自然科学・環境大気環境学
公園の空気——大気汚染物質・樹木の吸着・道路沿いという条件
要旨
本稿の目的は、大気環境学(atmospheric environment science)の基礎概念を用いて、都市公園の空気をめぐる問いを整理することである。方法は文献整理と概念分析であり、大気汚染防止法や環境基準に定められた物質の分類、樹木による大気汚染物質の吸着と揮発性有機化合物の放出という両面性に関する研究群、幹線道路近接性と拡散に関する知見を手がかりに、公園の空気を「発生源」「輸送・拡散」「吸着と排出」という三つの軸から検討する。
検討の結果、公園の樹木は大気汚染物質の一部を葉の表面や気孔を通じて取り込む一方、樹種や気象条件によっては揮発性有機化合物を放出し、これが光化学オキシダントの生成に関与しうるという両面性を持つことが明らかになった。また幹線道路に近い公園ほど発生源に近く、樹林帯の配置によっては大気の拡散を助ける場合と妨げる場合があり、「公園の木を植えれば空気はきれいになる」という単純化は支持されない。
最後に、磐田市の都市公園100園のデータを大気環境学の視点から読み直し、幹線道路との位置関係や樹林の量に関する情報が現状の公開データには乏しいことを示す。当サイトの現地踏査は始まったばかりであり、各園の樹冠量や道路との距離、風の通り道といった論点はすべて今後の踏査課題として残る。健康影響に関する判断は本稿では行わず、環境省等の公表情報の確認と医療機関・関係機関への相談に委ねる。
キーワード浮遊粒子状物質PM2.5窒素酸化物光化学オキシダント樹木の吸着揮発性有機化合物磐田市
1. はじめに——問題の所在
公園に足を踏み入れたとき、道路を歩いていたときと空気が違うように感じることがある。木立の匂い、土の湿り気、車の排気の薄れた感じ——こうした印象は主観的なものだが、その背後には、大気中の物質の種類・発生源・輸送のされ方という、大気環境学(atmospheric environment science)が扱ってきた具体的な仕組みがある。本稿は、都市公園の「空気」をめぐる問いを、この学問領域の基礎概念に立ち返って整理することを目的とする。
なぜ大気環境学から公園を論じるのか。第一に、大気汚染物質のあり方は発生源・気象・地形・植生の組み合わせで決まる複合的な現象であり、「公園は空気がきれいだ」という直感を、仕組みの言葉に置き換える余地が大きいからである。第二に、公園の樹木は大気汚染物質を吸着する側面と、みずから物質を放出する側面をあわせ持つとされ、この両面性を整理せずに語られることが多い。第三に、公園の立地——とりわけ幹線道路からの距離——は、行政の公園配置や利用者の行動選択に関わる実践的な論点だからである。子どもの呼吸器は発達途上にあり、大気の状態に対する感受性は個人差が大きいとされるが、本稿は健康影響の判断そのものには立ち入らず、判断は医療機関・関係機関に委ねる。
1.1 本稿の問い
本稿の問いは三つである。(1)都市の大気汚染物質にはどのような種類があり、それぞれどのような発生源から生じ、どのような環境基準の考え方のもとに管理されているのか。(2)公園の樹木は大気汚染物質を吸着して空気を「きれいにする」のか、それとも揮発性有機化合物を放出して別の汚染物質を「つくる」側面を持つのか。(3)幹線道路に近い公園という条件は、大気環境の観点から何を意味し、樹林帯の配置は拡散を助けるのか妨げるのか。これら三つの問いを通じて、「公園の木を植えれば空気はきれいになる」という単純化された理解を、条件つきの知識に置き換えたい。
1.2 方法と資料
方法は文献整理と概念分析である。大気汚染物質の分類と環境基準の考え方については、大気汚染防止法と、環境基本法に基づいて定められている大気の環境基準を参照する。樹木による大気汚染物質の吸着に関しては、都市樹木の除去量を扱った研究群を、樹木による揮発性有機化合物の放出とオゾン生成への関与に関しては、1980年代以降に蓄積されてきた大気化学の研究群を参照する。個別の実測値をそのまま持ち込むことは避け、法令・省庁の指針に明記された環境基準の考え方を除いては、「〜とされる」「〜という研究群がある」という形で述べる。大気の状態は都市ごと、季節ごと、気象条件ごとに大きく異なり、ある都市のある日の値を別の都市にそのまま当てはめることは、この学問領域の作法に反するからである。
磐田市に固有の事実——園名・園数・種別・面積・地区・園内施設——は、磐田市のオープンデータ「都市公園一覧」と市の施設ガイドに基づく当サイトの収録データの範囲でのみ述べる。ATAWI PARKは磐田市の公園100園のデータベースであるが、現地踏査は始まったばかりであり、各園の樹冠の量、幹線道路との距離、風の通り道といった大気環境に直結する事柄は、いずれも今後の踏査で確かめる課題である。したがって第8節は「磐田市の公園はこうだ」という報告ではなく、「大気環境学の眼で公園データを読むと何が見えてくるか」という課題の整理として位置づけられる。
1.3 本稿の構成
第2節で先行研究と概念を整理し、大気汚染物質の分類・発生源・環境基準の考え方、および光化学オキシダントが生まれる仕組みを確認する。第3節では樹木が大気汚染物質を取り込む仕組みを、葉の表面への付着と気孔からの吸収という二つの経路から述べる。第4節ではその裏返しとして、樹木が揮発性有機化合物を放出し、これが光化学オキシダントの生成に関与しうるという両面性を扱う。第5節では幹線道路に近い公園という条件を発生源近接性の観点から検討し、第6節では樹林帯の配置が大気の拡散を助ける場合と妨げる場合があるという論点を扱う。第7節では「公園の木を植えれば空気はきれいになる」という単純化への応答として、環境基準の考え方と比較の視点を述べ、第8節で磐田市の公園データへの示唆を述べたのち、第9節で結論と今後の課題をまとめる。
1.4 本稿が扱わない範囲
最後に、本稿が扱わない範囲をあらかじめ明記しておく。第一に、花粉や黄砂といった、大気汚染防止法の規制対象とは性質の異なる浮遊物質は扱わない。これらは発生の仕組みや健康への関わり方が本稿の対象とする物質群と異なり、別途の整理を要するからである。第二に、屋内の空気質や、遊具・砂場から生じる臭気のような、公園の「快適さ」に関わる論点も扱わない。第三に、騒音や振動といった大気汚染以外の環境負荷も対象外とする。本稿はあくまで、法令上の大気汚染物質と、それに対する樹木・立地の関わりに論点を絞ることで、扱う範囲を明確にしたうえで議論の精度を保つことを意図している。
2. 先行研究と概念の整理——大気汚染物質と環境基準の考え方
大気環境学は、大気中の物質の種類・発生源・輸送と拡散・沈着という一連の過程を扱う学問領域である。日本では1968年に大気汚染防止法が制定され、工場・事業場からのばい煙や自動車の排出ガスなど、発生源ごとの規制の枠組みが整えられてきた。1993年に制定された環境基本法のもとでは、人の健康を保護し生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準として「環境基準」が定められており、大気についても物質ごとに基準が告示されている。本稿ではまず、この環境基準の考え方に沿って、公園の空気を論じるうえで基本となる物質群を整理する。
2.1 粒子状の汚染物質——浮遊粒子状物質とPM2.5
大気中に浮遊する粒子状の物質のうち、粒径がおおむね10マイクロメートル以下のものは「浮遊粒子状物質(SPM:Suspended Particulate Matter)」と呼ばれ、日本独自の区分として環境基準が定められている。さらに粒径2.5マイクロメートル以下の微小な粒子は「PM2.5」と呼ばれ、より小さく肺の奥まで達しやすいとされることから、2009年に別途環境基準が設けられた。これらの粒子状物質は、工場のばい煙、自動車の排出ガス、粉じん、土壌や海塩などの自然起源の粒子まで、発生源が多様である点が特徴である。環境基準は、SPMについては1時間値の1日平均値と1時間値そのものについて、PM2.5については1年平均値と1日平均値について、それぞれ数値が定められている。
2.2 気体状の汚染物質——窒素酸化物と光化学オキシダント
窒素酸化物(NOx)は、燃料の燃焼にともなって生成される気体状の物質群であり、都市部では自動車の排出ガスが主要な発生源の一つとされる。窒素酸化物のうち二酸化窒素(NO2)については環境基準が定められており、1時間値の1日平均値がある範囲のゾーン内またはそれ以下であることが望ましいとされる。窒素酸化物は単独で問題になるだけでなく、揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)と大気中で日射を受けて反応し、光化学オキシダント(Ox)と総称される二次生成物質群——オゾンを主成分とする——を生み出す。光化学オキシダントについても環境基準が定められており、1時間値がある値以下であることが望ましいとされ、これを上回る状態が予測されるときに自治体が注意報を発令する仕組みが設けられている。
| 物質 | 分類 | 主な発生源とされるもの |
|---|---|---|
| 浮遊粒子状物質(SPM) | 粒子状 | 燃焼・粉じん・自然起源の粒子など |
| PM2.5(微小粒子状物質) | 粒子状(より微小) | 燃焼由来の粒子が中心とされる |
| 窒素酸化物(NOx・NO2) | 気体状 | 自動車の排出ガス・燃焼 |
| 光化学オキシダント(Ox) | 気体状(二次生成) | NOxとVOCの光化学反応 |
2.3 光化学スモッグという経験
日本では1970年代に、光化学オキシダント濃度の上昇にともなう健康相談が各地で報告される事態が生じ、「光化学スモッグ」という言葉とともに社会に広く知られるようになった。これを契機に自治体による監視体制が整備され、環境省(当時は環境庁)は大気汚染物質を広く常時監視する仕組みを全国に展開してきた。この監視網は「そらまめ君」の愛称で知られる大気汚染物質広域監視システムとして現在も運用されており、測定局ごとの状況を確認できる公的な仕組みとなっている。光化学オキシダントは日射が強く気温が高い時期に生成されやすいとされ、季節性を持つ現象として理解されてきた。
2.4 拡散という視点——発生源からの距離と気象
大気汚染物質の濃度は、発生源からの距離が近いほど高くなりやすく、また風向・風速・大気の安定度といった気象条件によって大きく変動するとされる。発生源の近くでは局所的に濃度が高まりやすい一方、風によって水平方向に運ばれながら薄まっていく「拡散」の過程が働く。この拡散のしやすさは、地表付近の建物や樹木の配置——大気環境学では「粗度(そど)」と呼ばれる地表面の凹凸の程度——によっても左右されるとされる。次節以降で扱う樹木の役割や道路との距離という論点は、いずれもこの発生源と拡散という基本構図の上に位置づけられる。
2.5 一酸化炭素と二酸化硫黄——古典的な物質群
大気汚染防止法にもとづく環境基準が定められている物質は、本節で中心的に扱う粒子状物質・窒素酸化物・光化学オキシダントだけではない。一酸化炭素(CO)は不完全燃焼によって生じる気体であり、かつては自動車排出ガス対策の中心的な対象の一つであったが、燃焼技術や排出ガス規制の進展にともない、都市部での環境基準達成状況は改善が進んできたとされる。二酸化硫黄(SO2)は硫黄分を含む燃料の燃焼によって生じ、日本では高度経済成長期に工業地帯を中心とした大気汚染問題の主要な原因物質の一つとされ、大気汚染防止法制定の背景となった物質群の代表格である。これらの物質は、本稿が中心に扱う樹木の役割との関わりが粒子状物質やNOxほど直接的ではないため詳述しないが、大気環境学が扱う物質群の全体像を示す前提として位置づけておきたい。
2.6 測定局の二種類——一般局と自排局
大気汚染物質の常時監視は、性格の異なる二種類の測定局によって行われている。一つは住宅地や商業地など一般的な生活環境の大気を測定する「一般環境大気測定局」であり、もう一つは道路沿いに設置され、自動車排出ガスの影響を強く受ける地点の大気を測定する「自動車排出ガス測定局」である。両者を区別して監視する仕組みそのものが、道路沿いとそれ以外の場所とでは大気環境の条件が異なりうるという、行政の側の前提を反映していると読める。この区別は、第5節で扱う幹線道路に近い公園という条件を考えるうえでの参照点にもなる。
2.7 環境基準という考え方そのものについて
環境基準は、大気汚染防止法のような排出そのものを規制する法令とは性格が異なり、環境基本法にもとづいて「人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」として告示される、行政上の目標値である。これは工場や自動車に対して直接に排出量の上限を課す規制基準とは別の枠組みであり、環境基準の達成状況を踏まえて、排出規制や交通対策といった具体的な施策が組み立てられるという、二段構えの制度設計になっている。本稿で「環境基準」という言葉を用いる際には、この行政上の目標値としての性格を念頭に置いており、個々の場所・時刻における安全・危険を直接に判定する基準ではない点に注意が必要である。
3. 樹木による大気汚染物質の吸着——葉面沈着と気孔吸収
「公園の木は空気をきれいにする」という理解の根拠となっているのは、樹木が大気汚染物質を取り込む経路が確かに存在するという知見である。都市樹木と大気汚染物質の関係を扱った研究群では、樹冠が大気汚染物質の一部を取り除く働きを持つことが示されてきた。その経路は大きく二つに分けられる。第一は粒子状物質が葉や枝の表面に付着する「葉面沈着(乾性沈着の一種)」であり、第二は気体状の物質が葉の裏側などにある気孔を通じて葉の内部に取り込まれる「気孔吸収」である。この二つの経路は対象とする物質の性質が異なり、それぞれ別の仕組みとして理解する必要がある。
3.1 葉の表面に付着する——粒子状物質の乾性沈着
浮遊粒子状物質やPM2.5のような粒子は、風に乗って移動する過程で、葉や枝の表面にぶつかり付着することがある。これは大気環境学で「乾性沈着(dry deposition)」と呼ばれる過程の一種であり、樹冠が持つ表面積の大きさ——葉の枚数や表面の毛じ・凹凸の多さ——が、この付着のしやすさに関わるとされる。針葉樹は葉の表面積を稼ぎやすく、年間を通じて葉をつけているため、この経路での沈着に関わりやすいという指摘もある。ただし、葉に付着した粒子は雨や風によって再び大気中や地表に戻ることもあり、樹木が粒子を「消し去る」というより、大気中を漂う時間を短くし、地表や樹冠周辺に移し替える働きだと理解するほうが実態に近いとされる。
3.2 気孔から取り込む——気体状物質の吸収
窒素酸化物やオゾンといった気体状の物質は、葉の裏側に多く分布する気孔と呼ばれる小さな孔を通じて、葉の内部に取り込まれることがあるとされる。気孔は本来、植物が光合成のために二酸化炭素を取り込み、水蒸気を放出するための構造であり、大気汚染物質の吸収はいわばその副産物として生じる。気孔の開閉は日中と夜間、乾燥の程度、樹種によって異なるため、気体状物質の吸収量も一定ではないとされる。米国の都市樹木を対象にした研究群では、樹冠の広がりが大きい都市ほど、樹木による大気汚染物質の除去量が大きい傾向にあることが報告されている。ただし、この除去量は都市全体の排出量と比べればわずかな割合にとどまるとする指摘もあり、樹木を「大気浄化装置」として過大に位置づけることには慎重さが求められる。
3.3 樹種・季節・配置による違い
吸着・吸収の程度は樹種によって異なるとされ、葉の表面積の大きさ、常緑か落葉か、気孔の分布密度といった特徴が関わる。落葉広葉樹は夏に葉が茂る一方、冬には葉を落とすため、季節によって吸着の働き方が変わる。また、単木で植えられた樹木と、樹林として面的にまとまった植栽とでは、大気に接する表面積の総量が異なり、後者のほうが大気汚染物質と接触する機会が多くなるとされる。ただし、これは同時に第6節で扱う「拡散を妨げる」可能性とも表裏の関係にあり、樹木の量が多ければ多いほど良いという単純な関係ではない点に注意が必要である。
3.4 都市全体の研究と、一つの公園への適用のあいだ
ここで注意しておきたいのは、樹木による大気汚染物質の除去量を扱った研究群の多くが、都市全体や広域の樹木を対象にした集計であり、特定の一本の樹木や一つの公園にそのまま当てはめられる値ではないという点である。都市全体の除去量は、対象地域の総樹冠面積・樹種構成・気象条件を踏まえた推計であり、個々の公園における効果は、その公園固有の樹木の量・種類・配置によって大きく異なるとされる。したがって、「都市全体でこれだけの効果があるとされるから、この公園でも同程度の効果がある」という推論は成り立たない。個別の公園について具体的なことを言うためには、その公園の樹木を実際に調べる以外に方法がなく、この点は磐田市の公園についても第8節で確認する。
また、樹冠が大気と接する面積の指標として、大気環境学や森林生態学では「葉面積指数(LAI:Leaf Area Index)」と呼ばれる、地表面の単位面積あたりの総葉面積を表す指標が用いられることがある。葉面積指数が大きい樹木・樹林ほど、理論上は大気汚染物質と接触する機会が多くなるとされるが、この指数は専門的な調査でなければ測定できず、オープンデータや施設ガイドの記載からは把握できない性質の情報である。当サイトの収録データにも葉面積や樹冠の被覆率といった情報は含まれておらず、この点も今後の踏査で確かめるべき課題として残る。
以上をまとめると、樹木が大気汚染物質の一部を取り込む経路は確かに存在するが、それは大気全体を「浄化」するというよりも、局所的・限定的な働きであり、都市全体の大気質は主として発生源対策と気象条件によって規定されるという理解が適切である。次節では、この吸着という一面だけでなく、樹木がみずから物質を放出するという、もう一つの側面を検討する。
4. 樹木は排出源でもある——揮発性有機化合物とオゾン生成の両面性
前節では樹木が大気汚染物質を取り込む側面を見た。しかし樹木は同時に、みずから揮発性有機化合物(VOC)を大気中に放出する存在でもある。植物が放出するVOCは「生物起源VOC(biogenic VOC、BVOC)」と呼ばれ、イソプレンやモノテルペンといった物質が代表例とされる。これらは森林や樹木が発する独特の香りの一因ともされ、それ自体は自然な生理現象の一部である。問題となるのは、この生物起源VOCが、自動車の排出ガスなどに由来する窒素酸化物と大気中で反応し、光化学オキシダントの生成に関与しうるという点である。
4.1 なぜ植物はVOCを放出するのか
植物がイソプレンなどのVOCを放出する生理学的な理由については、高温や強い日射からの防御に関わるという仮説をはじめ、複数の説が提示されてきたが、完全に解明されているわけではない。ここで確実に言えるのは、多くの樹種がこうした物質を放出するという事実であり、その放出量は気温が高く日射が強いときに増える傾向にあるとされる点である。つまり、夏の晴れた暑い日——都市の大気汚染物質の濃度が高まりやすい条件と同じ日——に、樹木のVOC放出も活発になりやすいという、時間的な重なりが存在する。
4.2 都市の光化学スモッグ研究が示したこと
1980年代に米国アトランタを対象に行われた研究では、都市郊外の森林から放出される生物起源VOCが、都市の自動車起源の窒素酸化物と結びついて光化学スモッグの生成に無視できない役割を果たしうることが指摘され、大気化学の分野で広く参照されるようになった。この研究群が示したのは、樹木のVOC放出それ自体が「悪い」ということではなく、窒素酸化物という別の発生源が存在する条件のもとでは、樹木由来の物質が光化学オキシダント生成の材料の一つになりうるという、条件つきの関係である。窒素酸化物の発生源がなければ、生物起源VOCが直ちにオゾンを大量に生み出すわけではないとされる。
4.3 風下へ運ばれるという広域性
光化学オキシダントの生成には数時間程度の反応時間を要するとされ、その間に大気が風によって移動するため、濃度が高まる場所は発生源の真上とは限らず、風下側の離れた地域で観測されることも少なくないとされる。これは、公園がたとえ幹線道路から離れていても、光化学オキシダントに関しては周辺地域全体の気象条件の影響を受けうることを意味する。国立環境研究所をはじめとする研究機関は、こうした広域的な移流の仕組みを継続的に研究してきており、光化学オキシダントは局所的な発生源近接性だけでなく、より広い地域スケールで理解する必要がある物質であるとされる。
4.4 樹種による放出量の違い
生物起源VOCの放出量は樹種によって大きく異なるとされ、放出量が多いとされる樹種と少ないとされる樹種が研究群のなかで区別されてきた。公園や街路の樹種選定において、こうした放出特性を考慮するという発想は、都市の緑化計画の分野で近年議論されている論点の一つである。ただし、樹種ごとの放出量の具体的な数値を個別の観測なしに断定することは、本稿の立場——存在に確信のない数値は書かないという方針——にそぐわないため、ここでは「樹種による差があるとされる」という一般的な傾向の指摘にとどめる。
4.5 対流圏オゾンと成層圏オゾンの違い
光化学オキシダントの主成分であるオゾンについては、しばしば混同が生じるため、あらかじめ整理しておきたい。地表付近の大気(対流圏)に存在するオゾンは、本稿で扱ってきたように窒素酸化物とVOCの光化学反応によって生じる大気汚染物質の一種として扱われる。これに対し、地上から十数キロメートル以上離れた成層圏に存在するオゾンは、太陽からの紫外線を吸収して地表の生物を保護する層——いわゆるオゾン層——を形成しており、こちらは保護すべき対象として扱われる。同じ「オゾン」という物質でありながら、存在する高度によって政策上の位置づけがまったく逆になるという点は、大気環境学を学ぶうえでしばしば強調される基本事項である。本稿が扱う光化学オキシダントは、あくまで地表付近・対流圏のオゾンを中心とする物質群である。
4.6 気温と反応速度という物理
窒素酸化物とVOCからオゾンが生成される光化学反応は、太陽からの紫外線を含む日射をエネルギー源とし、気温が高いほど反応が進みやすいとされる。この関係は、第4節で述べた植物のVOC放出が気温の高い日に増える傾向と重なり合い、気温の高い晴天日には「反応の材料が増え、かつ反応そのものも進みやすい」という二重の意味で光化学オキシダントが生成されやすい条件がそろうことになる。これが、光化学オキシダントに関する注意報が主に気温の高い時期の日中に発令されやすい理由の一つとされる。ただし、風の状態によっては生成された物質が発生源から離れた場所まで運ばれてから濃度のピークを迎えることもあり、「暑い日の、発生源のすぐそば」だけが問題になるとは限らない点にも留意が必要である。
以上から導かれるのは、「樹木は空気をきれいにする」「樹木は光化学スモッグの原因になる」のいずれか一方だけを取り上げることの危うさである。樹木は吸着という一面と放出という一面をあわせ持ち、その効果の現れ方は、周囲にどのような発生源——とりわけ窒素酸化物を排出する自動車交通——が存在するかという条件に強く依存する。この点は次節で扱う、公園と幹線道路との位置関係という論点に直接つながっている。
5. 幹線道路に近い公園という条件——発生源近接性の観点から
都市の大気汚染物質のうち、窒素酸化物や粒子状物質の主要な発生源の一つとされるのが自動車の交通である。したがって、公園が幹線道路にどれだけ近いかという立地条件は、大気環境の観点から見て意味を持つ論点となる。本節では、この「発生源近接性」という考え方を整理し、道路沿いの公園が抱える条件と、それに対して考えられる対応の方向性を検討する。
5.1 発生源からの距離と濃度勾配
大気汚染物質の濃度は、発生源からの距離が近いほど高く、離れるほど低くなる傾向にあるとされ、これを「濃度勾配」と呼ぶことができる。自動車の排出ガスについても同様の傾向が指摘されており、幹線道路の沿道は、そこから離れた場所と比べて窒素酸化物や粒子状物質の濃度が相対的に高くなりやすい条件にあるとされる。ただし、この勾配の急さは道路の交通量、風向・風速、道路と周辺の建物の配置によって大きく変わるため、「道路から何メートル離れれば安全」といった一律の数値を、個別の観測なしに示すことはできない。本稿もそうした断定は行わない。
5.2 沿道の公園が持つ二つの意味
幹線道路に近い公園には、二つの異なる意味があるとされる。一つは、発生源に近いという条件そのものである。もう一つは、道路と住宅地・学校などのあいだに公園や緑地帯が存在することで、道路と生活空間のあいだに一定の緩衝空間が生まれるという見方である。都市計画の分野では、幹線道路と住宅地のあいだに緑地帯を配置する発想が古くから存在し、これは大気汚染物質だけでなく、騒音や視覚的な圧迫感への対応としても位置づけられてきた。公園そのものが道路に接している場合と、公園と道路のあいだに他の緩衝空間がある場合とでは、条件が異なる点にも注意が必要である。
5.3 交通工学との接点
道路と大気環境の関係は、交通量・車種構成・走行速度といった交通工学の知見とも接点を持つ。信号待ちでの停止と発進をくり返す区間では、一定速度で走行する区間と比べて排出量が変化するとされ、交差点付近の大気環境は単純な直線距離だけでは説明しきれない複雑さを持つ。また近年は自動車の排出ガス規制の強化が進められてきており、道路沿いの大気環境は、道路の構造や交通量だけでなく、車両技術の変化によっても時間とともに変わりうる動的な条件であることを付け加えておきたい。
5.4 時間帯・曜日という論点
発生源近接性は空間的な条件であると同時に、時間的な条件でもある。自動車交通は朝夕の通勤・通学の時間帯に集中する傾向があるとされ、幹線道路沿いの大気汚染物質の濃度も、こうした交通量の変動に応じて時間帯ごとに異なりうる。公園の利用が多い時間帯——例えば午前中や夕方——が、必ずしも交通量の少ない時間帯と一致するとは限らない。この点は、時間地理学が扱う「いつ、どこにいるか」という視点と接点を持ち、公園の空間的な立地だけでなく、利用する時間帯という条件も、発生源近接性を考えるうえで無視できない要素であることを示している。ただし、時間帯ごとの具体的な濃度差を断定することは本稿の立場にそぐわないため、傾向としての指摘にとどめる。
5.5 公園内での位置取りという考え方
同じ公園のなかでも、道路に面した縁と、公園の奥まった場所とでは、発生源からの距離が異なる。したがって、遊具・砂場・ベンチといった滞在時間の長い施設が公園のどこに配置されているかは、発生源近接性の観点から一定の意味を持ちうる論点である。道路に面した縁に沿って樹木や植栽帯が配置され、遊具などの主要な施設が公園の奥まった位置にまとまっている場合、施設利用者と道路との距離を一定程度確保できる配置になっているとみなすことができる。逆に、道路に接した位置に主要な施設が集中している公園では、発生源近接性の条件がより直接的に及ぶと考えられる。こうした公園内部の配置は、市の施設ガイドの記載だけでは把握しきれない情報であり、現地の踏査によって確かめる必要がある論点の一つである。
以上から、幹線道路に近い公園という条件は、それだけで一方的に「悪い」と評価できるものではなく、道路の構造、交通量、公園と道路のあいだの緩衝空間の有無、公園内部での施設の配置、そして時間帯や季節といった複数の要因が組み合わさって初めて具体的な評価が可能になる論点である。次節では、樹林帯という緩衝空間そのものが、大気の拡散にどう関わるかをさらに掘り下げる。
6. 樹林帯配置と拡散阻害——「壁」になる場合の議論
第3節では樹木が大気汚染物質を取り込む働きを見た。しかし樹木の集まり——樹林帯——は、大気の流れそのものにも影響を与える。風が吹き抜けるはずの空間に樹木が密に配置されると、樹林帯が物理的な「壁」のように働き、かえって大気汚染物質の拡散を妨げる場合があるという指摘が、都市の大気環境を扱う研究群のなかでなされてきた。本節ではこの論点を検討する。
6.1 峡谷状の空間における樹木の効果
道路の両側に建物が並ぶ「street canyon(街路峡谷)」と呼ばれる空間では、風が道路に沿って抜けにくく、大気汚染物質が滞留しやすいことが指摘されてきた。こうした峡谷状の空間の路肩に樹木を密に植えると、樹冠が上空への風の抜け道をふさぎ、地表付近の空気の入れ替わりをさらに妨げる場合があるとする研究群が存在する。これは第3節で述べた「樹木は汚染物質を取り込む」という側面とは別の、樹木の物理的な配置が風の流れに与える効果であり、両者を混同しないことが重要である。
6.2 開けた公園と密な樹林の違い
この拡散阻害の議論が主に当てはまるのは、建物に挟まれた狭い道路のように、もともと風が抜けにくい空間である。これに対して、周囲に高い建物が少なく、開けた敷地に樹木がまとまって存在する公園では、事情が異なる場合があるとされる。公園の樹林帯は、道路のような閉じた空間の「壁」としてではなく、独立した緑の塊として大気と接するため、風の通り道全体のなかでどのように位置づけられるかによって、拡散を助けるか妨げるかが変わりうる。この点は、樹林帯の規模・形状・周辺の建物配置という個別の条件に強く依存し、一般論だけでは判断できない。
6.3 都市生態学・都市気候学との接点
樹林帯の配置が大気の流れに与える影響は、都市生態学が扱う緑のネットワークの考え方や、都市気候学が扱う風の道・冷気のにじみ出しの議論とも重なる論点である。ある配置が気温の面では好ましくても、大気汚染物質の拡散の面では望ましくない場合があり得るというように、異なる目的のあいだにトレードオフが生じる可能性も指摘されている。したがって樹木の配置を検討する際には、日陰や涼しさといった効果だけでなく、風の通り道としての機能もあわせて考える必要がある。
6.4 緩衝緑地という制度上の考え方
工場や事業場と住宅地とのあいだに緑地帯を設けるという発想は、日本では古くから制度化されてきた。工場立地法(昭和34年法律第24号、その後の改正で緑地率などの規定が整備された)は、一定規模以上の工場の敷地内に緑地を確保することを求めており、この緑地は「緩衝緑地」として、大気汚染物質の低減だけでなく、騒音や景観への配慮も含めた複合的な役割を担うものとして位置づけられてきた。公園の樹林帯を大気環境の観点から論じる際にも、この緩衝緑地という制度上の考え方が参考になる。ただし緩衝緑地の効果は、樹木の吸着という側面と、風の通り道を妨げるという側面の両方を含みうるため、単に「緑地があれば緩衝になる」と単純化せず、第6.1節・第6.2節で述べた条件——樹林帯の厚み・密度・周辺の空間構造——を踏まえて評価する必要がある。
6.5 緑の回廊という都市生態学の視点との違い
都市生態学では、緑地を帯状につなぎ、生物の移動経路とする「緑の回廊(グリーンコリドー)」という考え方が論じられてきた。この考え方は生物多様性の保全を主な目的とするものであり、大気の拡散という本節の論点とは目的が異なるが、樹林帯を帯状に連続させるという発想そのものは共通している。ただし、生物の移動にとって好ましい連続した樹林の密度と、大気の拡散にとって好ましい密度とが、常に一致するとは限らない。第6節で見た拡散阻害の議論は、緑の回廊を設計する際にも、大気環境という別の観点からの検証が必要でありうることを示唆している。
6.6 樹林帯の厚みと密度という要因
拡散を妨げる働きが問題になりやすいのは、密に植えられ、かつ奥行きの薄い樹林帯であるとする指摘がある。逆に、ある程度の奥行きと、樹冠の間に適度な隙間を持つ樹林帯では、風がまったく通らなくなるわけではなく、粒子状物質の一部を沈着させながらも、大気の流れをせき止めすぎない状態になりうるとされる。この「厚みと密度のバランス」は、造園学・都市計画学の分野でも緑地の設計上の論点として扱われてきたものであり、大気環境の観点からも無関係ではない。ただし、具体的にどの程度の厚みや密度が望ましいかを一律の数値で示すことは、個別の観測なしにはできず、本稿では踏み込まない。
本節の議論をまとめると、樹木は大気汚染物質を取り込む働きを持つと同時に、その配置のしかたによっては拡散を妨げる働きも持ちうるという、単純ではない存在である。「木を植える」という同じ行為が、条件によって異なる結果をもたらしうるという事実は、次節で扱う単純化への応答の中心的な論点となる。
7. 反論への応答——「公園の木を植えれば空気はきれいになる」を検討する
ここまでの議論を踏まえ、しばしば語られる「公園の木を植えれば空気はきれいになる」という理解を、あらためて検討する。この理解は、第3節で述べた吸着という側面だけを取り上げた、いわば部分的に正しく、全体としては単純化されすぎた主張である。本節では、この単純化がどのように成り立ち、どのように応答できるかを整理する。
7.1 「部分的に正しい」という位置づけ
樹木が大気汚染物質の一部を取り込むという知見自体は、研究群によって支持されている。この意味で、「木は空気をきれいにする」という理解は根拠のない誤りではない。しかし、第4節で見たように樹木は揮発性有機化合物を放出する側面も持ち、第6節で見たように樹林帯の配置によっては拡散を妨げる場合もある。さらに、樹木による除去量は都市全体の排出量と比べればわずかな割合にとどまるとする指摘もあり、樹木の存在だけで発生源対策に代わる効果を期待することは適切でない。単純化された主張への応答は、「間違っている」と切り捨てることではなく、「どの条件のもとで、どの程度まで正しいか」を明らかにすることである。
7.2 発生源対策との関係——比較の視点
大気汚染防止法をはじめとする発生源対策の枠組みは、工場・事業場や自動車といった発生源そのものに対する規制を中心に組み立てられてきた。これに対して樹木による吸着は、発生源対策を代替するものではなく、あくまで補完的な位置づけにあるとされる。この関係は、都市の暑さ対策における樹木の役割——冷房設備や建物の断熱といった対策を代替するのではなく、それらを補う存在であるという位置づけ——と類比的に理解することができ、大気環境と都市気候の両分野に共通する構図として整理できる。
7.3 個人でできることと行政の役割の違い
大気環境をめぐる論点は、個人の行動選択で対応できる範囲と、行政や事業者による発生源対策でなければ対応できない範囲とに分けて考える必要がある。公園や散歩の経路をどう選ぶかは個人の選択に属するが、道路の交通量や車両からの排出量そのものを変えることは、個人の努力だけでは難しい。したがって、公園利用者にできることは、大気環境に関する公的な情報——環境省の常時監視の結果や、自治体からの注意報・警報——を確認する習慣を持つことにとどまり、健康への影響についての具体的な判断は、医療機関や関係機関の情報に委ねられるべきである。
7.4 他の学問領域との比較
本稿で扱った両面性の議論は、公園を論じる他の学問領域とも接点を持つ。都市気候学が扱う樹木の冷却効果、都市生態学が扱う緑のネットワーク、そして本稿が扱う大気環境という三つの視点は、いずれも「緑があれば良い」という単純な理解を超えて、緑の量・種類・配置という条件つきの知見を積み重ねてきた点で共通している。公園を評価する際には、こうした複数の学問領域の知見を単一の指標に還元せず、それぞれの論点として並べて理解する態度が求められる。
7.5 「では木を植えるべきではないのか」という反論への応答
本稿の議論に対しては、「両面性があるなら、公園に木を植えることにためらいが生じるのではないか」という反論も想定できる。しかし、この反論には応答できる。第一に、樹木には日陰の提供、都市気候学が扱う冷却効果、生態系サービスとしての多様な価値があり、大気環境への影響はそのうちの一つの側面にすぎない。第二に、揮発性有機化合物の放出そのものは植物の自然な生理現象であり、樹木を減らすことが直ちに大気環境の改善につながるわけではなく、むしろ窒素酸化物という発生源側の対策のほうが優先度が高いとされる。第三に、第6節で述べた拡散阻害の問題は、樹木の存在そのものではなく、密植という特定の配置の問題であり、樹木を植えないという結論ではなく、配置を工夫するという結論に至る論点である。したがって本稿の立場は「木を植えるべきではない」ではなく、「木の効果を過大にも過小にも見積もらず、条件つきで理解すべきである」というものである。
7.6 情報の非対称性という論点
最後に、公共経済学・情報学の分野でしばしば指摘される「情報の非対称性」という視点からも、この単純化の問題を捉え直すことができる。大気環境に関する専門的な知見は、行政や研究者のあいだでは蓄積されている一方、公園を利用する一般の市民がそれに触れる機会は限られている。その結果、「木があるから安心」「道路の近くだから心配」といった、断片的で単純化された理解が広まりやすい構造がある。本稿のような整理は、専門的な知見と市民の理解とのあいだの隔たりを、いくらかでも埋めることを意図したものであり、情報公開や地域データベースの役割ともつながる論点である。
- 樹木は大気汚染物質を吸着する働きを持つが、都市全体の排出量に比べれば限定的な働きにとどまるとされる。
- 樹木は同時に揮発性有機化合物を放出し、条件によっては光化学オキシダントの生成に関与しうる。
- 密な樹林帯は大気の拡散を妨げる場合があり、樹木の量だけでなく配置が重要である。
- 発生源対策(大気汚染防止法等)と樹木の働きは代替関係ではなく補完関係にある。
- 健康影響の個別判断は本稿の対象外であり、医療機関・関係機関の情報に委ねられる。
8. 磐田市の公園への示唆——100園を大気環境学の眼で読む
本節では、前節までの枠組みを磐田市に当てはめる。当サイトの収録データは、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」94行に市施設ガイドのみ掲載の6園を加えた100園である。種別の内訳は、街区公園51園、近隣公園14園、都市緑地10園、法対象外・その他6園、地区公園4園、総合公園3園、運動公園3園、風致公園3園、広場公園2園、緑道2園、墓園1園、歴史公園1園となっている。あらかじめ断っておきたいのは、当サイトの現地踏査は始まっておらず、各園の樹冠の量、幹線道路との距離、樹林帯の密度といった大気環境の実態はまだ確かめられていないという点である。以下は「データをこう読み、踏査で何を確かめるべきか」の整理である。
8.1 データに現れていない論点——幹線道路との距離
第5節で述べたとおり、公園と幹線道路との距離は大気環境を考えるうえで基本的な論点である。しかし、磐田市オープンデータ「都市公園一覧」も市の施設ガイドも、道路との位置関係を数値や区分で記録したものではなく、当サイトの収録データにもこの情報は含まれていない。したがって、市内100園のうちどの園が幹線道路に近く、どの園が住宅地の奥に位置するかは、現状では地図情報と現地の状況を踏査で確かめる以外に把握する手段がない。これは大気環境の観点からは重要な空白であり、今後の踏査項目の一つとして明確にしておく必要がある。
8.2 樹木量の手がかりとしての面積と種別
樹冠量そのものはデータにないが、面積の大きな園は樹林を含む可能性が相対的に高いと考えられる。収録データで面積が大きいのは、竜洋海洋公園(総合公園・竜洋地区)の221,722平方メートル、かぶと塚公園(総合公園・見付地区)の106,982平方メートル、つつじ公園(風致公園・見付地区)の61,937平方メートル、磐田スポーツ交流の里ゆめりあ(運動公園・向陽地区)の57,500平方メートル、兎山公園(地区公園・御厨地区)の56,193平方メートル、福田公園(総合公園・福田地区)の49,620平方メートル、中央公園(地区公園・中泉地区)の41,642平方メートルである。特につつじ公園は風致公園という種別自体が樹木や景観を主眼に置く区分であり、樹林の存在が期待される園として踏査の優先度が高いと考えられる。ただし面積の大きさは樹林の量を保証するものではなく、多目的グラウンドのように開けた利用形態が中心の園も含まれるため、この推測はあくまで手がかりにとどまる。
8.3 街区公園51園という「小さな緑」の分布
100園の過半を占める街区公園51園は、面積0.25ヘクタール・誘致距離250メートルが国の目安とされる、住宅地に近接した小規模な公園である。地区別の園数は豊田28園、見付21園、中泉14園、御厨13園、竜洋13園、福田4園、豊岡3園、南部2園、向陽2園であり、住宅地の広がる地区に多くの街区公園が分布している。これらの街区公園が幹線道路に接しているか、住宅地の奥に位置するかによって、第5節で述べた発生源近接性の条件は大きく異なるはずであるが、この違いを地区単位で一般化することはできず、園ごとの立地を個別に確かめる必要がある。都市緑地10園についても同様であり、二之宮東第2緑地の17平方メートルのようなごく小さな区画から、豊田上新屋ポケットパークの156平方メートルまで規模の幅が大きく、それぞれの立地条件は個別に異なると考えられる。
8.5 施設名からうかがえる立地条件の一例
個別の踏査に先立って、施設ガイドの記載からうかがえる立地条件の手がかりもある。例えばクリーンセンター公園(法対象外・南部地区)は、市の施設ガイドに「リサイクルステーション、磐田温水プールの駐車場の利用はご遠慮ください」という記載があり、名称からも周辺に廃棄物処理関連の施設が立地していることがうかがえる。これは、公園の立地条件が住宅地の奥や道路沿いだけでなく、公共施設・処理施設との近接という、また別の発生源近接性の論点を含みうることを示す一例である。ただし、こうした施設の存在自体が大気環境にどのような影響を持つかは、施設の種類・稼働状況・距離によって大きく異なり、施設ガイドの記載だけから判断できることではない。この点も踏査で確かめるべき個別の論点として記録しておく。
8.6 沿岸部という気象条件——竜洋地区の例
大気の拡散は風によって大きく左右されるが、風の吹き方は地形にも左右される。竜洋地区は遠州灘に面した沿岸部にあり、竜洋海洋公園(総合公園)をはじめ、竜洋昆虫自然観察公園(風致公園)、竜洋西堀河川敷公園(地区公園)など、13園が収録データ上この地区に属している。海に近い地域では、日中に海から陸へ、夜間に陸から海へと吹く海陸風と呼ばれる周期的な風が発生することが、気象学・地理学の分野で一般に知られている。こうした海陸風の存在は、内陸部の公園とは異なる拡散条件を沿岸部の公園にもたらしうるが、実際にどのような風がどの時間帯に吹き、大気の拡散にどう関わるかは、当サイトのデータからは把握できず、今後の踏査と気象データの参照を要する論点である。
8.7 行政と利用者への含意
行政への含意は二つある。第一に、公園の配置計画において、大気環境の観点からの立地情報——幹線道路との距離、周辺の交通量、樹木の配置——を整理することは、既存の公的データにない価値を付け加える余地がある。磐田市の公園の管理課は市の都市整備課(電話0538-37-4806)であり、こうした情報の整備は当サイトのような地域データベースが補完しうる領域だと考えられる。第二に、光化学オキシダントのような季節性を持つ大気汚染物質については、環境省や自治体からの注意報・警報といった既存の公的な情報提供の仕組みを、公園利用の判断に結びつけることが現実的な対応である。利用者への含意は一つである。大気環境に関する個別の判断は本稿では行わず、環境省等の公表情報の確認と、必要に応じた医療機関・関係機関への相談に委ねられるべきことを重ねて記しておく。
9. 結論と今後の課題
本稿は、大気環境学の基礎概念を用いて、都市公園の空気をめぐる三つの問いを検討してきた。第一の問い——大気汚染物質にはどのような種類があり、どのような発生源から生じ、どのような環境基準の考え方のもとに管理されているのか——については、粒子状の物質(浮遊粒子状物質・PM2.5)と気体状の物質(窒素酸化物・光化学オキシダント)という区分、そして大気汚染防止法と環境基準という制度的な枠組みを整理した。
9.1 三つの問いへの結論
第二の問い——樹木は大気を浄化するのか、それとも汚す側面を持つのか——については、樹木が葉面沈着と気孔吸収という経路で大気汚染物質の一部を取り込む一方、揮発性有機化合物を放出し、これが窒素酸化物と結びついて光化学オキシダントの生成に関与しうるという両面性を確認した。第三の問い——幹線道路に近い公園という条件は何を意味し、樹林帯の配置は拡散を助けるのか妨げるのか——については、発生源近接性という考え方のもとで沿道の公園が持つ条件を整理し、密な樹林帯が風の通り道をふさぎ拡散を妨げる場合があるという、単純ではない関係を確認した。これらを踏まえ、「公園の木を植えれば空気はきれいになる」という単純化は支持されず、発生源対策を補完する存在として樹木を位置づけることが妥当だと考えられる。
註:本稿における「〜とされる」という表現は、確立された学問的知見の一般的な傾向を指すために用いており、磐田市の個別の公園に直ちに当てはまることを主張するものではない。
9.2 本稿の限界
本稿にはいくつかの限界がある。第一に、文献整理と概念分析という方法上、磐田市における個別の観測値を扱っておらず、市内の具体的な大気環境の実態については何も述べていない。第二に、樹種ごとの吸着量・放出量や、道路からの距離と濃度の関係について、確信の持てる具体的な数値を示すことを意図的に避けたため、定性的な整理にとどまっている部分が多い。第三に、健康影響に関する判断には立ち入っておらず、この点は一貫して医療機関・関係機関の情報に委ねるという立場を取った。これらは限界であると同時に、本稿が「捏造しない」という方針を優先した結果でもある。
9.3 今後の課題
今後の課題は主に三つである。第一に、磐田市の公園100園について、幹線道路との位置関係を地図情報等で整理し、大気環境の観点から園を分類する作業が考えられる。第二に、現地踏査によって、各園の樹冠の量・樹種構成・樹林帯の配置を記録し、第3節・第6節で扱った吸着と拡散阻害という両面のどちらがより当てはまる園なのかを、個別に確かめていく必要がある。第三に、環境省や自治体が公表する大気環境の常時監視情報と、公園ごとの立地情報を結びつけることで、利用者にとってより具体的な情報提供の形を検討する余地がある。当サイトATAWI PARKは、こうした課題に対して、踏査を通じて事実を積み重ねていくことを今後の方針とする。
9.4 隣接する学問領域への橋渡し
本稿の議論は、単独で完結するものではなく、公園を論じる他の学問領域の論考と接続することで、より立体的な理解につながる。都市気候学は、樹木の冷却効果という、本稿とは異なる角度から樹木の価値を論じており、両者をあわせて読むことで、樹木が持つ複数の機能を統一的に理解する手がかりが得られる。都市生態学が扱う緑のネットワークの議論は、大気の拡散という物理的な仕組みと、生物の移動という生態学的な仕組みの両方に関わる、樹林帯の配置という論点で本稿とつながる。また交通工学が扱う道路構造・交通量の知見は、本稿が扱う発生源近接性という論点の基礎をなす。公園という一つの対象を、複数の学問領域から重ねて論じるという当シリーズ全体の企図は、大気環境という一つの切り口だけでは見えない公園の姿を補い合うことにある。
| 論点 | 本稿の結論の要旨 |
|---|---|
| 物質の基礎(第2節) | 粒子状(SPM・PM2.5)と気体状(NOx・Ox)を区別し、環境基準は行政上の目標値として理解する |
| 樹木の吸着(第3節) | 葉面沈着と気孔吸収により一部を取り込むが、都市全体では限定的な働きとされる |
| 樹木の放出(第4節) | VOCを放出し、NOxと結びついて光化学オキシダントの生成に関与しうる両面性を持つ |
| 道路近接性(第5節) | 距離・交通量・時間帯・園内配置が組み合わさって条件が決まり、一律に評価できない |
| 樹林帯の配置(第6節) | 厚み・密度・周辺の空間構造により、拡散を助ける場合と妨げる場合がある |
9.5 むすび
都市公園の空気は、樹木があるかどうかという単一の要因だけでなく、発生源の位置、気象条件、樹林帯の配置、そして時間帯という複数の条件が重なり合って初めて具体的に論じられる対象である。本稿が示したかったのは、明確な結論というよりも、こうした複数の条件を分けて考えるための見取り図である。磐田市の公園100園についても、この見取り図をもとに、今後の踏査を通じて一つ一つの事実を積み重ねていくことが、当サイトの今後の課題である。大気は目に見えにくい対象であるからこそ、仕組みを言葉で整理しておくことの意味は小さくないと考える。
参考文献
- 大気汚染防止法(昭和43年法律第97号)
- 環境基本法(平成5年法律第91号)に基づく大気の環境基準
- 世界保健機関(WHO)「WHO global air quality guidelines」(2021年版)
- D. J. ノワク、D. E. クレイン、J. C. スティーヴンス(2006)「Air pollution removal by urban trees and shrubs in the United States」Urban Forestry & Urban Greening, 4(3-4)
- W. L. チェイミディーズほか(1988)「The role of biogenic hydrocarbons in urban photochemical smog: Atlanta as a case study」Science, 241(4872)
- 環境省 大気汚染物質広域監視システム(愛称:そらまめ君)
- 都市公園法(昭和31年法律第79号)・都市公園法施行令(国土交通省 都市公園のページ)
- 磐田市オープンデータ「都市公園一覧」(CC BY 3.0・出典:磐田市)
- 磐田市 施設ガイド(公園)
本稿は ATAWI PARK 編集部による総説的な論考であり、学会誌等の査読を経た学術論文ではありません。引用は広く知られた著作・公的資料に限り、磐田市固有の事実は当サイトのデータベースと磐田市の公開情報にもとづきます。個々の公園の設備・状態は現地でご確認ください。医療・安全に関する判断は医療機関・関係機関の指示を優先してください。