国際・比較・未来15分都市
15分でたどりつく暮らし——近接性の都市論と公園の位置
要旨
本稿の目的は、フランスの研究者カルロス・モレノが2010年代半ばに提唱し、2020年のパリ市長選を機に世界的に知られるようになった「15分都市(ville du quart d'heure)」という構想を、近接性(プロキシミティ)という概念を軸に整理し、それが公共空間、とりわけ公園の位置づけにどのような意味を持つかを検討することである。
方法は文献整理と概念分析である。モレノらの学術論文と、その背後にある思想的系譜——時間地理学、近隣単位論、田園都市論——を確認したうえで、パリでの政治的採用の経緯、メルボルンやバルセロナなど他都市への伝播、そしてこの構想が2023年前後に招いた政治的論争を検討する。
検討の結果、15分都市が掲げる近接性という発想は、日本の都市公園法施行令がすでに誘致距離という形で半世紀以上前から制度化してきた考え方と部分的に重なる一方、モレノの構想が住む・働く・供給・ケア・学ぶ・楽しむという複数機能を徒歩圏内にまとめて配置する「暮らし全体の設計」を志向する点で異なることが明らかになった。また、施設が制度上存在することと、実際にそこへたどりつけることは同じではないという論点も浮かび上がった。
最後に、この視点を磐田市の公園データに照らし、街区公園の誘致距離250メートルという基準が持つ意味と限界を、当サイトの現地踏査がまだ始まっていない現状を正直に断りながら述べる。
キーワード15分都市近接性クロノアーバニズム誘致距離近隣単位スーパーブロック
1. はじめに——問題の所在
磐田市が公開する都市公園一覧には、街区公園・近隣公園・地区公園・総合公園・運動公園といった、規模も機能も異なる100園が並んでいる。これらの公園は、住まいからどれくらいの距離にあれば「使える」公園だと言えるのか。この素朴な問いに対して、近年の都市論の中で一つの補助線を与えているのが、フランスの研究者カルロス・モレノが提唱した「15分都市(ville du quart d'heure、15-minute city)」という構想である。徒歩や自転車で15分圏内に、暮らしに必要な機能をひとまとめに配置しようというこの発想は、公園という一施設だけでなく、住宅・職場・商店・医療・教育・余暇という暮らし全体の配置を問い直す視点を含んでいる。
15分都市という言葉は、2020年のパリ市長選で現職アンヌ・イダルゴの公約に採用されたことで広く知られるようになったが、その骨格はモレノが2010年代半ばから発表してきた「近接性(プロキシミティ)」をめぐる一連の研究に由来する。この構想はその後、メルボルンの「20分圏内の近隣」やバルセロナの「スーパーブロック」など、各都市固有の実践と結びつきながら世界に伝播した一方、2023年前後にはイギリスなどで移動の自由を制限する陰謀だとする政治的な論争の対象にもなった。理念としての近接性と、それをめぐる実装・論争の両方を見ておくことは、この構想を安易な流行語として消費しないために必要な作業である。
1.1 三つの問い
- モレノの15分都市はどのような概念によって近接性を定義し、何を目指しているか。
- この構想は世界のどのような都市でどう実装され、なぜ政治的な論争の的にもなったのか。
- 日本の都市公園法がすでに持っている誘致距離という制度は、この構想とどう重なり、どう異なるのか。そして磐田市の公園配置にこの視点をどこまで読み替えられるのか。
方法は文献整理と概念分析である。モレノらの学術論文と、その周辺にある時間地理学・近隣単位論・田園都市論という思想的な系譜を、確実に存在が確認できる資料に基づいて整理する。そのうえで、パリでの政治的採用の経緯、他都市への伝播、そして2023年前後の論争を、公刊された経緯を踏まえて検討する。最後に、磐田市オープンデータと市の施設ガイドに記載された公園の配置・規模・種別を用いて、机上での読み替えを試みる。これは現地の道路事情や歩行環境を歩いて確かめた結果ではなく、当サイトの現地踏査はこれから始まる段階であることを、あらかじめ断っておきたい。
構成は次の通りである。第2節で15分都市という概念そのものと、モレノが掲げる住む・働く・供給・ケア・学ぶ・楽しむという六つの機能を整理する。第3節でクロノアーバニズム(時間の都市論)という視点と、その先行思想を確認する。第4節でパリでの政治的採用と他都市への伝播を、第5節でパンデミックがこの構想を後押しした経緯を検討する。第6節でこの構想への異議と政治的な論争を整理し、第7節で日本の誘致距離制度がすでに近接性の発想を含んでいたことを論じる。第8節で磐田市の公園データに即した具体的な示唆を述べ、第9節で結論と今後の課題を整理する。
1.2 なぜ地方都市でこの視点を取り上げるのか
15分都市という構想は、多くの場合パリやメルボルンといった大都市を舞台に語られる。人口十数万人規模の磐田市のような地方都市に、この視点をそのまま持ち込むことには当然限界がある。街路網の密度も、公共交通の発達度も、住宅地の形成過程も、大都市とは大きく異なるからである。それでも本稿があえてこの構想を取り上げるのは、近接性という発想そのものが、都市の規模を問わず、住民が日々の暮らしをどれだけ歩いて完結できるかという普遍的な問いを含んでいるためである。大都市の政策をそのまま輸入するのではなく、その背後にある発想だけを取り出し、地方都市の制度や実情に照らして検討することには意味がある。
本稿がとりわけ公園という対象に焦点を絞るのは、当サイトATAWI PARKが磐田市内の公園100園のデータベースとして運営されているためである。運営を担うのは不動産業・介護事業を営む企業であるが、本稿は特定の取引や事業の宣伝を目的とするものではなく、あくまで学術的な視点から公園という公共空間を考察するものである。この点はあらかじめ明確にしておきたい。
本稿が想定する読者は、磐田市周辺で子育てをしている世帯、公園行政に携わる自治体職員、地域のまちづくりに関心を持つ関係者、そして都市計画や地理学を学ぶ学生である。専門用語については初出の際にできるだけ平易な説明を添え、海外の事例を紹介する際にも、断定できない事柄については「〜とされる」「〜という指摘がある」という留保のある表現を用いる。学術的な厳密さと、読みやすさの両立を目指すことが、本稿の基本的な姿勢である。
なお、本稿で扱う15分都市という構想は、大都市の交通政策や都市計画の分野で語られることが多く、公園という一施設に絞って論じた先行研究は必ずしも多くない。それでも公園を切り口に選ぶのは、公園が誘致距離という形ですでに近接性を制度化してきた数少ない公共施設の一つであり、日本の既存制度と海外の新しい構想とを具体的に比較できる、数少ない対象だからである。この意味で、本稿は15分都市論そのものの網羅的な紹介ではなく、公園という一つの窓を通してこの構想を読み解く、限定的だが具体的な試みとして位置づけられる。
2. 先行研究と概念の整理——15分都市とは何か
15分都市という概念をもっとも体系的に提示した学術論文は、モレノとザヒール・アラム、ディディエ・シャボー、キャサリン・ガル、フロラン・プラットロンによる2021年の論文「Introducing the '15-Minute City': Sustainability, resilience and place identity in future post-pandemic cities」(学術誌Smart Cities掲載)である。この論文でモレノらは、都市の持続可能性・レジリエンス(回復力)・場所への愛着という三つの価値を同時に満たす原理として、近接性(プロキシミティ)を位置づけている。近接性とは、単に「近くにある」という物理的な距離だけでなく、時間・社会関係・環境負荷という複数の次元を含んだ概念として説明される。
2.1 六つの都市機能
モレノらの整理によれば、15分都市が目指すのは、住む(living)・働く(working)・供給(commerce、日用品の入手)・ケア(healthcare、医療や福祉)・学ぶ(education)・楽しむ(entertainment、余暇や文化)という六つの都市機能を、徒歩または自転車で15分圏内にまとめて配置することである。この六機能はいずれか一つが欠けても「15分都市」としては成立しないとされ、住宅地だけが広がり、働く場所や商店、医療機関が遠く離れているような単機能の郊外開発とは対照的な発想として提示されている。公園や広場は、この整理の中では主に「楽しむ」機能に関わる公共空間として位置づけられるが、同時に人が行き交う「供給」や「学ぶ」への経路上にも存在しうる点で、複数の機能を橋渡しする場所とも言える。
| 機能 | 内容の例 | 公園との関わり |
|---|---|---|
| 住む(living) | 住宅、居住環境の質 | 住まいの近くの緑地としての公園 |
| 働く(working) | 職場、在宅勤務の環境 | 昼休みや在宅勤務の合間の利用 |
| 供給(commerce) | 食料品店、日用品店 | 買い物経路上の休憩・通過点 |
| ケア(healthcare) | 診療所、薬局、福祉施設 | 散歩や外出のきっかけとなる場所 |
| 学ぶ(education) | 学校、図書館、保育施設 | 通学路沿いの遊び場・待ち合わせ場所 |
| 楽しむ(entertainment) | 文化施設、飲食、公共空間 | 余暇そのものの主要な受け皿 |
2.2 クロノアーバニズムという用語
モレノは自らの構想を説明する際に「クロノアーバニズム(chrono-urbanism、時間の都市論)」という語をしばしば用いる。これは、都市計画の単位を距離(メートル)ではなく時間(分)に置き換えるという発想であり、住民が実際に歩いたり自転車に乗ったりしてかかる時間を基準に、施設の配置や生活圏を考えようとする立場である。距離を基準にする計画は、道路の形状や坂の有無、信号の待ち時間、歩道の整備状況などを反映しにくいのに対し、時間を基準にすれば、こうした現実の移動の負荷をある程度織り込むことができるという主張である。ただし、時間という尺度も個人の年齢や体力、天候によって大きく変わるため、万能の物差しではないことには留意が必要である。
モレノは、パリ・パンテオン=ソルボンヌ大学(IAEパリ=ソルボンヌ経営大学院)で都市に関する研究を続けてきた研究者であり、「起業・地域・イノベーション(ETI)」を冠する研究講座を主宰してきたことが知られている。15分都市という構想は、この講座での研究蓄積の延長線上に位置づけられるものであり、単発の思いつきではなく、複数の論文や講演を通じて練り上げられてきた概念である点は押さえておきたい。
2.3 近接性を測る技術的な方法
近接性という概念を分析に用いる際には、地理情報システム(GIS)を用いて、徒歩や自転車でどこまで到達できるかを地図上に描き出す「等時間圏地図(アイソクロンマップ)」という手法がしばしば併用される。これは、単純な半径何メートルという円ではなく、実際の道路網や信号の有無を踏まえて「そこから何分で行けるか」を面として示す方法であり、クロノアーバニズムの発想を地図に落とし込む技術的な裏付けの一つとなっている。もっとも、こうした分析には道路網や施設の位置に関する詳細なデータが必要であり、データ整備の状況は都市によって差がある。
六つの機能という整理は、単純に見えて、実務上はどの施設をどの機能に分類するかという線引きの難しさを伴う。例えば公園は、遊具のある広場としては「楽しむ」に分類されやすいが、地域の祭礼や市民農園のような活動が行われる場合には「学ぶ」や「供給」に近い性格も帯びる。モレノらの整理はあくまで大まかな分類であり、個々の施設が複数の機能にまたがりうることは、この構想を運用する際にしばしば指摘される留保点である。この曖昧さは概念の弱点というよりも、都市の実際の使われ方が単純な機能分類には収まりきらないことの表れとして理解すべきだろう。
六つの機能という整理の背景には、フランスの都市計画の伝統において、住宅地・商業地・工業地を厳密に分離するゾーニング(用途地域制)が長く支配的であったことへの反省がある。用途を分離する発想は、20世紀前半の近代都市計画運動、とりわけル・コルビュジエらが関わった国際近代建築会議(CIAM)の1933年アテネ憲章に代表される思想の影響を強く受けていた。モレノの15分都市は、こうした用途分離型の計画に対し、複数の用途を意図的に近接させる方向へ舵を切る主張として位置づけることができる。
3. 先駆けとなった思想——田園都市から時間地理学まで
15分都市は、しばしば全く新しい発想であるかのように語られるが、近接性という考え方そのものは都市計画の古典にすでに見出すことができる。イギリスのエベネザー・ハワードが1898年(1902年に改題再刊)に著した『明日の田園都市』は、住宅・工場・農地・公共施設を一つの町の中に計画的に配置し、住民が徒歩で行き来できる範囲に暮らしの機能をまとめようとした構想であった。ハワードの田園都市論は、産業革命後の過密都市への批判として生まれたものであり、規模も時代背景もモレノの15分都市とは大きく異なるが、複数の機能を一つの生活圏に収めるという発想の系譜としては地続きに位置づけられる。
3.1 近隣単位論という制度化の試み
近接性を都市計画の制度として具体化した先駆けとして、アメリカの都市計画家クラレンス・ペリーが1929年に発表した「近隣単位(Neighborhood Unit)」論がある。ペリーは、小学校を中心に、徒歩で通える範囲(おおむね半径400メートル前後)を一つの近隣単位として設定し、その中に住宅・小学校・小規模な商店・公園を配置するという計画原理を示した。この考え方は、その後のアメリカや日本の団地・ニュータウン計画に大きな影響を与えたことで知られている。近隣単位論と15分都市の違いは、前者が主に住宅地の内部構造を対象とした計画技法であったのに対し、後者は既存の大都市全体を六つの機能の網の目として再編しようとする、より広い射程を持つ点にある。
一方で、アメリカのジャーナリスト・都市批評家ジェイン・ジェイコブズは1961年の著書『アメリカ大都市の死と生』において、近隣単位論のような計画的・機能分離的な都市づくりを批判し、用途が混在し、多様な人が行き交う街路こそが都市の安全と活気を生むと論じた。ジェイコブズの議論は、モレノが強調する「用途の混合」という発想と親和性が高く、15分都市を語る際にしばしば参照される古典の一つである。ただし、ジェイコブズ自身は「15分」という時間の物差しを用いたわけではなく、むしろ街路の使われ方という質的な観点から都市を論じた点には注意が必要である。
3.2 時間地理学という基盤
モレノが距離ではなく時間を単位に据える発想の学問的な基盤の一つに、スウェーデンの地理学者トルステン・ヘーゲルストランドが1970年の論文「What about people in regional science?」などで展開した時間地理学(time geography)がある。時間地理学は、人が一日のうちに移動できる範囲や時間の制約(生理的な必要、能力の限界、決められた予定との調整)を座標軸に描き出す方法論であり、都市の距離を単純な直線距離ではなく、個人が実際に費やせる時間という制約の中で捉え直す視点を提供した。モレノのクロノアーバニズムは、この時間地理学の発想を都市計画の実践レベルに引き寄せたものと理解することができる。
3.3 近隣単位論の広がり——ラドバーンと日本のニュータウン
ペリーの近隣単位論を具体的な設計に落とし込んだ事例として、アメリカの建築家クラレンス・スタインとヘンリー・ライトが1929年にニュージャージー州で設計した住宅地「ラドバーン」がある。ラドバーンは、歩行者用の通路と自動車用の道路を分離し、住宅地の内部に緑地帯を通す設計を採用したことで知られ、近隣単位論を実際の街区の形として具体化した早い事例として都市計画史の中で位置づけられている。近隣単位論はその後、日本の戦後の大規模なニュータウン開発にも影響を与えたとされ、小学校区を単位として住区を計画するという考え方は、日本の団地・ニュータウン計画にも部分的に取り入れられてきた。
こうした近隣単位論の系譜を踏まえると、モレノの15分都市は、既存の住宅地の内部構造を計画する技法であった近隣単位論を、既存の大都市全体、しかも住宅地に限らず商業地や業務地も含めた広い範囲に拡張して適用しようとする試みだと理解することができる。計画済みの新しい街ではなく、すでに出来上がっている既存の市街地に対して近接性の発想を後から当てはめようとする点に、15分都市に特有の難しさがあるとも言える。更地に新しい街を作る場合とは異なり、既存の道路網や土地利用をどこまで組み替えられるかという制約が常につきまとうためである。
- ハワード(1898/1902)田園都市論——複数機能を一つの生活圏に計画的に収める発想の起点。
- ペリー(1929)近隣単位論——徒歩圏を単位とした都市計画の制度化。
- ジェイコブズ(1961)用途混合と街路の活気——機能分離への批判。
- ヘーゲルストランド(1970)時間地理学——距離を時間の制約として捉え直す方法論。
これらの先行思想を振り返ると、15分都市が持ち出した「15分」という時間の単位そのものよりも、複数の機能を徒歩圏に近接させるべきだという発想の骨格自体は、100年以上前から都市計画の中で繰り返し論じられてきたことが分かる。モレノの独自性は、この骨格に「六つの機能」という明快な分類と、「15分」という覚えやすい数字を与え、パンデミック後の世界的な文脈の中で再提示した点にあると言えるだろう。先行思想を踏まえずに15分都市だけを取り上げると、あたかも突然現れた新発想であるかのように誤解しかねないため、本節でこの系譜を確認しておく意義は大きい。
4. パリでの政治的採用と世界への伝播
15分都市が学術的な概念にとどまらず広く知られるようになった転機は、2020年のパリ市長選挙である。現職のアンヌ・イダルゴは再選に向けた公約の柱の一つとして「ラ・ヴィル・デュ・カール・ドゥール(la ville du quart d'heure、15分都市)」を掲げ、モレノは政策アドバイザーとしてこの構想の具体化に関わった。パリ市はこれ以降、自動車中心の街路を歩行者・自転車優先の空間に転換する施策や、学校の校庭を放課後・週末に地域に開放する取り組みなど、近接性を高めるための複数の具体策を推進してきた。選挙公約として採用されたことにより、15分都市は学術的な議論の枠を超え、都市政策の実践的な旗印としての性格を強めることになった。
4.1 各都市での独自の展開
15分都市という言葉が広まる以前から、同じ方向性を持つ独自の取り組みを進めていた都市もある。バルセロナでは、都市生態学者サルバドール・ルエダらの発案により1990年代から「スーパーブロック(スペイン語でスーパーマンサナ、カタルーニャ語でスペリージェス)」という考え方が提示され、2016年にポブレノウ地区で本格的な実装が始まった。これは、複数の街区をまとめた区画の内部で自動車の通過交通を制限し、生まれた道路空間を歩行者・自転車・広場として使えるようにする手法であり、近接性を高めるための都市設計上の技術として15分都市の議論としばしば並べて語られる。
オーストラリアのビクトリア州政府は、2017年に策定した長期計画『Plan Melbourne 2017-2050』の中で「20-Minute Neighbourhoods(20分圏内の近隣)」という方針を掲げた。これは、住民が徒歩・自転車・公共交通で20分圏内に日常生活に必要な機能の多くを満たせることを目指すもので、15分都市と時間の設定こそ異なるが、同じ近接性の発想に基づく政策として位置づけられる。アメリカでは、公園に特化した近接性の運動として、Trust for Public Land(公有地保全団体)、National Recreation and Park Association、Urban Land Instituteが2017年に発足させた「10-Minute Walk(10分歩いて公園へ)」運動があり、居住地から徒歩10分圏内に公園があることを目標とする自治体の取り組みを後押ししてきた。
| 年 | 都市・主体 | 取り組みの名称 |
|---|---|---|
| 1990年代〜2016年 | バルセロナ市 | スーパーブロック(Superilles) |
| 2017年 | ビクトリア州(メルボルン) | Plan Melbourne 2017-2050/20-Minute Neighbourhoods |
| 2017年 | アメリカ各都市(TPL・NRPA・ULI) | 10-Minute Walk運動 |
| 2020年 | パリ市 | ラ・ヴィル・デュ・カール・ドゥール(15分都市) |
これらの取り組みを並べて見ると、15分都市という言葉自体が発明された時期以前から、複数の都市が独自に近接性を高める政策を模索していたことが分かる。モレノの功績は、こうした個別の実践に共通する原理を「六つの機能」「時間という尺度」という形で言語化し、パリでの政治的採用を通じて世界的な発信力を与えた点にあると整理できる。逆に言えば、15分都市は特定の都市形態を一から発明したものではなく、既存の複数の潮流を束ねる旗印として機能してきた面が強い。
4.2 都市間ネットワークを介した拡散
15分都市という言葉が各都市に広がった経路の一つに、世界の大都市の市長が参加する気候変動対策のネットワークであるC40都市気候先導グループの存在がある。C40は、パンデミックからの復興方針をめぐる議論の中で、近接性を高めるまちづくりを気候変動対策と生活の質の向上を両立させる方策の一つとして取り上げたとされる。パリのイダルゴ市長はC40の議長を務めた時期もあり、こうした都市間ネットワークを介して、15分都市という発想が個別の都市の枠を超えて共有されていった面があると考えられる。
また、パリ市が2007年から運営してきた自転車の共同利用制度「ヴェリブ(Vélib')」のような、既存の交通インフラの整備も、15分都市を実現するための土台の一部として位置づけられる。徒歩だけでなく自転車での移動を組み合わせることで、15分という時間で到達できる範囲は大きく広がる。近接性の構想は、公園や商店の配置そのものだけでなく、それらをつなぐ交通手段の整備と一体で語られるべきものであることが、こうした事例からも読み取れる。
バルセロナのスーパーブロックについては、公衆衛生の研究者らによる健康影響評価の研究群があるとされ、街路の自動車利用を制限することが大気環境や騒音、住民の身体活動量にどう関わるかを検証する試みが重ねられてきた。こうした研究の蓄積は、近接性を高める街路の再編が、単に移動の利便性だけでなく、都市環境そのものの質にも関わりうることを示すものとして参照される。ただし、健康影響の具体的な大きさについては都市や調査手法によって幅があり、本稿では確度の高い個別の数値を挙げることは控え、こうした研究群の存在を確認するにとどめておきたい。
5. パンデミックが後押しした近隣の再評価
モレノらの2021年論文の副題には「future post-pandemic cities(パンデミック後の未来都市)」という語が含まれている通り、15分都市という構想が世界的に注目を集めた背景には、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う都市生活の変化があった。多くの国・地域で在宅勤務や外出の制限が広がった時期、人々は職場や繁華街への長距離の移動を制約される一方で、自宅から徒歩や自転車で行ける範囲の環境の質に、これまで以上に注意を向けることになった。近所に緑地や商店、医療機関があるかどうかが、生活の質を大きく左右する要因として意識されたのである。
5.1 近さがレジリエンスに関わるという主張
モレノらは、この経験を踏まえ、近接性を単なる利便性の問題としてではなく、都市の「レジリエンス(回復力)」に関わる問題として位置づけ直した。長距離の移動や特定の拠点への一極集中に依存した生活は、感染症の流行や災害など、移動そのものが制約される事態に対して脆弱である。これに対し、暮らしに必要な機能が徒歩圏内に分散して存在していれば、非常時にも一定の生活の質を維持しやすいという主張である。この論点は、防災の観点から徒歩圏内の避難場所や公共施設の配置を重視する考え方とも重なる部分がある。
パンデミック下では、都市部の公園が、屋外で人と距離を取りながら過ごせる数少ない場所として、あらためて注目された経緯も広く報じられた。密閉空間を避けたいという事情と、外出の自由が制限される中で近場の屋外空間の価値が相対的に高まったという事情が重なり、多くの都市で公園利用のあり方が議論の対象となった。ただし、この時期の公園利用の具体的な増減については、都市や調査によって数値の取り方が異なり、本稿では確度の高い統一的な数値を示すことは避け、「近隣の緑地の価値があらためて意識される契機になったとされる」という留保のある表現にとどめておきたい。
5.2 在宅勤務の広がりとの関係
パンデミック下で在宅勤務が広がったことは、モレノの六機能のうち「働く」機能が住宅の近く、あるいは住宅そのものに移動しうることを示した点でも15分都市の議論と関わりが深い。職住が近接することで、通勤に費やしていた時間が近隣での活動に振り向けられる可能性がある一方、在宅勤務が定着すれば、日中に近隣で過ごす時間が増え、近所の公園や商店の役割がこれまで以上に大きくなるという指摘もある。もっとも、在宅勤務が可能な職種は限られており、この変化がすべての住民に等しく及ぶわけではない点には注意が必要である。
5.3 公衆衛生の分野からの関心
公衆衛生の分野では、以前から身近な緑地への近接性と、身体活動量や精神的な健康との関連を論じる研究群があるとされる。散歩や軽い運動をする場所が近所にあるかどうかは、日々の活動量に影響しうるという考え方であり、この分野の関心は、モレノが15分都市を提唱する以前から、公園や緑地の配置を都市計画上の健康施策として位置づける議論と部分的に重なっていた。15分都市という構想がパンデミックを機に広く注目されたことで、こうした公衆衛生の観点からの近接性研究と、都市計画の分野での近接性研究が、より意識的に結びつけて語られるようになった面があると考えられる。
もっとも、健康影響に関する研究は、対象とする都市や調査方法によって結果の幅が大きく、特定の数値をもって「近接性が健康を改善する」と断定することは避けるべきである。本稿では、こうした研究の存在自体を確認するにとどめ、具体的な効果の大きさについては、医療機関や公衆衛生の専門機関による評価に委ねたい。
5.4 一時的な取り組みが残したもの
パンデミック下では、多くの都市で、街路の一部を一時的に歩行者や自転車、屋外飲食のために転用する取り組みが広がった。パリをはじめとする欧州の都市では、自転車専用レーンを短期間で整備する「コロナ・サイクルウェイ」と呼ばれるような施策も報じられた。これらは当初、感染対策としての一時的な措置として始まったものが多かったが、その一部は恒久的な街路の再編に引き継がれた例もあるとされる。パンデミックという非常時の経験が、近接性を高める街路整備の実験の場として機能した面があり、15分都市という構想が具体的な街路デザインと結びつく契機の一つになったと考えられる。
こうした一時的な施策から恒久的な政策への移行は、都市によって進み方が大きく異なる。交通量の多い幹線道路が卓越する都市と、生活道路が中心の住宅地とでは、同じ発想を適用する難しさも異なるためである。磐田市のような地方都市においては、パンデミック下での街路の一時転用のような事例は本稿執筆時点では確認できておらず、この点についての具体的な検討は今後の課題としたい。
6. 理念への異議と政治的論争
15分都市は、都市計画や公衆衛生の分野で好意的に受け止められる一方、2023年前後にはイギリスを中心に、政治的な論争の的にもなった。イギリスのオックスフォード市周辺では、交通量を抑制する区域指定(いわゆるトラフィック規制区域)の導入をめぐって住民の間で議論が生じ、これが15分都市という言葉と結びつけられて報じられる中で、一部の言説では「住民の移動の自由を当局が制限し、監視するための構想である」といった主張が広がった。こうした主張は、モレノ自身や複数の研究者によって、15分都市の本来の趣旨——徒歩圏内の機能を充実させることで移動の選択肢を増やす発想——を誤解したものであるとして否定されている。
6.1 誤解が広がった背景
15分都市をめぐる論争が広がった背景には、パンデミック下での移動制限に対する不満や不信感が、収束後も社会の一部に残り続けていたという事情があるとされる。「徒歩15分圏内で暮らしを完結させる」という表現が、字義通りに「圏外への移動を禁じる」という意味に読み替えられ、実際には推奨や環境整備の話であるにもかかわらず、規制や強制の物語として広まってしまった面があると指摘されている。モレノは、この論争が広がる中で自身が誤情報や脅迫的な言説の対象になったことをメディアの取材に対して語ったと報じられており、都市計画をめぐる専門的な議論が、意図とは異なる形で政治的な争点に転化しうることを示す事例となった。
この経緯は、都市計画の理念を市民に説明する際の言葉づかいの難しさを浮き彫りにした。「15分」という具体的な数字を掲げることは、構想を分かりやすく伝える利点がある一方、その数字が独り歩きし、本来は選択肢を増やすための方策が、行動を制限する規則であるかのように受け取られる余地も生んだ。当サイトが磐田市の公園を語る際にも、誘致距離のような制度上の基準を紹介する場合には、それが利用を強制するものではなく、施設整備の目安であることを丁寧に説明する必要がある。
6.2 学術的な立場からの留保
陰謀論的な批判とは別に、都市計画や地理学の研究者からは、より学術的な観点からの留保も示されている。第一に、都市の密度や街路構造は都市ごとに大きく異なり、パリのように高密度で街路網が発達した都市の経験を、密度の低い郊外や地方都市にそのまま当てはめることには限界があるという指摘である。第二に、近接性を高める施策が地価や家賃の上昇を招き、結果として既存の住民が住み続けにくくなる(いわゆるジェントリフィケーション)可能性を懸念する立場もある。これらはいずれも、確定した結論というより、今後の実践と検証を通じて確かめられるべき論点として位置づけるのが適切である。
6.3 別の政策との混同
オックスフォード市周辺の論争では、15分都市という発想そのものと、道路の一部区間で自動車の通過を制限する「トラフィック規制区域(Low Traffic Neighbourhoods、LTN)」という別の交通政策が、しばしば混同されて語られたことも指摘されている。LTNは、住宅地内の通過交通を減らし、歩行者や自転車利用者の安全を高めることを目的とした施策であり、モレノの15分都市とは出自も制度上の位置づけも異なるものである。しかし、両者がともに「近隣」「歩行者優先」という言葉を伴って語られたことから、報道や世論の中では一つの構想であるかのように扱われる場面が見られたとされる。異なる政策が一つの言葉のもとに束ねられて論争の対象になるという現象は、都市政策を分かりやすく伝えることの難しさを示す事例として記録しておく価値がある。
この論争から得られる教訓は、近接性という理念そのものの是非とは別に、政策を説明する際の透明性と、住民が疑問や不安を表明できる回路を確保することの重要性である。都市計画の専門家が善意で進める施策であっても、その意図が住民に正確に伝わらなければ、不信や反発を招きうる。磐田市のような地方都市で近接性にかかわる施策を検討する場合にも、この経緯は参照に値する教訓として位置づけられる。
6.4 論争から何を学ぶか
この一連の経緯から得られる論点を整理すると、第一に、都市計画上の理念と、それを実装する個別の交通施策とは、たとえ関連があっても分けて説明する必要があるということ、第二に、住民参加の機会を早い段階から十分に確保することが、誤解や不信を防ぐうえで重要であるということ、第三に、専門家の間では自明とされる概念であっても、一般に広まる過程で意味が変質しうるという前提を持って発信する必要があるということが挙げられる。これらは、15分都市という個別の構想に限らず、近接性や歩行環境の改善を掲げるあらゆる都市政策に共通する教訓として受け止めることができる。
7. 日本の誘致距離制度——先行していた近接性の発想
15分都市を日本の文脈に読み替えるうえで見落とせないのは、日本の都市公園法とその施行令が、モレノの構想が世に出るよりはるか以前から、公園について近接性に相当する考え方を制度化してきたという事実である。都市公園法は1956年に制定された法律であり、その施行令は公園の種別ごとに標準的な敷地面積と「誘致距離」という考え方を示している。誘致距離とは、その公園が主にどれくらいの範囲の住民の利用を想定して配置されるべきかを示す目安の距離であり、国土交通省の標準では、街区公園は敷地面積0.25ヘクタール・誘致距離250メートル、近隣公園は2ヘクタール・500メートル、地区公園は4ヘクタール・1キロメートルとされている。総合公園・運動公園はそれぞれ10〜50ヘクタール・15〜75ヘクタールの規模を持ち、風致公園・歴史公園・墓園といった特殊公園には規模の定めがなく、都市緑地は0.1ヘクタール以上を目安とする。
| 種別 | 標準面積の目安 | 誘致距離の目安 |
|---|---|---|
| 街区公園 | 0.25ヘクタール | 250メートル |
| 近隣公園 | 2ヘクタール | 500メートル |
| 地区公園 | 4ヘクタール | 1キロメートル |
| 総合公園 | 10〜50ヘクタール | 定めなし(都市規模に応じ配置) |
| 運動公園 | 15〜75ヘクタール | 定めなし(都市規模に応じ配置) |
7.1 誘致距離と15分都市の違い
誘致距離という制度は、住民が公園という一つの施設にどれだけの距離でたどりつけるかを定めた基準であり、モレノの15分都市が掲げる「住む・働く・供給・ケア・学ぶ・楽しむ」という複数機能の同時配置とは、射程の広さが異なる。誘致距離は公園という単一の機能を対象とした空間計画上の基準であるのに対し、15分都市は暮らし全体を構成する複数の機能を束ねて捉えようとする、より包括的な構想である。とはいえ、両者はいずれも「施設は住民から一定の近さの範囲に配置されるべきだ」という近接性の発想を共有している点で、地続きに位置づけることができる。日本の誘致距離制度が、近接性という考え方を、法制度としてモレノよりも数十年早く具体化していたことは、あらためて確認しておく価値がある。
7.2 制度上の存在と実際の到達可能性
ただし、誘致距離という基準は、あくまで直線距離または計画上の目安を示すものであり、実際に住民がその距離を歩いて到達できるかどうかとは、必ずしも一致しない。クロノアーバニズムの発想に立ち返るならば、重要なのは地図上の距離ではなく、実際に歩くのにかかる時間と負荷である。幹線道路の横断が必要か、歩道が整備されているか、坂道や交差点の待ち時間があるか、といった要因によって、同じ250メートルでも歩きやすさは大きく異なりうる。ベビーカーや車いすを使う利用者、高齢の利用者にとっては、この差はさらに大きな意味を持つ。この点は、施設の存在と実際の到達可能性は同じではないという、本稿全体を通じた論点の核心部分である。
モレノの構想が近接性を「六つの機能」という複数の軸で捉えようとしたのに対し、日本の誘致距離制度は公園という単一の軸に限定されている点も指摘しておく必要がある。裏を返せば、誘致距離を満たす範囲に公園があったとしても、その他の五つの機能——買い物先、医療機関、学校、職場、余暇の場——が近くに揃っているとは限らない。15分都市という視点は、公園単体の配置基準を超えて、公園が他のどのような機能と組み合わさって住民の生活圏を形づくっているかという、より広い問いを日本の制度に対しても投げかけていると言える。
7.3 制度の来歴——1956年から今日まで
都市公園法が1956年に制定された背景には、戦後復興期の日本で、都市の緑地や公共空間の整備が住宅整備に比べて後回しにされがちであったという事情があった。その後1972年には「都市公園等整備緊急措置法」が制定され、都市公園の整備を五か年計画のもとで計画的に進める枠組みが作られた。これらの法制度を通じて、日本は公園という施設について、住民一人当たりの面積や誘致距離という数値目標を用いて計画的に整備するという、近接性を制度化した政策を長く続けてきたことになる。モレノの15分都市が2020年代に「新しい発想」として注目される一方で、公園分野に限れば、近接性を数値基準で扱うという発想自体は、日本ではすでに半世紀以上の蓄積があったことになる。
国土交通省の都市公園整備の指針では、市街地における住民一人当たりの公園面積についても目安となる数値が示されており、街区公園・近隣公園・地区公園といった身近な公園の誘致距離の基準とあわせて、公園整備の計画づくりに用いられてきた。こうした数値基準は、都市全体としてどれだけの公園を、どのような配置で整備すべきかを判断するための行政上の道具であり、15分都市が示すような住民の主観的な「歩きやすさ」の実感とは、性格の異なる指標であることには留意しておきたい。
誘致距離という制度のもう一つの特徴は、それが基本的に国が示す全国一律の目安であり、地域ごとの地形や道路網の違いを個別に反映したものではないという点である。平坦な市街地と、坂の多い地域とでは、同じ250メートルでも歩行にかかる負荷は異なりうる。モレノの15分都市が時間という尺度を採用した背景には、こうした距離基準の限界への問題意識があったと考えられ、この点は日本の誘致距離制度にとっても示唆的である。誘致距離という制度を否定する必要はないが、それを補う形で、実際の歩行時間や負荷を踏まえた検討を重ねていくことには意義があるだろう。
8. 磐田市の公園への示唆
以上の整理を磐田市の公園データに照らして考えてみたい。磐田市が公開する都市公園一覧をもとに当サイトが収録している公園は100園であり、内訳は磐田市オープンデータ「都市公園一覧」に記載された94園に、市の施設ガイドのみに掲載されている6園を加えたものである。種別ごとに見ると、街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外の公園6園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園という構成になっている。全体の半数以上を占める街区公園は、前節で見た誘致距離250メートルという基準のもとに配置される、もっとも身近な公園である。
8.1 地区ごとの偏りという視点
磐田市は見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡という9地区に分かれており、公園の数には地区による偏りがある。当サイトの集計では、豊田地区28園、見付地区21園、中泉地区14園、御厨地区13園、竜洋地区13園に対し、福田地区4園、豊岡地区3園、南部地区・向陽地区は各2園にとどまる。この数の差だけを見れば、豊田や見付では近接性が確保されやすく、南部や向陽では公園という選択肢そのものが少ない可能性がうかがえる。ただし、地区の面積や人口密度、住宅地の分布によって「必要な公園数」は当然異なるため、単純な園数の比較だけで近接性の充足度を論じることはできない点には注意が必要である。この点の精緻な検討は、当サイトの現地踏査や、より詳細な人口分布データとの照合を待つ今後の課題である。
8.2 面積の幅がもたらす多様性
磐田市の公園は面積の幅も大きい。もっとも広い竜洋海洋公園(竜洋地区・総合公園)は221,722平方メートルに及ぶ一方、中泉地区の二之宮東第2緑地はわずか17平方メートルの都市緑地であり、豊田上新屋ポケットパークも156平方メートルにとどまる。こうした小規模な緑地は、誘致距離の基準がそのまま当てはまる街区公園や近隣公園とは性格が異なり、ごく狭い範囲の住民にとっての「すぐそこにある緑」として機能していると考えられる。15分都市の視点から見れば、こうした小規模な緑地であっても、住まいのすぐ近くに存在すること自体が近接性を支える一つの要素になりうる。ただし、狭小な緑地は遊具などの設備を持たないことも多く、機能の面では大規模な公園と単純には比較できない。
8.3 到達可能性という課題
磐田市オープンデータの集計では、トイレのある公園が69園、車いす対応トイレのある公園が34園、砂場のある公園が43園、遊具のある公園が64園、駐車場があると分かる公園が33園となっている。市の施設ガイドに個別ページを持つ公園は77園であり、残りの23園については施設の詳細が把握しにくい。管理を担うのは磐田市都市整備課(電話0538-37-4806)である。こうした数字は、公園という施設が「存在するか」「何を備えているか」を示す情報ではあるが、前節で論じた到達可能性——実際に歩いて安全にたどりつけるかどうか——を直接示すものではない。当サイトは踏査済(現地で確かめた)公園がまだ0園という段階にあり、道路の横断のしやすさや歩道の状況といった、クロノアーバニズムが重視する時間的な負荷にかかわる情報は、今後の現地踏査によって初めて明らかになる。
註:本節の数値はいずれも磐田市オープンデータ「都市公園一覧」および市の施設ガイドに基づく、当サイトの集計である。現地踏査(現地で確かめる作業)はまだ始まっておらず、歩行環境や実際の到達しやすさに関する記述は、今後の課題として残されている。
8.4 制度の枠外にある公園という存在
磐田市の公園一覧には、都市公園法上の種別に位置づけられない「法対象外」の公園が6園含まれている。これらは市の施設ガイドには掲載されているものの、都市公園法の誘致距離のような制度上の基準が直接には適用されない公園である。15分都市の視点から見れば、こうした法対象外の公園も、実際に住民が利用する近隣の緑地としての機能を担いうる存在であり、制度上の分類にかかわらず、近接性という実質を支える資源として捉え直す余地がある。誘致距離という制度が対象とする街区公園・近隣公園・地区公園だけでなく、こうした周辺的な緑地も含めて公園という資源の全体像を捉えることが、地方都市における近接性を考えるうえでは重要になると考えられる。
同時に、法対象外の公園については、オープンデータのフラグ集計の対象外であったり、施設情報が限られていたりする場合があり、当サイトが把握できる情報にも限りがある。これもまた、机上のデータ整理だけでは近接性の実態を十分に描き切れないことを示す一例であり、現地踏査を通じてこうした公園の実際の使われ方を確かめていく必要がある。
8.5 六つの機能への拡張という視点
本稿の視点をさらに広げるならば、公園という一つの機能だけでなく、モレノの整理する六つの機能——買い物先、医療機関、学校、職場、余暇の場——が、磐田市内でどのように配置されているかを重ね合わせて検討することが、将来的な課題として考えられる。当サイトATAWI PARKは公園という一機能に特化したデータベースであり、他の機能に関する網羅的な情報は持ち合わせていないが、公園という切り口から近接性を考える作業は、より広い近接性研究への足がかりになりうる。磐田市の9地区という単位は、こうした複数機能の重ね合わせを検討する際の一つの分析単位として活用できる可能性がある。
9. 結論と今後の課題
本稿では、カルロス・モレノが提唱した15分都市という構想を、近接性とクロノアーバニズムという二つの概念を軸に整理し、その思想的な系譜、パリでの政治的採用と各都市への伝播、パンデミックによる後押し、そして2023年前後の政治的な論争までを検討したうえで、日本の都市公園法における誘致距離という制度と比較し、磐田市の公園データに即した具体的な示唆を試みた。
9.1 得られた知見
第一に、15分都市の核心は「住む・働く・供給・ケア・学ぶ・楽しむ」という六つの機能を徒歩・自転車で15分圏内にまとめて配置するという、暮らし全体を対象とした包括的な発想にある。これは、ハワードの田園都市論やペリーの近隣単位論といった古典的な系譜の延長線上にありながら、時間地理学の知見を取り込むことで、距離ではなく時間を尺度とする新しい言い方を与えたものである。第二に、この構想はパリでの政治的採用を経て世界に伝播したが、その過程で、複数の都市がすでに独自に近接性を高める取り組みを進めていたこと、そして2023年前後には移動の自由を制限する構想であるという誤解に基づく政治的な論争にさらされたことも確認した。これは、都市計画の理念を分かりやすい数字で伝えることの利点と、その数字が独り歩きする危うさの両方を示す事例である。
第三に、日本の都市公園法施行令が定める誘致距離という制度は、公園という単一の施設について、モレノの構想よりも数十年早く近接性の考え方を制度化していたことを確認した。街区公園の誘致距離250メートルという基準は、15分都市が掲げる複数機能の同時配置とは射程が異なるものの、住民から一定の近さの範囲に施設を配置するという発想を共有している。同時に、制度上の誘致距離を満たすことと、住民が実際に歩いて安全にたどりつけることは同じではないという論点も、本稿を通じて繰り返し確認した。
9.2 磐田市への示唆と限界
磐田市の公園データを見る限り、街区公園を中心に100園という数の公園が9地区に分布しており、種別・面積・地区の面で大きな幅を持つことが分かった。この構成は、近接性という観点から見れば一定の資源を市域に持っていることを示す一方、地区ごとの偏りや、施設の存在と実際の到達可能性との差異という課題も同時に示している。もっとも、これらの課題を実証的に確かめるには、当サイトがまだ着手していない現地踏査——道路の横断のしやすさ、歩道の整備状況、坂道や交差点の有無といった、クロノアーバニズムが重視する時間的な負荷にかかわる調査——が不可欠である。本稿はあくまで、オープンデータと制度に基づく机上の整理にとどまるものであり、その限界を正直に認めておきたい。
今後の課題としては、第一に、地区ごとの人口分布や住宅地の広がりと公園の配置を重ね合わせた、より精緻な近接性の分析が挙げられる。第二に、現地踏査を通じて、誘致距離という制度上の基準と、実際に歩いて到達できる時間との差を具体的に確かめることが求められる。第三に、15分都市が対象とする六つの機能のうち、公園以外の機能——買い物先や医療機関、学校など——との位置関係を含めた、より包括的な近接性の把握も、今後の検討課題として残されている。これらは一つの学問領域だけで完結する課題ではなく、都市計画・地理学・公衆衛生など複数の視点を組み合わせながら、地道な調査を積み重ねる中で明らかにしていくべき論点である。
9.3 方法論上の反省
最後に、本稿の方法論上の限界についても触れておきたい。本稿は文献整理と概念分析、そして公開データの机上での読み替えという方法を採ったが、これは実際に街を歩いて確かめる調査とは異なる。15分都市という構想自体が、地図上の距離ではなく実際に歩く経験を重視するクロノアーバニズムを掲げていることを踏まえれば、本稿が机上の議論にとどまっている点は、むしろこの構想の趣旨からすればもっとも重要な部分をまだ検討できていないということでもある。今後、当サイトが現地踏査を進める中で、本稿で示した論点がどこまで磐田市の実情に当てはまるのか、あるいは当てはまらないのかを、具体的な公園ごとに確かめていくことが求められる。
また、15分都市をめぐる政治的な論争が示したように、近接性という理念は、伝え方次第で規制や監視の物語として受け取られる危うさを持つ。当サイトが今後、誘致距離や踏査の結果を市民に向けて発信していく際にも、それが特定の行動を強制するものではなく、あくまで暮らしの選択肢を広げるための情報提供であることを、丁寧に説明していく必要がある。この教訓は、遠いヨーロッパの都市の経験としてではなく、磐田市という一地方都市が公園データを発信していくうえでの、実務的な留意点として受け止めておきたい。
総じて、15分都市という構想を通じて浮かび上がるのは、近接性という発想自体は目新しいものではなく、田園都市論や近隣単位論、日本の誘致距離制度に至るまで、繰り返し形を変えながら都市計画の課題であり続けてきたということである。モレノの功績は、この古くて新しい課題に、時間という分かりやすい尺度と六つの機能という明快な整理を与え、パンデミック後の世界的な文脈の中で再び議論の俎上に載せたことにある。その意義と、伝え方をめぐって生じた論争の両方を踏まえたうえで、磐田市という一地方都市の公園データを、今後どのように近接性の観点から読み解いていくかが、当サイトにとっての実践的な課題として残されている。
本稿を締めくくるにあたり、あらためて強調しておきたいのは、近接性という考え方が、住民の暮らしを一律の型にはめ込むための道具ではなく、暮らしの選択肢を広げるための一つの物差しにすぎないという点である。誘致距離という制度も、15分都市という構想も、住民がどこに住み、どこへ通い、どこで余暇を過ごすかを強制するものではない。これらはあくまで、公共の側が施設をどこにどれだけ配置すべきかを判断するための目安であり、最終的にその場所をどう使うかは住民一人ひとりの選択にゆだねられている。この前提を見失わないことが、近接性をめぐる議論を政治的な対立の火種にせず、暮らしやすい都市を考えるための建設的な材料として活かしていくうえで、もっとも基本的な心構えであると考える。
参考文献
- Carlos Moreno, Zaheer Allam, Didier Chabaud, Catherine Gall, Florent Pratlong(2021)「Introducing the '15-Minute City': Sustainability, resilience and place identity in future post-pandemic cities」(Smart Cities誌 4巻1号、93-111頁)
- エベネザー・ハワード(1902)『明日の田園都市』(初版1898年、山形浩生訳、鹿島出版会、2016)
- ジェイン・ジェイコブズ(1961)『アメリカ大都市の死と生』(山形浩生訳、鹿島出版会、2010)
- Clarence Perry(1929)「The Neighborhood Unit」(Regional Survey of New York and Its Environs, Vol.7)
- Torsten Hägerstrand(1970)「What about people in regional science?」(Papers of the Regional Science Association, 24巻1号、7-24頁)
- Victoria州政府『Plan Melbourne 2017-2050』(20-Minute Neighbourhoods、2017年策定)
- バルセロナ市役所「スーパーブロック(Superilles)」政策(2016年ポブレノウ地区で始動)
- Trust for Public Land・National Recreation and Park Association・Urban Land Institute「10-Minute Walk」運動(2017年発足)
- C40 Cities Climate Leadership Group(C40都市気候先導グループ)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。