生命・健康・心理・教育愛着理論
離れて、また戻る——愛着理論と安全基地としての大人
要旨
本稿の目的は、愛着理論の基本概念を公園という具体的な場所に照らし、子どもが大人のそばを離れては確かめるように戻ってくる往復運動を、発達心理学の言葉で読み解くことである。手がかりとするのは、イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが提起した愛着理論と、その共同研究者であったアメリカの心理学者メアリー・エインズワースが示した「安全基地」と「安全な避難所」という二つの概念、および「内的作業モデル」の考え方である。
方法は文献整理と概念分析である。第3節で安全基地と安全な避難所という愛着の二つの機能を、第4節で探索行動と愛着行動の均衡を、公園での子どもの動きに対応づける。第5節ではエインズワースが考案したストレンジ・シチュエーション法と、そこから導かれた愛着のタイプ分類を整理したうえで、この分類を目の前の一人の子どもの評価に用いないという慎重さを明示する。第6節では内的作業モデルと大人の応答性を、第7節ではベンチの位置や見通しといった環境の条件を検討し、第8節で文化差・個人差をめぐる批判に応答する。
結論として、公園は子どもが安全基地から探索へ出て、安全な避難所へ戻るという愛着行動の往復運動を日常的に繰り返せる場所であり、大人の役割は子どもを追い立てることでも常に隣に張り付くことでもなく、離れることと戻ることの両方を受け止める「動く基地」であることにあると本稿は主張する。最後に、磐田市の都市公園100園について、市の施設ガイドに記載された広場と休憩施設の配置から、安全基地としての条件をどう読み取れるかを検討し、当サイトの今後の踏査で確かめるべき観察課題を示す。
キーワード愛着理論安全基地安全な避難所内的作業モデルストレンジ・シチュエーション法探索行動
1. はじめに——問題の所在
公園のベンチに保護者が腰を下ろすと、二歳児は数歩離れたところまで歩いていき、ふと足を止めて振り返る。保護者と目が合うと、また前を向いて歩き出す。滑り台の順番を待つ列に並んだ四歳児は、一度も後ろを見ないまま列を進むが、滑り終えた瞬間に真っ先に保護者の姿を探す。少し離れた場所では、六歳児が友達と鬼ごっこに没頭しながらも、転んで泣き出すと一直線に保護者のもとへ駆け戻る。年齢も遊びの内容も異なるこれらの場面には、一つの共通した構造がある。子どもは大人から離れることと、大人のもとへ戻ることを、絶えず往復しているのである。
この往復運動に理論の言葉を与えたのが、イギリスの精神科医で精神分析家でもあったジョン・ボウルビィ(1907〜1990)が提起した愛着理論である。ボウルビィは、乳幼児が特定の大人との間に築く情緒的な結びつきを「愛着(attachment)」と呼び、それを空腹や睡眠と並ぶ、生まれつき備わった行動系として位置づけた。愛着理論を実証的な観察方法へと発展させたのが、ボウルビィの共同研究者であったアメリカの心理学者メアリー・エインズワース(1913〜1999)である。エインズワースは、乳児が大人を「安全基地」として探索に出かけ、不安を感じると「安全な避難所」として大人のもとへ戻るという二つの機能を見いだした。本稿は、この安全基地と安全な避難所という考え方を手がかりに、公園という開かれた場所で繰り返される離れて戻る運動を読み解く。
1.1 問い
本稿の問いは三つある。第一に、安全基地と安全な避難所という愛着の二つの機能は、公園における子どもの探索行動とどのように対応するのか。第二に、エインズワースが考案したストレンジ・シチュエーション法と、そこから導かれた愛着のタイプ分類は、公園で大人が子どもを見守るうえで何を教え、何を教えないのか。とりわけ、タイプ分類を目の前の一人の子どもの評価に用いてよいのかという問いには、慎重に答える必要がある。第三に、ベンチの位置や見通しといった公園の物理的な環境は、大人が安全基地として機能することにどう関わるのか。これらは、公園で子どもを見守るすべての大人に関わる問いである。
1.2 方法と構成
方法は文献整理と概念分析である。本稿は新しい観察データを示すものではなく、確実に知られている古典的な理論を整理し、それを公園という具体的な場所に照らすことで、これから公園で子どもを見守り、あるいは公園を計画しようとする人のための見方の枠組みを用意することを目指す。愛着理論の知見の多くは実験室での短時間の観察や家庭訪問による長期観察から得られたものであり、公園という開かれた屋外空間、しかも見知らぬ他の親子が同時に居合わせる空間に、そのままの形で当てはまるとは限らない。本稿はこの点を隠さず、公園固有の条件——空間が広く見通しが変化すること、遊具や砂場という探索の対象が用意されていること、同じ場所に複数の家族が同席することが多いことなど——を随所で考慮する。
構成は次のとおりである。第2節でボウルビィとエインズワースの基本概念を整理する。第3節で安全基地と安全な避難所という二つの機能を、第4節で探索行動と愛着行動の均衡を、公園での子どもの動きに対応づける。第5節でストレンジ・シチュエーション法と愛着のタイプ分類を整理し、その分類を個人の評価に用いないという慎重さを述べる。第6節で内的作業モデルと大人の応答性を、第7節でベンチの位置や見通しといった環境の条件を検討する。第8節では文化差・個人差をめぐる批判に応答し、第9節で磐田市の公園100園への示唆を、第10節で結論と今後の課題をまとめる。なお本稿が扱う磐田市の事実は、市のオープンデータと市の施設ガイドに記載のあるものに限る。当サイトの現地踏査はこれからであり、遊びと見守りの実際の観察は今後の課題である。
1.3 なぜ愛着理論から公園を論じるのか
公園の子どもと大人の関係を論じる学問は多い。発達心理学は遊びを通じた認知や社会性の育ちを問い、生態心理学は環境がどのような行為を誘うかを問う。愛着理論の固有の関心は、子どもがなぜ、どのような条件のもとで安心して環境に働きかけられるのかという、探索行動を支える対人関係の土台にある。この視点は、保護者が日々公園で抱く具体的な戸惑いに直結する。「目を離した隙にどこまで行ってしまうのか」「なぜ転ぶとまっすぐ自分のところへ来るのか」「離れたがるのに、いざ離れると不安そうにするのはなぜか」——これらはいずれも愛着行動の問いである。本稿は、こうした問いに断定的な答えを与えるのではなく、問いを整理し、見守りの手がかりを提供することを目指す。愛着の育ちには個人差があり、気になることがあれば保健や医療の専門機関に相談することが前提であることを、あらかじめ断っておく。
1.4 実験室ではなく開かれた場所を見ること
愛着理論の実証研究の多くは、後述するように実験室での短時間の観察や、家庭という限られた空間での長期観察に基づいている。これに対して公園は、天候や時間帯によって様子が変わり、見知らぬ人や動物、予測できない出来事が入り込む、開かれた自然な環境である。エインズワース自身、理論の初期段階では実験室ではなく、ウガンダでの家庭訪問という自然な状況での観察を出発点としていたことは記憶されてよい。公園という場所を見ることは、理論を実験室の外に連れ出し、より複雑で統制されていない条件のもとで、安全基地という考え方がどこまで通用するのかを試す作業でもある。本稿はこの作業を、新しい観察ではなく既存の理論の読み替えとして行うが、その意義は、実験室の知見を現実の場所に照らして問い直す点にあると考えている。
註:本稿で「愛着」というときは、ボウルビィとエインズワースが定義した、特定の対人関係における情緒的な結びつきを指す学術用語であり、日常語としての「愛情」や「なつき」とは区別して用いる。
2. 先行研究と概念の整理——ボウルビィとエインズワース
愛着理論の出発点は、ボウルビィが第二次世界大戦後にまとめた、親から長期間引き離された子どもの調査であるとされる。ボウルビィはこの調査をもとに、乳幼児期の特定の大人との情緒的な結びつきが、その後の発達にとって基盤的な意味を持つという考えを深め、1969年に主著『Attachment and Loss(邦題:母子関係の理論)』の第一巻を刊行した。ボウルビィの理論の特徴は、愛着を単なる「甘え」や「依存」としてではなく、進化の過程で獲得された、危険から身を守るための行動系として位置づけた点にある。乳幼児は自力で身を守る力に乏しいため、特定の保護者に近接を保とうとする行動——泣く、後を追う、抱きつく、微笑むなど——を生得的に備えている、というのがボウルビィの基本的な主張である。
2.1 愛着行動の四つの段階
ボウルビィは、愛着行動が生後の発達とともに四つの段階を経て組織化されていくとされる過程を示した。第一段階では、乳児はまだ特定の人物を区別せず、誰に対しても泣く・微笑むといった信号行動を向ける。第二段階では、特定の人物への信号行動が明確になるが、まだ後追いのような接近行動は伴わない。第三段階では、はいはいや歩行といった移動能力の獲得とともに、特定の人物に対して能動的に近接を求め、後を追い、その人物を拠点として周囲を探索するようになる。安全基地という考え方が明確に現れるのは、この第三段階からである。第四段階では、子どもは相手の目的や計画をある程度理解し、自分の欲求と相手の都合をすり合わせながら関係を調整する「目標修正的な協調関係」に至るとされる。以下の表は、この四段階の目安をまとめたものである。年齢はあくまで平均的な傾向であり、個人差を含んで読むべきものである。
| 段階 | おおよその時期 | 特徴 | 公園での関わりの目安 |
|---|---|---|---|
| 第一段階 | 生後数週間まで | 人物の区別のない信号行動 | 抱っこや声で安心を伝える |
| 第二段階 | 生後数か月頃まで | 特定の人物への信号行動 | 同じ大人が繰り返し応じる |
| 第三段階 | はいはい・歩行の獲得以降 | 能動的な近接、安全基地の利用 | 拠点になって探索を見守る |
| 第四段階 | 三歳前後以降 | 目標修正的な協調関係 | 言葉でのすり合わせが増える |
2.2 エインズワースの貢献——実証への転換
ボウルビィの理論を実証的な観察へと発展させたのが、エインズワースである。エインズワースは1950年代にウガンダで乳児と母親の家庭訪問観察を行い、乳児が母親を拠点として周囲を探索し、不安を感じると母親のもとへ戻るという行動パターンを見いだした。この観察は1967年に『Infancy in Uganda』としてまとめられ、後の「安全基地」概念の実証的な基礎になったとされる。エインズワースはその後アメリカに拠点を移し、家庭訪問による自然観察と、実験室での短時間の観察を組み合わせる方法を確立していく。この方法論的な転換——理論的な考察を、観察可能な行動の指標に落とし込む作業——が、愛着理論をその後の発達心理学の中心的な研究領域の一つに押し上げた、というのが心理学史の中でおおむね共有されている見方である。
エインズワースの観察から導かれた中心的な概念が、次節で扱う「安全基地(secure base)」と「安全な避難所(safe haven)」である。この二つの語は、いずれもエインズワースが乳児の行動を記述するために用いた言葉であり、以後の愛着研究、さらには成人の対人関係やカウンセリングの領域にまで広く用いられるようになったとされる。もっとも、安全基地という言葉が一般に広まるにつれて、その厳密な意味——乳児の探索行動を支える、特定の大人との関係の機能——が薄れ、単に「安心できる場所」全般を指す比喩として使われることも増えている。本稿では、混同を避けるため、安全基地という言葉を一貫してエインズワースの定義、すなわち探索の拠点としての大人との関係を指す意味で用いる。
2.3 理論が生まれた背景
ボウルビィが愛着理論を構想する直接のきっかけとなったのは、第二次世界大戦後、世界保健機関の依頼を受けてまとめた報告書『Maternal Care and Mental Health』(1951年)であるとされる。この報告書は、戦争孤児院や長期入院によって特定の養育者から引き離された子どもたちに、情緒面や発達面での困難が見られやすいことを、当時の各国の調査を踏まえて論じたものであった。この報告は「母性的養育の剥奪」として広く知られるようになったが、ボウルビィの主眼は特定の性別の養育者を礼賛することではなく、乳幼児期に特定の大人との継続的な関わりが失われることの影響を明らかにする点にあったと理解するのが妥当である。この歴史的な出発点は、第8節で扱う家族の形をめぐる批判を検討するうえでも念頭に置く必要がある。
2.4 内的作業モデルという考え方
ボウルビィはさらに、子どもが特定の大人との関わりの積み重ねから、「自分が助けを求めたときに、この人はどう応じてくれるか」についての予期、いわば心の中の見取り図を形成していくと考えた。これが「内的作業モデル(internal working model)」である。内的作業モデルは、特定の場面ごとの記憶というより、対人関係全般に対する構えとして機能し、その後の人間関係の結び方にも影響を及ぼしうるとされる。ただし、内的作業モデルは一度形成されたら固定されるものではなく、その後の経験によって書き換えられうる柔軟なものであるとも指摘されている。この点は、第6節で大人の応答性を論じる際、また第8節で個人差への批判に応答する際に、あらためて重要になる。
3. 安全基地と安全な避難所——二つの機能
エインズワースは、愛着の対象となる大人が子どもに対して果たす機能を、大きく二つに分けて説明した。一つは「安全基地(secure base)」であり、子どもが周囲の世界へ探索に出かけるときの出発点としての機能である。もう一つは「安全な避難所(safe haven)」であり、子どもが不安や疲労を感じたときに、身を寄せて安心を取り戻すための帰着点としての機能である。この二つは同じ大人が同時に果たす、互いに補い合う機能であるとされる。公園に置き換えれば、ベンチに座る保護者は、子どもが遊具や砂場へ向かうときの安全基地であり、転んで泣いたり、見知らぬ大きな犬に驚いたりしたときに駆け込む安全な避難所でもある。同じ一人の大人が、二つの異なる役割を場面に応じて切り替えているのである。
3.1 安全基地——探索の拠点
安全基地としての機能がうまく働いているとき、子どもは大人から物理的に離れることをためらわない。むしろ、大人が「そこにいる」という感覚があるからこそ、子どもは大人から離れて未知の遊具や砂の感触や虫の動きへと注意を向けることができる、というのが愛着理論の基本的な見立てである。逆に、安全基地が不確かなとき——大人の姿が見えない、あるいは大人が別のことに気を取られていて応答が期待できないと感じられるとき——子どもは探索を控え、大人のそばを離れなくなる傾向があるとされる。公園でしばしば見られる、保護者のすぐそばから離れない子どもの姿は、単に慎重な性格というだけでなく、その時々の安全基地の確かさを反映している可能性がある。
3.2 安全な避難所——帰着点としての大人
安全な避難所としての機能は、子どもが困難や恐怖に直面したときに前面に出る。滑り台の上から下りられなくなった、遊具の順番をめぐって年上の子どもに強く言われた、蜂が近くを飛んでいる——こうした場面で、子どもは探索を中断し、大人のもとへ戻る。安全な避難所がうまく機能しているとき、子どもは大人のもとで慰められ、落ち着きを取り戻すと、比較的短い時間で再び探索へ戻っていくとされる。逆に、安全な避難所としての応答が得られにくいと、子どもの動揺が長引いたり、探索そのものを諦めてしまったりすることがあると指摘されている。公園での「もう帰る」という子どもの言葉は、遊びに飽きたというだけでなく、安全な避難所としての大人が十分に機能しなかった結果である場合もある。
3.3 二つの機能は分けて考えるべきか
近年の愛着研究では、安全基地と安全な避難所を一つの機能としてまとめて論じるのではなく、あえて分けて検討する動きがあるとされる。ドイツの研究者クラウス・グロスマンとカリン・グロスマンらは、母親と父親では、安全な避難所としての役割と、挑戦を後押しする安全基地としての役割の重みが異なりうることを長期の追跡調査から論じている。この知見を単純に一般化することはできないが、公園での見守りに置き換えれば、大人が果たす役割は一枚岩ではなく、慰める役割と後押しする役割の両方を状況に応じて使い分ける複合的な営みであることを示唆している。同じ保護者であっても、転んだ直後は安全な避難所として抱きとめ、落ち着いた後は安全基地として「もう一回やってごらん」と送り出す——この切り替えこそが、愛着理論が公園の大人に求める役割の中心にある。
この二つの機能は、大人が「常に子どものそばにいること」を意味しない。むしろ愛着理論が強調するのは、大人が物理的に離れていても、子どもから見て「必要なときに応じてくれる」という予期が保たれていれば、安全基地としての機能は損なわれないという点である。次節では、この予期を支える探索行動と愛着行動の均衡について、公園での往復運動に即して検討する。
3.4 なぜ「行動系」という言い方をするのか
アメリカの発達心理学者L・アラン・スルーフとエヴェレット・ウォーターズは、愛着を単発の行動の集まりとしてではなく、目的をもって組織化された「行動系(behavioral system)」として捉えるべきだと論じた。摂食行動系が空腹という内的な状態と食物という外的な対象を結びつけ、満腹によって終息するように、愛着行動系も、不安という内的な状態と特定の大人という対象を結びつけ、安心感の回復によって一旦終息する、という捉え方である。この見方の利点は、個々の行動——泣く、後を追う、抱きつく——がばらばらの癖ではなく、共通の目的、すなわち安心感の調整に向かって組織化されていることを説明できる点にある。公園での「離れて戻る」運動も、個々の場面だけを見れば些細な仕草の連なりに見えるが、行動系という見方を通せば、安心感の調整という一貫した目的を持つ営みとして理解できる。
註:safe haven の訳語には「安全な避難所」のほか「安全な港」「安全な避難港」などが用いられることがあるが、いずれも同じ概念を指す。本稿では読みやすさを優先し「安全な避難所」で統一する。
4. 探索行動と愛着行動の均衡——離れて、また戻る往復運動
ボウルビィは、愛着行動系と並んで、子どもには生まれつき「探索行動系」が備わっていると考えた。探索行動系は、新しい物や場所や人に関心を向け、働きかけようとする傾向であり、愛着行動系とは互いに拮抗する関係にあるとされる。愛着行動が優勢になると、子どもは大人への近接を求めて探索を控える。逆に、愛着行動が満たされている、すなわち安全基地が確かだと感じられているときには、探索行動が優勢になり、子どもは大人から離れて周囲へ関心を広げる。この二つの行動系のバランスが、状況に応じて絶えず調整されるという考え方が「探索と愛着の均衡(balance)」である。公園で見られる、離れては戻る往復運動は、まさにこの均衡が目に見える形で現れたものだと理解できる。
4.1 往復運動の構造
公園での典型的な往復運動を、もう少し丁寧に分解してみる。子どもはまず大人のそばから歩き出し、砂場や遊具へと向かう。このとき子どもは、しばしば数歩ごとに、あるいは新しい場所に着くたびに、大人の方向を振り返る。この「振り返り」は、大人がまだそこにいるかどうかを目で確かめる行動であり、次項で扱う社会的参照の働きとも重なるとされる。大人の姿が確認できれば、子どもはさらに探索を続ける。逆に、大人の姿が見えない、あるいは大人が別の方向を向いていて自分に注意を向けていないと感じられると、子どもは探索を切り上げ、大人のもとへ戻る、あるいは大人を呼ぶ声を上げる。この一連の動きは、単なる気まぐれではなく、安全基地の確かさを絶えず点検しながら探索の範囲を調整する、目的を持った行動だと理解されている。
4.2 振り返りに込められた社会的参照
子どもが探索の途中で見せる振り返りには、単に大人がそこにいるかどうかを確かめるだけでなく、その場の状況をどう受け止めればよいかを大人の表情から読み取ろうとする働きが含まれているとされる。この働きは「社会的参照(social referencing)」と呼ばれ、アメリカの心理学者ジェームズ・ソースらの実験的な研究では、見た目に高さのある段差の前で、乳児が母親の表情——笑顔か、不安げな表情か——を見てから、その段差を渡るかどうかを決める傾向があることが報告されている。公園に置き換えれば、複合遊具の高い場所や、幅の広い溝、見慣れない生き物などに出会ったとき、子どもは大人の表情を一瞬確かめてから、進むか退くかを決めていると考えられる。大人の表情や声のトーンが、安全基地としての機能の一部を担っているという点は、見守りを考えるうえで示唆に富む。
4.3 距離が示す意味
エインズワースらの初期の研究では、乳幼児が大人から離れる距離には一定のパターンがあり、疲労や空腹、見知らぬ環境、体調の悪さなどの条件によって、その距離が縮まることが観察されているとされる。公園という場所に置き換えれば、初めて訪れる公園では、慣れた公園に比べて子どもが大人から離れる距離が短くなる、あるいは振り返る頻度が高くなるといった傾向が見られてもおかしくない。逆に、何度も通って地形や遊具の配置を知っている公園では、子どもはより遠くまで、より長く一人で、あるいは仲間と探索を続けられるようになる可能性がある。この意味で、公園への「慣れ」は、単に道順を覚えることではなく、その場所全体を安全基地の延長として取り込んでいく過程だと捉えることができる。
4.4 年齢による均衡の変化
探索と愛着の均衡は、年齢とともにその現れ方を変えるとされる。歩行が確立する前の乳児は、大人が抱いたり、ベビーカーで動いたりすることで探索の範囲が決まり、往復運動は主に大人の側の動きによって担われる。歩行が確立すると、子ども自身の足で離れることが可能になり、往復運動が顕著になる時期を迎える。就学前後になると、子どもは仲間との関わりに時間を割くようになり、大人への物理的な近接は減る一方で、困ったときに頼る先としての愛着は形を変えて残り続けるとされる。学齢期に入ると、子どもは仲間集団の中で長時間過ごし、大人が視界の外にいる時間が長くなるが、これは愛着が消えたことを意味するのではなく、探索の範囲と自律性が広がったことの表れだと理解するのが妥当である。年齢が上がるにつれて大人の役割が「見えるところにいること」から「呼べば応じられること」へと移っていく過程は、公園での見守りのあり方を考えるうえでも重要な視点になる。
往復運動のもう一つの側面は、それが一方向的な「自立への道のり」ではなく、状況によって行き来する双方向の過程だという点である。普段は遠くまで探索する子どもでも、慣れない大きな公園、初めて会う子どもの集団、天候の急変といった条件のもとでは、愛着行動が優勢になり、大人のそばに戻る時間が長くなることがある。これは後退でも失敗でもなく、探索と愛着の均衡が状況に応じて適切に働いている証拠だと理解すべきである。大人がこの揺れ動きを「もう大きいのだから一人で行きなさい」と一方的に押し戻すのではなく、揺れを受け止めたうえで探索を後押しすることが、安全基地としての役割の核心にあるとされる。
5. ストレンジ・シチュエーション法と愛着のタイプ——方法の理解と評価に用いない慎重さ
エインズワースが1970年代に考案した「ストレンジ・シチュエーション法」は、愛着理論を語るうえでしばしば紹介される観察手続きである。これは実験室の一室で、乳児とその母親、見知らぬ実験協力者を組み合わせ、母親が退室する場面と再会する場面を含む短い一連の場面を設定し、乳児の行動を観察するという方法である。観察の焦点は、母親がいなくなったときの反応そのものよりも、母親が戻ってきたとき、すなわち再会の場面で乳児がどのようにふるまうかに置かれている。この方法から、エインズワースらは乳児の反応をいくつかのパターンに分類した。これが広く知られる「愛着のタイプ」である。
5.1 分類の内容
エインズワースらの当初の分類では、再会の場面で母親に近づき、慰められて比較的短時間で探索へ戻る「安定型(タイプB)」、母親との再会に対して目立った反応を示さず、距離を取り続けるように見える「回避型(タイプA)」、母親に近づこうとする一方で怒りや抵抗も同時に示し、なかなか落ち着けない「アンビバレント型・抵抗型(タイプC)」の三つが示された。その後、心理学者メアリー・メインらの研究によって、既存の三分類にうまく当てはまらない、混乱した、あるいは方向感を欠いた行動を示す一群が見いだされ、「無秩序型(タイプD)」として追加されたとされる。以下の表は、これらの分類が再会場面でどのような行動として記述されるかを、研究上の整理として簡潔にまとめたものである。
| 分類 | 再会場面での行動の傾向(研究上の記述) | 研究上の解釈の一例 |
|---|---|---|
| 安定型(B) | 近づき、慰められ、比較的短時間で探索に戻る | 安全基地が確かだと感じられている状態 |
| 回避型(A) | 目立った反応を示さず、距離を保つ | 接近を抑える構えが形成されている状態 |
| 抵抗型(C) | 近づこうとする一方で怒りや抵抗も示す | 安心と不安が同時に働いている状態 |
| 無秩序型(D) | 行動に一貫した方向性が見られない | 既存の枠組みでは説明しにくい状態 |
5.2 この分類を個人の評価に用いてはならない理由
この分類を紹介する際、本稿は強い留保を付す必要があると考える。第一に、この分類はもともと、実験室という特定の状況下での、短時間の再会場面という限られた行動から導かれたものであり、その子どもの人となりや保護者との関係の全体を表すものではない。第二に、分類は本来、多数の親子を比較し、集団としての傾向や統計的な関連を調べるための研究上の道具として開発されたものであり、一人の子どもを「この子はA型だ」「この子はD型だ」と診断し、値踏みするための道具として作られたのではない。第三に、分類の判定には専門的な訓練を要し、訓練を受けていない大人が公園での短い観察から判定できるようなものではない。公園で子どもの様子を見て「この子は回避型かもしれない」などと当てはめることは、理論の誤用であり、本稿はこうした使い方を明確に退ける。
さらに言えば、愛着のタイプは固定的な「性格」ではなく、特定の関係の中で形成される相対的なものであり、大人が変われば、あるいは時間が経てば変化しうるものだとされている。ある子どもが母親との関係では安定型に近い行動を示し、別の大人との関係では異なる行動を示すことも珍しくないとされる。公園という場所で重要なのは、目の前の子どもを型に当てはめることではなく、いまその子どもが安全基地を必要としているのか、安全な避難所を必要としているのかを、その場のふるまいから読み取り、応じることである。分類そのものよりも、分類の背後にある「安全基地と安全な避難所という二つの機能」という考え方の方が、日々の見守りには実用的である。
5.3 判定の専門性と一回の観察の限界
ストレンジ・シチュエーション法による分類は、訓練を受けた評定者が、決められた手続きに沿って収録された行動を、細かく定められた基準に照らして判定するものであり、判定者間で評価が一致するかどうかを確認する手続きも研究の一部に組み込まれているとされる。それでもなお、同じ子どもであっても、実施する時期や状況によって示す行動が変わりうることが知られており、一回の観察だけで確定的な判定を下すことには、専門家の間でも慎重な扱いが求められている。まして公園での数十分の見た目の印象は、こうした手続き上の厳密さをまったく備えていない。大人が公園で子どもの様子を見て「うちの子は人見知りが強いから不安定型だ」のように直感的に当てはめることは、専門的な手続きを経ない、根拠の乏しい判断であることを重ねて確認しておきたい。
註:愛着のタイプに関する診断的な判断や、発達上の懸念の評価は、専門の訓練を受けた臨床家・研究者が行うべき事柄であり、本稿および当サイトはそうした個人の評価を目的としていない。気になることがあれば、保健センターや医療機関など専門機関への相談が前提となる。
6. 内的作業モデルと大人の応答性
第2節で述べた内的作業モデルは、子どもが「助けを求めたときにこの人はどう応じてくれるか」についての予期であり、この予期の形成に最も強く関わるとされるのが、大人の「応答性(responsiveness)」である。応答性とは、子どもの信号——泣き声、視線、身振り、言葉——に対して、大人がどれだけ気づき、意味を読み取り、適切に、かつ間を置かずに応じるかを指す概念である。エインズワースらの研究では、家庭訪問による長期観察を通じて、応答性の高い養育行動と、乳児が安定型に近い行動を示すこととの間に関連が見られたと報告されている。ただし、この関連は統計的な傾向であり、個々の親子関係を単純な因果関係で説明できるものではないことに注意が必要である。
6.1 公園における応答性
公園という場所に置き換えれば、応答性は「常に子どもを見ていること」そのものではなく、子どもが実際に信号を発したときに、それに気づき、意味を汲み取り、適切な形で応じられることを意味する。転んで顔をしかめている子どもに気づいて声をかけること、遠くから振り返った視線に手を振り返すこと、遊具の高いところで固まって動けなくなった子どもの緊張した表情を読み取ることなど、応答性は必ずしも大きな行動を要さない。むしろ、スマートフォンの画面に集中していて子どもの信号に気づかない、あるいは気づいても反応が遅れるといった状態が繰り返されると、子どもの側に「呼んでも応じてもらえないかもしれない」という予期が積み重なっていく可能性がある、というのが愛着理論からの示唆である。
6.2 心を思い描くこと
応答性をさらに掘り下げた概念として、イギリスの心理学者エリザベス・メインズらが提起した「マインド・マインデッドネス(心を思い描く構え)」がある。これは、大人が子どもの行動を単なる身体の動きとしてではなく、子どもなりの意図や欲求、考えを持った存在として捉え、それを言葉にして関わる構えを指すとされる。メインズらの研究では、乳児期にこうした構えで多く関わられた子どもほど、その後の観察で安定型に近い行動を示す傾向が報告されているという。公園に置き換えれば、「疲れたのかな」「あの遊具が気になるんだね」というように、子どもの内側で起きていることを言葉にして返す関わりが、単に指示や禁止を与える関わりとは異なる意味を持つ可能性を示唆している。もっとも、これも統計的な傾向を示す知見であり、個々の親子関係を評価する基準として使うべきものではない。
6.3 過剰な先回りとの違い
応答性は、子どものあらゆる要求を先回りして満たすこととは異なる。むしろ大切なのは、子どもが自分で信号を発し、それに大人が応じるという「やりとり」の経験の積み重ねである。転びそうになるたびに大人が先回りして支えてしまうと、子どもは自分で信号を発する機会そのものを奪われ、応答性が積み重なる過程が働きにくくなる可能性がある。安全基地という考え方の要点は、大人が子どものすべての行動を管理することではなく、子どもが自分の判断で探索に出て、必要なときに自分から助けを求めることができる、その両方の自由を保障することにある。公園での見守りにおいても、転ぶ前に手を出すことと、転んだ後に応じることの違いを意識することが、安全基地としての役割を考えるうえで一つの手がかりになる。
6.4 内的作業モデルの複数性
子どもは一人の大人だけでなく、母親・父親・祖父母・保育者など、複数の大人との間にそれぞれ異なる愛着関係を築きうるとされる。イギリスの心理学者ルドルフ・シャファーとペギー・エマーソンによる古典的な観察研究では、乳児が生後まもない時期から複数の人物に対して愛着に関わる行動を向けることが示されている。これは、内的作業モデルが単一の鋳型ではなく、関係ごとに形成されうる複数の予期の束であることを示唆する。公園に祖父母と一緒に来る子ども、複数の大人が交代で見守る子どもにとって、それぞれの大人との間で異なる、しかしそれぞれに意味のある安全基地の関係が成り立ちうるということである。この複数性は、次節で環境の条件を検討する際にも、また第9節で磐田市の公園における家族の姿を考える際にも、重要な視点になる。
7. 環境が安全基地を支える条件——ベンチの位置・見通し・距離
ここまでの議論は、安全基地と安全な避難所を主に対人関係の機能として論じてきた。しかし、この機能が実際に働くかどうかは、大人の態度だけでなく、大人と子どもがどのような物理的な環境に置かれているかにも左右される。第4節で述べたように、子どもは探索の途中で繰り返し大人の方向を振り返り、大人がそこにいることを目で確かめる。この「目で確かめる」という行動が成立するためには、子どもの位置から大人の姿が見えること、すなわち見通しが確保されていることが前提になる。愛着理論そのものはベンチの配置や公園の設計を直接論じたものではないが、その前提となる「見える」「戻れる」という条件を、公園の物理的な環境がどう支えるかを考えることは、理論を現実の場所に照らすうえで欠かせない作業である。
7.1 ベンチの位置と視線
保護者が座るベンチが遊具や砂場からどのくらいの距離にあり、どのような角度に置かれているかは、安全基地としての機能のしやすさに関わると考えられる。遊具や砂場を見渡せる位置にベンチがあれば、大人は子どもの信号——遠くからの視線、転んだ様子、困っている表情——に気づきやすく、応答性を発揮しやすい。逆に、樹木や建物、他の遊具の陰になってベンチから遊具が見えにくい配置では、子どもが振り返っても大人の姿を確認しづらく、大人も子どもの信号に気づきにくくなる可能性がある。ベンチが日陰にあることや座り心地がよいことは、大人が長く滞在できるという意味で重要であるが、それだけでなく、そこから子どもの動きがどれだけ見渡せるかという視線の条件も、安全基地としての機能に関わる要素だと考えられる。
7.2 探索できる範囲としての公園の広さと囲い
公園の広さや、柵・生垣・段差といった囲いの有無も、子どもが安心して離れられる距離に影響すると考えられる。適度に囲われた空間では、子どもが道路や水路などの明確な危険に不用意に近づく心配が小さく、大人は「見えなくなる」ことへの警戒を緩めやすい。結果として、大人は子どもがより遠くまで、より長く探索することを許容しやすくなり、子どもの側もより大きな範囲を安全基地の延長として使えるようになる可能性がある。逆に、公園と道路の境界が曖昧であったり、死角の多い配置であったりすると、大人は子どもを常に手の届く距離に留め置こうとする傾向が強まり、探索と愛着の均衡が探索の側に十分に振れにくくなることも考えられる。この点は、犯罪学や交通工学の分野で論じられる見通しや安全性の議論とも重なるが、本稿はあくまで愛着理論の観点から、安全基地の成立条件として論じるにとどめる。
7.3 天候・季節と安全な避難所
安全な避難所としての機能は、対人関係だけでなく、その場に身を寄せられる物理的な設えがあるかどうかにも左右されると考えられる。夏の強い日差しの下では日陰のあるベンチが、雨や風の強い日には屋根のある東屋や休憩施設が、単なる休憩の設備という以上に、子どもが不安や不快を感じたときに戻れる場所としての意味を帯びる。逆に、日陰も屋根もない場所では、大人自身が長く滞在しづらく、結果として安全な避難所としての機能を十分に果たせない時間帯が生じうる。暑さや天候への配慮は、熱中症や体調管理といった医学的な観点から論じられることが多いが、愛着理論の観点からは、子どもが安心して戻れる場所を確保するという意味でも重要な条件だと言える。具体的な対応は気象状況や子どもの体調によって異なるため、暑さの目安や医療機関への相談の要否については、関係機関の案内に従うべきである。
7.4 複数の家族が同席する場所の特性
公園は家庭とは異なり、複数の家族が同じ空間を共有する場所である。この特性は、安全基地の機能に独特の効果をもたらすと考えられる。一つは、自分の子どもだけでなく、他の大人や年長の子どもの存在が、子どもにとって緩やかな安心材料になりうるという点である。見知らぬ大人であっても、公園という場に大人が複数いること自体が、子どもの探索の背景となる安心感を底上げする可能性がある。もう一つは、大人同士が視線や短い会話を交わすことで、互いの子どもをゆるやかに見守り合う関係が生まれることがあるという点である。これは特定の愛着関係を代替するものではないが、安全基地としての大人の負担を、場全体で分かち合う効果を持ちうる。ただし、これらはいずれも観察に基づく推測であり、実際に磐田市の公園でどの程度成り立っているかは、当サイトの今後の踏査で確かめるべき課題である。
8. 反論と限界——文化差・個人差・臨床化への批判
愛着理論、とりわけストレンジ・シチュエーション法による分類には、これまでいくつかの重要な批判が寄せられてきた。本節ではその代表的なものを整理し、本稿の立場を明らかにする。批判に応答することは理論を無条件に擁護することではなく、理論をどこまで、どのような留保のもとで使えるのかを明確にする作業である。
8.1 文化差をめぐる批判
第一の批判は、ストレンジ・シチュエーション法が主に欧米の核家族を念頭に開発された手続きであり、育児の文化的な背景が異なる社会にそのまま当てはめることには無理があるというものである。日本の心理学者・高橋惠子は、日本の乳児を対象にストレンジ・シチュエーション法を実施した研究において、母子分離に対する乳児の反応が欧米の研究に比べて強く出る傾向があり、当初の分類の前提となる仮定が普遍的とは言い切れないことを論じたとされる。この指摘は、日本のように母子が長時間近接して過ごすことの多い育児文化では、実験室での短時間の分離そのものが、欧米の乳児にとってとは異なる意味を持ちうることを示唆している。オランダの研究者マリヌス・ヴァン・アイゼンドールンとピーター・クローネンバーグは、複数の国の研究を比較する分析を行い、分類の分布には国や地域による違いがあることを報告しているとされる。これらの知見は、安全基地や安全な避難所という機能そのものを否定するものではないが、その現れ方や、何が「安定した」反応と見なされるかが、文化的な背景によって異なりうることを示している。
8.2 個人差と家族の形をめぐる批判
第二の批判は、愛着理論がしばしば「母親」を主たる愛着対象として想定してきた歴史的な経緯に関するものである。第6節で述べたように、子どもは複数の大人との間にそれぞれ愛着関係を築きうるとされており、父親、祖父母、保育者もまた、安全基地・安全な避難所として機能しうる。ひとり親家庭、共働き家庭、祖父母が主に育児を担う家庭など、家族の形は多様であり、愛着理論を「母親一人が担うべき役割」という規範として読むことは、理論の誤用であり、家族の多様な現実にそぐわない。本稿は、安全基地としての役割が、血縁や性別によってあらかじめ定められたものではなく、応答性をもって子どもと関わる大人であれば誰でも担いうる関係的な機能であるという立場を取る。
8.3 臨床化・評価への批判
第三の批判は、第5節でも述べた、愛着のタイプを個人の評価や診断のように扱うことへの批判である。愛着理論が一般に広まる過程で、専門的な文脈を離れ、「愛着障害」「愛着が弱い」といった言葉が、十分な根拠のないまま日常的な子育ての評価に使われる例が見られることが指摘されている。本稿はこうした用法を採らない。特定の医学的な診断名に関わる状態の判断は、専門の訓練を受けた医療機関・相談機関が行うべき事柄であり、公園での短い観察や、保護者自身の自己評価によって行われるべきものではない。愛着理論が公園という場所に差し出せるのは、個々の子どもや親を分類し値踏みするための物差しではなく、離れることと戻ることを繰り返す子どもの姿を、恐れずに、かつ雑にではなく理解するための一つの見方である。
8.4 深刻な剥奪と日常的な個人差を混同しない
愛着理論をめぐる知見の中には、養育者との関わりがきわめて乏しい環境、たとえば施設で育った子どもを対象とした研究も含まれる。イギリスの研究者マイケル・ラターらが率いた、ルーマニアの施設で育ちイギリスに養子として迎えられた子どもたちを長期に追跡した研究では、深刻な養育の欠如を経験した子どもに発達上の遅れが見られやすいことや、その後の安定した養育環境によって多くの面で回復が見られることが報告されている。この種の知見は、乳幼児期に特定の大人との関わりが極端に欠けることの影響を示すものであり、日々の公園での見守りにおける「今日は少し目を離してしまった」といった日常的な個人差の問題とは、対象とする事態の深刻さがまったく異なる。愛着理論の知見を紹介する際、こうした深刻な剥奪を扱う研究と、健常な家庭内でのごく普通の個人差を、同じ重みで語ることは適切ではない。本稿が第5節・第8節で繰り返し述べてきた慎重さは、この区別を保つためのものでもある。
以上の批判を踏まえたうえで、本稿は次の立場を取る。安全基地と安全な避難所、探索と愛着の均衡、内的作業モデルという概念は、公園における大人と子どもの関わりを理解するための有用な見方を提供する。しかし、ストレンジ・シチュエーション法による分類を個人の評価に用いること、愛着理論を特定の家族の形の規範として押し付けること、文化的な背景の違いを考慮せずに欧米の知見をそのまま当てはめることには、いずれも慎重であるべきである。次節では、この立場を踏まえて、磐田市の公園への示唆を検討する。
9. 磐田市の公園への示唆
本節では、ここまでの理論的整理を磐田市の公園に照らす。磐田市には、市のオープンデータ「都市公園一覧」94行と市施設ガイドのみに掲載の6園を合わせて、当サイトが収録する100園の公園がある。種別では街区公園が51園と半数を占め、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園などが続く。街区公園の国の目安である誘致距離250mという配置は、愛着理論の観点から見れば重要な意味を持つ。歩いて数分で着ける公園が生活圏の中に多数あるということは、保護者が疲労や天候を理由に探索の機会そのものを諦めずに済む条件であり、子どもにとっても、繰り返し通うことで公園そのものが安全基地の延長として馴染んでいく機会が多いことを意味する。第4節で述べたように、公園への「慣れ」は探索の範囲を広げる条件であり、身近な街区公園が多いという磐田市の公園の構成は、その慣れを積み重ねやすい環境だと評価できる。
9.1 探索ゾーンと休息ゾーンの分かれた公園
第7節で述べたように、大人が安全基地・安全な避難所として機能しやすいかどうかは、遊び場と休息の場の位置関係にも関わると考えられる。見付地区の今之浦公園(近隣公園・13,675㎡)は、市の施設ガイドに「遊びと賑わいのゾーン」(複合遊具・ふわふわ遊具・噴水広場・芝生広場・3歳未満児遊具)と「憩いとふれあいゾーン」(健康遊具・じゃぶじゃぶスポット・流れ・芝生広場)という二つのゾーンが今ノ浦川を挟んで記載されている。これは本稿の枠組みに照らせば、探索を促す設備と、休息や見守りを担う設備が、ある程度分かれて配置されている例として読むことができる。もっとも、この読み方はあくまで施設ガイドの記載からの推測であり、実際に大人がどこに座り、そこから遊び場がどの程度見渡せるのかは、当サイトの今後の踏査で確かめるべき事柄である。
9.2 多様な家族を受け止める記載
第8節で述べた、愛着理論を特定の家族の形に限定すべきではないという論点に関わる記載も見られる。御厨地区の安久路公園(地区公園・32,001㎡)には「複合遊具(インクルーシブエリアあり)」「ブランコ(インクルーシブアイテムあり)」の記載があり、発達の道筋や身体の条件が異なる子どもと、それを見守る多様な大人が、同じ場所で安全基地の関係を築けるよう配慮された設備だとうかがえる。見付地区のつつじ公園(風致公園・61,937㎡)には「展示休憩室」の記載があり、屋外のベンチだけでなく屋内に近い形の休息の場が用意されている点は、天候や体調によって安全な避難所を必要とする場面に応じうる設備として注目される。竜洋地区の竜洋海洋公園(総合公園・221,722㎡)は市内で最も広い公園であり、施設ガイドには入浴施設や休憩施設を備えた「レストハウス」の記載がある。広大な敷地の中に休息の拠点が明示されていることは、広い公園ほど安全基地としての大人の位置が子どもの探索範囲全体から見通しにくくなりうるという課題に対する一つの答え方だと読むこともできるが、これも推測の域を出ない。
9.3 通いやすさと「慣れ」の広がり
第4節で述べたように、公園への「慣れ」は探索の範囲を広げる条件の一つである。磐田市の公園のうち、市の施設ガイドに個別ページがある77園、駐車場について有りの記載や当サイトでの判定がある33園という数字は、家族が同じ公園に繰り返し通いやすいかどうかにも関わると考えられる。徒歩圏の街区公園には自宅から歩いて通うことで慣れが積み重なりやすく、駐車場のある近隣公園や地区公園、総合公園には、少し離れた場所からでも家族の行事として繰り返し訪れることで慣れが積み重なりやすいという、異なる形の「通いやすさ」が想定できる。磐田市の公園が街区公園を中心としつつ、種別ごとに規模の異なる公園を含んでいる構成は、日常的な慣れと、たまの遠出的な慣れの両方を、家族が使い分けられる可能性を示している。もっとも、これも施設ガイドの記載からの推測であり、実際にどの公園にどのくらいの頻度で通われているかは、当サイトが把握できる情報の外にある。
9.4 踏査で確かめるべきこと
本稿の対応づけは、いずれも市のオープンデータと施設ガイドの記載から読み取れる範囲にとどまる。ベンチの実際の位置、そこからの見通しの良し悪し、日陰の有無、複数の家族が同時にいるときの過ごし方といった、安全基地の成立条件に直結する事柄の多くは、現地を歩いて確かめなければわからない。オープンデータの集計では、トイレ有が69園、車いす対応トイレ有が34園、砂場有が43園、遊具有が64園である一方、ベンチや見通しに関する情報は、当サイトが現時点で参照できる資料には含まれていない。9地区の園数には見付21園・豊田28園から南部・向陽の各2園まで偏りがあり、この偏りが地区ごとの公園への「慣れやすさ」にどう影響するかも、あわせて検討すべき課題である。当サイトの現地踏査はこれからであり、本節で述べた対応づけは、踏査で確かめるべき仮説の一覧として位置づけたい。
註:本節の園名・面積・種別・設備の記載はすべて磐田市オープンデータ「都市公園一覧」および市施設ガイドによる。公園の管理は磐田市都市整備課(電話 0538-37-4806)が所管する。
10. 結論と今後の課題
本稿は、ボウルビィの愛着理論とエインズワースの安全基地・安全な避難所という二つの機能を手がかりに、公園で子どもが大人から離れては戻る往復運動を読み解いてきた。第3節と第4節で見たように、この往復運動は、探索行動と愛着行動という二つの行動系が絶えず均衡を取り合う、目的を持った動きである。大人の役割は、子どもを常にそばに留め置くことでも、逆に早く一人にさせようと突き放すことでもなく、離れることと戻ることの両方を受け止める、いわば「動く基地」であり続けることにある。子どもが遠くまで探索し、また安心して戻ってこられるかどうかは、大人がその場にいることだけでなく、必要なときに気づき、応じられるという応答性、そしてベンチの位置や見通しといった物理的な条件の両方によって支えられている。
10.1 本稿の主張の要点
本稿の主張を三点にまとめる。第一に、公園における離れて戻る往復運動は、安全基地からの探索と、安全な避難所への帰還という、愛着理論が示す二つの機能が同時に働いている姿として理解できる。第二に、エインズワースのストレンジ・シチュエーション法とそこから導かれた愛着のタイプ分類は、集団を比較するための研究上の道具であり、目の前の一人の子どもを評価し値踏みするための物差しとして用いるべきではない。分類そのものよりも、その背後にある安全基地・安全な避難所という考え方の方が、日々の見守りにとって実用的である。第三に、大人が安全基地として機能できるかどうかは、対人関係の応答性だけでなく、ベンチの位置や見通し、公園の広さや囲いといった物理的な環境の条件にも左右されるため、公園を計画し管理する側にとっても、この視点は無関係ではない。
10.2 限界
本稿にはいくつかの限界がある。第一に、本稿が依拠した理論と研究の多くは、欧米の核家族を対象とした実験室での観察、あるいは家庭訪問による観察から得られた知見であり、第8節で述べたように、日本の育児文化、とりわけ公園という開かれた屋外の共有空間にそのまま当てはまるとは限らない。第二に、本稿は文献整理と概念分析にとどまり、磐田市の公園における実際の親子の行動を観察したものではない。第9節で述べた対応づけは、市のオープンデータと施設ガイドの記載から導いた仮説であり、実際にその通りであるという証拠ではない。第三に、愛着理論そのものが対象とするのは主に乳幼児期であり、就学後の子どもと大人の関係、あるいは仲間同士の関係については、本稿では十分に扱えていない。
10.3 公園を計画し管理する立場への含意
本稿は主に、公園で子どもを見守る保護者や地域の関係者を念頭に書かれているが、第7節で述べた環境の条件は、公園を計画し管理する行政の立場にも関わる。遊具や砂場の配置だけでなく、そこから見渡せる位置にベンチや休憩の場があるか、日差しや雨をしのげる場所があるか、公園の境界がどの程度囲われているかといった要素は、大人が安全基地・安全な避難所として機能しやすいかどうかを左右しうる。これらは遊具の安全基準とは異なる次元の配慮であり、既存の公園の点検や、将来の改修の際に、あわせて検討する価値のある視点だと考えられる。ただし、本稿はこの視点を提案するにとどまり、磐田市の個々の公園の設計を評価するものではない。
10.4 今後の課題
今後の課題は大きく三つある。第一に、当サイトの今後の現地踏査を通じて、磐田市の公園のベンチの位置、遊具からの見通し、日陰の有無といった、安全基地の成立条件に関わる物理的な特徴を、園ごとに確かめていくことである。第二に、探索と愛着の均衡が年齢によってどう現れ方を変えるかについて、本稿で示した目安を、実際の観察や関連分野の知見と照らし合わせながら精緻化していくことである。この点では第6節で触れた発達心理学の知見との接続が有効だろう。第三に、公園という複数の家族が同席する場所に固有の、緩やかな見守り合いの実態——大人同士の視線や声かけがどの程度、どのような形で子どもの安全基地を支えているか——を検討することである。これらはいずれも、本稿の文献整理だけでは答えられない、今後の観察と対話を通じて明らかにされるべき課題である。
参考文献
- ジョン・ボウルビィ(1969)『母子関係の理論I 愛着行動』(黒田実郎ほか訳、岩崎学術出版社、新版1991)
- ジョン・ボウルビィ(1973)『母子関係の理論II 分離不安』(黒田実郎ほか訳、岩崎学術出版社、1977)
- ジョン・ボウルビィ(1988)『母と子のアタッチメント 心の安全基地』(二木武監訳、医歯薬出版、1993)
- メアリー・エインズワース、メアリー・ブレア、エヴェレット・ウォーターズ、サリー・ウォール(1978)『Patterns of Attachment: A Psychological Study of the Strange Situation』(Lawrence Erlbaum Associates)
- メアリー・エインズワース(1967)『Infancy in Uganda: Infant Care and the Growth of Love』(Johns Hopkins University Press)
- L・アラン・スルーフ、エヴェレット・ウォーターズ(1977)「Attachment as an organizational construct」Child Development 48
- メアリー・メイン、ジュディス・ソロモン(1986)「Discovery of an insecure-disorganized/disoriented attachment pattern」(T. B. Brazelton, M. W. Yogman編『Affective Development in Infancy』所収、Ablex)
- 高橋惠子(1990)「Are the key assumptions of the 'Strange Situation' universal? A view from Japan」Human Development 33
- マリヌス・ヴァン・アイゼンドールン、ピーター・クローネンバーグ(1988)「Cross-cultural patterns of attachment: A meta-analysis of the strange situation」Child Development 59
- ハリー・ハーロウ(1958)「The nature of love」American Psychologist 13
- ジョン・ボウルビィ(1951)『Maternal Care and Mental Health』(WHO Monograph Series No.2、世界保健機関)
- ジェームズ・F・ソース、ロバート・N・エムディ、ジョセフ・J・キャンポス、メアリー・D・クリネルト(1985)「Maternal emotional signaling: Its effect on the visual cliff behavior of 1-year-olds」Developmental Psychology 21
- エリザベス・メインズほか(2001)「Rethinking maternal sensitivity: Mothers' comments on infants' mental processes predict security of attachment at 12 months」Journal of Child Psychology and Psychiatry 42
- マイケル・ラター、イングランド・ルーマニア養子研究チーム(1998)「Developmental catch-up, and deficit, following adoption after severe global early privation」Journal of Child Psychology and Psychiatry 39
- ルドルフ・シャファー、ペギー・エマーソン(1964)「The development of social attachments in infancy」Monographs of the Society for Research in Child Development 29
- 国土交通省「都市公園における遊具の安全確保に関する指針(改訂第3版)」(令和6年6月)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。