社会科学消費者行動論

今日はどの公園に行くか——選択集合・満足化・習慣の形成

富士ヶ丘サービス株式会社 大石浩之

学問領域:消費者行動論 公開・更新 2026-08-17 本文 約22,454字 読了目安 41分

要旨

本稿の目的は、消費者行動論——人が財やサービスを知り、絞り、比べ、選び、使い、次の選択を変えていく過程を記述する学問——の枠組みを、価格のない公共財である都市公園の選択に応用し、「今日はどの公園に行くか」という日常の意思決定がどのような構造を持つのかを明らかにすることである。方法は文献整理と概念分析であり、ハーバート・サイモンの限定合理性と満足化、ケルビン・ランカスターの属性アプローチ、ジョージ・スティグラーの探索費用、ハワードとシェスの想起集合、エイモス・トヴェルスキーの排除法という古典的な概念を、公園という財の特性に照らして読み替える。

検討の結果、次の四点が導かれた。第一に、公園は無料であるがゆえに価格による比較が働かず、代わりに移動時間・支度・天候・駐車という非貨幣的な費用が選択を規定する。第二に、人は市内の全公園を比較しない。想起集合は二、三か所に収まり、その集合に入るかどうかが実際の利用をほぼ決めてしまう。第三に、選択は補償型ではなく非補償型に近く、トイレや駐車場のような制約属性で先にふるいにかけられる。第四に、満足化と反復によって選択は急速に習慣化し、習慣は評価費用を節約する合理的な仕組みであると同時に、想起集合を痩せさせる仕組みでもある。

終盤では、公園利用者を消費者と呼ぶことへの批判に応答し、選択の余地そのものが乏しい人々の存在を分析の中心に据えるべきことを述べる。そのうえで、磐田市の都市公園100園——街区公園51園、地区別では豊田28園に対し南部と向陽が各2園——という分布と、オープンデータや市の施設ガイドが提供する情報が、想起集合の広がりにどう関わるかを論じる。当サイトの現地踏査は始まっていないため、日陰・ベンチ・見通しといった属性は今後の踏査課題として残す。

キーワード限定合理性満足化想起集合探索費用習慣形成属性アプローチ磐田市

1. はじめに——問題の所在

磐田市には都市公園が100園ある。しかし、ある日の午後に「どこへ行こうか」と考える人が、その100園を頭に浮かべて比べることはない。浮かぶのはせいぜい二か所か三か所であり、多くの場合は考えるより先に足が向いている。本稿はこの、ごくありふれた出来事を分析の対象にする。問いは単純である。市内に多数の選択肢があるにもかかわらず、なぜ実際の選択はごく少数の候補の中で行われるのか。そして、その少数の候補はどのようにして選ばれ、どのようにして一か所に固定されていくのか。

この問いを扱う道具として、本稿は消費者行動論を用いる。消費者行動論とは、人が財やサービスを知り、候補を絞り、比べ、選び、使い、その経験によって次の選択を変えていく一連の過程を記述する学問である。マーケティングの応用分野として発展してきたため、商品の購買を扱う学問という印象を持たれやすいが、その中身は認知心理学と意思決定研究であり、扱っているのは「限られた注意と時間しか持たない人間が、どうやって決めているか」という一般的な主題である。

1.1 なぜ無料の財に消費者行動論を当てるのか

都市公園は原則として無料で利用できる。入園料はなく、注文も要らず、滞在時間の制限もない。価格を軸に組み立てられた需要理論をそのまま持ち込むことはできない。しかし、価格がないことは選択がないことを意味しない。むしろ価格という共通の物差しが欠けているぶん、人は別の手がかりに頼らざるをえない。移動にかかる時間、支度の手間、駐車できるかどうか、トイレがあるかどうか、日陰があるかどうか、そして「前に行って悪くなかった」という記憶である。

価格のない財の選択は、実は消費者行動論にとって好都合な観察対象でもある。価格が存在すると、選択の説明のかなりの部分が価格に吸い寄せられてしまい、それ以外の要因が見えにくくなる。公園にはその遮蔽物がない。だからこそ、想起集合の形成、属性の重みづけ、満足化、習慣化といった仕組みが、比較的裸の形で現れる。本稿はこの点に、公園を題材にすることの理論的な利点を見る。

百か所どこへ候補は数か所歩ける範囲
図1本稿の出発点。市内に100園あっても、実際に比べられるのは二、三か所である。この落差がどこで生じるのかを問う。

1.2 本稿の問いと方法

本稿が立てる問いは四つである。第一に、価格のない財において、価格の代わりに何が選択の費用として働くのか。第二に、100という選択肢はどの段階で二、三に絞られるのか。第三に、絞られた候補の中で、どの属性がどのように重みづけられるのか。第四に、なぜ選択は反復され、習慣として固定し、そして何がその習慣を破るのか。

方法は文献整理と概念分析である。サイモンの限定合理性と満足化、ランカスターの属性アプローチ、スティグラーの探索費用、ハワードとシェスの想起集合、トヴェルスキーの排除法という、いずれも半世紀以上にわたって参照されてきた枠組みを取り上げ、公園という財の特性に合わせて読み替える。読み替えの妥当性は、公園の性質——無料であること、屋外であること、同行者が使用者であること、混雑が質を変えること——に照らして一つずつ検討する。

断っておくべきことが二つある。第一に、本稿は磐田市の利用者に対する調査を行っていない。当サイトの現地踏査は始まったばかりであり、どの公園がどれだけ使われているかを示す観察資料を本稿は持たない。したがって本稿の記述は、既存の理論から導かれる予測と、公表されているデータの構造分析にとどまる。第二に、公園の利用者を「消費者」と呼ぶことには批判がありうる。この批判は本稿にとって周辺的な問題ではなく、むしろ核心に触れる論点であるため、第8節を丸ごと当てて応答する。

1.3 構成

第2節で消費者行動論の主要概念を整理し、最適化モデルと満足化モデルの対比を示す。第3節では価格のない財における費用構造を論じ、時間・気象・支度という非貨幣的費用が価格の役割を代替することを述べる。第4節は想起集合の形成過程を扱い、100園がどこで数園に絞られるのかを分解する。第5節は属性の重みづけと非補償型の判断を、第6節は満足化から習慣への移行を論じる。第7節は習慣を破る状況要因を、第8節は概念の限界と反論への応答を扱う。第9節で磐田市の公園に即した示唆を述べ、第10節で結論と今後の課題を示す。

2. 先行研究と概念の整理

本節では、以下の議論で繰り返し用いる五つの概念を整理する。いずれも消費者行動論の教科書的な基礎であり、経済学と心理学の境界で生まれたものである。ここでは概念の由来と定義を確認し、公園に適用する際の含意を短く添えるにとどめ、本格的な適用は第3節以降で行う。

2.1 限定合理性と満足化——サイモン

ハーバート・A・サイモンは『経営行動』(1947)および1955年の論文で、人間の合理性は限られている、という前提から意思決定を組み立て直した。全選択肢を列挙し、それぞれの帰結を評価し、最善を選ぶという古典的な最適化モデルは、人間の計算能力・記憶・時間から見て非現実的である。サイモンが代わりに置いたのが満足化(satisficing)である。人はあらかじめ「これで十分」という水準を持ち、選択肢を順に検討して、その水準を最初に満たしたものを選んで探索を止める。

満足化は劣った合理性ではなく、費用を勘案した合理性である。最善を探し続けることには時間と労力がかかり、その費用を差し引けば、水準を満たした時点で止めるほうが結果として得になる場面は多い。この点は公園の選択に強く効く。午後に一時間だけ子どもを遊ばせるという場面で、市内で最適な公園を探索することの費用は、得られる差を容易に上回る。

2.2 属性アプローチ——ランカスター

ケルビン・J・ランカスターは1966年の論文で、消費者が求めているのは財そのものではなく、財が備える属性(characteristics)の束である、という見方を提示した。人が買っているのは自動車ではなく、移動速度・積載量・安全性・意匠といった属性の組み合わせである。この視点は、財の比較を属性ごとの比較に分解できるという実務的な利点を持つ。

公園に当てはめれば、人が選んでいるのは「公園」ではなく、遊具の種類、砂場の有無、トイレの有無、駐車のしやすさ、日陰の量、広さ、地面の材質、見通し、静けさ、混み具合といった属性の束である。同じ「街区公園」という種別に分類されていても、属性の束が違えば別の財に近い。逆に、種別も面積も違う二つの公園が、ある利用者にとっては同じ属性の束として代替可能でありうる。

属性の束候補を絞る重みづけ探索は打切り
図2本稿が用いる四つの基礎概念。財を属性に分解し、候補を絞り、重みをつけ、十分な時点で探索を止める、という順序で選択を捉える。

2.3 探索費用と想起集合——スティグラー、ハワードとシェス

ジョージ・J・スティグラーは1961年の論文「The Economics of Information」で、情報は自由財ではなく、探索には費用がかかることを定式化した。人は探索の限界便益が限界費用に等しくなる点で探索を打ち切る。したがって、選択肢が多いことは、そのまま比較が精密になることを意味しない。むしろ選択肢が増えるほど、全体を調べることの費用は上がり、実際に調べられる範囲は相対的に狭まる。

ジョン・A・ハワードとジャグディシュ・N・シェスは『The Theory of Buyer Behavior』(1969)で、購買者が実際に候補として思い浮かべる少数の選択肢の集合を想起集合(evoked set)と呼んだ。存在は知っているが候補にならないもの、そもそも存在を知らないものは、この集合の外にある。選択の実質は、集合の中でどれを選ぶかよりも、どれが集合に入るかで決まる場合が多い。

2.4 非補償型の判断——トヴェルスキー、ベットマン

エイモス・トヴェルスキーは1972年の論文で、排除法(elimination by aspects)と呼ばれる選択の記述を提示した。人は属性を一つ取り上げ、その属性を欠く選択肢を候補から外し、残ったものについて次の属性を取り上げる、という手順で候補を減らしていく。ここでは、ある属性の劣位を他の属性の優位で埋め合わせることができない。このような判断を非補償型と呼び、すべての属性に重みをつけて合計する補償型と区別する。

ジェームズ・R・ベットマン(1979)、およびジョン・W・ペインらの『The Adaptive Decision Maker』(1993)は、人が状況に応じて判断の方式そのものを切り替えることを示した。時間があり選択肢が少なければ補償型に近づき、時間がなく選択肢が多ければ非補償型で粗く絞る。判断の方式は固定された性質ではなく、状況に適応する道具である。ダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー』(2011)で整理した、直感的で速い処理と熟慮的で遅い処理の使い分けも、同じ事態の別の言い方である。

2.5 屋外レクリエーションの費用——クローソンとクネッチ

マリオン・クローソンとジャック・L・クネッチは『Economics of Outdoor Recreation』(1966)で、入場料が無料または名目的である屋外レクリエーション施設について、利用者が負担する旅行費用を実質的な価格とみなす考え方を体系化した。この発想は、価格のない財に経済学的な分析を及ぼす道を開いたという点で、本稿の前提そのものである。彼らはまた、屋外レクリエーションの経験を、計画・往路・現地・復路・想起という段階に分けて捉えた。選択は現地での経験だけでなく、その前後の段階を含めて評価される。

最適化モデル満足化モデル(本稿の立場)
検討する選択肢原理的にすべて想起集合の二、三か所
評価の方式全属性に重みをつけて合計する補償型制約属性で外す非補償型が先に働く
探索の終わり方最善が確定したとき水準を満たすものが見つかったとき
反復の扱い毎回あらためて評価する評価を省略し前回の選択を再利用する
情報の役割評価の精度を高める候補に入るかどうかを左右する

表に示したとおり、本稿は満足化モデルの側に立つ。ただしこれは、人が怠惰であるとか、判断が誤っているという主張ではない。限られた時間の中で子どもを外で遊ばせるという目的に照らせば、探索を短く切り上げる判断は目的に適っている。問題はその効率のよさが、どのような副作用を伴うかにある。以下の節ではその副作用——想起集合の痩せ、測れる属性への偏り、選択肢が乏しい人の不可視化——を順に検討する。

3. 価格のない財の費用構造——何が価格の代わりをするか

本節の論点は一つである。公園は無料であるにもかかわらず、なぜ人はそれを「行きやすい/行きにくい」と区別するのか。答えは、価格がゼロであっても費用がゼロではないからである。消費者行動論において価格が担っていた役割——選択肢を比較可能にし、選択にブレーキをかけ、期待品質の手がかりを与える役割——を、公園では別の要素が分担している。本節ではその分担のされ方を三つに分けて示す。

3.1 移動と支度——時間で支払う

第一の費用は移動である。クローソンとクネッチが屋外レクリエーションの実質的な価格を旅行費用に見出したのは、まさにこの点による。徒歩で三分の公園と、車で十五分の公園は、無料という点では同じでも、支払う時間が違う。国の標準が街区公園の誘致距離を250mと置いているのは、この時間費用が徒歩数分の範囲を超えると利用が急速に落ちる、という経験則の制度化と読める。

移動費用は距離だけでは決まらない。乳幼児連れであれば、支度の時間が移動時間に上乗せされる。おむつ、着替え、水分、日よけ、靴、遊び道具を用意し、子どもに靴を履かせて外へ出るまでの工程は、距離とは独立した固定費用である。この固定費用が大きいほど、一回の外出で回収したい滞在時間は長くなり、結果として「近くて短く」よりも「遠くて長く」が選ばれやすくなる。逆に固定費用が小さい年齢になれば、思い立って近所へ、という短い利用が増える。

自転車と自動車は、この費用構造を段階的に変える。自転車は移動時間を縮めるが荷物と同乗者の制約を受ける。自動車は距離の制約をほぼ取り払う一方で、駐車という新しい制約を持ち込む。駐車できない公園は、車で移動する人の候補から実質的に外れる。すなわち移動手段の選択が、そのまま候補集合の輪郭を決めている。

移動時間支度の手間駐車の可否暑さ寒さ
図3無料の財にも費用はある。時間・支度・駐車・気象という非貨幣的な費用が、価格の代わりに選択のブレーキとして働く。

3.2 気象と時間帯——供給が変動する

第二の費用は気象である。屋内施設と異なり、公園の使いやすさは天候と気温に大きく左右される。真夏の日中、日陰のない広場は開いていても「行ける場所」ではない。雨上がりには、土や砂の地面は使いにくく、舗装された園路や遊具の周りだけが使える。これは費用というより、供給される便益そのものが日々変動するという意味で、通常の財にはあまり見られない性質である。

この変動は選択に二つの効果を及ぼす。第一に、同じ公園の評価が日によって変わるため、単一の順位づけが成り立たない。ある公園は夏の午前に最良で、別の公園は冬の午後に最良である、という条件つきの順位が並存する。第二に、変動が大きいほど、事前の情報の価値が上がる。日陰があるか、地面が乾きやすいか、風が抜けるかという情報は、天候の変動が大きい季節ほど選択を左右する。熱中症予防の観点から暑さ指数の目安が示されているように、気象条件は利用の可否を判断する外部の指標とも結びついている。

3.3 不確実性——知らない場所の心理的費用

第三の費用は不確実性である。行ったことのない公園には、駐車できるか、トイレがあるか、遊具が子どもの年齢に合うか、他に人がいるか、といった未知が伴う。カーネマンとトヴェルスキーが1979年に示した損失回避の考え方——同じ大きさなら利得より損失のほうが重く評価されるという傾向——を借りれば、新しい公園を試すことの期待値は、実際の期待値よりも低く見積もられやすい。得られるかもしれない「もっと良い公園」より、失うかもしれない「今日の午後」のほうが重い。

ここで無料であることが二重に作用する。一方で、無料であることは失敗の金銭的損失をゼロにするため、試行の敷居を下げる。合わなければ帰ればよい。他方で、無料であることは事前の吟味の動機を弱める。安い財ほど熟慮されないという低関与の一般則がここでも働き、公園の選択は毎回の意思決定というより、既定の反復に近づいていく。ハワードとシェスが日常反応行動と呼んだ、ほとんど検討を伴わない反復購買の状態である。

ただし、失敗の損失がゼロであるという想定には条件がつく。移動に車で二十分を要した場合、そこで期待が外れたときに失われるのは往復四十分と子どもの機嫌であり、これは決して小さくない。距離が伸びるほど不確実性の費用は増幅され、遠い公園ほど「確実に良いと分かっているところ」に限られていく。近い公園は気軽に試され、遠い公園は評判の確かなものだけが選ばれる、という非対称がここから生じる。

註:本節でいう費用は、いずれも貨幣で測られないものである。金銭を支払わないという意味で公園は無料だが、時間・体力・注意・不確実性の負担という意味では無料ではない。この区別を落とすと、なぜ近所に公園があっても使われないことがあるのか、という現象が説明できなくなる。

4. 想起集合の形成——百か所はどこで数か所になるか

本節の主張は、公園選択の実質的な決定は「候補の中でどれを選ぶか」ではなく「どれが候補になるか」の段階で終わっている、というものである。市内に100園あるという事実は、利用者の意思決定にはほとんど入ってこない。入ってくるのは、頭の中に浮かぶ二、三か所だけである。この絞り込みがどこで、どのように起きているのかを分解する。

4.1 三つの集合——全体・認知・想起

消費者行動論では、選択肢の集合を段階的に区別する。第一に、実際に存在するすべての選択肢からなる全体集合。第二に、その存在を知っている選択肢からなる認知集合。第三に、実際に候補として思い浮かべる想起集合である。認知集合に入っていても想起集合に入らない選択肢は多い。名前は知っているが今日の候補にはならない公園、というのがそれにあたる。

この三層のうち、絞り込みの落差が最も大きいのは全体集合から認知集合への段階である。市内の公園を100園すべて知っている住民は、業務上の必要がある人を除けばほとんどいないと考えられる。人が知っているのは、自宅の周辺、通園・通学の経路上、買い物や通勤の経路上、そして評判を聞いたことのある大きな公園に限られる。認知集合の輪郭は、日常の移動の軌跡とほぼ重なる。

認知集合から想起集合への絞り込みは、これとは別の論理で起きる。ここで働くのは、思い出しやすさである。直近に行った公園、印象の強い公園、名前が場所と結びついている公園は想起されやすい。逆に、名前は聞いたことがあっても場所が思い浮かばない公園、通り過ぎたことはあっても入ったことのない緑地は、候補として立ち上がらない。想起集合は記憶の検索の結果であり、客観的な優劣の順位ではない。

全100園知っている思い浮かぶ今日行く
図4三つの集合。全体から認知への落差が最も大きく、そこは日常の移動の軌跡がほぼ決めている。選択の実質はこの段階で終わっている。

4.2 集合を大きくしないことの合理性

想起集合が小さいのは、記憶の欠陥ではない。集合に一つ選択肢を加えることには費用がかかる。存在を知り、場所を覚え、属性を把握し、比較の対象として維持する労力である。その費用に見合うだけの便益——今より良い選択ができる見込み——が期待できなければ、集合を広げない判断は合理的である。スティグラーの探索費用の議論を選択肢の保有に拡張すれば、こう整理できる。

しかも公園の場合、集合を広げることの便益は逓減しやすい。二か所の候補があれば、天候や目的に応じた使い分けはおおむね可能である。三か所目、四か所目が加える価値は小さい。ここに満足化の論理が重なる。現在の候補が「十分」であるかぎり、新しい選択肢を探索する動機はそもそも生じない。

この構造には重要な含意がある。ある公園が使われていないことは、その公園が劣っていることを意味しない。単に誰の想起集合にも入っていない、という説明のほうがしばしば当てはまる。整備や改修によって属性を改善しても、想起集合の外にあるかぎり利用は増えない。逆に言えば、利用を増やす経路には、属性を良くする経路と、集合に入れる経路の二つがあり、両者は別の施策を要求する。

4.3 集合に入る経路

では、ある公園はどのようにして想起集合に入るのか。経路は大きく四つに分けられる。第一は近接である。自宅から見える、通り道にある、というだけで、その公園は繰り返し目に入り、記憶に定着する。第二は他者からの伝達である。同じ年齢の子どもを持つ保護者、祖父母、保育・教育の場で交わされる情報が、行ったことのない公園を候補に押し上げる。

第三は行政の情報である。市の施設ガイドや公園の一覧は、認知集合を機械的に広げる力を持つ。ただし、一覧に載っていることと、候補として思い浮かぶことの間には距離がある。一覧は探しに行った人にしか届かない。第四は、当サイトのような公園のデータベースを含む、まとまった形の情報提供である。これは一覧よりも属性の比較がしやすい点で、認知集合を広げると同時に、想起集合への移行を助ける可能性がある。

四つの経路には、それぞれ偏りがある。近接は自宅の位置で決まるため、地区による不平等をそのまま引き写す。他者からの伝達は、つながりを持つ人にだけ届き、転入して間もない世帯には届きにくい。行政の情報は網羅的だが、情報量が公園によって不揃いである。データベースは網羅と比較を両立しうるが、記載できる属性が既存資料の範囲に縛られる。どの経路も中立ではなく、それぞれの偏りが想起集合の形を決めている。

4.4 顕著性の非対称

最後に、想起されやすさには規模による非対称がある。大きな公園は、名前が知られ、目印になり、遠方からの来訪も受けるため、居住地から離れていても想起集合に入りやすい。他方、面積の小さい緑地やポケットパークは、すぐ近くに住んでいても「公園」として認識されないことがある。名称に緑地や広場が付く場合はなおさらである。

この非対称は、公園の供給の実態と利用の実態のずれを生む。徒歩圏に複数の小さな公園がある地域でも、想起されるのは車で行く大きな公園だけ、という状態が起こりうる。供給の指標としてよく用いられる一人あたり公園面積や誘致距離の充足率は、この想起の段階を勘定に入れていない。第9節では、磐田市のデータにおいてこの非対称がどのように現れているかを見る。

5. 属性の重みづけ——駐車場・トイレ・日陰はなぜ効くのか

想起集合に二、三か所が残ったあと、その中でどれを選ぶか。本節はこの段階を、ランカスターの属性アプローチとトヴェルスキーの排除法によって分析する。結論を先に述べれば、公園の選択において属性はすべて同格に扱われるのではなく、まず「無ければ外す」属性があり、そのふるいを通ったあとで「あれば嬉しい」属性が比較される、という二段構えになっている。

5.1 三種類の属性

公園の属性は、選択における働き方によって三つに分けられる。第一は制約属性である。これは、無ければその公園が候補から外れる属性で、非補償型に働く。乳幼児連れにとってのおむつ替えの可否、車で移動する人にとっての駐車の可否、長時間滞在する人にとってのトイレの有無がこれにあたる。他の属性がどれほど優れていても、制約属性が欠ければ埋め合わせはきかない。

第二は選好属性である。これは、あれば評価が上がるが、無くても候補から外れない属性で、補償型に働く。遊具の種類、広さ、芝生、水のある場所、景観などがこれにあたる。制約属性のふるいを通った候補が二つ以上残ったとき、選好属性が最終的な差をつける。

第三は状況属性である。これは、同じ属性であっても状況によって制約属性にも選好属性にもなり、時には無関係にもなるものである。日陰は真夏には制約属性に近づき、春秋には選好属性、冬にはむしろ負の属性になりうる。混雑は、遊び相手を求める場面では正の属性、静かに過ごしたい場面では負の属性である。状況属性の存在が、公園に単一の順位づけを与えられない理由の一つである。

属性の種類働き方公園における例選択への効き方
制約属性非補償型(無ければ外す)トイレ、おむつ替え、駐車の可否候補の数を一気に減らす
選好属性補償型(重みをつけて足す)遊具の種類、広さ、芝生、水辺残った候補の順位を決める
状況属性状況で符号が変わる日陰、混雑、風、地面の乾き同じ公園の評価を日ごとに動かす
トイレ駐車日陰遊具
図5属性の効き方は同格ではない。トイレと駐車は無ければ外す制約属性、日陰は状況で重みが変わり、遊具は残った候補の順位を決める。

5.2 なぜ非補償型が先に来るのか

理論的には、すべての属性に重みをつけて総合点を出す補償型のほうが精密である。にもかかわらず実際の選択で非補償型が先に来るのは、ペインらが示したように、判断の方式が費用と精度の折り合いで選ばれるからである。属性を重みづけて合計する作業は、属性の数が増えるほど負担が増す。これに対し、一つの属性で候補を切る作業は、属性の数にかかわらず一定の労力で済む。

加えて、制約属性の欠如がもたらす結果は、他の属性で埋め合わせできない性質を持つ。トイレのない公園で子どもが用を足したくなったとき、遊具が優れていたことは何の慰めにもならない。つまり非補償型の判断は、単に省力なだけでなく、公園という財の性質に即して正しい。埋め合わせのきかない属性を、埋め合わせのきかない仕方で扱っているにすぎない。

5.3 属性の重みは同行者で決まる

公園の選択には、多くの財に見られない特徴がある。選ぶ人と使う人が一致しないことが多い、という点である。乳幼児期には保護者が選び、子どもが使う。この分離は、属性の重みづけを二重にする。保護者は自分の負担(移動、見守り、トイレ、日差し)を軽くする属性を重く見積もり、子どもは遊びの内容そのものを重く見積もる。両者は必ずしも一致しない。

そして、子どもの発達段階が進むにつれて、重みの配分は連続的に変化する。歩き始める前は、日陰と座れる場所とおむつ替えが決定的である。よちよち歩きの時期には、段差の少なさと落ち着いた広さ、幼児用の低い遊具が重い。走り回る時期には広場の広さが、就学期には友達がいるかどうかとボール遊びの可否が前面に出る。同じ世帯が同じ公園を評価しても、二年後には別の評価になる。

きょうだいがいる場合、この重みづけはさらに複雑になる。年齢の離れた二人を同時に満足させる公園は、幼児用と学齢児用の両方の属性を持ち、かつ保護者が両方を見渡せる見通しを備えていなければならない。制約属性の数が増えるため、候補は急速に絞られる。少数の大きな公園に利用が集中しやすい理由の一つがここにある。

5.4 測れる属性への偏り

最後に、本稿が最も重視する論点を述べる。属性の重みづけは、その属性についての情報が手に入るかどうかに強く依存する。公表されているデータで有無が分かる属性——トイレ、車いす対応トイレ、砂場、遊具、駐車場——は、事前の比較に使える。他方、日陰の量、ベンチの数と位置、見通しのよさ、地面が乾く速さ、時間帯ごとの混み具合は、公表資料からは分からない。

その結果、事前の選択では、測れる属性が実際の重要度以上に重く扱われ、測れない属性は現地に着いてから初めて評価に入る。これは属性の重要度の歪みであると同時に、公園の評価が事前と事後で食い違う主要な原因でもある。データ上は条件がそろっている公園に行ってみたら日陰がなかった、という経験は、この情報の非対称から生じる。第9節で述べるとおり、当サイトが今後の踏査で埋めようとしているのは、まさにこの測れない側の属性である。

6. 満足化から習慣へ——なぜ一か所に固定するのか

第4節と第5節で見た絞り込みと重みづけは、実は毎回行われているわけではない。反復のうちに、この過程そのものが省略されていく。本節では、満足化がどのようにして習慣に転化するのか、その習慣がどのような便益と費用を持つのかを論じる。ここが本稿の中心的な主張である。

6.1 満足化の閾値はどこに置かれるか

サイモンの満足化は、あらかじめ設定された水準を最初に満たしたものを選ぶ、という手続きだった。では公園の場合、その水準はどこに置かれるのか。多くの場面で、水準は「今日の目的が果たせる」という一点に集約される。子どもを一時間ほど体を動かして遊ばせたい、外の空気に触れさせたい、家の中の緊張をいったん外に出したい——こうした目的に対して、市内で最も適した公園である必要はない。適した公園の一つであれば十分である。

この水準の低さは、公園という財の性質に由来する。第一に、無料であるため、支払いに見合う価値を求める圧力が働かない。第二に、失敗しても短時間で撤退できる。第三に、そもそも目的が漠然としており、達成の度合いを測る尺度がない。目的が明確で測定可能な財ほど、閾値は高く設定され、探索は長くなる。公園はその逆の極にある。

閾値が低いということは、探索が早く打ち切られるということである。最初に思い浮かんだ候補が水準を満たせば、二番目の候補は検討されない。ここで、想起の順序が選択の結果をほぼ決めてしまう。第4節で述べた想起集合の議論が、この段階で効いてくる。想起集合に入っているだけでなく、その中で最初に想起されることが、実際の利用を左右する。

十分な水準満たせば決定順序が効く定番になる
図6満足化の閾値が低いほど探索は早く終わる。最初に思い浮かんだ候補が水準を満たせば二番目は検討されず、順序がそのまま結果になる。

6.2 反復が評価を省略させる

同じ公園を二度、三度と使ううちに、選択の性格が変わる。一度目は不確実性を伴う試行であり、二度目はその確認である。三度目以降、その公園の属性は既知となり、評価の作業が不要になる。ハワードとシェスが日常反応行動と呼んだ状態、つまり検討をほとんど伴わない反復である。ここに至ると、選択は「決める」というより「思い出す」に近い。

この移行は、意思決定の費用の観点から見れば純粋な利得である。毎回どこへ行くか考える負担が消え、支度の段取りが定型化し、所要時間が読めるようになる。子どもの側にも便益がある。同じ遊具、同じ地面、同じ順路は、次に何が起きるかの予測を可能にし、その予測可能性の上で遊びは深くなる。初めての場所では周囲を確かめることに時間が使われるが、慣れた場所ではその時間が遊びそのものに回る。

習慣にはもう一つ、社会的な便益がある。同じ時間帯に同じ公園に通う人どうしは顔を合わせるようになり、そこに緩やかな関係が生まれる。この関係が生まれると、公園の選択理由は属性から人へと移る。遊具が良いから行くのではなく、あの人たちがいるから行く、という状態である。属性で説明できない選択が、ここから始まる。

6.3 ロイヤルティと惰性は違う

消費者行動論は、反復購買を二つに区別してきた。積極的な選好にもとづく反復(ロイヤルティ)と、比較を面倒がることによる反復(惰性)である。外から見れば同じ反復だが、性質は大きく違う。前者は他の選択肢を知ったうえで選び続けており、後者は他の選択肢を知らないまま続けている。前者は代替が現れても揺らぎにくく、後者はきっかけ一つで簡単に崩れる。

公園の反復利用の多くは、後者に近いと考えられる。他の候補を比較したうえで「ここが最も良い」と判断した人は多くない。多くは、最初に近かったから、最初に誰かに教わったから通い始め、不都合がないので続けている。この違いは実務的な含意を持つ。惰性による反復は、情報の提供や、たまたまの別の機会によって、比較的容易に更新されうる。

6.4 習慣の費用——集合が痩せる

習慣の費用は、想起集合が痩せることである。同じ公園を使い続けるかぎり、他の公園についての情報は更新されず、記憶は薄れる。かつて候補だった公園が候補から落ち、集合は二、三から一へ縮む。そうなると、その一か所が使えない状況——工事、遊具の使用禁止、混雑、季節的な不適合——が生じたとき、代替が思い浮かばない。外出そのものが取りやめになる。

第二の費用は、子どもの経験の幅である。同じ属性の束を反復することは、予測可能性という便益をもたらす一方で、異なる地面、異なる傾斜、異なる高さ、異なる樹木、異なる人との出会いを減らす。どちらが望ましいかは一概に言えない。安定と多様のどちらを重く見るかは家庭の状況によって異なり、外部から一つの正解を示せる問題ではない。

第三の費用は、公園そのものへの評価が固定することである。ある公園について一度形成された印象——狭い、暗い、遊具が古い——は、その後に改修が行われても更新されにくい。想起集合の外に出た公園には、改善の情報が届かないからである。逆に、良い印象を持たれた公園は、混雑や設備の劣化が進んでも選ばれ続ける。習慣は評価の更新を止める。

ただし、習慣は永続しない。人はまったく同じ経験の反復に飽きる。消費者行動論が多様性追求(variety seeking)と呼ぶこの傾向は、公園においては子どもの側から現れることが多い。飽きは合理的な理由なく生じ、合理的な理由なく別の場所を求めさせる。次節では、この飽きを含めた「習慣を破るもの」を体系的に扱う。

7. 切り替えを起こすもの——状況要因とライフステージ

習慣が固定するという前節の議論に対し、本節は逆方向の力を扱う。実際には、人はときどき別の公園に行く。何がその切り替えを起こすのか。消費者行動論はこれを状況要因(situational factors)の問題として扱ってきた。本節では、状況要因を四つの層に分けて整理し、それぞれが想起集合をどう組み替えるかを示す。

7.1 第一層——その日の条件

最も短い周期で働くのは、その日の条件である。天候、気温、風、前日の雨、時間帯、使える時間の長さ、同行者の顔ぶれ、子どもの体調と機嫌。これらは日ごとに変わり、その都度、属性の重みを組み替える。真夏の午後には日陰が制約属性になり、雨上がりには地面の乾きが制約属性になる。使える時間が三十分なら移動時間の重みが跳ね上がり、半日あるなら遠くの大きな公園が候補に入る。

ここから導かれる重要な帰結がある。人が持っているのは単一の想起集合ではなく、状況ごとの想起集合の束である、ということである。夕方の短時間用に一か所、休日の半日用に一か所、雨上がり用に一か所、祖父母が一緒のときに一か所——というように、条件と場所の対応があらかじめ組まれている。これは、選択のたびに考え直すのではなく、条件から場所を引き当てる、いわば索引に近い仕組みである。

この索引の仕組みは効率的だが、索引に載っていない条件が来ると機能しない。たとえば、冬の風の強い日、暑さ指数の高い日、下の子が生まれて上の子と二人を連れて行く日。こうした条件に対応する項目が索引にないとき、人は初めて探索を再開する。切り替えの多くは、この索引の穴から生じる。

雨上がり夕方30分祖父母と半日ある
図7人は単一の候補ではなく、条件ごとの索引を持つ。雨上がり用、夕方用、同行者別といった対応が組まれ、条件から場所が引き当てられる。

7.2 第二層——子どもの発達

より長い周期で働くのが、子どもの発達である。第5節で述べたとおり、属性の重みは子どもの年齢とともに連続的に変化する。この変化は日々の選択にはほとんど現れないが、数か月から一年の単位で見ると、通う公園そのものを入れ替える力を持つ。歩けるようになる、走れるようになる、階段状の遊具を登れるようになる、ボールを蹴れるようになる——それぞれの段階で、これまでの公園が物足りなくなり、あるいはこれまで使えなかった公園が候補に入る。

発達による切り替えには、遊具の対象年齢表示が関わる。遊具には設置者が示す対象年齢があり、その表示は候補の選別に直接使える情報である。ただし表示は目安であって、同じ年齢でも子どもによって差が大きい。判断は保護者が現地で行うほかなく、この点でも事前の情報だけでは選択が完結しない。

きょうだいの誕生は、この層に不連続な変化を持ち込む。上の子に合わせた公園と下の子に合わせた公園が両立しなくなり、索引が一斉に組み替えられる。ベビーカーで入りやすいか、上の子を見ながら下の子を寝かせられるか、といった新しい制約属性が加わる。就学もまた不連続点である。行動範囲が保護者の同行を前提としなくなり、選ぶ人と使う人の分離そのものが解消に向かう。

7.3 第三層——生活の転機

最も強く習慣を書き換えるのは、生活の転機である。転居、転職、保育や教育の場の変更、家族構成の変化。これらは日常の移動の軌跡そのものを変えるため、第4節で見た認知集合の土台が入れ替わる。習慣は文脈に結びついて維持されているから、文脈が丸ごと変われば習慣も一度リセットされる。

この時期は、意思決定の観点から見れば例外的な状態である。既定の選択がないため、人は久しぶりに探索を行う。情報への感度が高く、他者の助言を受け入れやすく、新しい候補が集合に入りやすい。逆に言えば、この短い期間に何が候補として提示されるかが、その後の数年の習慣を規定してしまう。転入者に対して公園の情報がどう届くかは、単なる親切の問題ではなく、その後の利用の分布を左右する構造的な問題である。

7.4 第四層——公園の側の変化

第四に、公園の側の変化が切り替えを起こす。遊具の点検にもとづく使用禁止、改修工事、樹木の伐採や剪定、新しい遊具の設置、施設の運転期間の設定などである。これらは利用者から見れば予告なく現れる制約であり、既定の選択を一時的に無効にする。

興味深いのは、この種の中断が想起集合を広げる契機になりうる点である。いつもの公園が使えないという事態は、代替を探索させる。そこで見つかった公園が水準を満たせば、それは新しい候補として集合に加わり、中断が終わったあとも残る。中断は利用者にとっては不便だが、集合の更新という点では、意図せざる効用を持つ。

逆に、公園の改善は必ずしも切り替えを起こさない。新しい遊具が設置されても、その情報が届かなければ、想起集合の外にある公園は外にあり続ける。ここでも第4節の帰結が繰り返される。属性の改善と、集合への参入は、別の経路の問題である。

註:状況要因は四つの層に分けたが、実際には層をまたいで相互に作用する。たとえば、猛暑という第一層の条件が続く年には、水のある場所や屋根のある場所という属性の重みが恒常的に上がり、第二層以上の持続性を持つ切り替えを起こしうる。層の区別は分析の便宜である。

8. 反論への応答——「消費者」という語の限界

本稿はここまで、公園の利用者を選択主体として扱い、消費者行動論の語彙で記述してきた。この枠組みには正面からの批判がありうる。本節では四つの反論を取り上げ、それぞれに応答するとともに、応答しきれない部分を限界として明示する。反論を退けることが目的ではなく、枠組みがどこまで有効で、どこから先は別の枠組みが要るのかを見定めることが目的である。

8.1 反論1——公園の利用者は消費者ではない

第一の反論はこうである。公園は公の施設であり、その利用者は主権者であって、市場で財を買う消費者ではない。公園を「選ばれる商品」として語ることは、公共空間を市場の論理に還元し、利用者を受け身の存在に押し込める。この批判は正当である。とりわけ、公園の質を利用者の満足度だけで測ろうとする発想は、公園が果たす防災・環境・景観・生物の生息といった、利用者の選好に還元できない機能を見えなくする。

これに対する本稿の応答は二つである。第一に、消費者行動論の中核は、購買の理論ではなく、限られた注意と時間しか持たない人間がどのように決めているかの理論である。この理論が扱う対象は市場に限られない。第二に、本稿は公園の価値を利用者の選択によって測っていない。測っているのは、供給された公園がどのように使われるか(あるいは使われないか)という媒介の過程である。供給の量と利用の量が食い違う理由を説明することは、公園の価値を選好に還元することとは別である。

とはいえ、限界は残る。市民が公園の管理や計画に関わる側面——清掃、見守り、要望、計画への参加——は、選択の理論では扱えない。人は公園を選ぶだけでなく、作り、直し、守る。この側面は本稿の枠組みの外にあり、行政学や政治学の枠組みを要する。

話し合う手を入れる手入れする要望を出す
図8選択の理論が扱えない領域。人は公園を選ぶだけでなく、清掃し、見守り、要望を出す。この関与は別の枠組みを必要とする。

8.2 反論2——選べない人がいる

第二の反論は、選択の理論は選べる人の理論である、というものである。自動車を使えない世帯、時間の余裕がない世帯、徒歩圏に公園が一つしかない地域の世帯にとって、「どの公園を選ぶか」という問いは成り立たない。選択集合が単一であるとき、選択の理論は何も言えない。

この反論に対して、本稿はむしろ枠組みを積極的に用いることで応答したい。選択集合の大きさそれ自体を、分析すべき変数として扱えばよい。ある人の選択集合が一である、あるいは零であるという事実は、選択の理論の外にあるのではなく、その理論が真っ先に指摘すべき事実である。第3節で整理した費用構造は、移動手段と時間の制約が選択集合をどれだけ縮めるかを示す道具として使える。

さらに言えば、選択集合の貧しさは分布として現れる。地区によって公園の数が大きく異なり、駐車できる公園が限られ、トイレのない公園が一定数ある以上、選択集合の大きさは居住地と移動手段によって系統的に偏る。この偏りを可視化することは、選択の理論がもたらしうる最も実務的な貢献である。第9節ではこの作業を磐田市のデータで試みる。

8.3 反論3——選ぶ人と使う人が違う

第三の反論は、公園において選択主体を一人と想定することの不自然さを突く。乳幼児期には保護者が選び、子どもが使う。子どもは自分の選好を持ち、それを表明し、しばしば強く主張する。選択は個人の内部で完結せず、家族の中の交渉として行われる。

この指摘は正しく、本稿の記述に修正を要求する。消費者行動論は購買者・使用者・影響者・決定者を区別する枠組みを持っており、公園の選択はこの区別が典型的に当てはまる場面である。保護者が決定者であり、子どもが使用者かつ強力な影響者である。子どもの「あそこがいい」という一言は、属性の重みづけを一挙に無効にする拒否権として働きうる。

この構造は、第6節で論じた習慣化にも影響する。習慣が固定するのは保護者の側の省力だけによるのではなく、子どもの側の予測可能性への選好によっても支えられている。両者が同じ方向に働くとき習慣は強く、逆方向に働くとき——保護者は近くで済ませたいが子どもは大きな公園を求める——選択は交渉になり、その結果は日によって揺れる。

8.4 反論4——公園は消費されない

第四の反論は財の性質にかかわる。公園は使っても減らない。ある人が滑り台を使ったからといって、他の人が使えなくなるわけではない。この非競合性は、消費という語の前提を崩す。買えば減る財を扱ってきた理論を、減らない財に当てはめてよいのか。

応答はこうである。非競合性は完全ではなく、混雑によって競合が生じる。遊具の順番待ち、砂場の占有、広場でのボール遊びと幼児の同居、駐車場の満車。混雑は公園の属性を変え、選択の結果を変える。したがって、混雑を通じて公園は部分的に競合財として振る舞う。本稿が混雑を状況属性に位置づけたのは、この理由による。

ただし、この応答にも限界がある。混雑がどの水準から便益を損ない始めるかは、利用者の目的によって逆転する。遊び相手を求める子どもにとって、他に誰もいない公園は魅力を欠く。混雑の評価が単調でない以上、混雑を負の属性として一律に扱うことはできない。公園の選択理論が単純な最適化に還元できない理由は、ここにも一つある。

9. 磐田市の公園への示唆

本節では、ここまでの枠組みを磐田市の公園に当てて具体化する。用いるのは、磐田市のオープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドから当サイトが整理した100園分の記載である。断っておくと、当サイトの現地踏査は始まっておらず、踏査済の園は2026年8月16日時点で0園である。したがって本節が扱えるのは、公表資料から読み取れる構造にとどまる。利用の実態そのものは、ここでは推論の対象である。

9.1 供給の分布と選択集合の地区差

磐田市の都市公園は100園であり、種別の内訳は街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園、および法の対象外とされる6園である。街区公園が全体の半数を占める構成は、日常の徒歩圏の利用を支える施設が量的な主体であることを示している。

地区別に見ると、豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園である。第8節で論じた「選べない人がいる」という反論は、この分布において具体的な形を取る。南部と向陽に住む世帯にとって、地区内の選択集合は形式的に二つしかない。第3節で見た移動費用の構造からすれば、地区外の公園を候補に入れられるかどうかは、自動車を使えるかどうかにほぼ依存する。

国の標準は街区公園の誘致距離を250m、近隣公園を500m、地区公園を1kmとしている。これは供給計画の指標だが、本稿の枠組みからは別の読み方ができる。誘致距離とは、その公園が住民の想起集合に入りうる範囲の目安である。距離の内側にあることは、集合に入るための必要条件ではあっても十分条件ではない。250m以内にある公園でも、認識されていなければ候補にならない。

9地区種別12徒歩圏車が要る
図9磐田市100園の構成。街区公園51園が量的な主体であり、地区別では豊田28園に対し南部・向陽は各2園と、選択集合の広さは居住地で大きく異なる。

9.2 制約属性でふるいにかけると何が残るか

第5節で述べた制約属性による絞り込みを、公表データの上で試みる。オープンデータの94行における集計では、トイレ有が69園、車いす対応トイレ有が34園、砂場有が43園、遊具有が64園である。駐車場については、市の施設ガイドの記載などから当サイトが有と判定したものが33園である。

ここで、車で移動しトイレを必要とする利用者を想定してみる。駐車場とトイレの両方を要件とすれば、候補は100園のうちごく一部に絞られる。さらに、乳幼児連れで車いす対応トイレ(多くの場合おむつ替えの設備を伴う多目的トイレ)を要件に加えれば、候補はさらに狭まる。非補償型の判断は、たった二つか三つの条件で、百という選択肢を一桁に落とす力を持つ。

この計算が示すのは、選択肢の総数と、実際に選べる選択肢の数のあいだにある大きな隔たりである。「市内に100園ある」という表現は供給の記述としては正しいが、特定の条件を持つ利用者から見た選択集合の記述としては誤解を招く。公園の充足を語るときには、誰にとっての選択集合かを添えなければならない。

9.3 情報量の不均等——想起されやすさの偏り

第4節で述べた顕著性の非対称は、磐田市のデータにも表れている。面積で見ると、最大の竜洋海洋公園は221,722㎡、次いでかぶと塚公園が106,982㎡である。他方、最小の二之宮東第2緑地は17㎡、豊田上新屋ポケットパークは156㎡である。この規模の差は、単に広さの差ではなく、知られやすさの差でもある。前者は市外からも訪れる目的地であり、後者は隣に住んでいても公園として認識されにくい。

情報量の不均等はさらに直接的な形でも現れる。市の施設ガイドに個別ページがあり、当サイトが突合できた園は77園である。裏を返せば、残りの園については、公表されている情報が名称・種別・面積・設備フラグにとどまる。たとえば権現緑地や城山球場は施設ガイドの個別ページがなく、事前に属性を調べようとしても手がかりが乏しい。属性が分からない公園は、第5節で述べた「測れる属性への偏り」によって、比較の土俵に上がらないまま候補から落ちる。

逆の例として、今之浦公園の記載は詳しい。市の施設ガイドには、遊びと賑わいのゾーンとして屋根付広場、複合遊具、ふわふわ遊具、噴水広場、芝生広場、3歳未満児遊具が、憩いとふれあいゾーンとして健康遊具、じゃぶじゃぶスポット、流れ、芝生広場が挙げられている。属性の記載が多いということは、第5節の三種類の属性それぞれについて事前の判断材料があるということであり、それだけで候補に入りやすい。安久路公園について、複合遊具にインクルーシブエリアがあり、ブランコにインクルーシブアイテムがあると記されていることも、特定の条件を持つ利用者にとっては候補入りを決定づける情報である。

対照的に、中原公園の施設ガイドの記載は駐車場が有りであること、園内施設がトイレであることに尽きる。面積は2,802㎡あり、街区公園としては小さくない。しかし記載から読み取れる属性が少ないため、事前の比較では不利になる。実際にどうであるかとは別に、情報の量が候補入りを左右してしまうという構造がここにある。

9.4 情報提供は想起集合を広げうるか

第4節で、利用を増やす経路には属性の改善と集合への参入の二つがあると述べた。後者に働きかけるのが情報の役割である。磐田市はオープンデータとして都市公園一覧を公開しており、市の施設ガイドは公園ごとのページを備えている。当サイトはこれらを突合して100園を一覧化しているが、これは属性を改善する作業ではなく、認知集合を機械的に広げる作業である。

ただし、認知集合が広がることと、想起集合が広がることは同じではない。一覧を見て「そういう公園があるのか」と知っても、次に外へ出るときに思い浮かぶとは限らない。想起には、場所の位置関係が自分の日常の移動と結びつくこと、属性が自分の条件に合うと分かること、そして一度行ってみる契機が要る。情報が果たせるのは、この三つのうち最初の二つまでである。

また、情報が広げられる範囲には限界がある。現在の資料で分かるのはトイレ・砂場・遊具・車いす対応トイレの有無、面積、種別、地区、そして施設ガイドに記載された園内施設である。第5節で挙げた測れない属性——日陰の量、ベンチの位置、見通し、地面の乾きやすさ、時間帯ごとの混み具合——は含まれていない。当サイトが今後の踏査で確かめようとしているのはこの部分であり、それが埋まって初めて、事前の比較と現地の経験のずれが縮まる。なお、当サイトを運営するのは富士ヶ丘サービス株式会社であり、不動産と介護の事業を営む地域の会社である。

註:本節の数値は、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)94行と、市の施設ガイドに掲載され当サイトが突合した記載にもとづく。設備フラグの集計はオープンデータ94行の中でのものであり、法の対象外とされる6園は面積・フラグとも含まない。公園の管理は磐田市 都市整備課が担っている。

10. 結論と今後の課題

本稿は、「今日はどの公園に行くか」という日常の判断を、消費者行動論の古典的な枠組みで分析してきた。最後に得られた知見を整理し、この枠組みが公園を考える人に何を提供しうるかを述べ、残された課題を挙げる。

10.1 本稿の知見

第一に、公園は無料であるが費用がないわけではない。移動時間、支度の手間、駐車の可否、天候、そして知らない場所に伴う不確実性が、価格の代わりに選択のブレーキとして働く。この非貨幣的費用は距離に比例せず、同行者の年齢や移動手段によって大きく変わるため、同じ公園でも人によって「行きやすさ」がまったく異なる。

第二に、選択の実質は候補集合の段階で決まっている。100園という総数は意思決定にほとんど入ってこない。日常の移動の軌跡が認知集合を決め、思い出しやすさが想起集合を決める。集合の外にある公園は、どれほど良い属性を備えていても選ばれない。したがって、利用を増やすには属性を改善する経路と、集合に入れる経路の二つがあり、両者は別の施策を要する。

第三に、属性は同格ではない。トイレや駐車の可否のような制約属性は非補償型に働き、無ければ候補から外れる。遊具や広さのような選好属性は残った候補の順位を決める。日陰や混雑のような状況属性は、日によって符号すら変わる。そして、事前に測れる属性が実際の重要度以上に重く扱われ、測れない属性は現地で初めて評価に入るという偏りがある。

第四に、満足化と反復によって選択は急速に習慣になる。習慣は評価の費用を節約し、子どもに予測可能性を与える合理的な仕組みであると同時に、想起集合を痩せさせ、公園への評価の更新を止める仕組みでもある。習慣を破るのは、その日の条件、子どもの発達、生活の転機、そして公園の側の変化であり、とりわけ転居のような転機は、その後数年の利用を決めてしまう窓として働く。

記録する段階を踏む更新される読み直す
図10本稿の結論。選択は一度きりの判断ではなく、候補が絞られ、習慣になり、条件の変化で組み替えられていく過程として捉えられる。

10.2 この枠組みが提供しうるもの

以上の知見は、公園を利用する側にとっては、自分の選択の仕組みを言葉にする道具になる。なぜいつも同じ公園に行くのか、なぜ近くにあるのに行かない公園があるのか、なぜ天気が変わると迷うのか——こうした問いに、怠惰や好みという言葉以外の説明を与えることができる。とりわけ、想起集合という概念は、意識的に候補を増やすという実践に直結する。

公園を整備し管理する側にとっては、供給と利用の食い違いを説明する枠組みになる。整備したのに使われないという事態は、質の問題であるより先に、候補入りの問題である可能性がある。また、選択集合の大きさが居住地と移動手段によって系統的に偏るという指摘は、量的な充足の指標だけでは捉えられない不均等を示している。

そして、公園の情報をまとめる側——当サイトのような取り組みを含む——にとっては、情報が何をなしうるかの限界を示している。情報は認知集合を広げ、属性の比較を可能にするが、想起の順序を変えるところまでは届きにくい。届かせるには、条件から場所を引ける形——雨上がりに使える公園、夕方三十分で行ける公園、祖父母と一緒に行ける公園——で情報を組み直す必要がある。第7節で述べた状況ごとの索引という発見は、そのまま情報の設計指針として読める。

10.3 今後の課題

残された課題は四つある。第一に、本稿は磐田市の利用者に対する調査を行っていない。想起集合が実際に何か所であるか、どの属性が制約属性として働いているか、切り替えがどの頻度で起きているかは、いずれも理論からの予測であって観察ではない。この検証は、聞き取りや簡便な記録によって、比較的小さな規模でも着手できる。

第二に、第5節と第9節で繰り返し述べた測れない属性の記録である。日陰の量、ベンチの数と位置、見通し、地面の材質と乾きやすさ、時間帯ごとの様子。これらは現地で見なければ分からず、当サイトの踏査済の園は現時点で0園である。踏査が進めば、事前の比較に使える属性の幅が広がり、本稿が指摘した情報の偏りは一定程度是正されうる。

第三に、選択集合の分布の分析である。地区ごとの公園数、種別、設備の有無、駐車の可否を組み合わせれば、居住地と移動手段の条件ごとに選択集合の大きさを推計できる。南部と向陽が各2園であるという事実の意味は、この推計によって初めて具体化する。誘致距離の充足という既存の指標と、実際に条件を満たす公園の数という指標を並べて示すことは、供給の評価に新しい視点を加えるはずである。

第四に、情報が想起集合を実際に広げるかどうかの検証である。一覧化された情報に触れた人が、それまで候補になかった公園を訪れるようになるのか。もしそうだとして、どのような形の情報が最も効くのか。この問いは、公園の情報提供という営みの効果を問うものであり、本稿が示した理論的な予測を試す最も直接的な場でもある。いずれの課題も、机上ではなく、歩いて確かめる作業と結びついている。

参考文献

  1. ハーバート・A・サイモン(1947)『経営行動——経営組織における意思決定過程の研究』(二村敏子ほか訳、ダイヤモンド社、2009)
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  5. ジョン・A・ハワード=ジャグディシュ・N・シェス(1969)『The Theory of Buyer Behavior』(John Wiley & Sons)
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  11. マリオン・クローソン=ジャック・L・クネッチ(1966)『Economics of Outdoor Recreation』(Johns Hopkins Press)
  12. リチャード・セイラー=キャス・サンスティーン(2008)『実践 行動経済学』(遠藤真美訳、日経BP社、2009)
  13. 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
  14. 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
  15. 磐田市 施設ガイド(公園)

本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。

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