自然科学・環境気候変動適応

暑くなる街で公園にできること——緩和と適応、そして限界

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:気候変動適応 公開・更新 2026-08-17 本文 約20,845字 読了目安 38分

要旨

本稿の目的は、気候変動対策の二本柱である緩和(mitigation・温室効果ガスの排出削減)と適応(adaptation・気候変動の影響への備え)を区別したうえで、都市公園という身近な施設が、それぞれの柱にどう位置づけられるのかを整理することである。方法は文献整理と概念分析であり、独自の気温観測や現地調査には基づかない。平成30年(2018年)に成立した気候変動適応法と、そこに定められた地域気候変動適応計画という制度、そして緑や水を防災・環境の基盤として捉え直すグリーンインフラという考え方を手がかりに、緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道という四つの適応策の要素を公園に当てはめて検討する。

検討の結果、公園が緩和にもたらす寄与(樹木による二酸化炭素の吸収など)はごくわずかであるのに対し、適応の物差しで見れば、緑陰や蒸発散は屋外で過ごす時間の質を確かに改善しうるという見通しが得られた。ただし、その効果は公園の敷地にとどまる「点」の効果であり、都市全体の気温を動かす「面」の効果ではない。多数の小さな公園が徒歩圏に配置されることで、はじめて点の集合が面としての意味を帯びうる。また、公園による適応はグレーインフラ・建築的適応・行動的適応の代替ではなく補完であり、危険な高温の日には屋外活動そのものを控える判断が必要になる場合があること、その判断は医療機関・関係機関の情報に従うべきことを本稿は強調する。

最後に、磐田市の都市公園100園を種別・面積・地区・設備の記載から読み直し、街区公園51園を中心とする「点」の分布と、竜洋海洋公園のような大規模公園が担いうる「面」的な機能の違いを示す。ただし当サイトの現地踏査は始まったばかりであり、樹冠の量や日陰の実際の広さ、磐田市の地域気候変動適応計画の内容は、本稿では確認できていない今後の課題として残す。

キーワード緩和適応気候変動適応法グリーンインフラ地域適応計画熱ストレス磐田市

1. はじめに——問題の所在

近年、盛夏の公園遊具が素手では触れないほど熱くなることや、日中の外遊びを控えるよう呼びかける記事を目にする機会が増えた。夏はいつの時代も暑かったが、単発の猛暑ではなく、平均気温そのものが底上げされ、暑い日が長く続くようになったという認識が、気象学や環境行政のあいだで共有されるようになっている。この変化を前にして、公園という身近な施設に何ができるのか、あるいは何もできないのか、という問いが本稿の出発点である。

こうした変化は、磐田市に限らず、日本各地の地方都市で共通して観察されている傾向であるとされる。海に近く、平野部が広がる磐田市のような土地でも、都市化にともなって舗装面が増え、緑地が住宅地や道路に置き換わっていけば、地表面が受け止める熱の量や、それを逃がす仕組みは、農地や山林が中心だった時代とは変わってくる。公園という緑の空間を気候変動という大きな文脈の中でどう位置づけるかを考えることは、磐田市のような地方都市にとっても無縁の問いではない。

気候変動対策には、性格の異なる二本の柱がある。一つは緩和(mitigation)——温室効果ガスの排出そのものを減らし、気候変動の進行を遅らせる取り組みである。もう一つは適応(adaptation)——気候変動がすでにもたらしている、あるいはこれからもたらす影響に備え、被害を小さくする取り組みである。この二つは対立するものではなく、日本の気候変動対策も両輪として組み立てられている。しかし公園について語られるとき、この区別はしばしば曖昧なまま「公園の木は涼しい」という一文に集約されてしまいがちである。

この二分法を公園という対象に適用しようとする試みは、必ずしも数多く蓄積されているわけではない。都市の緑地を気候変動対策の文脈で論じる議論の多くは、緩和と適応のどちらか一方に焦点を絞るか、あるいは両者を厳密に区別せずに「緑は気候変動対策になる」と一括して論じる傾向がある。本稿は、あえてこの区別を出発点に据えることで、公園という限られた資源にどこまでを期待してよいかを、より明確に線引きすることを試みる。この線引きは、公園の緑を軽視するためではなく、過大な期待による失望や、過小な評価による放置のどちらも避けるために必要な作業である。

気温の底上げ緑のはたらき緩和と適応
図1温室効果ガスを減らす緩和と、影響に備える適応という二本の柱に、公園という身近な施設を当てはめ直すのが本稿の課題である。

本稿の問いは三つである。第一に、公園を緩和と適応という二つの枠組みに分けて考えたとき、それぞれにどう位置づけられるのか。第二に、平成30年(2018年)に成立した気候変動適応法と、そこに定められた地域気候変動適応計画という制度は、公園という施設をどう扱いうるのか。第三に、緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道といった、いわゆるグリーンインフラとしての適応策は、公園において現実にどれほどの規模の効果を持ち、どこに限界があるのか。

本稿がこの問いを扱う意義は、公園という施設が、専門家だけでなく一般の利用者にとっても身近な存在であるという点にもある。堤防や下水道の設計を日常的に意識する住民は少ないが、公園は誰もが訪れ、暑さや涼しさを肌で感じる場所である。気候変動適応という、ともすれば抽象的で遠い政策課題を、身近な公園という窓を通して具体的に理解する手がかりを提供することも、本稿のねらいの一つである。

方法は文献整理と概念分析であり、独自の気温観測や現地調査には基づかない。本稿を掲載する当サイト(ATAWI PARK)は磐田市の都市公園100園のデータベースであるが、現地踏査はこれから始まる段階であり、各園の樹冠の量や日陰の位置といった実測にかかわる論点は、今後の踏査課題として明示的に切り分ける。また、暑さが心身に及ぼす影響についての判断は本稿の範囲を超える医学的・専門的な事柄であり、最終的な判断は医療機関・関係機関に委ねるべきものである。

1.2 なぜ「気候変動適応」という視点が要るのか

公園と暑さの関係を論じる視点は一つではない。地表面の熱収支や樹冠の日射遮蔽といった物理的な仕組みを扱うのは都市気候学であり、暑さが人体に及ぼす負荷を扱うのは生気象学である。これらはいずれも「なぜ涼しくなるのか」という仕組みを明らかにする視点である。これに対し本稿が採る気候変動適応の視点は、仕組みそのものよりも、その仕組みを社会がどう位置づけ、どの制度のもとで、どこまでの規模で活用しようとしているのかという枠組みを問う視点である。気候変動適応法という法律や、地域気候変動適応計画という制度、グリーンインフラという政策上の言葉は、いずれも物理現象そのものではなく、物理現象を社会がどう扱うかという制度の話である。

この違いは些細なものではない。ある公園の樹木が実際にどれだけ気温を下げるかは観測してはじめてわかることだが、その樹木を「適応策」として維持する予算をつけるかどうか、公園の緑を地域気候変動適応計画に位置づけるかどうかは、観測結果を待たずに決められる政策判断である。本稿は、この政策判断の土台にある概念——緩和と適応の区別、代替と補完の区別、点と面の区別——を整理することに主眼を置く。物理的な仕組みの詳細は、都市気候学や生気象学を扱う別稿に譲る。

1.3 本稿が扱わない論点

本稿は、気候変動が進行しているという科学的な知見を前提とし、その原因の特定やペースをめぐる論争には立ち入らない。また、緩和策の柱である排出量取引や炭素税といった経済的な制度設計、エネルギー政策全般についても、公園という対象からは離れるため扱わない。本稿が扱うのは、気候変動への対応が国・自治体の課題として制度化されているという前提のもとで、公園という一つの身近な施設が、その制度のなかでどう位置づけられ、どこまでの役割を担いうるかという、限定された問いである。

1.1 本稿の構成

第2節で緩和と適応の概念史とグリーンインフラの系譜を整理する。第3節で公園を緩和と適応それぞれの枠組みに当てはめ、第4節でグリーンインフラとしての適応策を緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道の四類型に分けて検討する。第5節で公園の適応機能の現実的な規模を、第6節で「公園にできることは焼け石に水ではないか」という反論への応答を論じる。第7節でグレーインフラ・建築的適応・行動的適応と公園を比較し、第8節で磐田市の公園100園への示唆を、第9節で結論と今後の課題を示す。読者としては磐田市周辺の子育て世代、行政や地域活動の関係者、公園に関心をもつ学生を想定し、専門用語は初出のたびに説明する。

2. 先行研究と概念の整理——緩和と適応、グリーンインフラという言葉

緩和と適応という二分法は、気候変動対策の国際的な枠組みのなかで確立されてきた。1992年に採択された国連気候変動枠組条約は、温室効果ガス濃度の安定化という緩和の目標を掲げる一方で、気候変動の悪影響への適応の必要性にも言及している。その後、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書が版を重ねるごとに、適応は緩和の次善の策ではなく、緩和とならぶもう一つの柱として位置づけられるようになった。2023年のIPCC第6次評価報告書統合報告書も、両者を組み合わせた対策の必要性を確認している。

日本国内では、温室効果ガスの排出削減という緩和の側面は、地球温暖化対策の推進に関する法律などの既存の枠組みが担ってきた。これに対し適応の側面を正面から扱う法律として、平成30年(2018年)に気候変動適応法が成立した。同法は、国に気候変動適応計画の策定を義務づけるとともに、都道府県及び市町村に対しては、地域の状況に応じた地域気候変動適応計画の策定を促す規定を置いている。

これは、適応が国全体で一律に進めるものではなく、地域ごとの気候・地形・暮らし方に応じて具体化されるべき取り組みであるという考え方の表れである。公園という施設が適応の担い手になりうるとすれば、それはこの「地域ごとの具体化」という文脈のなかでのことになる。

2.1 緩和と適応、それぞれの代表例

緩和と適応の区別を具体的にイメージするために、公園を離れた一般的な例を挙げておく。緩和の代表例としては、再生可能エネルギーの導入や省エネルギー性能の高い機器への切り替え、電気自動車の普及などが挙げられる。これらはいずれも温室効果ガスの排出量そのものを減らすことを目的とする。これに対し適応の代表例としては、高潮に備えた防潮堤のかさ上げ、渇水や高温に強い農作物の品種への転換、都市部の熱中症対策などが挙げられる。これらは排出量を減らすのではなく、すでに変化した、あるいはこれから変化する気候のもとで被害を小さくすることを目的とする。公園の緑陰や雨水貯留は、この後者、すなわち適応の系列に連なる取り組みである。

2.2 グリーンインフラという言葉の来歴

緑や水を、災害や気候への備えとして積極的に位置づける考え方は、グリーンインフラという言葉のもとで広まってきた。マーク・ベネディクトとエドワード・マクマホンは2006年の著書で、緑地・水系のネットワークを、コンクリートや鋼でつくる従来の都市基盤(グレーインフラ)と並ぶ、もう一つの基盤として捉え直す考え方を提示した。日本では国土交通省が令和元年(2019年)に「グリーンインフラ推進戦略」を公表し、公園・緑地・水辺を防災・減災や環境の観点から捉え直す動きが本格化した。公園が適応策の担い手として語られるようになったのは、この文脈においてである。

観点緩和(Mitigation)適応(Adaptation)
対象温室効果ガスの排出そのもの気候変動がもたらす影響
時間軸とスケール長期的・地球規模で効いてくる目前の・地域規模で効いてくる
公園に当てはめると樹木による二酸化炭素の吸収など、量としてはわずか日陰・水・風の通り道など、体感としては意味を持ちうる
2018年成立地域ごとの計画段階を踏む
図2気候変動適応法は市町村に地域気候変動適応計画の策定を促す。公園の適応機能は、この地域ごとの具体化のなかに位置づけられる。

表に示した対比が、以下の議論の土台になる。公園を語るとき、緩和の文脈で語るか適応の文脈で語るかによって、期待してよい効果の大きさも、評価の物差しも変わる。この区別を曖昧にしたまま「公園の木は涼しい」と言うだけでは、過大評価にも過小評価にもつながりかねない。なお、地域気候変動適応計画は都道府県及び市町村の努力義務にとどまり、すべての自治体が同じ内容・同じ精度で策定しているわけではないとされる。この制度が努力義務にとどまっているという事実そのものが、公園を含む地域の緑をどこまで適応策として位置づけるかが、地域ごとの判断に委ねられていることを示している。

2.3 適応策の分類——構造的・社会的・制度的

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書は、適応策を大きく、堤防や貯留施設のような構造的・物理的な手段、住民の行動や地域の助け合いにかかわる社会的な手段、計画や規制、情報提供にかかわる制度的な手段という三つの型に整理する見方を示している。この分類にならえば、公園の緑陰や雨水貯留は構造的・物理的な手段の一種であり、暑い時間帯を避けるという行動の工夫は社会的な手段、地域気候変動適応計画に緑地の維持を位置づけることは制度的な手段にあたる。

この三分類は、本稿が第7節でグレーインフラ・建築的適応・行動的適応と公園を比較する際の土台にもなる。公園という一つの施設が、構造的な手段でありながら、その利用のされ方は行動的な手段とも結びつき、さらに計画への位置づけという制度的な手段の対象にもなるという、複数の型にまたがる性格を持つことを、あらかじめ確認しておきたい。次節では、まず緩和の物差しから公園を検討する。

3. 公園は緩和に何をもたらすか——小さな、しかし無視できない寄与

公園を緩和の文脈で語るとき、まず挙げられるのは樹木による二酸化炭素の吸収である。樹木は光合成の過程で大気中の二酸化炭素を取り込み、幹や枝に炭素として蓄える。公園に植えられた樹木の一本一本は、この意味で緩和に寄与していると言える。しかし、その量を都市全体、あるいは一世帯の年間の排出量と比べたとき、公園の樹木が吸収できる量はごくわずかであるという評価が一般的である。一つの街区公園、まして都市緑地のような小さな緑地が担いうる緩和の量は、気候変動という地球規模の課題の前では限定的なものにとどまる。

同様の指摘は、都市緑化全般についてもしばしばなされる。街路樹や屋上緑化、壁面緑化といった取り組みも、一本一本、一区画一区画で見れば緩和への寄与はわずかであり、公園の樹木だけが特別に小さいわけではない。むしろ、都市の中の緑という緑を寄せ集めても、産業部門やエネルギー部門の排出削減という大きな取り組みと比べれば、その総量は限定的だと理解しておくことが、緩和という論点における現実的な出発点になる。

これは公園の緑を軽んじる指摘ではなく、緩和という物差しの性格を確認しているにすぎない。緩和の効果は排出削減の総量として積み上げられ、地球全体の気温上昇のペースに効いてくるものであり、一つの施設の効果を単体で語ることにはあまり意味がない。発電や輸送の仕組みの転換といった大きな取り組みと比べれば、公園一つの緑がもたらす緩和の量は、文字どおり誤差の範囲に近い。

このように緩和の物差しを厳格に当てはめると、公園の緑にはあまり期待できないという結論になりやすい。しかし、この結論だけを取り出して「公園の緑は気候変動対策として無意味だ」と述べるのは早計である。緩和という一つの物差しで測ってわずかだったからといって、別の物差しで測っても同じようにわずかだとは限らない。次に、その別の物差しを検討する。

3.1 適応の物差しでは評価が変わる

ところが、同じ公園の緑を適応の物差しで見ると、評価は変わってくる。適応は、地球全体の気温上昇のペースを変えることを目指すのではなく、いま・ここで人が受ける影響を和らげることを目指す取り組みである。この物差しのもとでは、一本の木陰が真夏の昼下がりに子どもを直射日光から守るという効果は、「わずか」ではなく「その場にいる人にとって意味のある」効果として評価される。適応の効果は緩和と違って合算されて地球規模に効くわけではないが、その公園を使う人にとっては具体的で、しかも今日から効いてくる。

吸収は微量大気は広い日陰は今日効く
図3樹木の二酸化炭素吸収は緩和としては微量だが、木陰の効果は適応の物差しでは今日その場にいる人に届く。

この対比は、公園にできることを過大にも過小にも評価しないために重要である。公園を緩和の切り札のように語ることは誇張であるが、だからといって公園の緑に意味がないということにはならない。緩和と適応という二つの物差しを使い分けることで、公園の緑がどのスケールでどのような意味を持つのかを、より正確に語ることができる。

3.2 樹齢という見落とされやすい変数

緩和の議論では見落とされやすいが、樹木が吸収する二酸化炭素の量は樹齢や生育の段階によって大きく異なるとされる。植えたばかりの若木は幹も枝も細く、吸収する量はわずかであり、緩和にせよ適応にせよ、目に見える効果が現れるまでには長い年月を要する。これに対し、すでに公園に根づいている大径木は、幹の太さに応じてより多くの炭素を蓄えており、伐採してしまえばその蓄積は失われる。この事実は、新しく木を植える計画と同じくらい、いま公園に立っている木をどう維持するかという管理の問題が、緩和と適応の双方にとって重要であることを示している。

この点は、樹木の管理を専門に扱う樹木学(樹木医学)の領域とも重なる。倒木や枝折れの危険を避けるための剪定・伐採と、緩和・適応の観点からの樹木の維持とは、時に相反する判断を迫ることがある。安全のための伐採か、気候変動対策としての保全か、という個別の判断は、本稿の範囲を超える専門的な事柄であり、樹木医など専門家の関与のもとで個別に検討されるべきものである。

3.3 国の温室効果ガス算定との関係

緩和の議論をさらに正確にするために、国全体の温室効果ガス排出・吸収の算定という視点も付け加えておきたい。日本の温室効果ガス排出・吸収量の算定において、吸収源対策として位置づけられ、国の削減目標の達成に直接組み込まれるのは、主として森林であるとされる。都市公園に植えられた樹木は、生物として二酸化炭素を吸収している事実に変わりはないが、国全体の削減目標の算定という会計の仕組みのなかに、通常は組み込まれていないと一般に理解されている。この点も、公園の緑を緩和策として過大に位置づけないための材料となる。

この事実は、公園の緑に意味がないことを示すものではない。むしろ、緩和という国全体の会計の外にあるからこそ、公園の緑は、適応という、より身近で具体的な物差しのもとで語られるべき対象であることを裏づけている。以下の第4節では、この適応の物差しに焦点を絞り、グリーンインフラとしての公園が担いうる適応の機能を、緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道という四つの要素に分けて具体的に検討する。

4. グリーンインフラとしての適応策——緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道

4.1 緑陰——日射を遮る

緑陰は、樹冠が日射を遮ることで、その下の空間の放射環境を改善するはたらきである。直射日光を遮ることで、地表面や遊具の表面温度の上がり方が抑えられ、そこに立つ人が受ける熱の量も減るとされる。公園における緑陰は、並木や築山の樹木、あるいは東屋のような屋根つきの休憩施設によって生まれる。この点は都市気候学の観点からも詳しく論じられる論点であり、仕組みの詳細は別稿に譲るが、適応策としては最も直接的でわかりやすい要素である。

緑陰の効果は、樹木の種類によっても違いがあるとされる。夏に葉を茂らせ冬に葉を落とす落葉樹は、暑い季節には日射を遮り、寒い季節には日射を通すという、季節に応じた使い分けができる点で公園に向くと言われる一方、一年を通じて葉をつける常緑樹は、季節を問わず安定した緑陰を提供する。どちらが優れているというより、休憩施設の位置や利用の多い季節に応じて、適した樹種が異なるという理解が実務的には妥当であろう。

4.2 蒸発散——水を蒸発させて熱を逃がす

蒸発散は、葉や土、水面から水が蒸発する際に周囲の熱を奪う現象である。芝生や植栽帯、水遊びの設備がある公園は、乾いた舗装だけの空間に比べて、この蒸発散のはたらきが大きいとされる。今之浦公園のようなじゃぶじゃぶスポットや噴水広場、豊田香りの公園のように季節を限って稼働するカスケード(滝)といった水の設備は、遊びの場であると同時に、蒸発散を通じて周囲の空気をわずかに冷やす仕組みでもある。

ただし蒸発散のはたらきは、植栽や芝生の管理状態に左右されるとされる。水を失って乾いた芝生や踏み固められて根が張れない土は、青々と茂った芝生に比べて蒸発散のはたらきが弱まると考えられる。つまり緑陰が「そこに木があるかどうか」でおおむね決まるのに対し、蒸発散は「その緑がどれだけ健全に管理されているか」という維持管理の質に、より敏感に左右される機能だと言える。

4.3 雨水貯留・浸透——降った雨をためて、しみ込ませる

雨水貯留・浸透は、公園の土や窪地、あるいは意図的に設けられた貯留施設が、降った雨を一時的にため、少しずつ地面にしみ込ませるはたらきである。この機能は主に洪水や浸水への適応にかかわるが、気候変動によって短時間強雨の頻度が増えるという見通しのもとでは、これも広い意味での気候変動適応の一部として位置づけられる。河川敷の公園や、流れをもつ公園は、この機能を担う候補地になりうる。

この機能もまた、土壌の状態に依存する。人が繰り返し歩いたり運動したりして踏み固められた土は、雨水を通しにくくなり、浸透の機能が弱まるとされる。広場や運動場として使われる公園と、植栽が中心の公園とでは、同じ「土のある公園」でも雨水を受け止める力に違いが生まれうるという点は、雨水貯留・浸透という機能を評価するうえで留意すべき点である。

4.4 風の道——空気の通り道をつくる

風の道は、建物が密集した市街地の中に、公園や水辺のような開けた空間があることで、空気が滞留せず流れる通り道が生まれるという考え方である。特定の一つの公園が単独で風の道になるわけではなく、公園・道路・河川敷といった開けた空間が連なることで、はじめて意味のある通り道になるとされる。この点で風の道は、緑陰や蒸発散のように一つの公園の中で完結する機能ではなく、都市の配置全体にかかわる機能である。

したがって風の道は、四つの要素のなかでもっとも都市計画的な性格が強い。一つの公園の管理者の努力だけでは成り立たず、周辺の建物の高さや配置、道路や河川敷とのつながりといった、公園の外側の条件に左右される。この違いは、次の第5節で述べる「点」と「面」という区別とも重なっており、風の道はもっとも「面」寄りの機能であると言える。

適応の要素仕組み公園における現れ方
緑陰樹冠が日射を遮る並木・築山の樹木、屋根つきの休憩施設
蒸発散葉・土・水面からの蒸発が熱を奪う芝生広場、植栽帯、水遊びの設備
雨水貯留・浸透土や窪地が雨水を一時的にためる・しみ込ませる河川敷の公園、流れのある公園
風の道開けた空間が空気の通り道になる公園・道路・河川敷の連なり
緑陰蒸発散雨水貯留風の道
図4緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道という四つの要素が、公園という場所でグリーンインフラとしての適応策を形づくる。

この四つの要素は互いに独立ではなく、一つの公園のなかで重なり合って現れることが多い。たとえば水辺のある広場に木陰があれば、緑陰と蒸発散が同じ場所で重なり、その水辺が雨天時にはあふれた雨水を受け止める窪地としても機能していれば、雨水貯留の要素も加わる。逆に言えば、四つの要素すべてを一つの公園に詰め込む必要はなく、公園の立地や既存の設備に応じて、どの要素を伸ばすかを選ぶという考え方も成り立つ。

四つの要素をどこまで整備するかは、公園の目的や規模によっても変わってくる。遊具中心の小さな街区公園に無理に貯留施設を設けるよりも、その公園では緑陰を中心に考え、雨水貯留は河川敷の広い公園に委ねるといった、公園ごとの役割分担も一つの考え方である。すべての公園がすべての機能を等しく備える必要はなく、市全体としてどの機能をどこに配置するかという視点も、グリーンインフラの議論では重視される。

また、四つの要素はいずれも、公園を新しくつくるときだけでなく、既存の公園を維持管理するなかでも意識できる観点である。新設が難しい既存の街区公園であっても、植栽の水やりや土の踏み固めへの配慮、既存の樹木を大切に育てるといった日常的な管理の積み重ねが、緑陰や蒸発散のはたらきを長く保つことにつながるとされる。適応策としての公園は、大がかりな整備事業だけでなく、日々の手入れの延長線上にもある。

四つの要素を並べて見ると、緑陰・蒸発散・雨水貯留は公園という一つの敷地の中でおおむね完結する機能であるのに対し、風の道だけが公園の外との連なりを必要とする、性格の異なる機能であることが改めて確認できる。この違いは、公園の管理者が単独で手当てできる範囲と、都市計画のようなより広い調整を必要とする範囲とを分ける目安にもなる。次節では、これらの要素が公園という限られた面積のなかで、どれほどの規模の効果を持ちうるのかという、規模の現実に議論を進める。

5. 公園の適応機能の現実的な規模——「点」ではなく「面」として

グリーンインフラとしての適応機能を認めたとしても、次に問われるべきは、その効果がどれほどの規模で生じるかという現実的な評価である。ここで重要なのは、一つの公園がもたらす効果は、その公園の敷地の中だけにとどまる「点」の効果であって、都市全体の気温を下げるような「面」の効果ではない、という理解である。

磐田市の公園100園は、面積の面で大きな幅を持つ。竜洋海洋公園のように221,722平方メートルにおよぶ総合公園がある一方で、二之宮東第2緑地のように17平方メートルという、住宅の庭ほどの広さしかない都市緑地もある。街区公園の標準面積は0.25haとされ、これは2,500平方メートルに相当する。この幅のなかで、緑陰や蒸発散が及ぼす効果の届く範囲は、公園の規模に応じて大きく異なる。小さな都市緑地一つの緑陰が涼しくできるのは、その木の下に立つ一人か二人の範囲にとどまり、周辺の街区全体の気温を動かすには至らない。

5.1 面としての配置という考え方

一方で、街区公園が磐田市に51園、都市緑地が10園というように、多数の小さな緑の点が市内に散らばっているという事実には、それ自体の意味がある。一つ一つの点は小さくても、それが徒歩圏ごとに配置されていれば、暑い日に子どもや高齢者が短い距離で日陰にたどり着けるという、アクセスの面での適応効果を持つ。これは、大きな公園を一つ持つことと、小さな公園を数多く持つことでは、適応としての意味が異なることを示している。グリーンインフラの議論では、この「点の集合が面として機能する」という考え方がしばしば強調される。

面積の幅250mの標準面としての配置
図5一つの公園の効果は敷地の中にとどまる点の効果にとどまる。多数の小さな公園が徒歩圏に配置されることで、はじめて面としての意味を持つ。

したがって、公園の適応機能を評価するときには、個々の公園の緑陰や水遊びの設備だけでなく、それらが徒歩圏内にどれだけ配置されているか、という配置の密度を合わせて見る必要がある。磐田市の公園データでは、駐車場の記載または当サイトの判定で駐車場ありとされる園は100園中33園にとどまり、多くの公園、とりわけ街区公園は徒歩や自転車での利用を前提とした立地にある。この立地の性格は、適応策としての公園を「車で出かける涼しい場所」としてではなく、「歩いて行ける日陰」として捉え直す根拠になる。

さらに言えば、公園以外の緑——民有地の庭木や生垣、街路樹、農地——も同じ「点」として都市の中に散らばっている。公園はそのなかの一部にすぎず、公園だけを取り出して適応の全体像を語ることはできない。とはいえ公園は、民有地の緑と違って公共の管理下にあり、誰でも立ち寄れるという点で、行政が意図的に配置や維持を工夫できる数少ない「点」でもある。この点に、公園を適応の議論のなかで特に取り上げる意義がある。

5.2 時間帯による効果の違い

規模だけでなく、時間帯によっても適応機能の現れ方は異なるとされる。緑陰の効果は太陽が出ている日中に限られ、日が傾けば建物や樹木そのものの影が長く伸び、公園の中でも日なたと日陰の配置が刻々と変わる。蒸発散の効果も、光合成が活発な日中に強く、夜間には弱まるとされる。これに対し、開けた芝生地は夜間に空へ向けて熱を放散しやすく、日中とは異なる形で気温の変化に関わるとされる。同じ公園でも、朝・昼・夕方でどの機能が前面に出るかは変わりうるという理解は、公園の適応機能を一律に語らないために必要な視点である。

このことは、公園を訪れる時間帯の選び方という、利用者の側の行動的な工夫とも関わってくる。日射がもっとも強い時間帯を避けて、朝や夕方に公園を利用するという選択は、公園そのものの適応機能を変えるものではないが、その機能をより有効に受け取るための工夫であると言える。この論点は第7節で扱う行動的適応とも重なる。

5.3 効果の及ぶ範囲を数値化することの難しさ

公園の涼しさがどこまで届くかを、具体的な距離で示したくなるところであるが、本稿ではあえてその数値を挙げない。効果の届く範囲は、公園の樹木の量、周囲の建物の高さ、風の有無、測定した季節や時刻によって大きく変わるとされ、地域や条件を問わず成り立つ一つの確立した数値があるわけではない。安易に「およそ何メートル涼しくなる」と述べることは、条件によって大きく変わる現象を単純化しすぎる危険がある。本稿では、届く範囲を数値で示すことよりも、その効果が「点」にとどまりやすいという性格そのものを理解することを優先した。

この慎重さは、本稿全体を貫く姿勢でもある。磐田市の公園に関する数値は、種別・面積・地区・設備といった、オープンデータと施設ガイドに明記された事柄に限って用い、気温や体感にかかわる数値は、確立した目安がある場合を除いて用いない。この線引きを守ることが、本稿を確からしいものにするための最低限の条件であると考える。

6. 反論への応答——「焼け石に水」ではないか

ここまでの議論に対しては、当然、次のような反論がありうる。すなわち、公園の緑陰や蒸発散がもたらす効果は、都市全体を覆う気温上昇の前では焼け石に水であり、限られた予算や労力を公園の緑化に割くよりも、建物の断熱や冷房設備の普及といった、より確実な対策に注力すべきではないか、という反論である。

この反論には一理ある。第5節で確認したとおり、公園の適応機能は「面」ではなく多数の「点」の集合であり、都市全体の気温を測定可能なほど下げるとは限らない。冷房設備が室内の温度を確実に、しかも即座に下げるのに対し、公園の緑陰は屋外にいる間しか効果が及ばず、その効果の大きさも天候や風の有無に左右される。この意味で、公園の適応機能を冷房設備の代わりとして語ることは誤りである。

6.1 「代替」ではなく「補完」という位置づけ

しかし、この反論は、公園の適応機能を冷房設備の代替として評価している点で、問いの立て方そのものにずれがある。グリーンインフラの議論において公園に期待されているのは、建物の中の対策の代わりになることではなく、屋外で過ごさざるを得ない時間、あるいは屋外で過ごすことを選ぶ時間の質を、多少なりとも改善する補完的な役割である。人は一日じゅう冷房の効いた室内にとどまるわけではなく、通学・通勤・買い物・外遊びといった屋外の時間を必ず持つ。その屋外の時間において、日陰のある経路とない経路、水遊びのできる公園とできない公園の違いは、小さくない意味を持つ。

また、公園の緑は気候変動への適応だけを目的として存在しているわけではない。遊びの場、憩いの場、地域の顔合わせの場としての価値と、適応機能としての価値は重なり合っており、緑を維持する費用を「適応対策費」としてのみ評価するのは一面的である。公園という既存の施設が、その本来の役割を果たしながら、副次的に適応の機能も担っているという理解のほうが実態に近い。

焼け石に水?代替ではない補完としての価値
図6公園の適応機能は冷房設備の代替ではなく、屋外で過ごす時間の質を補完する役割として位置づけるのが妥当である。

「代替か補完か」という整理は、他の反論を検討する際にも繰り返し使える枠組みである。以下ではこの枠組みを使って、もう二つの反論に応答する。

6.2 別の反論——樹木の管理は負担ではないか

もう一つ想定される反論は、緑陰を担う樹木そのものが、維持のための負担を伴うというものである。大きく育った樹木は、台風や大雨の際に倒木や枝折れの危険を伴い、定期的な点検や剪定には費用と手間がかかる。適応策として緑を語るなら、この管理の負担も合わせて評価すべきだ、という指摘は正当である。

この指摘に対しても、代替か補完かという整理が有効である。樹木の管理は、緑陰という適応の便益を安全に受け取り続けるための必要経費であり、便益を否定する理由にはならない。むしろ、緑陰という便益と管理という費用の両方を勘定に入れたうえで、公園の緑をどう維持するかを判断することが、過大評価にも過小評価にも陥らない態度である。倒木の危険性の評価や剪定の要否といった個別の判断は、樹木医など専門家の関与のもとで検討されるべき事柄であり、本稿の範囲を超える。

6.3 「もっと木を植えればよい」という単純化への注意

反論の逆側には、「暑いのならば公園にもっと木を植えればよい」という、単純化した提案もありうる。しかしこの提案も、いくつかの制約を見落としがちである。街区公園の多くは国の標準で0.25ha程度と面積が限られており、遊具や広場、通路のための空間を確保しながら植えられる樹木の本数には限りがある。密に植えすぎれば見通しが悪くなり、周囲から死角が生まれやすくなるという、防犯の観点からの指摘もある。

また、根が伸びる余地の乏しい狭い植栽帯に木を植えても、生育が制限され、期待するほどの緑陰は得られないとされる。木を植えるという行為そのものは容易でも、その木が数十年後に十分な緑陰を提供する大径木に育つまでには長い年月と継続的な管理が必要であり、緩和の効果と同様、適応の効果もまた即効性のあるものではないことを踏まえておく必要がある。

ただし、この補完的な役割にも限界があることは繰り返し確認しておく必要がある。危険な高温の日には、公園の日陰や水遊びに頼るのではなく、屋外での活動そのものを控えるという判断が必要になる場合がある。その判断の基準や、個々の子どもの体調に応じた対応は、本稿の扱う範囲を超える医学的な事柄であり、判断は医療機関・関係機関の示す情報に従うべきものである。

7. グレーインフラ・建築的適応・行動的適応との比較

公園という緑の適応策の位置を明確にするために、他の適応の手段と並べて比較しておきたい。気候変動への適応は、公園の緑だけでなく、複数の種類の手段によって担われている。第2節で紹介したIPCCの三分類(構造的・物理的、社会的、制度的)に沿えば、以下で比較するグレーインフラと公園の緑はいずれも構造的・物理的な手段に属し、行動的適応は社会的な手段に属する。同じ構造的・物理的な手段のなかでも、グレーインフラと公園の緑がどう違うのかを、まず見ておく必要がある。

7.1 グレーインフラ——排水路・遊水池・堤防

一つは、コンクリートや鋼でつくられる従来型の都市基盤、いわゆるグレーインフラである。排水路や遊水池、堤防といった施設は、豪雨や洪水への適応において中心的な役割を担ってきた。グリーンインフラは、このグレーインフラを置き換えるものではなく、その負荷を和らげる補完として位置づけられることが多い。公園の雨水貯留機能も、堤防や下水道の代わりになるわけではなく、それらにかかる負荷を多少なりとも減らす役割にとどまる。

7.2 建築的適応——断熱・冷房・遮熱

もう一つは、建物そのものに手を加える建築的適応である。断熱性能の向上、冷房設備の普及、屋根や外壁の遮熱塗装といった対策は、屋内で過ごす時間の暑さを直接的に、しかも確実に和らげる。公園の緑陰と違い、天候や風向きに左右されにくいという点で、建築的適応は効果の確実性が高い。ただし、その効果は建物の内側に限られ、外出や通学、外遊びといった屋外の時間には及ばない。

7.3 行動的適応——服装・時間帯・休憩

三つめは、人の行動を変えることによる行動的適応である。日中の暑い時間帯を避けて外出する、日よけの帽子をかぶる、こまめに水分をとる、木陰で休憩を挟むといった行動は、費用をかけずに実行できる適応策であり、屋外での活動全般に及ぶ。ただし行動的適応は、実行するかどうかが個人の判断と努力にゆだねられ、制度として保証されたものではないという弱さも持つ。

適応の種類代表例強み限界
グレーインフラ排水路・遊水池・堤防豪雨への対応が確実建設・維持に費用と時間を要する
公園(グリーンインフラ)緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道屋外の時間の質を補完する効果が天候・立地に左右され、面として弱い
建築的適応断熱・冷房・遮熱塗装効果が確実で即座に及ぶ屋内に限られ、屋外の時間には及ばない
行動的適応服装・時間帯の調整・休憩費用をかけずに実行できる個人の判断と努力にゆだねられる
建築的適応グレーインフラ行動的適応
図7公園による適応は、グレーインフラや建築的適応、行動的適応と競合せず、それぞれ異なる時間と場所を分担する。

表からも読み取れるとおり、四つの手段はそれぞれ強みと限界を異にしており、単純な優劣をつけられるものではない。重要なのは、それぞれの手段がどの時間・空間を担うのに向いているかを見極め、互いの限界を補い合うように組み合わせることである。

7.4 組み合わせという発想——ハイブリッドインフラ

近年のグリーンインフラの議論では、グレーインフラと緑を対立させるのではなく、両者を組み合わせて設計するハイブリッドインフラという発想が語られるようになっている。堤防や貯留施設といったグレーインフラの容量を、公園や緑地の浸透・貯留機能で補い、必要なグレーインフラの規模を小さく抑える、あるいは同じ規模でもより大きな余裕を持たせる、という考え方である。この発想のもとでは、公園の緑は独立した対策としてではなく、既存のグレーインフラの性能を引き出すための一部として位置づけられる。

暑さへの適応についても、同様の組み合わせが考えられる。建物の冷房という建築的適応、日陰を選んで歩くという行動的適応、そして公園の緑陰というグリーンインフラは、いずれか一つを選ぶものではなく、通学路の途中に日陰があり、目的地では冷房が効いており、その間の行動を服装や時間帯で工夫する、というように、屋外から屋内までの一連の行程のなかで組み合わさって機能する。公園の位置づけを考えるときも、公園単体の効果を問うだけでなく、この一連の行程のなかでどこを担うのかという視点が有効である。

この比較から見えてくるのは、公園の緑がこれら他の手段と競合する関係にはなく、それぞれ異なる時間・空間を担っているという事実である。建物の中は冷房設備が、屋外の移動時間は服装や時間帯の工夫が、そして屋外に立ち止まる時間は公園の緑陰や水辺が、それぞれの持ち場で適応を担う。公園に期待すべきは、この持ち場のなかで確実に果たせる役割であり、それ以上でも以下でもない。

8. 磐田市の公園100園への示唆

ここまでの整理を、磐田市の都市公園100園に当てはめる。まず断っておかなければならないのは、当サイト(ATAWI PARK)の現地踏査はこれから始まる段階であり、各園の樹木の量や日陰の広さ、実際の風通しといった、適応機能を左右する具体的な条件は、現時点では確認できていないということである。以下に述べるのは、オープンデータと市の施設ガイドに記載された種別・面積・地区・設備の情報から読み取れる見通しであり、現地で確かめるべき仮説として位置づけたい。

磐田市の都市公園100園は、種別ごとに街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園、法対象外の公園6園に分かれる。第5節で述べた「点の集合が面として機能する」という考え方に照らすと、51園を数える街区公園は、磐田市における適応の「点」の主力である。国の標準では街区公園の誘致距離は250mとされ、これは徒歩数分の範囲を意味する。この密度が保たれていれば、暑い日でも近い日陰にたどり着ける範囲が市内に広く確保されていることになる。

8.1 面積の幅と適応機能の規模

面積の面では、竜洋海洋公園(総合公園・竜洋、221,722平方メートル)やかぶと塚公園(総合公園・見付、106,982平方メートル)のような大規模な公園から、二之宮東第2緑地(都市緑地・中泉、17平方メートル)のようにごく小さな緑地まで、大きな幅がある。第5節の議論に沿えば、大規模な公園は緑陰や風の道といった面としての適応機能を担いうる候補地であり、小規模な緑地は、その場に立つ人一人分の日陰を提供する点としての機能にとどまる。どちらが優れているかという序列の問題ではなく、規模に応じて期待してよい役割が異なるという理解が必要である。

水にかかわる設備を持つ園としては、今之浦公園(近隣公園・見付)のじゃぶじゃぶスポットや噴水広場、屋根付広場、安久路公園(地区公園・御厨)の流れ、豊田香りの公園(近隣公園・豊田)の季節運転のカスケードなどが、市の施設ガイドに記載されている。これらは遊びの設備であると同時に、第4節で述べた蒸発散による適応機能を併せ持つ設備として読み直すことができる。ただし、水温や稼働時間、実際に涼しさを感じられるかどうかは、当サイトの資料だけでは確認できず、今後の踏査課題として残る。

8.2 地区ごとの緑の点の分布

磐田市の9地区は、公園数に大きな差がある。豊田地区が28園と最も多く、見付地区が21園でこれに続き、中泉14園、御厨13園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園、南部と向陽が各2園となっている。適応の「点」の分布という観点から見ると、公園数の少ない地区は、それだけ徒歩圏の日陰の選択肢が限られている可能性があり、逆に公園数の多い地区でも、それぞれの公園の規模や設備には大きな差があるはずである。地区ごとの適応機能の実態を明らかにするには、公園数だけでなく、面積・樹木・水辺の有無を合わせて見る必要があり、これも現地踏査を待つ課題である。

とりわけ南部・向陽両地区は公園数が各2園にとどまり、適応の「点」の絶対数が他の地区に比べて少ない。これが実際に暑さへの備えの薄さを意味するのかどうかは、公園以外の緑(民有地の樹木、街路樹、農地など)や、住宅の密集度によっても左右されるため、公園数だけから結論づけることはできない。ただし、地区ごとの公園数という当サイトが持つデータそのものは、今後、地域気候変動適応計画のような政策文書と突き合わせて検討する際の出発点になりうる。

地区公園数
豊田28
見付21
中泉14
御厨13
竜洋13
福田4
豊岡3
南部2
向陽2
9地区面積の幅踏査待ちの情報
図8磐田市の公園100園は地区・面積の幅が大きく、適応機能の実態を確かめるには、オープンデータに加えて今後の現地踏査が要る。

地区ごとの公園数の差は、そのまま適応の点の密度の差として単純に読み替えられるものではないが、公園という公共の緑がどこに、どれだけ配置されているかを把握すること自体が、地域の適応を考えるうえでの基礎資料になる。

8.3 休憩施設という適応の周辺

第4節で述べた緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道という四つの要素のほかに、東屋や屋根つきの休憩施設も、行動的適応を後押しする周辺の設備として読み直すことができる。つつじ公園(風致公園・見付)には展示休憩室が、今之浦公園には屋根付広場が、それぞれ市の施設ガイドに記載されている。木陰と違って天候に左右されにくい屋根つきの空間は、暑い日に外出を完全にやめるのではなく、外出はしつつも休憩を挟むという中間的な行動的適応を支える設備として位置づけられる。

また、磐田市の公園データでは、オープンデータ94行のうちトイレのある園が69園、車いす対応トイレのある園が34園とされている。長い時間屋外で過ごすほど、水分補給や休憩の必要も増すことを踏まえれば、トイレのような基本的な設備の有無も、公園が適応の場としてどれだけ使いやすいかに間接的にかかわる。ただし、これらの設備が実際に日陰や風通しのよい位置にあるかどうかは、オープンデータからは読み取れず、今後の踏査で確かめるべき点である。

第2節で述べたとおり、気候変動適応法は都道府県及び市町村に地域気候変動適応計画の策定を促している。磐田市がこの計画をどのような形で策定し、そのなかで公園や緑地をどう位置づけているかについては、当サイトが参照している磐田市オープンデータおよび施設ガイドの記載範囲を超える事柄であり、本稿では確認できていない。これは磐田市の公園を気候変動適応の観点から論じるうえで本来欠かせない情報であり、今後確認すべき課題として明記しておく。

9. 結論と今後の課題

本稿は、緩和と適応という気候変動対策の二本柱を手がかりに、公園という身近な施設にできることとできないことを整理してきた。結論として得られた見通しは次のとおりである。第一に、公園が温室効果ガスの排出削減、すなわち緩和に寄与する量はごくわずかであり、公園の緑を緩和の切り札のように語ることは誇張にあたる。第二に、しかし公園を適応という別の物差しで見れば、緑陰・蒸発散・雨水貯留・風の道といったグリーンインフラとしての機能は、屋外で過ごす時間の質を確かに改善しうる。第三に、この適応機能は都市全体の気温を動かす「面」の効果ではなく、それぞれの公園の敷地にとどまる「点」の効果であるが、多数の点が徒歩圏に配置されることで、面としての意味を帯びうる。

第四に、公園による適応は、グレーインフラ・建築的適応・行動的適応といった他の手段の代替ではなく補完であり、それぞれが異なる時間と場所を分担するという位置づけが妥当である。そして第五に、危険な高温の日には、公園の日陰や水遊びに頼るのではなく屋外の活動そのものを控えるという判断が必要になる場合があり、その判断は医療機関・関係機関の情報に従うべきものである。

9.1 今後の課題

本稿には、文献整理と概念分析にとどまるという限界がある。第一に、磐田市の公園における樹冠の量、日陰の実際の広さ、水辺の水温や稼働状況といった、適応機能を左右する具体的な条件は、当サイトの現地踏査を待たなければ明らかにならない。第二に、磐田市が気候変動適応法にもとづく地域気候変動適応計画をどのように策定し、そのなかで公園・緑地をどう位置づけているかは、本稿で確認できておらず、今後の課題である。第三に、公園の適応機能を測定・評価する具体的な指標や手法の検討は、本稿の範囲を超えており、生気象学や都市気候学など隣接領域の知見を借りる必要がある。

9.2 隣接領域との協働という課題

本稿が扱った気候変動適応の枠組みは、それ単体で完結する学問ではない。緑陰や蒸発散という物理的な仕組みの精緻な検討は都市気候学に、暑さが子どもの身体に及ぼす負荷の評価は生気象学に、雨水貯留・浸透の詳しい仕組みは水文学に、樹木の維持管理は樹木学(樹木医学)に、それぞれ専門の蓄積がある。本稿は、これらの隣接領域の知見を借りながら、緩和と適応、点と面、代替と補完という整理の軸を提供する役割にとどまる。磐田市の公園を気候変動適応の観点から具体的に評価するには、こうした隣接領域との協働と、当サイトの現地踏査の両方が、今後さらに必要になる。

9.3 読者にとっての実践的な含意

本稿の整理は、読者の立場によって異なる形で役立つはずである。子育て世代にとっては、公園を「行けば必ず涼しい場所」として過信するのではなく、緑陰や水遊びの設備がある公園を、時間帯の工夫や水分補給といった行動的適応と組み合わせて使う、一つの選択肢として捉え直す材料になる。そして、暑さが強い日に外遊びそのものを控えるという判断は、公園の設備の充実度にかかわらず必要になりうることを、あらかじめ心にとめておく意味は小さくない。

行政や地域活動の関係者にとっては、公園の緑を維持する予算や労力を、緩和の実績としてではなく、適応という別の物差しで評価する視点が参考になるかもしれない。多数の小さな公園を徒歩圏に維持することの意味、地域気候変動適応計画のような制度と公園行政をどう結びつけるかという論点は、本稿では整理の入口を示すにとどまるが、今後の具体的な検討の土台にはなりうる。学生や公園に関心をもつ読者にとっては、緩和と適応、点と面、代替と補完という三つの区別が、他の身近な施設や取り組みを評価する際にも応用できる、汎用性のある視点であることを付け加えておきたい。

点と面の区別踏査で確かめるこれからの課題
図9緩和と適応、点と面、代替と補完という三つの区別を手がかりに、公園にできることの正確な大きさを見極める作業はこれからも続く。

これらの課題を残しつつも、本稿が示したかったのは、「公園の木は涼しい」という一文の背後にある、緩和と適応の区別、点と面の区別、代替と補完の区別を、丁寧に分けて考えることの意味である。公園にできることは大きくはないが、無いわけでもない。その正確な大きさを見極める作業は、当サイトの今後の踏査とあわせて、これからも続く。

本稿の議論を一言でまとめるなら、公園は気候変動の「解決策」ではなく、気候変動が進むなかで人がなお屋外で過ごすための「支え」の一つである、ということになる。解決策という言葉は、問題そのものを消し去ることを含意するが、公園にその役割を期待するのは過大である。支えという言葉は、問題が残ったままでも、その影響を多少なりとも和らげ、日々の暮らしを続けやすくするという、より小さく、しかしより確実な役割を指す。この小さくて確実な役割を丁寧に見極めることが、本稿の一貫した目的であった。

最後に、あらためて確認しておきたい。本稿が示した緩和と適応、点と面、代替と補完という三つの区別は、いずれも公園の緑を否定するためのものではなく、正確に評価するための道具である。公園にできることを実際よりも大きく語れば、いずれその期待は裏切られ、公園の緑を維持する意味そのものへの信頼を損ないかねない。逆に、公園にできることを実際よりも小さく見積もれば、身近にある資源を活かす機会を逃すことになる。気候変動という長期にわたる課題に対しては、こうした地道な線引きの積み重ねこそが、遠回りに見えて確実な出発点になると考える。

磐田市の公園100園は、その一つ一つを見れば、遊具の色があせていたり、面積が小さかったりする、ごくありふれた身近な施設にすぎない。しかし本稿の整理に照らせば、それらは同時に、緩和には多くを寄与しないが適応には確かに寄与しうる、都市の中に散らばった小さな点でもある。この二重の見方を持つことこそが、気候変動適応という視点から公園を眺めることの意味であり、当サイトが今後の踏査を通じて確かめていく出発点でもある。

気候変動という課題は、しばしば発電所や工場、国際交渉といった、遠く大きな舞台の話として語られる。本稿が最後に強調したいのは、その同じ課題が、家から歩いて行ける小さな公園という、もっとも身近な舞台にもつながっているということである。緩和の舞台としては小さくとも、適応の舞台としては確かな意味を持つその場所を、大きくも小さくも語りすぎずに見つめ続けることが、本稿の結びとしたい態度である。

参考文献

  1. 気候変動適応法(平成30年法律第50号)
  2. 環境省・気候変動適応計画(平成30年11月30日閣議決定、令和3年10月22日改定)
  3. 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書 統合報告書(2023年)
  4. 国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change、1992年)
  5. マーク・A・ベネディクト、エドワード・T・マクマホン(2006)『Green Infrastructure: Linking Landscapes and Communities』(Island Press)
  6. 国土交通省「グリーンインフラ推進戦略」(令和元年7月)
  7. 国立環境研究所 気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)
  8. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
  9. 環境省 熱中症予防情報サイト(暑さ指数 WBGT)
  10. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  11. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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