国際・比較・未来韓国比較研究
都市高速道路を川に戻す——韓国の公園政策と長期未執行公園問題
要旨
本稿の目的は、韓国の公園政策——とりわけソウルにおける都市高速道路の撤去と河川の復元、鉄道跡地や高架道路の緑の歩行空間への転用、そして都市計画で公園用地に指定されながら数十年にわたり整備されずにきた土地の指定効力が自動的に失われる「長期未執行公園問題」——を整理し、日本の都市計画制度と磐田市の公園100園に引きつけて考えることにある。方法は文献整理と制度比較であり、個々の政策の効果を測定する実証研究ではない。
本論ではまず、都市計画によって私有地を公園用地に指定することが土地所有者の財産権をどこまで制約してよいかという古典的な論点を、米国の「収用類似の規制(レギュラトリー・テイキング)」論と英国の「プランニング・ブライト」制度を手がかりに整理する。次に、1968年に着工した清渓高架道路が2003年から2005年にかけて撤去され、暗渠化されていた清渓川が復元された経緯、および旧ソウル駅高架道路を歩行者専用の緑の高架公園に転用したソウル路7017(2017年開通)を、都市高速道路を人と緑の空間へ作り替える政策として検討する。続いて、韓国で1999年に憲法裁判所が都市計画施設の長期未執行を違憲状態と判断したことを契機に導入された、指定から20年で計画の効力が失われる「日没制」(2020年施行)と、その受け皿として広がった民間参加による公園整備の仕組みを論じる。
これらの検討から本稿は、都市計画で公園を指定する行為には「いつまでに実現するか」という時間の約束が伴わなければ私有地の権利を過度に縛ることになるという論点を導き、日本の都市計画法にも同様の緊張関係があることを確認する。最後に磐田市の公園100園の内訳——大規模な総合公園3園から17㎡の小さな都市緑地まで——を手がかりに、都市計画上の位置づけという観点から公園を眺め直す視点を示す。ただし当サイトの現地踏査は始まっておらず、各園がいつ都市計画決定されたか、決定から開設までにどれほどの年数を要したかは今後の調査課題として残す。
キーワード清渓川長期未執行公園都市計画施設財産権日没制ソウル路7017磐田
1. はじめに——問題の所在
ソウルの都心を東西に流れる清渓川には、かつて高さ十数メートルの高架道路がかかっていた。1960年代から70年代にかけて、川そのものが暗渠として地下に埋められ、その上に自動車のための高架が通されたのである。ところが2003年から2005年にかけて、この高架道路は撤去され、川は地上に戻された。人々は今、かつて自動車が走っていた場所を歩き、水面をのぞき込む。都市が半世紀近くをかけて自動車のために覆い隠したものを、あらためて人と水のために開き直した——この出来事は、公園や緑地というものが固定された存在ではなく、時代の都市計画の選び直しによって作り直されうることを示す、象徴的な事例である。
本稿がもう一つ注目するのは、同じ韓国で並行して進んだ、性格の異なる公園政策である。都市計画は、まだ整備されていない土地を将来の公園として指定することができる。指定された土地の所有者は、その日から建物を自由に建てられなくなる。ところが指定した側の自治体が、財政上の理由などから土地を買い取って公園を実際に整備するまでには、しばしば長い年月がかかる。韓国では、この「指定されたまま実現されない公園」が全国に広がり、1999年に憲法裁判所が、期限を定めずに私有地を制約し続けることは所有者の権利を侵すという趣旨の判断を示すに至った。この判断を受けて、指定から一定の年数が過ぎても実現しない都市計画は効力を失うという「日没制」が導入され、2020年に大きな節目を迎えた。清渓川の復元が「作り直す公園」の物語だとすれば、長期未執行公園問題は「作られないまま宙づりになる公園」の物語である。
1.1 問い
本稿の問いは次の三つである。(1)都市の中心を占めていた自動車専用の高架道路を撤去し、緑と水の空間に作り替えるという政策は、どのような発想と手順によって可能になったのか。(2)都市計画によって将来の公園用地に指定するという行為は、土地所有者の権利とどのような緊張関係を生み、その緊張はどのように解かれてきたのか。(3)これら二つの、一見すると正反対に見える韓国の経験——実現する公園と、実現しないまま失効する公園——は、日本や磐田市の公園を考えるうえでどのような示唆をもつのか。
これらの問いは、子育て世代の読者にとっては「なぜ近所に空き地のような未整備の公園予定地があるのか」という素朴な疑問につながり、行政や地域の関係者にとっては「公園を作る・作らないの判断はどのような制度の枠組みの中で行われているのか」という実務上の問いにつながる。学生にとっては、都市計画という制度が個人の財産権とどう向き合ってきたかを学ぶ、比較制度論の教材になるはずである。
当サイト ATAWI PARK の「公園学術論文」シリーズは、社会学・法学・生態学など個別の学問領域から磐田市の公園を論じる論考群と、海外の公園政策を取り上げて比較する論考群とに分かれており、本稿は後者に属する。海外の事例を検討する目的は、ある国の政策をそのまま別の国の自治体に当てはめることではない。制度の違いを比較することで、日ごろは意識されにくい都市計画という制度の枠組みそのものの輪郭を、より明確に見て取ることにある。韓国を取り上げるのは、後述するように日本と歴史的に近い都市計画制度をもちながら、公園政策において対照的な二つの経験——大胆な作り直しと、長期にわたる先送り——を同時に示しているためである。
1.2 方法と用語
方法は文献整理と制度比較であり、個々の政策の効果を測定する実証研究ではない。用いる主な概念は、都市計画によって道路や公園などの公共施設用地として指定された土地を指す都市計画施設、指定によって生じる建築制限が長期化し所有者の権利を過度に制約する状態を批判的に捉える長期未執行、そして規制が行き過ぎれば財産の収用と同じ効果をもつという米国法のレギュラトリー・テイキング(規制的収用)論である。いずれも初出の箇所で説明する。韓国の制度については、法律の名称と、憲法裁判所の判断の趣旨、そして日没制導入という経緯という、確認できる範囲の事実に限って述べる。個々の公園整備がもたらした効果に関する統計的な数値は、本稿では扱わない。
本稿で「公園」というときは、都市計画法・都市公園法に基づく都市公園を主に念頭に置くが、清渓川のように河川や道路といった別の都市計画施設が緑の空間へと作り替えられる事例も扱うため、必要に応じて「緑の公共空間」という広い言い方をする。また本稿は韓国の個別の政策を全面的に称賛したり、逆に日本の制度を一方的に批判したりする立場を取らない。両国の制度はそれぞれの歴史と社会の中で形づくられてきたものであり、本稿の関心はその違いから何を学べるかにある。
なお本稿で扱う清渓川復元・ソウル路7017・長期未執行公園問題は、いずれも都市計画という一つの制度が生み出す、実現の場面(作る)と据え置きの場面(作られない)という二つの異なる帰結を示す事例として選んでいる。個々の事例の背景にある韓国の政治や経済の詳しい事情まで立ち入ることはせず、都市計画制度と財産権という本稿の関心に沿って必要な範囲の事実を確認するにとどめる。
1.3 構成
第2節で本稿が用いる概念——都市計画施設の指定と財産権の緊張関係、規制的収用論、英国のプランニング・ブライト——を整理する。第3節では清渓川の復元を、第4節ではソウル路7017など他のインフラ転用の事例を検討し、都市高速道路を緑の空間に作り替える政策の姿を描く。第5節では長期未執行公園問題の構造と1999年の憲法裁判所の判断を、第6節では2020年の日没制とその受け皿となった民間参加の仕組みを論じる。第7節では日本・英国・米国の類似の論点と比較しながら反論を検討し、第8節で磐田市の公園100園に照らして示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題をまとめる。当サイト ATAWI PARK は磐田市の公園100園のデータベースであり、本稿はその公園群を都市計画という制度の側面から眺め直す視点を提供することを意図している。
2. 先行研究と概念の整理
都市計画によって私有地の利用を制限することがどこまで許されるかという問いは、近代の都市計画制度そのものと同じくらい古い論点である。米国では、1922年の連邦最高裁判所の判決(ペンシルベニア炭鉱会社対メイホン事件)で、オリバー・ウェンデル・ホームズ判事が「規制が行き過ぎれば、それは収用として認められる」という趣旨の考え方を示した。これは、政府が対価を払わずに財産を取り上げること(収用)だけでなく、規制によって財産の価値や使い道を大きく制限することもまた、収用と同じように扱われうるという発想であり、後にレギュラトリー・テイキング(規制的収用)論と呼ばれるようになった。1978年の連邦最高裁判所の判決(ペン・セントラル運輸対ニューヨーク市事件)では、歴史的建造物の保存を目的とした建築規制が争われ、規制の目的や所有者への経済的影響などを総合的に見て収用にあたるかどうかを判断するという枠組みが示された。
英国の都市計画法制には、都市計画上の指定によって私有地の市場価値が下がり、買い手を見つけて手放すことが困難になる状態を「プランニング・ブライト」と呼び、一定の条件のもとで土地所有者が公的機関に土地の買い取りを求めることを認める仕組みがある。1990年の都市農村計画法(Town and Country Planning Act 1990)にその枠組みが定められている。指定によって土地の使い道を縛るのであれば、所有者には何らかの形で救済の道を用意する、という発想は、規制的収用論とも共通する。本稿はこれらの米国・英国の考え方を、韓国の長期未執行公園問題を理解するための比較の物差しとして用いる。
こうした考え方は、都市計画の手法そのものが二つの異なる方法を組み合わせていることに由来する。一つは、土地の使い道の種類を面的に指定する用途地域制であり、住宅地・商業地・工業地といった区分を通じて緩やかに土地利用を誘導する。もう一つは、道路や公園のように特定の場所に特定の施設を置くと定める都市計画施設の指定であり、こちらは面的な誘導ではなく、点や線として具体的な場所を名指しする点で性格が異なる。公園をめぐる財産権の問題が特に鋭く現れるのは後者、すなわち都市計画施設としての指定の場面である。用途地域の指定が土地の使い道の範囲を示すにとどまるのに対し、都市計画施設の指定は「この土地はいずれ公園になる」という、より具体的で強い制約を伴うためである。
2.1 都市計画施設という考え方
日本の都市計画法や韓国の国土の計画及び利用に関する法律は、いずれも道路・公園・下水道といった公共施設を、実際に整備する前の段階で「都市計画施設」として都市計画に定めることを認めている。これは、将来その場所に道路や公園ができることを見込んで、周辺の宅地開発や建築を計画的に誘導するための仕組みである。指定された土地では、鉄筋コンクリート造の建物を建てられないなど、一定の建築制限がかかる。この制限は、都市が無秩序に広がることを防ぎ、将来の公共施設用地を確保しておくという公共の利益にかなう一方で、指定された土地の所有者からすれば、いつ実現するとも知れない計画のために自分の土地の使い道を長期間縛られることを意味する。ここに、都市計画という制度が本質的に抱える緊張関係がある。
2.2 時間という論点
都市計画施設をめぐる議論でしばしば見落とされがちなのが、「時間」という論点である。ある土地を将来の公園に指定すること自体は、多くの都市計画制度で認められている。問題は、その指定に期限があるかどうかである。期限のない指定は、所有者にとって「いつまで待てばよいのか分からない」制約になる。都市の緑を計画的に確保しようとする公共の利益と、個人が自分の土地を自由に使えるという財産権とのバランスをどこで取るかは、規制の中身だけでなく、規制にどれだけの時間の約束を伴わせるかという設計の問題でもある。本稿が検討する韓国の日没制は、まさにこの時間という論点に、法律で明確な答えを与えた事例として位置づけられる。
2.3 日本と韓国の制度的な近さ
韓国の近代的な都市計画法制の出発点は、日本の統治下にあった1934年に定められた朝鮮市街地計画令であるとされる。この法令は、当時の日本本土で1919年(大正8年)に制定されていた都市計画法を範として作られたものであり、用途地域や都市計画施設といった基本的な枠組みは、日本の制度と多くの点で共通していたとされる。戦後、韓国は独自に都市計画法制を整備し直し、2002年には国土の計画及び利用に関する法律として現在の形に至るが、都市計画によって将来の公共施設用地を先取りして指定し、実現までのあいだ建築を制限するという骨格そのものは、日本の制度と同じ系譜を引いていると考えられる。この歴史的な近さゆえに、韓国で表面化した長期未執行公園問題は、制度の作り自体が異なる国の事例としてではなく、同じ骨格をもつ制度が別々の社会でどのような帰結をたどりうるかを示す比較の材料として、日本にとっても参照する意味があると考えられる。
2.4 高速道路と都市の関係を問い直す視点
もう一つの先行する視点として、都市計画における自動車優先の発想への批判がある。ジェイン・ジェイコブズは『アメリカ大都市の死と生』(1961)で、大規模な道路建設が街路の賑わいと地域の人間関係を分断すると論じ、当時のニューヨークで進められていた大規模な高速道路計画に反対する運動にも関わったことで知られる。この批判は、道路を通すために街を切り開くという20世紀半ばの都市計画の主流に対する異議であり、清渓川のように一度建設した高速道路を撤去して緑と水の空間に戻すという後年の動きの背景にある発想と重なる。本稿はジェイコブズの議論を都市計画史上の古典として参照するにとどめ、清渓川事業そのものへの彼女の直接の関与を主張するものではない。次節以降、これらの概念を手がかりに韓国の事例を具体的に検討する。
3. 清渓川復元——高架道路を川に戻す
清渓川は都の排水路として長い歴史をもち、朝鮮王朝時代の1760年には、当時の国王であった英祖の治世のもとで大規模な浚渫事業(濬川事業)が行われたとされる。都市の中心を流れる川を定期的に浚渫し、氾濫を防ぎながら都市生活の基盤として維持するという発想は、20世紀の都市計画が誕生するはるか以前から続いていたことになる。清渓川復元事業は、この長い管理の歴史をもつ川が、一時期は自動車のインフラの下に完全に覆い隠され、その後再び地上の存在として取り戻されるという、大きな振れ幅をたどった事例として理解できる。
清渓川は、ソウルの旧市街を東西に流れ、漢江に注ぐ川である。朝鮮王朝の時代から都の排水路として整備されてきたが、20世紀に入ってからの急速な都市化のなかで水質が悪化し、川岸には住宅が密集した。戦後の復興と経済成長の過程で、衛生上の問題や交通需要への対応から、川そのものを暗渠として覆う工事が段階的に進められ、1960年代から70年代にかけて、覆われた川の上に清渓高架道路と呼ばれる自動車専用の高架道路が建設された。以後30年以上にわたり、清渓川は都市の地下に隠れた存在となり、その上を自動車が行き交うようになった。
この状況が大きく転換したのは2000年代である。ソウル特別市は、老朽化した高架道路の維持管理コストの増大や、都心の環境改善への関心の高まりを背景に、高架道路を撤去し、川を地上に復元する事業に着手した。2003年に高架道路と覆いの撤去工事が始まり、2005年に川の水を地上に流す復元工事が完了したとされる。事業を主導した当時のソウル特別市長は李明博(イ・ミョンバク)である。復元された清渓川は、都心の中心部から東へ向かって延びる線形の水辺空間となり、両岸には歩道が整備され、橋の下や階段状の護岸には人々が座って涼める場所が設けられた。
3.1 事業の位置づけ——道路から水辺へ
清渓川復元事業が国際的にしばしば注目されるのは、単に川をきれいにしたということ以上に、一度は自動車のために覆い、高架道路まで通した都心の一等地を、あらためて歩行者と水のための空間に作り替えたという点にある。都市計画の歴史をふり返れば、自動車の通行を優先して河川や運河を埋め立て、道路に転用する例は世界各地に見られる。清渓川はその逆の道筋——一度自動車に明け渡した空間を、公共の緑と水の場所として取り戻す道筋——をたどった事例として位置づけられる。同様の発想は、米国サンフランシスコで1989年の地震で被災した高架道路(エンバーカデロ・フリーウェイ)が撤去され、その跡地が水辺の遊歩道に生まれ変わった事例や、ニューヨークで廃線となった高架鉄道の跡地が線形の公園(ハイライン、2009年開園)に転用された事例にも見出すことができる。いずれも、都市を作り変える力が一方通行ではなく、時代とともに向きを変えうることを示している。
3.2 復元がもたらしたとされる論点
清渓川復元をめぐっては、都心の気温を和らげる効果や、周辺の地価・商業活動への影響、歴史的な水辺景観の回復といった論点が、都市計画・都市工学の分野で議論されてきたとされる。本稿はこれらの効果を数値で示すことはしない。個々の研究が示す具体的な数値には前提条件の違いがあり、本稿の目的である制度の比較からは離れるためである。ここで確認しておきたいのは、清渓川復元が一つの土木事業であると同時に、都市計画の決定を書き換える政治的な決断でもあったという点である。高架道路という既存のインフラを撤去するという選択は、通行していた自動車の交通をどこで受け止めるかという都市計画上の判断、事業費をどう手当てするかという財政上の判断、そして周辺の商店街との調整という社会的な合意形成を伴う、複合的な政策決定であった。
註:清渓川復元事業の着工・完了年、事業を主導した市長名は、ソウル特別市および関連文献で広く確認できる事実として本稿で用いる。事業の経済的・環境的効果に関する具体的な数値の評価は、本稿の範囲を超えるため扱わない。
清渓川復元事業には、政策としての側面だけでなく政治的な側面もあったとされる。事業を主導した当時のソウル特別市長・李明博は、この事業の実現によって都市政策に強い実行力をもつ人物という評価を高め、後に韓国の大統領(在任2008年から2013年)に就任した。一つの公園・河川事業が、都市計画の枠を超えて国政の指導者を生み出す契機にもなったという事実は、公園や緑地の整備が単なる技術的な公共事業にとどまらず、都市の姿を大きく変える政治的な決断として市民に受け止められうることを示している。本稿はこの政治的な側面の当否を評価する立場にはないが、都市計画上の決断が政治のダイナミズムと結びつきうるという点は、次節以降で論じる長期未執行公園問題——決断が先送りされ続ける事態——と対照的な構図として記憶しておく価値がある。
3.3 大規模事業ゆえの前提条件
清渓川復元が可能になった前提として見落とせないのは、対象となった土地がすでにソウル特別市の所有する道路・河川用地であり、新たに私有地を買収する必要がほとんどなかったという点である。第4節で改めて論じるように、既存の公共インフラの跡地を作り替える事業と、私有地を新規に買収して公園を実現する事業とでは、実現の難しさが大きく異なる。清渓川のような大規模で象徴的な事業が実現した背景には、用地の所有関係という、地味だが決定的な条件があったことを、本節の結びとして確認しておきたい。
4. ソウルの公園整備とインフラの転用
清渓川復元は単発の事業ではなく、ソウルの都市計画がその後もたどることになる一つの流れの始まりであったと位置づけられる。2017年には、ソウル駅前にあった老朽化した高架道路(旧ソウル駅高架道路、1970年開通)を撤去せずに再利用し、車道を歩行者専用の緑の遊歩道に作り替える「ソウル路7017」が開通した。名称の「7017」は、高架道路が完成した1970年と、歩行者空間として生まれ変わった2017年という二つの年を組み合わせたものとされる。旧来の道路を丸ごと解体するのではなく、構造物を活かしたまま用途を転換するという点で、清渓川の全面撤去とは異なる手法だが、自動車のためのインフラを人のための緑の空間に変えるという発想は共通している。
もう一つの事例として、かつて地上を走っていた鉄道路線(京義線)の一部区間が地下化・移設されたことに伴い、不要になった地上の線路跡地を細長い緑地・遊歩道として整備した公園(京義線森の道)がある。ソウル西部の延南洞(ヨンナムドン)周辺を通る区間は特に親しまれ、公園を意味する英語のパークと地名を組み合わせた愛称で呼ばれるようになったとされる。廃止された鉄道用地を緑の線形空間に転用するというこの発想は、韓国に限った手法ではない。フランスのパリでは、廃止された鉄道高架を活用した遊歩道(プロムナード・プランテ)が1993年に開園しており、これが2009年に開園した米国ニューヨークのハイラインの着想源になったとされる。清渓川からソウル路7017、京義線森の道へと続く流れは、こうした国際的な潮流とも重なり合っている。
こうした個別の事業の積み重ねは、やがてより体系だった政策の枠組みへとつながっていったとされる。韓国では2013年に都市再生の活性化及び支援に関する特別法が制定され、老朽化した市街地や遊休化した公共インフラを再生する事業を、国が財政的・制度的に支援する仕組みが整えられた。清渓川復元やソウル路7017は、この特別法が制定される以前から個別の事業として進められていたが、その後の都市再生政策の中で、インフラの転用による緑地創出という手法が一つの定型的な選択肢として位置づけられるようになったと考えられる。
4.1 「作る公園」の共通点
清渓川、ソウル路7017、京義線森の道という三つの事例に共通するのは、いずれも既存の都市インフラ(河川の暗渠と高架道路、老朽化した高架道路、廃止された鉄道用地)を出発点にしている点である。まったくの更地に新しく公園を作るのではなく、すでに公共が所有し、都市の骨格を成していた土地の使い道を組み替えることで、新たな用地買収を最小限に抑えながら緑の公共空間を生み出している。これは、後述する長期未執行公園問題——新たに私有地を買収しなければ実現しない公園が多く滞留している問題——とは対照的な、公共が最初から手にしている土地を生かす道筋である。
こうした転用型の事業は、既存インフラの管理者である自治体や国が、道路や鉄道といった従来の用途を廃止するという判断を下さなければ始まらない。清渓川では自動車の通行機能を、ソウル路7017では車道としての機能を、京義線森の道では地上を走る鉄道の機能を、それぞれ別の手段で代替したうえで、跡地を緑の空間に転用している。用途の廃止と代替手段の確保がセットで検討されて初めて、転用という選択肢が現実味を帯びるという点は、この種の事業に共通する前提条件として押さえておきたい。
これらの転用型の事業に共通するもう一つの特徴は、対象となる土地が線状に細長いという形状の制約である。清渓川は川という線形の地形をもとにしており、ソウル路7017や京義線森の道も道路・鉄道という線形のインフラを引き継いでいる。線形の緑地は、街区公園のような四角くまとまった広場とは異なる利用のされ方——歩く・自転車に乗る・沿道の店をめぐるといった、移動を伴う利用——に向いている。この形状の制約は弱点であると同時に、まとまった用地取得を必要としないという利点の裏返しでもある。都市の中でどのような形の緑地を、どのような手段で確保するかという問いに、転用型の事業は一つの答えを示している。
京義線森の道についても補足しておく。地下化・移設によって不要となった地上区間は、一度に整備されたのではなく、区間ごとに段階を分けて緑地として開放されていったとされる。延南洞(ヨンナムドン)に近い区間が特に人気を集め、周辺には飲食店や雑貨店が並ぶようになり、公園の整備が沿道の商業や地域の雰囲気そのものを変える波及効果をもったことがしばしば指摘される。線形の緑地は、単に歩くための通路にとどまらず、沿道の街のにぎわいを生み出す装置としても機能しうるという点は、清渓川復元にも共通する特徴である。
4.2 転用と新設のちがい——本稿の位置づけ
本節で見た事例はいずれも、すでに公共が所有する土地の「転用」であり、私有地を新たに公園用地として指定し買収する「新設」とは性格が異なる。転用型の事業は、用地取得という最も時間のかかる過程を経ずに済むため、比較的短期間で緑の空間を生み出せる場合がある一方、対象となるのは道路や鉄道の跡地という限られた形状の土地に限られ、街区公園のようなまとまった広場を新たに作ることには向かない。次節で扱う長期未執行公園問題は、この「新設」の側で生じる課題であり、本節の転用型の事業とは異なる論点として区別して検討する必要がある。どちらも公園を増やすという目的では共通するが、直面する制約と解決の道筋は異なる。この区別を踏まえたうえで、次節では都市計画による公園用地の指定という、より困難な課題に話を進める。
5. 長期未執行公園問題——指定と実現の時間差
韓国の都市でも、日本と同様に、都市計画によって将来の公園用地を指定するという手法が広く用いられてきた。指定された土地は建築が制限され、いずれ自治体が買収して公園として整備することが見込まれている。ところが自治体の財政には限りがあり、指定された土地をすべて速やかに買収することは容易ではない。その結果、都市計画上は「公園」とされながら、実際には所有者が管理する山林や農地、空き地のまま何十年も据え置かれる土地が各地に積み上がっていった。これが韓国で「長期未執行都市公園問題」と呼ばれてきた事態である。都市計画図の上では緑の公園として描かれていても、現地に行けば私有の未整備地が広がっているという、地図と現地のあいだの落差が、この問題の核心にある。
所有者の立場からすれば、これは深刻な事態である。自分の土地でありながら、公園用地として指定されている限り、原則として建物を新築することができず、土地を売ろうにも買い手はつきにくい。指定が解除される見通しもないまま、固定資産に関する負担だけが続く。都市の緑を将来にわたって確保するという公共の目的のために、特定の土地所有者だけが期限の定めのない制約を一方的に負わされている、という不公平感が、この問題の社会的な側面である。
5.1 指定と実現が分かれる制度上のしくみ
なぜ指定と実現のあいだにこれほどの時間差が生まれるのかは、都市計画の手続きが段階を踏んで進む仕組みになっていることと関係する。日本や韓国の都市計画制度では、まずどの土地を公園などの都市計画施設にするかを定める「都市計画決定」という段階があり、その後、実際に事業として土地を買収し工事を行う段階(都市計画事業の認可・実施)へと進む。都市計画決定の段階では、まだ予算の裏付けがなくても指定そのものは可能であり、自治体は将来の都市の姿を先取りして図面に描くことができる。ところが、その図面を現実の工事に移すには、毎年度の予算のなかで用地買収費や工事費を確保しなければならず、これは道路・学校・下水道など他の都市計画施設と予算を奪い合う競争にさらされる。公園は道路や学校に比べて優先順位が低く見られがちであるとされ、結果として指定は残ったまま実現だけが後回しにされ続けるという構造が生まれやすい。
この構造は韓国に特有のものではなく、日本を含む多くの国の都市計画制度に共通する。都市計画決定という「意思表示」の段階と、事業認可・用地買収という「実行」の段階を分けることには、財政の状況に応じて実行の時期を調整できるという柔軟性の利点がある一方、意思表示だけが独り歩きして実行が伴わないまま何十年も据え置かれるという副作用を生みやすい。韓国で長期未執行公園問題が社会的な注目を集めるようになった1990年代には、都市計画図の上では緑豊かに見える都市が、現地では未整備の空き地や私有の山林が点在する状態にあることが、報道や市民団体の指摘を通じて広く知られるようになったとされる。
5.2 1999年の憲法裁判所の判断
この問題に法的な決着をつける転機となったのが、1999年に韓国の憲法裁判所が示した判断であるとされる。都市計画施設として指定された土地について、自治体が長期間にわたって買収も整備もせず、所有者に建築制限だけを課し続けることは、期限の定めなく財産権を制約するものであり、憲法が保障する財産権の趣旨に適合しないという考え方が示された。韓国の憲法裁判所は、法律の規定を直ちに無効とするのではなく、一定の期間内に国会が是正することを求める「憲法不合致」という判断の形式をとることがあり、この長期未執行の都市計画施設をめぐる判断もその枠組みで示されたとされる。単に個々の土地所有者の訴えを退けるか認めるかではなく、制度そのものに時間の限界を組み込むことを立法府に求めた点に、この判断の意義がある。
5.3 財産権と都市計画のあいだ
この判断が示した論理は、第2節で整理した米国の規制的収用論や英国のプランニング・ブライトの発想と、根っこの部分で重なり合う。都市計画による土地利用の制約それ自体が直ちに違法とされるわけではない。問題とされたのは、制約に終わりが見えないことである。裏を返せば、制約に明確な期限を設け、期限内に実現できなければ指定を解除するという仕組みを整えれば、公共の利益のための土地利用制限と、個人の財産権保障とを両立させる道が開けるという考え方である。次節では、この判断を受けて韓国の法制度がどのような具体的な仕組みを作ったかを見ていく。
| 国・地域 | 制度の名称 | 所有者の救済の道筋 |
|---|---|---|
| 韓国 | 都市計画施設の日没制(2020年施行) | 指定から20年で計画の効力が失われる |
| 英国 | プランニング・ブライト(1990年都市農村計画法) | 所有者が公的機関に買い取りを請求できる |
| 米国 | レギュラトリー・テイキング論(判例法) | 規制が行き過ぎれば収用として扱われうる |
6. 日没制と民間参加による公園整備
1999年の憲法裁判所の判断を受け、韓国の国土の計画及び利用に関する法律は改正され、都市計画施設として決定されてから20年が経過しても事業が実施されない場合、その決定は効力を失うという規定が設けられたとされる。この仕組みは「日没制」と呼ばれ、日没=サンセットという語のとおり、指定に自動的な期限を設ける制度である。この規定は、法律の施行より前に決定されていた都市計画施設にも適用され、2000年6月30日以前に決定されていたものについては、2020年7月1日をもって一斉に効力が失われるという大きな節目を迎えることになったとされる。都市公園はこの都市計画施設に含まれるため、長期にわたって未整備のまま据え置かれていた公園予定地の多くが、この日没制の対象となった。
日没制は、所有者の財産権を保護するという点では前進である一方、都市の側からすれば、これまで公園予定地として確保してきた緑地が一気に指定を失い、宅地開発などに転用されうるという新たな課題を生んだ。都市計画上の公園面積が実質的に大きく減少しかねないという懸念が、自治体や環境に関心をもつ人々のあいだで共有されたとされる。2020年の日没制施行に向けて、各自治体は、財政の許す範囲で優先度の高い公園予定地を買収したり、後述する民間参加の仕組みを使ったりすることで、少しでも多くの緑地を公園として残そうとしたとされる。
日没制の施行が近づくにつれて、都市の緑を守ろうとする立場の人々からは、期限を理由に緑地が失われることへの懸念が示されたとされる。都市計画で公園に指定されてきた土地の中には、樹林地や湿地など、長年にわたって開発を免れてきたことで結果的に生態系の価値を保ってきた場所も含まれており、そうした土地が指定の失効をきっかけに開発されれば、都市の生物多様性や防災上の機能が失われかねないという懸念である。他方で、所有者の側からは、財産権の制約に区切りがついたことを歓迎する声もあったとされる。日没制は、一つの制度が異なる立場の人々にとって同時に前進にも後退にも見えるという、都市計画にしばしば見られる利害の対立を鮮明にした出来事でもあった。
6.1 民間参加による公園整備という受け皿
自治体の財政だけで大量の未執行公園用地を短期間に買収することは難しい。そこで用いられたのが、民間の事業者が公園用地の一部を開発し、その開発利益の一部を用いて残りの土地を公園として整備したうえで自治体に寄付するという仕組みであるとされる。この方式では、公園予定地のうち一定割合を住宅などの開発区域とし、残りの土地に緑地や公園施設を整備して自治体に提供する。所有者は土地を手放す対価を得られ、自治体は財政負担を抑えながら緑地を確保でき、事業者は開発利益を得るという、三者の利害を折り合わせる仕組みとして各地で活用されたとされる。
民間参加の仕組みに加えて、財政力のある自治体では、地方債(自治体が発行する債券)を財源として公園用地を計画的に買収する取り組みも進められたとされる。将来の税収を担保に資金を前借りして緑地を確保し、時間をかけて返済していくというこの手法は、単年度の予算だけでは対応しきれない大規模な用地買収を可能にする一つの方策である。民間参加による整備と、地方債による買収という二つの手法は、どちらも「今すぐには全額を用意できないが、緑地は確保したい」という自治体の事情に応じた、異なる資金調達の道筋として並行して用いられたと考えられる。
この方式には、公園として残る面積の割合や、開発される区域の環境への影響をめぐって、様々な立場からの評価があったとされる。すべての未執行公園用地をこの方式で解決できるわけではなく、開発による収益が見込みにくい立地では担い手が現れないという限界も指摘されている。本稿はこの方式の是非を判定する立場にはないが、期限を区切った制度(日没制)が導入されたことで、行政・所有者・民間事業者のそれぞれが期限までに何らかの決着をつけざるを得なくなったという点で、時間の制約が制度全体を動かす力になったことは指摘できる。
6.2 小括
第5節・第6節を通じて確認できるのは、韓国の長期未執行公園問題が、憲法裁判所の判断という司法の働きかけと、日没制という立法による制度設計、そして民間参加という実務上の受け皿という、三つの層が組み合わさって一定の決着に向かったという経緯である。都市計画で公園を「指定する」ことと、実際に公園を「実現する」ことのあいだには、常に時間の差が生まれる。その差をどこまで許容し、どのように区切りをつけるかという問いに、韓国は司法・立法・実務のそれぞれの場面で応えようとしてきたと言える。次節では、この経緯を日本や他国の制度と比較しながら、起こりうる反論を検討する。
7. 反論への応答と日本・他国との比較
ここまでの議論に対しては、いくつかの反論が想定できる。第一に、「日没制は緑地を減らす結果しか生まないのではないか」という反論である。指定が失効すれば、その土地が公園以外の用途に転用される可能性は確かに残る。しかし本稿の立場は、緑地の総量を維持することそのものを日没制の目的として評価するのではなく、期限のない財産権の制約という状態そのものに終止符を打つ制度として位置づけることにある。緑地をどう確保するかという課題と、財産権をどう保護するかという課題は、別々に、しかし互いに関連づけながら論じられるべきものであり、日没制はそのうち財産権保護の側の課題に応えた制度として理解する方が適切である。
第二に、「韓国の制度は日本と無関係ではないか」という反論がありうる。しかし日本の都市計画法もまた、都市計画施設として道路や公園を指定し、実現までのあいだ建築制限を課すという同じ構造をもっている。都市計画決定を受けた土地で、事業がいつ始まるとも知れないまま長期間が過ぎるという事態は、日本各地の都市計画区域でも起こりうる一般的な課題であるとされる。日本の制度に韓国と同じ日没制があるわけではないが、都市計画施設の決定と実現のあいだに時間差が生まれ、その時間差が土地所有者にとっての負担になりうるという構造そのものは、両国に共通する論点である。
7.1 日本の制度との違い
日本の都市計画法は、都市計画施設の区域内での建築については、都道府県知事などの許可を要するという形で制限を課しており、韓国のように指定から一定年数で自動的に効力が失われるという規定は設けていない。その代わり、都市計画の見直し(都市計画の変更)という手続きを通じて、実現の見込みが乏しくなった施設の指定を解除するという運用がなされうる。つまり日本は、期限を区切る「自動的な仕組み」ではなく、個別の見直しという「裁量的な仕組み」で対応してきたと整理できる。どちらの仕組みにも一長一短がある。自動的な仕組みは所有者にとって予測しやすい一方、緑地の急激な減少を招きうる。裁量的な仕組みは緑地の総量を柔軟に維持しやすい一方、所有者から見れば、いつ見直されるかが分かりにくいという不確実性が残る。
7.2 憲法上の位置づけという共通の土台
日本国憲法第29条は、財産権を保障すると同時に、その内容は公共の福祉に適合するように法律で定めるとしている。財産権は絶対不可侵の権利ではなく、公共の利益との調整を予定した権利として憲法に位置づけられている。韓国の憲法もまた、財産権を保障しつつ公共の福祉による制約を認める趣旨の規定を置いているとされ、1999年の憲法裁判所の判断も、財産権そのものを絶対視したのではなく、制約の「期限のなさ」を問題としたと理解できる。この憲法上の枠組みの共通性は、韓国の日没制が日本にとってまったく異質な発想ではなく、同じ憲法上の土台のうえで導かれた一つの制度設計の選択肢であることを示している。
7.3 英国・米国との比較から見える共通の論点
第2節で見た英国のプランニング・ブライトは、指定そのものを失効させるのではなく、所有者に買い取りを請求する権利を与えるという形で救済を図る仕組みであり、韓国の日没制とは手法が異なる。米国の規制的収用論は、個別の訴訟の中で規制の行き過ぎを判断する司法の枠組みであり、あらかじめ法律で期限を定める韓国の方式とはこれも異なる。三者三様の手法だが、共通しているのは、都市計画による土地利用の制約に「無期限」を許さないという発想である。この発想を日本の都市計画に当てはめるなら、都市計画施設として指定された土地が、いつ、どのような見通しで実現されるのかを、所有者にも一般の市民にもできる限り分かりやすく示すことが、制度への信頼を保つうえで重要になるといえる。
もっとも、日本にも時間の区切りを制度に組み込んだ先例がないわけではない。都市部の農地を保全する生産緑地制度は、1992年に指定された生産緑地について30年間の営農継続を条件に税制上の優遇を認めるという、期限を伴う指定の仕組みを採用しており、その30年が経過する2022年前後には、指定の解除が進んで農地が宅地として市場に出回るのではないかという懸念が「2022年問題」として広く論じられたことがあるとされる。これは都市公園の制度ではなく都市農地の制度だが、日本の都市計画法制のなかにも、期限を区切って指定の扱いを見直すという発想自体は存在していたことを示す例である。都市公園の指定に同様の期限を組み込むかどうかは別途の政策判断を要するが、発想として日本にとってまったく無縁のものではないと言える。
7.4 本節の小括
以上の比較から導かれるのは、都市計画によって緑地や公園を確保するという公共の目的そのものを否定する必要はないが、その手段が個人の財産権を無期限に制約する形をとってはならない、という一般化できる論点である。韓国の事例は、この論点に対して司法の判断と立法の応答という形で一つの答えを出した具体例であり、日本の制度がまったく同じ答えを採用する必然性はないものの、都市計画決定と実現のあいだの時間差をどう扱うかという課題そのものは共有していると言える。次節では、この論点を磐田市の公園100園に照らして具体的に考える。
8. 磐田市の公園への示唆
以上の議論を、当サイト ATAWI PARK が収録する磐田市の都市公園100園(磐田市オープンデータ「都市公園一覧」94行と、市の施設ガイドのみに掲載の6園)に照らして具体化する。ただし最初に断っておかなければならない限界がある。当サイトが依拠する磐田市オープンデータおよび施設ガイドには、各公園がいつ都市計画決定されたか、決定から開設までにどれほどの年数を要したか、あるいはそもそも都市計画法上の都市計画施設として指定されているのかどうかという、本稿の議論の核心にかかわる情報が含まれていない。したがって本節でできるのは、磐田市の100園の規模と種別の内訳から、都市計画と時間という論点を考えるための足がかりを示すことまでであり、個々の公園が長期未執行の経緯をたどったかどうかを判定することはできない。この点は今後の調査課題として明確に残す。
8.1 大規模な公園と小さな緑地——用地確保の重さの違い
磐田市の100園のうち、総合公園に区分されるのは3園——竜洋海洋公園(竜洋・221,722㎡)、かぶと塚公園(見付・106,982㎡)、福田公園(福田・49,620㎡)——であり、いずれも十万平方メートル前後の広大な面積をもつ。これほどの規模の公園を新たに一から作ろうとすれば、多数の私有地をまとめて買収する必要があり、清渓川復元のような大規模インフラ転用型の事業か、あるいは長期にわたる計画的な用地取得のいずれかが前提になる。一方で、磐田市には都市緑地10園を含む、面積の小さな緑地が多く存在する。本稿冒頭で参照した資料によれば、二之宮東第2緑地(中泉・都市緑地・17㎡)はきわめて小さな面積であり、豊田上新屋ポケットパーク(156㎡)や豊田第1緑地(254㎡)なども同様に小規模である。
こうした小面積の緑地が、まとまった用地取得が難しかった結果として小さいまま確保されたのか、あるいは最初から小さな緑地として計画されたのかは、当サイトが参照できる資料からは判断できない。韓国の民間参加による公園整備のように、開発の一部として緑地を提供する仕組みの結果、小さな緑地が生まれるという可能性は一般論としてありうるが、磐田市の個々の緑地について同様の経緯があったかどうかを推測することは、事実に基づかない憶測になるため本稿では行わない。ここで確認できるのは、磐田市の公園100園が、十万平方メートル規模の総合公園から十数平方メートルの緑地まで、非常に幅の広い規模の分布をもつという事実だけである。
| 規模の目安 | 該当する例(地区・種別・面積) | 用地確保の性格 |
|---|---|---|
| 10万㎡前後 | 竜洋海洋公園(竜洋・総合公園・221,722㎡)、かぶと塚公園(見付・総合公園・106,982㎡) | 大規模・計画的な取得が前提になりやすい |
| 数万㎡ | 福田公園(福田・総合公園・49,620㎡) | 同上 |
| 数百㎡以下 | 二之宮東第2緑地(中泉・都市緑地・17㎡)、豊田上新屋ポケットパーク(豊田・都市緑地・156㎡) | 小規模・経緯は資料からは不明 |
面積の分布と並んで、地区ごとの園数の偏りも都市計画と時間という論点にかかわる。磐田市の公園は豊田地区28園、見付地区21園と多く、南部・向陽の各2園と対照的である。園数の多寡は、宅地開発の進んだ時期や人口の集積の違いを反映していると考えられ、都市計画によっていつ・どのように公園用地が確保されてきたかという歴史は、地区ごとに異なる経緯をたどってきた可能性がある。この点についても、当サイトが現時点で参照できる資料からは詳細を確認できない。
8.2 種別の内訳と都市計画のかかわり
磐田市の公園は、都市公園法の種別で見ると、街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外6園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園という内訳になっている。街区公園は誘致距離250m・標準面積0.25haという国の目安があり、近隣公園は500m・2ha、地区公園は1km・4haという目安が国土交通省によって示されている。これらの目安は、都市の中に一定の間隔で公園を配置しようとする都市計画の考え方に基づいており、磐田市の51園という街区公園の多さは、身近な範囲に公園を確保しようとする計画の積み重ねの結果であると理解できる。ただし、これらの公園がどのような都市計画決定の経緯をたどって現在の姿になったかは、本稿が参照する資料の範囲では分からない。
8.3 行政・地域への含意と今後の調査課題
本稿の比較から、磐田市を含む日本の自治体の関係者に対して指摘できることが二つある。第一に、都市計画で公園に指定された土地が実現までにどれほどの時間を要しているか、あるいは今も未整備のまま残っているかという情報は、公園の利用者にとっても土地所有者にとっても関心の高い事柄であり、そうした情報がどこまで公開されているかは、制度への信頼にかかわる論点である。磐田市の公園に関する問い合わせは、公園の管理課である都市整備課(電話 0538-37-4806)が窓口となっているが、都市計画決定そのものの経緯についての情報公開のあり方は、本稿の射程を超える。第二に、韓国の事例が示すように、公園という制度は指定して終わりではなく、実現までの時間をどう区切るかという設計を伴って初めて、所有者と地域の双方にとって納得のいく仕組みになる。当サイトは今後の踏査を通じて、磐田市の各公園の現況を確かめていく予定であるが、都市計画決定の経緯という本節で扱った論点は、現地踏査とは別に、公開されている都市計画の資料を参照する形で確かめるべき課題として残しておきたい。
9. 結論と今後の課題
本稿は、韓国の公園政策のうち性格の異なる二つの流れ——都市高速道路を撤去して緑と水の空間に作り替える清渓川復元やソウル路7017のような転用型の事業と、都市計画で指定されながら長年実現しなかった公園用地の指定効力が失われる長期未執行公園問題——を整理し、後者を財産権と都市計画の時間差という論点から検討した。清渓川復元が示すのは、一度自動車のために作られた都市の空間が、政治的な決断によって作り直されうるという可能性である。長期未執行公園問題と日没制が示すのは、都市計画によって緑地を確保しようとする公共の利益と、土地所有者の財産権とのあいだに、時間という次元での調整が必要だという教訓である。
これら二つの論点は、一見すると別々の話題に見えるが、いずれも「都市計画は誰のために、どれだけの時間をかけて、何を実現するのか」という一つの問いに収斂する。清渓川は、実現に長い時間をかけたうえで大きな決断によって作り替えられた事例であり、長期未執行公園は、決断が先送りされ続けた結果として問題化した事例である。都市計画という制度が、決断を下す力と、決断を先送りする力の両方を併せもつことを、韓国の二つの経験は対照的な形で示している。
9.1 本稿の限界
本稿はまた、清渓川復元やソウル路7017のような転用型の事業と、長期未執行公園問題という新設型の課題を、それぞれ独立した論点として整理したが、両者が同じ自治体の中でどのように政策の優先順位づけをされてきたかという、より立ち入った関係については扱っていない。ある都市が象徴的な大規模事業に力を注ぐ一方で、身近な街区公園の用地取得が後回しにされる、あるいはその逆といった、政策資源の配分をめぐる論点は、本稿が参照した資料の範囲では十分に検討できなかった。この点も今後の課題の一つとして付け加えておく。
本稿にはいくつかの限界がある。第一に、本稿は文献整理と制度比較にとどまり、清渓川復元や日没制がもたらした個別の効果を実証的に検証するものではない。第二に、韓国の制度に関する記述は、確認できる範囲の法律名・年・判断の趣旨に限っており、詳細な統計や個別の訴訟事例には立ち入っていない。第三に、磐田市の公園100園について、都市計画決定の経緯という本稿の中心的な論点に直接かかわる情報を、当サイトは現時点で持ち合わせていない。これらの限界は、いずれも今後の調査によって補われるべき課題である。
9.2 比較という方法の意義
最後に、外国の制度を取り上げて比較するという本稿の方法そのものについて一言述べておきたい。磐田市の公園100園を対象とする当サイトにとって、韓国の事例を検討することの意義は、韓国の政策の善し悪しを評点することにあるのではない。むしろ、自分たちの足もとにある制度——都市計画法に基づく都市計画施設の指定という、ふだんは意識されにくい仕組み——を、異なる社会でどのように運用されてきたかという鏡に映すことで、初めてその輪郭がはっきりと見えてくるという点にある。清渓川復元のように大胆に作り替える道と、日没制のように期限で区切りをつける道は、どちらも都市計画が「決める」という行為から逃れられないことを示している。磐田市が公園をどう指定し、どう実現していくかという問いも、この決める行為の外側にはない。
9.3 今後の課題
今後の課題として、次の三点を挙げておきたい。第一に、磐田市を含む日本の自治体における都市計画施設としての公園の指定状況と、指定から開設までの経緯について、公開されている都市計画の資料を確かめる作業である。第二に、韓国の日没制や民間参加による公園整備がその後どのように運用されているかについて、確認できる公的な資料の範囲で継続的に把握することである。第三に、当サイトの現地踏査が進んだ段階で、磐田市の公園、とりわけ規模の小さな都市緑地やポケットパークについて、その成り立ちに関する追加の情報が得られないかを探ることである。これらはいずれも本稿だけでは答えの出ない課題であり、姉妹サイトや行政の公開資料との照合を含めた、今後の継続的な作業として位置づける。
参考文献
- ジェイン・ジェイコブズ(1961)『アメリカ大都市の死と生』(山形浩生訳、鹿島出版会、2010)
- Pennsylvania Coal Co. v. Mahon, 260 U.S. 393(1922年、米国連邦最高裁判所判決)
- Penn Central Transportation Co. v. New York City, 438 U.S. 104(1978年、米国連邦最高裁判所判決)
- Town and Country Planning Act 1990(英国、都市農村計画法)
- 都市計画法(昭和43年法律第100号)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
- 大韓民国「国土の計画及び利用に関する法律」(国土の計画及び利用に関する法律、2002年施行)
- 大韓民国「都市公園及び緑地等に関する法律」(2005年施行)
- 大韓民国憲法裁判所(1999年、都市計画施設の長期未執行をめぐる憲法不合致決定)
- ソウル特別市 清渓川復元事業(清渓高架道路撤去2003年・清渓川復元完了2005年)
- ソウル路7017(旧ソウル駅高架道路を転用した歩行者専用の高架公園、2017年開通)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。