生命・健康・心理・教育作業療法学

遊ぶことは作業である——作業療法から見た遊びと感覚統合

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:作業療法学 公開・更新 2026-08-17 本文 約20,571字 読了目安 37分

要旨

本稿の目的は、作業療法という専門領域の視点から、公園における遊びを検討することである。作業療法では、人が意味を見いだして行う活動を「作業」と呼び、遊びはその中心的な位置を占めるものとして古くから論じられてきた。方法は文献整理と概念分析であり、作業療法の基盤となった古典的な文献と、感覚統合理論を体系化したA・ジーン・エアーズの著作、およびその後の理論的な整理を手がかりとする。

検討の結果、次の点が示される。第一に、作業療法における「作業」の概念と、遊びを目的でも手段でもある作業として捉える見方には、マイヤーの作業の哲学からキールホフナーの人間作業モデルに至る理論的な系譜がある。第二に、感覚統合理論が扱う前庭覚・固有受容覚・触覚という感覚は、ブランコや雲梯、砂場といった公園の遊具とそれぞれ結びつけて論じることができ、その感じ方には個人差があることが、人・環境・作業モデル(PEOモデル)を通じて整理できる。第三に、遊具を訓練器具のように扱うことや、子どもの行動から安易に診断を推測することには危うさがあり、個々の子どもについての判断は専門職に委ねられるべきである。

最後に、磐田市の都市公園100園を対象とするデータベースの立場から、オープンデータが示す遊具・砂場の設置状況や、市施設ガイドにインクルーシブエリアの記載がある安久路公園、多様な遊具がそろう兎山公園などの手がかりを整理し、上記の論点がどのように具体化されうるかを述べる。ただし当サイトの現地踏査は始まっていないため、遊具の配置間隔や地面の素材、周囲の音環境にかかわる論点は今後の課題として残す。個々の子どもの発達や感覚特性にかかわる判断は本稿では行わず、作業療法士をはじめとする医療機関・療育機関などの関係機関に返す。

キーワード作業療法作業感覚統合理論前庭覚固有受容覚遊び磐田市

1. はじめに——問題の所在

公園で遊ぶ子どもの姿は一様ではない。ブランコを何十分も漕ぎ続ける子どもがいれば、回転する遊具をひどく怖がる子どももいる。同じ砂場でも、いつまでも手で感触を確かめる子どもと、すぐに離れてしまう子どもがいる。こうした違いは、単なる好みや性格の問題として片付けられることが多いが、作業療法という専門領域では、これを「感覚の受け取り方」と「その人にとって意味のある活動(作業)」という二つの視点から捉え直す蓄積がある。本稿はこの視点を借りて、公園での遊びを考え直すことを目的とする。

作業療法(occupational therapy)は、医療・保健・福祉の領域で、病気や障害、発達の特性などにより日常生活に困難を抱える人に対し、その人にとって意味のある活動——作業療法では「作業」と呼ぶ——を通じて生活の質を高めることを目指す専門職である。作業療法は身体障害領域・精神障害領域・発達領域など幅広い対象を持つが、本稿が注目するのは、子どもの発達を対象とする領域で長く扱われてきた「感覚統合」という考え方と、その基盤にある「遊びは作業である」という捉え方である。

本稿の問いは次の三つである。第一に、作業療法における「作業」とはどのような概念であり、遊びはその中でどのように位置づけられてきたか。第二に、感覚統合理論が扱う前庭覚・固有受容覚・触覚とは何であり、公園の遊具はどのような感覚入力を提供していると考えられるか。第三に、遊具を治療器具のように扱うことの危うさを避けながら、公園という場所について何が言えるか。

方法は文献整理と概念分析である。作業療法の基盤となった古典的な文献と、感覚統合理論を体系化したエアーズ(A. Jean Ayres)の著作、およびその後の理論的な整理を手がかりに、遊びと感覚という二つの主題を検討する。あらかじめ断っておくと、本稿は特定の子どもの発達や感覚の特性についての診断・評価・訓練の是非を判断するものではない。個々の子どもについての判断は、作業療法士をはじめとする医療機関・療育機関などの専門職に委ねられるべきものであり、本稿はその代替にはならない。

構成は次のとおりである。第2節で作業療法という専門職の成り立ちと、遊びを作業として捉える理論的な系譜を整理する。第3節では遊びが目的でも手段でもある作業だという考え方を検討する。第4節では感覚統合理論の骨格を、第5節では公園の遊具が提供すると考えられる感覚入力を具体的に検討する。第6節では人・環境・作業の適合という枠組みから遊具の使われ方の個人差を論じ、第7節では遊具を治療器具として扱うことの危うさと専門職の役割について述べる。第8節では感覚統合理論をめぐる専門領域内での評価と、生態心理学のアフォーダンス概念との比較を行い、一つの理論に依拠することの限界を補う。第9節で磐田市の公園への示唆をまとめ、第10節で結論と今後の課題を述べる。

この論点を取り上げる意義は、作業療法や発達支援に携わる専門職だけにとどまらない。子育て中の家庭にとっては、我が子がある遊具を好み、別の遊具を避ける理由を理解する手がかりになりうるし、公園を管理する行政や、遊具を製造・設置する事業者にとっても、遊具が果たしている役割を考え直す視点になりうる。地域で子どもを見守る立場の人にとっても、落ち着きがない、怖がりだといった表面的な見方の背後に、感覚の受け取り方という論点があることを知ることは、無用な決めつけを減らすことにつながると考えられる。

本稿がなぜ「学術論文」という形式を選び、公園という具体的な場所と結びつけて論じるのかについても触れておきたい。作業療法や感覚統合という主題は、専門書や療育機関の資料のなかで語られることが多く、日常のなかで具体的に何を意味するのかが伝わりにくい場合がある。公園という、誰もが思い浮かべられる身近な空間を手がかりにすることで、専門用語を単なる知識としてではなく、実際の場面に照らして理解する助けになると考えられる。これは学問的な厳密さを犠牲にすることを意味しない。確証のある知見に限定して丁寧に整理することで、身近な事物と結びつけながらも根拠のはっきりした議論を組み立てることを目指す。

なお本稿で扱う「遊びと感覚」という主題は、特定の疾患や障害の診断を受けた子どもに限られる話ではない。感覚の感じ方には、診断の有無にかかわらず個人差があり、本稿が整理する視点は、より広い意味で子どもが遊具とどう関わっているかを考えるための一つの手がかりとして位置づけられる。したがって本稿は特別な支援を要する子どもだけを対象とした提言ではなく、公園で遊ぶすべての子どもの姿を見る際の視点の一つを提供しようとするものである。

子どもの違い感じ方問い
図1同じ公園の同じ遊具でも、感じ方は子どもによって異なりうることを示す図。

2. 先行研究と概念の整理

作業療法という専門職は、20世紀初頭のアメリカで、身体的・精神的な困難を抱える人に対し、意味のある活動に従事する機会を通じてその人らしい生活を取り戻すことを目指す運動のなかから生まれたとされる。その理論的な基盤を示した文献としてしばしば挙げられるのが、精神科医アドルフ・マイヤーが1922年に発表した「作業の哲学(The Philosophy of Occupation Therapy)」である。マイヤーは、人が時間の中でリズムを持って活動し、仕事・休息・遊び・睡眠のバランスを保つこと自体が健康に資すると論じたとされる。

2.1 作業療法における「作業」という概念

作業療法でいう「作業(occupation)」とは、単なる職業を指す語ではない。日常のなかで人が意味を見いだし、目的を持って行う活動全般——身支度をする、食事をつくる、仕事をする、趣味に取り組む、友人と過ごす、そして遊ぶこと——を広く含む概念である。作業療法士メアリー・ライリーは1962年の講演のなかで、作業療法の中心にあるのは治療技術ではなく、人が意味ある活動に従事すること自体だと論じたとされ、この考え方は「作業行動(occupational behavior)」という枠組みへとつながっていったとされる。

この系譜はその後、作業療法士ゲイリー・キールホフナーとジャネット・バークによる1980年の論文にまとめられ、「人間作業モデル」として体系化されたとされる。人間作業モデルは、人の作業への参加を、意志(何をしたいと思うか)・習慣化(どのような習慣やルーティンを持つか)・遂行能力(実際に行う力)という要素と、環境との相互作用から捉える枠組みである。本稿で扱う遊びも、この意味での「作業」の一つとして位置づけられる。

2.2 感覚統合理論の登場

もう一つの理論的な系譜が、感覚統合理論である。作業療法士であり心理学者でもあったA・ジーン・エアーズは、1960年代から1970年代にかけて、脳が身体からの感覚情報をどのように受け取り、まとめ上げ、行動として組織化するかという過程に着目し、1979年の著作『Sensory Integration and the Child』において、この過程を「感覚統合(sensory integration)」と呼び、理論として体系化したとされる。エアーズの理論は、視覚・聴覚といったよく知られた感覚だけでなく、後述する前庭覚・固有受容覚・触覚という、身体の内側から生じる感覚に着目した点に特徴がある。

エアーズの理論的な背景には、心理学者ロバート・W・ホワイトが1959年の論文で論じた「有能感(competence)」という考え方があるとされる。ホワイトは、生物には環境と効果的に関わる力を獲得しようとする内発的な動機づけがあると論じ、この考え方は、子どもが自ら難しい遊具に挑戦し、できるようになることを繰り返し求める姿を理解するうえでの手がかりとなってきたとされる。エアーズの理論以降、感覚統合の考え方は、アン・C・バンディ、シェリー・J・レーン、エリザベス・A・マレーらが2002年に編んだ教科書などを通じて整理・更新が重ねられてきたとされる。

年代(発表年)提唱者・文献概念
1922年アドルフ・マイヤー「作業の哲学」作業を通じた健康
1959年ロバート・W・ホワイト「有能感」内発的な動機づけ
1962年メアリー・ライリー作業行動
1979年A・ジーン・エアーズ『Sensory Integration and the Child』感覚統合理論
1980年ゲイリー・キールホフナーら「人間作業モデル」意志・習慣化・遂行能力
1996年メアリー・ローら「PEOモデル」人・環境・作業の適合

人間作業モデルと感覚統合理論は、扱う次元が異なる点に注意が必要である。人間作業モデルは、意志・習慣化・遂行能力という比較的大きな単位で、人がなぜどのような活動に取り組むかを説明しようとする枠組みであるのに対し、感覚統合理論は、身体からの感覚情報が脳内でどのように処理されるかという、より微視的な過程に着目する枠組みである。両者は矛盾するものではなく、遊びという同じ現象を異なる解像度から捉える補完的な理論として位置づけることができると考えられる。本稿は、この二つの理論的な系譜を行き来しながら、公園における遊びを検討していく。

これらの理論はそれぞれ独立に展開されてきたものであり、単純な一つの系譜として要約できるものではない。しかし共通して言えるのは、作業療法という専門職が、人がある活動に意味を見いだし、環境と関わりながらそれを遂行していく過程そのものを重視してきたという点である。次節では、この「作業」という考え方のなかに、遊びがどのように位置づけられるかを検討する。

文献の系譜理論の展開年代
図2作業療法の基礎となった理論が20世紀を通じて積み重ねられてきたことを示す図。

3. 「作業」としての遊び

遊びは、作業療法において古くから重要な関心の対象とされてきた。前節で触れたメアリー・ライリーの作業行動論では、遊びは仕事と対をなす人間の基本的な活動領域の一つとして位置づけられ、子どもにとっての遊びは、大人にとっての仕事に相当する中心的な作業であるという見方が示されたとされる。この見方に立つと、遊びは単なる暇つぶしや余暇ではなく、その人にとって意味を持ち、能力を育み、生活を形づくる正当な「作業」として捉え直されることになる。

遊びを人間の文化的な営みとして論じた古典として、歴史家ヨハン・ホイジンガの1938年の著作『ホモ・ルーデンス』が挙げられる。ホイジンガは、遊びを日常生活から一時的に切り離された自由な活動であり、それ自体に完結した秩序とルールを持つものだと論じたとされる。作業療法における「作業としての遊び」という捉え方と、ホイジンガの議論は成立の文脈も方法も異なるが、いずれも遊びを何かのための手段だけには還元しない点で共通していると言えるだろう。

発達心理学の領域でも、遊びは古くから重要な研究対象とされてきた。ジャン・ピアジェは、遊びを子どもの認知発達の段階と結びつけ、感覚運動的な遊びから、象徴的な遊び、ルールのある遊びへと発達していく過程を論じたとされる。作業療法における遊びの捉え方は、こうした発達心理学の知見とも重なり合う部分を持ちながら、より、その子にとって今この遊びにどのような意味があるかという個別の視点を重視する点に特徴があると言える。

遊びを目的としても手段としても捉えられる点は、作業療法における遊びの位置づけを理解するうえで重要である。遊びは、それ自体が楽しく、その子にとって意味のある活動である。この意味で遊びは目的である。同時に、遊びを通じて身体の使い方や対人関係の取り方、危険を見積もる力などが育まれるとも考えられており、この意味で遊びは手段でもある。作業療法がしばしば遊びを活用するのは、この二重性、すなわち楽しさそのものを損なわずに発達を支える手がかりになりうるという点に由来すると考えられる。ただし、遊びを手段としてのみ扱い、楽しさを犠牲にすることは、作業療法の理念とは相容れないという指摘もある。

  • 目的としての遊び:それ自体が楽しく完結した活動である
  • 手段としての遊び:身体の使い方や対人関係を育む機会になりうる
  • 作業療法はこの二重性を踏まえ、楽しさを損なわない関わりを重視するとされる

遊びに没頭する子どもの姿を説明する概念として、心理学者ミハイ・チクセントミハイが1990年の著作『フロー体験 喜びの現象学』で示した「フロー(flow)」という考え方も参考になる。チクセントミハイは、自分の能力と課題の難しさが釣り合っているときに、人は時間を忘れるほど活動に没頭する状態を経験しやすいと論じたとされる。遊具に挑戦し、少しずつ難しい動きができるようになっていく子どもの姿は、このフローの考え方に照らして理解できる場合があると考えられ、遊びが目的としても手段としても機能するという本節の議論を、別の角度から支える知見として位置づけられる。

遊ぶことの価値は、国際的な取り決めのなかにも位置づけられている。1989年に国連総会で採択され、日本が1994年に批准した児童の権利に関する条約は、第31条において、子どもが休息し、余暇を持ち、遊び、文化的な生活と芸術に自由に参加する権利を認めている。この条文は、遊びを付随的なものとしてではなく、子どもの基本的な権利として位置づけている点で、本稿が依拠する「遊びは作業である」という考え方と方向性を同じくするものと言える。

以上を踏まえると、公園という場所は、子どもにとって「遊びという作業」を行う具体的な現場であると位置づけられる。公園でどのように過ごすか、どの遊具を選び、どれだけの時間を費やすかは、その子自身が意味を見いだして選び取る作業の一つの表れだと考えられる。次節以降では、この遊びという作業のなかで、感覚がどのような役割を果たしているかを、感覚統合理論に基づいて検討していく。

遊びそのもの内発的な動機作業
図3遊びが目的であると同時に発達を支える手段でもあるという二重性を示す図。

4. 感覚統合理論の骨格

エアーズの感覚統合理論が着目したのは、視覚や聴覚のようによく知られた感覚だけではない。身体の内部や関節、筋肉、内耳などから生じ、日常ではあまり意識されない感覚である。以下ではこの理論が扱う代表的な感覚の種類を整理する。

4.1 前庭覚・固有受容覚・触覚

前庭覚(vestibular sense)とは、内耳にある器官が、頭の傾きや動きの速さ・向きの変化を感知することで得られる感覚であり、姿勢やバランスを保つ働きに関わるとされる。固有受容覚(proprioception)とは、筋肉や関節にある受容器が、身体の各部分がどのくらい曲がっているか、どのくらいの力がかかっているかを感知する感覚であり、力の加減や身体の位置を把握する働きに関わるとされる。触覚(tactile sense)とは、皮膚を通じて得られる、触れられた感覚・押された感覚・温度・質感といった感覚であり、対象を識別する働きと、危険を察知して身を守る働きの両方に関わるとされる。

感覚の種類主に感知する情報関連するとされる働き
前庭覚頭の傾き・動きの速さと向き姿勢の保持・バランス
固有受容覚筋肉や関節の角度・力の加減身体の位置の把握・力加減
触覚触れられた感覚・質感・温度対象の識別・危険の察知

4.2 感覚調整と適応反応

感覚統合理論では、これらの感覚情報を脳が適切に受け取り、整理し、行動として組織化する過程を「感覚統合」と呼ぶ。この過程がうまく働くと、状況に応じた適切な行動——理論の用語でいう「適応反応(adaptive response)」——が生まれるとされる。一方で、感覚情報の受け取り方や整理の仕方には個人差があり、同じ感覚刺激でも、ある人には過敏に感じられ、別の人には鈍く感じられることがあるとされる。この個人差は「感覚調整(sensory modulation)」の違いとして論じられることが多い。

ここで強調しておきたいのは、感覚の感じ方の個人差そのものは、良い悪いという評価の対象ではないという点である。ある感覚に敏感であることは、その感覚に関する情報を細かく捉える力の表れでもありうるし、ある感覚を求めて活発に動くことは、その子なりの方法で感覚を整理しようとする姿として理解できる場合もあるとされる。感覚統合理論に基づく評価や介入は、作業療法士などの専門職が個別に行うものであり、本稿のような一般的な整理から、特定の子どもの感覚特性を判断することはできない。判断が必要な場合は、医療機関・療育機関などの専門の関係機関に相談することが望ましい。

4.3 感覚への反応の個人差——刺激を求める・避ける

感覚統合理論の発展のなかでは、感覚刺激への反応の個人差を類型化する試みも行われてきた。作業療法士ウィニー・ダンが1997年の論文で示した枠組みでは、神経学的な閾値の高さ・低さと、それに対する行動の起こし方の違いを組み合わせ、感覚への反応のパターンをいくつかの類型に整理したとされる。閾値が低く、刺激に敏感に反応しやすい子どももいれば、閾値が高く、多くの刺激をあまり感じずに過ごせる子どももいるとされ、後者のなかには、刺激をより多く求めて活発に動き回る子どももいると考えられている。

こうした類型化は、子どもを固定的なタイプに分類するためのものではなく、同じ子どもでも状況や体調によって反応の仕方が変わりうることを前提とした、あくまで理解のための枠組みとして提案されたとされる。公園という場面に当てはめれば、ある日はブランコを長く楽しんだ子どもが、別の日には同じ遊具を避けるということも起こりうるのであり、行動の背後にある感覚の反応を、固定的なレッテルとして扱わないことが重要である。

このような感覚への反応の違いは、覚醒の水準、すなわち自分がどれだけ活動的で敏感な状態にあるかとも関連づけて論じられることがある。刺激を求めて活発に動く子どもは、その動きを通じて心地よい覚醒の水準を保とうとしているとする見方があり、逆に刺激を避ける子どもは、過剰な刺激から自分を守り、落ち着いた状態を保とうとしているとする見方があるとされる。いずれの場合も、その子なりの調整の仕方として理解できる可能性があり、良し悪しの評価とは切り離して捉える必要がある。

このように、感覚統合理論のなかには、感覚刺激への反応の個人差を理解するための複数の概念が用意されているが、いずれも専門的な評価と組み合わせて用いられるべきものであり、本稿で述べる整理だけから特定の子どもの状態を判定することはできない点は、繰り返し強調しておきたい。次節では、以上で整理した前庭覚・固有受容覚・触覚という三つの感覚が、公園の遊具とどのように結びついていると考えられるかを具体的に検討する。

前庭覚触覚固有受容覚
図4前庭覚・固有受容覚・触覚という三つの感覚を身近な動きに置き換えて示す図。

5. 遊具が提供する感覚入力

公園の遊具の多くは、結果として前節で整理した前庭覚・固有受容覚・触覚に働きかける要素を持っていると考えられる。ブランコは、身体が前後や左右に揺れ、加速度が変化することで、前庭覚に強く働きかける遊具の代表格とされる。回転する遊具も同様に、頭の位置が連続的に変化することで、前庭覚に特徴的な刺激を与えるとされる。ブランコを好んで長時間漕ぎ続ける子どもがいる一方で、同じ動きを怖がったり、すぐに気分が悪くなったりする子どももいるのは、前庭覚の感じ方に個人差があることの表れの一つとして理解できると考えられている。

うんてい(雲梯)やジャングルジム、登り棒、ぶら下がる遊具は、自分の体重を腕や脚で支え、力を加減しながら移動するという点で、固有受容覚に強く働きかける遊具として位置づけられる。ぶら下がる、よじ登る、押す、引くといった、自分の身体に重みのある負荷をかける動きは、固有受容覚を通じて身体の位置や力加減を把握する機会になると考えられており、この種の動きを好んで繰り返す子どもの姿は、しばしば見られるものである。

砂場や芝生、土、玉石といった地面の素材、また遊具の手すりや座面の素材は、触覚に働きかける要素として位置づけられる。砂の感触を長く楽しむ子どもがいる一方で、手が汚れることを嫌がって砂場を避ける子どももいる。この違いも、触覚の感じ方の個人差として理解できる場合があるとされるが、単なる好みや経験の違いによる場合も当然ある。触覚は、対象を識別する働きと、危険を察知して身を守る働きの両方に関わるとされており、慣れない感触への警戒は、必ずしも感覚の特性だけによるものではない。

ここで注意しておきたいのは、遊具がどの感覚に働きかけるかという整理は、あくまで一般的な傾向を述べたものであり、特定の遊具が特定の子どもにとって望ましい、あるいは避けるべきだという評価を導くものではないという点である。同じブランコであっても、ある子どもにとっては心地よい遊びであり、別の子どもにとっては苦手な体験でありうる。遊具の種類と感覚の対応関係を知ることは、子どもの遊び方を理解する手がかりにはなるが、遊具を特定の感覚を鍛えるための訓練器具として用いることは、専門的な評価と計画のもとで行われるべきものであり、保護者や地域の見守りの場面で安易に行うべきものではない。

スプリング遊具(バネ遊具)は、乗って前後・左右に揺れる動きを伴い、ブランコとは異なる周期とリズムで前庭覚に働きかける遊具として位置づけられる。ブランコが比較的大きな振幅の揺れを生むのに対し、スプリング遊具は小刻みで、自分の体重移動によって揺れをコントロールしやすいという違いがあり、前庭覚への負荷の大きさや、自分でどの程度コントロールできるかという点で、両者は異なる体験を提供すると考えられる。ローラー滑り台のように、上下動と回転が組み合わさった動きを伴う遊具も、前庭覚への働きかけ方が他の遊具とは異なると考えられる。

複合遊具のように、滑り台・登り棒・ネット・トンネルなどが組み合わされた遊具は、一つの遊具のなかで前庭覚・固有受容覚・触覚のいずれにも働きかける場面が連続して現れるという特徴を持つと考えられる。子どもが複合遊具のなかで自分の行きたい経路を選び、得意な部分を繰り返し、苦手な部分を避けるといった行動をとることは、その子自身が自分にとって心地よい感覚の量を調整している姿として理解できる場合があるとされる。

地面の素材も、触覚や、転倒した際の衝撃の感じ方に関わる要素である。国土交通省の指針は、遊具の下や周囲に衝撃を吸収する素材を用いることの重要性に触れているとされ、ゴムチップ舗装、芝生、土・砂利など、素材によって触感や柔らかさが異なる。これらの素材の違いは主に安全性の観点から論じられるものであるが、結果として、地面に触れたときの感触という点でも、公園ごと、場所ごとに異なる体験を提供していると考えられる。

ブランコには、通常の座面のものに加え、深く腰かける形状で身体全体を支えやすいバケット型のブランコもある。バケット型のブランコは、座位を保つ力がまだ十分でない年齢の子どもや、身体を支える力に配慮が必要な子どもにとって、より安定した姿勢で前庭覚への刺激を体験しやすい形状として設計されていると考えられる。遊具の形状にこうした選択肢があること自体が、次節で述べる人・環境・作業の適合という考え方を、遊具の設計という次元で体現している例として位置づけられる。

磐田市内の公園の市施設ガイドの記載を見ても、ブランコ、滑り台、ジャングルジム、雲梯、スプリング遊具、砂場など、前庭覚・固有受容覚・触覚のいずれかに働きかけると考えられる遊具の組み合わせが、多くの公園に設置されていることがうかがえる。このことについては第9節で改めて取り上げる。

ブランコうんてい砂場
図5遊具の種類ごとに主に働きかける感覚が異なると考えられることを示す図。

6. 人・環境・作業の適合

遊具が提供する感覚入力を一般的に整理しても、それだけでは、ある子どもがある遊具をどう使うかを説明することはできない。ここで手がかりになるのが、作業療法士メアリー・ローらが1996年の論文で提示した「人・環境・作業モデル(Person-Environment-Occupation Model、以下PEOモデル)」である。

6.1 PEOモデルの三要素

PEOモデルは、作業の遂行を、人(Person)・環境(Environment)・作業(Occupation)という三つの要素の相互作用として捉える枠組みである。人には、その人の身体的な能力や感覚の特性、興味、経験などが含まれる。環境には、物理的な環境(遊具の形状や配置、地面の素材など)だけでなく、社会的な環境(一緒にいる人、周囲の目)も含まれる。作業には、その人が行おうとしている活動——本稿の文脈では遊び——そのものが含まれる。PEOモデルの要点は、これら三つの要素の適合(フィット)がよいときに、作業の遂行がうまくいくと考える点にある。

  • 人(Person):身体的な能力、感覚の特性、興味、経験
  • 環境(Environment):遊具や地面などの物理的環境、周囲の人などの社会的環境
  • 作業(Occupation):その人が行おうとしている活動そのもの(本稿では遊び)

この枠組みを公園に当てはめると、同じ遊具(環境の一部)であっても、それを使う子ども(人)の感覚の特性や体格、経験によって、遊び方や心地よさが異なることが理解しやすくなる。ブランコを例にとれば、前庭覚の感じ方が敏感な子どもにとっては、大きく揺れるブランコは圧倒される体験になりうるが、同じ子どもでも、揺れ方が小さいところから少しずつ試すという関わり方(作業のあり方の調整)や、信頼できる大人がそばにいるという状況(社会的環境の調整)があれば、無理なく楽しめる場合もあると考えられる。PEOモデルが強調するのは、遊具そのものの良し悪しではなく、人・環境・作業の組み合わせ方だという点である。

同様に、固有受容覚を求めて活発に動きたい子どもにとっては、雲梯やジャングルジムのような遊具がある環境は、その子の作業(活発に動くこと)と適合しやすい環境だと言えるが、同じ環境が、静かに過ごしたい別の子どもにとっては適合しにくい環境になりうる。一つの公園のなかに、動きの大きい遊具がある場所と、比較的落ち着いて過ごせる場所の両方があることは、多様な子どもの人・環境・作業の適合を支える上で、一定の意味を持ちうると考えられる。

6.2 時間の経過に伴う適合の変化

人・環境・作業の適合は、固定的なものではなく、時間の経過とともに変化する点にも注意が必要である。同じ子どもであっても、成長に伴って身体的な能力や感覚への慣れが変わり、以前は圧倒される体験だった遊具が、やがて心地よい挑戦に変わっていくことは珍しくない。PEOモデルの観点からは、これは「人」の要素が時間とともに変化し、既存の「環境」との適合の度合いが変わっていく過程として説明できる。逆に、体調や気分によって、普段は楽しめる遊具が、その日に限って負担に感じられることもあり、適合は一回限りの評価ではなく、その都度立ち現れるものとして捉える必要がある。

この時間的な視点は、公園の設計や整備を考えるうえでも示唆を持つ。同じ公園を、幼児期には主に地面に近い遊具で、年齢が上がるにつれてより高さや速さのある遊具で楽しむというように、一つの公園が長期にわたって子どもの成長に伴走することも考えられる。市内に複数の公園が分布し、それぞれに異なる遊具構成があることは、一つの家庭にとっても、子どもの成長段階に応じて公園を選び分けるという形で、人・環境・作業の適合を保つ手がかりになりうると考えられる。

PEOモデルは、遊具や環境を一律に良い悪いと評価する枠組みではなく、個々の子どもと環境との関係性に注目する枠組みである。この視点に立つと、公園の設計や整備を考える際にも、特定の遊具を増やす・減らすという発想だけでなく、多様な人・環境・作業の組み合わせが成立しうる幅を公園全体として持たせるという発想が重要になると考えられる。ただし、この点についての具体的な設計上の判断は、造園学や都市計画学など別の専門領域の知見も必要とするものであり、本稿の範囲を超える。

個人環境適合
図6人・環境・作業の三つの要素の組み合わせ方によって遊びやすさが変わることを示す図。

7. 「治療」と「遊び」のあいだ

ここまで、遊びを作業として捉える視点と、感覚統合理論が扱う前庭覚・固有受容覚・触覚という感覚、そしてPEOモデルによる人・環境・作業の適合という枠組みを整理してきた。これらの知見は、子どもが遊具とどう関わっているかを理解する手がかりになりうるが、同時に、誤った使い方をされる危うさも持っている。本節では、この危うさについて述べる。

危うさの一つは、遊具を感覚を鍛えるための訓練器具として扱ってしまうことである。感覚統合理論に基づく評価や介入は、作業療法士が、個々の子どもの状態を評価したうえで、目的を持って計画的に行うものであり、遊具の種類と感覚の対応関係についての一般的な知識だけをもとに、家庭や地域の場で特定の遊具をたくさんさせようといった判断をすることは適切ではないと考えられる。遊びの本質は、前節までに述べたとおり、それ自体が楽しく、子ども自身が主体的に選び取る活動である点にあり、大人が特定の感覚刺激を意図的に与える手段として遊具を用いることは、遊びを作業として尊重する姿勢とは相容れない面がある。

もう一つの危うさは、感覚の感じ方の個人差を、安易に診断や特性と結びつけて語ってしまうことである。ある子どもがブランコを怖がる、あるいは特定の感触を嫌がるという行動だけから、その背後にある理由を確定することはできない。単なる経験不足や、その日の気分による場合もあれば、感覚の特性による場合もあり、これを見分けるには専門的な評価が必要である。本稿はこうした行動の背後にある理由を一般化して説明する枠組みを示したが、個々の子どもについての判断や評価は、作業療法士をはじめとする医療機関・療育機関などの専門職に委ねられるべきものであり、保護者や地域の見守りの立場にある者が下すべきものではない。

専門職の役割と、家庭や地域の役割は分けて考える必要がある。専門職の役割は、評価に基づいて個別の計画を立て、必要に応じて訓練的な関わりを行うことである。一方、家庭や地域の役割は、子どもが遊びたいように遊べる環境と機会を用意し、その子なりの遊び方を見守ることにあると考えられる。もし子どもの遊び方や特定の刺激への反応について気になることがあれば、断定的な見立てをせず、まずは専門の関係機関に相談することが望ましい。本稿は、そうした相談の入口として、遊びと感覚という主題への理解を深める一助となることを意図しているが、評価や訓練の代わりとなるものではない。

註:感覚の感じ方に違いがあることは多くの子どもに見られるありふれた現象であり、直ちに問題視すべきものではない。子どもの発達や行動について気になる点がある場合は、断定せず、医療機関・療育機関などの専門の関係機関に相談することが望ましい。

専門職による関わりも、家庭や地域から子どもを切り離して行われるものではない。作業療法の実践では、子ども本人だけでなく、保護者や教育・保育に携わる人々と情報を共有し、日常の場面でどのような工夫ができるかを一緒に考える協働的な関わりが重視されるとされる。公園のような日常の場面での子どもの様子は、専門職にとっても、評価の場面だけでは見えにくい情報を補う手がかりになりうる。ただし、これは保護者が観察者・記録者としての役割を担うべきだという意味ではなく、気になる点があれば専門職に伝え、判断は専門職に委ねるという関係性を基本とするものである。

本稿がここまで述べてきた「治療」と「遊び」のあいだの線引きは、時に難しく感じられるかもしれない。しかし、この線引きを意識すること自体に意味がある。遊具を見て、この動きはどの感覚に関わるのだろうかと考えることと、この子にこの遊具を何分やらせようと計画することの間には、大きな隔たりがある。前者は本稿が提供しようとする理解の視点であり、後者は専門職の評価と計画のもとで初めて適切に行われうる関わりである。

恐怖をあおるような表現も避けるべきである。大切なのは、子どもの行動を困った行動として一方的に評価するのではなく、その背後にどのような感じ方があるのかもしれないという視点を持ち、必要であれば専門職に相談するという態度だと考えられる。次節では、こうした姿勢を踏まえたうえで、感覚統合理論そのものへの専門領域内での評価と、隣接する理論との比較を行い、そのうえで磐田市の公園について何が言えるかを検討する。

専門職への相談断定を避ける声かけ
図7遊具を治療器具として扱わず、判断は専門の関係機関に委ねるべきことを示す図。

8. 感覚統合理論への評価と隣接領域との比較

ここまで本稿は、感覚統合理論を軸に、遊びと感覚という主題を検討してきた。本節では視点を変え、感覚統合理論そのものに対する専門領域内での評価と、隣接する理論的な立場との比較を行う。一つの理論だけに依拠して議論を進めると見落としうる論点を補うためである。

8.1 効果をめぐる評価

感覚統合理論に基づく評価や介入の効果については、専門領域のなかで見解が分かれているとされる。効果を支持する研究がある一方で、研究の方法論上の課題や、効果を裏づける根拠が十分ではないとする指摘も存在するとされ、この論争は今なお続いていると考えられる。本稿はこの論争の決着をつける立場になく、感覚統合理論を効果が確立された治療法として無条件に紹介するものではない。

本稿の主眼は、感覚統合理論が提供する前庭覚・固有受容覚・触覚という概念的な整理を、公園での遊びを理解するための一つの視点として借りることにあり、特定の介入手法の効果や是非を論じることにはない。感覚統合理論に基づく訓練を受けさせるべきかどうかという判断は、本稿の範囲を超えており、作業療法士をはじめとする専門職による評価と、保護者との相談を通じて決められるべき事柄である。

註:本稿は特定の介入手法の効果を保証するものではない。介入の要否や方法についての判断は、作業療法士など専門職による評価に基づいて行われるべきものである。

こうした論争がある一方で、感覚の受け取り方に個人差があるという観察それ自体は、感覚統合理論に限らず、発達心理学や神経科学など複数の領域で広く認められているとされる。本稿が依拠するのは、主にこの一般的な観察と、それを整理するための概念的な語彙——前庭覚・固有受容覚・触覚、感覚調整、適応反応といった用語——であり、特定の介入プログラムの効果を主張するものではない。この区別を明確にしておくことは、本稿の議論を、根拠の薄い主張から切り離しておくうえで重要である。

8.2 隣接領域との比較——生態心理学のアフォーダンス概念

感覚統合理論と対比されることのある理論的な立場として、心理学者J・J・ギブソンが1979年の著作『The Ecological Approach to Visual Perception』で提示した生態心理学のアフォーダンス概念が挙げられる。アフォーダンスとは、環境が行為者に対して直接的に提供する行為の可能性を指す概念であり、ギブソンの立場では、知覚は脳内で感覚情報を段階的に処理・統合する過程としてではなく、環境と行為者の関係そのものから直接的に成立するものとして捉えられるとされる。この点は、感覚を脳内で受け取り、まとめ上げ、組織化する過程として捉える感覚統合理論の枠組みとは、出発点を異にする。

両者の理論的な出発点は異なるものの、実践上の含意には重なる部分もある。いずれの立場からも、身体を大きく動かし、多様な感触や姿勢の変化を経験できる豊かな物理的環境が、子どもの育ちにとって一定の意味を持ちうるという方向性は共通して示唆されると考えられる。感覚統合理論が脳の中で何が起きているかに焦点を当てるのに対し、アフォーダンス概念は環境の中に何が用意されているかに焦点を当てるという違いはあるが、公園という具体的な環境を豊かにすることの意味を考えるうえでは、両者は補い合う視点として活用できると考えられる。

  • 感覚統合理論:感覚情報を脳内でどう受け取り、まとめ、組織化するかに着目する
  • アフォーダンス概念:環境が行為者に対して何を直接提供しているかに着目する
  • 共通点:多様な動き・感触を経験できる環境の意味を重視する方向性を共有する

以上を踏まえ、本稿は感覚統合理論を唯一の正しい説明枠組みとして採用するのではなく、遊びと感覚という主題を考えるための複数ある視点の一つとして位置づける立場をとる。次節では、これまでの議論を踏まえたうえで、磐田市の公園について何が言えるかを検討する。

理論の比較論争整理
図8感覚統合理論と隣接する理論的立場を比較し、複数の視点があることを示す図。

9. 磐田市の公園への示唆

磐田市は、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」および市施設ガイドをもとに、市内100の都市公園について、名称・所在地区・公園の種別・面積・設置されている設備などの情報を整理している。当サイトはこれらの情報を踏査(現地調査)の前段階として活用しているが、当サイトによる現地踏査はまだ始まっておらず、本節で述べる内容は、あくまで公開されている記載情報に基づく一般的な整理である点をあらかじめ断っておく。

オープンデータの集計によれば、市内100園のうち、遊具が設置されている公園は64園、砂場が設置されている公園は43園である。遊具や砂場の有無という情報だけからは、前庭覚・固有受容覚・触覚のそれぞれにどの程度働きかける環境が整っているかまでは分からないが、本稿で整理した観点に照らせば、ブランコや滑り台のような前庭覚に働きかける遊具、雲梯やジャングルジムのような固有受容覚に働きかける遊具、砂場のような触覚に働きかける環境の組み合わせは、多くの公園である程度確認できる可能性があると考えられる。

市施設ガイドの記載を具体的に見ると、御厨地区の安久路公園には、複合遊具(インクルーシブエリアあり)、ブランコ(インクルーシブアイテムあり)、幼児用遊具、砂場などが設置されているとの記載がある。インクルーシブという語が用いられていることから、様々な身体的特性を持つ子どもが利用しやすいよう配慮された遊具が含まれていることがうかがえるが、具体的にどのような配慮がなされているかは、市施設ガイドの記載だけでは詳細まで分からず、当サイトとしても今後の踏査で確かめるべき点として残る。

同じく御厨地区の兎山公園には、ブランコ、滑り台、ローラー滑り台、幼児用滑り台、ジャングルジム、回転ジム、ターザンロープ、ザイルクライム、スプリング遊具など、多様な遊具が設置されているとの記載があり、前庭覚・固有受容覚のいずれにも働きかけると考えられる遊具が幅広くそろっている公園の一例として挙げられる。一方で、都市緑地に分類される小規模な公園のなかには、遊具の記載がなく、広場や緑陰といった落ち着いた環境が中心となっているものも少なくない。市内には街区公園が51園と最も多く、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園・運動公園・風致公園が各3園などとなっており、規模や性格の異なる公園が地域ごとに分布していることがうかがえる。

竜洋地区の竜洋海洋公園のように、プールや野球場、艇庫などを備えた総合公園から、都市緑地に分類される数十から数百平方メートル程度の小規模なポケットパークまで、市内には規模の大きく異なる公園が含まれている。規模の大きな公園は、遊具の種類も多く、活発に動く遊びの機会を提供しやすいと考えられる一方、小規模な公園は、遊具が少なくとも、静かに過ごせる身近な場所として機能しうる。感覚の感じ方が異なる子どもたちにとって、こうした規模の異なる公園が近隣に複数存在すること自体が、選択の幅として意味を持ちうると考えられる。

公園の種別国の目安(誘致距離・面積)市内の該当園数
街区公園誘致距離250m・標準面積0.25ha51園
近隣公園誘致距離500m・標準面積2ha14園
都市緑地規模の定めなし(0.1ha〜)10園
地区公園誘致距離1km・標準面積4ha4園

このように、市内の公園には、遊具の種類や規模において一定の幅があることが記載情報からうかがえる。本稿で述べた観点に立てば、この幅は、感覚の感じ方が異なる子どもたちにとって、それぞれに合った過ごし方を見つけられる可能性につながりうるものである。ただし、遊具の配置間隔や地面の素材、周囲の音や人の多さといった、感覚統合の観点から重要と考えられる要素の多くは、オープンデータや市施設ガイドの記載だけでは分からず、実際に歩いて確かめる必要がある。当サイトはこうした点を今後の踏査を通じて確かめていく立場にあり、現時点で個別の公園について感覚統合に適しているといった評価を下すことは控える。

見付地区の今之浦公園については、市施設ガイドの記載によれば、今ノ浦川の東側に「遊びと賑わいのゾーン」として屋根付広場や複合遊具、ふわふわ遊具、噴水広場、芝生広場、3歳未満児遊具が、西側に「憩いとふれあいゾーン」として健康遊具やじゃぶじゃぶスポット、流れ、芝生広場が配置されているとの記載がある。一つの公園のなかに、活発に動く遊びに適した環境と、比較的落ち着いて過ごせる環境の両方が用意されている例として位置づけられ、第6節で述べた人・環境・作業の適合という観点に照らせば、感覚の感じ方が異なる子どもたちのそれぞれに適合しうる幅を、一つの公園のなかに持たせている例として読み取ることができる。ただし、ゾーンの境界がどの程度明確か、音や人の密度が実際にどう異なるかは、記載情報だけでは分からず、当サイトの今後の踏査で確かめるべき点である。

国土交通省の指針は、遊具の対象年齢を表示することの重要性についても触れているとされる。対象年齢の表示は、その遊具が主にどのような身体的な発達段階を想定して設計されているかを示す情報であり、本稿の観点からは、遊具がどの程度の固有受容覚や前庭覚への負荷を想定しているかを推し量る手がかりの一つとしても読み取れる。ただし対象年齢の表示はあくまで安全上の目安であって、感覚の感じ方の個人差までを踏まえたものではなく、実際にその遊具を使うかどうかは、表示された年齢だけでなく、その子自身の感じ方や慣れに応じて判断されるべきものである。

当サイトは、遊具の設置状況や砂場・トイレの有無といった基本情報を、市内100園について整理し公開することを目的の一つとしている。本稿で述べたような、遊具の種類と感覚の関わりという視点は、こうした基本情報を読み解く際の一つの補助線になりうるが、あくまで一般的な傾向の整理であり、個々の公園の具体的な音環境や人の密度、遊具の配置間隔といった、感覚統合の観点からより重要と考えられる情報は、当サイトの今後の踏査を経て初めて明らかになるものである。

なお、当サイトを運営する富士ヶ丘サービス株式会社は不動産事業・介護事業を営む企業であるが、本稿の目的は同社の事業を紹介することにはなく、あくまで磐田市内の公園に関する公開情報を、作業療法という学問領域の視点から整理することにある。遊具の利用や子どもの発達に関する個別の判断は、繰り返しになるが、作業療法士をはじめとする医療機関・療育機関などの専門の関係機関に委ねられるべきものである。

複合遊具インクルーシブブランコ砂場
図9市施設ガイドに記載のある安久路公園の遊具構成を示す図。今後の踏査で詳細を確かめる。

10. 結論と今後の課題

本稿は、作業療法という専門領域の視点から、公園における遊びを検討してきた。第一に、作業療法における「作業」とは、人が意味を見いだして行う活動全般を指す概念であり、遊びはその中心的な位置を占めるものとして、マイヤーの作業の哲学からライリーの作業行動論、キールホフナーの人間作業モデルに至るまで、一貫して重視されてきたことを確認した。

第二に、感覚統合理論が扱う前庭覚・固有受容覚・触覚という感覚は、公園の遊具——ブランコや回転する遊具、雲梯やジャングルジム、砂場や地面の素材——とそれぞれ結びつけて論じることができ、遊具の種類によって主に働きかける感覚の傾向が異なると考えられることを整理した。同時に、こうした感覚の感じ方には個人差があり、同じ遊具が子どもによって心地よい体験にも、負担の大きい体験にもなりうることを、PEOモデルという人・環境・作業の適合という枠組みを通じて検討した。

第三に、これらの知見を扱ううえでの危うさとして、遊具を訓練器具のように扱うこと、また子どもの行動から安易に感覚の特性や診断を推測することの二点を指摘した。作業療法士による評価や介入は専門的な訓練を経た判断であり、本稿のような一般的な整理をもって、個々の子どもについての判断に代えることはできない。この点は本稿全体を通じて繰り返し強調してきたとおりである。

磐田市の公園については、市が公開するオープンデータと市施設ガイドの記載から、遊具の種類や規模に一定の幅があることを確認したが、感覚統合の観点から重要と考えられる遊具の配置間隔や地面の素材、周囲の環境といった情報の多くは、記載情報だけでは把握できず、今後の踏査によって確かめる必要がある課題として残された。

今後の課題整理展望
図10本稿の整理と、踏査を通じて確かめるべき今後の課題を示す図。

本稿の限界も述べておかなければならない。第一に、本稿が依拠した理論は、いずれも作業療法という一つの専門領域における整理であり、感覚や遊びをめぐる知見は、発達心理学、生態心理学、スポーツ科学など他の領域でも独自に蓄積されている。本稿はそれらを網羅的に統合するものではなく、あくまで作業療法という一つの窓から見た整理にとどまる。第二に、本稿は文献整理と概念分析による考察であり、磐田市の公園を対象とした実地の調査や、個別の子どもを対象とした検討を行ったものではない。第三に、感覚統合理論そのものについても、その効果や適用範囲をめぐる評価は専門領域のなかで今なお議論が続いているとされ、本稿はその論争に立ち入るものではない。

本稿の作成にあたっては、確証のある古典的な文献や公的資料に基づく範囲に限って議論を組み立てることを一貫して心がけた。断定的な言い回しを避け、「〜とされる」という留保を伴う表現を多用したのも、作業療法や感覚統合という領域における理解が、専門家の間でもなお更新され続けているという事情を反映したものである。読者には、本稿を確定した結論の提示としてではなく、公園における遊びを考えるための一つの見取り図として受け止めていただければ幸いである。

今後の課題としては、当サイトの踏査が進んだ段階で、遊具の配置や地面の素材、周囲の音環境といった、感覚統合の観点から意味を持ちうる具体的な情報を、個々の公園について確認していくことが挙げられる。また、本稿では立ち入らなかった、遊びを通じた対人関係の発達や、危険を見積もる力の育ちといった論点についても、関連する他の学問領域の知見と合わせて検討する余地が残されている。公園という身近な場所を通じて、遊びと感覚という主題への理解が広がることを期待したい。

本稿で扱いきれなかった論点は、姉妹編となる他の学術論文で論じられている。遊びの発達段階そのものについては発達心理学の知見が、遊具や環境が行為の可能性をどのように提供するかについては生態心理学のアフォーダンス概念が、多様な身体的特性を持つ子どもが利用しやすい環境のあり方については障害学の知見が、遊具の寸法や配置が身体にどう適合するかについては人間工学の知見が、遊びを通じた身体運動能力の発達についてはスポーツ科学の知見が、それぞれ扱っている。本稿はこれらの領域と重なり合いながらも独立した視点として、作業療法という専門領域からの整理を提供するものである。

本稿を通じて浮かび上がったのは、公園という日常的な空間が、専門的な理論を映し出す鏡になりうるということである。ブランコの揺れ、雲梯にぶら下がる腕の力、砂の感触といった、誰もが目にしたことのある場面の一つひとつに、前庭覚・固有受容覚・触覚という概念的な整理を重ねてみると、見慣れた公園の風景が、少し違って見えてくる。この見え方の変化こそが、本稿が目指した「学問の視点を身近な事物に照らす」という試みの成果だと考えられる。

最後に、本稿全体を通じて繰り返し述べてきたことを改めて確認しておきたい。子どもが特定の遊具を好む、あるいは避けるという行動の背後には、感覚の感じ方という論点があるかもしれないという理解は、その子を安易に評価したり、診断名で語ったりするためのものではない。むしろ、目の前の子どもがどのように世界を感じているのかへの想像力を広げるための一つの視点として活用されることが望ましい。判断に迷う場合には、断定を避け、作業療法士をはじめとする医療機関・療育機関などの専門の関係機関に相談することを、本稿の結びとして重ねて述べておく。

参考文献

  1. アドルフ・マイヤー(1922)「The Philosophy of Occupation Therapy」(Archives of Occupational Therapy)
  2. メアリー・ライリー(1962)「Occupational therapy can be one of the great ideas of 20th century medicine」(American Journal of Occupational Therapy)
  3. ゲイリー・キールホフナー、ジャネット・バーク(1980)「A model of human occupation, part 1: Conceptual framework and content」(American Journal of Occupational Therapy)
  4. メアリー・ロー、バーバラ・クーパー、スー・ストロング、デビー・スチュワート、パトリシア・リグビー、ルー・レッツ(1996)「The Person-Environment-Occupation Model: A transactive approach to occupational performance」(Canadian Journal of Occupational Therapy)
  5. A・ジーン・エアーズ(1979)『Sensory Integration and the Child』(Western Psychological Services)
  6. アン・C・バンディ、シェリー・J・レーン、エリザベス・A・マレー編(2002)『Sensory Integration: Theory and Practice』第2版(F.A. Davis)
  7. ロバート・W・ホワイト(1959)「Motivation reconsidered: The concept of competence」(Psychological Review)
  8. ウィニー・ダン(1997)「The impact of sensory processing abilities on the daily lives of young children and their families: A conceptual model」(Infants and Young Children)
  9. J・J・ギブソン(1979)『The Ecological Approach to Visual Perception』(Houghton Mifflin)
  10. ヨハン・ホイジンガ(1938)『ホモ・ルーデンス』(高橋英夫訳、中央公論新社)
  11. ジャン・ピアジェ『遊びと模倣(Play, Dreams and Imitation in Childhood)』(英訳版1951年、原著フランス語版1945年)
  12. ミハイ・チクセントミハイ(1990)『フロー体験 喜びの現象学』(今村浩明訳、世界思想社、1996)
  13. 児童の権利に関する条約(1989年国連総会採択、日本は1994年批准)第31条
  14. 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
  15. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  16. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

← 生命・健康・心理・教育 の論文一覧 公園学術論文 トップ 読みもの(公園ガイド)