生命・健康・心理・教育リハビリテーション学
回復の場としての公園——ICFの枠組みと生活の場での機能訓練
要旨
本稿の目的は、リハビリテーション学、とりわけ世界保健機関(WHO)が2001年に採択した国際生活機能分類(ICF)の枠組みから都市公園を捉え直し、公園がリハビリテーションの理念とどのように結びつきうるかを整理することである。方法は文献整理と概念分析であり、ICFに至る分類の歴史、ICFが示す心身機能・活動・参加と環境因子の相互作用モデル、そして施設内の訓練から生活の場での参加へと広がってきたリハビリテーションの理念の変化という三つを柱に検討を進める。
検討から得られる見通しは次のとおりである。第一に、ICFは障害を個人の内部にのみ帰属させる古い分類から、心身機能と環境との相互作用として捉える枠組みへと転換した点に核心があり、この転換は公園のような生活の場の環境を、リハビリテーションを考えるうえで無視できない要素として位置づけ直す。第二に、公園の歩行路の状態や段差、傾斜、ベンチの間隔、トイレの様式は、ICFのいう環境因子として、同じ心身機能の水準であっても「活動」と「参加」の実現度を左右しうる。第三に、健康遊具は環境因子の一つとして意義を持つが、個別の運動処方や医学的判断の代わりにはならず、その判断は医療機関・関係機関に委ねられるべきである。
最後に、磐田市の都市公園100園を対象に、オープンデータと市施設ガイドの記載から健康遊具やトイレの様式など生活の場としての環境資源を拾い出し、街区公園51園の誘致距離250メートルという標準を生活圏における到達可能性として読み直す。ただし当サイトの現地踏査は始まっていないため、園路の段差やベンチの間隔など現地でしか分からない事項はすべて今後の課題として明示する。
キーワードICF(国際生活機能分類)環境因子活動と参加地域リハビリテーション健康遊具全人間的復権
1. はじめに——問題の所在
当サイト(ATAWI PARK)は磐田市の公園100園を子育て世代の視点から整理するデータベースとして出発した。しかし、公園を利用する人は子どもと保護者に限らない。骨折や脳卒中の後遺症からの回復期にある人、加齢により体力が衰えた人、障害とともに生活する人にとっても、公園は日常の中にある屋外空間の一つである。本稿は、この「回復の途上にある人」の側から公園を論じる。
依って立つ学問はリハビリテーション学であり、なかでも世界保健機関(WHO)が2001年に採択した国際生活機能分類(ICF)の枠組みを手がかりとする。ICFとは、心身の機能や構造だけでなく、日常の動作(活動)や社会生活への関わり(参加)、そしてそれらを取り巻く環境を一つの相互作用のモデルとして捉える国際的な分類体系である。この枠組みの中に公園を置くと、遊び場や憩いの場とは別の顔が見えてくる。
本稿は、ATAWI PARKが磐田市の公園100園を多様な学問領域から検討する「公園学術論文」シリーズの一本である。シリーズの多くの論考は、子育て、社会学、生態学など、心身に大きな制約のない成人を暗黙の前提として書かれてきた。本稿は、その前提そのものを問い直し、心身に何らかの制約を抱えながら日常を送る人、あるいは病気や怪我からの回復の途上にある人の視点を、明示的に導入することを目指す。読者として想定するのは、磐田市周辺で子育てをしながら親や祖父母の世代を見守る人、行政や地域の福祉に関わる人、そして学生である。
1.1 本稿の問い
本稿の問いは三つある。第一に、リハビリテーションの理念が施設内の訓練から生活の場での参加へと広がってきた歴史的な流れの中で、公園はどのように位置づけられるか。第二に、ICFが「環境因子」と呼ぶ概念に照らして、公園の歩行路、段差、傾斜、ベンチの間隔といった具体的な要素は、回復の途上にある人の活動と参加をどのように左右しうるか。第三に、公園に備えられた健康遊具は、この文脈でどのような意義と限界を持つか。
- ICF(国際生活機能分類)——WHOが2001年に採択した、心身機能・活動・参加と環境因子の相互作用モデル
- 活動——個人による課題や行為の遂行(歩く、着替えるなど)
- 参加——家庭生活、地域社会、余暇活動といった生活場面への関わり
- 環境因子——物的・社会的・態度的な環境。促進因子にも阻害因子にもなりうる
なお、本稿でいう「回復の途上にある人」とは、特定の疾患名や障害の種類を指すものではない。骨折や脳血管疾患の後遺症からの回復期にある人だけでなく、加齢に伴い心身機能が徐々に低下していく過程にある人、慢性的な疾患とともに生活の質を保とうとする人、そして手術や入院の後に体力の回復を図る人も含む、幅広い状態を指す言葉として用いる。共通するのは、心身機能に何らかの制約があり、その制約と付き合いながら日常の活動と参加を模索している、という点である。
1.2 本稿が扱わない範囲
議論を始める前に、本稿の射程を限定しておく。本稿は医学的な助言を行うものではない。どの運動がどの人に適するか、どの段階でどのような訓練を行うべきかという判断は、医師、理学療法士、作業療法士といった医療専門職の領域に属する。本稿が扱うのは、そうした個別の判断より手前にある環境の条件——公園という空間が、どのような活動を容易にし、どのような活動を難しくするか——に限られる。
また、当サイトの現地踏査はまだ始まっておらず、園路の勾配やベンチの座面の高さといった、現地でなければ確かめられない事項について本稿は結論を述べない。それらは第9節と第10節で今後の課題として明示する。
1.3 方法と構成
方法は文献整理と概念分析である。ICFに至る分類の歴史と、日本のリハビリテーション医学における理念の展開を整理し、公園という具体的な空間の要素に対応させて検討する。磐田市に固有の事実は、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」と市施設ガイドの記載、および当サイトが整理した集計のみを用いる。
構成は次のとおりである。第2節で先行研究としてICIDHからICFへの転換を整理し、第3節でICFの枠組みそのものを検討する。第4節で施設内訓練から生活の場への理念の広がりを論じ、第5節で公園という環境因子を具体的に検討する。第6節で健康遊具の位置づけと限界を論じ、第7節で反論に応答する。第8節で他の場との比較を行い、第9節で磐田市の公園への示唆を、第10節で結論と今後の課題を述べる。
2. 先行研究と概念の整理——ICIDHからICFへ
リハビリテーションの理念を国際的な分類の歴史からたどると、まず1980年に世界保健機関(WHO)が策定した国際障害分類(ICIDH)に行き着く。ICIDHは、疾患や変調が機能障害を生み、機能障害が能力障害を生み、能力障害が社会的不利を生むという、原因から結果へ一方向に進む三層の構造で障害を説明するものであった。この分類は、医療の現場に障害を体系的に記述する共通言語を与えた点で大きな意義を持った。
しかしICIDHには批判も向けられた。第一に、障害を疾患から始まる一方向の因果の帰結として描くことは、障害の原因を個人の心身の内部にのみ求める医学モデルを色濃く反映しており、社会や環境の側の要因を副次的にしか扱わない。第二に、社会的不利という最終項は、周囲の環境や制度のありようによって大きく変わりうるにもかかわらず、その変わりうる部分がモデルの中で十分に位置づけられていなかった。障害学や当事者運動の側からは、障害を個人の欠損としてではなく、社会が作り出す障壁として捉え直す社会モデルの主張が強まっていった。
2.1 ICFへの転換
こうした批判を受け、WHOは2001年に国際生活機能分類(ICF)を採択した。名称からも分かるとおり、ICFは障害(disability)ではなく生活機能(functioning)を軸に据える。生活機能とは、心身機能・身体構造、活動、参加を包括する中立的な概念であり、その反対側に機能障害、活動制限、参加制約が位置づけられる。決定的な違いは、これらの要素が疾患から一方向に生じるのではなく、健康状態と環境因子・個人因子とが双方向に影響し合う相互作用のモデルとして描かれた点にある。日本語訳は障害者福祉研究会編(2002)によって公刊され、医療・福祉・行政の現場で共通言語として用いられるようになった。
この転換は、単に用語を言い換えただけのものではない。ICIDHのもとでは、リハビリテーションの目標はもっぱら機能障害や能力障害を減らすことに置かれがちであった。これに対しICFのもとでは、たとえ機能障害や活動制限が残るとしても、環境因子を調整することによって参加の水準を高めるという道筋が、同じ重みを持つ目標として位置づけられる。機能そのものを治すことと、機能が制約されたままでも参加できる環境を整えることは、優劣のない二つの方策として並び立つ。
2.2 日本のリハビリテーション医学における先取り
興味深いのは、ICFが採択される以前から、日本のリハビリテーション医学の内部でこれに近い問題意識が語られていたことである。リハビリテーション医の上田敏は1983年の著作で、リハビリテーションの目標を身体機能の回復にとどめず、障害を持つ人が人間として社会の中で生きる権利を取り戻すことだとして「全人間的復権」という言葉を用いた。この視点は、機能訓練の成果を病室や訓練室の中だけで完結させず、地域での生活、すなわち生活の場での参加にまで広げて捉える点で、後のICFの参加概念を先取りするものであったと位置づけられる。
同じ問題意識は、リハビリテーションを提供する体制の側でも表れた。日本リハビリテーション病院・施設協会は1991年に地域リハビリテーションを定義し、2001年に改訂した。その趣旨は、たとえ障害を持っても、住み慣れた地域で、そこに住む人々とともに、安全に、生き生きとした生活を送れるよう、専門的な支援だけでなくまちづくりを含めて働きかけるという考え方にある。この定義は、リハビリテーションが病院や施設という限られた場所の中だけで完結する営みではなく、その人が暮らす地域全体——道路、公共施設、そして公園を含む屋外空間——に関わる営みであることを示している。
2.3 生物心理社会モデルとの関連
ICFが採用した相互作用モデルの背景には、医学全体における理論的な転換もあった。アメリカの精神科医ジョージ・エンゲルは1977年の論文で、病気を生物学的な要因だけで説明する生物医学モデルの限界を指摘し、生物学的要因に心理的要因と社会的要因を組み合わせて理解する生物心理社会モデルを提唱した。ICFが健康状態を環境因子・個人因子との相互作用として描く構図は、この生物心理社会モデルの考え方と軌を一にする。リハビリテーションを心身機能の回復だけでなく、その人を取り巻く環境との関係として捉える本稿の視座も、この系譜に連なるものである。
本稿はこれらの概念史を踏まえ、公園という空間を、ICFのいう環境因子の一つとして、また地域リハビリテーションのいう地域を構成する具体的な場所の一つとして位置づける視座を得る。以下の節では、まずICFの枠組みそのものを整理したうえで、公園の具体的な要素に対応させて検討する。
本稿がICFの中でも特に環境因子に注目するのは、次の理由による。心身機能や個人因子は、医療専門職の判断や個人の生き方に関わる領域であり、都市公園というインフラを論じる本稿の射程を超える。これに対し環境因子は、道路や建物の設計、公共施設の整備方針など、行政や地域社会が働きかけうる領域に属する。公園という都市公園法上の公共施設を検討する本稿にとって、環境因子は最も接続しやすい概念なのである。
| 観点 | ICIDH(1980) | ICF(2001) |
|---|---|---|
| 基本の構造 | 疾患から社会的不利への一方向の因果 | 健康状態・生活機能・背景因子の相互作用 |
| 障害の位置づけ | 個人の内部にある欠損として記述 | 心身機能と環境との関係として記述 |
| 環境の扱い | 分類の中心的な要素ではない | 環境因子として促進・阻害の両面を明示 |
| 採用する用語 | 機能障害・能力障害・社会的不利 | 心身機能・身体構造、活動、参加 |
3. ICFの枠組み——心身機能・活動・参加、環境因子
ICFの枠組みを構成する要素を順に確認する。第一の要素は心身機能・身体構造であり、これは身体の生理的な機能(関節の可動域、筋力、心肺機能など)と身体の解剖学的な部分を指す。医学的なリハビリテーションが伝統的に主な対象としてきたのは、この水準である。機能障害とは、この心身機能・身体構造に何らかの問題が生じている状態を指す。
第二の要素は活動であり、歩く、着替える、買い物をするといった、個人による課題や行為の遂行を指す。活動制限とは、こうした課題の遂行に困難が生じている状態である。ここで重要なのは、ICFが「できる活動(能力)」と「している活動(実行状況)」を区別している点である。訓練室の中では歩けても、自宅の周辺では歩かない、あるいは歩けない人は少なくない。この二つのギャップこそ、施設内の訓練だけでは捉えきれない部分であり、本稿が生活の場に注目する理由の一つである。
第三の要素は参加であり、家庭生活、地域社会での役割、余暇活動といった、生活・人生場面への関わりを指す。参加制約とは、こうした場面への関わりに生じる難しさである。散歩に出る、近所の人と立ち話をする、孫を公園に連れて行くといった行為は、いずれも参加の水準に属する。ICFにおいて参加は、単に身体が動くかどうかを超えた、その人の生活の豊かさに直結する概念として位置づけられている。
- 心身機能・身体構造——関節可動域、筋力、心肺機能などの生理的・解剖学的な水準
- 活動——歩く、着替える、買い物をするなど個人による課題の遂行
- 参加——家庭生活、地域社会、余暇活動への関わり
- 環境因子——物的・社会的・態度的な環境。促進因子にも阻害因子にもなる
- 個人因子——年齢、価値観、対処の仕方などその人固有の背景(ICFの正式な分類には含まれない)
3.1 環境因子——促進因子にも阻害因子にもなる
ICFのもう一つの柱が環境因子である。環境因子とは、人々が生活し、人生を送っている物的・社会的・態度的な環境を指し、自然環境と人間が作り出した環境の変化、支援と関係、人々の態度、そしてサービス・制度・政策までを含む幅広い概念である。ICFの核心は、この環境因子が心身機能・活動・参加のそれぞれに対して促進因子にも阻害因子にもなりうると明示した点にある。
具体例で考えるとわかりやすい。同じ程度の下肢の機能障害を持つ二人がいたとしても、一方の自宅周辺に段差のない歩道と休める場所があり、もう一方にはそれがなければ、両者の「している活動」と「参加」の水準は大きく異なりうる。障害の重さは同じでも、環境が異なれば結果は異なる。この洞察は、リハビリテーションを心身機能の回復だけに閉じずに、環境の側の調整をも射程に含める根拠となっている。
3.2 個人因子
ICFにはもう一つ、個人因子という要素も想定されている。年齢、性別、生活歴、価値観、対処の仕方といった、その人固有の背景を指すが、文化差が大きいことなどから、ICFの正式な分類体系には含まれていない。本稿でも個人因子には立ち入らず、環境因子、なかでも公園という物的環境に焦点を絞る。
3.3 活動と参加の相互依存
活動と参加は、ICFの分類上は別の要素として区別されるが、現実の場面では密接に結びついている。公園を一周歩くという行為は、それ自体は活動の水準に属するが、それが友人や家族との散歩として行われるなら、同時に参加の水準にも属する。逆に、同じ歩行という行為でも、誰とも関わらず、決まった距離を機械的にこなすだけであれば、参加の要素は薄い。公園という場は、活動と参加が重なり合う場面を生み出しやすい環境因子だと言える。この重なりは、単に機能訓練の場を屋外に移すこと以上の意味を持つ。
参加の水準は活動に比べて測定が難しいとされる。散歩の頻度や外出の回数は数えられても、それがその人にとってどれだけ満たされた参加であるかは、数値だけでは捉えきれない。この測定の難しさは、リハビリテーションの効果を評価するうえでもしばしば指摘される論点であり、本稿もこの限界を留保したうえで議論を進める。
以上を踏まえ、本稿は公園を、ICFのいう環境因子の集合体として捉える。歩行路の状態、段差や傾斜、ベンチの間隔、トイレの様式、木陰、案内表示、そして健康遊具——これらはいずれも、回復の途上にある人の活動と参加を促進することも、阻害することもありうる環境因子である。次節以降、この視座から公園を具体的に検討する。
4. 施設内訓練から生活の場へ——リハビリテーションの理念の広がり
施設内訓練から生活の場へという理念の広がりを、歴史的な経緯として確認しておく。第二次大戦後、日本のリハビリテーション医学は、主に病院や専門施設の中に置かれた機能回復訓練室を舞台として発展してきた。関節可動域の維持、筋力の強化、歩行の練習といった訓練は、医療専門職の直接の指導のもとで行われ、その効果は主に心身機能の水準——ICFでいう心身機能・身体構造——で測られてきた。
しかし、訓練室での成果がそのまま生活の質の向上に結びつくとは限らないという認識も、早くから医療の現場にあった。前節で触れたICFの「できる活動」と「している活動」の区別は、まさにこの経験を理論化したものである。訓練室の平らな床の上で一定の距離を歩けるようになったとしても、自宅周辺に段差や坂があり、休める場所がなければ、その人は実際には外出しないかもしれない。能力の回復と、生活の中での実行は、別の水準の問題である。
4.1 地域リハビリテーションと環境調整
こうした認識から、リハビリテーションの現場では、退院後の生活を見据えた地域リハビリテーションという考え方が広がっていった。訪問による支援や、通いながら機能を維持する取り組みなど、生活の場に近いところで行われる支援が位置づけられるようになり、あわせて、手すりの設置や段差の解消といった住宅の環境調整も、機能訓練と並ぶ重要な取り組みとして扱われるようになった。ここでの主眼は、身体を環境に合わせるだけでなく、環境を身体に合わせるという発想の転換にある。
この環境調整という発想は、自宅の内部にとどまらない。人が生活するのは自宅の中だけではなく、玄関を出た先の道路、近所の施設、そして屋外の公共空間にも及ぶ。地域リハビリテーションの定義が「住み慣れた地域」という言葉を用いていることは、この射程の広さを示している。本稿が公園に注目するのは、この理念の延長線上に、屋外の公共空間としての公園が位置づけられると考えるからである。
4.2 生活の場としての公共空間
生活の場という言葉は、しばしば自宅を指すものとして使われる。しかし、人が一日の中で過ごす場所は自宅だけではない。玄関を出てから戻るまでの経路、立ち寄る店、腰を下ろす公園のベンチも、広い意味での生活の場に含まれる。作業療法の分野では、料理や着替えといった身の回りの動作だけでなく、外出や地域活動への参加も、生活を構成する重要な作業として扱われる。公園での散歩や、健康遊具を使うといった行為も、この意味での生活の作業の一つに数えられる。
したがって、公園を検討することは、リハビリテーションの対象を病院の外へ広げるという以上に、もともと生活の一部であった行為——外に出て体を動かし、人と行き交うこと——を、環境の側から支える視点を導入することを意味する。この視点は、機能訓練の効果を測る物差しを、心身機能の数値だけでなく、日常の中でその人が実際に何をしているかという水準にまで広げる。厚生労働省が推進する地域包括ケアシステムの考え方も、医療・介護・予防・住まい・生活支援を地域の中で一体的に提供しようとするものであり、住まいの近くにある公園のような屋外空間も、生活を支える環境の一部として位置づけられうる。
4.3 公園という選択肢の性質
公園には、他の屋外の目的地にはない性質がいくつかある。無料で利用でき、予約や紹介状を必要とせず、開いている時間の制約がほとんどない。歩いて行ける範囲に多数分布しているという都市公園法の設計思想も、この性質を後押しする。こうした敷居の低さは、施設での訓練を終えた後、あるいは訓練と並行して、日常的に体を動かし、外の空気に触れ、人と行き交う機会を得るための場所として、一定の意義を持ちうる。
ただし、ここで改めて確認しておかなければならないことがある。本稿がこの後の節で論じるのは、公園という環境が持つ一般的な性質であって、個々の人にとってどの程度の運動が適切か、どの段階で屋外での活動を増やしてよいかという判断ではない。その判断は、主治医、理学療法士、作業療法士といった医療専門職、あるいは地域包括支援センターなどの関係機関に委ねられるべきものである。
地方都市では自動車への依存が高く、歩いて行ける範囲の屋外空間の重要性は、公共交通が発達した都市部以上に見過ごされやすい。磐田市もその例外ではない。自動車を運転できない、あるいは運転をやめた人にとって、徒歩圏内にある公園の存在は、生活の場でのリハビリテーションを支える数少ない選択肢の一つになりうる。この点は第9節で改めて取り上げる。
5. 公園という環境因子——歩行路・段差・傾斜・ベンチの間隔
前節までの理論的な整理を踏まえ、本節では公園を構成する具体的な要素を、ICFのいう環境因子として一つずつ検討する。ここで扱うのは、特定の公園を評価することではなく、公園という空間の中に一般にどのような環境因子が存在し、それぞれがどのように活動と参加を左右しうるかという、要素ごとの見取り図である。
第一に、歩行路の舗装状態である。杖や歩行器、車椅子を使う人にとって、砂利敷きの路面や、経年劣化で不陸が生じた路面は、平滑に舗装された路面に比べて明らかに歩行の負荷を高める。ICFの言葉でいえば、同じ心身機能の水準であっても、路面という環境因子の違いによって、歩行という活動の実行しやすさが変わる。
第二に、段差と縁石である。園路と広場の境目、あるいは公園の出入口にある段差は、わずかな高さであっても、つまずきや車輪の引っかかりの原因になりうる。段差をなだらかに切り下げる工夫があるかどうかは、車椅子やベビーカーだけでなく、歩行に不安のある高齢者や回復期の人にとっても、通行のしやすさを左右する環境因子である。
第三に、傾斜である。園内の通路や出入口の勾配が緩やかであれば、多くの人が自分の脚力の範囲で移動できるが、勾配が急であれば、同じ脚力でも通行が難しくなる。傾斜は段差と同じく、目に見えにくいが確実に効いてくる環境因子の一つである。
5.1 ベンチの間隔という論点
第四に、そして本稿が特に重視するのがベンチの間隔である。ある人が休みなく歩ける距離が仮に100メートルだとしても、その距離ごとに座れる場所がなければ、その人は公園を一周することも、目的地までたどり着くこともできない。これはまさに、前節で述べた「できる活動」と「している活動」のギャップそのものである。歩く能力があっても、休める場所という環境因子が欠けていれば、実行には至らない。逆に、歩ける距離に応じて座れる場所が用意されていれば、同じ脚力でより長い距離、より長い時間を屋外で過ごすことができる。ベンチは休憩のための設備であると同時に、参加の範囲を決める装置でもある。
第五に、トイレの様式である。洋式であるか和式であるか、車椅子に対応しているかどうかは、外出の時間の長さを左右する重要な環境因子である。トイレの心配なく過ごせる時間が短ければ、公園に滞在できる時間もおのずと短くなる。第六に、木陰や日陰、そして案内表示も、直接に歩行を左右するわけではないが、暑さへの不安や道に迷う不安を減らすことを通じて、外出そのものをためらわせない働きを持ちうる。
5.2 環境因子早見表
以上の要素を、促進的に働く例と阻害的に働く例に整理すると、次の表のようになる。ここに挙げるのは一般的な傾向であり、個々の公園の実態がどうであるかは、当サイトの今後の踏査によって初めて確かめられる。
| 環境因子 | 促進的に働く例 | 阻害的に働く例 |
|---|---|---|
| 歩行路の舗装 | 平滑で連続した舗装 | 砂利や不陸のある路面 |
| 段差・縁石 | なだらかな切り下げ | 急な段差 |
| 傾斜 | 緩やかな勾配 | 急な坂道 |
| ベンチの間隔 | 歩ける距離ごとに休める場所 | 休める場所が離れている |
| トイレの様式 | 洋式・車いす対応 | 和式のみで車いす非対応 |
5.3 季節と天候による変動
本節で挙げた環境因子は、年間を通じて一定ではない。夏の強い日射しは木陰の有無の重要性を増し、冬の日陰は逆に路面の冷えという別の阻害要因を生む。雨の後の水たまりや泥は、舗装の状態によって解消の早さが変わる。ICFの環境因子は、こうした季節や天候による変動を織り込んだ、動的なものとして理解する必要がある。ある時期には促進因子として働く要素が、別の時期には阻害因子に転じることもありうる。
暑さについては、環境省が公表する暑さ指数(WBGT)が、屋外での活動の目安を示す公的な指標として用いられている。ただし、この指標をどの程度の運動に当てはめてよいかは、個々の体調や既往症によって異なり、その判断は医療機関・関係機関に委ねられるべきものである。本稿が確認できるのは、暑さや寒さという変動要因が、公園という環境因子の効果を年間を通じて一定に保たない、という点までである。
これらの環境因子は、一度整備すれば終わりというものではない。舗装のひび割れや樹木の根による路面の隆起は経年で進行し、剪定を怠れば木陰は茂りすぎて逆に見通しを悪くすることもある。環境因子を促進的な状態に保つには、日常の点検と維持管理という、目立たないが継続的な働きかけが欠かせない。
案内表示についても触れておく。認知面に困難を抱える人にとって、出口や休憩場所の位置がわかりやすく示されているかどうかが、公園を安心して利用できるかどうかを左右する場合がある。もっとも、案内表示のわかりやすさをどのように測るかは本稿の射程を超える。ここでは、視覚的な情報の整理もまた、ICFのいう環境因子の一部であることを指摘するにとどめる。
本節で挙げた要素はいずれも、健康遊具のような目立つ設備ではなく、公園の基盤的な部分に属する。しかし、ICFの環境因子という視点に立てば、こうした地味な要素こそが、回復の途上にある人にとっての参加の実現度を左右する。次節では、より目に見える設備である健康遊具の位置づけと限界を検討する。
6. 健康遊具の位置づけと限界
公園の環境因子の中でもとりわけ目に見える形でリハビリテーションと結びつくのが、健康遊具である。健康遊具とは、ぶら下がって背中を伸ばす器具、脚を動かすステップ式の器具、腹筋や上半身の筋力を使う器具など、主に大人を対象として公園に設置される運動器具の総称である。遊具といっても子ども向けの遊具とは目的が異なり、健康の維持や運動不足の解消を意図して設けられている。
ICFの枠組みに照らすと、健康遊具は活動を促す環境因子として位置づけられる。専門のスポーツ施設に通う場合と異なり、予約や会費を必要とせず、自宅の近くで思い立ったときに体を動かせるという敷居の低さは、第4節で述べた敷居の低い場所という公園の性質を、より具体的な形で体現するものである。また、健康遊具の周囲でたまたま居合わせた人と言葉を交わすといった副次的な効果は、活動だけでなく参加の水準にも及びうる。
健康遊具は、その効果の面からおおまかに、柔軟性や関節可動域を保つことを意図した器具、上半身や下半身の筋力を使う器具、そして脚を動かして有酸素運動に近い動きを行う器具に大別できるとされる。いずれも、専門的なトレーニング機器のように負荷を細かく調整する機構は持たず、器具の形状によっておおよその運動の種類が決まっている点に特徴がある。
6.1 健康遊具の限界
しかし、健康遊具には明確な限界もある。第一に、健康遊具が提供する運動の負荷は、あらかじめ決められた汎用的なものであり、利用者一人ひとりの心身の状態に応じて調整された運動処方ではない。ICFの言葉を借りれば、健康遊具という環境因子は多くの利用者にとって促進因子となりうるが、心身機能の水準や既往の症状によっては、同じ器具が負荷過多となり、阻害因子に転じる場合もありうる。
第二に、安全確保の問題である。国土交通省の遊具の安全確保に関する指針は、公園の遊具全般について、点検と維持管理を通じて危険を管理する考え方を示している。健康遊具についても同様に、定期的な点検が行われているかどうかは、利用の可否を考えるうえで重要な情報であるが、個々の公園の点検状況は当サイトが現時点で把握している情報の範囲を超える。
第三に、健康遊具は主に大人を対象として設計されているため、対象年齢の表示や注意書きがある場合には、それに従うことが前提となる。子どもが遊具として扱うことを想定していない器具に子どもだけで乗ることは、想定されていない使い方であり、保護者の目が届く範囲での利用が望ましいとされる。
健康遊具の設置場所も一つの環境因子である。歩行路の近くに設置されていれば散歩の途中に立ち寄りやすいが、広場の奥や見通しの悪い場所に設置されていれば、利用の心理的な敷居は高くなる。また、複数の器具がまとまって設置されていれば、順番に器具を移動しながら全身をまんべんなく動かすことができるが、器具が離れて点在していれば、そのような使い方は難しくなる。こうした配置の工夫も、健康遊具という環境因子の効果を左右する。
健康遊具は、高齢化が進む社会の中で、既存の遊具の更新や公園の再整備にあわせて設置が広がってきたとされる。ただし、いつ、どのような基準で選定され、どの頻度で点検されているかは公園ごとに異なり、当サイトが参照する市施設ガイドの記載からは、器具の名称以上の詳細はわからない場合が多い。
6.2 社会参加という副次的な意義
健康遊具のもう一つの意義は、運動そのものより、そこに人が集まることによって生まれる。同じ時間帯に同じ器具を使う人同士で、自然と会釈や短い会話が生まれることがある。これは、ICFのいう参加の水準に属する効果であり、心身機能の維持という直接の目的とは別の、公園という場ならではの価値である。もっとも、この効果は器具の性能によってではなく、利用する人々の側の関わり方によって左右されるものであり、健康遊具の設計だけで保証できるものではない。
6.3 断り書き
以上を踏まえ、本稿は健康遊具そのものを推奨するものでも、特定の器具や運動を勧めるものでもない。どの器具をどの程度、どのような頻度で使うことが適切かという判断は、あくまで個々の心身の状態に応じたものであり、その判断はかかりつけ医、理学療法士、地域包括支援センターといった医療機関・関係機関に委ねられるべきである。本稿が論じられるのは、健康遊具という環境因子が持つ一般的な性質と限界までである。
7. 反論と限界——公園に何を期待し、何を期待しないか
ここまでの議論は、ICFの枠組みに基づいて公園を環境因子として積極的に位置づけてきた。しかし、一つの空間に期待を集めすぎることは、その空間が担えない役割まで押しつけ、評価そのものを誤らせる。本節では、公園への期待に対して想定される三つの反論を取り上げ、それぞれに応答しながら、本稿の主張の射程を絞り込む。
7.1 反論の第一——来られる人にしか効果が及ばない
第一の反論は次のようなものである。公園が活動と参加を促すとしても、その恩恵を受けるのは、そもそも公園まで移動できる人だけではないか。心身機能の低下が大きい人、あるいは移動に全面的な介助を要する人にとって、公園までの数百メートルは越えがたい距離である。
本稿はこの反論を退けない。むしろここから二つの限定を引き出す。第一に、公園という環境因子の改善が最も効果を持つのは、確実に来られる人でも、まったく来られない人でもなく、その境目にいる人——段差がなければ行ける、休める場所があれば行ける、という条件つきの人である。第二に、境目より外側にいる人への支援は、訪問や送迎、あるいは施設での専門的な支援が担うべき役割であり、公園がそれに置き換わることはない。両者は補い合う関係にあり、置き換える関係ではない。
境目にいる人を後押しするのは、物理的な環境因子だけではない。転倒を過度に心配して外出を控えさせる家族の態度も、ICFのいう環境因子の一部である。物的な環境をどれほど整えても、周囲の態度が萎縮的であれば、参加は実現しにくい。この点は、本稿が主に扱う物的環境因子の外側にあるが、見過ごすべきではない論点として付記しておく。
7.2 反論の第二——屋外には危険が伴う
第二の反論は安全に関わる。屋外の歩行には転倒の危険が伴い、夏の高温は体調を損ないうる。回復の途上にある人が屋外での活動を増やすことを勧める議論は、この負の側面を軽視しがちである、という批判である。転倒や体調不良が回復の道のりを後退させかねないことを考えれば、この懸念は正当である。
本稿の立場は、危険を理由に外出そのものを避ける方向ではなく、危険が生じにくい環境を整える方向に置かれる。段差の解消、路面の維持、木陰と休める場所の確保は、第5節で述べた環境因子の改善そのものである。ただし、暑さの下でどこまで活動してよいか、どの程度の運動が体調に見合うかという線引きは、個々の状態に依存する判断であり、環境省が公表する暑さ指数の目安や、医療機関・関係機関の助言に委ねられるべきものである。本稿が論じうるのは環境の側の条件までであって、その先に踏み込むことはできない。
7.3 反論の第三——公園は専門的な支援の代わりにならない
第三の反論は、公園に福祉的な役割を期待する議論が、専門的なリハビリテーションや介護サービスの縮小を正当化する口実に転用されうる、というものである。公園があるのだから専門職による訓練の機会は減らしてよい、という論法は、善意の議論の後ろに容易に忍び込む。
この危険は現実的であり、本稿は明確に線を引く。公園は、医療機関でのリハビリテーションや、介護保険制度に基づく専門的な支援の代替物ではない。公園が担いうるのは、そうした専門的な支援によって得られた、あるいは維持されている心身機能を、日常の中で使い、参加へとつなげる補助的な場である。専門的な支援と公園的な日常は、置き換える関係ではなく、順に並び、補い合う関係にある。
7.4 反論の第四——公園はそもそも想定していないのではないか
第四に、そもそも公園という空間は、健常な成人や子どもを暗黙の利用者として設計されてきたのであり、回復の途上にある人はその想定に含まれていないのではないか、という反論がある。段差や舗装、ベンチの間隔についての配慮が制度的に義務づけられているわけではない以上、この指摘には根拠がある。
この反論に対し、本稿は次のように応答する。想定に含まれていなかったという事実は、今後も含めなくてよいという結論を導かない。むしろ、ICFが示す環境因子という概念は、誰を利用者として想定するかという設計の前提そのものを問い直すための道具である。バリアフリーやユニバーサルデザインという考え方が、当初想定されていなかった利用者を後から包摂していったように、公園の設計もまた、回復の途上にある人を利用者として位置づけ直す余地を持つ。この点は、第9節で磐田市の具体例とともに再び取り上げる。
以上四つの反論は、いずれも公園への過大な期待を戒めるものであるが、同時に、公園という環境因子の改善に取り組む理由を明確にするものでもある。恩恵が及ぶ範囲は限定的であり、屋外には危険が伴い、公園は専門的な支援の代替物ではなく、そして公園の設計は回復の途上にある人を当然には想定していない。これらの限界を踏まえたうえでなお、環境因子としての公園を検討する意義があるというのが、本稿の立場である。
8. 比較——リハビリテーションを提供する場との違い
リハビリテーションの理念が生活の場に広がってきたことを踏まえると、公園を、他にリハビリテーションと関わりのある場と並べて比較しておくことが、その位置づけをより明確にする。
第一の場は、病院や診療所でのリハビリテーションである。理学療法士や作業療法士といった専門職が直接指導にあたり、心身機能の評価と個別の運動処方に基づいて訓練が行われる。専門性は最も高いが、医療保険の枠組みの中で提供されるため、通院の頻度や期間には制度上の枠組みが伴う。
第二の場は、介護保険制度に基づく通所リハビリテーションなど、定期的に通う形で機能訓練と社会参加を組み合わせた場である。送迎が用意され、専門職の関与がある点で病院でのリハビリテーションに近いが、生活そのものに近い日課の中に組み込まれる点に特徴がある。
第三の場は、体操教室やサロンのように、地域の住民同士やボランティアによって運営される通いの場である。専門職が常駐するとは限らないが、顔なじみの関係の中で体を動かし、社会参加の機会を得られる点に強みがある。ただし、開催の頻度や場所は運営の体制に左右され、必ずしも毎日開かれているわけではない。
そして第四の場が公園である。公園には専門職も、定められた日課も、決まった参加者もいない。その代わり、予約も会費も必要とせず、開いている時間の制約もほとんどなく、天候さえ許せば毎日でも訪れることができる。専門性という点では他の三つの場に及ばないが、日常性という点では公園に及ぶ場はない。
| 場 | 専門性 | 頻度・アクセス | 社会参加の要素 |
|---|---|---|---|
| 病院・診療所でのリハビリ | 高い(専門職の直接指導) | 制度の枠組みの中で限定的 | 限定的(訓練が中心) |
| 通所リハビリテーション等 | 高い(専門職が関与) | 定期的・送迎あり | 日課に組み込まれている |
| 地域の体操教室・サロン | 場による(専門職不在の場合あり) | 運営体制による | 強い(顔なじみの関係) |
| 公園 | なし(自主的な利用) | 毎日・時間の制約が少ない | 機会はあるが自然発生的 |
8.1 回復の道のりにおける位置づけ
四つの場は、対立する選択肢ではなく、回復の道のりの中で移り変わっていく関係にあることが多い。急性期には病院でのリハビリテーションが中心となり、退院後は通所リハビリテーションで機能の維持を図り、心身の状態が安定するにつれて、地域の体操教室や公園といった、より専門性の低い、より日常に近い場へと重心が移っていく。この移行は必ずしも一方向ではなく、体調の変化に応じて専門性の高い場に戻ることもある。公園は、この移行のいわば終着点にある、最も日常に近い場として位置づけられる。
ただし、この位置づけは、公園が回復の最終段階の人だけのための場であることを意味しない。専門的な支援を受けている最中の人が、その合間に公園で体を動かすことも十分にありうる。四つの場は、時期によって主従が入れ替わりながら、並行して利用されうるものである。
同じ場所に繰り返し通うことは、それ自体が習慣として定着しやすいという性質を持つ。通所リハビリテーションが定められた曜日に通うことで習慣化を促すのと同様に、自宅から近い公園に毎日同じ時間に出かけることも、緩やかな習慣として日課に組み込まれうる。この習慣化の効果は、専門職の指導によらずとも、環境の近さと日常性そのものから生まれる点に特徴がある。
8.2 費用と敷居の違い
四つの場のもう一つの違いは、利用にかかる費用と、そこに通うまでの手続きの敷居である。病院でのリハビリテーションや通所リハビリテーションは、医療保険や介護保険の枠組みに基づき、一定の自己負担を伴う。地域の体操教室やサロンは、無料または低額で運営される場合が多いが、開催場所や定員には限りがある。公園は、これらと比べて金銭的な負担がなく、参加の申し込みや紹介も必要としない。この敷居の低さは、専門的な支援へのアクセスに地域差や制度上の制約がある場合にも、変わらず開かれているという意味を持つ。
この比較から見えてくるのは、公園が他の三つの場と競合する存在ではなく、それらでは埋めきれない日常の隙間を埋める、性質の異なる場だということである。専門的な支援によって獲得され、あるいは維持されている心身機能を、制度の外側にある日常の中で使い続ける場として、公園は独自の位置を占める。
9. 磐田市の公園への示唆
本節では、これまでの理論的な検討を踏まえ、磐田市の都市公園100園に関する当サイトの集計に照らして、公園という環境因子の磐田市における現状を読み解く。ただし、以下で示すのはオープンデータと市施設ガイドの記載から読み取れる範囲の情報であり、当サイトの現地踏査はまだ行われていない。園路の段差やベンチの間隔、傾斜の程度など、第5節で論じた要素の多くは、現地でなければ確かめられないことをあらかじめ断っておく。
磐田市の都市公園100園のうち、最も数が多いのは街区公園の51園である。街区公園は都市公園法施行令の標準で誘致距離250メートル、面積0.25ヘクタールとされ、おおむね歩いて数分の圏内に配置される小規模な公園である。この誘致距離の標準を、本稿の枠組みで読み替えるなら、街区公園は制度の設計上、生活圏が徒歩圏に縮んだ人にとって最も到達しやすい環境因子として位置づけられる。ただし、到達しやすさは距離だけで決まるものではなく、そこに至る道路や公園内部の段差、休める場所の有無によっても左右されることは、第5節で述べたとおりである。
9.1 健康遊具とバリアフリー設備の分布
市施設ガイドの記載を見ると、健康遊具を備える公園として、北川瀬公園(中泉・街区公園)、今之浦公園(見付・近隣公園)、中泉グリーンパーク(中泉・街区公園)、二子塚公園(御厨・近隣公園)、豊田原新田公園(豊田・街区公園)などが挙げられる。これらは第6節で論じた健康遊具という環境因子が、磐田市内にも一定数分布していることを示す例である。
また、御厨地区の安久路公園(地区公園・面積32,001平方メートル)は、市施設ガイドの記載によれば複合遊具にインクルーシブエリア、ブランコにインクルーシブアイテムを備え、トイレも多目的トイレとして整備されているとされる。インクルーシブという語が示すとおり、この公園は障害の有無にかかわらず利用できることを意図した環境因子の一例として位置づけられる。ただし、当サイトはこの記載を市施設ガイドの情報として紹介するにとどまり、実際の使い勝手については今後の踏査で確かめる必要がある。
オープンデータの集計では、磐田市の都市公園100園のうちトイレがある公園は69園、そのうち車椅子対応のトイレを備える公園は34園である。第5節で論じたとおり、トイレの様式は外出できる時間の長さを左右する環境因子である。この数字を踏まえると、市内の公園全体でトイレを備える公園は7割弱にとどまり、車椅子対応のトイレとなるとおよそ3分の1にとどまることになる。すべての公園に同じ設備を求めることは現実的ではないが、回復の途上にある人の生活圏を考えるとき、この分布は無視できない環境因子の一つである。
また、当サイトの集計では、駐車場が有るとされる公園は33園である。徒歩や公共交通の利用が難しい人にとって、自動車での来園が可能かどうかも一つの環境因子である。ただし、駐車場の有無が市施設ガイドに明記されていない公園も多く、その場合当サイトは有無を確定できていない。
面積の大きい地区公園や総合公園は、健康遊具や車いす対応トイレなど設備が充実している場合が多い一方、街区公園に比べて誘致距離の標準が長く、徒歩でたどり着くには相応の距離を歩く必要がある。地区公園の誘致距離の標準はおよそ1キロメートルとされ、御厨地区の安久路公園や中泉地区の中央公園はその区分に属する。設備の充実と近さは、必ずしも同じ公園の中で両立するとは限らないという点も、公園という環境因子を評価する際に踏まえるべき論点である。
9.2 地区による分布の違い
磐田市は見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡の9地区に分かれ、当サイトの集計では公園数は見付21園、中泉14園、御厨13園、豊田28園、南部2園、向陽2園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園と、地区によって大きな差がある。生活圏が徒歩圏に縮んだ人にとって、近隣の公園の数そのものが少ない地区では、選べる環境因子の幅も限られることになる。この点は、地区ごとの公園の質を論じる以前の、量の面での前提として押さえておく必要がある。
なお、当サイトを運営する富士ヶ丘サービス株式会社は、不動産事業に加えて介護事業もあわせて営んでいる。本稿はこの事実を一つの背景として記すにとどめ、特定のサービスの利用を勧めるものではない。本稿の目的は、あくまでICFの枠組みから公園という環境因子を学術的に検討することにある。
第7節で述べた第四の反論——公園はそもそも回復の途上にある人を想定していないのではないか——という論点に立ち返るなら、安久路公園のインクルーシブエリアや、複数の公園に見られる多目的トイレの整備は、その想定を広げようとする具体的な取り組みの一例として読むことができる。もっとも、市施設ガイドの記載は整備の意図を示すものであり、実際の使い勝手や維持管理の状態を保証するものではない。この違いを踏まえたうえで、当サイトは記載を紹介するにとどめる。
9.3 現地踏査が明らかにすべきこと
最後に、本節で述べられなかったことを明示しておく。第5節で論じた歩行路の舗装状態、段差の高さ、傾斜の程度、ベンチの間隔、木陰の量といった要素は、オープンデータにも市施設ガイドの記載にも、体系的には含まれていない。これらは当サイトが今後行う現地踏査によって初めて明らかになる事項であり、現時点では現地調査待ちとするほかない。本稿はその調査のための理論的な枠組みを準備する位置づけにある。
10. 結論と今後の課題
本稿を通じて確認できたのは、公園という空間を評価する視点は一つではないということである。子育て世代にとっての遊び場としての価値と、回復の途上にある人にとっての環境因子としての価値は、対立するものではなく、同じ空間の異なる側面として同時に成り立ちうる。滑り台の隣にベンチがあり、砂場の近くに健康遊具があるという公園の日常的な光景は、実は複数の世代と複数の状態にある人々が、それぞれの必要に応じて同じ環境因子を読み替えながら利用している様子の表れでもある。
本稿は、世界保健機関が2001年に採択した国際生活機能分類(ICF)の枠組みから公園を検討してきた。ICFは、障害を個人の内部の欠損として描いていた古い分類から、心身機能・活動・参加と環境因子との相互作用として描く枠組みへと転換した。この転換は、公園のような身近な生活の場の環境を、リハビリテーションを考えるうえで無視できない要素として位置づけ直す理論的な根拠を与える。
本稿が示した見通しは三つに整理できる。第一に、リハビリテーションの理念は、施設内の訓練から、地域リハビリテーションという考え方を経て、生活の場での参加へと広がってきた。第二に、公園の歩行路、段差、傾斜、そしてとりわけベンチの間隔は、ICFのいう環境因子として、同じ心身機能の水準であっても活動と参加の実現度を左右しうる。第三に、健康遊具は環境因子の一つとして意義を持つが、個別の運動処方や医学的判断の代わりにはならない。
同時に、本稿は公園への期待に明確な限界を設けた。公園の恩恵は移動できる人に偏りやすく、屋外には転倒や体調不良の危険が伴い、そして何より、公園は病院や通所リハビリテーションといった専門的な支援の代替物ではない。第8節で比較したとおり、公園の独自性は専門性ではなく日常性にある。専門的な支援によって獲得され、維持されている心身機能を、日常の中で使い続ける場として、公園は他の場と補い合う位置を占める。
磐田市の公園100園に関しては、街区公園51園という数の多さや、健康遊具・インクルーシブ設備を備える公園の存在、トイレの整備状況の偏りなど、オープンデータと市施設ガイドから読み取れる範囲の環境因子を確認した。しかし、第5節で論じた歩行路の舗装状態、段差の高さ、傾斜、ベンチの間隔といった、参加の実現度を直接左右する要素の多くは、現時点では確かめられていない。
今後の課題は明確である。当サイトの現地踏査が始まった段階で、本稿が整理したICFの環境因子の観点を手がかりとした点検の視点を、公園ごとの記録に反映させていくことが望まれる。具体的には、次のような事項が現地踏査で確認すべき対象となる。
- 歩行路の舗装状態と不陸の有無
- 段差の高さと切り下げの有無
- 傾斜の程度
- ベンチの数と間隔
- トイレの様式(和式・洋式)と車いす対応の実態
- 木陰の量と時間帯による変化
- 健康遊具の設置状況と点検の有無
本稿で示した見通しは、あくまで理論的な検討の結果であり、磐田市内の個々の公園がこれらの条件をどの程度満たしているかを保証するものではない。当サイトが今後行う現地踏査は、上記の一覧を一つの手がかりとしながら、公園ごとの実態を確かめる作業になる。その結果は、本稿とは別の形で、公園ごとの記録として蓄積されていくことになるだろう。
最後に改めて確認する。本稿は、公園という環境がリハビリテーションの理念とどのように結びつきうるかを、ICFという理論的な枠組みを通じて整理したものであり、個々の運動や健康上の判断に代わるものではない。それらの判断は、医師、理学療法士、作業療法士、地域包括支援センターといった医療機関・関係機関に委ねられるべきものである。回復の途上にある人にとって、公園がもう一つの居場所になりうるとすれば、それは環境の側の地道な整備の積み重ねの先にある。
本稿は、老年学や公衆衛生学、障害学、環境心理学といった隣接する学問領域からの検討と重なり合う部分を多く持つ。それらの論考とあわせて読むことで、公園という一つの空間が、世代や心身の状態を問わず、多様な角度から検討されるべき対象であることが、より立体的に見えてくるはずである。
個々の器具や運動の適否についての判断は本稿の射程を超え、医療機関・関係機関の領域であり続けることに変わりはない。回復の途上にある人にとって公園がどのような場でありうるかという問いは、理論の整理だけでなく、現地での確認を経て、初めて具体的な輪郭を持つ。
参考文献
- 世界保健機関(WHO)(2001)「International Classification of Functioning, Disability and Health(ICF)」
- 障害者福祉研究会編(2002)『ICF国際生活機能分類——国際障害分類改訂版』中央法規出版
- 世界保健機関(WHO)(1980)「International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps(ICIDH)」
- ジョージ・エンゲル(1977)「The Need for a New Medical Model: A Challenge for Biomedicine」Science, 196(4286)
- 上田敏(1983)『リハビリテーションを考える——障害者の全人間的復権』青木書店
- 日本リハビリテーション病院・施設協会「地域リハビリテーションの定義」(1991年、2001年改訂)
- 世界保健機関(WHO)(2002)「Active Ageing: A Policy Framework」
- 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
- 環境省 熱中症予防情報サイト(暑さ指数WBGT)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。