は変わり、生活安全教育の内容も一年を通じて更新されていく必要がある。同じ公園であっても、夏と冬とでは気をつけるべき事柄が異なるという視点は、生活安全教育を一度きりの学習で終わらせないために重要である。

生活安全教育は、遊具や砂場といった場所そのものだけでなく、そこで使う持ち物にも及ぶ。動きやすい服装や、ひもの絡まりに配慮した服装を選ぶこと、天候に応じて帽子や上着を用意することなども、日常のなかで繰り返し伝えられる生活安全教育の一部である。

生活安全教育の内容は、磐田市の施設ガイドに記載された遊具の種類や、トイレ・砂場の有無といった情報からも、ある程度具体化できる。どの公園にどのような遊具や設備があるかを事前に知っておくことは、家庭で『今日はどんな場所に行くか』を話し合う材料になり、生活安全教育の入り口として機能しうる。

生活安全教育は、特別な教材がなくても、公園での何気ない会話のなかで実践できる側面が大きい。この手軽さも、生活安全教育が日常に溶け込みやすい理由のひとつである。

砂場手洗い水分補給
図6砂場の衛生や水分補給など、日常の習慣として身につける生活安全教育の内容。

7. 「取り除く」教育と「対処する」教育——リスク・ホメオスタシスと自由な遊び

ここまで見てきた危険予測学習、交通安全教育、防犯教育、生活安全教育のいずれにも、危険となる要因を大人があらかじめ取り除いておく側面と、子ども自身に危険への対処を委ねる側面が併存していた。本節では、この二つの立場を明示的に対立させて検討する。

『取り除く教育』とは、危険物や危険な状況そのものを環境から除去し、子どもがそれに触れる機会を減らそうとする立場である。遊具の角を丸くする、危険な高さの構造物を避ける、道路に面した出入口を減らすといった環境面の工夫の多くは、この発想に沿っている。これに対して『対処する力を育てる教育』とは、ある程度の危険を残したまま、子ども自身がそれを認知し、判断し、乗り越える経験を通じて力を育てようとする立場である。危険予測学習や、挑戦を伴う自由な遊びは、この発想に沿っている。

観点取り除く教育対処する力を育てる教育
主な手段危険物の除去、環境の工夫、禁止事項の徹底危険予測学習、挑戦を伴う自由な遊び
育つもの当面の事故の少なさ危険を認知し判断する力
懸念される限界未知の危険への対応力が育ちにくい判断を誤れば実際にけがをしうる

7.1 対処する力を育てる教育の理論的な系譜

『対処する力を育てる教育』を支持する立場からしばしば参照されるのが、リスクを伴う遊び、いわゆるリスキー・プレイの研究である。心理学者エレン・ベアーテ・ハンセン・サンドセターらは2011年の論文で、高い所に登る、速い動きを伴う、道具を扱う、危険な要素の近くで遊ぶ、取っ組み合いをする、迷子になりかねない場所を探索するといった遊びの型を挙げ、こうした遊びが子どもにとって恐怖に対処する経験になりうると論じた。この議論がどこまで一般化できるかについては研究者のあいだでも見方が分かれており、本稿はこの立場を唯一の正解として示すものではない。

教育心理学者ピーター・グレイは2013年の著書『Free to Learn』のなかで、大人の管理が及ばない自由な遊びの機会が減ることが、子どもの自己統制力や問題解決力の育成にとって望ましくない影響を持ちうると論じている。この主張もまた、すべての研究者に共有された結論というよりは、ひとつの有力な見方として位置づけるのが妥当である。

一方で、リスク・ホメオスタシス理論の立場からは、環境を安全にしすぎることへの別の懸念も指摘できる。遊具や公園全体を過度に安全な設計にすると、子どもはその場では危険を感じにくくなる一方で、他の危険——たとえば交通や見知らぬ大人との接触——に対する警戒心まで薄れてしまう可能性がある、という見方である。この見方も実証的に確立した結論というより、ひとつの仮説として理解しておく必要がある。

この対立は日本国内に限らず、海外の遊び場政策でも議論されてきた。英国では、遊び場の安全管理において危険を一律に排除するのではなく、risk-benefit assessmentと呼ばれる、リスクと遊びがもたらす便益とを秤にかけて判断する考え方が示されており、Play Safety Forumがまとめた指針にその方向性が表れている。危険を数値目標だけで管理するのではなく、遊びの価値との兼ね合いで判断するという発想は、本稿でいう『対処する力を育てる教育』の系譜に位置づけることができる。

こうした国際的な議論を踏まえても、本稿の立場は変わらない。取り除く教育と対処する力を育てる教育のどちらが優れているかを判定することは本稿の目的ではなく、両者がそれぞれ異なる理論的な根拠を持ち、現実の安全教育のなかで組み合わされているという構図を示すことが、本稿の狙いである。

以上を踏まえると、『取り除く教育』と『対処する力を育てる教育』のどちらか一方が正しいと結論づけることは難しい。むしろ、年齢や場面に応じて重心を移しながら、両者を組み合わせることが現実的な方針として示されていると理解するのが妥当である。次節では、この組み合わせを具体的に行う主体である大人が、いつ、どの程度介入すべきかという問いを検討する。

本節で紹介した理論はいずれも、特定の政策や指導法を一意に導くものではない。むしろ、取り除く教育に偏りすぎていないか、対処する力を育てる教育に偏りすぎていないかを、自らの実践を振り返る際の物差しとして使うことに、これらの理論の実践的な意義があると考えられる。

どちらの立場に重心を置くにせよ、実際の判断は個々の子どもの発達段階や、その場の状況によって変わる。次節で見る大人の介入のタイミングという論点は、この二つの立場を現場でどう調停するかという、より実践的な問いに対応している。

理論的な整理が実践にそのまま応用できるとは限らないが、対立する立場を言葉にしておくことは、現場での判断に迷ったときの手がかりになりうる。

取り除く教育と対処する力を育てる教育という対立軸は、交通安全教育における『とまる・みる・まつ』と危険予測学習の関係、防犯教育における合言葉と地域の見守りの関係、生活安全教育における対象年齢の表示と経験を通じた学びの関係のいずれにも共通して見出すことができる。個別の領域ごとの検討を、この対立軸に立ち返って整理し直すことにも意味がある。

天秤挑戦判断
図7取り除く教育と対処する力を育てる教育という二つの立場を天秤にかけて考える。

8. 大人の介入のタイミング——見守りと過干渉のあいだ

『取り除く教育』と『対処する力を育てる教育』のあいだで揺れ動く判断は、最終的には、大人がいつ、どの程度介入するかという具体的な行動に落とし込まれる。介入が早すぎれば子どもの経験の機会を奪い、遅すぎれば実際のけがや事故につながりかねない。この間合いをどう考えるかは、安全教育のなかでもとりわけ実践的な、しかし理論的な手がかりの少ない論点である。

手がかりのひとつになるのが、心理学者レフ・ヴィゴツキーが示した、発達の最近接領域という概念である。これは、子どもが一人で達成できる水準と、大人や年長者の手助けがあれば達成できる水準のあいだには幅があり、教育はその幅、すなわち最近接領域に働きかけることで効果を持つとする考え方である。この概念を安全教育に当てはめると、大人の介入は、子どもが一人でできることをすべて代行するのではなく、子どもがもう少しで一人でできそうな範囲に手を添える形が望ましいということになる。

具体的には、遊具の近くにぴったりと張りついて先回りに手を出すのではなく、少し離れた位置から見渡し、必要な場面でだけ声をかけたり手を貸したりするという関わり方が、多くの保育・教育の現場で勧められている。この関わり方は、子どもの側から見れば見守られているが管理されすぎていないという感覚につながり、大人の側から見れば、危険の兆候に気づける位置取りを保つという意味を持つ。

この間合いは固定されたものではなく、年齢とともに変化する。幼児期には大人がそばに付き添い、行動そのものを一緒に行う場面が多いが、年齢が上がるにつれて、あらかじめ約束事を決めたうえで、子どもだけの行動範囲を少しずつ広げていくという移行が、交通安全教育や防犯教育の考え方とも一致する。前節までに見た『とまる・みる・まつ』や『いかのおすし』といった行動の型は、大人が付き添えない場面でも子ども自身が判断できるようにするための備えだと位置づけることができる。

どの年齢でどの程度手を放すべきかについて、一律の目安を示すことは本稿の目的ではない。子どもの発達には個人差があり、公園や道路の状況によっても適切な間合いは変わる。具体的な判断については、保育・教育の専門家や、必要に応じて医療機関の助言を参考にすることが望ましく、本稿はその判断のための考え方の枠組みを示すにとどめる。

保育の現場に目を向けると、厚生労働省が定める保育所保育指針にも、子どもの主体的な活動を大切にしながら安全に配慮するという趣旨の記述がある。これは、危険をすべて取り除いてしまうのではなく、子どもの育ちを支えながら安全を確保するという、本稿で見てきた対立を現場レベルで調整しようとする試みのひとつだと理解できる。

大人の介入をめぐる議論は、保護者だけでなく、公園で子どもを見かけた地域の大人にも関わりうる。声をかけるべきか、見守るにとどめるべきかという判断もまた、発達の最近接領域と同じように、子どもの様子と場面の状況を見ながら判断されるべき事柄であり、一律の正解を示すことは難しい。

きょうだいなど複数の子どもを同時に見守る場面では、一人ひとりに向けられる大人の注意はどうしても分散する。こうした場面では、年齢の高い子どもに簡単な役割を持たせることも、見守りの層を厚くするひとつの工夫として考えられる。

大人の介入は、保護者ひとりが担うものである必要はない。前節で触れた見守りの重層性のように、家庭・地域・学校・公園の管理者がそれぞれの立場から目を配ることで、ひとりの大人がすべてを見張らなくても、全体として一定の見守りが保たれるという考え方もできる。公園という公共の場は、こうした重層的な見守りが自然に成り立ちやすい場所のひとつだといえる。

以上、危険予測学習、交通安全教育、防犯教育、生活安全教育、そして取り除く教育と対処する力を育てる教育の対立、大人の介入の間合いという流れで、安全教育の考え方を整理してきた。次節では、この整理を磐田市の公園という具体的な場に当てはめて考える。

大人自身が疲れていたり、他の用事に気を取られていたりする場面では、介入の間合いを保つこと自体が難しくなる。見守る大人の状態そのものも、安全教育を支える見落とされがちな条件である。

保護者見渡す間合い
図8手を出しすぎず目を離さず、発達の最近接領域に働きかける介入の間合いを示す。

9. 磐田市の公園への示唆

磐田市は、市のオープンデータと施設ガイドをもとに当サイトが整理した限りで、100園の都市公園を有する。内訳は街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外の公園6園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園である。これらの多くは住宅地や通学路に近接しており、安全教育の教材として読み直す余地は大きい。

交通安全教育の観点からは、面積の小さい街区公園や広場公園が興味深い。たとえば見付本通広場公園は372平方メートルと、当サイトが把握する公園のなかでも小さい部類に入り、市の施設ガイドには駐車場ありと記載されている。こうした小規模な公園は、出入口から道路までの距離が短く、公園の出入りそのものが交通安全教育の場面になりやすいと考えられる。ただし、実際の見通しや横断歩道の有無は現地でなければ確認できず、当サイトの踏査はこれからである。

駐車場に関しては、市の施設ガイドに『有り』などの記載がある、あるいは当サイトで有と判定した公園が33園ある。駐車場のある公園では、車の出入りと子どもの動きが交差する場面が生じやすく、前節で述べた駐車場内の交通安全教育の対象として具体的に位置づけることができる。

地区公園や総合公園のように面積の大きい公園は、多くの利用者が集まりやすく、見守りの重層性という観点からも意味を持つ。地区公園である安久路公園は32,001平方メートルで、複合遊具にインクルーシブエリアを備えるなど幅広い年齢層が利用しうる園として市の施設ガイドに記載されており、同じく地区公園の中央公園は41,642平方メートルで、多目的グラウンドなど複数の設備を持つ。こうした園では、家族連れや地域住民など多様な利用者の目が自然に重なりやすく、前節で述べた大人の見守りが幾重にも重なる状況が生まれやすいと考えられる。

危険予測学習の材料という観点からは、オープンデータで遊具ありと記載された64園、砂場ありと記載された43園が手がかりになる。どのような遊具があるかを事前に知ったうえで、家庭で『この遊具ではどんな危険がありそうか』を話し合うことは、現地に行く前からでも始められる安全教育の一形態である。もっとも、遊具の配置や周囲の見通しといった、危険予測学習に必要なより詳細な情報は、当サイトのデータには含まれておらず、現地の踏査を待つ必要がある。

防犯教育の観点からは、公園の周囲がどれだけ住宅や商店に囲まれ、人の目が届きやすいかという点が重要になるが、この点についても当サイトは個々の公園を現地で確認できておらず、具体的な評価は今後の課題である。それでも、いかのおすしのような行動の型は、公園の具体的な立地にかかわらず、どの公園に出かける前にも家庭で確認しておける内容であり、磐田市内のどの公園を利用する場合にも応用できる。

地区別に見ると、豊田地区28園、見付地区21園、中泉地区14園、御厨地区13園、竜洋地区13園と、地区によって公園の数には大きな差がある。見付地区は磐田市の中心市街地に近く、道路や商店に囲まれた公園が多いと推測されるが、この推測を裏づける具体的な情報は当サイトにはまだなく、今後の踏査で確かめる必要がある。豊田地区は公園数が最も多く、住宅地に点在する街区公園を中心に、身近な交通安全教育の題材が豊富にあると考えられる。

竜洋地区にある竜洋海洋公園のように、体育館やプール、野球場など多様な施設を併設する総合公園では、利用目的や利用者の年齢層が幅広く、交通安全や生活安全の題材も多岐にわたると考えられる。一方で、都市緑地に分類される小規模な公園は、面積が数百平方メートルにとどまるものも多く、道路との距離が近い分、短時間で交通安全の基本動作を確認する場として活用しうる。

商業施設に近接する磐田ららシティ公園や、その周辺のポケットパークのように、駐車場や店舗の出入りが多いエリアにある公園では、公園内だけでなく、公園周辺の歩行者と車の動線も含めて交通安全教育の対象として捉える必要があると考えられる。

磐田市の都市整備課は公園の管理を担っており、個々の公園の交通や防犯にかかわる具体的な状況については、市や学校、警察など関係機関の情報を確認することが必要である。当サイトは100園の基礎的な情報を整理する立場にあり、踏査を通じて見通しや周辺道路の状況などを確かめていくことを今後の課題とする。

当サイトが公開する情報は、あくまで踏査以前の基礎的な整理であり、安全教育の具体的な計画づくりには、学校や地域の実情に即した追加の確認が欠かせない。

こうした具体例はいずれも、市のオープンデータと施設ガイドという当サイトが現時点で参照できる情報にもとづくものであり、実際の道路状況や交通量、見通しのよしあしを保証するものではない。安全教育の題材として公園を利用する際には、まず大人自身が現地の状況を確認することが前提になる。

100園位置駐車場
図9磐田市の公園100園を、交通・防犯・生活安全の教材という観点から読み直す視点を示す。

10. 結論と今後の課題

本稿は、学校安全計画にいう生活安全・交通安全と、学校教育の枠を超えた防犯教育を対象に、安全教育の考え方を整理してきた。危険予測学習に代表される『危険に気づき、考えさせる』教育と、いかのおすしに代表される『とっさに行動できる型を教える』教育は、一見異なる手法に見えながら、いずれも子ども自身の対処する力を育てようとする点で共通していた。

一方で、危険物や危険な状況を環境からあらかじめ取り除く『取り除く教育』も、遊具の設計や交通安全上の環境整備という形で、安全教育を下支えしている。リスク・ホメオスタシス理論やリスキー・プレイの研究が示すように、この二つの立場のどちらか一方だけでは、安全教育は十分に機能しない。取り除くことと対処する力を育てることを、子どもの発達段階に応じて組み合わせることが、現実的な方針として浮かび上がった。

大人の介入の間合いについても、発達の最近接領域という考え方を手がかりに、手を出しすぎず、しかし目を離さないという方向性を示したが、具体的にどこまで手を放すかは、子どもごと、場面ごとに異なる。本稿はその判断の代わりを示すものではなく、判断のための考え方の枠組みを提供するにとどまる。

磐田市の公園への示唆についても、本稿はオープンデータと市の施設ガイドから得られる情報の範囲にとどまっており、個々の公園の見通し、横断歩道の有無、駐車場内の動線といった、安全教育にとって重要な細部の多くは、現地の踏査を経て初めて明らかになる。当サイトATAWI PARKは、こうした踏査を今後進めていく立場にあり、本稿で示した枠組みは、その踏査で何を確かめるべきかを考えるための見取り図として位置づけられる。

今後の課題としては、第一に、個々の公園の交通・防犯にかかわる具体的な状況を現地踏査によって把握すること、第二に、防災教育・傷害の疫学を扱う本シリーズの他稿との接続を整理し、安全教育全体としての一貫した見取り図を描くことが挙げられる。なお、具体的な安全上の判断は、学校・警察・道路管理者・公園管理者など、それぞれの分野の関係機関の指針に従うべきものであり、本稿はその判断に代わるものではないことを改めて確認して結びとしたい。

公園という日常の場所は、地震や洪水のような非日常の災害に備える防災教育の場であると同時に、道路を渡ること、知らない人に声をかけられること、遊具で遊ぶことといった、日々くり返される小さな判断の積み重ねを学ぶ場でもある。本稿が示した見取り図が、家庭や地域、そして磐田市の公園にかかわる関係者にとって、そうした日々の安全教育を考える手がかりになれば幸いである。

学問領域として安全教育を捉え直すことは、個々の家庭や教育現場の工夫を否定するものではない。むしろ、すでに現場で行われている工夫の背後にある考え方を言葉にすることで、その工夫を他の場面にも応用しやすくすることが、本稿のような理論的な整理の役割だと考えられる。

本稿で示した見取り図を実際の教育や見守りに生かすには、家庭だけでなく、学校・保育施設・地域の団体が、それぞれの立場から同じ見取り図を共有することが助けになると考えられる。磐田市内で公園を活用した安全教育の取組がある場合、その具体的な内容や効果については、実施する学校や施設、地域団体に確認することが望ましい。

最後に、本稿が示した安全教育の見取り図は固定的なものではない。子どもの発達や地域の状況が変われば、取り除く教育と対処する力を育てる教育の適切な組み合わせ方も変わりうる。本稿はその時々の状況に応じて見直されるべき、ひとつの出発点として位置づけられたい。

当サイトが今後100園の踏査を進めるなかで、安全教育の視点から見た公園ごとの特徴、たとえば出入口の数や道路との位置関係、駐車場の配置などを記録していくことは、本稿の枠組みを具体的な内容で補っていく作業になるだろう。

本稿を含む安全教育にかかわる整理が、磐田市の公園を利用する家庭や、公園にかかわる関係者にとって、日々の判断の一助となることを期待したい。

以上、生活安全・交通安全・防犯という三つの領域を横断しながら、取り除く教育と対処する力を育てる教育という対立軸を軸に、公園にかかわる安全教育の考え方を整理してきた。この見取り図が、磐田市の公園を含む身近な場所での日々の判断に、ささやかな手がかりを与えることを願う。

整理今後の課題確認
図10取り除く教育と対処する力を育てる教育を組み合わせる方向性と、今後の踏査の課題を示す。

参考文献

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  2. 文部科学省『学校安全資料「生きる力」をはぐくむ学校での安全教育』(改訂2版、平成31年3月)
  3. 警視庁「子供を犯罪から守るための合言葉『いかのおすし』」
  4. H・W・ハインリッヒ(1931)『Industrial Accident Prevention: A Scientific Approach』(McGraw-Hill)
  5. ジェラルド・J・S・ワイルド(1994)『Target Risk: Dealing with the Danger of Death, Disease and Damage in Everyday Decisions』(PDE Publications)
  6. ジョン・アダムズ(1995)『Risk』(UCL Press)
  7. レフ・ヴィゴツキー(M・コールほか編、1978)『Mind in Society: The Development of Higher Psychological Processes』(Harvard University Press)
  8. ロジャー・ハート(1979)『Children's Experience of Place』(Irvington Publishers)
  9. ピーター・グレイ(2013)『Free to Learn』(Basic Books)
  10. エレン・ベアーテ・ハンセン・サンドセター、レイフ・エドワード・オッテセン・ケナイア(2011)『Children's Risky Play from an Evolutionary Perspective』Evolutionary Psychology, 9(2)
  11. ジャン=ジャック・ルソー(1762)『エミール』(今野一雄訳、岩波文庫、1962-1964)
  12. 国家公安委員会「交通安全教育指針」(平成10年国家公安委員会告示第15号、逐次改正)
  13. 文部科学省・国土交通省・警察庁「通学路における交通安全の確保に関する取組」(平成24年以降の合同点検)
  14. Play Safety Forum「Managing Risk in Play Provision: Implementation Guide」(Play England・National Children's Bureau、2008)
  15. 厚生労働省「保育所保育指針」(平成29年告示)
  16. 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
  17. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  18. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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